第二十二話 外伝 リリの気持ち
第二十二話で直哉が森に向かっている時に、リリに起こった出来事です。
「ママ・・・ママ!」
「ごめんね、リリ。あなたを幸せにしてあげられなくて。ごめんね・・・」
「ママ・・・ママ・・・・ねぇ、ママ」
「・・・・・・・・・・・・」
「いやぁーーーーママー。リリを一人にしないで。ママー。誰かママを・・・ママを助けてよ。」
「うえーん。ママー」
・・・・・・・・・
「うーん」
リリが目を開けると、見覚えのない天井が・・・・、と思ったが、直哉家のリリの部屋だった。
「あー、またあの夢なの」
リリは昔の事を良く夢に見る。やはり両親の死ぬ所は何度でも見てしまう。
「なんか、身体が変な感じ。お風呂行って汗を流してこよう」
もそもそとベッドから抜け出し、部屋の奥にあるタンスから新しい着替えを取り出して部屋を出る。
「この時間なら、ラウラさんとミーファさんが家のことをやってるかも」
リフトに行く途中でトイレに寄り、最上階にやってきた。
「お兄ちゃんが、この場所に力を入れていた理由が今ならわかるの! リリもお風呂が無い生活は耐えられないの。それに、この洗濯機! 難しいことはよくわからないけど、リリでも簡単に洗濯できるのはスゴいの! しかも、リリがお風呂に入っている間に新品同様になって出来てるのが最高なの!」
朝から興奮気味なのは、悪夢を振り払おうとしていたのであった。
「今日はお休みで、みんなゆっくりと過ごすみたいだし、鍛錬もやらないのかな?」
リリは身体を洗い、お風呂に入って考え事をしていた。
「そういえば、休日って何をするのだろう・・・」
「昔は、冒険者に休日は無いって、お父さんもお母さんも忙しそうだったけど、お兄ちゃん達は全然違う感じがするの。冒険者ランクが低いって事なのかなぁ・・・。あーお母さんに会いたいな−」
「ぐず。お兄ちゃん帰っちゃうのかなぁ。嫌だなぁ。でもワガママ言いたくないし」
・・・・・
あ、不味いかも・・・意識が・・・・
リリの意識は闇に飲み込まれた。
次に目を覚ますと、横から声がかかった。
「リリちゃん、お目覚めですか?」
リリは意識が朦朧としたままで、
「ママ?」
「どうしたの? リリ」
リリは意識が遠のいていくのを必死で抑えながら、母親と会話をした。
「リリね、頑張ったよ? 知らない人たちに散々酷いことを言われながらも・・・・」
リリは頭を撫でられている事に気づき、安心しながら、
「それでね、新しい町に行ったの。そこでも初めは大変だったの。でも、冒険者ギルドのお姉さん、イリーナお姉ちゃんと出会ってからは、楽しいことが増えたの」
「どんなことなの?」
「あのね、冒険者のお仕事が増えたの。他の人たちと一緒にやるのは無理だったけど、一人でやるお仕事は順調だったの」
「まぁ、一人で出来たの?」
「うんなの。でも、他の冒険者達と一緒に討伐に出ても最初の狩りが終わった時点で、リリはお払い箱なの。誰も相手にしてくれなかったの。とてもとても悲しかったの」
「よく、頑張ったわね」
「でもね、イリーナお姉ちゃんの所で最高の出会いがあったの!」
「あらあら」
「あのね、直哉お兄ちゃんなの!」
「・・・・・・・・あれ?」
リリは興奮して目を覚ました。
「目が覚めた? リリ」
そう言って、ミーファは頭を撫でた。
「ありゃ、ミーファさん。ママは? ってそうか」
リリは思い出したようで、布団に顔を埋めた。
「本当にこんな小さな身体で、色々頑張ってきたのですね」
泣き出したリリの背中をやさしく包み込んだ。
「私で良かったら、いつでも甘えにいらっしゃい、私にとってリリちゃんは新しい娘ですから」
リリは泣きながらミーファを見つめた。
「ママの代わりって事?」
「いいえ、あなたの心の中のお母さんとは別の、新しいお母さんですよ」
「リリ、難しいことはよくわからないの」
頬を膨らませながら、つぶやいた。
「難しく考える必要は無いわ。一つ屋根の下で一緒に暮らしているそれだけで充分よ。それとも、リリちゃんは私がお母さんなのは嫌なの?」
