第百六話 総力戦
「御主人様! ジャンヌ様から許可が下りたそうです」
「ありがとう」
直哉が土地タブを確認すると、この湖の周りを囲む全ての森と、今回の増援が来る方向の荒野を貸してくれていた。
(これなら大丈夫だ)
直哉はジャンヌの厚意に感謝しながら、
「地下牢を作ったから、落とし穴の場所を確認してください」
直哉は、地図に場所を記載しながら、ルカ達に渡した。
「空からも来ると聞いているのですが、そちらはどうすれば良いですか?」
「俺が叩き落としますので、落ちてきた敵を地下牢へ落としてください」
「何か、秘策があるのですね?」
直哉はアイテムボックス内の魔蓄棺と指輪をチェックして、
「はい。かなり難しいけどやって見ます」
その頃、リリとラリーナは優勢にボスキメラと戦っていた。
ボスキメラの闇の衣に触れないように、リリは拳に風を纏い、ラリーナは銀狼の力で闇の力を遮断した。
だが、時折放つ闇の針や、矢を完全に避ける事が出来ず、二人の身体を傷つけていった。
エリザとマーリカの援護射撃も正確で、確実に闇の力をそいでいった。
「きしゃー!」
「ぎしゃー」
そこで、思いも寄らないことが起こった。
二体のボスキメラが合体したのであった。
「何だと! 合体しやがった! リリ、上から頼む!」
「わかったの!」
ラリーナとリリは空と地上に分かれて二方向からの攻撃にシフトしていった。
「何だあれは?」
直哉がボスキメラの方を見ると、腕が六本、顔が前後に二つ、剣と盾、弓矢、杖を装備していた。
ラリーナの攻撃を盾で受け止め、リリの攻撃を弓矢でけん制して、エリザとマーリカの攻撃を剣で叩き落していた。
「フィリアの光の加護があっても、あの程度のダメージしかないのか」
直哉は愕然としていた。
「俺の魔力は温存しておきたいし、何か打つ手がないかな?」
その時エリザはボスキメラの変化に苦戦を強いられていた。
「ぬ、一つになってから防御力が上がったのじゃ。わらわの持っている矢ではあの黒い霧を貫けないのじゃ」
エリザは直哉の元へ駆けつけて、おねだりしに来た。
「もっと、攻撃力の高い弓矢が欲しいのじゃ」
「そうは言っても、これ以上の物は大きくなりすぎちゃうよ?」
直哉は身振り手振りでその大きさを伝えようとした。
「しかし、わらわだけ見ているというのは歯がゆいのじゃ!」
直哉はスキルで弓矢の項目を見ていたが、
「探しておくよ。今回は我慢してくれる?」
「わかったのじゃ。新しい弓矢の件、頼むのじゃ」
直哉は、
「うん。でも、今回の敵は今の弓矢でも十分に効果があると思うよ」
エリザは驚きながら、
「やってみるのじゃ!」
そう言って、二人の援護に戻った。
その後、
「何とかなる?」
と、フィリアを見ると、
「破邪魔法を打ち込みます。現状ですと弾かれる可能性が高いのですが、もう少し弱くなればダメージが通ると思います」
「それなら、こっちは任せるよ? 俺は増援に対して全力を尽くすよ」
「わかりました。マーリカちゃんをお借りしますね」
直哉は頷くと、マーリカを呼んだ。
「マーリカ、フィリアのところに来てくれる?」
数分後、
「お呼びでしょうか?」
「ここでフィリアと共にボスキメラの撃破を頼みます。フィリアの破邪魔法を打ち込めるだけのダメージを与えてください」
直哉のお願いに、
「承知いたしました。リリ様たちと連絡を取り合います」
「よろしく」
直哉は、その場をフィリア達に任せ、増援に対応するため意識を切り替えた。
「さて、やってみますか」
直哉はマリオネットを発動して回復を充実させてから、魔蓄棺を装着し、爆裂の指輪を準備した。
増援部隊に対するのは、パルジャティアのレオンハルトと近衛兵達とガンツ達傭兵部隊、アルカティアのルカと防衛軍の者達。
「レオンハルト様! 遅くなりました」
パルジャティアから来た近衛兵達が間に合った。
