第二十五話 南の森で ~後編~
「何やってるの?」
「直哉様!」
「お、お前は! あの時の! またもこの我に恥ずかしい姿をさらさせて、なんたる鬼畜!」
直哉はうろたえながら、
「えっと、誰?」
「な、な、何ですって? この我の意識を飛ばして、あんな事やこんな事をしたくせに、しらを切るつもりですか? さ、最低ですね!」
「直哉様。そのような事はこの私にお願いします」
直哉は困惑しながら、
「いや、全く覚えがないし、フィリアはついでとばかりに何を言っているの?」
「目を覚ましたら、お母様が介抱してくださっていました。きっと、お母様もあなたの毒牙に・・・。あぁ、汚らわしい」
「んー」
直哉は思い出そうとしていた。
(親子で、子供の方が俺に意識を飛ばされた・・・・・)
「お母様が本気を出したら、あなたなんてゴミのように切り捨ててくれるのに。なんで、こんな男を・・・」
「あー、もしかして、帰りに出会った豪快な女性とイヌ?」
直哉は閃いたとばかりに聞いてみた。
「イヌって言うな! 我は偉大なる銀狼一族の末裔なるぞ!」
「そのような恰好で言われても、説得力ありませんわ」
フィリアが毒づいた。
「そ、それは、この男が卑怯な手を使って我を手込めにしようとして・・・」
「とりあえずは、誰かはわかったけど、こんな所に何をしに来たの?」
「直哉様を襲いに?」
フィリアは、武器を取り出し直哉を守るように立ちふさがった。
「わ、我はそのような事はせん。お母様より、きさまに手紙を預かっておる」
「手紙?」
直哉は防衛網の一部を解除し、わんこを救出した。その後、防衛網を張り直した。
「フィリア、その女性を小屋の中へ、着ているものを整え終わったら呼んでくれ」
「承知しました。さぁ、行きますよ?」
「えっ?」
困惑するわんこを連れて、フィリアはコテージに入っていった。
(さて、お呼びがかかる前に、防衛網の調整をしておきますか)
直哉は、防衛網の微調整をして、見えにくい・切れにくい・捉えやすいの三拍子揃った網に仕上げていった。
「直哉様、もう大丈夫です!」
中から直哉を呼ぶフィリアの声が聞こえたので、直哉はコテージに入った。
中には、フィリアの替えのシャツを着て小さくなったわんこと、お茶を用意したりするフィリアの姿があった。
「リリの様子は?」
「先ほど目を覚まして、今はお風呂に入っております」
「そうえいば、フィリアは入ったのかい?」
「はい。直哉様が出かけている内に入りました」
直哉はうなずきながら、わんこの方へ身体を向けた。
「さて、どういう事か説明をお願いします」
わんこは、そっぽを向きながら、直哉が渡した割り符と母親からの手紙を取り出して直哉に渡した。
「これを、お母様から、きさまに手渡せと。それだけを言われ逃がされました」
「逃がされる?」
そう言いながら手紙を開き中を見ると、手紙とともに一組の指輪が入っていた。
直哉が手紙を取り出し、中を読もうとした時に、湯上がりでバスタオル一枚のリリが入ってきた。
「あー良いお湯だったの! フィリアお姉ちゃん、牛乳無いの?」
そう言って、備え付けの冷蔵庫を開け中をあさった。
直哉はちらっと見てから、
「リリ、お客様が来ているから、ちゃんとしてきなさい」
リリがこちらを見て、わんこの存在に気付き、慌てて部屋に戻っていった。
「直哉様、後でリリちゃんの身体を見てあげてください。綺麗になってますから」
「ふ、ふ、不潔です! やっぱり、あなたは最低な人間ですね!」
何故かわんこが過剰に反応してきた。
「小さな女の子にあのような恰好をさせて、きっと、あんな事や、こんな事をしていたのですね」
顔を真っ赤にしながらわんこはブツブツ言い始めた。直哉は話しが面倒になりそうだったので、手紙を読んだ。
直哉とかいう小僧へ
出会った森のさらに南に我々銀狼の里がある。そこに、魔王アーサーという魔神が攻めてきた。
腹心の悪魔神官とダークエルフも恐ろしく強い。眷属の犬とぬいぐるみですら凶悪だ。
眷属の犬を倒し、ぬいぐるみと里の主立った戦士達が相打ちになった。
現在は、魔王と悪魔神官は先に消え、ダークエルフが一般の銀狼を狩っている。
