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超越探偵 山之内徹  作者: 朱雀新吾
第二話 愛すべきスクールライフ
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愛すべきスクールライフ 解決編

 

「分かったぞ……」

 俺はそこで突然真に迫った声を出す。

「どうした山之内君」

 ふふ、少し気になるか?津村君。だがまだ余裕の表情は崩れない。

「犯人が使ったトリックでも分かったのかい?」

「いや、分かったのは津村君。君の気持ちだ」

「僕の気持ち?何を言っているんだ」

 ふんと鼻で笑う津村君。

 この余裕を俺が壊せるかどうかが……全ての鍵を握る。

 頼むぜ、恋心。

 俺は大きく息を吸い込むと、津村君を指差し、叫んだ。


「津村君は……明日香さんの事が好きだああああ!!!」


「な、なななななななななななななななななにwうおうぉをいいいいいいいいいいいいいいいいいいってるううううううんだあああああああ!!!」


 次の瞬間、津村君が、滅茶苦茶動揺した!!

 表情は歪み、何故かメガネもズレまくっている。まるで別人の様だ。範人が今日美ちゃんを好きな事を言われた時の比じゃ……ない!!!

 佐伯先生。どうやら今回は俺の理論が正しかった様ですね。「好きな子のブルマが欲しい」ははは。最高だぜ、津村君。最高に熱くて……最高に青いじゃねえか。


 これで津村君の気持ちははっきり分かった。犯行ではなく、動機が真っ先に露呈した。

 津村君は「犯人」。動機は「明日香さんが大好きで、ブルマが欲しい」。これだけ分かれば、後は心理を追うのみ。学年一位のクラス委員、じゃあない。恋する中学二年生の、心理だ。

 明日香さんが大好きだけど、津村君、今のままじゃ何の旨味もない。そもそも範人への「嫌がらせ」はメインでもなかったんだから。自分の好きな女子と仲良くする男子への軽い嫌がらせだ。ただそれが功を奏して範人は範人の理由で怪しくなっちゃっただけなんだから。

 津村君の真の目的は、当然「好きな子のブルマ」。じゃあ、どうすれば津村君はブルマを手に入れる事が出来るのか?やっぱり三時間目のテスト中だよな。四時間目から事件発覚までは不可能。範人が席を立たなかったのだから。それでも机にブルマはあった。朝、俺が落とした体操服袋。そして移動教室の終わり、岩城さんにビンタされて見上げた空。白い風船。

 …………そこで、全てが繋がった。

「ああ、そうだ。そうだったんだ、簡単だ……」

 俺は思わず呟いた。

「何だ?どうした山之内君」

「二つあればいいんだ……」

 それで二回目。今日二回目に――津村君が動揺した。


「それで全てが解決するんだ」


 決定的におかしな点。今のままではブルマは津村君の手には入っていない。

 誰も得をしていない。

 それを本意ではないとするならば。それしかない。


「明日香さん。すまないが、そのブルマを貸してはもらえないか」

「う、うん」

 俺は範人の机から出てきたブルマを両手で広げ、食い入る様に見る。名札には「上原明日香」の文字。そして、俺はある事に気が付く。ううむ、やはり。

「この名札だけど、確認したい事があるんだ」

「うん、何が?」

「明日香さんには三っつ上のお姉さんがいる。明日香さんのブルマはそのお姉さんからのお下がりだ。だから、お母さんの未来さんはその時に名札を上から張り直した筈なんだ。つまり、この『上原明日香』という名札を剥がすと、下からお姉さんの名前『上原明日夢』という名札が出てこなくてはならない。そうだよね、明日香さん」

