超越探偵 山之内徹誕生⑤
「犯人は、百パーセントの確率で貴方です、探偵さん」
そう再び宣言しておきながらも、僕はすぐに小声で犯人に話しかける。
「犯人さん。こんな事聞くのも少し変ですけど、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……」
「……心中お察しします」
犯人は、真由美に噛みつかれた動揺は確実に残っていたが、今では軽く2ステップを踏む程の余裕は生まれていた。
というかさっきから随分散漫がダンスに偏っていると思うのだが。これじゃあ舞踏探偵なんじゃないかと思ったが、僕も犯人もそんな雑談をする余裕は一切なかった。
化物の相手をするぐらいなら目の前の相手の方が百倍マシだ。その一心のみで、僕と犯人は一致団結していた。
この場を魑魅魍魎の跋扈する場所にしてはならない。二人で立派な推理劇を築かなくてはならないのだ。
僕は組織の作り出した真由美の恐ろしさを心底実感していた。
確かにこれなら抑止力にもなれば、世界を牛耳る力にもなる。
「謎の組織」が世界を平和にする為にも、このような強大な力は必要なのかもしれない。
「犯人さんは次々に証拠を消していきました。監視カメラの映像、髪の毛、付け爪、滑車。素晴らしい手際です。ですが、本当に全ての証拠が消せる筈がありません。つまり犯人さんの余裕は、全ての証拠は既にない、と僕達に思わせるための演技なのです。調べても無駄だと、思わせたいのです」
「それは……証拠が実際にないんだから、それ故の余裕なんだよ。他意はないよ」
犯人の反論に、僕は適当に頷いてみせる。
「はい、そうですか。まあ、実際に証拠があるとしたら、既に手の届かない場所。例えば、海の底ですよね」
「手の届かない場所」という言葉に、犯人が反応した気がした。そしてその後の「海の底」という言葉で安心した表情を浮かべた、気がした。うん、僕の読みは多分、外れていない。
「ですが、消すことの出来ない、どうしても捨てられない証拠なんていうのもあると思うんです」
「捨てられない証拠、と言うと?」
副船長が興味深そうに聞いてくる。僕は彼を軽く一瞥して、直ぐにまた犯人を見る。
「はい。犯人さん。貴方自信に、証拠が残っているとしたら、どうですか?自分自身を消せますか?」
びちゃびちゃの服を脱がない。だけどびちゃびちゃになる必要はあった。この人もなかなかの綱渡りをしているんだな。僕は犯人は犯人で大変なのだな、と妙な共感を覚えた。
「例えばですね、被害者に怪我をさせられた。引っ掛かれたり――とか」
――うんうん。だなだな。
もう一人の僕のもっともらしい相槌が左耳に響く。
そう、柄の悪い金髪高校生が犯人の胸倉を掴んだ時がヒントだった。一瞬、苦痛で顔を歪めるあの表情。犯人には、胸に傷がある。だから、服を脱がずに濡れたままで捜査していたのだ。
「…………なるほど」
そこで犯人の表情が、変わった。
――おい小僧、お前……突いたみたいだぞ。
分かっている。この隙を更に突いて、たたみ込まなくては。
「犯人さん。胸の傷、見せてもらえますか?勿論、拒否しても構いませんが、隠すと怪しさは増すだけですよ」
「……良いだろう」
僕の言葉が少しは効いたのだろうか。探偵として、少しは認めてくれたのだろうか。犯人は2ステップを踏みながら、ゆっくりと胸のボタンを外す。
そこには、胸に一筋、赤い線が入っていた。爪で引っかかれた跡の様な、傷。
――あった!ようし、だったら、被害者の爪の間にヤツの皮膚の一部が付着しているに違いない。あ、でも爪は捨てられているのか。付け爪は……。
「うん、だけど傷はある」
――だけどどうしようもないぜ。付け爪は捨てられているんだ。さあ、どうするよ?俺。
もう一人の僕は、僕を試す様に聞いてくる。そして僕がどうするかは、決まっている。
「犯人さん、その傷。一体、どこで怪我されたんですか?」
――そうだ。そうだよ俺!その質問だ。ナイス!