私が命にかえても食い止める。そこで、わんこを直哉に預ける。
世間知らずで早とちりだが、根は悪くない。
後はまかせる。
(こ、これは。メイフィスさん達の事だ)
「銀狼の里はここからどのくらいかかるの?」
「えっ? 半日ほどですわ」
「案内してくれるかい?」
直哉の突然の提案に、わんこはビックリしながら、
「手紙には何と書いてあったのですか?」
直哉は手紙を返した。さっと読んだわんこは泣きながら、
「お母様・・・・・お母様ー」
「リリ! フィリア! 疲れているところ悪いけどもう一踏ん張り行くよ!」
直哉の号令に二人は迅速に反応した。
「はいなの!」
「承知いたしました」
直哉は二人の武具を修理し、泣きじゃくるわんこを抱えながら、コテージを分解した。
「さて、わんこ。いつまで泣いている。お母さんを助けに行くよ!」
わんこは抱えられた事よりも、直哉の言葉に驚いて、
「何故です?」
「これ以上、親を失う悲しみを増やしたくない、それに、メイフィスさん達なら止めないと」
わんこは少し考えたが、
「こちらです」
と、案内をはじめた。
半日ほど進むと、あちこちに銀狼の死体があり、奥で戦いの音が聞こえてきた。
「フィリア!」
「加護は掛けてありますが?」
フィリアの方を向いて、
「いや、相手はエルフ族のハンターだ、俺やリリは避けるから良いけど、わんこには無理だと思う。フィリアの装備なら致命傷を避ける事が出来るはずだから、わんこの護衛を頼む」
「なるほど、承知いたしました。それと、防具への加護をさらに掛けましたので、防御力が格段に上がっているはずです」
「ありがとう」
「リリは?」
リリの方を向いて、
「風の魔法で矢の攻撃をそらす事は出来る?」
「うーん、確かにそう言う魔法もあった気がするけど、リリは攻撃スキルの安いのしか覚えてないからなぁ」
「ふむ。帰ったらお金を渡すから色々と覚えておいで」
「はいなの」
(俺はスキルポイントで覚えるのだけど、リリ達はお金がかかるのか・・・まてよ、俺もお金を払えば覚える事が出来るか? やってみる価値はあるな)
「じゃぁ、避ける事を最優先に! 急所に飛んでくる可能性が高いから注意してね」
直哉は二人に指示を出し、剣と盾を装備した。
直哉達が戦いの音が聞こえて来たところに到着すると、血まみれで明らかに致命傷となる矢が大量に刺さっている女性と、右腕と左足を切断され地面に転がっているダークエルフを見つけた。
「手間を取らせやがって!」
女性が持っていた槍を振り上げて攻撃を繰り出した時、直哉達とは反対方向から闇エネルギーの矢が、大量に飛んできた。
「ぐぅぅぅ」
傷のない状態なら難なく躱せたであろう攻撃も、致命傷を幾つも受けて精神力で立っている女性では避ける事は出来ず、その場に崩れた。
「かはっ」
「お母様!」
わんこは飛び出した。
「わんこ!」
直哉達も飛び出し、かけるタイプの回復薬を使って回復を開始した。
そこへ、メイフィスを携えた魔族が姿を現した。欠損したメイフィスの身体は黒いエネルギーで補填され、黒い手足が生えていた。
「おや? まだ、銀狼が生きているではありませんか。殺して差し上げなさい」
メイフィスはビクッとした後、わんこに矢を向けた。
「メイフィスさん! 正気に戻ってください!」
直哉が叫ぶものの、
「くくく、無駄ですよ。魔王様から直接、力を注いで貰っているので元には戻らんよ」
そう言って、メイフィスを操作した。
メイフィスは最後の力振り絞り抵抗した。
「な、なおちん。私を殺して。お願い。なおちん達に攻撃をする前に・・・。お願い」
血の涙を流しながら、懸命に抵抗を続け震えていた。
(ここで、メイフィスさんを助ける方法は無いのか・・・何か・・・)
直哉は目を瞑り覚悟を決め剣に力をこめた。
「わかりました。行きます。せぃ!」
急所攻撃を繰り出し、一撃でメイフィスを倒した。
(ありがとう。そしてごめんなさい)
そう言ったように聞こえた。
「ぐぉぉぉぉ」
魔族は心臓を押さえながら苦しんだ。
「はぁはぁ、心臓を貫かれる痛みだけ味わうのは甘美だな」
(いや、苦しんでいたでしょ!)