「う、うん」

 まあこれは俺が上原姉妹と交流があるから知っている情報である。

「じゃあ、剥がさせてもらうね。よいしょっと」

 俺はブルマを手に取り、明日香さんに断りもなくそのラベルを剥がした。

 だが剥いでみても、下に「上原明日夢」の名札は出てこなかった。

 ――やはり。

 よって、俺はここに宣言する。

「このブルマは偽物!これは犯人が用意したフェイクブルマだ!!!」

 それで驚いたのは明日香さんだ。

「え、でも字もそっくりで」

「気が付く筈がないさ。名札の字体も明日香さんのお母さん、未来さんの字をしっかりと研究されている。これは完璧だ。津村君の明日香さんへの愛は本物なんだ!」

 思わず顔を赤らめ下を向く明日香さん。流石は津村君。だが、お姉さんのお下がりとまでは知らなかったか。いや、知ってはいたが、まさか俺がここまで嗅ぎ付けるとは思わなかったってとこか。へん、超越探偵をなめんなよ。

「上着はどうだい?」

 俺がそう言うと、明日香さんは上着を取り出して、見る。

「いや、でも上着には名札とかないから偽物でも分からないかも、あ、でも裾の所にマジックでお姉ちゃんの名前が書かれていた様な……」

「明日夢師匠の名前なんだね?」

「まあ裾めくった所だし、誰も見ないから特に気にせず、私の物になってもお母さんも書き換えてないのよね」

「確かめてみてくれないか」

「うん」

 そうして再び明日香さんは上着に目を落とす。

「あ、あった。……あれ?」

 そこで明日香さんは首を傾げる。

「どうしたんだい?」

「『上原明日香』って。私の名前になっている……」

 津村君。これはミスったな。大失態だ。

「ブルマの名札もそうなんだが、更に体操服の裾をめくった所など、普段はよく見えないからね。男子なんて特にだ。ちらっとめくれたのを見た時、『上原何某』と書かれていたら『上原明日香』と本人の名前が書かれていると誤解してしまうかもしれない」 

 つまり、それだけ普段遠くから眺めていたって事か、津村君。……甘酸っぱいぜ。

「決まりだな。つまりこれは犯人が用意した本物そっくりのフェイクブルマにフェイク上着、フェイク体操服袋の三種のフェイク神器だ!」

 順序良く考えれば、紐解かれる謎である。

「そして、体操服が二つあるとなったら、話は簡単だ。三時間目だとか四時間目だとか悩まなくていい。まず朝一で教室に来てフェイクブルマを範人の机の奥に押し込んでおけばいいんだから」

 これで範人への嫉妬からの「軽い嫌がらせ」が成立する。

「そして布石として、明日香さんの席の後ろ、つまり窓際の一番後ろの空き机の横にフェイクブルマが無い状態のフェイク体操服袋をぶら下げておいた」

 なかなか大胆な事をするが、その大胆さが良い。細かい計画はそれが一ミリでも狂ったらおしまいだ。これぐらい大雑把な部分がある方が良いのだ。

「自分の席に掛けられていたら気になるけど、空き机にそんなものが掛けられていてもそう違和感がないものだしね」

 実際俺、朝にこのフェイク体操服袋を引っかけて落としたけど、別に何の疑問もなく空き机に掛け直しただけだもんな。その時だって全く違和感を感じなかった。

「で、二時間目の体育。これも問題ない。明日香さんは本物の体操服を着てバレーをすればいいんだから、何の問題もない」

 汗が染みこむのを待つわけだ。これも完全納得。津村君にとっては、使用済みでないと意味がない。

「そして三時間目、『逆スタンダード』で自分の席が範人の後ろ、つまり明日香さんの後ろになると分かっていた津村君は、テスト中にフェイク体操服袋と本物を入れ替えた。それだと前の席の袋に手を突っ込むよりもリスクなく本物を手に入れる事が出来る。明日香さんの席にはフェイクブルマのない状態のフェイク体操服袋が掛けられるってわけだ」

