表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
超越探偵 山之内徹  作者: 朱雀新吾
第二話 愛すべきスクールライフ
8/68

愛すべきスクールライフ 出題編②

 

「…………」

 俺は茫然と立ちつくす。範人の額から目が離せない。

「お、おい。どうしたトオル。早く教室に……」

「お前……やっちゃったなあ」

 俺は思わずそんな言葉を口にする。考えて出た言葉ではない。零れ落ちたと言うべきか。そして明らかにぎくりとする範人。この反応は……やはり。

「え?何だ?」

「大丈夫だ。誰にだって出来心というものがあるからな」

 俺は範人の肩を強く叩く。

「今すぐ謝りに行くぞ!ほら、早く脱げ!!」

「え!何を?」

「そのズボンの下に穿いているブルマをだよ!」

 俺は思いっきりぶん殴られた。


 範人が犯人なのが確定したのだが、兎にも角にも教室に入って情報の整理をしなくてはならない。 

 ブルマを盗まれたのは我がクラスの女子、なんと上原明日香さんのブルマだった。

 そして、「犯人」は「範人」である。

 早速誰かが呼んできたのだろう。担任の佐伯先生が教卓から俺達に指示を出す。余所のクラスの人間は外に追い出された。

「自分の机の中や、周りに上原のブルマが紛れ込んでいるかもしれない。ちょっと調べてみてくれ」

 俺は自分の机の中を見てみる。当然、ない。

 しかし、先月の事件で俺が犯人に対して適当に言っていたアキラ君のブルマ泥棒が本当に起こるとはな。事実は小説より奇なり、とはこういう事だな。俺は場違いな感慨にふけってしまった。

 周りの生徒も自分の机の中を改めては、顔を上げていく。

「みんなどうだ?」

 佐伯先生が聞いたのとほぼ同時に、

「あ」と誰かが声を発した。

 皆の視線がその方向へと向く。

 そこで俺は更に信じられないものを見た。

 人の模範となる様に育てられた男。

 悪を許せぬ正義の男。

 谷崎範人。

 そこには自分の机の中から取り出した、ブルマを掴んだ範人がいた。


 上原明日香さんのブルマは範人の机の中から見つかった。ブルマに付いている名札にもちゃんと「上原明日香」と書いてある。

「やだ、谷崎君がそんな事するなんて」

「何言ってんの。範人君がそんな事するわけないじゃん。陰謀よ陰謀」

「でもアイツさっきの選択美術の時間、遅れてやってきたんだぜ」

「選択授業の施錠係も谷崎だったよな。最後まで教室に残っていたし」

「数学の小テストの時、谷崎、上原の机だったよな」

 あっと言う間に範人に不利な情報が教室を飛び交い出す。

  更に範人は額に「犯人」なのだ。もうこれは……限りなくクロに近い。大丈夫か範人。お前はやはり犯人なのか。それとも……?ああ、結末が気になるぜ!!!!!

「ていうかさ。こういうのは探偵がやれよ」

「そうだよ。山之内がいるじゃん」

「え、俺?」

 なんだか指名を受けてしまった。クラス委員か何かが仕切ってくれるぐらいに思っていたが、どうやら違うみたいだ。だが、俺は弁明する。

「いや、でもクラスメイトを相手に探偵なんて出来ないよ。ここは先生に任せようぜ?」

 だが、佐伯先生は苦笑いを浮かべながら首を横に振る。

「先生も山之内が良いと思うな。教師が生徒を疑うのは良くない。勿論生徒が生徒を疑うのも良くないんだが、それでもこの中で一番適任なのはお前だろう。普段から事件を客観的に見て平等に事件を解いている立場なんだから。私は谷崎が犯人だとは思えない。他の生徒にしてもそうだ。現実を見ない、教師失格と言われようが、私には最後まで信じさせてくれないか」

 なんて良い先生なんだ。この人が担任で本当に良かったと俺は心から感じた。

 佐伯先生にそこまで言われたらやらないわけにはいかんな。更に俺の席の隣では真由美がキラキラした目で俺を見ているし。コイツは。まったく。謎を喰って生きる魔人かよ。

  仕方がない。やってやるか。友人のとどめは俺が刺してやらないとな。いっちょ探偵してみますか。

 だが、実は俺の狙いは別にもあった。ここで明日香さんに恩を売っておけば、明日夢さんから、フィギュアを貰いやすくなるのではないか、とそんな打算も働いたのだ。妹の恩人ならシスコンの明日夢さんはフィギュアをくれる!絶対だ!待ってろ魔魅子!!


