第百六十八話 マーリカとハンゾーそしてリリ
マーリカはリリ達を呼び集めてから話し出した。
リリは、
「あー、お兄ちゃんがいるー!」
と、直哉の膝によじ登り、メイフィスとラリーナが直哉の左右を固め、エリザが直哉の背中に回り込んだ。
(人口密度が高いな)
直哉が見当違いな事を考えていると、
「皆様にはお手間を取らせてしまいますが、私の悩み事を聞いてください」
エリザが、
「なーんじゃ。直哉殿への気持ちでは無いのじゃな」
と、小さな声で呟いた。
「私の生まれについてですが、新たに思い出した事があります」
「思い出した事?」
「はい。私の母は身体中の皮を剥がされ、解放された後に亡くなったと記憶していたのですが、実は解放された後に、残った村人達を襲った魔物をその身体に取り込み、自らを結界の中に封印しました」
「魔物? 結界? 封印?」
直哉は、出てきた単語を順番に確認した。
「はい。魔物は真っ黒なドラゴンです」
リリはハッとした。
「それって!」
「確か、カースドラゴンという種類でした。残った者達の所に襲来して何かを探していましたが、人的被害が大きくなっていったので、母がその体内に取り込みました」
直哉はハンゾーを見て、
「それって、負担が大きいですよね?」
「はぁ。直哉殿の言う通りだ。本来であればそれは拙者の役目であったのだが、タイミングが悪く、人間共に捕まっていて対応出来なかったのだ」
「そうだったのですか」
膝の上にいたリリが興奮して暴れ出した。
「違うの、今、カースドラゴンって!」
「うん。そう言ったね。つまり、リリのお父さんを捜してマーリカの里の生き残りを襲撃したって事かな?」
「つまり、マーリカのお母さんの中にリリのカタキが居るって事なの?」
「そうなるね」
リリは直哉の洋服を力一杯掴み、
「うー」
と、唸りだした。
(今すぐ行きたいって言いたいのを、堪えているのだな)
直哉はリリの頭を優しく撫でた。
「それで、悩み事というのは母親が取り込んだ魔物の排除で良いのかな?」
マーリカは肯いて、
「はい」
「何所に封印されているかは思い出せたの?」
マーリカはハンゾーを見て、
「それは、拙者が知っている。拙者の知識とマーリカの鍵が揃えば、母までの道は開く事が出来る」
「その場所は?」
ハンゾーは直哉の用意した地図を見て、
「この辺りでござる」
その場所はルグニアからソラティア方面へ行った山奥で、峠道よりも南側であった。
「バルグフルとルグニアとソラティアの間って感じかな? かなりソラティア方面に寄っているけど」
直哉は、どうやってそこに行くかを考えていた。
ジッと堪えていたリリが爆発した。
「今すぐ行くの!」
風魔法を使い、直哉の膝の上から飛んで行こうとしていた。
「コラコラ、待ちなさいリリ!」
直哉はそんなリリを抱きしめて、その動きを強引に止めた。
「邪魔しないで欲しいの、今すぐ倒しに行くの!」
「リリ! 直哉様の言う事が聞けないのかしら!」
フィリアがリリを説得しようとしたが、
「コレだけは聞けないの!」
と、抵抗した。
「俺も行くよ。と、言うかココにいる全員で行くから落ち着いて」
「でもでも!」
リリは焦っていた。
「リリ、直哉の事を信じる事が出来ないか?」
ラリーナの言葉に、リリはハッとして、
「ご、ごめんなさいなの。でも、いても立っても居られないの」
「焦るのはわかるよ。わかるから、少しは俺の事を信じて欲しい。今すぐ無策で行くの愚の骨頂だよ、リリのお父さんですら手こずるほどの魔物だよ? 俺達はちゃんと準備をしてから挑まないと、カタキを討つ前にやられてしまうよ」
直哉は、諭すように訴えた。
「むー、リリのドラゴン化で一気に焼き払うの!」
「それは、リリのお父さんもやったと思うよ」
(と、いうか、ゲームの中のカースドラゴンはやばかった。竜王のブレスを受けても数パーセントしかダメージが通らなかったのだよな。というか、この世界のリリのお父さんは何所にいるのだろう? カソードは居ないって言っていたけど、ニセ神の造り上げたフィールドに居ないだけって事じゃないのかな? もし、そうなら外のフィールドから召喚出来れば、もしくは、その部分の結界をゲートで繋いじゃえば現れるのじゃないのかな?)
