第百五十八話 バラムド解放 後処理 その1
タダカッツとの激闘を終え、ノッブナーガから腕輪を託された直哉は、エッチゴーヤ商会の制圧具合を確かめていた。
「どうですか?」
「ここの人達は素直に明け渡してくれました」
順番に確かめていき、地図上全ての場所のチェックが終わったのは夕方であった。
「ようやく終わりましたね」
「あぁ、とりあえず、中央の大聖堂に戻ろう」
◆大聖堂
中央へ戻ると、ソエルハザーをはじめ、神官服を着た男達や冒険者達、そして、数多くの市民が待ち構えていた。
「勇者様、バンザーイ!」
「勇者様、ありがとうございます!」
「勇者! 勇者!」
盛大な勇者コールで出迎えられた。
「これは一体?」
戸惑っていると、
「ささっ、勇者様こちらへどうぞ」
神官服を着た男に促され、皆から見えるように造られた台座の上に乗せられた。
「こちらにいらっしゃったのが、神のお告げにより、このバラムドの危機を救ってくださった、勇者様である!」
(えっ? 神のお告げ?)
「エッチゴーヤ商会による、バラムドの腐敗を食い止めてくださった方だ!」
バラムドの民は歓喜に溢れかえった。
呆気にとられっぱなしの直哉の傍に、リリ達が集まっていた。
「さすが、お兄ちゃんなの!」
「この、バラムドでも勇者になってしまうなんて」
「これで、バルグ以外の国で勇者になったわけだ」
「まだ、小国や未開発地域、南の島などが残っているのじゃが」
「ご主人様は、このドラゴンバルグの勇者になられたのですね」
嫁達の賛辞に、
「そうか。俺のやってきた事は、無駄ではなかったのかな?」
直哉は周囲の民達を見ながら感慨に耽っていると、神官服を着た男が話しかけてきた。
「さぁ、バラムドの勇者様、民達に声かけをお願いします」
直哉が台座の上に立つと、そこに集まった全ての人が直哉を注目した。
「みんな、ありがとう。俺がこうしてここに立っていられるのは、皆のおかげです。皆が諦めずに居てくれたからこそ、そして、本日手を貸してくれたから、このバラムドを解放する事が出来ました! これから、このバラムドがどの様な発展を遂げていくのか、俺も今から楽しみです。これからも、皆さんの力を合わせて、バラムドを住みやすい国にしていってください」
直哉が頭を下げると、集まっていた民達から盛大な拍手が送られた。
その日は、解放を祝うお祭りが急遽行われ、夜遅くまで騒ぎが続いていった。
直哉は神殿の一室にいた。
「お待たせ。テイマー用の腕輪だよ」
アイリは直哉からテイマー様の腕輪を受け取った。
「直哉様。ありがとうございます」
大事に抱え込んだ。
「さぁ、呼んであげて」
アイリは腕輪を装備して、
「出でよ! ワンスケ!」
腕輪が目映く光り、その中からイヌが飛び出してきた。
「アイリ!」
「ワンスケ! 良かった。良かったよぅ」
「この、馬鹿アイリ! だから、あいつらは危険だと言ったではないか!」
「ごめんなさい。ごめんなさい。うわーん」
アイリはワンスケを胸に抱きながら、大泣きしていた。
直哉は、そっと部屋を出て行った。
嫁達の待つ部屋へ帰ると、リリは既に眠っていて、フィリア達は明日に備えて準備をしていた。
「間に合ったようですね」
直哉はフィリアから御茶を貰いながら、
「あぁ、元が魔王の力で造られた生命体だからな。そこまで心配はしていなかったが、実際に助かったのを見て安心したよ」
「しかし、テイマーがあのままでは、いつ同じように騙されるか心配ではあるな」
「そうじゃのぅ。じゃが、それは仕方がない事なのじゃ」
「現在、部屋に忍びを付けておりますが、異常は無いようです」
湯飲みを机において、一息つきながら、
「確かに心配ではあるが、そこまで過保護にする必要は無いかな。ただ、魔王との接触だけは避けないといけないな」
「ワンスケの事ですね」
「あぁ、今は闇の力が抜けているが、元が闇の力で造られた生命体だからな」
「アイリさんを泣かせたくはないですからね」
「それだけなら良いのだけど、最悪は、アイリが魔王の手下になってしまう可能性があるから、それは避けたい」
そう話している所にワンスケがやってきた。
「少し、良いだろうか?」
薄っすらと、存在そのものが揺らいでいるワンスケを見て、
「おや? ワンスケか?」
「いつの間に」
「眼を話していて、アイリは大丈夫なのか?」