「では、今からこの事件は超越探偵のこの俺が仕切らせてもらう。まずは、状況の整理からだ」

 推理かハッタリか。例の如く、出たとこ勝負だ。

 まずクラスに誰もいなくなった、二時間目からだ。体育の授業。男子はサッカー、女子はバレー。

「女子は俺達のクラス、つまりこの教室が着替える場所だったが、明日香さん。君は体育が終わった時、どこで着替えたんだい?」

「勿論、自分の机でよ」

 明日香さんは当然まだショックを受けているに違いない。だが、それでも気丈に答えてくれる。

「脱いだ上着とブルマは?」

「体操服袋に入れたよ。間違えたり、落としたりっていうのはないと思う」

 つまりは確実にこの時点、体育の授業が終わった時まではブルマはあったというわけか。

「少し話は変わるけど、明日香さんは何で今の時間に体操服が無いって気付いたんだい?」

 一度脱いでしまった筈の物。それがなくなっている事に、何故さっき気が付いたのか。体操服袋の中を見る事情があったというのか。

「それは、よそのクラスの友達が五時間目に体育あるけど体操服忘れちゃって、貸してほしいって言ってきたんだ。それで、貸そうと思って中を見てみたの。そうしたら……」

「なるほど。ではそういった事情が無ければ家で判明していたのかもしれないって事か……」

 犯人にとってはその方が良かったのかもな。犯行が発覚しない訳だから。ならば今の状況はイレギュラー?まあ、了解。では次だ。


 三時間目は数学の小テスト。担任の佐伯先生だ。

 その際、出席番号順に並び代わりテストを受けた訳だが。

「その時の範人が座った席が」

「アスカさんの席だった」

 範人が正直に答える。まあ、それは怪しいわな。ブルマを盗んでポケットにでも入れていたのかもしれない、って考えも浮かぶ。明日香さんの席は窓際の後ろから二番目だ。教室内でも目立たない場所に位置する。

 おお、そうだ。記者がいたじゃないか。テスト中も後ろからずっと俺達を眺めていたんだ。コイツが何か見ているかもしれん。ひょっとしたらその為に今日この場に居合わせたのか。そういう意味のある、探偵にとって都合のいい存在なのかもしれんこのおっさまは。いやはやラッキーだね。

 俺は早速記者に訊ねる。

「記者さんは小テスト中、何か不審な動き等見ませんでしたか?」

「すまない。ボーっとしていて、何も覚えてないんだ」

 何て役立たずなんだ。何の為に登場したキャラなんだお前は。存在価値はなんだ。君の。俺は深い失望の海に沈んだ。


 気を取り直して次。四時間目の移動教室。

 範人の選択は美術だ。そうだ、移動教室の際には最後に教室に鍵を掛ける事になっている。勿論窓も閉めてからだ。犯行が小テストの時でないとしたら、当然それ以降なのだが、四時間目の授業中に盗まれたという事はないだろう。つまり他のクラスの人間の犯行は無理という事だ。そうだ。それなら四時間目が始まる前、最後に教室を出て、施錠をした人間が怪しいな。その人物ならブルマを盗む事が出来ただろう。きっとそいつが犯人だ。

「えーと、最後に教室を出て、施錠をしたのは?」

「オレだ」

 はい範人でしたー。そういやさっき誰か言ってたねー。そういや範人は良いヤツだからよく施錠係を買って出ていたな。マジかよ、真っ黒だぞコイツ。

 で、問題はまだある。コイツ、施錠係という一番疑われる立場でありながら、更には美術の時間に5分程遅れてきたそうだ。空白の5分間。教室に残ってブルマを盗むには十分な時間。もうそれ滅茶苦茶怪しいよな。

 まあこれは本人に聞いてみるしかないからな。トイレかもしれんし。だが、

「範人。お前、美術の授業、何で遅れたんだ?」

「それは……言えない」

「何でだ?皆お前を怪しく思うぞ」

「それでも……言えん」

 と範人は頑なに理由を答えないのだ。何なんだコイツ。ほぼ犯人じゃねえか。もう犯人でいいんじゃね?

 付け加えるなら美術、音楽ともに、範人以外の男子は遅れていない。更に移動時は全員誰かと連れ立っていて、単独行動しているヤツもいない。俺も真由美とおっさんと一緒だった。

