第百十四話 意外な試練
リリはラリーナが後退するのを確認しながら魔力を練った。
「大気に宿る、風の精霊達よ! 我が魔力に呼応し敵を絶て!」
風の精霊の力を借りて、
「スライスエア! フィーアなの!」
四本の風の刃を飛ばし、
「水を司る精霊達よ、我が魔力と共にその姿を現せ!」
水の精霊に呼びかけ、
「ストリングウォーター! これもフィーアなの!」
キマイラの周りに大量の水を召還して、
「氷を司る精霊達よ、我が魔力にひれ伏しこの大気を凍結させよ!」
更に魔力を使い、
「クールブリザード! フィーア!」
水が溢れ出ないように、周囲を氷で固めた。
(あれ? お兄ちゃんのこのアイテム凄いの。リリが貰ったやつは、ここまで魔力が溜まっていた事がないの。本来なら、このくらい魔法を使ってもまだまだ余裕があったと言うことなの。次からはまじめに溜めることにするの!)
リリは、魔蓄棺の凄さを改めて実感しながら、更に魔法を行使していった。
「雷を司る精霊達よ! 我が魔力に呼応し敵に裁きの雷を!」
「サンダーボルト!」
キマイラを水没させた中に、雷を落とした。
「うぐぐぐぐぐ」
水の中でくぐこもった声が漏れ出した。
「闇のエネルギーが供給されないだと? マスターは殺られたのか? こうなれば!」
残っていた闇のエネルギーで、周囲の兵士達の死体をかき集めた。
「こいつらを使うか」
「何をする!」
レオンハルトが飛び出そうとしたが、それより早くキマイラが死体を飲み込んだ。
正確にはキマイラの周りにある闇の衣の中に取り込まれた。
「くぅぅ。やはり、人間が一番回復するな」
キマイラがそう言うと、闇の衣の濃度が一段と増した。
「相手が強力になってるの!」
リリが慌ててレオンハルトの横まで退避した。
「何が起こっているのだ?」
レオンハルトの問いに、
「ごめんなさいなの。リリじゃ難しい事はわからないの」
リリはMP回復薬を飲みながら答えた。
その時、キマイラから膨大な闇のエネルギーが溢れ、リリの造った氷の牢を吹き飛ばそうとしていた。
「これを使えば麻痺を回復出来るはず」
直哉がアルカティアで買った、麻痺回復薬をエリザに使った。
「ううっ」
徐々に麻痺が回復して、動けるようになると、エルムンドの顔を抱えて、大声で泣いた。
「父上! 父上! うわーぁん」
直哉はエリザの肩を抱いて、
「ごめん。これが精一杯だった」
直哉の謝罪に、
「わかっているのじゃ。既に死んでおったのじゃ。直哉殿は最善を尽くしてくれたのじゃ」
エリザはエルムンドの頭を持ったまま、直哉に寄りかかった。
しばらく泣いていたが、
「直哉殿! 火をお願いするのじゃ。父上を送ってやるのじゃ」
直哉とエリザはエルムンドを火葬した。
エリザは泣きながら、父が燃え尽きるのを直哉に寄り添ったまま、見届けた。
エルムンドを焼き終わると、
「よし! みんなと合流するのじゃ!」
「大丈夫なの? 厳しいようなら、ここで休んでいて」
直哉の心配にエリザは、
「大丈夫かどうかはわからないのだけど、動いていないと、悲しみに身を委ねてしまいそうなのじゃ」
そう言って、バリスタを取り出した。
「これで、みんなを助けるのじゃ」
直哉は、
「ありがとう。みんなを助けよう」
エリザと共に、走り出した。
リリは吹き飛ばされた氷の牢を避けながら、どうやって攻撃するかを考えていた。
(このままじゃ、厳しいの。ドラゴンさんになったら何とかなるかな? でも、お兄ちゃんの許可がないと不安なの)
リリの葛藤を見抜いたのか、キマイラが攻撃を開始した。
「本命が来るまでの余興だな」
キマイラはそう言うと、闇の衣から、矢や槍を造り出し、それを飛ばしながら格闘戦を仕掛けてきた。
「くらえ!」
リリは飛んできた矢や槍を見極め、
「なんの!」
キマイラから発射した矢と槍を回避すると、何処かへ飛んでいくのではなく、リリの方に誘導しながら、戻ってきた。
「それなら!」
リリは、突撃して来たキマイラに矢や槍が当たるように避けると、
「中々良い動きですね! 面白い!」
そう言いながら、数本の矢や槍がキマイラに突き刺さった。
「行けそうなの!」
