第十九話 バルグフル城 ~前編~
◆次の日
冒険者の装備でお城からの使者を待つ三人は、直哉のお店でソワソワしていた。
三人の装備は、直哉がジュラルミンの精製方法を偶然発見(草・葉と爆発的燃焼効果の素材と銅を掛け合わせたところ出来上がった)したため、大幅に強化された。軽くて強度があり、長期期間使用していると劣化し腐食するらしい。そうなる前に、武具修理を掛ければ問題無いようだ。
直哉は剣と盾を銀色のジュミン(ジュラルミンで造った武具)に変更した。防具は、今まで通りのハードレザー基調で素材にジュラルミンを追加することにより、防御力が飛躍的にあがった。見た目は黒のハードレザー系防具一式で冒険者風の黒いマントを付けている。
リリは、ナックル形状の杖で素材をジュラルミンに変更し、内側を通す術式もその距離を伸ばし、新たに発動体を購入してきたので、両手とも発動体を装着できるようにした。防具は今までと同じ形状で素材にジュラルミンを追加、色はピンクに統一されている。
フィリアは、やはり全身鎧がお気に入りで、黄金色のハードレザーで造った全身鎧で身を包んだ。今回の武器は両手でも使えるように柄の長いハンマーで、左腕には小手の上に盾を装着、小手の中にボウガンを装着している。兜は首の後ろに付けたアタッチメントにより、兜を脱いでも落ちない設計にした。最終的には、邪魔にならないように収納する機能を付ける予定であった。
直哉によって造り出された新品の武具を装着し、変な所が無いか確認し合っていた。
お店の表に仰々しい馬車が止まり、中から賢者のローブと杖を装備したいかにもお偉いさん風の男が降りてきた。
「お城よりお迎えに上がりました、直哉様と仲間の皆様。私は、宮廷魔術師シンディア様の一番弟子で、魔術師クロスと申します」
クロスは、完璧な礼儀作法で直哉達に挨拶した。
「俺が直哉です。ここで鍛冶職人を営む冒険者です」
「リリはリリなの! ここでお兄ちゃん達と一緒に住んでいるの!」
「私はフィリアと申します。こちらでご厄介になっております」
三人も挨拶を返し、さっそく馬車に乗り込んだ。
「本日の簡単な流れをお伝えします。まず始めに皆さんで謁見の間へ入って貰います。場所は入り口の扉をくぐって直ぐ左です。そこに、ルナという近衛兵が待機していますので合流してください。中に入ったら基本的に私語は禁止なので注意してください。次に壇上へリカード王子がお出ましになります。最後に国王であるオケアノス様と王妃様がお出ましになります。ここまではよろしいですか?」
直哉はうなずいた。
「オケアノス王より王位継承権の話があり、リカード王子より調査の全容を報告する場があります。その中で、直哉様が紹介される流れでございます。その後、晩餐会が催され、近衛兵の中には余興として直哉様の力量を図ろうとする者も出てきそうですが大丈夫ですか? リカード王子の話では、直哉様の実力なら問題無いとのことですので、オケアノス王は賛成しているのですが。」
クロスは申し訳なさそうに聞いてきた。
「問題ありませんよ。俺一人で対応すれば良いのですよね?」
直哉の言葉に、
「えー、リリも! リリも殺るの!」
「何か物騒な言葉が聞こえてきたけど、基本的に一対一じゃないのかな?」
「じゃぁ、相手が複数になったら、リリも参加するの!」
リリは食い下がった。
「僭越ながら、私も参加したいと思います」
そこへ、フィリアが乗っかってきた。
「私達は三人で一つです。やるならば全員でやりましょう」
「そうなの!」
二人の言葉にクロスは、
「その場合は、おそらくゴンゾー様か、オケアノス王の近衛騎士団の団長様がお相手になると思います」
「強い人が相手なら、腕が鳴るの!」
リリは腕をブンブン振った。
「末恐ろしいですね」
クロスは身震いしていた。
「その余興が終わった後に別室にて打ち合わせがあるそうです。これが本日の流れとなります」
「なかなかハードですね」
直哉は少し不安に思った。
「そんなに不安がる必要は無いと思いますよ。何と言っても直哉様はリカード様の命の恩人であらせられますから」
その言葉を聴いて少しは落ち着いた。
「すやすやすや」
リリは直哉の膝の上で寝息を立てていた。
「あれま、眠ってしまいましたか」