 周りのアリバイばかりが確定されていく。四時間目前に関しては、範人以外に犯行が可能な人間はいないという事だ。

 そして次に犯行可能なのは、四時間目終わりから事件発覚までか。

「鍵はどうしたんだ。お前が開けたのか?」

「ああ、美術の時間が終わったらダッシュで開けに来た。一人で」

 また何でダッシュで一人で開けに来るかね。じゃあその時も範人だけには犯行は可能だったって事じゃねえか。

「その後は?」

「ちょっと……用事があって鍵を開けたら教室に入らずにそのまま別の場所へ向かった」

「それを証明できる人間は?」

「……いない」

 ……やれやれだな。小テスト中。移動教室前。移動教室後。他の人間には不可能で、範人にだけ犯行が可能だったチャンスが三つもある。

「嘘……範人君。信じていたのに」

「谷崎、そんなに上原のブルマを……」

「私のブルマなら言ってくれれば……」

 それだけの好カードが並んだ現状で、クラスの皆も範人が犯人であると確信し始めている。これはもう決まりだな。

「……」

 当の本人の範人も黙っている。

 まったく、不器用なヤツ……。

 クラスの男子の一人が俺に問いかける。

「山之内君、どうなんだ。犯人は誰なんだ?」

 それはクラス委員の津村君だった。俺は軽く津村君に頷いてみせた。すると彼は神妙な顔で黙る。

 俺は教室内を歩くと、一番後ろの範人の席の隣で止まる。

 そして俺は右腕をゆっくりと、天を指さす様に上へと翳す。

「謎は全て解けた」

 そう言って、あげた腕を弧を描く様に、残像が残る様に廻し、ある一点でピタリと止めた。


「犯人は百パーセントの確率でお前だ!!津村君!!」


 俺は範人ではなく、今俺に犯人を聞いてきた生徒。クラス委員の津村君を指差す。

 その額には……「犯人」の文字が書かれていた。


 教室内は奇妙な程に静まり返っている。

 俺から犯人指名された津村君の表情は、変わらない。軽くメガネを上げるだけ、余裕の表情。強敵の予感。一方、犯人と指名されなかった範人の方が俺を驚いた顔で見ている。

「トオル……」

「まあ、俺に任せろ」

 お前はやっていない。俺の能力には穴がある。それは節操がない事だ。額に「犯人」と書かれていても、犯人でない場合がある。いや、「犯人」には絶対変わりない。だが、そもそもお前がブルマ泥棒の犯人なら、自分が不利になった時点で必ず潔く白状している筈だ。いや、盗んだ瞬間に白状しているに違いない。それが俺の知っている小学校からのつきあいの谷崎範人という男。それに、これではあまりに範人が怪し過ぎる。これだけ怪し過ぎると、逆に怪しい。つまり、この事件自体誰かに仕組まれている可能性があるって事だ。その誰かとは勿論、真犯人である。


「ふっふっふっふっふ」

 津村君が笑い出した。

「愉快だ。実に愉快だよ、山之内君」

 本当に愉快そうに笑う。女の子みたいに綺麗な顔立ちをしているので、表情の一つ一つが絵になる。

「この僕が犯人だとはね」

 津村君はクラス委員にして、学年一の成績の持ち主。ていうかマジで彼がブルマ泥棒?それも俄かには信じられないのだが。それじゃあ彼の額の「犯人」は一体何なんだって事になる。

「どう考えたらそんな答えになるのかな。お聞かせ願おうか、名探偵くん?」

「当然、百パーセントな論理的思考から生み出される考察、つまり推理によってだよ」

 当然、俺の中に推理はこれっぽっち一つも浮かんでいない。

 仕方がない。状況は範人の不利な様にしか配置されていない。それでもここはいつものハッタリで攻めるしかない。ファミレスで決まってなくても呼び出しボタンを押す。それから俺はメニューを決めるタイプなんだ。

「そうだな。まずは、僕が何故犯人なのか、ではなく、これだけ怪しい谷崎が何故犯人じゃないのか。それから聞かせてもらおうか。皆もまずそっちに興味があるんじゃないかな?」

 やはりコイツは強敵だ。まず、犯人指名の動揺が一切窺えない。イニシアチブを取られているのも完全に良くない。

「範人は百パーセント犯人じゃない」

 状況は圧倒的不利。だがこれをひっくり返さなくては、範人に明日はない。

「もし範人が犯人なら、明日香さんのブルマを盗まない」

「へ?」

 範人が怪訝な声を出して俺を見る。心配するな。俺は範人の方を見て、片目をつぶってみせる。余裕の芝居なら津村君に負けてないぜ。俺に任せてろ。

 そして俺は教室中に響き渡る程の大声で叫んだ。


「何故なら、範人の好きな子は今日美ちゃんだ!明日香さんのブルマなんぞ盗むわけがあるかああああ!!!!」

「ええええええ!!トオル!何勝手にぶっちゃけてんの!!!??」


 範人が驚愕に歪んだ顔で悲鳴を上げる。俺は範人にグッと親指を立ててみせる。

「待ってろ範人。お前の濡れ衣は俺が拭ってやるからな!」

「超良い笑顔!!」

 範人は何故だか今にも気絶しそうな表情だ。

「いいかい、津村君。いや、これはクラスの皆に聞いて欲しい。頼む。ブルマなら誰のでもいいわけじゃない。俺達中学二年生は、誰でもいいってわけじゃないんだ。いや中学二年生だからこそ、決して譲れない思いがある。俺達は『ブルマ』が欲しいわけじゃないんだ。『ブルマ』に纏わる、太陽が陰る前の、月が煌めく前の、想い出の全て、それを取り巻く聖なる故郷(アナスタシア)を望んでいるんだ!」

 俺は何を言っているのだろうか。まったく結構な感情論である。全然論理的ではない。こんなものが推理と言えるのだろうか。だが、これだけは言える。

 俺が今言っている事は―――決して間違っていない!

