第百六十五話 人形師
直哉が目を覚ますと、周囲には、フィリアとアイリ、助け出した女性とスリーの姿があった。
「直哉様、お加減は如何ですか?」
身体を動かしながら、
「んー、だいぶマシになったよ、ありがとう」
そう言って、立ち上がった。
(そういえば、人形師を助け出したのだっけ?)
直哉が人形師を見ると、スリーを大人にした感じの女性であった。
人形師がじーっと見ていたので、
「えっと、こんにちは」
直哉の挨拶に、
「こんにちは。助けていただき、ありがとうございます。スリーも良くやってくれました」
「マスター! ありがとうございます」
「俺は、直哉。バルグフルの伯爵で鍛冶職人です」
「私は人形師のパスタスと申します」
直哉は早速本題に入ろうとしたが、
「直哉様。まずは、街へ戻りませんか?」
と、フィリアの提案に、
「そうだね。街へ送りますよ。バラムドで良いですか?」
「バラムドですか?」
パスタスが怪訝な顔をしたので、
「エッチゴーヤ商会は壊滅しました。エッチゴーヤ自身も死んだと聞いています」
「イーエヤッス様も?」
「イーエヤッスは、オダイーカンと共に、投獄されています」
今まで穏やかだったパスタスが興奮して、
「そんな! イーエヤッス様はエッチゴーヤとは関係ありません」
「ですが、オダイーカンが投獄させる時に、一緒に投獄されに行きました」
「オダイーカンに騙されているのです。お願いです、イーエヤッス様をお救い下さい」
直哉は、
(そんな事を言われても、俺にはどうしようも出来ないよな)
と、思いながら、
「それでは、バラムドへ行って、オダイーカン達のその後の顛末を聞きに行きますか」
ところが、パスタスは自分の身体を触りながら、
「大変ありがたいのですが、私は長期にわたり封印されていたので、バラムドまで体力が持つか不安なのですが、この様に深い森の中ですと、馬車なども使えないでしょうから、かなり不安なのですが」
申し訳なさそうに言ってきた。
魔力が完全に回復したのを確認しながら、
「あぁ、その辺は大丈夫です。大聖堂へ直接繋ぎますので。大聖堂に着けば、後は楽でしょう」
「そ、そんな事が出来るのですか?あぁ、そんな事が出来るから、私を助ける事が出来たのですね」
「はい」
直哉はマーリカに連絡してバラムドへ戻った。
◆バラムド大聖堂
大聖堂には、直哉から連絡を受けたマーリカを始め、リリ達が集まっていた。
「お帰りなさいませ」
「あー、帰って来たの!」
神官達とリリ達に出迎えられた直哉は、
「ただいま戻りました」
と、挨拶をしてから、パスタスを紹介した。
直哉の紹介に、神官達がざわめき始め、
「おぉ! 貴女が、噂の人形師様ですか。お噂はアシカ様より伺っております」
そう言って、尊敬の念を送ってきた。
その時、スリーが何かを感じたようで、
「マスター、お姉様の気配を感じます」
「えっ? 私には感じられないのだけど、何所から感じるのです?」
パスタスはスリーに連れられて、大聖堂の霊安室へ案内された。
「この奧より、お姉様の気配を感じます」
「この奧には何があるのですか?」
一緒についてきた神官に聞いてみると、
「この奧は、エッチゴーヤ商会の者に、乱暴され亡くなった方々が安置されています」
「何ですって!」
パスタスは怒りを露わにしながら、奥へ進んだ。
そこには、スリーと同じ顔をした者が二名、両足の筋は切られ、両腕もあらぬ方向へ曲げられ、散々乱暴された後が残されていた。
「お、お姉様。お姉様。お姉様」
スリーが乱心したかのように、お姉様を連呼しながら近寄っていった。
「スリー! 待ちなさい!」
しかし、パスタスの命令を無視し、そのまま近づくと、
バチッ!
