第百五十二話 剣聖と魔王、時々悪魔神官長
直哉はフィリアの頭を撫でながら、
「お疲れさん」
と、労った。
「妻は、妻は無事なのですか?」
皆の視線の先には、安らかな顔をして眠る女性の姿があった。
「傷は全て癒えました。身体に入り込んでいた異物も全て除去してありますので、後は体力が回復すれば元に戻りますよ」
フィリアの説明に、
「あぁ! 神よ! 感謝します」
ライカンスロープは祈りを捧げた。
村長が直哉の傍へやってきて、
「冒険者さん達にお聞きしたいのですが、あの傷は剣による斬り傷ですよね?」
「そうですね、しかも達人クラスの人物ですね」
今度は、ライカンスロープに向かって、
「狼男は何か覚えていませんか?」
「うーん、この地より立ち去れと言われ、則斬りかかられたのであまり情報はないです」
直哉は先程の事を思い出し、
「そうだ、フィリアは何か伝えたい事があったのでは?」
「はい。彼女の傷口から、闇のエネルギーを見付けました。恐らく、闇のエネルギーを纏った者の犯行だと思います」
「闇のエネルギーですか? 魔王が一枚かんでいたのか。と、言う事は最近キメラにされた剣聖の仕業かな?」
「おそらくは」
村長が二人の会話を聞いて、
「犯人がわかったのですか?」
「彼らを傷つけ、この村の傍まで追いやった犯人は魔王軍ですね」
驚きながら、
「魔王軍? 魔王ですか? 数年前に勇者が倒したとされているあの魔王ですか?」
「姿はだいぶ変わりましたが、その魔王ですね」
落ち着くように呼吸を整えながら、
「そうですか、状況はわかりました。それで、冒険者さん達はどうしますか?」
直哉は村長を安心させるために、
「一度、村へ戻り、家畜等の料金を支払って、彼らを我が領地へ連れて行きます。その後で、魔王軍が何をしているのかを突き止めようと思います」
「そこまでして頂けるのですか!?」
「はい」
「あぁ! 神よ! 感謝いたしますぞ!」
直哉達は、ライカンスロープ達を村まで運んできた。
村長が大まかな説明をすると、
「それは、大変でしたね。少ないですが、食料です皆さんでお食べください」
と、食べ物を差し出してくれた。
「ありがとう。ありがとう。そして、村の大切な資源を盗んでしまって、本当に申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げた。
直哉は、村長から提示された料金の二倍を、快く支払い、村人達を喜ばした。
「さて、ライカンスロープさん、えっと、お名前は?」
「私はレブト、嫁はイスト、こっちの小さいのは俺達の娘でミントです」
「俺は、直哉。バルグフルで伯爵をやっています。色々な種族が集まる辺境地伯爵です。もし良ければ、レブトさん達も我が領地で暮らしませんか?」
「私達が共に暮らしても良いのですか?」
「大丈夫だと思いますよ。あ、領地を取り仕切っているミーファさんの言う事は聞いておいた方が良いですよ」
「嫁も娘も安全に過ごして貰いたいので、お願いしても良いですか?」
「わかりました。それでは、行きましょう」
そう言って、ゲートを繋げた。
ライカンスロープ一家を領地へ置いてきて、直ぐに戻って来た。
「さて、俺達は南の森へ調査へと行ってきます。自由の風さん達は、この村の護衛をお願いします」
「わかりました」
◆ライカンスロープが居た森
直哉は自由の風達に、村を任せて南の森へ入っていった。
「折角森を抜けたのに、また森の中かよ!」
「そうだね、この辺は森が広大に広がっているのだね」
「もう少し西へ行けば、入り江のようになっているので海が見えますよ」
「それは、楽しみだわ」
「今回は森の中みたいだけど」
「もし、祭壇を建てているとしたら、目標はバラムドって事だよね」
「そうですね、この場所から考えると、バラムドへの侵攻と見て間違いないでしょ」
「そういえば、クエストはクリアになっているのですか?」
「いや、まだだね」
色々と話しながら進んでいると、
「奧に邪悪な気配を感じるの!」
リリが森の奥を指さした。
「うーん、マップを見ると、ここから半日以上離れていると思うけど、そんなに近い?」
直哉がマップを確認しながら進んでいると、
「あれ? 手前にクエストアイコンが立ったぞ。色は赤」
《緊急クエスト》
バラムドの森で魔王の手下が悪巧みをしている。祭壇を護る強者を撃破し、祭壇も破壊せよ!
