第百三十七話 対ホワイトベア戦そして
◆直哉の戦い
(子供ばかりだな。しかも、みんな怪我をしている)
「これで全員かい?」
直哉は倒れていた子供の荷物を持った時、驚いた。
(これ程の量なのに、軽い! 前に走っていた商人達は、随分と重そうだったが)
「お、お姉ちゃんとご主人様がまだ後ろに」
倒れていた子供は、震えながら伝えてきた。
「何だって!? 予定変更だ! リリはそのまま目の前の魔物を! ラリーナ、匂いを追ってくれ! エリザは上空から探してくれ!」
「はいなの!」
「任せろ!」
「わかったのじゃ!」
リリが立ち塞がり、ラリーナは匂いを追って森へ入り、エリザは飛んで行った。
「フィリア! 子達の治療と避難を!」
直哉は周囲を確認して、リリの前にいる魔物以外にも、数匹の魔物がいることに気が付いていた。
目の前の魔物は真っ白な熊で、体長は6メートルもあり、獰猛であった。しかも、三体がリリと向き合っていた。
「お兄ちゃんは周りの五体を足止めしておいて欲しいの。リリが全部やっつけるの!」
そう言って殴りかかって行った。
戦闘が開始されると周囲を囲んでいた五体が、姿を現した。
「マーリカ、俺の左側の三体を土遁で足止めしてくれ、残りは俺がやる」
「承知いたしました」
「マリオネット!」
直哉は右を向き、左から来ている魔物に背を向けた。
「ぐるるるる!」
「ガォォォォン!」
背を向けられた熊達は好機とばかり叫び声をあげながら、直哉に襲いかかった。
直哉は二体の熊に踊りかかった。
「八連撃! そして、これでも喰らえ!」
順番に襲い掛かってきた熊に対し、前の熊に剣で攻撃、後ろの熊はマリオネットを使用した防衛網の雁字搦めで対応した。
「なんだと!?」
防衛網の足止めは成功したが、八連撃は二撃目を受け止められた。
「がるるるる!」
左手の爪でうまく剣を抑えた熊は、勝ち誇った唸り声を上げ、右腕を振るおうとした。
「まだまだ!」
直哉は掴まれた剣を放して、アイテムボックスから同じ剣を取り出して、攻撃を続けた。
「そりゃそりゃ!」
八連撃の続きが発動する。
「ぐるる?」
今度は右側の爪で受け止めた。
「なんの! ついでにマリオネットも!」
直哉はさらに剣を取り出して対応した。後ろの熊が動けないことを確認してから、マリオネットを戻して剣を展開した。
「がうう?」
熊が驚愕の表情を浮かべた。
「喰らえ! 急所攻撃!」
直哉は一気に熊へ剣を突き刺した。
「がぅ、ぐる、ぐぎゃぁぁぁぁ!」
マリオネットの剣を何本か避けていた熊は、直哉の急所攻撃に気がつけず、心臓へその剣を受けた。
「ご主人様! 危ない!」
急所攻撃で熊に近づいていた直哉に、最後の力を振り絞り右腕を振るった。
「・・・・・・」
「ちぃっ!」
直哉は咄嗟に盾を取り出して防ごうとしたが、熊の攻撃に違和感を感じて後ろへ飛んだ。
どかっ!
「くっ!」
直哉は衝撃波をまともに受けて吹き飛んだ。
「ご主人様!」
マーリカが直哉を受け止めるために、三体を捕らえていた土遁を諦めて直哉の方へ駆けつけた。
直哉の姿を見て、驚いていた。熊の攻撃を防ごうとした左腕は殆どが切断され、衝撃を与えれば千切れてしまいそうであった。
「このままではご主人様が!」
懐から直哉に渡されていた、降りかける回復薬を取り出して、その腕にかけた。
その効果が現れようとした時に、背後から熊たちが襲いかかってきた。
(あぁ! ここまでですか。でも、ご主人様には指一本触れさせません!)
マーリカが土遁を使い直哉と熊の間に土の壁を造った。
◆リリの戦い
「さぁ、行くの!」
リリは魔力を練って攻撃を開始した。
「ぐるぅ?」
「ぐるる!」
熊達はリリの魔力に圧倒され、
「お前行く?」
「お前行けよ!」
と、言っているかのように、互いを押し始めた。
「大丈夫なの! 二人とも同時に行くの!」
リリはそう言って飛び掛っていった。
「大気に宿る、風の精霊達よ! 我が魔力に呼応し敵を絶て! スライスエア!」
リリが風魔法で突撃して来たので、熊達はそれを迎撃した。
「がぅ!」
「ぐる!」
二体の同時攻撃を見て、
「甘いの!」
風の魔法をフルにコントロールして爪を回避して、すれ違いざまにカウンターを入れようとしたが、
「ん? 変なの!」
熊の爪を横切ったときに、風の力に違和感を覚え、
「えぃなの!」
熊の身体を蹴って距離を取った。
(風の力が乱れたの。恐らく風の魔法を使ってくるの。それなら!)
