第百七十三話 マーリカの決意と直哉の決意
◆直哉の屋敷
マーリカによって母親の目が覚めたことを伝えられた直哉達は、代表として直哉とフィリアとパスタスが部屋を訪れていた。
「初めまして、このバルグフルで伯爵を務めております、直哉と申します」
「その妻、フィリアでございます」
「人形師パスタス」
三人が挨拶すると、
「これはご丁寧に、私はハンゾーとマーリカの母でシルビアと申します。この度は大変お世話になりました」
苦しそうに頭を下げた。
「あぁ、そのままで結構ですよ。お身体の具合は如何ですか? 作成した身体や、腕、足等、動かしにくい部分はありますか?」
「えっ・・・?」
シルビアは固まった。
「母上?」
心配そうなマーリカの声に再起動したシルビアが、
「そう言う事だったのですね。だから違和感があったのですね」
そう言いながら、身体をゆっくりと動かしていた。
「はい。身体の左側と、左腕、左足はシルビアさんの魔力が連動して動くと思います。また、臓器に関しては完全に欠損した部分はありませんが、それ以外に関しては回復出来ました。ただ、皮膚に関しては完全に無くなっていたために、回復することが出来ませんでした」
直哉の説明に、シルビアが魔力を循環させると、
「あら、身体の重さが消えたわ。いいえ、むしろ軽くなった感じがします」
直哉はホッとして、
「良かったです」
シルビアは直哉の事をジッと見つめた。
「そう、あなたが直哉さんですか」
「はい。俺が直哉です」
「意外に普通な感じですね」
「ん?」
「いえ、マーリカがご主人様と呼んでいたので、そう言わされているのかと思いまして」
「えっ? いえいえ。そんな事は無いですよ」
それを聞いていたマーリカが、
「ですから、母上! 違うと言っているではありませんか!」
「そうでござるな。懸想しているとは言え、体面的には拙者と殿の様な関係でござるからな」
ハンゾーの援護に、
「あぁ、忍びとしての雇い主?」
「そうでござる。忠誠を誓えるだけの雇い主というわけです」
シルビアは少し考えてから、
「未熟な娘ですが、よろしくお願いします」
と、頭を下げた。
そそ後シルビアが眠ったため、直哉は退出し、フィリアが部屋の残り、具合を確かめていた。
退出した直哉をマーリカが追いかけて行った。
「ご主人様!」
「ん? どうしたの?」
「母上の救出に御尽力頂き、誠にありがとうございます」
マーリカは直哉の前に平伏した。
直哉は驚いていたが、マーリカはそのまま続けた。
「ご主人様にお願いがございます」
そのまま、マーリカは直哉の言葉を待った。
「何だい?」
「多大なご迷惑をおかけしたのに恐縮ですが、このままご主人様の御側に居させて貰えないでしょうか」
「なんだ、良かったよ。それなら、問題ないよ」
直哉はマーリカに近付いて、
「とにかく、顔をあげてくれないか? このままでは話しづらくて仕方がないよ」
マーリカが顔を上げたのを確認して、
「俺としては、側にいてくれるのは大歓迎だよ。でも、わかってると思うけど、俺は生まれ育った所へ帰りたい。そうなると、折角生きて合うことが出来たお母さんとも別れることになるけど良いの?」
マーリカは息を呑んで、
「そうですよね。ですが!」
勢いで話そうとするマーリカに、
「ちょっと、落ち着いて。それほど焦って答えを出さなくても良いよ。みんなに相談したり、それこそ、お母さんに相談したりして、ゆっくりと答えを出してくれれば良いよ」
「それでは、ご主人様のお側に居られません」
「いや、居て貰って問題無いよ。今まで問題無かったのに、いきなり問題になることはないと思うけどね」
マーリカは悩みながら、
「わかりました。少し、冷静になって考えて見ます」
「そうだね、それと、一人で抱え込まないで、みんなに吐き出すこと。最低でもお母さんには話しておきなさい」
「承知しました」
直哉はマーリカと別れ、食堂へ向かった。
◆食堂
直哉が食堂へ到着すると、そこは激戦区であった。