「パルジャン様は?」
「パルジャン様はステファニー様と共に国をまとめております。解放軍として戦うための意味を説いております」
レオンハルトは、近衛兵達の報告を聞いていた。
「うわぁ。むさい男ばかりよ」
「近寄らないで欲しい」
「この場にジャンヌ様がいらっしゃらなくて本当に良かったですわ」
アルカティア防衛軍の女性達は言いたいことを言い始めて、その場がカオスになった。
「なんだと! 女の癖に!」
「戦場を荒らさないで欲しい!」
その時、レオンハルトとルカが同時に声を上げた。
「愚か者が!」
「何をしているか!」
それぞれの長に、
「ですが!」
と、食い下がっていたが、
「勇者様を見てみなさい。既に次の戦闘に向けて準備を進めています。お前たちは何をしているのだ?」
防衛軍と近衛兵達は直哉を見た。
「なんと!」
「すでに、戦闘体制を取っている!」
「こちらも負けていられない!」
「パルジャティアの誇りにかけて!」
「アルカティアの名に恥じぬように!」
いがみ合っていた二つの軍は直哉の姿を見て、一つにまとまって行った。
「これが、勇者としてのカリスマ性なのか?」
レオンハルトとルカは直哉を見て、自分達とは違う何かを感じ取っていた。
「来ましたよ!」
直哉は、飛ばしていた偵察型クマ人形を通してキメラの増援を確認していた。
「勇者様に続け! パルジャティアの誇りにかけて! アルカティアの皆さんに我々の力を見せ付けるのだ!」
「おー!」
レオンハルトの号令で近衛兵達の士気は急上昇した。
「こちらも勇者様に続け! アルカティアの名に恥じぬように! パルジャティアの者達に我々の力を認めさせるぞ!」
「おー!」
ルカの激励で、防衛軍の者達の士気は急上昇した。
「さて、我々も動きますよ」
「はい。いつも通り姫様を中心にして敵を叩き落すぞ!」
「了解!」
ガンツ達もいつも通りの隊列を取った。
飛行キメラがほぼ百体。地上のキメラもほぼ百体。
「結構な数がやって来たな」
直哉は魔蓄棺を起動させ、指輪を装備した。
(俺の現在の爆発魔法は一度きりだけど、六発分の爆発がおこる。これで効果的に敵を倒すには、爆発を拡散させないとダメか。敵の位置はクマからの情報でわかるから、これらをまとめて落とす範囲にするには)
直哉は、頭の中で何度も繰り返し試して見た。
(これならいけるか?)
直哉は指輪に魔力を集中させていった。
「えっ? 何この魔力! 私の魔力の数十倍はある」
直哉の魔力を感じたリンダが驚愕の声を上げた。
(くっ! 俺自身が魔法を使うわけではないけど、魔法をコントロールしようとすると、魔力が暴走しそうだ)
ビリビリビリビリビリ
大気が直哉の魔力によって震えだした。
「魔力暴走?」
リンダはそう口にした。
「いや、押さえ込もうとしているよ。つか、どんな魔法を出すつもりなんだ?」
ガンツは直哉の挙動を見て、大きな魔法を使おうとしているのがわかった。
「勇者様は鍛冶職人ではなかったのか?」
ルカやレオンハルトも、直哉に見とれてしまっていた。
(ぐぅぅぅ。魔法は拡散するイメージだけど、この場所では収縮するイメージで、さらに、爆発する場所のイメージがあって)
直哉は正確に打ち出すための情報を指輪に込めていった。
その時、
「上空からのキメラ、目視範囲に入りました!」
「何だ、あの数は!」
余りの数の多さに、近衛兵や防衛軍の者達は恐慌をきたし始めた。
「不味いな、統率が取れなくなってきている。このままでは壊滅の危険があるぞ」
レオンハルトとルカは自分達の兵士を落ち着かせるために、奔走していた。
(目標がそろそろ予定地点に到着するな)
直哉は指輪を前に突き出して、
「今だ! 喰らいやがれ! エクスプロージョン! ゼクス!」
何度も計算した軌道を描き、爆発魔法が六発、敵に向かって飛んで行った。
(よし! 完璧!)
