第百十九話 十二魔将との戦い
◆時間はさかのぼり、ソラティア城で直哉達がパルジャンを待っている時
研究所のような施設に、五体の獣が捕らえられていた。
その前には真っ黒な神官服を着た男が、捕らえた獣に魔力を注ぎ込んでいた。
「調整はどうだ?」
神官服を着た男に、小さな男が声を掛けた。
「はっ、四体までは順調であります、魔王様」
調整していたのはガナックであった。
魔王は調整している獣たちを見て、
「近いうちにこいつらを使う時が来る。四体だけでも急がせよ」
「承知いたしました」
魔王に焦りが見えたので、
「魔王様、如何なさいました?」
「お前の後継者がいささか厄介でな」
魔王の言葉に首をかしげ、
「後継者? あぁ、勇者の! 確か・・・・ナオ?」
「そうだ、勇者だ。折角勇者であるお前をこちら側に引き入れたのに、新しい勇者が現れおった」
魔王は、目を閉じて続けた、
「忌々しい事に、十二魔将がほとんど倒された」
「なんですと!?」
魔王の言葉にガナックは驚いたようだ。
「残りは、三体だけになった。正確には四体居るはずだが、イヌの奴が戻らないのだ」
魔王はさらに、
「しかし、このままやられているだけでは面白くないので、バルグフルに攻め込もうと思う」
ガナックはニヤリと笑い、
「それは、面白そうですね。私も参加してよろしいですか?」
「いや、お主にはこいつらの調整を急いで貰いたいので、残りの十二魔将を全てだし、今までの十二魔将もキマイラとして参加させる」
ガナックは真面目な顔になり、
「そこまで投入するのであれば、戦果は期待出来そうですね」
「あぁ、壊滅までは行かなくても中心人物を倒す事は出来よう。ただ、問題は・・・・」
魔王が言い渋ったので、
「勇者ですか?」
魔王はガナックの言葉に頷き、
「今はソラティア城に居るので、問題無いと思うのだが、胸騒ぎが激しくてな」
魔王の言葉に、
「そうでしたか。わかりました、出来るだけ早く仕上げる様にいたします」
「頼むぞ」
「はっ!」
ガナックは頭を下げて魔王を見送るふりをしながら、
(ここまでは、計画通り! 後は直哉次第だな。メイの洞察力を信じるか)
と、ほくそ笑んでいた。
◆魔王城の一画
魔王は残りの十二魔将を集めて指示を出していた。
「お前達に、バルグフル攻略を命ずる」
「お任せください!」
ネズミ型、ウシ型、トラ型のヌイグルミがひれ伏した。
「さらに戦力として、コイツを連れていけ」
魔王がキマイラを呼び出した。
「こ、これは?」
恐れるヌイグルミ達に、
「お前達の残りだ。我が魔力の結晶でありながら、敗北した者の末路だ。お前達もこうなりたくなければ、役目を果たせ!」
「はっ!」
三体は配下の魔物とキマイラを連れてバルグフルへ飛んだ。
ウシとトラは、
「俺達は街を襲うぜ!」
「部下達に新鮮な肉を食わせてやりたいからな」
二体は笑いながら街へ向かった。
「それなら、こっちは頭を潰しますか。部下達が潜入ルートを割り出します。アナタは好きに暴れてください」
ネズミのヌイグルミがキマイラにそう言うと、キマイラが頷いた。
ネズミは街の結界をすり抜け、城へ潜入していった。
それを見届けたキマイラは近くにあった巨大な岩を持ち上げ、城に向かって投げ出した。
◆バルグフル冒険者ギルド長室
(今日はヤケに魔力が乱れてますね)
そう思っていると、
「街の北東側より多数の魔物が攻めこんできます!」
「規模は?」
「ミノタウロスやシルバータイガーなどが数十体ずつ! 仔細な数は不明です」
「冒険者達に、緊急クエストを!」
「はっ!」
ヘーニルは、報告に来たギルド職員に指示を出し、城へ報告した。
「久しぶりに来ましたか、しかしこの魔力は異常ですね。クロスに見てきて貰いましょう」
シンディアはヘーニルの報告を受け、定期的に来る襲撃だとは思わず城に警報をだし、クロスを呼び出した。
近衛騎士と近衛兵達が大慌てで、所定の位置へ走って行った。
「お呼びでしょうか?」
シンディアの部屋に来たクロスは問いかけた。
「今回の襲撃の魔力量が異常です、あなた自身の目で確かめてきてくれる?」
「承知いたしました」
クロスは一礼して部屋を出て行った。
「さて、私はアレクと共に、オケアノス様の所へ行きますか」
そう言って、腰を上げた時に城や街に大きな衝撃が走った。
ドーン!
巨大な岩が城壁に直撃し、その破片が周辺の街に降り注いだ。
「一体、何が?」
城壁の上から敵の進行具合を見ようとしていたクロスは、絶望に打ちひしがれていた。
「あれは、岩?」
それが、クロスの最後のセリフであった。
ドーン!
