第百五十七話 バラムド解放 その2
◆そのころの直哉達
「二名リリ達を抜けてくるな。フィリア、加護と障壁を!」
「はい」
フィリアが加護をかけ、障壁の準備を終えた頃に、二人の男が現れた。
「お主が、この部隊の大将首と見た! いざ! 尋常に勝負!」
大きな槍をぐるぐると回しながら、飛び掛ってきた。
(ちょっ! 尋常にって不意打ちする事っすか?)
「はぁ!」
ガン!
直哉は盾を構えて、槍のなぎ払いを防いだ。
「ほぅ! 我の一撃に耐えられるのか、ならばこれはどうかな!」
ビュンビュンと、槍をムチのような音をさせながら振り回す大男。
(なんと言う力なんだ。槍が大きくしなっている。アレをそのまま受けるのは危険だよな)
直哉がチラッとフィリアを見ると、赤い鎧を着た男の攻撃をエンジェルフェザーを使って防いでいる所であった。
「何だ? この武器は!?」
ナーオマッサが驚きながら、エンジェルフェザーを攻撃していると、
「今です。解き放て! エンジェルフィスト!」
フィリアの声に呼応して、エンジェルフェザーから光のエネルギー弾が放出した。
「何!?」
この攻撃は流石に意外だったらしく、後方へ大きく間合いを空けた。
「本当に不思議な武器を使いやが・・・・」
フィリアが腕を上げて矢を放っていた。
「ちっ!」
槍を振り回して、矢をはじき飛ばす。
「お前は忍びか!」
弾いている反対側にフェザーを飛ばし、後ろから光のエネルギー弾を飛ばす。
「くっ! まだまだだ!」
直撃を喰らいながらも、戦意を失わず攻撃のチャンスを伺っていた。
フィリアの小手から出る矢が止まった時、
「今だ!」
槍を前にして突撃してきた。
「はっ!? むぅん!」
ザシュ!
死角から飛んで来た槍に貫かれ、動きを止めた。
「ちっ、矢じゃ無いのかよ」
あのタイミングで、槍を振り上げて死角から飛んで来た矢を弾こうと思って居たが、槍だったために、一撃死は免れたものの身体を貫かれて、身動きが出来なくなっていた。
「くっそ! なんて長い槍なんだ!」
槍を抜こうとしていたが、がっちりと地面に食い込んでいて、全く動かせなかった。
「後は、任せます」
フィリアがそう言うと、後ろで待機していた冒険者達がナーオマッサに群がり、トドメをさした。
「エリザ、次は直哉様の援護をお願いします」
「わかっているのじゃ」
エリザは新たな槍を装塡して、攻撃準備を始めた。
「皆さんは、エッチゴーヤ商会の制圧に向かってください」
「おぅ」
「刃向かう者には容赦はいりません。ただし、投稿してきた者への虐待や、弱者に対する乱暴は許しません」
「わかりました!」
冒険者達はフィリアの言葉を胸に刻みつつ、エッチゴーヤ商会を制圧しに行った。
「行くぞ!」
ブォン! がっ!
「おぉっと」
直哉は反射的に後ろへ飛んでいた。
「うわ。あの盾が斬られるとは、凄い力だな」
そう呟きながら、ゲートの準備をしていた。
「これで、邪魔な盾はなくなったぞ! 武人同士、正々堂々と勝負だ!」
「武人って、俺は鍛冶職人なんだが?」
タダカッツは少し考えたようだが、
「問答無用だ!」
ブォン!
そう言って、殴りかかってきた。
「聞く耳持たぬとは、この事だな」
直哉は用意していたゲートマルチを開き、
「とりあえず、距離を取る」
と、言ってゲートへ逃げ込んだ。
タダカッツの遥か彼方後方へ移動した直哉に、
「臆病者め!」
罵声を浴びせた。
「いやいや。生産職が武士とタイマンするなら、このくらいの距離をくれても良いと思うのだけど」
「ええぃ! 男なら斬り合うのが常識だろう! チマチマと、遠距離からやり会うなんて、俺は許さんぞ!」
「知らんがな。自分のフィールドで戦えないからって、それこそ男らしくない。貴方の言う正々堂々や尋常に勝負って、一方的に有利な状態で戦う事を言うのですか?」
「うぉぉぉぉぉ」
タダカッツは槍を振り回しながら、突撃して来た。
「言い負けたら殴りかかるって、子供かよ」
そう言いながら、大工スキルで城壁を造り出し、
「武具作成! 先程の城壁を素材にして盾を造る。大きさや強度は素材優先! 重さもそのままで、作成っと!」
タダカッツが迫り来る中、集中して城壁シールドを作り出した。
「えぃ!」
ドン!
