第百二十三話 領地で起こった問題とカニ
◆バルグフル城 会議室
リカードが今回の襲撃について、伯爵やギルド幹部達から、報告を受けていた。
それによると、城を含め城周辺の被害が大きく直哉の領地も魔物が出現していた。
「我々の領地は被害が大きく、復興には時間がかかります」
「ギルドの方も目一杯です」
そんな中、直哉の頭の中にマーリカの声が響いた。
(ご主人様、申し訳ありません。至急報告があります)
(今は動けないけど何?)
(避難民の中に、大量の荷物を抱えた貴族を名乗る者がおり、他の難民より待遇を良くしろと言って騒いでおりますが、如何いたしましょうか?)
(とりあえず、何処の領地の貴族か聞いてくれる?場所も含めて)
(畏まりました)
「しかし、我が領地では、魔物の襲撃により甚大なる被害が出ています。貴族達も財産を持って逃げ出しており、税収も激減する予定です」
次々と被害を報告し、直哉の番になった。
「我が領地では、死者は無く怪我人も数名だが、多数の難民が押し寄せているのと、魔物用の結界内に大量の魔物が捕獲されているのでこれの処理をしたいと思います」
「難民はどのくらい居るのだ?」
「三百名程おります。殆どが周辺の貧民街の者達ですが、中には貴族を名乗る者がいるらしく、問題が発生しています」
「財産を持っているのか?」
直哉の報告に、ダイダロス伯爵が物凄い勢いで聞いてきた。
「大量の荷物を持ってきているので、恐らくあるかと」
「その者は、こちらで預かろうか?」
直哉にとって、渡りに船だったので、
「現在、何処の領地に居たのかを聞いております。ヘレネ伯爵の者でなければダイダロス伯爵にお任せしたいのですが」
そう言って、ダイダロス伯爵を見ると、
「それはありがたい」
明らかにその貴族の財産が目当てのようだが、直哉には興味が無かった。
「それから、難民が多いため食料品や生活用品が完全に足りません。また、今回の襲撃で街にも物資が足りません。至急他の国に救援を求めてみては如何ですか?」
「直哉の方で何とかならないか?」
リカードの注文に、
「流石に材料が無ければ品物は産み出せませんよ」
リカードは目頭を押さえながら、
「だよな。そうなると、バルグには借りを作りたくないし、ルグニアは雪の中だしそうなると、バラムドか?」
と、考え出した。
「直哉よ、領地の物資はどのくらいあるのだ?」
「普段は自給自足なので蓄えは殆どありません。ですので、難民の分を買い出しに行こうと思うのですが、その許可をお願いしたいのですが」
「ふむ」
(ご主人様よろしいですか?)
(どうだった?)
(はっ。その者はダイダロス伯爵の元にいたそうです。また、他にも十名ほど貴族を名乗り、他の難民から物資を奪っているようです)
(はぁ。わかった。すぐに行くよ)
「リカード様、先ほどの貴族達の件で、領内で犯罪行為が行われているそうです。解決しに行きたいのですが、出来れば伯爵様にご同行頂き、引き取って頂きたいのですが?」
お金がかかっていたので、
「直哉伯爵が良いのであれば、是非引き取りたい」
ダイダロス伯爵が飛びついた。
「ヘレネ伯爵は如何いたしますか?」
「私の側近を行かせる。それまで預かっていて貰えると助かるのだけど」
ヘレネの解答に、
「それなら、城からも人を出そう、シンディア、税に関わる問題だ、行って貰えるか?」
「承知いたしました」
「では、話し合いは、それが済んでからと言う事で」
◆直哉の領地
直哉はダイダロス伯爵とシンディアを連れて、領地へ帰ってきた。
領地から、
「だから、こちらは男爵様だぞ! それが他の者と同じとはどういう事だ? だいたい、なんで獣人が使用人なんだ? これだから辺境地などと呼ばれるのだ」
(まぁ、辺境地は間違いではないのですがね)
そんな理不尽な事を言われていたチェニが直哉を見て、
「伯爵様お帰りなさいませ」
そう言って、逃げてきた。
「ただいま。大変だったね」
そう言って、チェニの頭を撫でた。
「さて、その男爵様はどちらに?」
直哉が半分怒りながら言うと、
「これはこれは、直哉伯爵様。お会い出来て光栄です。私はダイダロス伯爵の元で男爵をやっている者です。この度は・・・」
話しが続きそうだったので、
「ダイダロス伯爵様の領地の方ですね?」
そう言って、馬車を見ると、
「確かに居たな」
ダイダロス伯爵が睨んでいた。
「ダ、ダイダロス伯爵・・・・」
男爵は観念したようで、大人しくダイダロス伯爵の元へ帰って行った。
他にも七名程ダイダロス伯爵の元から避難してきて、ここでは生活出来ないという方はお帰り頂いた。
「直哉伯爵よ、感謝しますぞ」
ダイダロス伯爵はホクホク顔で帰って行った。
「良かったのですか?」
シンディアが耳打ちしてきたので、
