第百五十四話 海と教会の街 バラムド
◆バラムド付近
そろそろバラムドが見えてくるところで、マーリカが止まるように言ってきた。
「どうしたのだい?」
マーリカは忍びからの報告を説明した。
「このまま進んでも、私達がバラムドへ入る事は出来ません」
「どういう事だい?」
「バルグフルからの人間や、バザール商会の人間は、バラムドへ入る際に物凄く悪質な取調べを受けることになります」
ソエルハザーは驚いて、
「バザール商会の者もですか?」
「はい。それどころか、バザール商会への取引をしに行くだけでも、同じように取調べがあります」
「ふむ。厄介ですな」
「ですね。自由の風さん達だけでしたら、入れるかもしれないと言っています」
直哉は腕を組みながら、
「バラムドへ潜入する事は出来るのかい?」
「私達だけであれば、空から進入出来ます」
マーリカの返事にソエルハザーは、
「しかし、それだけ警戒が厳重なら、空からでも厳しいのでは?」
「いいえ、厳しいのは出入り口だけです。他は高い壁に護るのを任せているようです」
直哉が頷きながら、
「なるほど、その壁から進入するのだね? ちなみに、その壁はどの位続いているの?」
「各入り口の間を繋ぐように作られています」
「ソエルハザーさん。この場に簡易的な休憩所を建てます。私とマーリカで先に潜入している忍達と合流して、隠れ家を構築してきます。それが終わり次第、この場とその隠れ家をゲートで繋ぎますので、それでバラムドの中へ入りましょう」
直哉に付いて行きたいリリは、飛び跳ねながら、
「リリも! リリも行く!」
「いや、リリ達はここでソエルハザーさん達を護ってやってくれ。魔物だけでなく、エッチゴーヤの手の者からも」
直哉は残る方の重要性を説明していたが、
「むー」
リリは不服であった。それを見ていたフィリアが、
「バラムドに拠点を造ると言う事は、ゆっくり出来るのですか?」
直哉はそういうことかと思い、
「数日は情報収集になると思うから、ゆっくり出来ると思うよ」
「ですって。リリ、その時にゆっくりと甘えましょう」
ようやくリリは納得して、
「はいなの!」
こうして、直哉とマーリカはバラムドへ潜入するのであった。
「どうだい? 中の忍びとは連絡が付いた?」
「はい。全ての門から死角になるポイントのうちの一つに案内します」
しばらく進むと、そのポイントへ到着した。
「ここですね。一応注意して飛んで行きましょう」
「おう」
直哉とラリーナは壁伝いに飛んで行った。
壁を登ると忍装束男が待機していた。
「お待ちしておりました。姫様。直哉様」
「ありがとう」
「ここからはどうするの?」
「一先ず、この壁を降ります。ここは、貧民街の壁なので見回りは殆ど来ません。壁の先にもう一つ大きな壁がありますが、そこから先が平民街となり、そちらへ向かいます」
直哉がバラムドの街を見ると、巨大な壁に囲まれた街が見えた。巨大な壁は三つ葉のクローバーのような形になっていて、中心には大聖堂が大きく見える。三つ葉の部分の頂点が貴族街、右側が生産街、左側が商店街、土台の部分が平民街となっている。全ての部分は、中心を通過しないと行き来することが出来ず、貴族街へは、複数の門をくぐった先にある。
貴族街を納めるのは、アシカ様で、そのアシカ様を支える将軍達がいる。その中の一人、オダ・イーカンにエッチゴーヤが庇護されている。
◆貧民街
直哉達が地上へ降りると、昼間なのに日が当たらず、ジメジメとした場所であった。
「こんなところに住んでいる人が居るのですね」
「はい。昔は居なかったのですが、最近の情勢悪化に伴い、ここに移る人が増えてきました」
貧民街を風のように走り抜けていると、大人達が子供達を囲んで殴っていた。
「あれは? 何をやっているのですか?」
直哉が不快感を表し、忍びへ聞いていた。
「あれは、この貧民街の日常の光景です。あれで、心のストレスを発散しているようです」
「何故だ!」
「仕方が無いのです。食べる物も無く、娯楽も無い。あるのは不平不満だけ。そんな中で更なる弱者をいたぶることによって、その心を保っているのです」
「この街から出ようとしないのか?」