「水を司る精霊達よ、我が魔力と共にその姿を現せ!」
リリは軽く魔力を放出し、
「ストリングウォーター!」
熊たちの周辺に水溜りを作った。
「がぅ?」
「がぁ?」
熊達は、
「何だ?」
「さぁ?」
と言っているようであったが、
リリはニヤリと笑いながら、
「雷を司る精霊達よ! 我が魔力に呼応し敵に裁きの雷を!」
と、魔力を練り始めた。
「サンダーボルト!」
バチバチバチ!
リリが放った雷は、水に浸った熊達を貫き、一気にその身体を駆け抜けた。
「がるぅ!」
「ぐるぅ!」
熊達は完全に痺れて、動けなくなった。
「止めなの!」
リリは氷魔法を詠唱しながら走り始めた。
「氷を司る精霊達よ、我が魔力にひれ伏しこの大気を凍結させよ!」
熊達が攻撃範囲に入ったのを確認して、
「クールブリザード! 氷結クラッシュ! ダブル!」
リリは両手に氷の魔力を蓄えて殴り、熊達を殴り倒した。
「ふぅ! お前たちのお肉は、美味しく頂くの!」
リリは、直哉の方を見て焦った。
「お兄ちゃん? マーリカ! 危ないの!」
リリは、風の魔法を使い、直哉の元へ戻った。
◆ラリーナ達の戦い
(まずいな、匂いが分散してしまって、何処が大本かわからない)
「シロ! 頼む!」
「わん!」
ラリーナはシロを出して捜索に当たらせた。
エリザは空高く舞い上がり、周囲を見渡していた。
(何処に居るのじゃ? 先頭音は聞こえぬのじゃ)
エリザは何時でも槍を撃てるように準備しながら、周囲の索敵を行っていた。
ズボンにおかっぱ頭で一見男の子のような子供が、後ろに居る商人風の男に声をかけていた。
「も、もう走れません」
「そうですか。では、これを飲みなさい。少しは体力が回復するはずです」
商人風の男は、薬を取り出して子供に差し出した。
「そんな、いけません旦那様。それは、旦那様が使うべきです」
子供が遠慮すると、
「子供一人守れないで、何が商人ですか。ご開業者様に顔向け出来ませんよ」
商人に促され、薬を飲んだ子供は、
「ありがとうございます。これでまた走れます」
二人が走り出すと、その後ろに大きな熊がやってきた。
「さぁヒミカもう人頑張りですよ!」
「はい。ご主人様」
二人がそう言っていると、熊は後ろに居た商品風の男に攻撃を開始した。
ドカ!
「ぐはっ!」
バリン、ガラガラ、ドン。
商人は吹き飛ばされ、背負っていた商品がその場に散乱した。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ」
ヒミカはその場に座り込み、
「いやー」
叫び声を上げた。
「あっちか!」
ラリーナは大きな音に気がつき、その方向へ走り出した。
「見えたのじゃ! じゃが、子供が危険なのじゃ!」
同時にエリザも見つけて、引いていた槍を熊に向けた。
「間に合えなのじゃ!」
エリザは熊に向け槍を放ち、自分もその場所へ向かった。
ヒミカは熊が近づくのを怯えながら見ていた。
「い、いや。来ないで! 誰か! 誰か助けて!」
ヒミカは叫んだ!
ズシャ!
「ぐるぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
熊が大きな叫び声を上げジタバタし始めた。
「な、何が? や、槍?」
そこへ、空からエリザがフワリと降りてきた。
「て、天使様?」
ヒミカはエリザに祈りを捧げた。
「待たせたのじゃ。そちらの男性にこれを振り掛けるのじゃ」
「は、はい!」
ヒミカは振り掛ける傷薬を受け取り、商人の元へ向かった。
「ご主人様、今助けます!」
ヒミカはエリザに言われたとおり、商人の傷に振りかけた。
「ぐるあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
熊は大声を上げて暴れだした。
「このままでは、まずいのじゃ。はやく来るのじゃ」
エリザはボヤキながら矢を撃ち続けた。
「硬すぎなのじゃ!」
熊のほうも、槍は痛かったが、矢についてはダメージが無いので槍を抜くためにもがいていた。
「くっ、槍を撃つしかないか、しかし槍を撃つまであの熊が待ってくれるかどうか」
エリザは迷っていた。
「て、天使様、ありがとうございました。ご主人様の傷が塞がりました。後は目を覚ますのを待つだけです」
ヒミカの報告に、エリザは困っていた。
(さて、この場を逃げ出すことも出来ない、避けることも出来ないか。さて、どうするか)
エリザは、矢を上に向けて放った。
ピーーーーー!
大きな音を出しながら飛んで行った。
(これで、気がついて欲しいのじゃ!)