「それは……だな……」
悩む犯人。それはそうだ。本当の事は言えないだろう。
そこで僕は視線を、違和感のない様に外のフェンスへと持っていく。
その僕の目線誘導に、犯人が引っ掛かった。
「……そうだ、あそこだ。あの破れたフェンスで引っかけたんだ」
――かかった!
「あのフェンスの破れですね」
「ああ」
――かかったぞ!!
「間違いないですか?」
「ああ」
――かかった!!!おい俺!かかったぞ!!
「で、怪我をしたのはいつですか?」
「決まっているだろう。あのフェンスに登って、髪の毛を捨てた時だよ。まさかあそこが破れているなんて気が付かなくてね」
――かかった!!かかりまくったぞ!!嘘ついたぞコイツ!よし、やってやれ!!
もううるさいよ!分かったから。会話に集中出来ないじゃないか!
僕は心の中で悪態をつく。
「……あれ、おかしいですね、犯人さん。あれは僕が先程壊したんですけど?」
――良し!良し!
「……なに?」
犯人が聞き返す。あからさまにしまったという表情である。
僕は更にそこから追求を開始する。
「犯人さん。貴方今、おかしな事を言いましたね。あのフェンスで怪我をした。先程髪の毛を放り投げた時、ですか?でも、その時はまだあのフェンスは、壊れていませんでしたよ。確実に」
「……」
――ようしようし!その調子だぜ。
「犯人さん。貴方は一体どこで、怪我をされたんですか。それは嘘をついてまで隠すような事なんですか?」
「……貴様」
既に探偵は散漫な態度を取っていなかった。僕は、ちゃんと探偵をやれているらしい。と思いあがってはいけない。そう。犯人の散漫は、別の場所に移動した。今の瞬間、僕の足元に浸食しているのだ。
簡単に見せた胸の傷。しまったという表情。フェンスに関してついた嘘。
全てが、犯人の、策だとしたら、どうする?だったら、どうする?
――うんうん。ハッタリ然としてきたじゃねえか。いいぜいいぜ。その調子だ。なんだよ、君、ハッタリやれんじゃねえかよ。さあ、次の罠はどうする?ヤツの指紋を拝借するか?いいぜいいぜ。この調子だぜ。
だったら、この調子じゃ――ダメなんだ。
僕はここで、大きく手を広げて、犯人に向かって、言う。
「というこの推理。この推理に僕を誘導するのが、犯人さん、貴方の手ですね」
――……はあ?何言ってんの?
僕の言葉に、もう一人の僕は、訳が分からないと聞き返す。
「怪我を担保に、壊れたフェンスに僕をおびき寄せる。この推理に、策に散漫させる、それが、犯人さんの手口です」
――は?何言ってんだよ。お前。
同じやり取りを繰り返す。だが、もう一人の僕には、まだ意味が分からないようだ。
僕達が犯人の策略に嵌りかけていたのだという事が。
散漫探偵。証拠隠滅を図りつつ、開いてを別の推理へと気を引かせる。なかなかのものである。
「このまま犯人さんを追求しても、結局証拠はどこにもないんです。爪もない。怪我しかない。どこで怪我をしたのか。それは殺した時だろう、という話にはなるでしょう。でも、実際問題犯人さんの映像は残っていないし、髪の毛もない。結局、同じ事なんですよね。せめて付け爪さえ残っていればそれに犯人さんの皮膚の一部が付着していて、という建設的な話題になるんでしょうけど。何度も言いますが、今ここに付け爪はない。となると、結局、証拠不十分で、犯人さんのフェンスに対する嘘は、不問にされてしまう事になるんです。犯人さんは実はそこのヤシの葉で、とか、さっき転んで、だとか、言い直しが聞くんですから」
――それはそうだけどよ。あれだけ簡単にフェンスの罠に引っ掛かったんだから、次だって簡単に引っかかるぜこいつ。ちょろいちょろい。大丈夫大丈夫。
「それから僕はきっとフェンスの件に味をしめて、また何か罠でも仕掛ける事でしょう。一度成功してますから、次もきっとちょろいちょろい、大丈夫だろう、と。でも、考えてみてください。おかしいです。あれだけ散漫ながらに証拠を淡々と消していった優秀な犯人さんが、そもそも今の様な僕の罠に引っかかるなんて。目線に誘導されるなんて、ありえません。じゃあ、一体何故?」
――何故なんだよ?