物凄い爆発のエネルギーが敵を包み込んだ。その場に居た直哉達もそのエネルギーを感じていた。
直哉はMP回復薬を飲みながら、飛行型のキメラが爆発に巻き込まれていくのを見ていた。
その光景を目の当たりにしたリンダは、
「凄すぎる! 一体どれだけの魔力を込めればよいのか想像もつきません」
呆けているリンダを、
「ほとんどの飛行型が落ちるぞ! さらに、地上にもキメラがやってきてる。我々も戦闘準備だ!」
パルジャティアの者も、アルカティアの者も、直哉の攻撃に奮い立ち、地上をやって来たキメラ達を、次々と地下牢へ叩き落していった。
「逃がさないよ!」
爆発の影響が薄く逃げようとしていた、飛行型キメラを直哉は冷静にマリオネットで飛ばしていた剣を使い、地上へ叩き落していった。
「さすがお兄ちゃんなの! 度派手なの!」
リリ達も、直哉の爆発魔法を見て、奮い立った。
「私もやるぞ!」
ラリーナは一声ほえると、
「リズファー流、第一奥義! 大地割り!」
長巻を相手の盾に叩き付けた。
「ぎぎぎ?」
物凄い力により、体制が崩れた。
「今なのじゃ!」
エリザはすかさず矢を放った。
直哉との鍛練で、複数の矢を同時に放ち、同じ場所や違う場所へ正確に放てるようになっていた。
エリザが狙ったのは、頭と六本の腕と足。
「ぎぎぎゃ!」
頭に来た矢を避けるのと同時に、腕部分に来た矢のうち、剣と何も持っていなかった腕は何とか死守していたが、それ以外の腕と足には、深々と矢が突き刺さった。
「おや? 身体の部分には矢が通らなかったけど、腕や足ならば、ダメージが通るのじゃ! これなら、援護できるのじゃ!」
エリザは次の矢を番えてタイミングを計っていた。
「動きが鈍くなったの! それに、弓矢が飛んで来なくなったの!」
リリは、ボスキメラに邪魔される事無く、魔法を詠唱することが出来た。
「大気に宿る風の精霊たちよ! 我が魔力と共に不可侵の領域を造りたまえ!」
リリ身体から大きな魔力が巻き起こる。
「ラリーナお姉ちゃん! 避けて!」
そう言って、魔法を発動した。
「インバイラボウシールド!」
リリは直哉から、この魔法の恐ろしい使い方を教わっていた。
ボスキメラとラリーナの間に造られた風の魔法による不可侵の領域は、ボスキメラの身体の半分だけ領域に巻き込む形で展開していた。
「ぎぎぎ!? ぎゃー!」
始めは、なんとも無かったようであったボスキメラは、突然苦しみだし、そのまま不可侵の領域により、身体の半分が千切れ飛んでいた。
「うお! 恐ろしい魔法を、恐ろしい速度で、私の前に放つとは、リリ。恐ろしい娘だ」
ラリーナはその光景を見ながら、身震いしていたが、半分になったボスキメラは不可侵の領域で分断されたカラダをつなげに行こうとしていた。
「あんまり長くは持たないから、今のうちにお願いなの!」
リリの声に、フィリアが反応した。
「あの位、黒い霧の効果が落ちれば破邪魔法が聞くはず!」
既に光の魔力を集めていたフィリアは、
「天より来たりし光の精霊よ、我が魔力と共に邪悪な力を祓いたまえ!」
物凄い光のエネルギーが収縮していく。
「ブレイクウィケンネス!」
そのエネルギーが一気にボスキメラに襲い掛かっていった。
「ギャーっす!」
黒い霧で破邪魔法を防御しようとしたが、光のエネルギーの前に黒い霧ごとキラメキながら消滅していった。
「ふぅ。何とかやりましたね」
フィリアの周りに、リリとラリーナとエリザがやって来た。
「身体中に黒い霧にやられたよ」
「リリもだいぶ撃たれたの」
ラリーナとリリも身体のあちこちを黒い霧の針や矢で貫かれ傷ついていた。
フィリアはMP回復薬で回復しながら、みんなの傷の具合を見ていった。
「みなさん、それぞれ傷を負ってはいますが、このまま闇のエネルギーが抜ければ問題ありません」
(ですが、ゴンゾーさんはもう)
その場の全員が、フィリアの雰囲気にゴンゾーさんの傷が深いことを悟っていた。
「いくぞアンナ!」
「はい! リカード!」
リカードは、力任せに剣を振りぬこうとしたが、
ガキン!