(このクエストの成功報酬は・・・書いてない。しけてるな)
「この先に魔王軍の強者が待っているらしい。人数は不明」
直哉の忠告により気を引き締め直した、直哉一行は慎重に進んでいった。
◆バラムドの森の祭壇
しばらく進むと、森の木々が切り倒され、大きなスペースが出来上がっていた。
中心では真っ黒な霧に包まれた魔物が数体いて、祭壇を建造している最中であった。
そして、直哉達を待ち構えていたのは、剣士風の男で、黒い霧を纏っていた。
「ほぅ、この間の狼よりも強そうだな」
「お前は魔王の手下だな!」
「そうだ、この度、魔王様の強さに感服し軍門に下った剣聖である。いざ、尋常に勝負!」
そう言って剣聖は待ち構えていた。
「さぁ、誰から来るか? それとも全員で来るか?」
「全員でも良いのですか?」
「構わぬよ。それほど柔な鍛え方をしてはおらん」
「その割には、魔王に負けたのですね」
「やつは、強かった。それだけだ」
「リリ、ラリーナは前衛を、フィリアとマーリカで中衛を、エリザは後衛で剣聖を頼む。俺は祭壇を破壊する」
「了解!」
直哉の指示で、戦闘が開始された。
「天より来たりし光の精霊よ、我が魔力にひれ伏しその加護を仲間に与えたまえ!」
フィリアの周囲に光り魔法のエネルギーが充満する。
「ディバインプロテクション!」
全員に光の加護がついた。
「ラリーナお姉ちゃん、先に行くの! 援護をお願いするの!」
「わかった、でも、サクラを展開しておけよ」
「はいなの! 舞い散れ! サクラ!」
リリはサクラを展開して飛んで行った。
「ちぇっすとー!」
「貫け! シルバーニードル!」
ラリーナの周囲に銀色の針が展開する。
「リリには負けてられないな」
ラリーナはリリの後に続き攻撃を開始した。
リリを迎撃しようとした剣聖に矢を放つエリザ。
「コレでどうじゃ!」
「ちっ!」
剣聖は飛んで来た矢に気を取られた。
ブン!
ガン!
飛んで来た矢と、リリの渾身の一撃は剣聖が振り上げた剣によって防がれた。
「えっ?」
「ふん!」
リリが気を抜いた瞬間を捕らえ、横斬りが襲いかかった。
「危ない! リズファー流、瞬迅殺!」
ガキン!