 だから厳密には津村君はブルマ泥棒ではない。津村君は体操服全般泥棒なのだ。

 そこで範人が不可解な顔で俺に質問をしてくる。

「トオル、待ってくれ。それなら、入れ替えした後に証拠が残るじゃないか」

「証拠?」

「本物だよ」

 範人が俺を問い詰める。

「それがフェイクなら、本物はどうしたんだ?本物がどこにもないぞ。騒ぎが起きて皆教室中探したけど、見つからなかった。勿論非常事態だったから空き机も探しただろう。津村がそんな事していたら空き机に証拠が残っていないとおかしいじゃないか。本物はどうしたんだ?」

 俺はその問いに簡潔に、三文字で答える。

「投げた」

「投げた?どこに?」

 更に三文字で答える。

「外に」

 俺は一番後ろの窓の外を指差す。

「あれは……」

 クラス中の生徒が外を見る。窓の外に立っている木の枝。

 そこをよく見たら……白い体操服袋が引っ掛かっていた。

「テスト中、フェイクと本物を入れ替えた津村君は本物をすぐに外の木に向かって投げたんだ。あの木に目掛けてな。まあ、紐も付いているし、枝に引っかかるだろう」

 高城さんにビンタされた後、俺が見上げたあの白い風船とはこれの事だったんだ。

「これで津村君の手元は愚か、教室にすら証拠は残らない。更に、ブルマ泥棒が発覚するのはいつでも良かったんだ。今日の放課後でも、家に帰って気付いて明日学校で皆に言うのでも、津村君には構わなかった」

 何故なら範人に対しての「軽い嫌がらせ」は最優先事項ではないのだから。計画の途中、数学の席順に思い立った際に考え出した副産物なのだ。ただの本物と偽者の入れ替えにしてしまっても良かったのだろうが、そこは範人へのやっかみが勝ってしまったのだろう。

 だがそれでも津村君の一番崇高で純粋な目的は「明日香さんのブルマ手に入れる事」。その目的さえ達成出来るのならば、発覚するのが早くても遅くても、範人の怪しさが薄まろうが強まろうが、それは特に問題視していなかった筈だ。

「それに今回範人が思いのほか怪しくなったのは、これは範人自身の事情だ」

 範人が一瞬ビクっとなったが、何も言わなかった。おうおう、男前ですこと。

「大まかなシナリオとしては、時間帯は分からないが明日香さんが気付いた時点でブルマ泥棒が発覚。範人の机から発見。軽く範人が疑われるが、アリバイや範人の人柄等で釈然とはしなくても誰かの悪戯だったんだろうと、終わる。それくらいの考えだった」

