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超越探偵 山之内徹  作者: 朱雀新吾
番外編 超越探偵 山之内徹誕生
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超越探偵 山之内徹誕生②

 現場の主導権を握ったのは、とある依頼で超豪華客船に乗り合わせていた私立探偵の如月だった。くたびれたコートを着た男。「散漫探偵」と自ら名乗った。

「それでは到着するまでの間ですが。こういう時は乗客の皆さんも誰かが事件を調べている、という事実だけで安心するものですから。捜査させて頂いても宜しいですか、船長?」 

 如月はプールから上がり全身をびしょびしょに濡らしたまま、寒さにガクガク震えながら船長に尋ねた。

「ええ、構いませんよ。船長の私が許可します。私は混乱収束の為、指揮を取らなければなりませんので、現場には副船長をつけましょう」

 如月自身が述べた通り、その行為は犯人を見つける為ではない。

 混乱を極めている船内に「捜査」という秩序を招く為。その事を如月も船長も理解していた。

 プールに浮かんでいた被害女性の身元は乗船名簿から直ぐに判明した。

 40代の富豪婦人であった。婦人とはいっても結婚相手の富豪は既に存命しておらず、莫大な遺産を湯水のように使う、優雅で自由な未亡人だった。

「いやはや全く、羨ましいものですね。当然VIPルームの方でしょう?至るところにフルーツやシャンパンが置いてあって、凄まじい豪華さですよね」

 如月は携帯ゲームを片手でプレイしながら、深く頷く。散漫探偵の捜査は既に始まっていた。

 検死は「マリーアントワネット号」の船医が行った。

 その結果、死因は絞殺。首にくっきりと残った手跡により、確実に首を絞められているとの事である。

「はは、推理等必要ありませんでしたね。絞殺ならば完全に他殺だ。全てはマダムのご随意であります」

「おほほ、ほら御覧なさい」

 中年のクレーマー婦人はご満悦である。

 船長の指示で、殆どの乗客は自室に引き上げ、待機させているが、如月の提言で、ある条件を満たした人間だけがまだプールサイドに集まっていた。


「殺害現場であるこのプールに、私の指定した条件の方々を集めていただきたいのです」

「プールサイドにですか?」

 船長から如月と共に行動するよう命じられた副船長は、その言葉に首を捻った。

 更に如月は監視カメラの映像を映し出すモニターも現場へ移動させるようにとも提案してきた。

「聞き込みと現場検証を同時にやりたいんですよ。その方が私は楽なんです」

 如月はその方が良いのかもしれないが、死体がすぐ側にある状態で、更には寒空の下、話を聞かれる人間はたまったものではないだろう。だが、全身水浸しの如月の方がよっぽど寒そうなので、副船長は口を挟めず、探偵の言う通りにした。


「それでは皆さんから話を聞いていきたいのですが、副船長さん。条件にあう人間は何人いましたか?」

「はい、六名のお客様です」

 副船長は快活に答える。

「六名ですか」

「はい、当方で監視カメラを確認しまして、如月様の仰られた条件の方。つまり、事件前に食堂を訪れていた方、ですよね」

「はい、その通りです。ありがとうございます」

 何故食堂を訪れた人間を残したのか。副船長はじめ「マリーアントワネット号」の関係者ならば、誰でも分かる事なのだが、如月は残った乗客の為に説明する。

「簡単な話です。三階の食堂を通らなくては、殺害現場である屋外プールには行けないからです」

 三階の食堂にある超豪華エスカレーターで二階を突っ切り、降りた所に屋外プールはあった。

「監視カメラに超豪華エスカレーターに乗って、プールへと行った方の映像が残っているかもしれません」

 如月は食堂から持ってきたバナナを震えながら食べながら携帯ゲームをしながら言う。

 冒頭で中年クレーマー婦人が述べた様に、屋外プールは季節がら皆敬遠していた上、天気もあまり良くなかったので、誰も足を運ぶような状況ではなかった。

 逆に言えば、プールを訪れた人間は等しく怪しいという事にもなる。

「つまり、プールに降りた方が、乱暴な言い方ですが、ひとまずの容疑者となるという事です。食堂の監視カメラに映らず、屋外プールへ行くには、文字通り飛んでいかない限り無理ですから」