後ろから来ていたラリーナの防御により、その横斬りを完全に防ぐ事が来出た。
「ほほぅ、なかなか面白い動きをするのぅ」
剣聖は純粋に戦闘を楽しんでいるようであった。
(戦闘狂って奴だな。はた迷惑な部類に入る人だな)
直哉はそう考えながら魔力を練り上げていった。
サクラとシルバーニードルの動きを完全に捕らえて避けながら、
「しかし、お前達の攻撃はこの面白い武器だけでは無いのであろう? さぁ! 私に見せてくれ!」
「わかったの!」
その挑発に乗ったリリは、腕をグルグルと回して、
「くらえ! 氷結無限拳!」
リリの周囲に冷気が宿る。
「あちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょ」
「フン! ホッ! トゥ!」
剣聖はリズム良く避けていた。
「ちょっ! 一人じゃ無理なの!」
「土遁! 埋土砂葬!」
蟻地獄が剣聖の足下に出来る。
「ぬぉ!」
流石に予想外だったようで、慌てていた。
「今なの!」
「今だな!」
リリとラリーナが闘気を溜めた。
「ちぃ、まさか、この様な方法で我が足を止めるとは!」
「魔神氷結拳!」
「リズファー流、第一奥義! 大地割り!」
二人のエネルギーが剣聖の身体をクロスする。
その時、剣聖は身体を完全に倒して、仰向けになり、横に転がる事によって、全ての攻撃を避けた。
「なっ!」
リリとラリーナが驚き、マーリカは悔しさに顔を歪めた。
「喰らうのじゃ!」
転がった剣聖に対して、槍が飛ばされた。
「ぬぅ!」
槍は剣聖への直撃コースであったが、まっすぐ飛んで来たために、もう少し転がって避ける事に成功した。
「喰らいやがれ! エクスプロージョン! ズィーベン!」
限界まで溜めた爆発魔法を七発飛ばす事に成功した。
「これは!」
剣聖は身構えたが、ターゲットが自分では無い事に気がつくと、
「ぬかったわ! 本命は祭壇か!」
攻撃目標に気が付き、慌てて起き上がり迎撃しようとした時には、爆発魔法が連続で当たっている途中であった。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「ギョオオオオオオオオ」
祭壇を造っていた、下級魔物達が消滅していっていた。
さらに、祭壇にも着弾してこれを完全に破壊した。
「任務、完了」
直哉は魔力切れでその場に倒れた。
「後は、お前だけなの!」
「フィリア! 直哉は任せるぞ!」
「もちろん、お任せください」
その時、剣聖の身体からもの凄い量の黒い霧が溢れ出していた。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉ」
今までのような理性的ではなく、野性的な雰囲気に変貌した。
「ぐるるるるるるるるる。この私がまたもや後れを取るとは! もはや、一歩も引けぬ!」
剣聖は更に黒い霧を噴出した。
「あれは、まずいな」
「リリ、氷の究極魔法で粉砕して!」
「わかったの!」
リリが氷の魔法を詠唱し始めた。
「氷を司る精霊よ、我が名の下に集いその力を示せ! 我が名はリリ。ここに集いし精霊に命ずる! 目の前に広がる色彩豊かな世界を白銀に変えよ! 全ての動きを止める輝きを!」
リリの周囲から冷気が漏れ出した。
「アブソリュートゼロ!」
リリの魔法が剣聖に炸裂した。
「ぐぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
氷魔法で一気に剣聖の頭を冷やす事に成功した。
「わ、我は何をしていたのだ?」
剣聖は凍り付きながら、魔王の手下になったときのことを思い出していた。
「そうだ、我は魔王の手先になっていたのだな。感謝するぞ冒険者達よ。死して尚、我を倒せるほどの強者に会えて我は幸せであった。もはや思い残す事はない。一気にやってくれ」
フィリアが前に出て、
「天より来たりし光の精霊よ、我が魔力と共に邪悪な力を祓いたまえ!」
破邪魔法の詠唱を始めた。
「ブレイクウィケンネス!」
清らかなエネルギーが剣聖に降り注ぐ。
黒い霧で出来た身体は、完全に消滅した。
「よし!」
「やったの!」
「いや、待て、なんだこの膨大な闇のエネルギーは!?」
◆対 魔王戦
「リンクが切れたので来てみれば、完全に消滅したのか。所詮は人間だな」
小さな子供が、ため息をつきながら、空中から現れた。
「お前は何者だ!」
小さな子供は腕を組みながら答えた。
「我は魔王エルダニス! お前達が我の企みを阻止し続けているイレギュラーの仲間か?」
ラリーナは首をかしげながら、
「イレギュラー?」
「我のシステムがそう呼んでいた。この世界に呼ぶつもりのなかった者。それが直哉だ」
直哉が一番驚いていた。
「えっ!?」
「大人しく最初の街で生活していれば良いものを、こんな所までしゃしゃり出てくるとは、滑稽の極み」
エルダニスは闇のエネルギーを溜めて、
「そのまま大人しく死ね!」
直哉に向けて解き放った。
「天より来たりし光の精霊よ、我が魔力と共に敵よりの攻撃を防げ!」
フィリアが聖なる壁を作り出す。
「プロテクションフィールド!」
バチン!
