第百十五話 万能なマリオネット
それは、見る見うるちにガナックへと変貌していった。
「お前は、悪魔神官長! なぜここに?」
直哉達は傷ついた身体のまま、臨戦態勢をとった。
そんな直哉達を気にする事無く話し始めた。
「ふむ、玄武をダミーの身体とはいえ、退けられるほどの力をつけたか」
「何を言っている!」
ラリーナの叫びにガナックが平然と、
「まずは、おめでとうと言っておこう」
怒りに我を忘れそうになったラリーナを、
「ラリーナ待つんだ。様子がおかしい」
「止めるな、直哉! あれは、母の仇!」
それでも、飛び掛ろうとしていると、
「あぁ、もちろん解っているとは思うけど、これは記憶を立体的に写す魔法のアイテムで、攻撃をしても無駄だぞ」
「なるほど、闇のエネルギーを感じないのは、そういう事か」
直哉は納得した。
「このまま強くなって、我が夢の実現を助けてくれる事を願う」
直哉は眉をひそめ、
「夢の実現?」
「先に、報酬の一部としてこの本を渡そう。鍛冶職人のスキルアップに使えるはずだ」
「何でこんな事を?」
直哉の質問に、
「そろそろ我が企みがシステムや魔王に知られてしまうな。ここまでにしよう。次回はもっと強くなっている事を願う」
一方的に言いたい事を言うと、魔法のアイテムは砕け散った。
魔法のアイテムがあった場所には、一冊の本が置いてあった。
それは、【エンチャント合成】の本であった。
「これは? 魔法をそのまま武具アイテムに記憶する事が出来るスキルか」
直哉が本を見ていると、
「そんなもの!」
ラリーナが行き所のない怒りを本にぶつけようとしていた。
直哉は慌てて本をアイテムボックスに入れると、
「中を読み終えたらあげるから、今は堪えて。それに、周囲の確認や回復が先でしょ?」
「わかっている!」
ラリーナはそのまま銀狼の姿になり、その場に丸まった。
(この場で回復しなくても)
直哉は呆れながらラリーナを抱えあげ、周囲を見ると、ドラゴン化が解けたリリが、座り込んでいた。
「リリ、大丈夫?」
リリは座り込んだまま、
「お腹すいたの」
(お腹すいたか、怪我よりも空腹が気になるのなら、大丈夫かな?)
と、直哉を脱力させた。
直哉は車輪の付いたベッドを造り出し、リリとラリーナを乗せてフィリア達の所に連れていった。
もちろん、リリにはモーモーキングの串焼きを数本渡してある。
直哉達がフィリアの元へ行くと、レオンハルトが出迎えてくれた。
「勇者殿。終わったようですね」
「はい。後は兵士達でも対応出来ると思います」
「生き残りが居てくれる事を祈るだけですね」
「マリオネット!」
直哉はクマのヌイグルミを飛ばして、周囲の確認をしていた。
「とにかく、俺達も回復を済ませて最後の確認をしに行きましょう」
直哉はそう言いながら、回復薬を大量に並べ、ガンツ達の義手義足を造っていった。
そんな直哉の背中に、エリザが顔を埋めながら泣いていた。
直哉はその涙を感じながら作業を進めていた。
作業に集中していた直哉は、不意に周囲に人の気配を感じて顔をあげると、マーリカの手下である忍び達が集まっていた。
「直哉様、姫様は大丈夫なのですか?」
忍び達の質問に、
「それは、俺も知りたい」
そう言ってから、
「そう言えば、こんな物がマーリカに刺さっていたのですが、見覚えはありますか?」
直哉は、マーリカに刺さっていた針の様な物を取り出した。
忍び達はじっくりとそれを調べて、
「私達の使っている暗具に似ているが、細過ぎる」
そう言って、暗具を見せてくれた。
「なるほど、見た感じ、普通に眠っている様なので、とりあえず寝かせておきましょう」
直哉は忍びの数名をマーリカの側に残し、他の者にソラティアの状況を確認してもらっていた。
直哉の回復薬、義手義足作成でガンツやカラティナは目を覚ました。
リリは肉を頬張り、フィリアとラリーナとマーリカとリンダは眠っていた。
エリザはまだ泣いていて、後は情報が集まるのを待つだけであった。
「勇者殿はしばらく休んでいてください。我々が護りますので」
レオンハルトの提案に、
「ありがとう、お言葉に甘えて少し寝る事にします」
そう言うと、その場に崩れる様に倒れた。
直哉が目を覚ますと、そこは最初の倉庫の様な場所で、直哉の造り出したベッドの上だった。
隣にはラリーナが眠っていて、ベッドの縁にはリリが眠っていた。
そこへ、フィリアが入ってきた。
「直哉様。目が覚めましたか?」
「ああ、フィリア、おはよう」
そう微笑むと、フィリアは直哉の胸に飛び込んできた。
「直哉様がご無事で本当に良かった」