リリは、そう判断して回避に専念しようとした。
「ふふふ。この矢や槍は、元々私自身なのだよ。いくら食らっても、元通りになるだけさ」
キマイラは笑っていた。
「まだまだ分からないの!」
リリはさらに避けながら、魔法を唱え始めた。
「氷を司る精霊達よ、我が魔力にひれ伏し、敵を射抜け!」
キマイラの闇の矢と同じような氷の矢を作り出して、闇の矢に紛れるようにして飛ばした。
「フリーズアロー!」
同じように、風と水そして雷の矢も織り交ぜて、
「これでも、喰らうがいいの!」
キマイラに向けて全ての矢を飛ばしておいた。
キマイラはいつものように、闇の矢と槍を取り込んだが、
「うぐ、何だこれは?」
苦痛に顔を歪めた。
「先ほどの詠唱は、この攻撃をするためだったのか! 中々やるではないか」
キマイラはダメージを受けてはいたが、戦闘に支障をきたす程ではなかった。
(これだけじゃ、駄目なの。でも、良い方法が思いつかないの)
リリはさらに焦りを感じていた。
「ふっふっふ。ここまでのようですね?」
キマイラは、リリとの戦闘を楽しんでいたが見切りをつけた。
「光無き世界に居る闇の精霊たちよ! 我が魔力と共に、永遠の闇へ誘う死の霧を!」
闇の衣を解いて、闇の魔法を使った。
「デスクラウド!」
真っ黒な雲が、リリを包み込もうとする。
(あれは、危険な気がするの)
「大気に宿る風の精霊たちよ! 我が魔力にひれ伏しこの大地を震撼させよ!」
一気に風の魔力を練り上げ、
「バーストトルネード!」
リリに襲い掛かる闇の雲を吹き飛ばした。
キマイラは感心したように、
「ほぅ、雲を風魔法で吹き飛ばすのか、面白いな」
そう言って、さらに攻撃を開始した。
「これは、避けられまい!」
闇の矢や槍を創り出し、さらに闇の衣を伸ばし、手を六本に増やして、それぞれに闇の剣を装備して、リリに斬りかかって来た。
(それはまずいの!)
「舞い散れ! サクラ!」
リリはサクラを展開して、闇の矢と槍の遠距離攻撃を防ぎつつ、剣での近接攻撃を牽制した。
「何だそれは?」
見慣れぬサクラを見て、その性能を見ていた。
「一気に片付けるの!」
リリはそう言って、風の魔法を唱えた。
「大気に宿る風の精霊たちよ! 我が魔力と共に不可侵の領域を造りたまえ!」
キマイラは、
「何ですか? その魔法は?」
首を傾げていたが、
「インバイラボウシールド!」
リリの風魔法が炸裂した。
キマイラは、闇の衣に全ての武具を戻して、闇の力を増大させた。
「ぐぬぬぬぬぬ。これは、まずい」
リリの魔法力と、キマイラの魔法力がぶつかり合った。
「こんのー! なの!」
リリは力を込めているが、だんだんキマイラに押されているのが実感できた。
(このままでは、押し切られる)
「ふっふっふ。ここまでのようですね」
キマイラも勝利を確信していた。
その頃、直哉たちはフィリア所にたどり着き、状況を確認していた。
倒れているのは、フィリアとマーリカ、そしてリンダとカラティナで、
ラリーナは傷を回復していた。
ガンツ達は二人で守っており、残りの二人は姿が見えなかった。
そして、その前にレオンハルトが立ち、闇の衣がフィリア達に襲い掛からないように守っていた。
「みんな、大丈夫?」
直哉の声に、
「おぉ! 待っていたぞ勇者よ!」
「直哉!」
直哉の登場に士気が上昇した。
「エリザ、リリの援護を! それからラリーナ、行けるかい? レオンハルトさん達は、このまま防御をお願いします」
そして、フィリアとマーリカを見ると、フィリアは魔力切れだったので、フィリアの魔畜棺を解除し、MP回復薬をふりかけた。
「何だろうこれ?」
マーリカの頭から針のような物が出ていることに気がついた。
「えい」
直哉がその針を掴むと、それは簡単に抜けた。
「ん? まぁ調べるのは、後にしよう」
直哉はラリーナとエリザを見て、
「よし! 行こう!」
そう言って、飛び出した。
バシュッ!
そこへ、エリザからの一撃がキマイラへ向けて放たれた。
「グハッ」
エリザの放った、矢というか、槍は、キマイラを完全に貫通して止まった。
(これなら、押し切れるの!)