「先程、泣き疲れて寝てしまいました。忍びの方が見ていますし、私の身体も向こうにいますから、何かあれば直ぐに戻りますよ」
ワンスケをよく見てみると、光り輝く霊体のような身体であった。
「それは、霊体ですか?」
「いいえ、ワンスケという人格です。いや、犬格か?」
「なるほど。意識のような存在なのですね」
「それについては、今から話そう」
直哉達はリリを除き、犬の霊体? を机に招いて、その周囲に集まった。
「まずは、アイリを救ってくださって、本当にありがとうございます。魔王に造られし、仮初めの命であるが、あの子の幸せを見るのが唯一の幸せとなっているのだ」
「変態さん?」
目をクワッっと見開いて、
「ちがうわー!」
と叫んだ。
「話しが逸れてしまったな」
「何か用があるのですか?」
「あぁ。直哉殿に頼みがある。私の身体を造って欲しい」
真剣な表情? のワンスケを見て、
「どういう事ですか?」
「私の身体は、魔王の力によって生み出された物。もし、魔王がその力を使えば、この身体はアイリから簡単に離されてしまうであろう。そうなったら、私はアイリを殺してしまうかもしれない。だが、そんな事は耐えられない。だから、この身体ではなく、直哉殿が造る新しい身体に、この自我を移したいと思う」
「もし移せたら、元の身体はどうするのですか?」
ワンスケは何の悔いもなく、
「完全に消滅させて欲しい」
「それで、良いのですね?」
「もちろんです」
「わかりました。ですが、アイリさんと話し合ってから一緒に来てください」
ワンスケは驚きながら、
「何故だ?」
「今回、アイリさんはワンスケを取り戻すために、危険を冒して着いてきました。何も知らされぬまま、その姿を変える事は、アイリさんへの裏切りではないですか?」
「そうなのか?」
「とにかく、アイリさんにこの事を話して、一緒に来てください。それなら、方法を考えます」
「わかった。しばし待ってくれ」
「今日は疲れているでしょうから、明日で良いですよ」
「ありがたい。そうさせてもらおう」
ワンスケはその場から消えるように立ち去った。
◆次の日
フィリアとマーリカは朝食の準備を、リリとラリーナとエリザが鍛練を、直哉が武具の手入れをしていると、ワンスケが、アイリを連れてやってきた。
「どういうことか、説明をお願いします」
アイリは直哉に詰め寄った。
直哉は、昨日の説明をもう一度すると、
「やっぱり、このままの状態では、危険なのですか?」
「そうですね、危険が残ります」
アイリはワンスケを見て、
「ワンスケは、もう決めたの?」
「おう。私は、普通のワンスケになりたい。普通のワンスケになって、アイリの傍にいたい」
目を逸らさずに、
「本当に?」
「本当さ」
アイリは直哉に、
「御手数をお掛けしますが、よろしくお願いします」
と、頭を下げた。
「わかりました。では、ワンスケはこちらの机の上に来て、その身体から出てください」
「わかった」
ワンスケは、昨日の意識のみの存在になった。
直哉はスキルを発動させながら、
「身体は、どの様な素材がよいのですか? やはり、普通の犬のような感じですか?」
「いえ、ヌイグルミで十分です。元々ヌイグルミでしたし」
「そうですか? 造ってみます」
まずは、アクセサリ作成で、何の効果もないヌイグルミを作成した。
「おぉ! 私に似てますね」
「うん、白いワンスケに似てる」
ワンスケは喜びながらヌイグルミに移動した。
「ぬっ!? 動きが硬いです」
直哉は呆れたように、
「そりゃあ、ヌイグルミですから。ヌイグルミの様な身体と比べられたら、その動きは硬いですよ」
「むー。それならば、剥製みたいな物ならいけるのか?」
スキルの作成出来る物一覧を見ながら、
「やってみましょう」
剥製っぽい物を造り上げた。
「コレでどうですか? 外側には曲がりやすい素材を使い、身体の中身は綿を使っています」
「入ってみましょう。ん?」
動こうとしたが、その場にひっくり返ってしまった。
「動けないですな」
「あらら。やっぱり、動かすための機能が無いと駄目なのかな?」
「それは、厳しいですか?」
「そうですね」
スキルを確認してみたが人間用しか無かった。
「やっぱりないですね。一応人間用のやつをカスタマイズ出来るけど、犬用になるのかな?」
色々といじってみたが、
「やっぱり無理だ! 根本が違いすぎるから、どうしても無理が出る」
「そうか。直哉殿でも厳しいか」