 そのまま偽物を本物と思って明日香さんは持って帰る。本物を津村君は手に入れる。誰も傷つかない、計画だ。だが、

「だが、現実はそうはいかなかった。範人が美術の時間遅れてきた事、鍵係をやった事。それは全て、今言った通り、範人の事情だ」

 こいつは最後までそこらへんを言おうとしなかったからな。折角俺が無実を証明してやろうとしてんのによ。少しは協力しやがれこの「犯人」野郎が。

「だから、津村君は範人を犯人にしようとしたわけではない。範人をちょっと困らせてやろうぐらいに思っただけなんだ。それだけは分かってやってくれ」

「あ、ああ。それは。オレ自身怪しまれる行動やタイミングがあったからな。まあ、詳しくは言えないが」

 範人は一切怒った感情を見せずにそう言った。こいつ本当に良いヤツだな。


「よし、これで俺の推理は全て終わりだ。では最後に聞こう。今日一番早く教室に来ていたのは?」


 これ以上彼は言い逃れもするまい。好敵手とは等しく見苦しくないものだ。そしてそれは俺の予想通り。観念した様に、津村君がサッと右手を上げる。

「僕だ」

 潔し。流石だ、津村君。

「山之内君の言う通りだ。僕が朝、谷崎の机に偽物のブルマを入れた。すまなかった」

 範人に謝罪をする津村君。その瞬間、額から「犯人」の文字がスッと消える。

「山之内君、完敗だよ」

「君もとても強敵だった。尊敬するよ」

 俺達は共にベストを尽くした。そこに恨みや憎しみといった感情はない。清々しい友への慈しみの気持ちしか浮かんでこない。

 いやはや、かなり難解な事件だった。

 これが同じ中学二年生でクラスメイトでもなかったら俺は心理を読む事が出来なかっただろう。まったく、強敵だった。というかブルマ泥棒でこの質って、本当にどうよ?いや、好きだけどね、こういうの。いつもの事件の十倍楽しかったけどさ。

 ああ、だけど津村君どうなるのかな。このまま退学とかなったら嫌だなあ。だってこいつ絶対愉快なヤツなんだもん。もっとちゃんと友達になりたい。

 だって彼、自分が犯人指名された時真っ先に「自分が何故犯人なのか」よりも「谷崎が犯人じゃない理由を」聞いてきたよな。

 これ聞き様によっては範人を追いつめている台詞だけど、ひょっとして範人を助ける為の台詞だったら?本格的に犯人に仕立てるつもりなんてなかったのに、それが範人側の事情で偶然アリバイが無くなり、有力な犯人候補になってしまった。自分で陥れておいて何だが、良心の呵責を感じた津村君が、それを俺に解かせて範人の無実を証明する為に、最初に範人の事を言ったとしても、おかしくはない。俺が普段相手している自分勝手な犯人達とはちょっと器が違う。良いヤツじゃんかよ。

 だが、津村君の処分は担任が決める事だ。

 そして、暴いたのは俺だ。俺の大好きなクラスで、クラスメイトを犯人にしてしまった。

 教室は祭りが終わったかの様に妙に静まり返っている。皆もこの後の展開を考えると、神妙にならざるを得ないのだ。

 聞こえてくるのは席の後ろの方でカタカタというキーボードを叩く音のみ。ん?何だ?

 ああ、記者のおっさんか。あまりにも存在感が無かったから忘れていたよ。ていうかマジこの人一切事件と関係なかったね。かといって少しも噛んでこないし。せめて「山之内君それで?」「つまりそれは?」とか、推理小説に欠かせない相槌打ち係くらいはするかと思ったけど、それもなしとは。おかげで俺最後の方一人で喋ってた感じじゃん。まあそれはいいんだけどね。お、いっそ今からコイツを犯人にして津村君を救出出来ないかしら。良いアイディアだなこりゃ。

 そう思った俺だが、そのおっさんの顔を見て、更に別のアイディアが浮かんだ。

 ……そうか。おお、ちったあ役に立つかもな。このおっさん。

 少し無理があるかもしれないが、ブルマ泥棒でこの攻防というだけで、最初から無理はあったのだ。このまま無理を通しても逆に不自然ではないだろう。

 ようし、そうと決まれば誰かが余計な事を言い出す前に始めるか。

 

