超越探偵 山之内徹誕生⑦
「そんじゃあまずは『犯人指名』から行きますか」
徹さんはそう言うと黒縁メガネをくいと上げる。
「いや、散漫探偵のあんたが犯人なのはもう知ってんだけどよ。チビのおかげでさ。まあ、一応な。答え合わせも兼ねてだな」
徹さんがメガネの縁に触れると、シュッと蔓の部分が伸びて、ヘッドセットの様になった。先端のマイクに向かって、喋りかける。
「おい、彩華。準備は良いだろうな」
――当たり前でしょう、徹。あたしを誰だと思ってんの?
凛とした少女の声がメガネに付属されているスピーカーから響く。
「圭吾さん。そちらの準備は?」
――ああ、山之内君。こちらも大丈夫だよ。船内のほぼ全ての情報は処理したから、いつでもシステムに反映出来るよ。
「ありがとうございます。もう、圭吾さん。徹と呼んで下さいっていつも言っているじゃないですか」
――ははは、そうだったね。
――おい徹。まだなの?こっちはいつでもオッケイなんだけど?
「うるせえよ彩華!!お前は俺の事お兄ちゃんって呼べっつってんだろうがこの野郎ボケが!ていうかお前最近ぐんぐん成長してっけどな調子こいて!背も!胸も!これ以上どっちもでっかくなったら絶対に許さないからな!お前はもう一生牛乳禁止な!!!」
――うるさい馬鹿徹!死ね!エロ親父!
「へいへーい。あ、ザイツ監督は?どうですか現況は?」
少女の罵詈雑言を涼しい顔で受け流し、徹さんはまた別の人物に話しかける。
――ああ、『魔魅子2』の第8話の絵コンテは上がったから、後は仕上げ作業だけだ。平行して劇場版の構成にも取り掛かっている。今夜は徹夜だな。
「その意気で頼みます!」
――高校生になってもアニメばっか観てんなよ徹!
「うるせえよ彩華!お前こそまだアニメ観てないといけねえんだよ。何をサイエンスチャンネルだとディスカバリーだとか、格好良いもん観てんだよ!プリキュア観ろ!一日中プリキュア観てプリキュアのなんたるかを学べ!」
――うるさいボケ徹!ザケンナー!!ウザイナー!!てめえドツクゾーン!!!
「観てんじゃねえかよ!」
彩華という少女には悪態をつく徹さんだが、大屋とザイツという人物に対しては礼儀正
しい。
「さて、まあ戯れはさておき。そんじゃあ、やりますか」
そう言うと余裕の表情で、口を開く。
「超越探偵システム、作動」
――超越探偵システム、作動。
少女が復唱する。すると、徹さんの黒縁メガネが少し明るく点灯した。
「さて。ふむふむ、散漫探偵が『犯人』なのは当然だが。これは初期状態だね。ええと、彩華。取り敢えずフィールドの全ての『犯人』を全員表示。ひとまずの『犯人』だから、簡易でいいぜ」
――了解。「犯人」全表示
すると徹さんのメガネが一度、赤く点滅する。
「オーケイ。えーと、今現在ここにいる『犯人』は散漫探偵、クレーマー婦人、メガネの老紳士、ツリ目タレ目カップル、副船長。は!んだよ、全員『犯人』じゃねえかよ。馬鹿馬鹿しい!」
そう言って顔をしかめる徹さん。だが、ある人物を見て、ふと表情を変える。
「ああ……だけど、メガネの老紳士のあんたは『犯人』だけど、違うな。俺とは無関係だ。というか無害?『謎の組織』の息がかかっていないわ。どうでもいいけど、あんた早く自首しろよ。『正当防衛』って書いてあるし、情状酌量あるよ、それなら」
「……はい」
メガネの老紳士は、その言葉に一瞬驚き、次には観念した様に、笑みを浮かべた。
そんな、彼が犯人?僕は全く気が付かなかった。いや、全員犯人?そんな馬鹿な。
額には「犯人」の文字はなかったし、今だって書いていないのに。
「ええと、じゃあ全部で5人だな。俺達にとって有害な『犯人』は」
「どういう事ですか?全員犯人?」
「これがお前が失格で、殺された理由だぜ。一人に捉われたら、ダメってこった。真由美様も厳しいですなー」
つまり、敵は散漫探偵だけではなかったという事か。
「犯人はまだまだいたって事ですか?」
「ああ、別件でな。しかもまだ発覚していない事件だ。そりゃあお前の瞳に『犯人』の文字は映らないわな。だから落ち込まなくていいぜ」
僕は驚きを隠せない。発覚していない?