直哉が考え事から戻ると、みんなが直哉の事を見ていた。
「あれ? 何かあった?」
「いえ、いつもみたいにボーッとしていたので、戻ってこられるのを待っていたのです」
フィリアの冷静な回答に、
「あぁゴメンゴメン、カースドラゴンと竜王の事を考えていたよ」
「パパの事?」
「そうだよ。もしかして、リリのお父さんはこの世界の結界を超える事が出来なかったのではないのかなと思ってね、リリのいる場所を外から感じられる場所、例えば果てとかで示せば結界の外までは来てくれるのではないかと思って、そうすれば俺のゲートで結界を飛び越えて来て貰えるのでは? と思ったのだけど、どうだろう?」
みんなは、何を言っているのか判らないという顔をしていたが、
「直哉様がそう言うという事は、何か根拠があるのですよね? でしたら、やってみましょう」
「パパは、死んで無いの?」
リリは、訴えかけるように直哉に詰め寄った。
「それは、リリがそう言ったじゃないか。お父さんは、リリ達を逃がす為にカースドラゴンと戦ったって。でも、勝敗を見たわけではない。それに、俺がやっていたゲームの世界では、その竜王にカースドラゴンを倒す手伝いを頼まれるのだから、生きている可能性が高いと俺は思って居るのだけど」
「じゃぁ、カースドラゴンはカタキでは無いの?」
「それは、何とも言い難いのだけど、お母さんは間違いなくカースドラゴンがリリ達を引き裂いたから衰弱していったのでしょ? それなら、カタキと呼んでも良いと思うよ。でもね、リリ。戦うのであればカタキとして怒りで戦うのではなく、マーリカのお母さんを解放するという目的で戦う方が、リリにとっては良い事だと思う」
「よくわからないの」
リリは直哉の胸に顔を埋めた。
「カタキとして対峙したら、リリはすぐカーッとなって突撃しちゃうでしょ?」
「うん」
「それは、相手にとって思う壺なんだよ。反撃の隙というか、無駄に攻撃のチャンスを与えてしまうのだよ。リリだって、何も考えずに突っ込んでくる敵は倒しやすいでしょ?」
「うん」
「それと、同じことだよ」
直哉の説得にリリは何かを考えるように静かになった。
「一つお聞きしたいのですが、カースドラゴンを倒す事になったら、マーリカ達のお母さんはどうなるのですか?」
マーリカはうつむいて、
「間違いなく死にます」
「そうか」
「でも、人として死ぬ事が出来ます。お願いします力を貸してください」
マーリカは涙を流しながら頭を下げた。
「ハンゾーさんも良いのですか?」
ハンゾーはおどけるように、
「拙者はマーリカよりも大人です。魔物と同化した母を元に戻す方法を色々と探したが、そんな事が出来ないのは良くわかっている。だから、せめて、魔物の部分を倒して欲しい」
「そうですか」
直哉は魔物の同化について考えていた。
(魔物の同化って、キメラとかキマイラとかと同じなのではないのかな? もし、そうならフィリアの魔法で何とかなると思うけど、結局は消滅させる事になるから、人間部分が生きていられないか。そして、今回は魔族ではなくドラゴンだからな、破邪魔法は効果無いか。うーむ、何か良い方法は無いものか)
しかし、現段階では良い方法は思い浮かばなかった。
リリは考えていた、
(お兄ちゃんの、パパは生きているという言葉、そういえば、もの凄く遠くからパパの波動を感じるような気がする。何所からだろう)
リリは眼を瞑り、父親の波動を探していた。
ハンゾーは、直哉から対カースドラゴン戦の様子を聞いて、次の戦いの糧にしようとしていた。
「直哉殿の知識の中で、カースドラゴンと戦った時の事を教えて欲しい」
直哉は、ゲーム内での死に戻り作戦や、カソード時代の究極魔法連打等を聞いていたが、それをこの世界でやる事は不可能だと思った。
そこへ、
「なにか強敵と相まみえると聞いたので、我も参戦しに来たぞ!」
そう言ってタダカッツが入ってきた。
「タダカッツ殿」
ハンゾーが膝をついて礼をした。
「水くさいですぞハンゾー殿、我等、殿を護るための槍であり盾であろう。それならば、ハンゾー殿の悩みを解消するのを手伝うのは当たり前の事しなる。ですよな殿!」
タダカッツの後ろには、イーエヤッスが立っていた。