 さあ、では皆様いよいよお待ちかねの……ハッタリの時間だ。


「そういうわけで、記者さん。良い取材になったんじゃないですか?」

 俺は思いっきり芝居がかった口調で口火を切る。続けて津村君の下までいくと、肩を陽気に叩く。

「津村君も本当に有難うな。名演技だったぜ!」

「え?」

 きょとんとする津村君。だが俺は構わない。

「先生もなかなかのものでしたよ」

 更に俺は担任に目配せをする。お願いします。問題は佐伯先生がこの件をどうするか、だがな。許してやってもいいんじゃないですか。青春の1ページですよこれも。

 そして、ちょっと先生は困った顔をしたが……軽く下を向いて笑い、直ぐに破顔してみせた。

「ああ、いやあ、大変だったなあ!!!!」

 流石我が担任!!!融通が効くねえ。そう、罪を憎んで人を憎まずですよ。

 先生がそう言うと効果抜群。皆も一気に安心した顔となった。

「あ、騙されたんだ」

「何だー、そういう事かよ」

「確かに、津村がそんな事する訳ないもんな」

「ああ、びっくりした」

「え?全部お芝居だったの?」

「当たり前だろう!」

「私は最初から範人君の事信じていたけどね」

 笑いながら口を開いていくクラスメイト達。誰も俺を疑っている様子もない。よし、皆信じ切った様だ。

 普段から犯人とトリックや推理合戦を繰り広げている俺や真由美はともかく、慣れていない他の生徒からみたら今回の一連の件はたいそう非現実的に映っただろう。デモンストレーションだといわれても不思議には思わないという事だ。

 取材に来ている記者のおっさんを喜ばせる為の、演技であったのだと。

 よくよく考えれば、取材を受けたのは今日の朝な訳で、芝居だとしたら、津村君がその時すでにフェイクを仕込んでいた筈はないのだが、そこらへんは言いっこなしである。

 クラスにはホッとした、平穏な空気が戻りつつある。

 これで、一件落着。と思われたが、

「待ってよ!!」

 だが、ここで一人声を上げる女生徒がいた。明日香さんである。

 その眉は不機嫌そうにしかめられている。

 ここで明日香さんにゴネられたら終わりだ。いや、まあ明日香さんにはその権利はあるんだがな。正真正銘混じりっ気なしの被害者なんだから。これはもう俺にもどうこうする、それこそ権利はない。

 津村君を庇いたいってのはただの俺のエゴだからな。

 被害者が許さないのなら仕方がない。

 

 俺は潔く諦めようと思った。

 

 だが。ああもう何なんだこのクラスは。

 

 次に口を開いた明日香さんは、表情を一変させ、ケラケラ笑いながらこう言ったのだ。

「私の被害者役はどうだった?ちゃんと褒めてよね。ああ、楽しかったああ!!」

 この女……最高にイカしてんじゃねえか!!!!

 これは男女共に人気が高いのは頷ける。なんて良いヤツなんだ。俺もいっぺんでファンになったぞ!クラスメイトは何も分からずに、ゴメンゴメンと明日香さんの演技を褒め称える。いえーいとピースサインをしておどける明日香さん。

 ふと、目と目があった。俺が親指を立てると、明日香さんはパチンと片目を閉じてウインクをしてきた。もうこのクラス大好き!クラス替えなんてしたくない!


 こうしてこの騒動は俺と佐伯先生と津村君、そして明日香さんが仕組んだ記者のおっさんに対するデモンストレーションという事で幕を降ろした。範人にだけはリアリティを出してもらう為伝えてなかったと言ったら、範人は「何だー、そうだったのかー」と笑って俺達を許してくれた。ちょろいヤツだぜ。


 昼休みも残り少なくなってしまったが、俺と真由美は二人で買いそびれたパンを求めて売店へと向かう途中の中庭を歩いていた。

 記者のおっさんは「楽しいデモンストレーションだったよ」と笑いながら帰っていった。結局なんだったんだよ、あのおっさん。

「いやー、にしても凄いな津村君は。あんな犯人なかなかいないぜ」

「ていうか今日おにいちゃん、二人の男子の好きな子を暴露しちゃったね」

「範人の冤罪を晴らす為と津村君の罪を証明する為。どちらも大事な理由じゃねえか」

 二つの事件が交錯する、ややこしい事件だった。いやまあこれは俺の能力の所為だな。俺の能力がややこしいんだ。

「範人の『犯人』は高城さんだな」

「うん」

 朝、靴箱に入っていた手紙。あれは高城さんからの手紙だったんだ。高城さんは範人を呼び出した。いや待たせたんだな、俺達の教室で。「選択授業の前に、教室で待っていてください」とでも書いてあったのだろう。範人はそれで一人で待っていた。その為には鍵係にならなくてはならない。