 如月はそう断言した。

 プールサイドにいる条件に見合った乗客は、当然各々難色を示したが、如月がずぶ濡れで唇を青紫色に変色させながら説得すると、渋々ながらも事情聴取を承諾した。早く捜査を終わらせないと、彼の命が危ういと、乗客達は判断したようだ。

 容疑者候補の面々は、お馴染みクレーマー婦人。メガネの老紳士。ツリ目の成人女性。タレ目の成人男性。長身の金髪男子高校生である。


 如月は話を聞いていく。

 一人目はクレーマー婦人である。

「ではマダム。率直に伺います。食堂へは何をしに?」

「私は食堂で紅茶を頂いていたのよ。時刻は午後二時三十分。それから窓を開けて外の風を浴びていた。ただそれだけです」

 言う通り、マダムは監視カメラに映っていたが、プールには降りていない。

その手には多くの指輪がキラキラと輝いている。

「なるほど、そうですか。マダムの無実は証明されたも同然ですね」

 話をしながら監視カメラを覗きこんでいた如月は、次に自分が食堂に姿を現す映像が現れたので、手際よくその部分だけを消した。

 ちなみに、その消した映像の如月は窓を開けて下を覗き込んでいるだけだった。中年クレーマー婦人と別段変わらない風景ではあった。

 

 次に如月は、メガネの老紳士に話を聞く。

「私は途中、煙草を買いに食堂の売店を訪れたんだ。時刻は午後三時だな」

 メガネの紳士も監視カメラに映っていた。煙草を買うと、すぐに帰っていった。当然、下に降りてもいない。

「なるほど。ムッシュも健やかな旅を楽しめそうですね」

 そこで如月はずっと指に絡まっている被害者の毛髪が気になったので、話しながらそのまま髪の毛の束を丸めてプールサイドから更に外へ出て、フェンスを上り、海に捨てた。


 そして次に、ツリ目の成人女性に話を聞く。

「私はその時、午後三時三十分ですが、恋人をビンタしていました」

 監視カメラを見てみると、なるほど、女性が男性をビンタしていた。

「ほう、確かにこれはビンタしていますね。ハハハ!ビンタ!」

 如月は監視カメラを一瞥して大笑いすると、被害者の遺体まで歩み寄り、ブルーシートをめくり、物色し始めた。

「恋人をビンタしたら直ぐに部屋に帰りましたので、プールには降りていません」

 ツリ目の成人女性は言う通り、恋人の男性をビンタするとすぐに踵を返して、行ってしまった。


次に如月はタレ目の成人男性に話を聞いてみる。 

「午後三時三十分、恋人にビンタされていました」

「知っていますよ」

 それはまさしくカメラに映っていた、ビンタをされていた男性であった。

「実は僕、とんでもない大ポカをしてしまいまして」

「はあそうでしょう。でなければ女性からビンタ等なかなかされませんからね」

「今日は二人の人生最大の記念日でして。僕は彼女にプロポーズしたんです」

「そうなんですか、それはおめでとうございます」

 如月は祝いの言葉を述べながら、引き続き遺体を見分する。腕を取り、指の先の赤い付け爪をじっと見つめる。

「ですが、そこで彼女にあげる筈だった、婚約指輪を落としてしまったんです」

「なるほど、それでビンタされていたんですね」

「食堂の窓から落としたんです。初めはプールまで落ちたのかと思いましたけど、窓の外を覗いてみると、そうじゃなかった」

「この船は鏡餅の様な形をしてますからね。あるいは表彰台の様な、ですかね」

 構造上、一般的に船はバランスを保つ為に下は広く、上は小さく造られている。

 つまり最上の五階フロアは小さくVIP用となり、一階スペースは一番広い。

 如月は会話をしながらもタレ目の男性の方を一切見ていない。被害者の付け爪をまだマジマジと眺めていた。

――これは、困った。

「ええ、そうなんです。ビルの様に建物が真っ直ぐに建っている訳じゃあないんです。つまり三階の食堂の窓から物を落としても、一階まではいかないんです。二階の天井部分に落ちるんです」