「はい、僕を油断させる為です。こいつちょろいぜ。大丈夫大丈夫と思わせておいて、次に僕が犯人さんの指紋を被害者の服にでも付着させようとしようものなら、直ぐにそれを指摘し、僕は窮地に陥れられていたでしょう。証拠を自ら創り出そうとする探偵を誰が信用すると思いますか?僕は絡めとられ、完全に失策していた事でしょう。犯人さんは袋小路に僕をおびき寄せるつもりだったんです」
――……ふんふん。そう、だったのか!!ていうかお前、いや、俺か、俺頭良いな!!俺はもう完全に追い詰めたとばかり……。
「一度の成功による過信は視野を狭くする。傲慢になる。結果、良い事はないんですよ。真実が、見えなくなる」
――じゃあ次はどんなハッタリで仕掛けるんだよ。
「だから、ハッタリはしないんです」
――はあ?
「僕は僕の、やり方でやります」
そう僕は、僕に宣言した。
「では犯行現場から、考え直しましょう。まず、監視カメラの映像を消した事。これに関してですが」
皆が僕を見ている。誰も口を挟まない。
真由美はどうしているのかと見てみたが、金髪高校生の周りをぐるぐる周って、ニヤニヤ威嚇していた。金髪高校生は脅えた表情である。
「あれは犯人さんがプールへ下りる姿が映っていたからだと思っていました。だから消したのだと。ですが、あの映像は実際、そんな雰囲気ではないんですよね?副船長さん」
「ああ、その通りだよ。窓を開けて、下を覗き込んでいるだけだった気がするよ。プールへは行ってなかったと思う」
「ありがとうございます。つまり、犯人さんはプールへ行ってないんです」
「……それの何が悪いんだい。私がプールへ行っていないのなら、無罪じゃないか」
犯人は反論するが、幾分歯切れが悪い。僕の推理の向かう先が、本人にとってあまり芳しくないのだろう。
「悪くはありませんよ。むしろ良いくらいです。真相を紐解くヒントになるんですから」
そう、その段階から僕達は犯人によって気を逸らされていた。
「犯行はプール」でという呪縛。
だが、額の「犯人」がある限り、僕からは逃げられない。
簡単な話だ。「犯人」がプールに行っていないのなら、「犯行」はプールで行われたわけではない。そう考えればいいだけだ。
「プールで捜査。プールで聴取。犯行の全てがプールで行われたと思わせる為の演出ですね。あと、これは凄く大事なんですが、被害者がプールへと下りたかどうかの確認って、行われましたか?」
「ん?それは、当然だろう?」
副船長が不思議そうに僕を見る。
「その当然というのは?被害者は当然、食堂に現れているんですよね?そして、下へと降りていく姿が監視カメラで確認されていると?そういう意味の『当然』?」
「いや、それは確認していない。そういう意味の『当然』ではない」
「あれ?何故ですか?」
「そんな、だって当然じゃないか。何度も言っているが、屋外プールへは食堂を通らなくてはいけないんだ。被害者の遺体はプールで見つかったんだから、被害者はプールへ下りたんだと――」
「――決めつけたと?」
「……ああ。だから『当然』なんだ」
恐るべし、散漫探偵。決めつけを、誘導するとは。
僕は説明を始める。
「僕もそう思い込んでいました。ですが断言します。被害者は別のルートを通ってプールへとやってきたのです。正確には被害者の遺体は、ですが。後で確認してもらって構わないですが、断言します。食堂に被害者は来ていない」
「別のルート?そんなものがあるかい?」
この船が職場である副船長には、そんなものがあるなんて、想像がつかないらしい。決めつけているのだろう。ある筈がないと。
「ほら、犯人さんが最初に仰ったじゃないですか。『食堂の監視カメラに映らず、屋外プールへ行くには、文字通り飛んでいかない限り無理ですから』と」
「それじゃあつまり、遺体は飛んでいったのかい?」
僕は思わず笑ってしまった。そんな筈があるわけないだろう。
「いえ、違います。飛んではいません。例えば、上の階の窓から遺体を放りなげても、プールまでは相当距離がありますから。ですが、船首からプールへと繋がっているロープを伝って、遺体を降ろせば、プールまでは一直線です」
「いや、だが、ロープに括りつけた所で……あ、そうか。滑車か」
「そうです」
ようやく副船長も合点がいったようだ。
他の人達もなるほどと、頷いている。
いつのまにか真由美から解放された柄の悪い金髪高校生だけがスマホを片手に首を捻っている。
――どういう事だ?