「リリがこれだけ安心しているなら大丈夫かな」
「ふふふ。先ほどはあれだけ勇ましかったのに、今は愛らしいですわ」
フィリアがリリの頭を優しくなでていた。
「そういえば、近衛騎士と近衛兵の違いは何ですか?」
直哉は疑問に思ったことを聞いてみた。
「我が国では、近衛騎士を王国の矛、近衛兵を王国の盾としております。無論通常の訓練は同じですが、専門的な分野での訓練が異なります」
「なるほど。我が国ではと言うことは、他の国では違うと言うことですか?」
「もちろんです。国によっては、近衛は置かずに傭兵のみで組織されている国もありますから」
「そうですか。わかりました、ありがとうございます」
直哉は頭の中で今日の予定を予習していた。
のどかな馬車の旅も、城門を通過し馬車の停車場に着いたことで終了した。
「さて、直哉様と仲間の皆様、ここからは徒歩となります」
そう言って、案内してくれた。
「こちらが受付となります。こちらは直哉様とその仲間の方々だ。お通ししてもよろしいか?」
クロスが受付の近衛兵に確認した。
「これはクロス様。お出迎えお疲れ様です。お話は伺っております。装備はそのままでこちらへどうぞ」
近衛兵は直哉達を謁見の間の入り口へ連れて行った。
「直哉様御一行、ご到着です」
近衛兵はそう言うと、内側から扉が開いた。
直哉は言われたとおり、左を見るとルナが手を振っていた。
直哉達はざわつく謁見の間に入っていった。
(やっぱり、注目の的だよな。居心地が悪い)
暫くすると、奥の兵士たちがざわめき始めた。
「第一王子リカード様、ご到着です」
リカードが壇上へ上がると、ざわめきが大きくなった。
(話し声的に、腕の話が多いな。義手のこと話してないのかな?)
その後、オケアノス王が王妃を伴って入ってきた。
入ってきた瞬間、
謁見の間のざわめきが無くなった。
オケアノス王は謁見の間を見渡していた。
直哉も回りを見ると、王様の横には王妃と王子、その傍に厳つい甲冑を来た兵士と、胸元が大きく開いた特徴あるローブを着た女性が左右に分かれて立っていた。
(おそらく、近衛騎士団の団長さんとシンディア様だな)
さらに視線を辺りに向けると、若い兵士はチラチラとシンディアを見ているのが判った。
ふと、真横から視線を感じたので見てみると、鬼の形相のリリがにらんでいた。
(えっ? いやいや、胸を見ていたわけでは無いですよ)
心の中でそう言ってみたが、通じては無いようだ。
その時、オケアノス王が右腕を上げた。
シンディアが前に出て、
「これより、栄光あるバルグフルの王位継承権の授与式を行う! 陛下お願いします」
シンディアが後ろに戻り、代わりにオケアノスが前に出た。
「わしの祖先はこの地に住む魔王を倒し、バルグフル王国を造ったと伝えられておる。また、その後の王たちも、度重なる魔物の襲来から身を挺してこの国を守ってきた。わしの代は今のところ平穏だがいつ魔物の襲来が起こるかわからない。無論わしも鍛えてはおるが、老いには勝てぬ。そこで、息子のリカードに王位継承権を授けることにした。建国王の言葉に従い、この国を守るために必要な能力があるかどうかを見極める試練を与えた。そして、その試練を突破したことをここに宣言する。皆も知ってのとおり、蛇神改め龍神の湖での出来事じゃ。リカードよ顛末を皆に説明せよ!」
リカードは堂々と前に出た。
「私は王より命を受け自分の力量を示すため、十名の近衛兵見習いとゴンゾーを連れ蛇神の湖の調査へ向かった。道中襲い掛かってきたゴブリン等は問題にならなかった。順調に事を運び蛇神の湖に到着した。湖面を黒い何かに覆われており、水が流れ込む上流部分の汚染が深刻で、バルグフルへ水が流れ出す下流の方まで迫っていた。そこで、上流部分を中心に調査を進めると小屋の中から黒い汚染物質が流れ出ていることを確認した。そこで、その小屋を開けると中にはウサギの人形の様な物体が腕の部分を水に浸していた。その部分から黒い汚染物質が出ているのを確認したので、その人形に斬りかかったのだ。しかし、その人形は昔ゴンゾーが戦った悪魔の様で、依り代に自分の分身として戦うことが出来る術式を組み込み戦いを挑むタイプであった。依り代は破壊できたが、その悪魔族自体は姿もわからなかった。その戦いで、貴重な見習いを八名とこの右腕を失った」