直哉の前に城壁が立った。
「何!?」
流石のタダカッツも驚きを隠せなかった。
「これが、俺の戦い方だ!」
「壁に隠れることか?」
冷静な突っ込みに、
「戦闘中にも武具を作成できる事だ!」
「これは、盾なのか?」
「そうだ!」
明らかに城壁にしか見えなかったが、
「よろしい! 盾ならば打ち破るのみ!」
タダカッツが槍を構えた。
「えっ!? 本気でこれを打ち破る気?」
「武士に二言は無い!」
「はぁぁぁぁぁぁ」
壁を破壊するための力を溜めていた。
(これで、少しは時間稼ぎが出来るかな。いや、念のため盾を三重にしておこう)
直哉はこっそりと武具作成を繰り返し、その場に城壁シールドを三重に重ねていった。
「いくぞ! タダカッツ流奥義! 東国無双!」
槍に溜めたエネルギーを一気に解き放った。
ドゴン! ドゴン! バシュ!
(あ、危ねぇ。三重にしておいて良かった)
タダカッツの攻撃は城壁シールドを二枚破壊して、三枚目で防がれていた。
「何と! 我が奥義が敗れたか」
(いやいや、実は二枚も貫かれたのですけど)
タダカッツは一秒にも満たない時間考えてから、
「だが、我は負けん!」
突撃を再開した。
(切り替え速!)
城壁シールドを展開しつつ、距離を取り、新たな武具を作成していった。
(うーむ、どうするかな。剣術で対応出来れば良いのだけど、俺のレベルじゃ話にならないだろうからな。ラリーナだったら近接戦闘同士の戦いでも、問題無いのだろうけど、俺の戦い方は虚を突く戦いだから、どうやって勝っても難癖付けられそうだ)
そう思いながら大岩を取りだした。
(まぁ、時間稼ぎだな)
「ゲートイン、ゲートアウト!」
大岩の下にゲートインをつくり、上空にゲートアウトを発動させた。
大岩は、重力に従って落下してくるが、そこにはゲートインがあり、また上空へ送られた。
(この調子で落下させていけば、メテオみたいになるかな?)
「はぁ!」
タダカッツは素直に城壁シールドを叩いていたが、
「面倒だな、飛び越えるか!」
そういうと、城壁を走って登ってきた。
「それは、予想外だな」
直哉は驚きながら、城壁シールドをタダカッツの方向へ倒した。
「ぬぅぅぅぅぅん!」
タダカッツは倒れかかってくる城壁を登り続け、最後まで登り切ると、そこは元々の場所よりも遠い場所になった。
「どうだ!」
「マリオネット!」
直哉はタダカッツの着地地点を確認してから、防衛網を大量に散布して、その動きを封じ込めようとした。
「なんだコレは! まぁ、我が槍に斬れぬ物無し!」
タダカッツは始めて見る網に戸惑っていたものの、その場で切り裂き続けていた。
「しかし数が多い!」
直哉はその場にタダカッツを足止めする事に成功したので、
「ゲートイン! ゲートアウト!」
大岩の落下位置を、タダカッツの真上にした。
「ぬっ? 上空に違和感があるな」
ゲートの魔力を感じ取ったタダカッツは、防衛網が身体に巻き付くのを承知の上で、上空に注意を向け、槍に力を溜めていた。
そして、大岩がその姿を現す。ゲートを使いずっと落下していた大岩は、熱を帯び隕石になってタダカッツに襲いかかった。
「この程度!」
タダカッツは隕石に向かって、
「タダカッツ流奥義! 東国無双!」
隕石となった大岩は、タダカッツの奥義を受けて、砕けて弾け飛んだ。
「うぉ!」
直哉は慌てて盾を取り出して顔だけは防いだ。だが、身体中に無数の石礫が襲い掛かった。
「いててててて」
身体を黄金色に輝かせながら耐えていた。
タダカッツの周囲を砂塵が覆い隠す。
(敵の姿が見えなくなってしまうな。だけど、下手に動くと俺も危険だ)
しばらくして、砂塵が落ち着いてくると、その中央に血まみれで槍を突き上げた体勢のタダカッツが居た。
「勝負アリですか?」
「くっ! いや、まだだ!」
タダカッツが気合いで攻撃を続行しようとした時に、
「ぬぅ!」
ガン! バン! カランカラン
直哉の後方から飛んで来た槍が見えたため、持っていた槍で弾こうとしたが、予想以上のダメージを負っていたため、槍をはじき飛ばしたが、自身の槍もはじき飛ばされたいた。
「ぬかったわ」
そこへ、
「お兄ちゃん!」
「直哉! 生きているか?」
リリとラリーナが到着した。
「これで勝負がつきましたね。投降してください」
タダカッツは周囲を見て、
「そうか、おチュウ、 おヤス、おナオ、みんな逝ったか」
タダカッツは目を瞑った。
(ん? 投降してくれるのか?)