「あのう、その話まだします?次に行ってもいいですか?」

 如月はある理由から話を切り上げてさっさと次へ行きたがったが、タレ目の彼氏は了承しなかった。

「婚約指輪は、ああ……なんて事なんだ。ジーザス……」

 タレ目彼氏はジーザスと呟き、天を仰ぐ。

「そう、婚約指輪はまさに食堂の窓の下の、二階の天井部分の吹き溜まりに落ちてしまったんです」

「ああ、なるほど。それはお気の毒ですね……」

 そこで相槌を打ったのは副船長である。

「マリーアントワネット号」三階以外の場所なら、窓の外でもそのままテラスになっていて、下の階の天井部分に足を踏み入れ、景色を楽しむ事が出来るのだが、三階食堂の下だけは、そうなっていない。何故なら三階の下の二階は、船員、従業員用の共用スペースとなっていて、乗客が立ち入り出来る場所ではない為、他のフロアよりも天井が低く作られているのだ。

 三階の窓下を覗くと、二階の天井部分までは10メートルは離れている。

 つまりそれは他のフロアの天井がどれだけ広いのか、という話にもなるのだが。

 窓からひょいと降りて、取ってこれる高さではない、という事である。

 当然、清掃員が梯子を使い何日かに一度は掃除をする様にしているので、吹き溜まりとは言っても常に綺麗にされているのだが。

「あの、探偵さん。副船長さん。ですから、今から梯子を降ろして指輪を取りに行っていいですか?」

「ああ、それなら構いませ……」

「絶対にダメです」

 副船長が快諾するのを制止して、如月は再びある理由からその意見を一蹴した。

「捜査の途中ですから、他の事に構ってられません」

「そんなあ……散漫探偵なんでしょう?別に良いじゃないですか」

 ツリ目の男性は今にも泣き崩れそうな表情で天を仰いだ。そして、如月は次の瞬間おもむろに被害者の付け爪を外し出した。

 パキパキパキパキパキパキパキパキパキ、と一つ一つ付け爪が剥がれる音がプールサイドに響く。そして外した付け爪を如月は助走をつけ、大きく振りかぶって海へと投げ捨てた。 


 最後は長身の金髪男子高校生である。

 金髪で音楽プレーヤーのイヤホンを付け、耳にはピアス、ガムを噛んでいる黒縁メガネをかけたスラッとした高校生である。

 船首から長く伸びた国旗が括られているロープに仕込まれてある滑車を外して、それも海に放り投げながら如月は金髪高校生に話しかける

「ええと、貴方は事件発生時、食堂で何をなされていましたか?」

「ああん?ふざけんじゃねえぞてめえコラ!!」

 くちゃくちゃとガムを噛む音を響かせながら、金髪高校生が凄む。

「散漫だか傲慢だかなんだか知らねえけどよおうコラ!てめえあんま舐めってと、やっちまうぞコラ!おう?おうおうおうおう?」

 金髪高校生はびちょびちょに濡れた如月の胸倉を掴む。

 如月は一瞬、苦痛で顔を歪めた。

 そして、空を見上げると、飛んでいるカモメをぼんやりと眺めた。 

「おい、てめえ何呑気に空なんか眺めてんだよボケがこら」

「…………ふっ!!」

 だが、次の瞬間、金髪高校生のその手首を片手で掴み、サッと捻り上げる。

「あいたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた痛い痛い痛いたたたたたたたたたたたたたたたたあたたたたたたた……すいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいませんすいません。ちょっと調子に乗りました」

 直ぐに手のひらを返して下手に出て謝り通す金髪高校生。

――なんだコイツは。とんだハッタリ野郎である。

 如月は口ほどにもないと心で笑った。

「ええ、その時は船にいました。午後四時です。ここにいました。はい、はい。スイマセン。特に何もしていませんでした。映像ではスマホ弄ってますけど、友達とラインしている振りしてました。本当はストップウォッチ機能で、10秒きっかりで止める遊びをしていました」

 金髪の少年は監視カメラに映っていた。丁度10秒に成功していたのだろう。ガッツポーズを決めていた。

 

 これで如月は五人に話を聞いた。自分を入れて六人。容疑者候補はもういない。今話を聞いた人物、監視カメラを確認しても、誰も下に降りた者はいない。


 如月は深い溜息を吐く。

 

――全員監視カメラに映っているとは。


――こんな状況じゃ……話にならないな。

 