 範人のヤツ。何が偶然だ。嘘ばっかりつきやがって。

 だが、それは津村君の仕組んだ事ではない。確かに偶然だ。

「実は高城さんも音楽の時間遅れてきたんだよ」

「やっぱりそうか」

 範人が遅れたなら、高城さんもそうだったんだろう。

「直ぐに準備室でテストが始まったし、皆勝手に外に出たりしていたからそんなに気にはならなかったけどねー」

「更に他所のクラスだし女子だから、ブルマ泥棒と関連性なんて考えないわな。実際高城さん自身は本当に関係ないしな」

 そして、範人はじっくり一時間考えて、四時間目の後に返事をした。範人は選択美術の時間が終わると、ダッシュで教室の鍵を開け、直ぐに待ち合わせの中庭に行った。今度は次々と教室に人が帰ってくるから、場所を変えたんだろう。範人らしい配慮だ。そして、高城さんに告白の返事をした。「ゴメン」と。失意の高城さんと俺がぶつかり、八つ当たりで俺はビンタされる。

「八つ当たりじゃないでしょ。おにいちゃんが鈍感だからダメなの」 

「ああ、そうだったのか。よく分からんが」

 女心は難しい。まあ、つまり範人の額の「犯人」は高城さんを泣かせた「犯人」だったのだ。麻美子のラブレター同様、俺が高城さんの涙を事件と捉えてしまっていたというわけ。

「二つの恋心が二人の『犯人』を生み、アリバイを殺し、か。なかなか上手くいかないものだね。人間とは皆不器用なものだ……」

「あら、じゃあおにいちゃんは上手く出来るの、恋?」

 真由美が俺を下から覗きこみ、聞く。

「ば、馬鹿やろう。大人をからかうんじゃないよ」

「ふふふふふ」

「山之内君」

 二時間ドラマ風のエンディングを勝手に二人で演出して勝手に演じていた俺達に、誰かが声を掛けてきた。

 

 振り向くと津村君だった。

「僕は君に何と言ったらいいか……」

 俺は右掌を差し出し、待ったをかける。

「俺はいいから、明日香さんに……」

「謝ってきたよ。あと好きだって……」

 ええ!?その言葉に俺は衝撃を覚えた。

「告白したの!!??」

「告白した」

 勇気あんなあ!今日最低のコンディションだぜ?両腕両足骨折した日に自転車を買いに行くぐらいの暴挙だぞ。

「思いっきりぶん殴られた」

 はは、そりゃそうだろうよ。

 よく見たら津村君左頬がパンパンに腫れ上がっている。眼鏡もグニャグニャ。綺麗な顔が台無しだ。

 でもすっきりした表情をしている。こいつ……男を上げたな。

「山之内君を追いかけてきたのは、聞きたい事があって」

「なんだい?」

「何で僕が犯人だと分かった?」

「簡単だよ。だって顔に書いてあったからね」

 俺が即答すると、津村君は一瞬きょとんとした顔をし、その後フッと笑った。

「まさか、『犯人』とでも?」

「いいや、『明日香さんが好きだ』だよ」

「……」

「好きな人に対する好きな気持ちを隠せなかった。それが今回の君の唯一の敗因だよ」

「山之内君……」

 ああ、俺って良い事言うね!

「まあ、明日香さんにはほとぼりが冷めたら次またアタックすればいいんじゃない?」

「え……?何でだい?」

「いや、だって。振られたんだろう?」

 津村君は首を横に振る。

「オッケーだって言われたよ」

「え……マジで?」

「マジで。記念にってブルマも貰った。ほら」

 津村君の右手にはブルマが握られていた。羨ましい、いや、信じられん話だった。

「……おめでとう」

「ふっ、山之内君のおかげさ」

 いや、良い話みたいにされても、やばい俺困惑。上原明日香。大物過ぎてもうわけわかんねえよ。あの姉にしてあの妹って事か?