「ただ単にブルマが欲しければ今の世の中、通販でもオークションでも何でもある。だが、今日、この教室で行われたこの犯行。愚行とは俺は言わない。この崇高なる犯行は、そんな汚れた感情ではない筈だ。俺はそれを信じている。それは皆が俺と同じ中学二年生だからだ。これが中学一年生だったら子供過ぎて幼稚で突発的な犯行となるかもしれない。中学三年生だったら、大人過ぎて打算の見え隠れする犯行となるに違いない。大人でも子供でもない、現代に生きるピーターパン。それこそが俺達中学二年生なんだ!!!!」

 俺の熱く、誠実な言葉に胸を打った男子が、呟く。

「確かに……山之内の言う通りかもしれんな」

「俺だってもしブルマ泥棒をするなら、加奈子ちゃんのブルマを盗むと思う。いや、それ以外のブルマになんか興味ないね!!それ以外のブルマは全部燃やす!」

「谷崎が今日美ちゃんを好きなのはクラスの誰もが知っている事だしな」

 無茶苦茶を言っているにも関わらず、何故だか情勢は追い風だった。

「範人が犯人でないという証明。それは盗まれたブルマが今日美ちゃんのブルマではないという事。それが何よりも真実を物語っているではないか!!」


 これで、押し切れるか!!!!????しかし、そこでまさかの人物の介入。


「―――待て、それなら逆という事もあるだろう」

 中立を宣言した担任教師、佐伯先生が口を開いたのだ。

「すまない山之内。私は中立を保とうと思ったが、山之内程の名探偵が谷崎をサポートするなら、悪いが私は津村の弁護をさせてもらおう。どうかな?」

「佐伯先生・・・・いや、確かにその通りです。意見仰って下さい」

 この先生は本当に生徒思いだな。津村君、担任に感謝しろよ。

「お前の言っている事はよく分かる。確かに今のお前達の生きている時間にはお前達にしか価値のない、だが掛け替えのない宝物で満ち溢れている。それは本当に素晴らしい事だし、そんなお前達を先生は誇りに思う。これは誰が犯人だろうと、そう思う。だがな、山之内。ならばこういう考え方も出来るんじゃあないか?谷崎が下岡を好きだから、好きで好きで堪らないからこそ―――そんな相手のブルマを盗めないという想いも生まれるのではなかろうか!!!」

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!ぐ、そ、それは……」

 俺はピストルで胸を撃ち抜かれた様なとてつもない衝撃を受ける。

「好きな相手を汚したくない、自らの卑俗な欲望の対象にはしたくないという想いがブルマ泥棒の手を、別の対象へと変換させた。『好きな子のブルマが欲しい。だが好きな子を汚したくない』という矛盾。そこに生じるのは中学二年生故の二律背反、アンチテーゼ。暴走した想いが『誰でもいい。とにかくブルマが欲しい』という悲しい結末を迎えたとしても、先生は全く不思議には思わない」

 道理!!流石だこの人、伊達に20年前男子中学生だった訳じゃあ―――ない!!!

「た、確かに……佐伯先生の言う事も一理あるぜ」

「ああ、俺も加奈子ちゃんの席まで行ってその後、本当にブルマを盗めるかと言われたら、その自信はない。俺自身を、そして何より、加奈子ちゃんを汚してしまいそうで……くそ!俺は一体どうすればいいんだ!!」

「おい、そんなに自分を責めるな!それは俺達皆同じだ」

 周りの男子生徒の風向きがまた変わる。しかし、何だこの鬼の様な説得力は!!

「トオル、どうするんだよ。このままじゃオレ好きな子バラされただけじゃないか」

 範人が困った顔で俺に話しかけてくる。

「まあ待て、まだ手はあるさ」

 そう、俺にはまだ奥の手がある。だがひとまずこの論争に決着をつけよう。

「先生と俺との意見、これはどちらも正しいと思います。どちらも正しく、どちらも間違っていて、美しい。矛盾している様で、その矛盾の中だけで成立する概念、『中二論』とでも言いましょうか。この理論は平行線を辿るでしょう。奇跡の平行線を。どうでしょう、ここは痛み分けという事にしては」

「ああ、確かにそうだな。お前も俺も、等しく正しく、等しく間違っている。何故なら青春とは元来そういうものなのだから……」

 そして俺と先生はお互い歩み寄り、がっちりと握手を交わした。自然と巻き起こる拍手の嵐。気が付けば男子の気持ちは一つになっていた。

 女子の視線は痛くて見返せなかった。

 そして俺は範人の席、先生は教卓へと配置を戻す。

「さて、では別のアプローチで範人が犯人ではないという事を証明してみせましょう」

「聞かせてくれ、山之内」

「盗まれたのがブルマだからですよ」

「何だって?」

 佐伯先生が真剣な顔で俺に聞き返す。

「ブルマなのがあり得ないのです」

「ほう、つまりそれはどういう事だ、山之内」

 これが……俺の切り札だ。


「範人が好きなのはブルマじゃない。スクール水着だあああああああ!!!!!」

「トオルうううう!!!!てめえええええ!!」


 再び範人の悲鳴が教室にこだまする。範人、待ってろよ。もう少しの辛抱だからな。

 俺の台詞を聞いた男子が興奮した面持ちで首を縦に振りじゃくる。

「なるほど!!どっちにしろ谷崎がスクール水着派ならば好きな子だとか汚してしまうとか、『中二論』以前の問題だ。だって、スクール水着を好きな人間が妥協してブルマを盗むわけがないのだから!何故なら盗むというリスクは同じなのだから!だったら―――自分の趣味に走るに決まっている!!!!」