物凄く硬い物を斬り損なった時の衝撃を受けて、危うく剣を落としそうになった。
「うぐぅ」
しかも、そこへ、ソラルドからの攻撃が返ってきた。
リカードの剣で斬れなかった硬い身体を叩き付けて来た。
「危ないな! よっと!」
速さは速く無かったので、体制を崩していても、危なげなく回避することが出来た。
「さて、どうするか?」
リカードが考えようとした時、
「炎よ!」
アンナがようやく引き出せた剣の力を使った。
アンナの意思により、アンナの魔力を注ぎ込まれた剣は、その刀身を物凄い炎が包み込む。
(あれは、炎の魔法か)
ソラルドの周囲にうっすらと赤いオーラが展開された。
そんな事はお構いなしにアンナが、
「行きます! 焔火」
アンナの剣から炎のエネルギーが飛び出して、ソラルドを焼き始めた。
「うっぎゃぁーー! 僕ちゃんの身体が、焼けてる! うぎゃー」
ジタバタと苦しみだした。
「これならいける!」
リカードもアンナも勝利を確信して、止めを刺そうと突撃して、
「リカード! これは罠です!」
アンナが気がついた。
「何?」
その叫びにリカードは反応し、ソラルドからのカウンターを回避することが出来た。
「ちぇ! 残ねーん。 もうちょっとであの爺と同じく串刺しに出来たのに! ちぇ! ちぇ!」
ソラルドは悔しがっていたが、それを見たリカードは激昂した。
「ふざけるな! 貴様はこの私が引導を渡してくれる!」
そう言って、魔力を込めだした。
(あの人は、風属性だったな)
その時アンナは、ソラルドの身体の周りのオーラが、赤から緑に変化したことに気がついた。
「絶空!」
リカードの風属性斬撃が襲い掛かる。
「ぎゃーーー! 僕ちゃんの身体が! 痛い! 痛い!」
と、苦しみだしたが、あまりにもワザとらしかったので、
「嘘だな」
「嘘ですね」
と、二人に見破られた。
「何だよ! 引っかかれよ! そこは僕ちゃんの演技に騙されるところだろう! ちぇ! 面白くないの!」
そう言って、ふてくされていた。
「こ、こんなふざけた奴に」
再び怒りに支配されそうなリカードを、アンナが止めた。
「リカード、先程あいつの周囲の色が変わったのに気がついたか?」
「ん? いや。・・・・そういえば変わっているな」
アンナの言葉に冷静になってきたリカードは、注意深く観察をして、アンナの言葉を肯定した。
「恐らく、あの色の属性を防ぐことが出来るのだと思います」
「それならばどうする?」
「あれをやりましょう」
リカードはアンナの提案に驚いていた。
「まだ、成功したことが無い技だぞ?」
「このまま、私達の手でゴンゾーさんが受けた傷を万倍にして返しましょう」
リカードはアンナの思いを受け取り、
「わかった」
と、しっかりと頷いたのであった。
「ちょっと、イチャイチャするなら他の場所でしてくれる? 僕ちゃん忙しいんだけど!」
そう言って、二人を挑発したが、二人はソラルドを倒すために力を合わせるのであった。