 スキップしながら去っていく津村君の背中を眺めながら、じゃあ俺も明日夢さんのフィギュア盗んだら、記念にって貰えるのかな、等とどうでもいい事を考えていた。


 そしてようやく放課後である。今日は長い一日だったぜ。真由美は委員会があるとの事で、先に行ってていいよと言われた。よって少し珍しいのだが、俺は一人で校門を出た。


――その瞬間である。

「よーう、少年探偵」

 最初誰に話しかけられているのか分からなかった。周りをきょろきょろと見回す。

「こっちだよー」

 後ろを振り返ると、バクの帽子を被った、天使の様に可愛い少女がいた。

「あら、お前は」

「ひさしぶりー」

 先月の船の「犯人」だった少女だ。とはいっても俺と犯人のザイツ監督の共闘でもみ消したんだが。ていうか何で?

「何でここに……」

「メガネはどうだった?上手くブルマを盗めたかな?」


「……なんで」


 おい、なんでコイツが知っているんだ。どういう事だ。

 俺は、軽く警戒する。

「あれね。ネットであたしがアドバイスしてあげたの。ちなみに24歳って言ってあるのよ。シシシ。良い子はマネしちゃダメだよ」

「お前は……何者だ?」

 まいったね。道理で、真面目な津村君が何故あんな事をと根本で疑問に思っていたんだ。考えても実行する子ではないだろうと思うんだが、コイツが背中を押した?俄かに信じられんが、そのバクの下には多分未だ「犯人」が残っているのだろう。というか俺は少女に近づき、実際にバクの帽子を上げてみた。

「あう」

 そこにはやはりくっきりと「犯人」の文字。

「なにすんのよー」

 頬を膨らませて俺を見上げる少女。超可愛いぜ。

「で、何者なんだ、お前は?」

 俺は再び尋ねる。

「あたしは、『謎の組織』の構成員」

 ……出たよ、「謎の組織」。ってかマジかよ。

 そんなものに俺は目を付けられたのか?まさか殺される?

「ま、『組織』とは言っても概念だけが一人歩きしている様なもんだけどね。でも」

 可愛い声。まさに天使。

「探偵一人に付き刺客一人、謎の提供者、つまり」

 可愛い声。まるで悪魔。

「謎を与えてあげんのさ」

 謎を?真由美みたいな事を言う。こいつ、謎好きか?

「先月もそうだよ。あたしの謎だよー」

「……」

「殺人に意味等ない。犯罪に意味等ない。あるのは殺人という概念であり、犯罪という概念なのよ。純粋なる犯罪行為の崇拝。何かそんな感じ」

「……なるほど」

 ううむ。まったくもって、よく分からん。これはひょっとして少年漫画みたいな話になってきているのか?バトル展開?まさかな。俺は気難しい顔をしながらも心で首を捻ってばかりだった。

「という訳で今後ともよろしく」

「……」

 まあ、よく分からんが天使の様に可愛い魔魅子似の女の子に付きまとわれるなら俺も本望だ。理解せぬまま、流されるように挨拶を交わす事にした。 

「山之内徹だ。よろしく!」

「小中野彩華だよ!」

 彩華、ね。

「で、どうなったどうなった?あたし殺人以外興味がなくてさ、今回全く見てないのよね」

 おいおい、見てなくていいのかよ。ていうかどういう目的なんだよその「謎の組織」ってのは。

「あのメガネ死んじゃった?それなら見ておけば良かったよおー」

 何でブルマ泥棒の結末で死ななきゃならん。

「決まってんだろう」

 俺は断定する。今回の事件は、

「ハッピーエンドさ」

 そうして俺は少女にいえーいとピースをして、背を向ける。

「ちょっとー、どこへいくのよー」

 駅前のカラオケボックスに向かうのさ。

 クラスメイトが待っているんでね。


  第二話「愛すべきスクールライフ」 完





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