「発覚していない事件が分かる?あ、あと、有害とか無害とかも分かるんですか?」
「ああ、もうごちゃごちゃとうるせえな。一遍に答えられっかよ」
メガネをとんとんと叩いて、言う。
「つまり『フォルダ分け』だよ」
見てな、と言って徹さんは再び彩華さんに指示を出す。
「彩華。1H5Wモード」
――了解。1H5Wモード、始動。
次は赤じゃない。青、黄色、緑、ピンク、黒、紫と、次々にメガネが点滅を繰り返す。そして、現場全体をゆっくり見渡すと徹さんは、よし、と声を出した。
「犯人はクレーマー婦人『永田翔子』。アンタが殺したのが『飯塚太郎』。凶器はその手の『指輪』。いっぱいあるけど、薬指のヤツね。ふうん、毒が入ってんだ。つまりは『毒殺』と。場所は『406号室』時間は『午後2時15分』。動機は『怨恨』ね」
見ると、徹さんの黒縁メガネに収まりきれない程の、沢山の文字が映っているのが確認出来た。凄まじい情報量が、あのメガネに詰まっているのだろう。いや、送られてきているのか。
「お次はツリ目の彼女。あんたの名前が『太宰香苗』で『芥川弘江殺人事件』の『犯人』だな。凶器はその首から下げた『ペンダント』で、首を絞めた、『絞殺』か。場所は『408号室』時間は『午後3時15分』動機は『不倫』。へえ」
「タレ目彼氏は、名前が『芥川健二』で『太宰進殺人事件』の『犯人』。凶器は同じく首から下げた『ペンダント』で、首を絞めた、『絞殺』。場所は『409号室』時間は『午後3時15分』動機は『不倫』。んだよ、あんたらW不倫で、お互いのパートナーをお互いで殺してたのか。それで記念日、速攻で結婚しようとしてたの?はあ、凄いね!節操ないね!天晴!」
「で、副船長は、あんた船長殺したの?はあ、大変だ。何やってんの?動機は……ははあ『野心』ですか?」
「更に散漫探偵は、んだよ動機『金』かよ。依頼殺人か。ホント、面白いヤツが、しょうもない事すんなよなクソが」
次々に的中していく徹さんの推理、いや、もはやこれは推理ではない。指摘に、犯人達はそれぞれ驚愕の表情を浮かべる。そして、事件を知った僕の目に、ようやく額の『犯人』の文字が次々と浮かび上がる。
これはまさに、真由美の、ボスの様だ。僕が思っているのだ。同僚(面識はなかったけど)の如月も同じ様に感じているだろう。
「おのれ、お前、どういう事だ」
如月が声を荒げる。
「組織に仇なす存在、超越探偵山之内徹。ボスが再起不能にしたと聞いていたが、復活していたという噂は本当だったんだな」
「あら、あんた。それ知っているって事は組織の結構上のメンバーなんだ?末端でなく。珍しいね。そんなヤツが直接事件に関わるなんて。まあ、チビの実験台だったわけだからね。なかなか良いキャラしてたぜあんた」
「うるさい。質問に答えろ『犯罪者たらし』山之内徹。『超越探偵』は、事件が発覚しないと分からないんじゃないのか」
「そんなてめえのクソみたいな都合なんざ俺は知らねえよ。人はな、成長すんだよ。俺はもう『超越探偵』じゃねえし」
「なんだと?」
徹さんは、やれやれと笑って、説明を始める。
「だからチビには通用してたんだろうがよ、あんたの手口も。つまりあんた以外の他のヤツらは『謎の組織』の構成員じゃあないって事だろう?構成員だとしても末端も末端だ。自分でも自分の組織が何なのか分からないような、な。それぞれ別で用意した犯人だ。でないと、あんたの事件でもあんたに協力したって事で、チビにも共犯者の『犯人』が見えるもんな。老紳士はただの偶然。だがまあ、それはてめえも言ってる通り、超越探偵の分野。俺は違うもん。そんな中二まっしぐらな名前は卒業したんだよ。さっきの言ったろ?今の俺は『一人じゃ何も出来ない、ただの高校生、山之内徹』なんだからよ」
超越探偵山之内徹は、やはりいないのか。
「その事に気が付いた俺は、凄いよな。真由美はそれが気に喰わなかったみたいだけどよ」
そう言って徹さんは寂しそうに笑った。
「あ、ちなみに発覚していない事件が分かるのはね、『事件予報』ってシステムがあるんだよ」
――クライムヒストリカ!!
