第百五十三話 フィリア覚醒
「いやー。お兄ちゃーん。魔法が、魔法がー」
膨大な魔力がリリを中心に吹き荒れる。
「まずい、魔法が暴走する。フィリア! 光魔法で俺とリリを包み込んで周りに被害が出ないようにして!」
フィリアは直哉を押さえつけながら、
「この傷だらけの身体では無茶です! 暴走した魔力に身体が耐えきれません。直哉様もお下がりください」
直哉はフィリアの制止を振り切り、
「無茶でも何でも、リリが危ないんだ! やるしかない!」
直哉は自らの身体が傷つく事を顧みず、リリに近づきその身体を抱きしめた。
「リリ、落ち着いて良く聞いて。今すぐに魔力を手放すんだ。ゆっくりで良いから」
リリは泣きながら、
「お兄ちゃん、怖いよ! 怖いよ!」
「リリ! 大丈夫だから。俺が何とかするから! 俺を信じてくれ!」
リリの身体から溢れ出した魔力が、鋭い刃となって直哉を切り刻んでいく。
直哉は金色と銀色に交互に輝きながら、リリを優しく包み込んでいた。
「お兄ちゃん・・・・」
リリは直哉の言う通りに、魔力の権限を解放していった。
(くぅ、早く! 早く! 俺の意識が保てるうちに、暴走した全ての魔力を受け止める)
その間も膨大な魔力の奔流は、直哉の身体を切り刻んでいった。
(あぁ、このままじゃ、お兄ちゃんが死んじゃうよ。全身血まみれで満身創痍になってるのに、リリのために命をかけてくれている。あぁ。お兄ちゃん)
直哉は《リリの思い》という珠を手に入れた。
リリが完全に魔力を手放した時、直哉は意識を失った。リリも魔力欠乏の影響で倒れ込んだ。
フィリアは、怪我の具合を確かめていった。
「リリちゃんは魔力の枯渇で倒れているだけのようね、傷はないみたい。問題は直哉様の方ですわ」
フィリアのつぶやきに、
「この装備は外しておいた方が良いのでは?」
ラリーナは直哉が昔外していたように、リリの装備を解除して傍に置いた。
その後、ラリーナは振りかけるMP回復薬をリリにかけて、目を覚ますのを待った。
フィリアは直哉の装備を剥がし、意識を失った事でマリオネットやリジェネ等が機能していない事を確かめた。
「完全に機能が停止している。回復薬で回復するにしても傷の箇所が多すぎる、治療が終わる前に出血多量で死んでしまう、このままでは危険だわ。あの力を使うしか救う事が出来ないわね」
フィリアは直哉に貰った《魔蓄棺》を装着して、
膨大な魔力を練り始めていった。
(お母様。今ほどこの身体に流れるエルフの血に感謝した事はありません。エルフの力を分けてくれていてありがとう。私はこの力を使って直哉様をお救いいたします。もう、迷ったりしません。この方に私の全てを受け止めて貰います)
フィリアの耳が次第に尖っていき、エルフの面影が濃くなっていった。
「今は名も無き生命を司る精霊達よ! 我が身体に流れるエルフの血の契約によって命ずる! この者に癒しと安らぎを!」
「コンプリートリカバリー!」
直哉の身体は金色包まれた。
身体中の傷、魔力、その他全ての状態異常を回復した。
「す、凄いのじゃ。これがエルフの力・・・」
「さすが、フィリアだな」
傷が治り暫くして直哉は目を覚ました。
「ここは・・・?」
直哉は周囲を見まわして、
「そうだ! リリ!」
「リリちゃんなら、横で眠っていますよ」
「そっか、フィリアありがとう。・・・フィリア?」
直哉は雰囲気の変わったフィリアを見つめた。
「さらに綺麗になっちゃったね。隣に居るのが俺なのが申し訳無いよ」
「そんな事ないです。貴方が居るから、私は自分の全てをさらけ出す事が出来る。貴方と居られるのであれば、私は、私は」
泣き出したフィリアを、何も言わず優しく抱きしめた。
直哉は《フィリアの思い》という珠を手に入れた。
「とりあえず、簡易的な小屋を建てて、そこでしっかりと休もう。もう少しMPが欲しい」
「エリザ、マーリカ、もう少し頑張れますか?」
「やるのじゃ!」
「お任せください」
二人は、周囲の警戒を始めた。
「ありがたいな。俺はMPを回復するために少し眠ることにするよ」
その後、少し回復したMPを使い、小さな休憩小屋を造り、中で休む事にした。
リリが目を覚ますと横に直哉が寝かされていた。
直哉は眠っているだけで、その横に泣き疲れて眠ってしまったフィリアがいた。