「あー! それはリリのお肉なの! ダメなの!」
「ほっほー! コレは美味いの!」
「この様に美味しい料理、拙者は始めて食べたでござる」
「だーかーらー、それはリリの!」
リリとラインハルトとタダカッツが肉の争奪戦を開始していた。
「おはようございます」
そこへ、声を掛けると、
「あー、お兄ちゃんだ! 助けてなの! リリのお肉が無くなっちゃうの!」
自分の大皿を確保しながらブンブンと腕を振っていた。
よく見れば、ラインハルトとタダカッツはリリの大皿とは別の皿を用意して貰っていて、そこからつまんでいた。
「あれ? リリはいつも通りの大皿を確保しているのではないの?」
「えー、机の上にはこの皿の他にお肉があるの! リリはそれも食べたいの! リリのなの!」
リリは、ラインハルト達用の皿へ突撃しようとしていた。
しかし、その奧に鬼の形相をしたミーファが立っていたことに、直哉は気が付いていたがリリは気付いていなかった。
「取ったのー!」
リリが数個のお肉を横取りした所に、
「随分と楽しそうね」
低い女性の声が、五月蠅い食堂の中なのに、ハッキリと聞き取れた。
「そうなの! お肉は楽しいの!」
と、リリが声のした方を向いた時、
「ひぅっ!」
リリがミーファの顔を見てフリーズした。
「リーリー、ちょーっと、こっちへ来てくれるかしら」
リリはガクガク震えながら、
「ま、まだ、ご飯中なの」
健気にも言い返した。
「良いから来なさい!」
ミーファは大声を出してリリを引っ張っていった。
「あー、南無」
直哉はリリの無事を祈りながら食卓へついた。
ミーファに叱られているリリを見ていたラインハルトに、
「気になりますか?」
「そうですね。ここでは、ちゃんと叱ってくれる方が居るのですね。私達は甘やかせて育ててしまったので、随分と我が侭に育ってしまいました」
ラインハルトが見ていたリリに、強烈な拳骨が落とされていた。
「あー、アレは痛い」
さらにお小言を言われて、ようやく解放されたリリは、
「うー、痛いの」
半泣きで直哉の膝の上にやってきた。
「はしゃぎ過ぎるからだよ」
「うー!」
リリはそのまま直哉の胸に顔を埋めていた。
「あらあら、もう甘えているのですか?」
そこへ、別の料理皿を持って来たミーファが声を掛けてきた。
「娘の事、本気で怒って頂きありがとうございます」
そんなミーファにラインハルトは頭を下げた。
「あぁ、そう言えばあなたはリリの父親でしたよね? 話しはリリから聞きました。ですが、親としての責任を果たさないのは、問題ですよ!」
ミーファの怒りの矛先がラインハルトの方へ向いた。
直哉はお通夜のような雰囲気の中、ミーファが運んできてくれた、料理をのんびりと食べていた。
(結局、ここで眠っちゃうのね。食べづらいのだけどな)
リリを起こさないよう、細心の注意を払いながら食事を続けていた。
そんな中、タダカッツが黙々と料理を平らげていると、
「おや? タダカッツ、早いですね」
と、四人の男が食堂へ入ってきた。
「殿! それに、オダ様!」
「タダカッツよ、儂はもう、オダではない。ノッブナーガじゃ!」
ノッブナーガが訂正した。
「今日はこの二人も一緒に頼む」
そう言って、後ろに控えていた二人が直哉の前にやってきて、
「拙者、ナッガヒデと申す、以後お見知りおきを」
「僕は、ナリマーサ! よろしくね!」
直哉はそっとリリを降ろしてから立ち上がり、
「これは、どうもご丁寧に。俺は直哉。この領地を預かる辺境地伯爵です」
「えっ! ここが、辺境地ですって!?」
ナリマーサは本気で驚いていた。
「直哉の話は本当だぞ!」
後ろから入ってきたリカードが割り込んだ。
「えっ、リカード王!?」
今度はノッブナーガ達が驚いていた。
ノッブナーガ達が平伏しようとすると、
「いや、そのままで良いよ。ここに居る私は、親友の家に遊びに来ているただのリカードだ」
「はぁ、そうなのですか?」
「はい」
直哉が頷いて、ようやく落ち着きを取り戻した。
