第十四話 蛇神の湖
◆蛇神の湖
湖に着いて直哉達三人は、その色に絶句した。
一面真っ黒い何かに覆われていて、異臭が立ちこめていた。
「コレは酷い」
直哉はそう言いながら、鼻をつまんだ。
「酷い状況だろう?」
リカードはそう言いながら、蛇神が祀られているであろう祠へ向かった。
上流からは真水が流れ込んでおり、流れ込んでいる周辺は浄化されていた。
しかし、下流部分の黒い物体は依然流れ出しおり、リカードは顔をしかめた。
「まずは、流れ出る水を浄化しなくては、被害を食い止められないな」
祠に着いた七人は異様な光景を目にした。
祠の中で氷の中に冷凍保存されているような魚が祀られていた。
直哉は周囲を警戒し、不慮の事故に備えるためアイテムボックス内を確認していた。
(しまったな、このレベルのクエストはオーク関連しかやってないからこのクエストは知らないな。こういう時は情報板を見てというのが王道だったから、こんなところで弊害が出てしまったか)
「お兄ちゃん? 大丈夫?」
リリが心配して見上げていた。
「ん? あぁ、大丈夫だよ。どうやって進めるかを考えていただけだから」
「しかし、こうやって考えているだけでは埒があかんな、私が行ってみよう」
リカードは待てなくなったのか、冷凍魚を触りに行こうとした。
「なりませんぞ、王子!」
ゴンゾーが行く手を阻み、触りに行った。
「リリ、フィリア、何が起きてもいいように、戦闘準備!」
直哉は二人に指示を出し、自分もアイテム欄を広げながら見守った。
ゴンゾーが氷に触れそうになると、氷に動きがあった。
「不遜なる人間共よ。我に何の用だ!」
魚が凍ったまま話しかけてきた。
「我々はこの湖の穢れを払いに来た!」
リカードが返事をすると、
「何を今更。我をこの水晶へ閉じ込め、湖を汚したのはそなたら人間共であろうが!」
(あれは、水晶だったのか。しかも蛇神の力を封じる程の力を持っているのか、素材として欲しいな)
「それをしたのは、恐らく魔人族です、我々人間ではありません」
「我がこの中にいるからと言って、我が黙っているだけだと思うなよ、下賤の輩どもよ」
(まずい、何かやる気だ)
「お兄ちゃん」
「直哉様」
「わかっている! 全員警戒! 何かいやな予感がする!」
その瞬間、黒い湖から、黒い物体が多数出現した。
「なんだ、こいつら」
リカードは左手で剣を構え威嚇した。
「リカード様!」
二人の近衛兵見習いがリカードの前に盾を構えリカードを守る形を取った。
ゴンゾーも太刀を抜きリカードの右側に立った。
「ラナ、ルナ、リカード様をお守りするぞ!」
「了解しました!」
二人は声をシンクロさせた。
「リリ、フィリア、戦闘体制!」
「はいなの!」
「承知いたしました!」
直哉は蛇神の様子を見ながら、周囲の敵を観察した。
(蛇神の色がさっきより黒くなった気がする、それに、周りに召還した敵も黒い。これはいやな予感がする)
「リカードさん! 黒い敵に触れないように倒してください」
「難しいことを言ってくれるじゃないか、直哉は! お前たち出来るか?」
リカードはラナとルナに確認した。
「難しいですが、精一杯頑張ります」
「ゴンゾー、任せる」
「御意」
二人では荷が重いと判断しゴンゾーに託した。
ゴンゾーは、舞でも踊るかのように黒い敵に斬りかかった。
「ほぉ、凄いの!」
「まるで踊っているかのよう」
リリとフィリアはゴンゾーの戦闘に見惚れていた。
「二人とも! しっかり!」
直哉は二人を鼓舞しつつ、盾を取り出した。
「リカードさん、左腕を出してください。この盾を装着します」
リカードは黙って左腕を出した。
アタッチメントを使い盾を取り付けた。
「おぉ! これで攻撃を防げるな! それなら!」
「いや、駄目ですよ!」
今にも飛び出しそうなリカードを直哉は制止した。
「これじゃぁ、私は足手まといではないか!」
リカードは地団駄を踏んだ。
「王子?」
近衛兵の二人はリカードの新しい一面を見て驚いていた。
「ぼさっとするでないぞ!」
ゴンゾーはその場の全員に注意を促した。
(そうだった、戦闘の最中だった)
直哉は頭を振りながら戦闘に集中した。
(さて、召還された黒いのはゴンゾーさんに任せておけばよさそうだから、俺達は蛇神の方に集中しよう)