直哉は心の中で突っ込みを入れつつ、
「お前が魔族の本体だな? ガナックさんはどうした?」
「あいつは、我が主と供にパレスへ帰った」
「見捨てられたのか?」
「なっ、んだと?」
思いっきり動揺しながら、
「いや、私が優秀だから殿を仰せつかったのだ」
「リリ! フィリア! 殺るよ!」
直哉の言葉に臨戦態勢に移行した。
リリは風魔法を唱えだした。
「大気に宿る風の精霊たちよ! 我が魔力にひれ伏しこの大地を震撼させよ!」
フィリアは光魔法を唱えた。
「天より来たりし光の精霊よ、我が魔力にひれ伏し邪悪なる者に裁きの鉄槌を!」
直哉はマリオネットを発動し、火炎瓶を複数操作して襲いかかった。
「バーストトルネード!」
「エンジェルフィスト!」
リリの風魔法で敵の動きを止め、そこへフィリアの光魔法で敵の漆黒の防御を貫いた。
「なんだと! この私の防御を貫通するほどの光魔法だと・・・。くっ、引き裂かれた衣では、他の属性の魔法を防ぎきれないか」
途中からリリの風魔法もダメージを与えはじめた。
「だが! もともと、魔法防御は高いのだ。この程度の魔法など・・・」
しゃべっている途中だったが、直哉は相手の死角から火炎瓶をぶつけまくった。
「うぐぐぐ。燃焼の継続ダメージか。これは、厄介だな。しかも風魔法で燃焼ダメージが増幅されているだと・・・。中々やるな。ふん!」
気合いを入れると、リリの風魔法は大気に還って行った。
「やられたの」
そう言いながら、MP回復薬を飲みつつ、次の魔法を準備した。
「フィリア!」
フィリアは敵に向かって矢を放った。
「何? そんなところから、矢が出だと?」
不意打ちは成功し、二十本の矢が敵に刺さった。
「しかも、聖なる加護付きか。面白い!」
(おかしい。こちらが優勢のはずなのに、全然そんな気がしないのは何でだろう)
「そろそろ、こちらから行くぞ!」
その瞬間、辺りの空気が変わった。
「光無き世界に数多居る闇の精霊よ、我が名の下に集いその力を示せ! 我が名はフルシュ。ここに集いし精霊に命ずる! 目の前の矮小なる生物に絶望を!」
もの凄い魔力がふくれあがっていく。
「まずい、あれは闇の究極魔法!」
直哉は魔術師時代に使った事がある魔法で、闇の究極魔法に属する魔法の一つ『ダークネスディスパー』物理ダメージと精神ダメージを与えさらに、一時的に能力値を下げる魔法。
(あの魔法はすきな位置で発動できるから防ぎようがないぞ)
直哉が困惑していると、その横を一陣の風が舞った。
「お母様!」
わんこの叫び声が後ろから聞こえ、横を通り過ぎたのが豪快な女性だったと思った。
「そりゃそりゃそりゃ! 死に損ないだが、槍が振れるのなら死ぬまで行くぜ!」
予想外の攻撃に詠唱を中断したが、冷静に躱しつつ詠唱を続けた。
「リリ! フィリア! 援護を!」
三人は女性の後に続き、敵に攻撃を仕掛けた。
「へっ、嬉しいじゃないの。気になる殿方と肩を並べて戦える日が来るなんて」
気丈に槍を振るってはいるが、塞がった傷口からはまた血があふれ出し、徐々に体力が削られていくのがわかった。
「くっ。フィリア! 回復を女性に!」
「来るんじゃない! あの娘を頼む」
フィリアは女性の気迫に押され、わんこの元へ走った。
「リリもフィリアと共にわんこを連れて離れて!」
「ちゃんと、戻ってきてなの!」
「わかってる!」
リリが後ろに下がるのを確認してから女性に、
「死ぬ気ですか?」
「どのみち、アレが完成したら全滅だ。里の戦士達が壊滅した魔法だからな。さぁ、お前達も逃げな。こいつは私が押さえる!」
直哉は必死で考えた、どうすれば良いのかを。しかし何も思い浮かばなかった。
「何で。そんなに簡単に命を捨てる事ができるのですか? そんなの、あんまりです」
直哉の言葉に、
「ただ死ぬ訳じゃない。後の世のために死ぬんだよ。お前達にこの世界を託すために。この世界とあの娘をたのんだぞ」
そのやりとりの間に敵の魔法は完成した。
「全ての者に平等なる死を! ダークネスディスパー!」
もの凄い魔力が放出され、直哉達を押し流した。
(ぐぅぅぅ。もの凄いエネルギーだ。このままじゃまずい。これ以上は俺も厳しい)
「直哉よ後は任せたぞ」
女性は敵に突撃した。そのお陰で、リリやフィリア達の方は効果が薄れ、直哉も少し楽になった。
(この状況でも敵に突撃できるとは凄すぎる)
直哉は焼け石に水状態なのはわかってはいたが、女性に回復系アイテムを使いまくっていた。
女性はニヤリと笑い、
「その回復のお陰でこの一撃を放つ事が出来る!」
大魔法を放ち動きが鈍くなっていた敵に対して突撃からの突きを繰り出した。突きは敵の身体を貫いた。
「とどめ!」
そして、魂の叫びを発し斬りかかった。渾身の一撃は敵が少し身を動かしたため、右腕を切断するだけにとどまった。
その直後、女性の身体を黒い刀が貫通し、大量の血を吐いた。
「かはっ」
女性は、その場にうずくまった。
直哉が回復しに近づこうとすると、魔族が立ちふさがった。
「ふっふっふ。この女を助けたければ、この私を倒すがよい!」
直哉は剣と盾の状態を確かめ、魔族の前に立った。
「確か、フルシュとか言ったな。お前は絶対に許さない!」
そう言いながらマリオネットを使い、回復薬をこっそり女性の元へ伸ばしていった。
そして気づかれないように、フルシュへ斬りかかって行った。
すみません。もう一話『南の森で』編が続きます。