フィリアは直哉の身体に傷が無い事を確認していた。
「流石にくすぐったいな」
直哉はそう言いながらも、フィリアの好きにさせていた。
「ご主人様!」
そこへ、マーリカが入ってきた。
直哉とフィリアを見て、
「し、失礼しました」
と、慌てて目をそらしていた。
「どうしたの?」
「何があったの?」
直哉とフィリアが同時に聞くと、
「ご主人様がお休みの間に集まった情報をご報告に来たのですが、お楽しみの最中に申し訳ありませんでした」
そう言って、出て行こうとしたので、
「いやいや、その気遣いは無用だから。何もしてないから」
「それでは」
マーリカは報告を始めようとしたとき、
「そういえば、マーリカの体調は大丈夫?」
直哉が質問してきた。
「はい。ここ数年で、一番目覚めが良いです。何があったのでしょうか?」
直哉はマーリカに刺さっていた針を取り出し、
「これに見覚えがある?」
マーリカは直哉から針を受け取り、
「うーん。記憶にありません」
「そっか。それを取り除いたのが良かったのかな? いまいち解らないや」
直哉が頭をひねっていた。
その時フィリアが思い出したように話し出した。
「そういえば、ガンツさんやカラティナさんの義手義足についてですが、もう一度作り直してもらっても良いですか?」
「何があったの?」
「体内に残る闇のエネルギーを浄化したときに、切断面が合わなくなった方や、新たに浄化してしまった方がいます」
フィリアの説明を受けて、
「わかった、マーリカの報告を聞いたら、みんなのところに行くよ」
と言って、マーリカを見た。
「ごめん、報告をお願い」
マーリカに誤りながら促した。
「まずは、ソラティアについてですが、住民は今の所、誰一人として見つけることが出来ません。忍達が全力で捜索しています。また、城内の人々も同じように見つけることが出来ません。この事から、ソラティアはおそらく消滅した事になると思います」
「そっか、見つけられないか」
直哉は悔しそうにしていた。
「また、パルジャティとアルカティアについてですが、レオンハルト様はフィリア様の破邪魔法と回復魔法により完全回復いたしました。カラティナ様は破邪魔法により、直哉様のお造りになった義手が合わなくなりました」
「そっか。他の兵士達は?」
「戦闘に参加した兵士達は、皆亡くなりました」
直哉は目を瞑り、
「そうか。辛い報告だな」
マーリカは直哉が落ち着くのを待って、
「さらに、冒険者のジャス様とハルパ様が戦死、バール様は破邪魔法と回復魔法で完全回復、ガンツ様は義手が合わなくなりました」
「リンダさんは?」
「リンダ様はMP切れだったので、回復してからは身体は問題無さそうです」
直哉は、拳を握り締めながら、
「また、大勢の方が亡くなってしまったのですね。他に方法は無かったのだろうか・・・」
自分の殻に閉じこもろうとしていた。
「直哉様は、最善を尽くされたのです。それは私たちが保証いたします。ですので、その辛さを私たちに分けてください。そして、直哉様のお心を軽くいたします」
フィリアはそう言って、直哉を抱きしめた。
マーリカは、さらに報告を続けた
「現在、パルジャティとアルカティアから、パルジャン様とジャンヌ様が、お供を連れてこちらへ向かっております。ソラティア地方の今後を話し合いたいとの事でした」
「そっか。わかった。他には何かある?」
「いいえ、特にはありません」
マーリカの報告を聞き、直哉はフィリアとリリ、そしてラリーナを抱きしめた。
「うーん」
リリはその衝撃で目を覚ました。
「おはようなの」
そう言って、直哉を抱きしめ返してくれた。
「おはよう、リリ」
しばらく三人を抱きしめて英気を養った直哉は、
「よし! 俺のやれることをやりに行くか!」
そう言って、部屋を飛び出して行った。
直哉が、フィリアとリリ、そしてマーリカを連れて城下町に出ると、レオンハルトとバール、そしてエリザや忍達が住人が残っていないかの捜索をしていた。
「これだけ探していないとなると、絶望的だね」
直哉がそう言いながらみんなの元へ向かっていた。
「おぉ! 勇者殿!」
その途中で、ガンツとカラティナに出会った。
「ガンツさんにカラティナさん。生き延びてくれて良かったです」
「早速で悪いんだが、これを何とかしてもらえないか?」
ガンツは、合わなくなった義手を見せた。
カラティナも同じように義手を見せてきたので、
「わかりました。修復します」
直哉はそう言って、疑似四肢修理を使い、現在の腕に合う形に直していった。