今まで、キマイラに軍配が上がっていた魔法力勝負は、リリが優勢になった。
「これで、とどめなの!」
リリは、一気に魔力を練ってキマイラへ放出した。
「こ、ここまでとは!」
キマイラは、闇の衣を脱いで丸めて、目の前で闇の魔力へ変換させた。
「最後の手段です!」
キマイラは、前面に濃厚な闇の盾を作り出した。
「これで、防げない攻撃はありません」
そう言って、リリの渾身の魔法を防ごうとしていた。
そこへ、
回復の終わったラリーナと直哉が同時攻撃を仕掛けてきた。
「リズファー流! 瞬迅殺!」
「見よう見まね、突刺牙崩!」
直哉は、ゴンゾーさんの第二奥義を自己流で使い、物凄い勢いでキマイラへ突撃した。
「これは、危険ですね」
キマイラも、魔法と物理の波状攻撃が来たので、闇の盾を前面に出していた。
リリの魔法が、闇の盾に防がれている時に、ラリーナの瞬迅殺がキマイラの左腕三本を、直哉の突刺牙崩モドキ(ただ、走って斬っただけ)がキマイラの右腕を二本吹き飛ばした。そして、最後の腕は盾ごとリリの魔法に吹き飛ばされた。
「ふむ、さすがはイレギュラーと言うわけですか。イノシシの奴も倒されたようですね」
キマイラがそう言うと、更なる闇の力を体内から呼び寄せた。
「まさか。自分で闇のエネルギーを造ることが出来るのか?」
直哉は、キマイラの行動に目を疑った。
(嫌な予感しかない。とりあえずリリの魔畜棺は充填が完了したから、フィリアの魔畜棺も充填してしまおう)
直哉は魔畜棺を付け替えて、充填を始めた。
(さて、何が出てくるか)
「リリ! 戻ってきてMPを回復してくれる、それと魔畜棺を消費したのならば、これと交換して」
そう言って、充填が完了したリリの魔畜棺を取り出した。
「わかったの」
リリはそう言って、直哉の後ろに隠れてMP回復薬を飲み、直哉から魔畜棺を受け取った。
キマイラから溢れ出る闇の力は、だんだんとその形を変えていき、亀のような形になった。
(なんだ、あれは?)
直哉が困惑していると、
「我が名はショワンウーなり。ひれ伏せ矮小なる人間どもよ」
闇のエネルギーが周囲を包み込んだ。
(玄武って神獣では無かったのか? それが闇に落ちるとは、どういうことだ?)
「む、何故お主はひれ伏さぬのだ? 我の力が落ちているのか? いや、そもそもこの身体は我の者ではないか」
ショワンウーはそう言うと、さらに、
「お主は直哉という者か?」
と、話しかけてきた。
(何だ? 雲行きが変わってきたぞ?)
「そうだ、俺が直哉だ」
直哉が答えると、
「そうか。我らが神獣を束ねるガナック様よりお言葉があります」
(あの人、そんな事までやっているんだ)
「この先に進むには、こいつを倒せる力が必要だ。お主達の力を見せてみよ。まぁ、わしは見ていないがな。以上だ」
(適当だな)
直哉は脱力しながらも、戦闘準備をした。
「リリ、MPの回復次第ドラゴンに! 一気に片付ける」
直哉の指示に、
「待ってましたの!」
リリはそう言って、MPを回復して魔力を練っていった。
その間に直哉はマリオネットを展開して、さらに、先程もらった『転移の書』を読み、ゲートの魔法を使えるようになっていた。
「マリオネット!」
直哉の周囲に、無数の剣と盾を取り出した。
直哉は、
「行くぞ!」
と、気合を入れて、ショワンウーに突撃をした。
「四連撃!」
直哉の攻撃は、硬い甲羅に防がれた。
「くぅ、痺れるぜ」
持っていた剣を落としそうになりながら、マリオネットで敵からの反撃を防いでいた。
「ちょこまかと、五月蝿い剣と盾ですな」
蛇のような部分がムチのようにしなって、剣をなぎ払ってきた。
「おっと」
数本を吹き飛ばされたが、多くはマリオネットで攻撃範囲から離脱させた。
「今ですね!」
ショワンウーはその隙を付いて、追撃を開始した。
直哉は飛んで行った剣と盾の先にゲートの入り口を造り、出口をショワンウーの体内に造った。
「ゲートイン! ゲートアウト!」
「何だと!?」
慌てて魔力を活性化させて、体内のゲートを無効化しようとしたが、最初の剣が通過するのには間に合わず、
「グハッ」
っと、血を吐いて、その場に留まった。
「クッ。この身体ではこれが限界のようですね」
その時、リリのMP回復が終了して、リリからの攻撃が開始された。
「お兄ちゃん! 行くよ!」
「あぁ!」
その合図と共に、動けなくなったショワンウーに向かって、リリの輝く氷のブレスが炸裂した。
ショワンウーは闇の力を吹き飛ばされ、キマイラとなってから、キラメキながら消滅した。
「終わったな」
直哉の呟きに、ある男の立体映像がキマイラが居た辺りから湧き出てきた。