反対側にはラリーナがリリを優しく包み込んでくれていた。
リリは直哉が動かないので、
「お兄ちゃん。お兄ちゃん?」
心配になって呼びかけると、
「おや? リリ! 目を覚ましてくれたかい。心配したよ」
「リリ、すっごく怖かったの。また、大切な人に捨てられちゃうのかなって。でも、お兄ちゃんは違ったの。あんなにボロボロな身体だったのに、それでもリリの為に無茶してくれて。助けてくれて。本当に嬉しかったの。ありがとうなの」
リリは直哉の脇腹に顔を埋めて泣いていた。
「リリ。俺に言わせればリリが無事で良かったよ。凄く贅沢って言われるかもしれない。不潔って言われるかもしれない。女関係がだらしないって言われるかもしれない。それでも、今、俺の傍にいて、俺と共に生きようとしてくれるリリ達が好きだよ」
直哉はリリの頭を撫でた。
「リリだけじゃない。フィリアも好きだし、ラリーナも好きだし、外で見回りをしてくれているエリザも好きだよ。もちろん、マーリカも好きだ。みんなは俺に居場所をくれた。とても暖かい居場所を。どんな事があってもこの居場所を護ろうと思ったら、身体が勝手に動いてしまったよ。フィリアにも無理させちゃったな」
フィリアとラリーナも抱き寄せた。
直哉はフィリアの髪をなでながら、
「昔は自分の身体にエルフの血が流れている事が耐えられないと言っていたのに。俺のために、その血を前面に押し出させてしまった。本当にごめん」
「それは、いいっこ無しですわ。全ては直哉様の理想を護るためですし、私自身、自分の内面と向かい合う貴重な時間を作る事が出来ました。直哉様はどうですか? 私のエルフの姿は?」
そう言って、自分の尖った耳などを触って貰い、エルフを強調させた。
「綺麗だよ。今まで以上に見とれてしまう。本当に綺麗だ」
直哉はフィリアの顔をしっかりと見た。
「その言葉が貰えただけでも、私としては大満足です」
フィリアは、エルフの姿で安堵していた。
◆魔王軍隠れ家
隠れ家に戻ってきた魔王は、苛立ちながら、
「ガナックよ、どういうことか委細話せ」
ガナックは頭を下げながら、
「はっ! 魔王様のお言葉通りに、始めは四天王を行かせる予定で進めてました。その時に、剣聖殿が来て先鋒は任せろと言って来ました。私も魔王様から直接指示出しして頂いていたので、魔族長シンリュウを出すと言って、培養液から出したのです。その時の様子は四天王達を監視する、監視カメラに映っています」
そう言って、画像を見せた。
「最後には、こんな人形など要らんと言って、斬りかかってきました。その後は、一人で飛び出して行ったので、魔族長シンリュウの傷を治しつつ四天王達の軍団を作り上げておりました。あちらがその軍団です」
そこには、四天王達の他に十体ずつの高等魔物が付き従っていた。
「残念ながら、魔族長シンリュウの配下はまだ揃っていませんが、神殿の設置が済み次第、四天王率いる四天王軍でバラムドを攻める予定でした」
その様子も、カメラに収められており、
「そうか。疑ってすまぬ」
「いえいえ。私こそ、魔王様の指示通り出ていれば、この様な事にはならなかったのです。平にご容赦を」
魔王は腕を組みながら、
「今回、イレギュラー共と戦ってみて、我が能力では、太刀打ち出来ぬと言う事に気が付けた。よって、しばらく余は、能力アップに努める事にする。後の事は任せるぞ」
「ははっ!」
その場で頭を垂れた。
◆依頼を出した村
「おぉ! 冒険者達よ、良くぞ戻ってこられた」
村長さんが出迎えてくれた。
「どうなりました?」
「南の森で活動していた魔王軍は蹴散らしておきました。現在は跡地に大きなクレーターが出来ています」
直哉の説明に驚いたものの、
「そんな事になっていたのですね。それでは、怪我人とかは居ませんか? 村で治療いたしますよ?」
「治療はこちらで出来るので、出来れば、家を建てる場所を貸していただきたい」
直哉の要求に、
「永住していただけるのですか?」
「いいえ、バラムドへ出発するときに片付けてから行きます」
「えっと、家ですよね?」
「はい」
村長は納得はしていないが、規格外の冒険者の言うことなのでと、自分に言い聞かせながら、
「わ、わかりました。こちらの空き地をお使いください」