「とりあえず、疑似部位連携の方を試してみましょう」
スキルを発動させて、まずは疑似四肢作成で、足の部分を造るのだが、一度に造るのではなく、核パーツに分けて造り、それを疑似部位連携で接続して、さらにワンスケと接続した。
「ん!? むっ、うーん。今までの中で一番動かせるが、ヤッパリ厳しいですね」
ワンスケの感想を聞いて、
「そうですか。身体を造るのであれば、人形師の力が必要ですね」
「人形師の力があれば、造れそうですか?」
アイリの問いかけに、
「恐らくですが」
「では、それまで腕輪の中に隠れていてもらいましょう」
アイリは、ワンスケを腕輪に戻し、その腕輪を、
「直哉様、直哉様に腕輪をお渡ししておきます」
直哉に差し出した。
「ワンスケはどうなったのですか?」
「ワンスケは、冬眠状態になりました。これで、私が他の腕輪を装備して魔物をテイムしても、ワンスケを失うことは、ありません」
「そうですか。では、アイテムボックスにしまっておきます」
直哉は腕輪を受け取り、新しい腕輪を造って渡した。
「それで、アイリさんはどうするのですか?」
「私は、ワンスケと旅が出来るように強くなりたいです」
「中々厳しいですよ?」
「はい。私一人では無理なので、もしよろしければ、直哉様達に手伝っていただけないでしょうか?」
直哉はフィリアを見て、頷いたのを確認すると、
「私の嫁たちが、許可を出せば良いですよ」
「わかりました。説得して見せます」
アイリは、リリ達を捕まえて、説得を始めていた。
アイリの説得が終わり、全員の許可を貰えホッとしながら直哉の元へ戻って来た時には、朝食の準備が終わっていた。
アイリを加えて朝食を取っていると、ソエルハザーと神官達がやってきた。
「おはようございます。直哉様」
神官服の男が恭しく頭を下げた。
「おはようございます」
「如何ですかな? この、大神殿の設備は?」
「おかげさまで、ぐっすりと眠ることが出来ました」
直哉は心の中で、
(風呂が無いのは大きな減点だけどね)
そう思っていたが。
「アシカ様より命があり、明後日の朝、事実確認の為にアシカ領へ来て欲しいとの事です」
「今日、明日は何かありますか?」
ソエルハザーはメモを見ながら、
「アシカ様よりの命や、貴族からのお誘いはありません。市街地を見て回っては如何ですか?」
「そうですね、そうしましょう。昨日から、何か進展はありましたか?」
「はい。貧民街と平民街の間の壁を撤去してよいかの陳情書が、アシカ様へ提出されました。時期が時期だけに許可はあっさり出るでしょう」
「そうですか」
ソエルハザーはポンと手を打って、
「そうだ! 直哉様にお願いしたいことがあったのでした」
直哉は警戒しながら、
「何でしょうか?」
「平民街や生産街、商店街に銭湯を造って欲しいのです。勿論御代は御支払いいたします」
ソエルハザーは金額を提示しながら直哉の反応を見ていた。
「わかりました。平民街から造って行きます」
食事を終え、直哉は銭湯を造るために立ち上がった。
「リリも! リリも行くの!」
「私は、ここで怪我人の手当てをしています」
「わらわも手伝うのじゃ」
リリがいち早く直哉の腕を掴み、フィリアとエリザが大聖堂へ残ると希望した。
ラリーナは見回りに行くと言って、マーリカも忍達を使いバラムドの警戒を行っていた。
直哉はリリとバザール商会の者を連れて平民街へ行き、銭湯を造る場所をピックアップしていった。
「この場所に造ります。管理者等の手配をお願いします」
「承知いたしました」
バザール商会の者が指示を出すと、平民街や貧民街で油を売っていた者達が集まっていた。
「この者達にやらせようと思います」
「わかりました。使い方の説明などは、ここで一気に説明してしまいましょう。他の場所に造る銭湯でも同じように使えますので」
「わかりました。先に作成をお願いします。管理する者達を集めておきます」
直哉の説明を聞く為に、多くの人が集められた。
「かなりの人数ですね」
「はい。生産街や商店街の者も呼んで来ましたので、かなりの人数になりました」
バザール商会の人間は、メガネをクィッと上げながら答えていた。
「では、説明を始めましょうか」
直哉は、新しく建てた銭湯の使い方をレクチャーして行った。
この日、直哉は三つの区画に合計十二の銭湯を建てて、その夜は、一番風呂を貰いホクホクで眠りにつくことが出来た。