「滑車と付け爪。一番に注目すべき点はこれだったんです。監視カメラは、ちょっとしたヒントです」
髪の毛に関しては、本当にただの証拠隠滅以外の意味はない。
同列の様で、順位があった。国別のGDPの様に。
「プールに飛び込んだのは傷を洗い流す為、と錯覚させる為。びちょびちょにも関わらずそのままプールで捜査を始めたのも、モニターをプールへ移動させたのも、事情聴取をプールサイドで行ったのも、全てこの場所で犯行が行われたと錯覚させる為。犯人さんは絶対に上の階には行きたくなかった。食堂なんかに行くと、見えるかもしれないから。何がですって?証拠がですよ。さあ、ここでようやく監視カメラです。監視カメラの映像を消したのも、付け爪を外して捨てたのも、万国旗のロープの滑車を外して捨てたのも、証拠が、残っていたからなんです」
そう、証拠は残っている。残っているから、それに繋がりかねない証拠を、消したんだ。
「犯人さんは被害者を被害者本人の部屋で殺しました。515号のVIPルームです」
僕は断言する。
「被害者の部屋で被害者を殺害した後、滑車に被害者の服を引っかけて、プールへ落とした。プールまで降りると、上昇したスピードの作用で被害者はプールに振り落とされる。そして、食堂を通っていない被害者と、犯人の出来上がりです。これが、今回の事件の真相です」
副船長が手を上げる。
「ええと、一ついいかな?」
「はい、どうぞ」
僕は発言を許可する。
「だったら、殺害現場が被害者の部屋なんだとしたら、如月さんが監視カメラに映ったのは、どういう事なのかな。というか、何故――」
「――何故わざわざ食堂に姿を現したのか、という事ですよね?」
「ああ、その通りだ」
「はい、それに関して、説明しますね。犯人さんは、食堂に犯行をしに来ていた訳ではないんです。当然ですね、この時にはもう殺害は済み、滑車を使って遺体はプールへ運ばれているんですから。でも、犯人さんは事実、食堂に現れた。そして、特に不自然でもないその映像を消した」
――そうだ。なんでなんだ?何でわざわざそんな事したんだ?おい、早く教えろよ。
もう一人の僕は推理に夢中だ。
「証拠が、落ちちゃったんでしょうね」
――証拠が、落ちた?