ノッブナーガ達は先程の話をし始めた。
「それにしても、この領地が辺境地だったとは、驚きですな」
「そうですな、ここまでの規模で発展させるとなると、最低でも五年から十年はかかるな」
二人が頷きあっていると、
「ところが、直哉がこの辺境地に着任してから、まだ一年経ってないのだよ」
「えっ!? 一年未満? 畑だけ作ったとかですか?」
「いや、この屋敷はおろか、街道沿いの建物も、直哉が着任してから建ったものだ」
ノッブナーガ達は絶句していた。
「だから、ただの平民だった直哉をいきなり伯爵にしたんだよな」
「えっ!? 平民から伯爵へですか? 男爵や子爵とかではなく?」
「あぁ、提案した時は城中の者が反対したがな。俺を助けた功績と、この世界を救う勇者かもしれないと言う事をほのめかして、何とか渡す事が出来た。ただ、領地が無くてどうしようかと思っていたのだが、直哉がこの何も無い森の地に自分の屋敷が欲しいと申し出ていた事を思い出して、どうせなら、この一体を切り取り自由として任せたのだ。そしたら、いつの間にかにここまでの領地になっていたのだ」
ノッブナーガは、
「直哉殿は、想像以上の方なのですね」
「そうですな。元々が森で、それを切り開いてここまで発展させる事が出来る御方。しかも、領民達は飢えておらず、何かしらの仕事を担当している。これは凄いことですぞ」
イーエヤッスは興奮し始めた。
「そうですか? 俺が造りたい世界を表現して行っただけです」
「あの、ここの施設の使用訓練や、領地内での職業訓練などの充実した施設や生活基盤の充実などがここまでしっかりしているのは、中々無いですぞ」
「そうだな。我々ももっと早い段階で直哉殿に出会いたかった。エッチゴーヤなどではなくな」
「そうですね。私も早めに直哉に出会えたので、この命は助かり、今では王になれた。そう思って居ますよ」
「羨ましいことだ」
そういう話をしながら食事を進めて行った。
食事が終わり、それぞれ各々が持ち場へ戻ると、決意を新たにしたマーリカが降りてきた。
「ご主人様」
「おっ、マーリカ。お母さんの様子はどうでした?」
「はい。お陰さまで通常の生活をするぶんには問題が無いそうです」
マーリカは、姿勢をただし、
「それで、母上と兄上と話してまいりました」
「そうか」
直哉も姿勢を正して、マーリカの言葉を待った。
「二人とも、私の好きにするのが一番良いと背中を押してくれました。これで、安心して直哉様のお傍にいる事が出来ます」
「そうか。わかりました。歓迎しますよ」
「ありがとうございます。未熟者ですが、末永くお引き立てのほどお願い申し上げます」
と、臣下の礼を取った。
「こちらこそ、よろしくお願いしますね」
と、礼をすると、直哉の腕輪が光り輝いた。
《マーリカの思い》を手に入れた。
(おぉ! 六個の思いが揃ったぞ。後は、この全ての思いに繋がる真ん中の穴には誰の思いが入るのだろうか?)
直哉は腕輪を見ながら、そんな事を考えていた。
「おっ、直哉とマーリカ、おはよう」
そこへ、鍛練帰りのラリーナが声をかけてきた。
「あぁ、おはよう」
「おはようございます」
「そんなところで何をやってるんだ?」
直哉がマーリカの事を説明すると、
「そうか。ついにマーリカも直哉の嫁になるのか! いやーめでたいな!」
散々ラリーナにからかわれた後で、
「それで、今日はこれからどうするのだ? 急ぎの用事が無ければ、鍛練に付き合ってもらいたいのだが」
「鍛練か。わかった。どうせならタダカッツさんとかも交えて大規模にやろう」
「おっ、良いね。リリも喜ぶと思う。そうだ、リリも参加するならラインハルトさんも呼ぼう」
こうして、束の間の平和な時間も、鍛練に費えて行くのであった。
ノッブナーガ達は領地内の仕事を体験して行き、
「拙者は酪農が性に合っているな」
「私は通常の畑仕事が良いです」
「拙者は防衛仕事ですな」
それぞれが、思い思いの仕事を見つけて、直哉の領地内へ散って行った。