「リカードさん、黒いやつらは任せます、こっちは蛇神を何とかしてみます」
「わかった、そっちは任せる」
リカードは盾を振り回しながら返事をしてきた。
「それで、どうするの?」
「うーん。何とかして水晶から出せないかな?」
リリの質問に直哉は答えた。
「リリ様の拳で何とかならないのですか?」
「リリの攻撃じゃ蛇神ごと破壊しそうだよな」
「それなら、簡単なの」
「いや、駄目でしょ」
(さて、どうするかな。とりあえず、蛇神と意思疎通が出来るかどうか確認しないとな)
「蛇神さん、俺の言葉判りますか?」
「下賎な輩の言葉など聴く耳は持たん」
(聞いてるし)
「蛇神さんともあろうお方が、そんな水晶打ち破れないのですか?」
「貴様ら人間共が我を水から引き離したのではないか! 忘れたのか?」
「なるほど、水があれば元に戻れるのですね?」
「きさま、先ほどから何を言っている、我を閉じ込めておくのではないのか?」
「ですから、蛇神さんを助けたいと思いまして」
直哉は蛇神の態度が変わってきていることに気がついた。
「それに、その黒い水も我にとっては毒素と同じだ!」
「これは、どうすれば除去できますか?」
直哉は、黒い湖を見ながら蛇神に聞いてみた。
「浄化の魔法を使えば何とかなる、我も使えるのだが、この状況じゃ厳しい」
直哉は少し考えた後、
「よし! リリは攻撃と同時に風の魔法を使って攻撃を鋭くして水晶を削って蛇神を救出して、フィリアは蛇神が動けるだけの水をピュアリフィケーションで浄化してスペースを作って!」
「はいなの!」
「承知!」
「蛇神さんは、水に落ちたら浄化をお願いします」
「大気に宿る、風の精霊達よ! 我が魔力に呼応し敵を絶て!」
「スライスエア!」
「天より来たりし光の精霊よ、我が魔力に呼応し穢れを祓い給え!」
「ピュアリフィケーション」
二人は魔法を唱え直哉の策を実行して行った。
そんな行動を蛇神は、じっと見ていた。
フィリアが数本のMP回復薬を飲みながらなんとかスペースを広げた頃、リリの方もようやく蛇神が飛び出せる穴を開けた。
「蛇神さん、あとはあなた次第です。俺たちを信じるかどうかはお任せします」
蛇神はじっと直哉の目を見て、
「主を信じてみるか」
蛇神はチャポンとフィリアの浄化した水の中へ落ちていった。
そのとき、上空から物凄い殺気が降りかかってきた。
「リリ、フィリア、回復を早く! リカードさん、上空から新たな敵が来ます! ご注意を!」
そう言いながら、新たな殺気の方に集中した。
(あれは、ドラゴン? にしては小さいか?)
「あれは、ワイバーンですな」
黒い敵を倒し終えたゴンゾーが目を細めながら判断した。
(こんなところにワイバーン? ゲーム内ではありえないな。つかレベル25以上が適正だった気がする)
「まずいですね、ワイバーンが相手では手に負えません」
直哉は、撤退を叫ぼうとした時、
「風の魔法で、打ち落とすの!」
リリが力強く詠唱を始めた。
「大気に宿る風の精霊たちよ! 我が魔力にひれ伏しこの大地を震撼させよ!」
「バーストトルネード!」
ワイバーンの周囲に強烈な風の魔法が炸裂した。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ」
悲痛な叫びと共に、黒い湖へ落下した。
「えっ? 一撃?」
と口にはしたが、殺気が消えていないため、気を引き締めた。
リカードとゴンゾーも気がついているようで、額にしわを寄せながら落ちた地点を注意して見ていた。
「フィリア、今のうちに加護を!」
「直哉様MP回復薬をまわしてください」
直哉は新しく濃縮MP回復薬を造りだし、フィリアへ渡した。
フィリアはMP回復薬を飲みながら全員の剣と鎧に加護を掛け終えるとその場にしゃがみ込んだ。
「も、もう、MP回復薬の味に飽きました」
回復薬は飲み物であるが、直接HPやMPへ働きかけるため、お腹には溜まらないが口の中を通過するため、味やのど越しは堪能することになる。
デフォルトの味とのど越しは、甘い炭酸で黄色い色をしているため、某元気ハツラツ商品の様であった。
(これは、改善の余地ありだな)
その時、黒い湖に異変が起きた。
巨大な渦巻きが発生し、真っ黒なワイバーンが飛び上がった。
「まさか、この湖は魔獣をパワーアップさせるのか?」