――これでは誰にも罪を被せられないではないか。


――どうするべきか……。


 如月が今後の思案に耽りだした時、ふと、プールサイドの隅に、人影を見つけた。

 ヤシの木の下で座り込んでいる、それは少年だった。

 一人震えていた。とても不安そうな表情。今にも泣きだしそうな顔だった。見たところ小学生だろう。紺のスーツに、蝶ネクタイ。恰好に見合った、品の良い顔立ちをしていた。

「どうしたんだい」

 GDPの高い順にロープに括ってある国旗に触れながら近づく如月の問いかけに、男の子が答える。

「怖いんです」

「ああ、それはそうだろう。殺人事件が起きたんだ」

 如月はインドに触れようとするが、いや、GDPは今はカナダが先だったのでは、とそこでしばし躊躇した。

「だが、そんな所にいたら危険だ。さあ、こっちへおいで」 

「嫌だ。怖い」

 そうだ。インドが先だな。如月はインドに触れ、その次にカナダを触った。

「怖くない。そんな所に一人でいる方が怖いよ。犯人はまだこの船の中にいるんだから」

「嫌だよ……怖い」

「君、大丈夫だよ――」

「――きゃはは!徹君は本当に怖がりさんなんだなあ!」

 突然高い声が上がり、如月はぎくりとした。声のした場所を見る。一人ではなかった。ヤシの木の更に反対側に、暗がりにもう一人いたのだ。

 同じく小学生程の女の子である。ハッとする程の美少女だ。白いドレスが凄まじく似合う。だが、目が、異様にギラギラしている。

「きゃはははははははは!!事件だ事件だ殺人事件!!!」

 少女は発見されるやいなやプールサイドをケタケタ笑いながら走る。

 見ると、如月が先程触っていた国旗をむしり取っている。

……ああ、なんて事を。

 如月は自分の手遊びが封じられた事を酷く嘆いた。

 だが、如月はある事に気が付かなかった。

 少女がむしり取る国旗の順番が、オーストラリア、スペイン、メキシコ、韓国、インドネシア、トルコ、オランダ、サウジアラビア、スイス、スウェーデン、ポーランド、ノルウェー、ベルギー、台湾、アルゼンチン、オーストリア、南アフリカ、デンマーク、マレーシア、シンガポール、イスラエル、ナイジェリア、チリ、香港、フィリピン、エジプト、フィンランド、ギリシャ、パキスタン、イラク、カザフスタン、ポルトガル、アイルランド、ペルー、アルジェリア、カタール、チェコ、ルーマニア、クウェート、ニュージーランド、ウクライナ、ベトナム、バングラデシュ、ハンガリー、アンゴラ、モロッコ、スロバキア、エクアドル、オマーン、アゼルバイジャン、ベラルーシ、スーダン、リビア、スリランカ、ドミニカ共和国、ルクセンブルク、クロアチア、ウズベキスタン、ミャンマー、ウルグアイ、グアテマラ、ブルガリア、コスタニカ、エチオピア、リトアニア、チェニジア、スロベニア、ケニア……と、GDPの続きになっていた事を。


「もう、真由美は黙っていてよ」

「ええーん。怖いよ。徹君が怖いよ。えーんえーん」

 それでも少女はニコニコ笑っている。ふざけているのだろうか。殺人現場で。

「…………」

 如月は危うくその場の雰囲気に飲み込まれそうになった。つまり、少女に、意識を集中してしまいそうになったのだ。それは散漫探偵にとって最大の屈辱である。

 如月は内ポケットに忍ばせてあるみたらし団子を食べて気を逸らした。

「まあ、君達、とにかく。まだ犯人がこの船内にいるかもしれないんだから」

「キャハハハハハハハハハハハハハ!!」

「怖いよ、嫌だよ……」

「………………大丈夫だと言っているじゃないか。ね?」

 飲み込まれそうな自分を押さえる為に、とうとう如月は得意のツイストを踊りながら喋る事にした。ツイストが出ると、散漫探偵の最高潮である。

 だが、そのツイストも無駄となる。何故か。如月が更に飲みこまれてしまう言葉を、少年が口にするからだ。

「怖いですよ。だって……」

 震える手で、少年は如月の額を指差した。

「『犯人』は貴方じゃないですか……」


お待たせしました。山之内徹、登場です。

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