第百四話 戦力補充と、つかの間の休息
◆拠点への道
拠点へ撤退する時に、直哉に頼まれた事を忍びに伝えると、
「我等の力を侮っているのでは?」
「この程度の任務、連続で出来る!」
と、辛辣なセリフが帰って来た。
直哉に相談すると、
「こちらに戻って来た時に、説明しますよと、伝えてください。それと、どうしても任務を続けたい方がいるのであれば、無理に止めずに、そのまま任務を続けて貰ってください」
直哉の指示を聞いたマーリカは、
「理由を聞いてもよろしいでしょうか?」
「一気に全ての者を働かせるより、休憩を挟んで働いて貰った方が、長期労働には適していると思うのだよ。特に今回のように全体で同時に動きつつ、末端では一人という時は、その者の判断ミスが、全体の命取りになる可能性があるのだよ。末端の人数を増やせるのであれば問題無いのだけど、そんな余分な人員は居ないからね」
直哉の考えを聞いて、
「つまり、我々忍びの能力を疑っておられるのですか?」
「いや、忍びとしての能力は疑いようが無いよ」
「それならば、もっと我々を信用して任務を与えてください」
マーリカは忍びとしてのプライドをぶつけてきた。
「でも皆さんは、忍び以前に人でしょ?」
「えっ?」
「人って、連続して働くと、もの凄く効率が下がるのですよ。適度に休息を取って活動しないと駄目だと、医者の父が話していました。ですので、いつまで続くのかわからない状況の中で、最後まで全力を出せるようにして欲しいのです」
「私には良く分かりませんが、そのまま伝えておきます」
マーリカがそのままの言葉を伝えた。
「若手や老人達はそれならと納得していましたが、それ以外の者は反発しております」
「もちろん、そうだろうね。人には人それぞれの考え方があるのだから。もちろんやれるというのであれば、無理に止める必要は無いからね」
直哉はそう締めくくった。
「キメラ達の状況ですが、どうやら森の入り口まで下がるようです」
マーリカの報告に、
「そのまま、ばれない様に張り付かせておいて」
「承知」
マーリカは一礼して忍び達に連絡した。
拠点へ帰ると門を閉めて立て籠った。
反対側は開いているので、回り込まれたら意味がないが。
「とりあえず、ひと息つこう。飲み物を作るから飲みたい人は飲んでくれ」
「私は一眠りしてきます」
「ゆっくり、休んでくれ。また、厳しい戦いになると思う」
フィリアが部屋に戻り、直哉達は話し合った。
「キメラが相手だと、切り刻むだけじゃ倒しきれないから、フィリア頼みになるのだよね」
「そうじゃな。しかも、我々の援護もしていて、かなりのMPを消耗しておるな」
「リリ達にキメラを倒す事の出来る武器が欲しいの」
「そういえば、コアの部分は見つかった?」
「いや、雑兵達には無かったな」
「そうか」
直哉は雑兵を何とかするための策を考えていた。
(予想以上にフィリアは消耗しているな)
ベッドに寝かせたフィリアを撫でながら、
「今は、ゆっくり休んでくれ」
フィリアは直哉やマーリカの援護だけでなく、リリとエリザ、そして、ラリーナの援護もしていて、MPをかなり減らしていた。
「フィリアお姉ちゃんは大丈夫なの?」
リリが心配そうに覗き込んでいた。
リリが心配するほど、フィリアは真っ白な顔をしていた。
「もっと、人数が居ても、キメラが相手だと倒すのはフィリアになるか。それなら、倒さなければよいか」
リリは、直哉の発言に首をかしげた。
「どういことなの?」
「簡単なことだったよ。動けなくして纏めておけばよいよ。後日フィリアに余力があれば倒してくれてもよいし、戦闘中ではないのだから、別にフィリアじゃなくたって良いという事だよ」
直哉の言葉にラリーナが、
「そうか! その手があったか。倒すことばかり考えていたが、倒さなくても良いのか!」
「じゃが、どうするのじゃ? 小間切れにしても時間が経てば元通りになるぞ?」