ぶんぶんぶん。力なく首を横に振った。
「それなら、問題無いでしょ?」
「リリ、甘えん坊だよ?」
「わかっているわ」
「リリ、泣き虫だよ」
「大丈夫よ」
じわっと、涙を溜めてミーファを見つめた。
「いらっしゃい」
両手を広げて微笑むミーファに向かって、
「ママー」
泣きながらダイブした。
しばらく泣いた後で、
「お兄ちゃん帰っちゃうのかなぁ。リリどうしたらよいの?」
と、お風呂で悩んでいたことを聞いてみた。
「リリはどうしたいの? やっぱり両親のカタキを討ちたい?」
「うん。最近はそれも薄れてきていたけど、やっぱりパパとママのカタキを討ちたいの」
「それなら、直哉さんを諦めることが出来る?」
ミーファは少し意地悪な質問をしてみた。
「それは出来ないの。お兄ちゃんと離れるのは嫌なの」
「それはどうして?」
リリはグチャグチャな感情のまま、
「よくわからないけど、お兄ちゃんと居ると安心できるの。心の中心がポワッと暖かくなるの」
「あらあら」
「だから、離れたくないの」
ミーファはリリの頭を撫でながら、
「それなら、話は簡単でしょ? ずっと一緒に居れば良いのですよ!」
「でも・・・・、お兄ちゃん・・・このまま帰っちゃうかもなの・・・」
ミーファは撫でるのを止め、リリの顔を覗き込んだ。
「リリは、離れたくないほど大好きな直哉さん事を、信じてあげることは出来ないの?」
「そんなこと無いの」
「それなら、きっと大丈夫! リリの信じる直哉さんに、思いの丈をぶつけてきなさい」
リリは、スッキリとした顔で、
「はいなの!」
と、起き上がろうとしたが、力が入らず、そのまま寝ることになった。
「まずは、しっかりと体調を整える事ね」
「はーい」
リリがベッドに潜り込むと、【ぐぅ】とお腹が主張しはじめた。
「あぅ」
「あらあら、お腹空いたの? うどんの用意してあるけど、食べられそう?」
(あれは、お兄ちゃん考案の、携帯用コンロと土鍋、そして冷凍うどんなの!)
「あっさりとした出汁におネギとお肉を少し入れておきましたよ」
リリは目を輝かせながら、
「お肉!」
ミーファはコンロの火を使って土鍋を温め、冷凍うどんを入れる準備をしながら話しかけた。
「そういえば、リリはお肉大好きよね? 昔から?」
「うーん。最近はこの町に来て、イリーナさんに勧められてからだけど、その前は、お肉の焼ける匂いを嗅ぐとパパがドラゴンと対峙していた時のことを思い出して、気持ち悪くなっちゃってたの」
土鍋に冷凍うどんを入れて、かき混ぜながら、
「それで、どうして食べられるようになったの?」
「イリーナお姉ちゃんと特訓したの。精神的な好き嫌いは克服できるって。スパルタだったの」
「うふふ。頑張ったのね」
「そうなの。それで、一年の特訓で食べられるようになったの!」
リリは嬉しそうに言った。
「それって、何歳の時?」
「うーんと・・・今十四だから・・・十歳なの!」
ミーファは少し考えた後、
「うどん、出来たわよ」
「わーいなの!」
美味しく食べるリリを見ながらミーファは考えていた。
「リリはどんな所で暮らしていたの?」
「山奥なの! ママはお家でリリとずっと一緒だったけど、パパは良くどこかに行ってたの。たまにしか帰ってこなかったの。帰って来た時はよくケンカしていたの。あれ? パパってパパだったのかなぁ・・・」
混乱しはじめたリリをやさしく包み込みながら、
「なにかご両親に関する物は持ってないのかしら?」
ミーファはやさしく語りかけた。
「うーん。新しいママなら良いか! これなの。ママが他人には見せちゃダメって渡してくれた物なの」
そういって、小物入れの奥からペンダントを取り出した。
「ここにママとリリが写っているの!」
ミーファはペンダントを見てハッとした。
(このペンダントは、明らかにバルグとバルグフルの技術を凌駕する機能を使っている。こんなに正確に模写が出来る石は存在していない。昔、悪魔族が攻めてきた時に、龍族が似たような物を見たような気がする。それにこの背景は龍の鱗。もしかしてお父さんなのかしら?)