「この貧民街は平民街からしか出入り出来ません。通常は貧民街から入る事は出来ないので、ほぼ一方通行なのです。外へ出たくても高い壁があるので出ることが出来ず、結局はあの様になってしまうのです」
直哉は、拳を握り締めて、
「今、俺があの中へ介入しても、何の問題解決にならないのだな」
「はい。エッチゴーヤの体制を崩し、バラムドを平常に戻さない限り、第二第三の子供達が産まれてしまいます」
直哉は目を閉じて、
「理解はした。だが、納得できん!」
直哉は反転して、大人達に割り込んだ。
「そこまでだ!」
「何だ!? てめぇは! 見ない顔だな! これは、エッチゴーヤ様からの命令なんだ! 邪魔するな!」
「キサマラも、エッチゴーヤの者か!」
直哉は一刀両断でその男をたたき伏せ、返す刀で残りの大人達を叩きのめした。
「うっ」
「ぐっ」
エッチゴーヤの手下共は完全にのされ、その場に簀巻きにされて転がっていた。
それを見ていた、他の大人達は、
「なんと言う事をしてくれたのだ! このままでは、エッチゴーヤの手の者が押しかけてきてしまう。我々には行く場所など無いのに」
直哉へ詰め寄った。
「あなた方はそれで良いのですか!? もっと、普通の暮らしをしようとは思わないのですか?」
「どうやってすれば良いのですか!? 我々には住居どころか、食べる物すらありません。あなたに食べ物や住居を出すことが出来るのですか!」
「出来ます。ですが、生活基盤を造る事は出来ますが、それを継続させる事は出来るのですか?」
「そんな事、出来るわけが無い。最後まで面倒を見てくれないのであれば、このまま放って置いてくれ」
直哉は怒りを通り越し、呆れてしまい、
「話しにならないな。マーリカ、子供達の容態は?」
傷の具合を見て、治療をしながら、
「全員打撲や切り傷、擦り傷が多いですが、回復薬で問題ありません。ですが、心に負った傷は時間が無ければ癒しきれません」
「マーリカ、リカードとミーファ、そしてリリ達に繋いでくれるか?」
「はい。お任せください」
直哉は貧民街で起こっていることを、全員に周知させると、貧民街の人を集めて説明し始めた。
「リカードからは、バルグフルへ移住を許可する証明書を発行してもらえることが決まった。場所は我が領地になる。領地を取り仕切っているミーファさんにも連絡してあるので、希望者は直ぐにでも送ることが出来る」
「そ、そのような事が!? しかし、この場所からは出ることが出来ないのです」
最近来たであろう、幼子を抱いた若者が懇願してきた。
「勿論、移住するのであれば、俺が責任を持って連れ出すと約束しよう」
「おぉ! ありがたい!」
若者は感謝していた。
「しかし、このバラムドを捨てられない方もいらっしゃると思います」
「勿論じゃ」
今度は、重鎮のような老人が話しかけてきた。
「そこで、俺達はこのバラムドをエッチゴーヤの手から解放しようと思います」
直哉の説明に目を見開いて、
「なんと! その様な事が出来るのですか!?」
「殴って解決するだけなら、今すぐにでも出来ますが、それでは禍根を残すことになります。この、腐った体制から解放するには、色々と根回しが必要になります」
老人はガッカリしながら、
「それでは、時間がかかりすぎる。我らには食べる物すら碌に残っていないのじゃ」
「そうですよね。そこで、皆さんにお聞きします。バルグフルへ移住したい者、バルグフルへ一時避難し、バラムドが解放され次第戻りたい者、俺達と一緒にバラムドを解放したい者、そして、それ以外のもの、これらを話し合ってそれぞれに別れてください」
「みな、それぞれの生き方をせよ、と、言うことですかな?」
老人の呟きに、
「俺は、皆の可能性をこんな形で摘み取りたくないだけです。この先、どの様な人物になるのかはわかりませんが、中にはこの世界を救う者が居るかもしれません」
「そんな事は・・・」
「無いとは言い切れませんよ」
「わかりました。あなたに従いましょう。どうせ、今すぐ死んでもおかしくない命。あなたに預けてこのバラムドを解放したい」
老人が決意を表明すると、その場に居た若者達も共に戦うことを決意してくれた。
直哉は、バルグフルへ移住する者と一時避難する者を送り届け、代わりにバルグフルの近衛兵達を預かった。
「ひさしぶりだね、ラナさんとルナさん、それにミシェルさん、デイジーさん、ヘレンさん。みなさん、お元気でしたか?」
