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超越探偵 山之内徹  作者: 朱雀新吾
番外編 超越探偵 山之内徹誕生
60/68

超越探偵 山之内徹誕生①

 20XX年。12月。

 超豪華客船「マリーアントワネット号」で事件が起きた。

 

 船に組み込まれた大型屋外プールで女性の死体が浮いているのが発見されたのだ。

 優雅な船旅を楽しんでいた乗客達は、突如起きた事件に恐怖と不安を覚え、現場は混乱を極めた。

 予想もしていなかった緊急事態に、船は直ちに進路を変え、陸地へと向かう。だが、到着まであと三時間はかかるという見込みである。

「三時間も殺人犯と一緒にいろというの!ふざけないで!」

 高価なブランド品で身を飾る中年婦人が凄まじい剣幕で船長に詰め寄った。

 場所は死体発見現場のプールサイド。事件が発覚してから三十分が経過している。

 死体は船員により引き上げられ、ブルーシートが被せられている。船長としては当然、死体を別室に安置しておきたいのだが、いきり立った客に詰め寄られ、上手く指示が出せない状況だ。警備員に関しても現場の混乱を収めるだけで手一杯だった。

「いやいやお美しいご婦人。まだ殺人と決まった訳では……」

 いきり立つ婦人に対して、一人の中年男性がおっとりと苦言を呈した。その男は女性とは対照的で、みすぼらしい格好をしていた。一人数百万は軽くする乗船券、富裕層しか乗る事が適わない超豪華客船「マリーアントワネット号」において、男の方が明らかに異色である事は言うまでもなかった。

「あら、貴方。事故とでも言いたいのかしら?服を着たままプールに落ちて死んだとでも?」

「そういう事もありますよね。可能性として」

 男はプールサイドをうろつきながら、足場を確かめる。水に触れ、顔を洗い、首を捻る。

「ですが、この超豪華客船は世界一を誇る設計です。ともすれば陸地よりも揺れることはなく、当然、足場も滑らない」

「でしょう?それにそもそも一体こんな寒い季節に何故被害者は屋外プールなんかに来ていたのよ。誰も泳いでいる人なんていないじゃない」

「確かに、全くもってその通りですね。おかしいですよね」

 男はプールサイドから船首までをロープで伝っている各国の国旗にFIFAランキング順で手を触れながら婦人に大仰に相槌を打つ。

「わざわざ外に出ていた理由が分からない。理由があるとするならば、誰かに呼び出された。そう、犯人によって……現場を鑑みますと、御婦人様の言うように、事件の可能性の方が高い気がしますね」

 いつの間にか男は婦人に賛同する意見となっていた。

「ほれみなさい」

「おみそれしましたマダム」

「ふん」

 荒い言葉遣い自体は変わらないが、男との会話で婦人の溜飲は確実に下がっていた。

 口々に不平不満を述べていた周りの乗客達も、いつの間にかその会話を遠巻きに見ている。

 混乱は微妙に収まりつつあった。一体何故か。事件に対して建設的な話し合いが行われ始めたからである。男はその事実を理解しながら、一番の統率者の船長を拘束している、一番のクレーマーである婦人相手にアジテーションを行い、現場を掌握したのだった。船長も目配せで男に礼を述べ、他の船員へと指示を出し始めた。


 男と婦人の会話はまだ続いていた。

「そして、事故の検証に関してですが、もし何らかの理由でここを訪れていたとして、落ちたといっても……」

 男は再び水に手を入れる。今度は両手で水を掬い、ゆっくりと美味しそうに飲み干した。

「当然、心臓発作が起こる温度ではない。世界が誇る超豪華客船「マリーアントワネット号」ですからね。室外プールでも勿論温水です。ですが、婦人がこの季節にわざわざ室外プールにと仰ったのは、皆、室内(・・)プールで泳いでいたから。という意味ですよね」

「ええ。いくら水温が熱くても、外に出たら寒くて風邪を引いてしまうもの。室内プールがあるにも関わらず、室外プールを利用する愚か者がいるかしら」

「ごもっとも。いちいちごもっともです」

 男はうんうんと何度も首を縦に振りながら、そのままザブンとプールの中へと身体を沈めた。

「それにここ、足も着きますしね。溺れたとも考え難い」

 水面から顔を覗かせ、ニコリと笑う。

「という事は、やはりこれは他殺の線が高いですね。季節外れの人気のないプールに浮かんだ死体。事故とは考えにくい。ああ、間違いなく他殺ですこれは」

 断定した口調の男の意見にいよいよ婦人が口を挟む。

「ちょっと、貴方。そういえば初めは私の意見に反対していたんじゃなくて?コロコロ意見を変えて、それでも男なの?それにさっきからちょこちょこと、何を遊んでいるのかしら」

「ああ、これは失礼」

 男は苦笑して、水面で頭を下げる。だが次の瞬間にはひっくり返ったカエルの様にすいーすいーと背面泳ぎを始めた。

「私は集中力が散漫でして、さらに雑談、雑行動が多く、ですが、その中で論理を固めるものでして。そういう人っているでしょう?テレビ観ながらラジオ聴きながら雑談しながらスイーツ食べながら作品を描く売れっ子漫画家とか……集中力が散漫の方が逆に集中出来るという人種」 

 まあ、私は決して売れっ子ではありませんがね。ほらこの通り、とくたびれたコートに手をやった。とはいっても男は水中にいて、当然全身濡れており、何がどうくたびれているのかもよくわからないのだが。

「申し遅れました、私、私立探偵の如月と申します。世では『散漫探偵』等と呼ばれております」

 自己紹介をした男、如月だが、その時彼は既に50メートルは離れた所まで泳いでいた為、その言葉は婦人は愚か、誰の耳にも届いていなかった。

 


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