リカードは慄きながら叫んだ。
「リカード様は後ろへ、ラナ、ルナ近衛としての正念場じゃぞ!」
ゴンゾーは二人に指示を出しつつ前に出た。
(フィリアは戦力外だし、俺も戦力外。リリが唯一のダメージ要員か。さて、どうするか。)
「ブレスが来るぞ!」
ゴンゾーの声に直哉は反射的に大きな盾を取り出した。
リリ・フィリア・リカードは直哉の盾に隠れ、ラナ・ルナは自らの盾を構え、ゴンゾーは回避するために身構えた。
灼熱のブレスがやってきた。
直哉の盾の陰に隠れた四人は大したことないものの、直撃を受けた二人の近衛兵は熱によるダメージを受けていたが、新装備と光の加護により、何とか耐えていた。
「リリ、氷か水の射撃魔法でブレスを軽減できない?」
「この状況じゃ厳しいの」
直哉は打開策を見出せないまま、ブレスを受け続けた。その時、どこを足場にしたのかわからないが、ゴンゾーがワイバーンに斬りかかった。
「せい!」
さすがにブレスを出し続ける事が出来ず、さらに上空へ逃げていった。
ゴンゾーは空中を蹴る様にして、地上へ舞い戻ってきた。
「ふぅ。リリ殿の真似をして見たのじゃが、難しいのぅ」
「おじちゃん凄いの!」
直哉は今のうちにラナとルナに近寄り、回復薬を渡して回復させていた。
ワイバーンは上空で旋回して、直哉たちを観察していた。
「リリ、あそこまで魔法届く?」
「うーん、無理だと思う。流石に制御できないの」
直哉は少し考えた後、
「飛び道具がないと、あれを倒すのは困難ですね」
「流石の直哉でもこの状況は打開できないか」
リカードは直哉を見ながら言った。
「そうですね、武具アイテムは造れても、それを使いこなせないと意味が無いですよ」
(いや、待てよ片手剣としてクロスボウを造って見るか)
(片手剣を見た目をクロスボウにっと・・・・あれ? これだと、矢を打てないな)
「打つ手なしですね」
直哉は目を閉じた。
「しかし、いつまでもこのままと言う訳にはいかんだろう」
「わかってはいますが、打つ手が・・・」
その時、湖の中から膨大なエネルギーが流れ出した。
「な、なんだ?」
リカードは驚きながら後ずさった。
「湖が浄化されていく!」
フィリアが叫んだ。
そして、そのエネルギーは上空を飛んでいたワイバーンを直撃した。
「これは、蛇神の力?」
「そうだ! わしの本来の強さには遠く及ばないが、あの程度ならこの身体で十分じゃ」
その声と共に、巨大な蛇が現れた。
「蛇というより、龍ですね」
(やっぱり、ここは龍神の湖だった、ということは巫女クエが発生する可能性があるな)
ゲームの知識
『巫女クエスト』
龍神の湖にいる龍神に認められた、穢れ無き乙女(光属性の女性魔術師)が巫女にクラスチェンジするクエスト。
(内容は、情報板を見なくてはわからないけど)
「ほう、そっちの者はわしの本来の姿を知っておるのか?」
「実際に見たことは無いですけど」
直哉は龍神と話し始めた。
「この湖はもう平気ですか?」
「無論じゃ、水に触れている限りは遅れは取らん」
直哉は、龍神が閉じ込められていた水晶を取り出した。
(封印結界水晶のかけら、これがあれば新しい武具が出来そうだ)
「これで、すべて問題解決ですね、リカードさん」
「うむ。直哉、協力感謝する、これで今回の私の任務も終了だな」
「王子! 城に着くまでが任務ですぞ」
リカードにゴンゾーが嗜めた。
「わかっている、それにラナとルナはこれで私の近衛兵になるんだね」
「はっ!」
「これからも、よろしくお願いいたします」
リカードたちの会話を聞いていた直哉は、
(何かを忘れているような・・・)
「お兄ちゃん、酒場の依頼は?」
「あー、そうだ! 龍神さん、質問です」
「なんじゃ?」
「この湖にジャイアントトードが定期的に取れるって聞いたのですが、今はどうなんですか?」
「そうじゃのお主なら良いか。定期的にここに来るが良い。ジャイアントトードをやろう」
「誰が来ても良いですか?」
直哉はこの権利を酒場の主人に伝えようと思っていた。
「それなら、この札を持ってくるが良い」
そう言って、龍神はジャイアントトードの肉と一枚の札を渡してきた。
『龍神との約束手形』
「ありがとうございます」
直哉は受け取った。
「さて、帰りますか?」
リカード王子一行と直哉一行は一緒にバルグフルへ帰るのであった。