「ほぅ、我が魔力を相殺させるとは、なかなかの強さだな」
「お兄ちゃんを殺らせないの!」
「直哉は殺らせん!」
リリとラリーナが殴りかかった。
ガギン! ガギン!
エルダニスは一歩も動く事無く、闇の衣で防御した。
「くっ!」
「堅いの!」
そこへ、エリザの槍が飛んできた。
ガギン!
エルダニスは、槍をちらっと見たものの闇の衣で防御し、そのまま直哉の方へ歩き始めた。
「ふっふっふ。この程度か? それなら我が出てくる必要は無かったようだな」
そう言いながら、フィリアの張った光の壁に手を当てた。
リリ、ラリーナ、エリザの猛攻を闇の衣で防御しつつ、フィリアの光の壁を粉砕した。
バリン!
「そんな!」
「マリオネット!」
フィリアの光の壁が破られるのと同時に、門の少し回復した魔力を使い、直哉はマリオネットを操作して、聖水をエルダニスの本体にかけた。
「ぐぅぅぁぁぁぁぁぁぁ」
激しい痛みがエルダニスを襲う。
「今なの!」
リリ達が集中攻撃を仕掛けると、闇の衣が弱まったのか、ダメージを与えることに成功した。
「くそが!」
エルダニスはダメージを受けながらも攻撃を再開した。
「お前は、ここで退場してもらう」
直哉を集中的に攻撃していた。
直哉はエルダニスの猛攻を盾で受け止めながら耐えていた。
「あちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょ」
「リズファー流! 大地割り!」
「渾身の槍なのじゃ!」
三人がエルダニスを倒すのが先か、直哉が倒れるのが先か。
直哉は全身を金と銀に輝かせながら護っていた。
エルダニスは、そのまま攻撃を続けていた。
この差により、エルダニスはどんどんと弱っていった。
リリ達は順番に回復しながら攻撃を繰り返していた。
そこへ、
「魔王様!」
ガナックが現れた。
(くっ、今この姿の魔王を倒させるわけにはいかない。本来なら上級魔法で動きを止めたいが、ゲートを維持したままだと、制御に問題が出るな)
「光無き世界に居る闇の精霊たちよ! 我が魔力にひれ伏し意識を刈り取りたまえ!」
「光無き世界に居る闇の精霊たちよ! 我が魔力にひれ伏し安らぎの雲を発生させたまえ!」
「スタンクラウド! スリープクラウド! 魔王様、ここは一時撤退を!」
ガナックの手から雲が発生した。
「ガナックか、助かった」
エルダニスがガナックの方へ飛んだ。
「リリがこの雲を止めるの!」
リリが詠唱を開始しようとした時に、
「これ以上好きにはさせぬ!」
エルダニスが魔法を唱えた。
「光無き世界に居る闇の精霊たちよ! 我が魔力と共に、魔力の暴走を!」
リリの周囲に暗黒のエネルギーが集結する。
「マジックアンコントロールボウ!」
リリの周囲に展開した暗黒のエネルギーがリリを襲った!
「いやー。お兄ちゃーん。魔法が、魔法がー」
リリの魔力が強制的に暴走し始めた。
「ふふふ、ふはははは、はーっはっはっは!」
「さらばだ!」
エルダニスとガナックはゲートを使いその場を離れた。
その場に残されたのは吹き荒れる魔力と、エルダニス達の高笑いであった。