そういって、リカードは義手をはずした。
謁見の間が騒がしくなった。
「しかも、その戦いの最中に死を覚悟したその時、彼らによって助けられた。直哉とその仲間たちだ!」
リカードは一番後ろの直哉に合図した。
「今紹介に預かりました。鍛冶職人で冒険者の直哉と申します。以後お見知りおきを」
「リリはリリなの! 魔術師でお兄ちゃん達と暮らしています!」
「私はフィリアと申します。光魔術を学んでおります」
三人は挨拶した。
三人に対する興味は最高潮で、今にも三人の周りに人が集まりそうだったが、リカードが話を続けた。
「この腕を造ってくれたのも直哉だ」
謁見の間のざわめきが大きくなった。
「私たちを助けてくれた手際も見事だったし、なかなか見所のある若者達だ!」
直哉は皆の注目を浴びている事に居心地が悪くなり、小さくなっていた。
「そして、彼と共に蛇神の湖へ向かい、湖の汚染を除去するために蛇神の協力を得た直哉の指示で、後ろの僧侶職のフィリアが蛇神の活動できる範囲の汚染を除去し、蛇神の力を回復させたのは彼らなのだ。私たちはその間ワイバーンと闘っていたが、蛇神の一撃により撤退していったのだ。後は、蛇神と話し合い残りの汚染の除去をお願いし帰路についたのだ」
リカードの話が終わると、シンディアが話を受け継いだ。
「この作戦により、八名もの尊い犠牲を払い、尚かつ、得体の知れない者達に協力を仰いだことは、戦士として大きなマイナスと言える。しかしながら、絶体絶命の事態にこの事態を打破することの出来る彼と巡り会った強運、彼の協力を得たカリスマ性、なにより、長年放置していた湖の汚染除去という功績は戦士以外の力量を十分すぎるほど示したと言える」
シンディアは後ろに下がり、オケアノスが前に出てきた。
「ゆえに、ここに宣言する! 王子リカードに王位継承権第一位を授ける」
その瞬間、謁見の間は歓喜に包まれた。
その様子をしばらく見ていたリカードは、
「直哉! お前らこっちに来い!」
と、直哉達を呼んだ。その瞬間、式典に参加した者達は一斉に左右に分かれ、直哉達を通す道をつくった。
直哉達は驚きながらも、玉座の方へ近づいた。そして、玉座がある壇の前でとまり、恭しく礼をした。
リリは軽く会釈をし、フィリアは母親から教えて貰ったバルグ王国の礼儀作法で挨拶した。
オケアノスが、
「お主らがリカードの命を救ってくれた若者たちか。よくぞ救ってくれた。感謝する」
直哉は畏まって、
「身に余る光栄に存じます」
オケアノスがうなずきながら、シンディアに合図した。
シンディアが壇上から降りてきて、
「オケアノス王よりの授与金品の目録である。後ほど別室にて引き替えよう」
「頂戴いたします」
直哉は目録を受け取り、サッと目を通した。
「さて、小難しい話はここまでにして、今日は王子の王位継承権授与と王子を救出した冒険者達との出会いを祝おう」
オケアノスが手を挙げると、近衛騎士団長とシンディアが動きだした。
近衛騎士団長は近衛騎士達を連れ闘技場の方へ、シンディアは残りの者を連れて闘技場とつながっている観覧場の方へ案内した。
観覧場は大きなスペースに立食式の料理が置かれ、闘技場が一望できる造りになっていた。
闘技場は円形で、直哉家の鍛練場の半分ほどのスペースであった。
近衛騎士団は闘技場の安全装置系のチェックに余念が無く、シンディアも観覧場の設営で大忙しであった。
そこへ、リカードとゴンゾー、ラナとルナ、さらに新しい見習いの近衛兵八名が観覧場へ到着し、ラナ・ルナを筆頭に近衛兵たちがシンディアの指示に従った。
リカードは直哉を見つけると、
「直哉! 準備が出来たら下に行くぞ!」
そう言って、義手をぐるぐると回した。
「どのような感じになるのですか?」
直哉が質問すると、
「そのときの雰囲気しだいかな?」
「臨機応変って事ですね!」
観覧場にオケアノスがやってきて、特別席に着いた。
「それでは、本日の余興を始める! リカード!」
リカードは頷くと、
「我が新しい腕の力を試したい者はいるか? 片腕となったこの俺の力が不足していると思う者はかかって来い!」
リカードの前に、数人の上級近衛騎士が名乗りを上げた。