「ありがとうございます」
直哉は礼を言って、スキルを発動させた。
「・・・・・・」
一瞬で直哉の屋敷、簡易版を建てた直哉に、
「神か、悪魔か・・・」
村長は呟いていた。
「俺達は、回復のために眠りますが、食堂と浴場を開放しておきますので、村の方々はご自由にお使いください」
村長を屋敷へ案内した後で、直哉達はHPMPを完全回復するために、部屋で眠るのであった。
浴場を利用している、村長と相談窓口の男が話していた。
「凄い方だな」
「本当に、驚きの連続ですな」
二人は湯船から、外を眺めながら、
「村にこの様な施設が欲しいですな」
「ですが、冒険者殿に依頼するにしても、依頼料を支払うことが出来ません」
「あの冒険者様なら無償でやってくれそうですが、それでは、物乞いと変わりないですし」
二人は頭を悩ませた。
◆次の日
直哉達が身支度を整えて屋敷を出ると、村人が総出で待ち構えていた。
「ど、どうかしたのですか?」
直哉は若干引きつつ聞いてみた。
「お願いがあります」
「な、何でしょうか?」
村長が前に出て、
「この屋敷を売っていただけないでしょうか?」
「えっ? この屋敷をですか?」
「はい。冒険者様のお屋敷を使用させてもらいましたが、今までこの様な施設を使用した者はおらず、未知の技術も使われている様子。この施設を我が村の売りにしたいのです」
村長の気合の入った言葉に、
「いや、この施設自体は、バルグフルやルグニア、ソラティアにもありますよ。この後、バラムドで拠点が作れるようであれば、そこでも建てる予定ですし」
「そうでしたか。それなら、そこまでのプレミアム価格にはならないということですね」
(なるほど、この村の中だけでも、使いたいのか)
直哉はそう考え、
「では、この村用の施設を建てるという事でよろしいですか?」
村長は、にやりとして、
「新しく建てては、費用がさらにかかってしまうでしょうから、現在建っているこの屋敷をそのまま使用する許可をいただければ、文句は無いのですが」
「わかりました。そこまで言うのであれば、売りましょう」
直哉は決断した。
「それで、代金の方ですが、1Gでどうでしょうか?」
「それは、安すぎるのではありませんか? ソエルハザーさん、その辺はどうなんですか?」
「この規模、そしてこの設備、全てを見てしまうと、500Gを超えますね。バルグフルの直哉様のお屋敷ですと、1000Gを超えます」
「やはりそうですよね。村長さんどうしますか?」
「ご、500Gを捻り出すのは至難の業ですね」
その話を聞いていた村人達が、がっくりとしていた。
「あれ? 既に村人さんには話してあったのですか?」
「えぇ。冒険者さんから施設を買うという事も、先ほど決めました」
直哉は少し考えて、
「では、皆さんにこの屋敷を貸し出しますよ」
「して、その代価は?」
村長どころか、村人が全員で押しかけてきた。
「話は簡単です。俺達用の部屋は立ち入り禁止としますが、それ以外の部屋の掃除と管理をお願いします」
「それをすれば、この屋敷を貸し出していただけるのですか?」
「はい。そちらのお支払いは、現金ではなく労働力ということで如何でしょうか? ただ、こちらからお給金は出ませんがね」
直哉の提案に、
「ぜ、ぜひお願いします」
「どのようなことでも致します」
村人達の方が喰らいついて来た。
直哉は細かい打ち合わせを済ませ、正式に簡易屋敷をこの村に対して貸し出した。
家賃は、毎月、労働力として払ってもらうことになった。
「こ、これで、この屋敷は私達のものに!」
「お風呂が入りたい放題だ!」
村は、直哉達が来る前より、盛り上がっていた。
直哉の元へソエルハザーがやってきて、
「本当によろしいのですか?」
「えぇ、ここの村人達が本心から欲しがっているのが良くわかりましたから」
「そうですか? 直哉様が良いのであれば、問題ないのですが」
そう言って離れていった。
「それでは、出発しましょう」
直哉の号令で一同は出発した。
「ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
村全体からありがとうコールが巻き起こった。
直哉達は、その声から逃げるように、足早にバラムドへ向かった。