「全てのデータをうちのメインコンピューター「ハラペーニョ」が管理してんの。システムはよく分かんないけど。天気予報みたいなもんだよ」
――全然違う!このシステムは大屋の情報と私の技術の集合体「コズミックラブ」を通したフィルター「カオスマグマ」を「デンシレンジ」でチンして超合理的に事件を予測する、最高傑作なの!!
「ああ、もううるせえな!てめえは小学生の癖に中二になるのが早いんだよ!!背と胸と中二はまだ早いの!!」
――うるさいこの万年中二野郎が!
「俺のどこが中二なんだよ!俺は高二だぞ!!コラ!!」
喋る度に喧嘩を繰り返す二人。
これはもう僕が太刀打ち出来るレベルじゃない。山之内徹、とは、ここまでのものなのか。
「面白いね、オリジナル徹君」
ふと見ると、徹さんの前に真由美が立ち塞がっていた。
「お、ちびっこ真由美じゃねえか」
「やっぱり、だから変な匂いがしたんだね。ねえ、真由美と遊ぼうよ」
先程徹さんに絡んでいたのは、真由美の野生の勘だったのだ。
その牙が、容赦なく襲い掛かる。そんな事している場合ではないのに。
「やだよ。土田さん、宜しく」
そう軽く言い切ると、徹さんの影から、プシュッと霧が真由美に吹きかけられる。
すると真由美はこてんと倒れこんでしまった。
「真由美!」
僕は慌てて真由美に近づく。
「なんだ。こんなもんか。大丈夫。寝てるだけだよ。木部さんの発明でな。象でも眠る催眠スプレーさ」
象が眠るなら全然大丈夫ではないが、木部さんの発明なら、大丈夫だろう。僕も命を救われているのだから。僕は会った事もない木部さんに、最大の信頼を感じていた。
「しっかり守ってやんな。チビナイト。そいつは直ぐにどっか行っちまうからな。俺みたいになんなよ。てか?かかか」
徹さんは自嘲気味に笑った。
「何だ貴様。事件が、犯人が分かった所で、さっきのガキと一緒じゃないか」
如月が銃を構えてこちらを威嚇する。
「こっちには銃があるんだぞ」
見ると副船長、クレーマー婦人、不倫カップルも銃を渡され、その銃口は皆僕達に向けられている。
如月はその己の優勢さに、ブレイクダンスを踊り出している。
それでも当然、徹さんは余裕の表情を崩さない。
「ていうかあいつもう散漫探偵じゃなくない?あれだけ踊りの特化したらもう、舞踏探偵だよな。ゴロでいったらサンバに特化してサンバ探偵がいいのかね?」
「はあ」
「まあ、面白いよな。さあ、どうしようかね」
「あ、『10秒ルール』があるんですよね」
僕は土田さんから貰ったハイテク腕時計を徹さんに見せる。
「ああ、でもそれは一回使ったらおしまいでね」
「ええ!じゃあどうすれば?」
「ちなみに俺に実力はないよ。さっきコテンパンにされるの見てただろう?あれ結構マジでしたから」
「そんなあ」
それでは、如月の言う通りだ。「犯人」が分かった所で、絶対絶命のピンチではないか。
その時、上空から何やらバリバリという轟音が聞こえてきた。
そこには一台のヘリが飛んでいる。
それを見上げた徹さんが、呟く。
「おせえんだよ、まったく。主人公かっての……」
まだ空を飛んでいるヘリの降り口が開き、何者かのシルエットが姿を現す。そして次の瞬間にはその身体はヘリから離れていた。
「……さて、ハッタリの時間もリアルの時間も終わった後は――」
どがああああああん!!!とプールを突き破る轟音。水柱が上がる。
そして、どういうわけか次の瞬間にはプールサイドに一人の人物が濡れもせずに立っていた。
徹さんが、口を開く。
「――さあ、正義の時間だ」