「山之内徹……何て探偵なんだ!超越探偵だ!!流石だ!流石だよ!!!」

「何でだろうな……俺、涙がとまんねえよ……」

 教室の男子のボルテージが一気に上がる。同時に女子のボルテージが一気に下がる。とにかく範人が犯人でないという証明は、何の根拠も論理的な思考もなく、雰囲気だけで果たされた感じになったのであった。

 さあ、ではこれからは俺が攻める番だ。


「津村君。君は四時間目の選択授業、美術だったね。美術室に行く時、誰と一緒だった?」 

「鈴木と中村だ」

「鈴木君、中村君」

 俺は二人を見る、彼らは特に不振な様子もなく普通に首を縦に振る。中村君が説明してくれる。

「ああ、俺達は津村と一緒に美術室に行ったよ。途中離れ離れになる事もなかった。俺達が証明する。それに津村とは帰りも一緒だったんだけど、上原さんが悲鳴を上げた時、俺達はまだ教室についていなかった」

 そうか。まあこれは本当だろうな。中村君は嘘をつく様なヤツじゃない。何故なら親が弁護士だからだ。

 つまり四時間目から今に至るまで津村君に犯行は不可能という事か。だったら残るは、三時間目しかない。

「津村君、ちなみに三時間目の数学の小テストの際、君の席はどこだったかい?」

「聞かれると思ったよ」

 津村君が端正な唇をニッと上げ微笑んだ。範人が「谷崎」で、明日香さんの席。窓際後ろから二番目なんだよな。じゃあ「津村」は……。まさか。

「僕の小テストの時の席は谷崎の後ろ、つまり、上原さんの後ろの席だったんだな」

 ほう……やっと津村君にも怪しい点が生まれてきてくれたか。津村君の後ろの席は普段は使われていない空き机だ。よってそこは窓際の一番後ろの席となる。それなら前の席の横に掛かっている明日香さんの体操服袋に、範人の次に近く、手が届く。

 あ、それに関連して俺は範人を弁明出来る更なる考えが浮かんだ。そうだそうだ。範人に犯行は無理だよ。

「それに数学の小テストに関して言うなら、皆も知っての通り佐伯先生の席移動はランダムだ。法則性はない。範人が今日、明日香さんの席に座る予測等、出来ないんだ!」

 そうだよ、これは良い手じゃないか。俺はへへんと得意げな顔をする。が、津村君の一言ですぐに情勢を引っ繰り返される。

「それはつまり僕の潔白も証明するんじゃないか。山之内君」

 え?おお…………そう言われてみれば、そうだ。

「先生の席の並び替えがランダムなら僕が谷崎の後ろ、つまり上原さんの席の後ろになる事等予測出来ないわけだ。つまり、これで谷崎の無実を証明してしまえば、同時に僕の無実も証明出来る事になるね」

「ううむ……」

 うわあ、これは墓穴を掘った。範人を庇うつもりが津村君の犯行の可能性まで無効にしてししまった。折角見つけた突破口を自ら塞ぐとは。違う、津村君が鋭すぎるんだ。

「そもそも、テスト中に僕が上原さんの体操服袋の中をごそごそ物色していたら、音や様子で谷崎が気付くんじゃないのかい」

 それも津村君の言う通りだった。席が近いからといっても、実際人が座っている机からブルマを盗むわけだからな。あまりにもリスクが高すぎる。

 選択授業の四時間目界隈でもない。三時間目の小テストもダメ。そうなるとなあ。うう…………………むむむんん。俺は涼しい顔をしながらも内心、必死に頭を悩ませる。考えろ。考えろ。

 そんな時、廊下側の前の席にいる真由美が携帯をいじりだした。おいおい、人が一生懸命事件に向かってるってのによ、何してんのさ、真由美ちゃん。

 すると次の瞬間、ぶーぶーと俺の携帯が鳴り出した。

「ちょっと失礼」俺は携帯を取り出し、メールをチェックする。真由美からだった。


――佐伯先生の席順、法則性あるよ~―


 俺はすぐさまメールを返す。

――マジで?――

 すぐに真由美からの返信。

――計算式送るねー。皆に説明してあげて。ふぁいとーおにいちゃん❤――

 俺は真由美から送られてきたその計算式をざっと眺める。

………………………………………………。


 メールを読んで俺は心底感心してしまった。まさかあの席順にこんな法則性があったとはなあ、佐伯先生の気まぐれとばかり思っていたぜ。ていうか何で真由美はこんな事を……まあいいか。では、早速使わせて頂くとしますか。

「ふっふっふ。たった今神の啓示的に気が付いたのだが、数学の小テストの席順に関してだが、実はあれには法則性があったのだ!!!」

 俺は笑いながら携帯を片手に宣言する。

「佐伯先生の席順には基本6パターンある」

 これは誰もが知っている。皆もうんうんと頷く。ちなみに俺達のクラスは男子18人女子17人の35人。フォークダンスの時、一人の男子は担任と踊る事になる。だが、机と椅子は一組余分に、全部で36組。6席×6列というわけだ。