「殿。最後まで夢を共に出来ずに申し訳ありません。我等、殿のためにこの身を捧げた者。殿のためならば、この身果てるのもまた本望!」
タダカッツの闘気が一気に膨れあがった。
「我はタダカッツ! コレより修羅になろう! 殿のため、タダ、勝つ!」
「これはまずい! フィリア! 障壁を!」
フィリアの障壁はタイミング的には間に合ったが、強度的には間に合わなかった。
バリン!
薄硝子を割るような感覚で、フィリアの障壁を突破したタダカッツの闘気が直哉達を包んだ。
「ぐぅぅぅ。こちらの全能力値が下がっていく。このままでは皆が危ない」
直哉は武具作成を使った。
(リリの武器に使った、闘気を溜める素材を使い、それを受け流す様に細工して、城壁シールドに組み込むっと。っく、痛いはずなのに意識が朦朧としてきたぞ)
直哉は、新しい城壁シールドを目の前に展開した。
タダカッツの闘気は、上に流れるように逸れていった。
(ふぅ。これで、何とかなるかな?)
それを見ていた、リリとラリーナも直哉の元へ逃げ込んできた。
「フィリア、傷の手当てを頼む」
「了解です」
フィリアも駆けつけ、リリ達の傷を癒していた。
(さて、問題は、タダカッツがこのまま闘気を放出するだけで終わるとは思えないのだよな)
直哉がそう思って居ると、タダカッツのそばに忍び装束の男が現れた。
(ん? マーリカの手下? にしては、随分と強そうだな)
忍び装束の男がタダカッツに何かを伝えた後、タダカッツの闘気は収まった。
「投降しよう。だが、条件がある」
そう切り出してきた。
「何でしょうか?」
「投降する時は、我だけでなく、我が殿達も保護して欲しい」
(とんでもない事を要求してきたな)
◆時間は少しさかのぼる 貴族街 オダの屋敷
「くっそ、折角オダに大枚を使って取り入って来たのに、これでは、なんの意味もないではないか」
肥満体のおっさんが、裏口近くの倉の陰で、脱出する機会をうかがっていた。
「これなら、他の貴族達にも取り入っておくべきであったか。あの得体の知れない者の言う事なんか聞くべきでは無かったか」
ブツクサ言っているのを忍び装束の男が聞いていた。
「おやおや、この様な所にいらしたのですか? エッチゴーヤ殿」
ふくよかな男が笑みを浮かべて近寄っていった。
「おぉ、これはこれは、イーエヤッス様、この様な場所へどのようなご用件で?」
エッチゴーヤは、
(ちっ、何でこんな場所に腹狸が来るんだ?)
と思っていた。
「それは、もちろん、掃除をしに来たのですよ」
イーエヤッスは笑顔を浮かべたまま、エッチゴーヤの身体に刀を差し込んだ。
「な、何を・・・・」
エッチゴーヤは驚愕の表情を浮かべたが、身体を動かす事は出来なかった。
「お前が、御屋形様に取り入ろうとしなければ、この様な事にはならなかった。もう、既に遅いが、それでも、ゴミを掃除しておかなくてはな」
「ぐはっ」
エッチゴーヤは身動き一つ出来ずに、その命を絶たれた。
イーエヤッスはエッチゴーヤを動けない用にしていた男に話しかけた。
「ハンゾー、もう良いぞ。それをもって御屋形様を説得しなくては。御屋形様の傍へ飛べるか?」
「御意」
その場から、二人と死体の姿が忽然と消えた。
「御屋形様、申し上げます」
「イーエヤッスか。どうした?」
オダの部屋に入ると、周囲には火を放つ準備が終わっていて、オダ自身も腹を切る準備をしていた。
「お、御屋形様。お待ちください。首謀者の首をお持ちいたしました。全てはこの者が引き起こした事。御屋形様、ご再考を!」
そう言って、エッチゴーヤの死体を置いた。
「それは、エッチゴーヤか。思えば、それと取引を始めてから狂い始めたのぅ」
オダは昔を思い出しているようであった。
「全軍に通達せよ。投降せよ。戦は終わりだ」
オダの命令は速やかに伝えられ、実行に移された。
ただ、オダの居城は何者かに火を掛けられ、オダとイーエヤッスの亡骸を見つける事が出来なかったが、エッチゴーヤの亡骸は見つかり、バラムドの解放は成功に終わった。