二人の義手を直し終わった頃に、忍達がマーリカの元へ集まっていた。
「姫様。やはり、崩れていない建物の中には誰もいません。あとは、崩れた瓦礫のしただけです」
「わかったわ。ご主人様にお伺いを立てますので、少し待っていてください」
そう言って、直哉の方へやって来た。
マーリカの報告を受け直哉は、
「なるほどね。それでは、忍の皆さんには城内の探索をお願いしてください。瓦礫は俺が何とかします」
「わかりました」
マーリカは忍達に指示を出した。
直哉は瓦礫の所に向かった。
「全部で、どの位あるの?」
「ここを入れて、全部で10箇所です」
マーリカの報告に、
「わかった。とりあえず、ここからやるよ」
直哉はそう言って、
「マリオネット!」
マリオネットを展開させた。
(数本はMP回復用に珠に繋げて、残りで瓦礫を動かそう)
直哉はそう考えて、マリオネットの糸を瓦礫の上から順番に繋げていった。
「上から順番にどかしていくよ」
周りに声をかけてから、一気に動かし始めた。
「こんな使い方があったのですね」
フィリアは瓦礫が、自分から移動していく光景を見て感動していた。
「ほら、感動していないで、瓦礫をどかす場所を作ってくれる?」
直哉の願いに、
「わかりました。みんなもお願いします」
フィリアが周りに居た仲間に声をかけ、瓦礫を置くスペースを作り出していった。
直哉達は黙々と瓦礫をどかす作業を続けていた。
「もう、誰もいないのかな?」
直哉は絶望に囚われそうになりながら作業を続けると、
「誰かいるぞ!」
大きな瓦礫を退かした下に、小さな女の子が蹲っていた。
「フィリア!」
直哉が叫ぶ前に、フィリアは女の子に駆け寄っていた。
直哉は、女の子をフィリアに任せ、瓦礫の撤去作業を続けていった。
だが、他の瓦礫の下からは誰も出てこなかった。
「この子だけが唯一の救いかな?」
直哉がフィリアの元に戻ると、
「この子は生きています。回復魔法を掛けましたが、衰弱が激しいです」
「とにかく、城のベッドへ運ぼう。それと、壊れていない民家から食料を頂こう。食べられそうなものだけ集めてくれる?」
直哉はリリにお願いすると、
「任せてなの!」
リリは走り出した。
直哉達が城へ女の子を担ぎ込むと、城を探索していた忍達が合流してきた。
「姫様、城内を隈なく探しましたが、生きている人どころか、人が居ませんぜ」
その報告に直哉は、
「城といえば、隠し通路とか、隠し部屋なんてあるのでは?」
と聞いてみた。
「もちろん、それも考慮して、隠し通路や隠し部屋を発見しましたが、やはりもぬけのからでした」
直哉は少し考えたが、
「うん、それじゃあ仕方が無いね。ありがとう。ゆっくり休んでください」
忍達をねぎらった。
「さて、どうするのじゃ?」
「とにかく、パルジャティとアルカティアの方が、到着するまで待つしかないね」
エリザと話していた直哉が、
「そういえば、キマイラと戦っているときにゲートを使ったんだ。これが制御できれば移動が楽になるはずだよな」
そう言って、本を取り出した。
(そういえば、ガナックさんも本をくれたよな。しばらくは、ここに滞在する可能性が高いから、今のうちにこれらの本を読んで、新しいスキルを習得するとしますか)
直哉は、自分を強化するために本を読み始めた。
そこへ、リリが帰ってきて、
「お兄ちゃん! いっぱい取ってきたよ!」
と、大量の肉を抱えて帰ってきたリリであったが、
「リリ、残念だけど、殆どの肉は食べられません」
フィリアに止められていた。
「なんで、そんな意地悪を言うの?」
リリが涙目になって聞くと、
「それは、殆どの肉は腐っているからです」
そう言って、生肉だったものを分けて、食べられそうな火を通してある肉を集めた。
「これだけしかないの?」
リリは悲しくなったが、
「それなら、もう一度行くの!」
そう言って、飛び出そうとした。
「リリ! 私も行きます。その方が、その場で判断できるので、早く肉を食べられますよ?」
フィリアの提案に、
「わーい! フィリアお姉ちゃんと一緒なの! 嬉しいの!」
リリは喜びながら城を後にした。
そんな二人を見ながら、
「お前たちも、フィリア様を手伝ってくれますか?」
マーリカが忍達にお願いすると、
「姫様! 我らにお任せください」
そう言って、忍達はフィリアの後を追っていった。
フィリアは、リリに肉を忍達にその他の食材を持たせて、かなりの量の食材を手に入れた。
「これだけあれば、しばらくの間、待ち続けられるはずです」
フィリアはそう呟きながら、リリと共に城への道を歩いていた。