「①普通に廊下側からスタートして男子出席番号順、女子出席番号順で座る『スタンダードポジション』」

 これは基本だな。一学期、クラス替えをしてすぐの時はどこの学校も大体これで並ぶと思う。

「②今度は逆に、窓側からスタートして男子出席番号順、女子出席番号順で座る『逆スタンダード』」

 まあ想像つくよな。基本形を逆から始めるって事だ。ちなみに今日の並びはこれだ。

「③今度は廊下側から女子出席番号順にスタートして、女子が終わったら男子出席番号順となる、『レディファースト』」

 これを初めて見た時は、なんと画期的な並びなんだと感銘を受けたものだ。文明開化の音がしたね。マジで。

「④窓側から女子出席番号順にスタートする『逆レディファースト』」

「逆スタンダード」の女子優先版である。

「⑤教室の真ん中からスタートし、男子は廊下側へ、女子は窓側へと出席番号順に進んでいく、『モーセの十戒』」

 この並びを告げられた時は本当に衝撃的だった。最早芸術の域に達している並び方である。あとこの並びは結構レアなのだ。理由は勿論ある。

「⑥教室の真ん中からスタートし、男子は窓側へ、女子は廊下側へと出席番号順に進んでいく、『モーセBパターン』」

 まあ、男女が入れ替わっただけだね。これもレア。

 ざっと並べてこの6パターンが、佐伯先生の小テスト時に於ける席の並び順である。

――山之内君。あのパターンにそんな名前付けて呼んでいたんだ……。「レディファースト」「モーセの十戒」だって。何か恥ずかしいね。

――ちょっと、笑ったら可哀想よ。何にでも技名とか付けたがる、そういう年頃なのよ……。

 そう言って女子にクスクス笑われる。

…………え、皆そういう風に呼んでなかったの?俺だけ?……超恥ずかしいんですけど。俺は顔が物凄く熱くなるのを感じた。だが、それでも今は説明を続けなくてはならない。

「で、ここからが本題。それのパターン化なのだが、四つの要素によって構成されている」

 真由美はよくこんなのに気が付いたな。なるほど、朝の行動はこういう事だったのか。


「それは『日付』『数学が何時間目なのか』『Wテレビの天気予報』『Tテレビの円相場』だ」


 俺がそう言い放った瞬間、教室は静けさに包まれた。ポカン、という顔がズラッと並ぶ。まあ、呆然となる気持ちは分かる。だが、これはマジなのだ。

「まあ、案ずるより産むが易し。まずはとにかく今言った感じの数字を適当に並べてみよう。例えば12月7日の、数学は5時間目、Wテレビの天気予報、我が町の降水確率は80パーセント、Tテレビの円相場、一ドル79円とする」

 クラスメイトはまだきょとん顔である。

「そして、その数字を羅列してみよう。120758079となるな」

 当然、よく分からない数字の集団になる。それを俺は前に出て黒板に書く。

「後は簡単。これらの数字を全て足すだけだ」

 俺は一つ一つ丁寧に、くれぐれも間違えないように計算していく。

 1+2+7+5+8+7+9=39

「答えは39となるってわけだ」

 そして俺は自信満々の表情で最後の締めを堂々と言い放つ。


「よって、この日の席順は『逆レディファースト』となる訳だ!!分かったか!!」


「分かるか!!」

「何言ってんだ!!」

「もっと分かり易く説明しやがれこのクサレ探偵!」

「山之内徹死ね!」

 次々に暴言が飛んできた。ひゃあ、怖い。

「ちょ、ちょっと待てよトオル。何でそうなるんだ?途中までの計算は分かったから最後の説明をしてくれ。どういう事なんだ」

 容疑者でありながらも全体の調整者も兼ねてくれている器用貧乏の範人が周りを宥める目的も踏まえて俺に詳細を聞いてくる。

「つまりだな。席順のパターンはこの計算によって導き出された2ケタの数字の十の位と一の位で決まるって事なんだ」

「どういう事だ?」

「こういう事だ」

 俺は手に持ったままのチョークを掲げると、再び板書していく。

「足した数字の、

 十の位が偶数、一の位が奇数だったら『スタンダードポジション』。

 十の位が奇数、一の位が偶数だったら『逆スタンダード』。

 十の位が偶数、一の位も偶数だったら『レディファースト』。

 十の位が奇数、一の位も奇数だったら『逆レディファースト』。

 十の位と一の位が同じ数字、つまりゾロ目でその数字が偶数だったら『モーセの十戒』。

 十の位と一の位がゾロ目でその数字が奇数だったら『モーセBパターン』。 

 数学の席順は、全てその法則で成り立っている、って事だよ」

 そう言って、俺はチョークを置いた。さあ、これで完璧に理解したろう。だが、範人は、いや、クラス中はまだポカンとした表情のまま。先程の理解不能のそれではなく、今度は俄かに信じられない、という意味合いがこもっている。

「いや、そんなまさか……」

「だったら、今日の席順、計算してみろよ。そうすりゃ嫌でも信じるさ」

 そして俺は今の例題を消す。

「今日は9月6日、数学は3時間目、Wテレビの天気予報我が町の降水確率は10パーセント。Tテレビの円相場は一ドル76円、と……」

 黒板に「9631076」という数字を書く。

「足してみ」

 顎で範人を促す。

「ええと…………32」

「十の位が奇数で一の位が偶数なのは?」

「『逆スタンダード』…………」

「ほら、今日の並びだな」

 茫然とした範人の表情。ちゃんと理解出来てるか?