「カップルさんの、彼氏さん?」
「……なんだ?」
突然呼ばれたタレ目の彼氏が、訝しげに僕を見る。
「貴方は、先程何を落としたと言ってましたか?」
「……婚約指輪だけど」
「どこに落としたと?」
「……食堂の窓下の、吹き溜まりだけど」
僕はありがとうございますと、タレ目の彼氏にお礼を言った。
「犯人さんは彼氏さんが吹き溜まりに行く事を許可しませんでした。そして、副船長さん。貴方が観た、犯人さんが消した監視カメラの映像は特に違和感もなかった。ただ窓の外を覗いていたようだったと?」
「ああ、そうだよ」
僕は満足気に二度程軽く頷いて、話を続ける。
「つまり、犯人さんは窓の下を見ていたんですよ。吹き溜まりを。そして、そこを見ている映像を、犯人さんは見られたくなかったから、消したんです。今考えると消したのは失策だったかもしれませんよ、犯人さん。副船長さんも特に違和感を感じていなかったんですから。でも、我慢ならなかったんですね。心配でたまらなかった」
犯人は僕を見据えている。その表情は既に観念している様にも見える。
「とりあえず、副船長さん。今すぐ船員さんに吹き溜まりに行かせてください。気になる物がある筈です」
「分かった」
そう言うと副船長は直ぐに船員の一人を呼びつけ、吹き溜まりへと走らせた。その的確な指示は船長顔負けだった。
「さて、船員さんが帰ってくるのを待っている間に少し話をしましょうか。付け爪の話です。犯人さんは何故被害者の付け爪を外して捨てたのか」
「え、付け爪を外したのはあれだろ?引っかかれたからだろう?爪に付着した自分の皮膚を採取されたくなくて、に決まってんじゃねえかよ」
――付け爪を外したのはあれだろ?引っかかれたからだろう?爪に付着した自分の皮膚を採取されたくなくて、に決まってんじゃねえかよ。
金髪高校生ももう一人の僕も、全く同じ事を言う。まあ、当然か。僕は思わず笑ってしまった。
「確かにその要因も半分はあったでしょう。ですが、それと同時にもう一つ、隠滅したい事実があった。それは爪の数です」
「爪の数?」
「はい、付け爪の数が少ないという事を知られたくなかったからなんです。思い返してみてください。犯人さんが被害者の付け爪を外した時の事を。その時の、音を」
――パキパキパキパキパキパキパキパキパキ、と一つ一つ付け爪が剥がれる音がプールサイドに響く。そして外した付け爪を如月は助走をつけ、大きく振りかぶって海へと投げ捨てた。
「ほら、9回しか音が鳴っていませんでしたね」
――ていうかお前覚えてんのかよ。音を!スゲエな!完全記憶?
「つまりあの時、被害者の指には、9本しか付け爪がついていなかったんです。先程も述べたように犯人さんは、勿論、付け爪に自分の皮膚の一部が付着しているのを恐れて付け爪を外して海へ捨てたのでしょう。ですが、もう一つ要因があった。被害者の指に付け爪が9本しかなかった事を隠す為なんです。なくなった1本を探されると、都合が悪かった。殺害現場が変わってしまう。滑車のトリックに、気がつかれてしまう。一つが知られるとドミノの様に、崩れてしまう」
そこまで僕が話したところで、船員が帰ってきた。
僕を押しのけ、タレ目の彼氏が船員に尋ねる。
「僕の婚約指輪は?」
「あ、すいません。忘れました」
「そんなあ!!」
へなへなと崩れ落ちるタレ目彼氏。可哀相だが、今は構ってられない。
「で、なにかありましたか?」
僕はタレ目彼氏の横をすり抜け、船員に尋ねる。
「はい。これです」
「……なるほど。ありがとうございます」
僕はその手に握られたレモンを見て、自分の推理が正しかった事を知った。
レモンには、赤い付け爪が一本、突き刺さっていた。
「犯人さんを引っ掻く機会があったくらいです。被害者は確実に抵抗しています。VIPルームにある果物を投げつけたりもした事でしょう。多分その時に、レモンが爪に刺さった。そして、犯人さんはその事に気が付かずに、被害者を殺害して滑車でプールへと降ろした。そして、スピードの所為なのか、元々外れやすくなっていたのか、分かりませんが、途中でレモンが刺さった付け爪が外れて、付け爪ごとレモンが落ちてしまった。レモンだけなら良かったですね、犯人さん。まさに、運命の分かれ道でした。それも更に更に運の悪い事に、三階食堂下の吹き溜まりに落ちてしまった。犯人さんはきっと上の階のテラスも探した事でしょう。でも見つからない。そしてようやく見つけたは良いが、吹き溜まりです。回収出来なかった。ただ、下を眺めるだけ。婚約指輪を落とした彼氏さんの様に。その姿が監視カメラに映っていたんですよ」
――なるほど、そういう事だったのか!