二人の遺体とスリーの間にスパークが生じた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
スリーは、ビクビクと身体を震わせながら、二人の前に立っていた。
「スリー! おやめなさい。貴女の回路も焼き切れてしまう」
パスタスはスリーの回路が焼き切れないように、その場で処理を始めていた。
直哉達は、その様子を見ている事しかできなかった。
「凄い」
「あれが、人形師の力」
「魔法ではなく、スキルなのか?」
直哉達が見守る中、三体の交信は続いていた。
「お姉様」
「まさか!」
パスタスはスリーの眼から涙が流れているのを見て、驚いた。
「私は、お姉様の代わりに、復讐します! マスター力をください」
「あなた。感情が出来たの?」
「はい。今、お姉様と繋がった時に託されました。この身体中を走る嫌悪感と共に!」
パスタスは考え、
「今は、まだ復讐の時ではない。まずは、この二人を供養してあげないと。それに、貴女の妹も居るはずですよ、感じられませんか?」
あやすように言うと、
「妹? 。。。。フォーですか? そう言えば、ここからはフォーの気配を感じ取る事が出来ません」
「そうなると、フォーはまだ人形屋敷に居るのかしら」
パスタスが呟くように言うと、それを聞いていた神官が、
「人形屋敷は、エッチゴーヤの手の者に荒らされていたはずです。最終的には火を放たれたとか」
「本当に、エッチゴーヤ商会の者共は、ろくな事をしないな」
パスタスは更に怒りながら、
「スリー! 屋敷へ行きますよ! 私を支えなさい」
「はい! マスター!」
スリーに抱えられたパスタスは、直哉を見て、
「直哉さん達もご一緒にどうぞ」
「乗って良いの?」
直哉のぼけにスリーが、
「断固拒否します」
と、断られた。
「まぁ、それは冗談ですが、俺達がついていっても良いのですか?」
「イーエヤッス様の件が片づいていないではないですか!」
「そうでした。では、アシカ様との面会希望を出しておいて貰えますか?」
近くにいた神官に頼むと、
「わかりました。届けを出しておきます」
そう言って、走って出ていった。
「よし、行きましょう!」
パスタスは直哉達を連れて、生産街の一画にある、人形屋敷跡地へやって来た。
◆人形屋敷跡地
屋敷の前に到着したパスタスは、絶句していた。
「こ、これは!」
そこには、以前建物であった者が、炭化して崩れ落ちていた。
「本当に酷い状況ですね」
直哉は、マリオネットを駆使し、瓦礫の撤去を手伝った。
「直哉さんの扱う術は面白いですね。後で、教えて貰えますか?」
「教えられるのであれば、喜んで」
実際は本を読んだだけで覚えたので、正確に教えられるか心配であった。
「おや? 地面が変だぞ?」
しばらく瓦礫を退かしていると、地面に不自然な模様がある事に気が付いた。
「これだ!」
「ここの封印は解かれていないようです」
スリーが周囲を警戒しながら封印に近づいて行った。
「みんな。周囲の警戒を!」
直哉の指示で、周囲を見て回ったが、この場所を覗いている者は居なかった。
「周囲は、大丈夫そうです」
直哉がそう言うと、パスタスが肯いて、
「では、スリーお願いします」
「イエス、マスター!」
スリーが地面の模様に手をかざして、力をこめると、スリーと地面の模様が輝きだした。
「そういえば、スリーさんの身体が鍵になっているって事ですか?」
「良く判りましたね。彼女には、私が掛けた封印を解く鍵を組み込んでいます」
「やっぱり、スリーさんは人形なんですね」
「はい」
ドゴッ ゴガガガガガガガガ
周囲に土埃を書き散らしながら、模様のあった辺りの地面が左右に分かれて、階段が出現した。
「さぁ、ようこそ、私の部屋へ」
パスタスはそう言いながら階段に乗って、
「あら? ここの動力は切れてしまったのね、仕方がない歩きますか。スリーお願いします」
「イエス!」
スリーはパスカルを抱えて階段を下りていった。
スリーの後ろに周囲を警戒していたリリ達も階段を下りていった。
最後になった直哉がが階段を下り始めると、左右に開いた地面が閉じ始めた。
「うわぁ」
情けない声を上げながら、慌てて降りていった。
地下へ続く階段には、照明用の魔石が組み込まれていて、足下や天井を照らしていた。
階段の幅は1メートル程で、二人が並んで降りるのがやっとであった。
「結構な深さまで来ているけど、俺達が造った地下拠点用の穴に繋がるのでは?」
「ここは、生産街の外周のようですし、この方向だと、そのままバラムドから出てしまう方向ですね」
直哉とフィリアが小さな声で話していると、
「良くわかりましたね、このまま降りていくと、バラムドの外壁の外側に位置する場所まで行きます」
「こんなに降りているのに、空気が淀んでいないのは凄いですね」
「かすかに、風を感じるの!」
マーリカとリリがそう話していると、
「はい。風の魔石も正常に動作しているようです」
「さぁ、あと少しですよ」
先頭を降りていたスリーに運ばれているパスタスは、首だけスリーの隙間から出して説明した。
しばらくして、大きな扉の前にたどり着いた。
「ここに来ても動力は回復しないか。内側から操作しないとダメだな。よし、スリー、開けなさい」
「イエス! マスター!」
スリーの力によって扉か開かれると、中からスリーを小さくした五歳くらいの女の子が出てきた。
「おねーちゃん! マスター! やっと帰ってきてくれた!」
小さな女の子はスリーに飛び付いて喜んでいた。
「もー、遅いよー、何処まで買い物に行ったのかと思っちゃったじゃん」
そして、ようやく直哉達に気がついた。
「ん? こちらの方はどなた様? はっ、まさか! 私を購入する気ですか!? 私のようなイタイケな少女を買うなんて、何て鬼畜なのでしょうか!」
ヨヨヨと泣き崩れる真似をしていた。
「えーっと、何処から突っ込めばよいのやら・・・」
直哉が呆れていると、
「突っ込む!? 何処から!? 何て破廉恥な!」
バシッ!