「はい。タダでさえうちの領地は問題だらけなのですから、これ以上の問題はいりませんよ」
そう言って、ヘレネ伯爵の元にいた貴族達を見た。
ヘレネ伯爵の使いの者が来て、貴族達を引き取るとその場は静かになった。
「ついでに、難民達の様子を見せて貰えますか?」
「えぇ、こちらへどうぞ」
直哉がシンディアを連れて集合住宅を見せた。
「こ。これは・・・・」
シンディアはその建物を見てびっくりしていた。
(まぁ、見た目は完全にマンションだからね。この世界の建物としては驚くよね)
直哉は、心の中で苦笑いをしながらそう思っていた。
「あっ! 伯爵様だ!」
「伯爵様! ありがとうございます!」
「助かりました!」
集合住宅の周りで作業していた人々が直哉の周りに集まってきた。
「みなさん、当面の脅威は去りましたので、安心してください」
直哉がそう言うと、
「流石伯爵様!」
「けど、おらたち出て行かなくてはいけないのかな?」
「そ、それは」
「私はここに住みたい!」
「伯爵様!」
貧民街の者にとって、ちゃんとした住居がある暮らしは憧れであった。
直哉はシンディアを見ると。
「わかりました。直哉伯爵にお任せします。ただし、貧民街は新しく商店街にしますので、あの土地には戻れないという事は覚えておいてください」
シンディアがそう言うと、貧民街で暮らしていた者は大変喜んだ。
「喜んでいる所、悪いが、我が領地で暮らすには働いて貰う事が条件だが良いかな?」
直哉の言葉に、
「働かせてくれるのですか!?」
逆に目を輝かせて喜んだ。
「おらたちは、誰も雇ってくれないので、仕方なくあそこに居たんじゃ」
「何でもします!」
「では、我が領地の民として登録しますので、メイド長のミーファに従ってください」
ミーファはやれやれといった感じではあったが、
「さぁ、私がそのミーファよ。とりあえず、貧民街に住んでいた者は順番に名前と出来る事とやりたい事を教えなさい。それと、キルティングさんも手伝ってください」
ミーファ達により、避難民達で貧民街出の者や、他の領地から逃げてきた者達を分け登録をしてくれた。
他の領地に登録されている者は、その登録を移譲して貰わなければならないので、その書状を元の領主に送りつけた。
直哉はその場をミーファに任せ、新しい良民のための生活スペースを確保するために、南の森を開拓するために調査を始めた。
◆直哉の領地の候補 南の森の奥地
直哉は靴に付与した風魔法を使い、空を飛びながら南の森をマップで確認して、銀狼の森を越えてさらに南下した。
(随分と森が広がっているなしかも、木々が覆い茂っている。豊かな森だ)
飛んでくる空の魔物は、
「あたたたたたたたた!」
リリが直哉の周りを縦横無尽に飛び回り、撃破していった。
「リリ! 嬉しそうだね!」
「うんなの! だって、お兄ちゃんと空の散歩が出来るのだもの! 嬉しいの!」
そう言って、直哉の周りをグルグル飛んだ。
(やっぱり、風魔法の使い方はリリの方が上手いな)
直哉は感心しながら飛んでいた。
しばらく飛んでいくと、急に森が開け海に出た。
「うわー! 大きな湖なの!」
リリは大はしゃぎで降りていった。
直哉は周囲を見渡して、あっち側は崖になっていて、こっちは砂浜か。
「おにーちゃーん! 早く早くなの!」
一気に砂浜に降りたリリが、大きな声で直哉を呼んでいた。
「リリ! 後ろ!」
そんな直哉が見たものは、リリの背後から迫る大きなカニであった。
カニは大きなハサミを振り上げながら高速でリリに近づいていた。
カニが振り上げていたハサミを振り下ろしたのを見たリリは、
「ちょっ!しまったの!」
攻撃を避けようと足に力を入れた時に、砂に足を取られて滑っていた。
カニのハサミによる振り下ろしは速く、体勢を崩したのは致命的であった。
「ゲートイン、ゲートアウト!」
直哉はゲートを開き、盾を飛ばした。
ガン!
直哉の投げた盾は、カニのハサミの横にぶつかり、軌道を反らした。
カニはハサミが砂にめり込んでしまい、ジタバタしていた。
「コレならいけるの!」
その様子を見たリリは、体制を立て直し、反撃を開始した。
「大気に宿る、風の精霊達よ! 我が魔力に呼応し敵を絶て!」
周囲の砂が舞い上がる。
「スライスエア!」
砂にめり込んだハサミを根元から切断した。
「ギギギギギギギ!」
透明な血を噴き出しながら自由になったカニは、泡を展開した。
それを見ていた直哉は、
「マリオネット!」
いつものように、火炎瓶を大量にカニへ向けて飛ばし、周囲に強化防衛網を張って、捕獲の準備を完了させた。
リリも、拳に氷を纏い、殴りかかっていた。
泡で身体を覆ったカニは、一目散に強化防衛網の方へ逃げていった。
(良し!)