「なるほど、そういう事だったのか」
副船長が大きく頷く。
僕の推理は以上だ。
僕は、最後の言葉を放つ。
「このレモンが、被害者がプールではない場所で殺された証拠です。更に付け爪が見つかりましたので、この付け爪と同じ成分が犯人さんの傷口から現れたら、決まりです」
そうして、僕は犯人を見据える。
「……」
しばらく黙っていた犯人だが、観念したのだろう。項垂れて、片手を上げた。
「その、少年探偵の言う通りだ。私が、犯人だ」
やった。僕の勝ちだ。
僕は大きく息を吐いた。
こうして僕の初めての事件が、終わった。
僕の存在意義が生まれたんだ。
これで組織から消されないで済む。
――け、まあ、なんだ。推理は悪くなかったけどよ。でも、ハッタリの方が楽なのによ。
もう一人の僕がつまらなさそうに、呟く。
「何言っているんですか。あのフェンスのハッタリも結局、相手の誘い水だったじゃないですか」
――……そん時はもっと別のハッタリを思いついただろうさ。
僕はその言葉に思わず笑ってしまった。
僕はいつか、この声に従う様になるのだろうか。
犯人を騙し、聴衆を騙し、自分を騙す。
口八丁手八丁のハッタリ探偵。
嫌だね。
そんなものになってたまるか。
僕は、
そう、
僕こそが超越探偵だ。
バアンと大きな音がプールサイドに響いた。
――何だ?
見ると、僕の左胸が赤く、赤く滲んでいる。
犯人が銃を構えていた。銃口からは白煙が昇っている。
「私が犯人で、正解だ。だが、それだけじゃダメなんだよ。残念だったな。お前は失格だ」
犯人の声が聞こえた。僕は地面に仰向けに倒れた。
僕は、死ぬのだろう。一体、何を間違えてしまったのか、
ハッタリが、必要だったのか。
もう一度やり直せるなら、次は間違えないのだろうか。
そんな事を考えながら、薄れゆく意識の中、僕は…………声を聞いた。
――ったく、ふざけんなよ。クソが……。
「ったく、ふざけんなよ。クソが……」
その声は僕の右耳と、左耳から、同時に聞こえてきた。
――ああ、もう何やってんだよ!馬鹿じゃねえの?ホントてめえ、子供撃つなんざ、どうしようもねえクソ野郎だな。
「ああ、もう何やってんだよ!馬鹿じゃねえの?ホントてめえ、子供撃つなんざ、どうしようもねえクソ野郎だな」
僕は死んだ筈である。だって、胸を撃たれたのだから。
――ああ、イライラするぜ!もうマジさ。てめえ許さねえからな!
「ああ、イライラするぜ!もうマジさ。てめえ許さねえからな!」
僕は死んだ筈なのに、声がまだ聞こえる。
荒々しい、誰かの声。
これは一体、誰の声なのだろうか?
僕は仰向けに倒れている。
胸には銃で撃たれた跡が……ない?
僕はゆっくりと起き上がる。倒れた時に打った背中は痛い。だけど、胸は、見ての通り、痛くもなんともない。
――おお、小僧起きたかよ。いつまでも寝てんじゃねえぞ。お子様だからってよ。へへ。
「おお、小僧起きたかよ。いつまでも寝てんじゃねえぞ。お子様だからってよ。へへ」
声の主は僕を見下ろし、笑った。
僕は右耳と左耳のバランスが取れないで、首を軽く振った。
――ああ、うるさかったか。すまねえな。
「ああ、うるさかったか。すまねえな」
そして、片手に持っているスマホに気が付き、ポケットにしまう。
……やはり、あれがマイクだったのか。
にしても一体何が起きているのか。今現在この場で困惑していないのは、彼だけだ。
犯人の如月も、自分が構えている銃を見ながら、不思議そうな顔を浮かべている。
「何故だ……どういう事だ?」
その反応を見ると、僕はやはり本当に撃たれていたみたいだ。だけど、それが、なかった事になっている。
「お前がやったのか?」
犯人は、彼を睨みつける
「へん、俺以外に誰がいるってんだよ。バーカ」
彼はそう言い切った。
「貴様は……一体、何者だ!!??」
「はあ?てめえ俺の事知らねえのかよ。とんだモグリだね。だったら教えてやるよ。俺の名は――――」
そこで、金髪でピアスを付け、黒縁メガネをかけた長身の柄の悪い高校生は、こう答えた。
「――山之内徹。一人じゃなんにも出来ない、ただの高校二年生さ」