「直哉伯爵様、お久しぶりでございます。また、厄介事へ首を突っ込んでいるのですね? ですが、伯爵が介入するのであれば、バラムドは解放されたも同然だと、リカード様が仰っていました。それと、物凄く行きたがっていました」
直哉は笑いながら、
「相変わらずですね。バラムドを解放したら、正式に交易を結ぶのでしょうから、その時にでも来て貰いましょう」
「そうですね」
直哉は、貧民街の奥に、貧民街とは思えない建物を建てて、貧民街の反抗拠点を造り上げた。
他の街からは見ることが出来ず、辿り着くためには、あちこちに造った仕掛けを解除しないと行けない仕様になっていた。
「みんな、すまない。折角、反抗拠点の目星を付けて貰っていたのに」
直哉は、忍達に頭を下げた。
「いえ、我々は、貧民街を切り離す考えでした。こちら側にも拠点の構築をお願いできますか? そうすれば、情報収集が楽になるのですが」
「勿論です。貧民街へ落ちた方々も、平民街や商店街へ行っても問題ないですか?」
「それは、問題ないと思います。ですが、エッチゴーヤの手のものには注意してください。この、貧民外には居ませんが、商店街には大量に見回りしています」
忍の意見を聞き、貧民街の者と話し合った。
「我々は、この場で反抗の準備をしています。直哉様達は上の街で反抗の準備をお願いします。時をあわせ、このバラムドを解放しましょう」
「わかりました。買出しは、バルグフルの方でお願いします。一応忍を置いておきますので、何かあったら、忍を通して連絡をお願いします」
「わかりました。このご恩は一生忘れません」
「それは、バラムドを解放してからにしましょう」
「ありがとうございます」
直哉を祈りながら、そう繰り返した。
「さて、今日はもう少し頑張ろうか。平民街と生産街に反抗拠点を建ててしまおう。ソエルハザーさん達の拠点は、商店街ですか?」
「いいえ、私たちの拠点は平民街にあります」
直哉は、マーリカを見て、
「今はどうなっているの?」
「常にエッチゴーヤの手下が嫌がらせをしにきて居ますね」
「ここでも、エッチゴーヤか。そういえば、先程の者達はどうだった?」
先程、簀巻きにした大人達の事を思い出した。
「尋問して見たところ、エッチゴーヤとは何の関係もないことがわかりました」
直哉はため息をつきながら、
「虎の威を借る狐って事だね」
「そうですね、エッチゴーヤにばれたら、あの大人達が困っていたそうです」
「何だかなぁ」
◆平民街
「ここは、なんと言うか、普通だね」
「そうですね、貧民街ほど酷くないが、特にこれといったものも無い、平凡な所です」
「なるほど」
直哉が建物などを見ていると、
「こちらです」
忍びが拠点として目を付けていた建物へ案内してくれた。
「ここですか」
直哉が連れてこられたのは、周りと同じ建物が並ぶうちの一軒であった。
「木を隠すには森の中と言います。これならば、バレ難いでしょう」
直哉は中へ入ると、
「中も普通なんだね?」
「はい。まだ、手を加えてはおりません。一応、押しかけられても大丈夫なように、ダミーの者達を住まわせております」
直哉は、中で生活していた二人に頭を下げた。
「始めまして、バルグフルの直哉です」
「存じております。ルグニアの勇者直哉様。私達の里を救ってくださり、ありがとうございます」
二人も直哉に頭を下げていた。
「里? もしかして、お二人は忍の方ですか?」
「はい。私達も忍の一員です」
直哉は納得したようで、
「そうでしたか、それで、この家を反抗拠点としても良いとのことでしたが、何処に作りますか?」
直哉の質問に、二人の忍は奥のふすまの仕掛けを動かすと、そこに、地下へと続く階段が現れた。
「この、平民街の地下を拠点にしちゃいましょう」
「もしかして、出口を他の街へ繋げる事が出来るのですか?」
「勿論出来ますが、場所を考えないと、大変な事になりますよ」
直哉は、地下要塞の建築に、胸を躍らせていた。
「よし、まずは、この周辺から始めようか」
直哉は地下へ降りてマップを確認する。
地上のマップを重ねながら、少しずつ拠点を大きくしていくのであった。
「お兄ちゃんの嘘つき。全然ゆっくり出来ないの」
その、傍らでリリが不貞腐れているのであった。