「だから『モーセシリーズ』は確率が他よりも低いんだ」

 ゾロ目は他より出にくいからね。

 俺は全てを説明し終えると、携帯をパチンと閉じた。

「ですよね?佐伯先生?」

「…………」

 話を振られた佐伯先生は一瞬困った顔をしてみせ、その後、観念したように笑った。

「やれやれ。もう次からは使えないな、このパターンは」

 次の瞬間である。教室中が一気にざわめいた。

「すげえええええええええええええ!!!」

「マジかよ!!!!あの席順にそんな訳のわからん法則があったなんて!!」

「びっくりしたぜ!!!」

「まさに超越探偵!!!!!!」

「これが俺の探偵能力が一つ、『数学脳』だ!」

 ああ、これでまた俺の能力が増えてしまった……。


「さあ、成績学年トップの津村君。君、ひょっとしてこの法則性を解いていたんじゃないのかい?」

 ニコニコ笑いながら津村君に詰め寄る俺。さあ、どうする津村君。

「ふっふっふっふ」

 それでも津村君は笑っている。そしてメガネを片手であげる所作は、やはり決まっている。

「驚いたよ、山之内君。僕なら確かにその法則性に気付く事が出来、今日の席順を前もって知る事が出来たかもしれないな。学年トップの僕ならね」

 嫌味ったらしい台詞だけど女の子みたいに可愛い津村君の顔でそれを言っても全然嫌味成分がない。まったく美形は得だな。

「そして更におまけだ。谷崎の席、つまりは上原さんの机の横に下がっている体操服袋から僕は自然にブルマを取り出す事が出来たと、棚上げしてあげよう」

「え、それはとてもありがたい」

 あまりにも大盤振る舞いに俺は素で反応してしまう。だが、津村君のこの余裕には、やはり意味があるのだ。

「だが問題だ。だったら、僕はどうやって三時間目に手に入れたブルマを事件が発覚するまでの間に谷崎の机に入れたんだ」

「……え?」

 ……どういう事だ?それはテスト終わりから選択授業が始めるまでに隙を見て。ん?

「範人。お前三時間目のテストが終わってからどうしたんだ?」

「オレはテストが終わったらすぐに席に戻った。それから最後に教室を出た」

 範人が正直に答える。嘘をついている様子は当然ない。

「鍵を閉めるまで席は?」

「立たなかった……」

「……なるほど」

 つまりそれは、三時間目のテストが終わり、四時間目の移動教室の際に範人が鍵を閉めるまで、範人の席に細工は出来なかったという事だ。更に移動教室が終わり、教室を開けたのは範人。津村君は明日香さんが悲鳴を上げるまで教室には入ってこなかったと、クラスメイトが証言している。つまりこういう事である。

 三時間目のテスト中に津村君が上手くブルマを盗めても、四時間目に津村君がブルマを範人の机に入れる事は不可能なのだ。


 また一瞬で詰まった。何だこの鉄壁のガードは。ええ?どう攻めればいいんだ?

 っていうか…………津村君凄いな!!これって、ブルマ泥棒だよな!!??殺人事件かと思うくらい張り巡らされてるんじゃないか?現在確認されているトリック(?)はさっきの真由美が教えてくれた数学の席順の法則ぐらいだが、これもつまり津村君自力で解いたんだよね。明日香さんのブルマを盗む為に、血の滲む様な努力だったろうに。更には時間割りの前にそびえ立つ完璧なアリバイ。俺はまだ一切自力で津村君の構築した謎に立ち向かえてない。根拠は津村君の額の「犯人」のみである。糸口も掴めないようでは、トラップの仕掛け様もない。


 やれやれ、まいったぜ。こいつは…………好感が持てる。馬鹿な事に青春の全てを懸ける大馬鹿野郎が俺は大好きなんだ!!!!

 はっはっはっは。燃えてきたぜ。待ってろ津村君。俺がお前の謎を解いてやるからな。


 よし、じゃあ一旦トリックの事は置いておいて、津村君の事を考えてみよう。同じ中学二年生なんだ。心理を読まなければ糸口等掴めない。ええと、俺さっき津村君の事何て思ったっけ?

「明日香さんのブルマを盗む為に」この計画を練るとは凄いと思ったんだよな。だが現実はちょっと違う。これが引っ掛かる点なのだ。だって、ブルマは範人の机の中。これじゃあ意味がない。これではただの範人への嫌がらせだ。それは俺の中の天晴な津村君像とは違うな。いやまあブルマ盗むのも違うんだけどさ根本的には。でも、なんか、もっと爽快というか、何というか。

 それに「範人を犯人に仕立てあげたい」んだったら、範人の行動を全てコントロールしなきゃダメなのだ。今回のようにアリバイが一切ない様に操るなんて、人間業ではない。良いヤツの範人が鍵閉め係りになる事は確かに多いが、他の人間がやる時だって普通にある。そもそも範人がテスト終わって鍵を閉めるまで自分の机にいたのは、それこそ偶然だろう?数学の席順の様に津村君はこれに関しても何らかの法則性を見出したっていうのか?いやいや無理だ。そんな事不可能に決まっている。

 範人を美術の時間遅れて来させるぐらいは、なんとか出来そうだが、手紙とか使って。ん?手紙?あれ?手紙なら今日もあったな。靴箱で……。


 おお、もしや、それで範人は呼び出された?津村君から?