「これから出口のない地下牢を造るよ。最終的に魔法で浄化するか、浄化出来るアイテムを造るか」
マーリカは少し考えてから、
「ですが、浄化出来るアイテムとは何ですか?」
「今のところわからないが、探してみるよ」
直哉は、大工スキルを発動し地下牢を作成した後、アイテム作成を発動してアイテムを調べていた。
「キメラを落とす場所は数カ所あるから、動けなくなったら叩き落としてくれ」
ラリーナ達はその場所を確認するために部屋を出て行った。
「うーん、聖水か。どれだけ効果あるのかな? とりあえず地下牢に溜めておくか」
ぽんぽんぽんと新しいアイテムを造っていて、
「あれ? そういえば、アイテムを造る速度が上がり、消費MPや原料が減ってる気がするな。そのうち選んだらほとんど消費無しで造れそうだ」
直哉達は、キメラ達が戦力を再集結している間に、拠点周りの設備追加や己の鍛練に力を注いだ。
◆昼過ぎ
防衛拠点に向かっている勢力の中で、最初に到着したのは、ルカが率いるアルカティア義勇軍であった。
「お待たせいたしました。戦闘兵十名、非戦闘員二十名の合計三十名を連れて到着いたしました」
直哉はルカの前に出て、
「ありがとうございます。この拠点では、男性と女性でフロアを分けて居ますので、フロア表示に従って部屋を使ってください」
と、説明した。
「ありがとうございます。ただ、今回は既婚者が家族を連れて来て居るのですが、その場合同室にすることは出来ませんか?」
ルカの質問に、
「男女共用のフロアもありますので、ご家族と過ごす方はそちらのフロアをお使いください」
直哉は答え、フロア表示の立て札を見せた。
「それと、拠点内でお仕事をしてくださる方は、すぐに手伝って貰いますので、部屋に荷物を置いたらここに集合してください」
直哉の指示に従い、非戦闘員達が集まってきた。
「エリザ、マーリカ、来てくれる?」
二人がやってくると、
「エリザは、各部屋の設備の使い方と、ベッドメイクや清掃等のやり方を説明してください」
「わかったのじゃ」
部屋の数が多いため、ほとんどの者を連れて各階へ説明しに行った。
「残った三名はマーリカに食事の事を教わってください。調理や清掃までお願いします」
マーリカは残りの三名を連れて、調理場へ足を踏み入れていた。
そこへ、ふてくされたリリがやってきた。
「なんで、リリは呼ばれないの?」
「ん? リリとラリーナには別の事を頼もうと思ったのだけど、リリも設備の案内をやる?」
「別な事によるの」
「二人には周囲の警戒をして欲しい」
「それならやるの!」
リリは腕をぐるぐる回してやる気をアピールした。
直哉がリリとラリーナとシロを送り出すと、今度はルカが話しかけてきた。
「私達にも何か手伝えることはありませんか?」
直哉は少し考え、
「もちろんありますよ。まずは、全員の力を見せて貰います。それを試してみて装備を考えます」
ルカは嬉しそうに、
「わかりました! では、うちの兵士達で模擬戦でも見せましょうか?」
「いいえ、俺が相手をします」
直哉の言葉に、
「えっ? 直哉さんが直々に?」
「はい。その方が実力を計りやすいので」
直哉の言葉に、
「男の癖に!」
「その思い上がった考えを正してくれる!」
ルカの連れてきた兵士達は意気込んでいた。
直哉はいつも通り、訓練用の剣と盾を装備して、
「どうぞ。どなたからでも良いですよ」
と言うと、直哉よりも太い腕を持った女性が大剣を振りかぶり、
「いくぞ!」
気合いの声を上げてから、斬りかかってきた。
かなりの攻撃速度であったが、普段ラリーナやゴンゾーの技で鍛練している直哉にとって、速さはそれほどの脅威ではなかった。
「ここだ!」
直哉が攻撃に合わせて盾を振り上げ、しっかりと受け止めた。
ガン!
金属同士がぶつかり合う音が周囲に響いた。
(魔力の発動はないな、次はどんな攻撃をしてくるのかな?)