◆時は動き出す
「どうだ? 返事を聞こう」
直哉はしばし考え、
「俺の一存で決められないが、亡命先を用意する事は出来る。ただし、貴族として扱う事は出来ないぞ?」
そう言うと、先程の忍び装束の男が、二人の男を連れて現れた。
「それは、構いません」
リリ達が武器を構えようとしていたので、それを制しながら、
「貴方が、タダカッツさんの主人、イーエヤッスさんですか?」
「はい。私がイーエヤッスです」
「初めまして、俺は直哉、バルグフルで伯爵をやっています」
「そうでしたか、貴方が・・・。失礼しました。この忍びがハンゾーで、こちらが、オダ様です」
その場の直哉達は驚いて、
「オダ様って、オダイーカンですか?」
「いくら、命を預ける者でも、御屋形様を呼び捨てにするのは許しませんよ」
イーエヤッスが怒りを露わにした。
「良い。控えよ」
オダイーカンが、イーエヤッスを下がらせた。
「すまぬの。我が、オダイーカンだ。お主の言いたい事はわかる、今回の首謀者の片割れである我をかくまう事は出来ぬと言う事ではないか?」
直哉は肯いて、
「そうですね、オダイーカンとして亡命させるのは、流石に困難ですね。名前を変え姿も変えないと厳しいですよ」
オダイーカンは肯いて、
「わかった。エッチゴーヤを使っていた我が間違っていたのだ。それを正そう。オダイーカンの名はここで捨て、これからはノッブナーガと名乗ろう。今着ている物も全て捨て、市民と同じ物を着て同じように生きよう」
そう言って、イーエヤッスが用意していた、市民用の服に着替えた。
「用意が良いですね。っと、その腕輪は!」
ノッブナーガが投げ捨てた衣服の中に、見知った腕輪を見付けた。
「ん? これか? 確かエッチゴーヤの献上品の一つだな」
「それは、エッチゴーヤを葬った時に、持っていた物です。献上品だったのですか? と、言う事はあの倉から持ち出していたのですかね」
イーエヤッスはそう言いながら、直哉に腕輪を渡した。
直哉は確認して、
「やっぱり、俺が造ったテイマー用の腕輪で、アイリにあげた物だ」
「その者が手放したのかな?」
直哉は、首を横に振って、
「エッチゴーヤに取られたと言っていました。本人も無理矢理売られる所を助けています」
ノッブナーガ達は驚いて、
「本人って、人身売買ですか?」
「はい」
ノッブナーガは、
「何と言う事だ。真の平和を望んでいたのに、これでは、そんな事を言える立場では無いではないか!」
横にいた、イーエヤッスも、
「私は何と言う者に手を貸していたのだ。大事な家臣達に何と言って詫びれば良いのか」
そして、何かを決めたノッブナーガは、
「直哉とやら、その腕輪はお主に渡しておく。持ち主に返してやって欲しい。そして、我は、アシカの元へ行ってくる。今回のけじめを付けにな」
その言葉を聞いたイーエヤッスも、
「私もお伴いたします」
二人は直哉に向き直り、
「直哉殿、この度は大変お世話になりました」
それ以上の事は言わずに、アシカの元へ向かっていった。
「直哉殿。お願いがあります」
そこには、タダカッツが満身創痍で立っていた。
回復薬を取り出しながら、
「コレをどうぞ。それで、何でしょうか?」
はじき飛ばされた槍を見て、
「あの槍を、直哉殿にお預けしたい」
「どういう事ですか?」
「拙者はコレより、殿の盾になりに行きます。あの槍を持って行けば、確実に取り上げられるでしょう。ですが、あの槍は、殿の夢を叶える時に必要になりますので、帰って来た時に返して頂けないでしょうか?」
直哉はタダカッツの目を見て、
「わかりました。お預かりしておきます。ついでに修理もしておきますね」
直哉の優しさに、
「かたじけない」
タダカッツは頭を下げた後で、イーエヤッス達を追っていった。
「ふぅ、行ってくれたかな」
直哉は、その場に座り込んだ。
「疲れたの」
「そうですね」
リリ達も直哉に寄りかかるように座り込み、束の間の休息を取っていた。