「ありがとう。ちゃんと仕舞っておきなさい」
ミーファはペンダントをリリに返しながら考えた。
(リリちゃんの話が本当だとすると、リリちゃんは龍族って線が濃厚ね。母親はわからないけど、父親は間違いなく龍族、しかも龍族の里から逃げていた様な気がする。まぁ、この件は私とリリの秘密にしておきましょう)
「はふぅ」
うどんを食べ終えたリリは欠伸をしてベッドに潜り込んだ。
「あのね、お話しして欲しいの」
「何のお話かしら?」
「漆黒の魔法使いのお話。スゴい魔法をバンバン唱える何とかって魔法使いの話」
ミーファは少し考えた後、
「もしかして、大魔法使いカソードの話かしら? 敵の城を巨大な岩や爆発で粉々にしちゃう人?」
「たぶん、それ! 最後に黄金の鎧を着たアークロード? に倒されちゃう人の話!」
「むかしむかし、あるところにカソードと呼ばれた若き天才魔術師がおりました。その人は、魔法の実力は勿論のこと、さらには戦略や戦術にも長けていて、完全無欠の者だった。ただ、人を人と思わず、数字として捉えている異常者であった」
ミーファが始まりを話している間に、
「スヤスヤスヤ」
寝息が聞こえてきた。
「あらあら、よっぽど疲れていたのね。ゆっくりお眠りなさい。この先どんな困難が待ち受けていようとも、直哉さんとフィリアと共に頑張りなさい!」
頭をやさしく撫でていた。
◆その日の夕方
リリが目を覚ますと、既にミーファの姿は無かった。
テーブルに水差しとコップが置いてあり、リリはそれを飲んだ。
「あー、よく寝たの! お兄ちゃんに会いたいな!」
体調を確かめるべく動いてみたが、先ほどの気怠さが嘘のように爽快であった。
「よし! もう一度お風呂に行って、お兄ちゃんに相談しよう!」
リリは着替えを持ってお風呂へ向かった。
脱衣場でミーファさんが掃除をしていた。
「あら? リリちゃん体調は良くなったの?」
「はいなの! ママのうどんを食べたから完全回復なの!」
そういって、元気なところをミーファに見せた。
「私はここで掃除をしていますから、危ないと思ったら声を上げるのですよ?」
「わかったの」
リリは元気に風呂場へ消えた。
「はぁー。生き返るの! やっぱり湯船に浸かるのは最高なの!」
(そういえば、これもお兄ちゃんの力作なんだよな。お兄ちゃんってどんなところに住んでいたのだろう? 始めて会った時から不思議な人だった。イリーナお姉ちゃんと通じ合ってるところがあって、それなのにこんなリリ相手に真剣になってくれたり。お兄ちゃんと一緒に居ると、楽しいの!)
「よし! お兄ちゃんにわがままを言いに行こう!」
着替え終わったリリに、
「あらあら、いい顔になったわね」
ミーファが声を掛けた。
「ありがとうなの! 完全に吹っ切れたの! これから、お兄ちゃんにリリのワガママをぶつけてくるの」
自分の部屋に戻り荷物を置いた後で、いつも通り直哉の部屋に突撃した。
「たのもう! なの」
しかし、部屋には人の気配がしなかった。
「ありゃ? ご飯? 鍛練? お出かけ? とりあえず、下に行ってみるの」
リリが一階に下りてくると、騒然としていた。
(ん? リカード王子にゴンゾーさん、ラナお姉ちゃんに、ルナお姉ちゃん、魔術師のクロスさん、鍛冶ギルドの仙人様と冒険者ギルドのマスターさん。それにイリーナお姉ちゃんと、ラウラさんに、ママとフィリアお姉ちゃんがいるの。もの凄い光景なの)
「何があったの? それに、お兄ちゃんは?」
「リリちゃん!」
イリーナが立ち上がって、やってきた。
「先ほど南の森で大規模な魔法が使われた事を関知したの。現在王国では王様と宮廷魔術師シンディア様、そして近衛騎士団長アレク様を中心に対策を話し合っているの。冒険者ギルドとして、直哉君に冒険者ギルドのマスターからの特命として調査を依頼しに来たのだけど、見あたらなくて。気を強く持って聞いて頂戴。ラナさん、ルナさんからの話しによると、今朝早く直哉君が南の森の方へ向かったのを見たという人が居たことがわかったの。もしかしたら巻き込まれたかもしれない。ということで、直哉君の捜索隊と南の森の調査隊を結成していたの。リリちゃんも直哉君の捜索隊に入るわよね?」
リリは今にも飛び出しそうになりながらも、
「リリがお兄ちゃんを見つけるの!」
リカードが立ち上がり、
「これで、役者が全て揃った! ゴンゾー、ラナ、ルナは私と共に南の森の調査へ向かう。他の近衛兵達は城にて待機。本当は直哉に新しい武具を造ってもらえたら、連れて行く予定だったが、当てが外れた。一度城に戻って父達に報告した後で出発する!」
フィリアはリリに近づいて、
「それでは、私たちは直哉様を捜しに参りましょう。リリさん」
イリーナは、
「私たちは、町に残って情報収集に努めますね」
リリはフィリアを連れて、
「それじゃあ、お姉ちゃん! 早くお兄ちゃんを見つけに行くの!」
そう言って、フィイアを引き連れて南の森へ入った。
次は、フィリアに起こった出来事の予定です。