エリザは槍を撃つための準備を始めた。
(撃てれば、止めをさせるのじゃが・・・わらわだけじゃ間に合わないのじゃ)
エリザは自分の攻撃が間に合わないことを確信していた。
熊は槍から抜け出して、エリザに殺気を向けた。
「ぐるるるるるるるるるる」
「ふふっ、流石獣じゃな。じゃが!」
エリザがそう言った瞬間、熊に向かって一陣の風が吹いた。
「リズファー流、瞬迅殺!」
ラリーナが駆け抜け、
「リズファー流奥義! 大地割り!」
熊の後ろ足を吹き飛ばした。
「ぐるがぁぁぁぁぁぁぁ!」
突然の痛みに怒りの声を上げ、両腕を振り回し始めた。
「ちっ、後は任せるぞ!」
「任せるのじゃ!」
ラリーナは近づくことを諦め、エリザに後を託した。
「はぁっ!」
エリザは十分に槍を引き撃ち込んだ。
どすっ!
撃ち出された槍は、暴れていた熊の頭を吹き飛ばした。
「ふぅ、ギリギリだったのじゃ」
エリザは一息ついた。
「危なかったな」
ラリーナも傍に来て周囲の警戒をした。
「よく気がついてくれたのじゃ」
エリザが礼を言うと、
「いや、あの音は助かった。近くまでは来ていたのだが、あの殺気が起こる前に動けていたのが良かったぞ」
ラリーナとエリザは周囲に敵が居ないことを確認すると、
「もう大丈夫です、みんなのところに行きましょう」
ラリーナがそう言うと、
「えっ? 妹は無事なのですか?」
「妹? あぁ、あの子は女の子だったのか。私たちの夫が守ってくれているから大丈夫だよ」
ラリーナは傷ついていた子供のことを思い出していた。
(ラリーナ殿、マーリカ殿と会話が繋がらないのじゃが、そちらはどうなのじゃ?)
(こっちも駄目だな、直哉とも繋がらない、嫌な予感がするな)
(ならば、早く戻ることにするのじゃ)
(おうよ)
二人は不安を抱えながら直哉の元へヒミカたちを連れて戻っていった。
◆直哉達の戦い
「ぐるぁぁぁ!」
熊達の猛攻でマーリカの土遁は消滅した。
「くっ!」
マーリカは直哉に造って貰った小太刀を抜いて前に構えた。
「ここは通しません!」
三体の熊は横に並びながらマーリカに肉薄した。
「はぁ!」
マーリカは目の前の一体に飛び掛った。
「ぐるるぅ!」
反応が遅れた熊は目を刺され、苦悶の叫び声を上げた。
「次っ!」
マーリカはその熊を足蹴にして右側の熊に飛び掛った。
「がぅ!」
今度の熊はタイミングを合わせ、腕をふるって迎撃してきた。
「ちっ!」
マーリカはその腕を掻い潜って、後ろへ回り込もうとした。
「がおぉぉぉ!」
だが、それを察知した熊はそのまま一回転してマーリカを攻撃してきた。
「えっ?」
流石に予想外の攻撃に、マーリカは受身を取る間もなく吹き飛ばされていた。
「がぅがぅ!」
熊達は勝利を確信し、動けなくなった直哉とマリーかに止めを刺すべく行動を開始しようとしていた。
「がぅ?」
その時、周囲の温度が一気に寒くなった。
「がぅがぅ?」
熊達は困惑して、周囲を見回していた。
「お兄ちゃんとマーリカをやらせはしない! アブソリュートゼロ!」
そう言いながら飛んできたリリが、氷魔法を炸裂させた。
「ちぇっすとーなの!」
動きが急激に鈍くなった熊に対して、リリはさらに突撃して殴りかかった。
「おらおらおらおらおらなの!」
リリは周囲の冷気を拳に纏い連続パンチを繰り出していた。
「無限氷結拳!」
冷気を纏い、攻撃力を上げた拳が何度も突き刺さる。
「ぐ、ぐるるるる」
熊達は徐々にその生命力を散らして行き、最終的には息絶えた。
「ふぅ! お肉の冷凍保存は完了したの!」
そう言って、直哉とマーリカを見ると、直哉は見た目の傷は無さそうであったが、マーリカが大量の血を流して倒れているのが目に入った。
「まずいの」
慌ててマーリカの元へ飛んで行き、振り掛ける回復薬を存分に振り掛けた。
しばらくしてマーリカの呼吸が安定してきたのを確認して、
「良かったの。間に合ったの」
そう言って、マーリカを直哉の元へ運んでいった。
「あー、あっちのお肉どうしよう?」
と顔を上げると、少し先に倒れている熊と、防衛網で雁字搦めになっている熊が居ることに気がついた。
「そういえば、まだ居たの」
リリはそう言って止めを刺しにいこうとしたが、その熊の異変に気がついた。
「何か嫌な予感がするの! お姉ちゃん達早く来てくれないかな」
リリはドラゴンになってでも、直哉達を守ろうと決意して熊の様子を伺った。