直哉は第二撃がくるものとして身構えていたが、攻撃した女性は驚愕の表情を浮かべたまま、固まっていた。
「ん? 次が無いのであれば、終わりにしましょうか?」
直哉が声をかけると、
「な、何ともないのか?」
と、聞いてきた。
「しっかりとガードしたので、問題ありませんよ」
女性の話では、無傷どころか、受け止めた者も初めてで、ほとんどの者は剣で斬られるか、防御が間に合っても、その防御ごと吹き飛ばされていた。
「俺なら問題ありません。それで、まだ、やりますか?」
直哉が改めて聞くと、
「よろしくお願いします」
と、一礼してから斬りかかってきた。
十分近く打ち合っていると、女性の方は息が上がってしまい、そこで次の人に代わることになった。
直哉は次々と攻撃を見切り、受け止め、弾き返した。
全員の攻撃を受け、全体のレベルを確認出来たので、直哉は個別の実力を引き出す事にした。
「そこは、連続攻撃を意識して!」
「はい!」
「その動きは単純すぎる!」
「おう!」
「こっちからは攻撃していないのだから、もっと強気に打ち込まないと!」
「あぁ!」
女性たちも、初めは男だからと敵対していたが、直哉の実力を認めてからは、素直に従うようになった。
(これで、全員の力がわかったけど、そこまでの実力は無いな。ルカさんと最初の大剣の女性がギリギリ合格だな)
直哉が汗を拭っていると、
「あー! お兄ちゃんと遊んでる!」
と、リリの大きな声が響いてきた。
「リリ? 外の様子はどんな感じ?」
「ラリーナお姉ちゃんとシロが気合い入りすぎて、リリの出番はなかったの」
リリは悲しげに訴えかけた。
「お兄ちゃんに会いに来たら、お兄ちゃんも遊んでいるし。リリもお兄ちゃんとやりたいの!」
腕をグルグルと回して、直哉との手合わせを望んだ。
「仕方ないな」
直哉は苦笑いを浮かべながら、リリとの手合わせを始めた。
「えへへ! 満足したの!」
リリは嬉しそうに直哉にぶら下がっていた。
手合わせは直哉の身代わり人形が出たところで、リリがギブアップしたが、その様子を見ていたルカ達は絶句していた。
別次元の戦いを見せられたルカ達は、自分達との鍛練の後よりも疲弊している直哉に詰め寄り、
「何ですか、今の戦いは?」
「リリの手合わせの相手をしただけだよ。まぁ、強くなってきているけど、まだまだ経験不足かな?」
直哉は笑って返した。
「ぶー、お兄ちゃんはリリの事良く知っているから、中々勝てないの。でも、全力で攻撃しても大丈夫だから、嬉しいの!」
「いやいや、流石に直撃したら大丈夫ではないけどね。だから、避けてるし」
リリは直哉の腹筋をこづきながら、
「えー、ここに当ててもダメージないと思うの!」
「まぁ、敵にはそう思わせているけどね」
「リリは敵じゃないの!」
「わかっているよ」
直哉はリリを撫でて慰めた。
次に拠点に到着したのはリカード達であった。
「お疲れさまです」
直哉はリカードを出迎えると、意外な人物が一緒に居た。
「レオンハルトさん! パルジャンさんはどうしたのですか?」
「途中まで迎えに来ていたステファニーに怒られましたよ。勇者様を放り出すとは何事かと! 国王はステファニーと近衛騎士達が守るそうです。俺はパルジャティアを代表して来た。国王もステファニーの力を借りて国を一つにしてくるそうです」
レオンハルトの説明を待って、
「ありがとうございます。とても心強いです」
がっちりと握手をした。
「さて、当面の戦力が整ったので、作戦会議を開きますので、一階の食堂へお集まりください」
直哉の呼びかけに、戦闘員たちが集まった。非戦闘員達は軽食を準備していた。
「まずは、今朝の襲撃について説明します」
「今朝?」
「襲撃?」
直哉の言葉に、ルカやレオンハルトが驚いた。
直哉は、今朝の出来事を説明した。
「なるほど、それで現在は戦力を整えている最中というわけですな」
レオンハルトは大きく頷いた。
「直哉よ、光の浄化魔法を使わないキメラの封じ込めについて、もう少し詳しく説明してくれ」
リカードは、直哉の地下牢について、図を使って解説した。
「地上から落とし穴で落下させる古典的なタイプです。入り口は、中から見ると返しがついているので出られません。そして、大量に溜まったキメラを、戦闘が終わり安全が確保されてからフィリアにゆっくりと浄化してもらう作戦です」
「この方法でなら、フィリア殿でなくとも、浄化の魔法さえ使えれば誰でも出来そうですな」
直哉の説明に、ゴンゾーが付け足した。
「そうです。これならば、フィリアも浄化のための魔力を援護のために使うことが出来るので、かなり有効だと思います」
「ふむ。やはり直哉の考える事は面白いな」
リカードの呟きに、
「そうですね、これが勇者様の考え方ですか。私たちには思いも寄らない作戦です」
「そもそも、キメラを消滅させられるとは思いませんでした」
ルカとレオンハルトも驚いていた。
「さて、皆さんは次の作戦の肝になる可能性が高いので、落とし穴の場所を確認しておいてください」
そう言って、落とし穴の場所に案内した。
直哉達が拠点を構築しているとき、笛を吹いた男も戦力の増強を図っていた。
「なんなんだ! あのへんてこな男は! ソラティアの国王であるこの私の顔に泥を塗りおって! ゆるさん! ゆるさんぞ!」
身体から黒い霧を噴出させながら、男は叫んでいた。
その様子を黒い霧のキメラ二体を通し見ているものが居た。
「ふふふ。これで、ようやく役者がそろったな。エリザよ。そなたの身体をようやくワシのものにする時が来たようじゃ。ふふふ。ふははは。あーっはっはっはっは」
不気味な笑いが、誰もいなくなったソラティアの街に響き渡っていた。