「もちろんですよ。バラムドでは、自由に動く時間を取って貰う事が出来なかったですが、ココならば自由に動いて貰っても問題ありませんよ。私も新しい事を始めますので、それが軌道に乗るまでは各々で動きましょう」
イーエヤッスの言葉に、二人は頭を下げた。
「それでは、マーリカのお母さんの救出作戦を開始しましょう」
直哉がそういうと、みんなは行動を開始した。
直哉は、考え込んでしまったリリをラリーナに任せて、今後の事を考えていた。
フィリアはエリザと共に食事を作り、マーリカはハンゾーとタダカッツと共に、マーリカ達の母親を封印から解放してからの戦い方を考えていた。
◆直哉視点
(さて、リリのお父さんとのコンタクトや、マーリカのお母さんを解放する方法をゲームの知識から引っ張るとしますか。とは言っても、マーリカのお母さんの解放の方法は解らないな。リリのお父さんの方は、このままカースドラゴン戦に向かえば、何処かで合流できそうだけど。ゲームの中では、龍族の里へ行くと龍王からカースドラゴンと戦うので手を貸して欲しいと、お願いされるのが始まりだからな。今回のパターンはイレギュラーだよな。そうなると、マーリカ達やリリから詳しい話を聞いたほうが良いな)
そう思って、リリのところへ向かった。
リリはラリーナと共に居た。
「まだ、塞ぎこんでいるのかい?」
「だんまりだな」
直哉とラリーナが話していると、何かを思い出したようにリリが顔を上げた。
「わかったの!」
驚いた直哉は、
「どうしたの?」
「リリ、パパの呼び出し方を思い出したの!」
リリは立ち上がって、直哉の元へ来た。
「これを使うの!」
リリは、胸元から隠しておいたペンダントを取り出した。
「これは、家族の写真が入ったペンダント?」
「そうなの!」
リリがペンダントの写真が入っている部分の裏側をずらすと、そこにはスイッチがあった。
「これは!? スイッチ!?」
そこには駅のホームにあるような緊急ボタンがあった。
「これを押せば、パパはどんなに遠くても駆けつけてくれるって言ってくれてたの。何で忘れていたのだろう?」
リリは首をひねっていた。
(これは、みんなの記憶が封印されている可能性があると考えるのが妥当だな。カソードに次回会った時に、解放する方法が無いか聞いて見よう)
直哉が考え事を始めると、リリはおもむろにスイッチを押していた。
「あれ? 反応が無いの!!! 何でなの? まさか、パパが死んじゃってるから動かないの? ねぇ、お兄ちゃん! 動かないの! 直して欲しいの!」
父親が生きている可能性を示された後に、その可能性は無いと突きつけられたと思い、リリは錯乱していた。
「ん? あぁ、ここでは反応しないのかも、世界の果てで試して見よう」
リリは立ち上がり、
「じゃぁ、行くの! 今すぐ行くの!」
直哉の手を引っ張って行こうとした。
「わかった、行くから。その前にみんなに行き先を伝えて、戦いの準備をしてもらわないと」
直哉とリリは他のみなの所へ行き、果てに行きリリの父親とのコンタクトを取りに行くことを伝え、先に戦闘の準備をしていて貰うように頼んだ。
エリザやマーリカが一緒に行くと言ってくれたが、リリの速度で飛ぶので待っていて欲しいと伝えた。
直哉とリリはバラムドへ飛び、そこから空の旅を始めた。
「うーん、なの!」
リリはいつも異常に気合を入れて空を飛んでいた。
(えらく速いな。ついて行くのが精一杯だよ)
「お兄ちゃんも速いの!」
リリは嬉しくなって、さらに加速していった。
「リリ! その辺で止まって!」
直哉の警告に、
「えっ?」
と、速度を落としたが、
バチコン!
「あうち!」
リリは世界の果ての壁に激突していた。
「痛いの。見えない壁があるの!」
リリはぶつけた所をさすりながら、壁をたたいていた。
「それが、世界の果てというか、リリ達の本当の世界があるところだよ」
「この壁の向こう側に、リリ達の世界がある・・・」
リリは、霞がかってよく見えない壁を見ていた。
「さぁ、ここでペンダントを出して見て」
直哉に従いペンダントを出すと、
「あれ? スイッチが輝いているの」
スイッチは赤く光っていた。
「さぁ、押して見よう」
リリは迷わずボタンを押すのであった。