クロスの居た辺りに着弾し、クロス以下近衛騎士等十数名の命が失われた。
「敵襲! 敵襲!」
所定の位置へ走っていた近衛騎士達は大混乱に陥っていた。
「この程度なのですか?」
ネズミのヌイグルミはその混乱の中、オケアノスがいる部屋へたどり着いた。
(この中には五名ほど居ますか。まぁ、何とかなるかな?)
ヌイグルミは、配下の大ネズミや、ハリネズミ等の魔物と共にオケアノスがいる部屋へ潜り込んだ。
「国王様をお守りしろ!」
アレクの声に、三名の近衛騎士達が動き出した。
大ネズミやハリネズミ達をどんどんと倒していくが、数が多く、次第に押されていった。
「くっ! 皆踏ん張れ! 時期に増援が来る!」
「おぅ!」
アレク、そしてオケアノス自身も剣を持ち、応戦していった。
(ターゲットの王様も剣を振るうのか。しかも、結構強いぞ。そして、あの男も強い。何か策がないと駄目だな)
ネズミのヌイグルミは部屋の中にある死角からチャンスを伺っていた。
(一旦引け! 兵士達を誘い出せ!)
ネズミの魔物達は一斉に部屋から逃げ出した。
「待て!」
近衛騎士達がそのまま後を追っていった。
オケアノスとアレクが一息入れた時、ネズミのヌイグルミの前には、オケアノスの背中があった。
(千載一遇のチャンス!)
ネズミのヌイグルミは体内にある闇のエネルギーと毒を混ぜて、その毒を塗った闇のエネルギーで造った牙をオケアノスに突き立てた。
「ぐはっ」
オケアノスは白目を剝いてその場に倒れた。
「へっ、陛下!? 陛下ー!」
アレクは、信じられないという表情でその光景を見つめていた。
突然、オケアノスの胸から、血の付いた鋭く黒い物体が飛び出してきた事に。
「誰か! 誰か居るか!」
アレクの叫びに、その部屋にいた近衛騎士達が帰って来た。
(これ以上は無理だな。最低限の仕事はしたし撤退するか)
ネズミのヌイグルミはそう考えると、戻って来た兵士達を威嚇して、怯んだ隙に部屋から逃げ出した。
オケアノスの胸に闇の牙を突き刺したまま、その牙を残して闇に紛れていった。
「お前達は、衛生兵を! お前は敵を追え!」
アレクが必死に指示を飛ばすが、全てが後手だという事はアレクが一番わかっていた。
悲劇は更に起こる。
王妃が休憩していた塔が、岩石により破壊されその塔に生き埋めになっていた。
王様の所に衛生兵が到着した時には、既に事切れた状態であった。
「こ、これは!」
慌てて治療を開始したが、
「流石に死者を生き返らす事は不可能ですよ」
そう言いながらも、回復魔法をかけていた。
その時、リカードは自分の部屋に帰ってきていた。
(物凄く騒がしいな)
そう思って廊下に出ると、
王の間がある方角から、黒いネズミのヌイグルミがネズミ型の魔物と共に、やって来ていた。
(あれは魔族!)
リカードは腰の剣を抜き、
「風よ!」
と、剣に風をまとい構えを取った。
その姿を確認したネズミの魔族は、
(ちっ、こいつは魔物に惑わされず、俺を見ていやがるな)
ネズミの魔族は、そう考えて魔力の霧を発生させて魔物を含めて包み込んだ。
(これで、解らないだろう)
「絶空!」
リカードの剣から飛ばされたエネルギーが、そんな霧と共に、多数の魔物を吹き飛ばした。
(なんだと!)
ネズミの魔族は驚き、恐れた。
(まさか、こいつが魔王様のおっしゃった勇者とやらか?)
そう思って、キマイラを呼びつけた。
「そりゃそりゃそりゃ!」
その間にも、リカードによりネズミの魔物は次々と倒されていった。
(くっそ。逃げようにも、あの男は俺の動きをしっかりと補足してやがる)
ネズミのヌイグルミはかなり焦っていた。
そのころ、呼び出されたキマイラは迷っていた。
三回目の投石で、破壊した塔の反対側にも塔があり、そこに岩を投げようとしていたのだが、頭のネズミが何処かで呼んでいるので、それを探していた。
(闇の力を解放してくれないと、どこにいるのかわからん)
話せたり考えたり出来たのであれば、きっとこう思っていたに違いないが、キマイラとなって自我がなくなってしまったので、頭の命令を実行するべくさまよっていた。
「はぁあ!」
大方の魔物を退治したリカードは、
「さぁ、お前の番だ!」
と、剣を突き出した。
そこへ、近衛騎士達が追いつき、
「リ、リカード様! 何時お戻りに? いや、それよりも陛下が!」
近衛騎士の発言に、
「親父がどうかしたのか?」
「今回の魔物の襲撃で怪我をされ、現在衛生兵による治療が行われております」
リカードは動揺した。
「そんな、親父が・・・まさか」
その隙を付き、ネズミのヌイグルミは闇の力を解放した。
「またもや、千載一遇のチャンス!」
そう言って、闇のエネルギーで造り出した牙でリカードを突き刺そうとした。
「しまった!」
リカードはギリギリで避ける事に成功したが、体勢を崩してしまった。
「終わりです!」
ネズミは全力でリカードに突進した。
そこへ、
「天より来たりし光の精霊よ、我が魔力と共に敵よりの攻撃を防げ!」
光のエネルギーがリカードの後ろからあふれ出す。
「プロテクションフィールド!」
ガギン!