直哉は心の中で勝利を確信したが、カニが強化防衛網に触れた時、予想外な事が起こった。
ジュゥ!
泡がの防衛網に触れた瞬間、周囲に嫌な匂いを発生させながら、防衛網が溶けていっていた。
「何!? まさか、強力な溶解液か? リリ! その泡に触れては駄目だ!」
リリは直哉の叫びを聞いて、正面に風魔法を展開させた。
「大気に宿る風の精霊たちよ! 我が魔力にひれ伏しこの大地を震撼させよ!」
リリは強引に魔力を使い、
「バーストトルネード!」
カニとリリの間に竜巻を発生させ、それを踏み台として逆方向へ飛んだ。
カニは泡を飛ばしてリリを追撃したが、竜巻によって泡が吹き飛ばされリリには届かなかった。
「危なかったの」
リリは空中で止まり体勢を立て直した。
その間に、直哉は上空から造り出した剣をどんどん投げつけた。
ジュゥ、ジュゥ、ジュゥ
と、周囲は異様な匂いに包まれたが、カニの出す泡の量が段々と少なくなっていった。
(カニの泡が無くなって身体が見えて来たな)
直哉はそれでも容赦なく剣を落としていった。
「ギギギギギギ!」
泡のない部分に命中した剣が突き刺さり、カニは悲鳴をあげた。
「リリ! 魔法で止めを!」
「はいなの!」
「大気に宿る風の精霊たちよ! 我が魔力と共に立ちはだかる敵を吹き飛ばせ!」
リリは魔力を放出した。
「ストームブロウ!」
リリの魔法はカニに襲いかかる。
「ギギギギギギギギーーー!」
風魔法のエネルギーにより、残っていたハサミや足が千切れ飛び、キラメキながら消滅した。
「ふぅ。ビックリした」
直哉とリリは周囲を警戒しながら砂浜に下りた。
「ちょっと焦ったの」
そう言いながら、倒したタグとドロップアイテムのカニの足(食用)を手に入れた。
「おっ、食べられそうじゃん」
「カニのお肉なの!」
リリは期待に胸を躍らせた。
「いや、多分考えているものとは違うよ」
直哉はそう言いながら周囲を確認して、
「さっきのカニは結構生息しているのだね」
カニの位置を確認した。
「ちょっと、試して見るか」
直哉は火炎瓶の火力を上げた、火炎瓶改を大量に作り出し、
「ゲートイン! ゲートアウト!」
カニの身体の中にゲートアウトを造り出した。
カニは、何かを感じたようが、魔法に対抗するそぶりを見せなかった。
「これなら、いけそうだな」
直哉はニヤリと笑い、用意した火炎瓶改を投げ込んだ。
「ギギギギギギーーーー!」
ゲートで体内に火炎瓶を投げつけられ、わけもわからずにキラメキながら消滅した。
直哉は周囲のカニを同じように倒していった。
リリは、倒れたカニからタグとドロップアイテムをせっせと集めていった。
「大量なの!」
レアドロップで、カニ味噌も数個手に入れて、カニ三昧が出来そうであった。
「ふむ、海にも食べられそうな生物が居るし、これで食糧事情が少しは改善されるかな?」
直哉はマーリカを通じてミーファに伝えると、
(魔物を討伐出来る者と漁をする者を送りたいので、ゲートを開いて欲しいとの事です)
(わかった。マーリカありがとう)
直哉はゲートマルチを使おうとして、考えた。
(そうだ、エンチャントで扉にゲートマルチをかけてみるか)
直哉は適当に造った扉を二枚取り出して、
「エンチャント」
扉を選択して、
「ゲートマ・・・・」
(この魔法をエンチャントするにはアイテムの魔法耐久度が足りません)
と、警告が出てきた。
それでも、実行できそうだったので、
「ゲートマルチ!」
そのまま強引にエンチャントの魔法を実行すると、
バリン!
と、扉ではあり得ない破壊音がして、粉々に砕け散った。
「び、ビックリしたの!」
傍で見ていたリリはかなり焦ったようで、数歩分後ろに下がっていた。
「ごめんごめん。まさか砕け散るとは思わなかったよ。はぁ、毎回ゲートを開かないとダメか」
直哉はため息をつきながら屋敷と海岸をゲートでつなぎ、魔力を放出し続けてゲートを維持していた。
(マーリカ、そっちにゲートマルチ出したけど、わかる?)
(はい。今から行きます)
そう言って、結構な人数がゲートをくぐってやってきた。
魔物討伐にラリーナとエリザを筆頭に、避難民の中から戦闘経験のあるものが数名。
漁にはチェスターとカーディが中心となって、避難民と共にどうやるかを考えていた。