 だが、それなら何で範人はその事に関してだけこうも口を紡ぐのか。呼び出された場所に一体何があったんだ。

 ううん……、分かんなくなってきたぜ。煮詰まってきた。こういう時は、直接範人に聞いてみるか。

「なあ範人。お前、今日誰かに呼び出されたか?」

「……!!いや、そんな事はない」

 今確実に動揺したな。でもこうなったらこいつは絶対に言わないだろうし。

 別の角度から攻めてみる。

「ちなみに範人。お前が鍵係りになったのは誰かに頼まれたからか?」

「いいや。誓ってそんな事はない。俺の意志だ。気分と言っても構わない」

 これもこいつは誰かに頼まれていたとしてもこう言うだろうな。他人を売ったり出来ないヤツだから。まあでも、この言葉を信じるなら鍵係りは偶然。更にはテストが終わって自分の席に戻り、それから皆がいなくなるまで席を立たなかったのも、偶然って事だ。

 トイレに行きたくなったらトイレに行っただろうし、その時はひょっとしたら誰か別の人間が鍵係りになる可能性だって……あったのか?

 いや、待てよ。範人が怪しくなったのには、アリバイがなくなったのにはもう一つ要因があるな。それは発覚時間だ。

――友達が体操服を忘れたので貸そうとして。

 明日香さんの証言。という事は、明日香さんの友達が今日体操服を忘れて、明日香さんに四時間目終わりに借りに来る。範人の行動と、明日香さんの友達の行動。その二つを津村君がコントロールした、という事か。

……ははは。無理だ。百パーセント不可能。


 うん、逆にすっきりした。それを考えたら……。諦めたら……。何か浮かびそうだな。

 うん。考えろ。難しくなくていい。普通に考えろ。手紙と……範人と……涙と……ビンタ? 


 その時、俺の頭で何かが閃いた。


 あれ、ひょっとして範人が犯人候補になったのは……副産物?ちょっと怪しいぐらいで良かったとしたら?おお、それなら軽く辻褄が合うぞ。

 で、手紙。範人の美術の時間の遅刻。高城さんの涙。範人の「犯人」。

 うんうん。これじゃないかい?

 頭の中で繋がるピースに、確信を感じだす。

 助手にでも相談するか。俺は携帯を取り出すとおもむろにメールを打ち始めた。

 俺は作成したメールをチェックする。

――「靴箱」+「ビンタ」+「犯人」=「青春」?

 うむ、これでよし。では送信と。10秒程で直ぐに返信が来た。

――おにいちゃんの鈍感。正解。

 正解ですか。なるほどね。まあ真由美さんはとっくに気が付いてらっしゃったんでしょうね、事件の全てを。

 よし、これで範人の件にある程度の決着がついた事になる。範人の額の「犯人」の謎と、範人にアリバイが無くなった理由。範人にアリバイが無くなり、更に極上に怪しくなったのは、津村君の策略じゃなかった。それは別。範人の事情だったんだ。

 まあかといって範人の机にブルマを入れたのは実際津村君だろうから罪はなくならないんだが。結局は「範人を犯人に」というよりかは、「軽い嫌がらせ」が正解だな。

 数学のテストの席順に関しては、トリックの都合と津村君の事情だ。津村君が明日香さんの机の後ろ、空き机に座れるのは「逆スタンダード」の時だけだし。法則に気が付いた時は震えただろうな。

 ひょっとしたらその席の配列から、範人に罪を被せる考えを思いついたのかもしれないな。そしてその背中を押したのは……嫉妬心って所か。範人と明日香さん、傍で見てても仲良しでお似合いだからな。

 クラスメイトだから、悪いヤツだとは思いたくない。出来心もあっただろう。

 この時点で俺は今回の事件の全体像を、ようやく掴む事が出来たのである。


 よし、後は津村君の犯行計画だけだ。どうやってブルマを盗み、範人の机に入れたか。それも津村君の気持ちになって、順を追って考えていけば、きっとたどり着ける。

「範人。お前がブルマを発見した時の状態を教えてくれ」

 それにはこの情報が欲しい。

「範人。どうだった?ブルマは机のすぐ手前に入っていたか?」

 その質問に首を横に振る範人。

「いいや、結構奥に入っていたと思うぞ」

「教科書よりも?」

「ああ」

「ちなみにお前、置き勉は?」

「してない」

「今日朝来てすぐに机に入れたんだな、教科書は」

「ああ」

 その奥にあったブルマ。

 これは……。

 なるほど、これでトリックの糸口が見つかったかもしれん。よし!!!

 後はアプローチの問題にもなってくる。上手く津村君の仮面を剥ぎ取らなくてはな。

 ここで津村君に使えるトラップはある。ハッタリとは違う。

 確信であり、

 揺さぶりだ。

 さあ、揺さぶりの時間だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