闇のエネルギーを使った攻撃は、光の壁により完全に防ぐことが出来た。
「間に合いましたね」
リカードが後ろを見ると、そこにはフィリアが立っていた。
「天より来たりし光の精霊よ、我が魔力と共に邪悪な敵を封じ込めよ!」
さらに魔力を使い、
「セイントプリズン!」
弾き飛ばしたネズミのヌイグルミを捕らえることに成功した。
「くっそぅ! こんな光の檻なんかに負けてたまるか!」
ネズミが闇の力で抵抗したが、フィリアの力には及ばず、檻から抜け出すことが出来なかった。
「そうだ! 親父が危ないって。フィリア! 看てくれるか?」
リカードの言葉に、
「あれは、どうしますか? 私が離れれば、檻の効力が弱まりますよ」
ネズミを指差した。
「情報を引き出したいが、やむを得まい」
リカードは剣を構え、
「死ねぃ!」
一気に串刺しにしようとした。
そこに、ようやく頭を見つけたキマイラが岩を投げつけた。
「リカード様お下がりください」
フィリアは叫びながら、プロテクションフィールドの範囲内にリカードを連れ戻した。
ドーン!
物凄い轟音と共に、城の壁が崩れたが、リカード達は無傷であった。
「よし! その勢いでこいつらを血祭りにあげよ!」
ネズミのヌイグルミはキマイラに指示を出した。
「ぐるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
キマイラは叫び声をあげると、リカード達へ突っ込んできた。
フィリアはプロテクションフィールドに魔力をこめて、迎え撃った。
「こんなことしている場合ではないのに!」
リカードも苛立ちながら応戦を始めた。
「リカード様はネズミを! 私は、キマイラを抑えておきます。マーリカ聞こえる?」
「了解! 頼む!」
リカードはもう一度剣を構えなおし、ネズミのヌイグルミへ攻撃を再開した。
フィリアがキマイラの攻撃を抑えていると、
(フィリア様、お呼びでしょうか?)
マーリカが気がついてくれた。
(こっちのキマイラに攻撃できる?)
(エリザ様に射撃指示を出しておきます)
(よろしくね)
フィリアはキマイラをチラッと見た後で、リカードを見た。
「こんなところで、私の相手をしていて良いのですか」
ネズミはリカードを揺さぶった。
「今すぐ倒してやる!」
リカードは考えなしに飛び込んだ。
キマイラはその隙を付き、攻撃できるリカードの方へ意識を向けた。
ネズミはほくそ笑んでいた。
(これで、あの女はこの男を助けるために意識を集中するぞ。そうなれば、この邪魔な檻が少しは破りやすくなるだろう)
だが、フィリアはリカードに向かおうとしているキマイラには何も対応しようとしなかった。
「ガルルルルルル」
キマイラは一声上げると、リカードの方へ向かおうとほんの少し移動した。
その瞬間、上空から物凄い速さで槍が飛んできた。
「ギャゥゥゥゥン!」
上空から飛んできた槍は、完全な不意打ちで、キマイラの延髄から入り下っ腹まで貫通して、キマイラを串刺しにしたまま地面に深々と突き刺さった。
エリザが巨大なバリスタで、槍を打ち出したのであった。
フィリアは上空からこちらを狙っていたのが見えたので、キマイラが何をしても打ち落とされるだろうと思っていた。
リカードは、キマイラの事はフィリアに任せているので、こっちに来ても慌てることなくネズミに斬りかかっていた。
(ちっ! 何だよ今のは!)
ネズミのヌイグルミは舌打ちしながら、次の策を実行しようとしたが、リカードの剣の方が早くネズミの体を貫いた。
フィリアは、ネズミが貫かれ闇のエネルギーが一気に弱くなったのを見て、
「天より来たりし光の精霊よ、我が魔力と共に邪悪な力を祓いたまえ!」
破邪魔法を詠唱した。
「ブレイクウィケンネス!」
ネズミのヌイグルミは破邪魔法を受け、闇の衣を展開しようとしたが、リカードの剣が突き刺さったままであり、上手くやみのエネルギーを溜めることが出来ずに、キラメキながら消滅した。