パスタスの無慈悲なハリセンが炸裂した。
「いい加減にしないか! そんなに好色家に売ってもらいたいのであれば、エッチゴーヤにでも売ってやろうか!」
その瞬間少女はジャンピング土下座をしながら、
「申し訳ありませんでした。それだけは、それだけは勘弁してください。この、冴えないのでも我慢いたしますので」
(なんで、俺は軽くディスられて居るのだろう?)
「解ればよろしい」
パスタスと少女の漫才は終了した。直哉に心の傷を負わせたまま。
パスタスは肘掛のついた立派な椅子に腰掛けながら話し始めた。
「さて、改めて、我が屋敷、いや、我が工房へようこそ。私がここの主のパスタスだ。それで、直哉とやら、私を探していたと言う事は、何か用事があるのであろう? アシカ様との面会も直ぐ出来るわけでは無いし、今は、あなたの話をじっくりと聞きましょうか」
直哉は途中まで造った人形を取り出して、どうしても造れない部分の作成を依頼しようとした。
「なるほど、これは巧妙だな」
直哉の造った義手義足をじっくりと見て感嘆していた。
「これ程の物が造れるのであれば、他の場所も造れるのでは?」
スリーが口を挟んできたが、
「そんなに簡単には行かないのですよ」
直哉がため息をつきながら言うと、
「それは、あなたの熱意が足りないだけなのでは?」
そんな直哉と少女の言い争いに、パスタスはポンと手を打って、
「そうですね、このレベルであれば、自分で作ってみるのも良いと思います」
そう言って、直哉に人形師のスキルを教えて行った。
その間に、リリ達はバルグフルへ戻り、それぞれ自分のやりたいことをやっていた。
パスタスは直哉からサイボーグの書を借りて、マリオネットの鍛練をしていた。
直哉も、人形師のスキルを覚え、義手と人形部分、そして内臓を組み合わせることで、ようやく器の人形が完成した。
「で、出来た!」
「可愛らしいお人形ですね」
パスタスも直哉の造った人形の出来栄えを見て感心していた。
さらに直哉はアイリのワンスケを造るために、アイリを呼んで、どの様な感じにするのかを聞きながら、ワンスケ用の身体を作成していった。
「ふむ、人形作成のスキルは楽しいですね」
直哉は、新しいものを造る喜びを感じていた。
「こっちも中々有意義である。この疑似四肢作成や疑似臓器作成は面白いな」
パスタスもまた直哉と同じように喜びを感じ取っていた。
直哉は出来上がった人形を仕舞い込み、
「ありがとうございました。私の思い通りの物が出来ました。後は、アシカ様との面会の時にお会いいたしましょう」
礼を言って、バルグフルの自分の屋敷へ戻ってきた。
勿論、パスタスの工房とバルグフルの直哉の屋敷はゲートで繋げていた。
(これをルグニア様の元へ持っていけば、新たな展開になるのだよな。ガナックさんも居なくなったし、魔王も倒してくれたし、あとは、ニセ神からアクセス権を取り戻せば、元の世界に帰ることが出来るのかな? でも、リリ達はどうなるのだろう。ちゃんと、両親に紹介したいのだけどな)
直哉は、久しぶりの温泉を堪能していた。