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超越探偵 山之内徹  作者: 朱雀新吾
第一話 名探偵は知っている
6/68

~超越探偵パート③~ 事件強制終了

 

 俺が真由美にした最初の頼みごと。


「その愛らしい少女のバクの帽子を取ってくれ」


 そして真由美がそれを果たした瞬間、俺は犯人の男が何故ここまで追い詰められ、周りからも孤立しながらも決して心を折らす事がないのか。どうやってモチベーションを維持していられるのか、全て納得がいった。

 なるほどな。

 そういうことだったのか。

 あの子だけは、なんだな。

 この意志の強さ。頑固さ。

 一体どういう事かと思ったが、なるほどなるほど、そういう事か。

 こんな愛くるしくて天使の様な少女が、な。まったく驚きである。


 つまり犯人は男と少女の二人だったという訳だ。


 ちなみに言うと俺の能力は自分が犯人だと知らない犯人には働かない。例えばナイフで人を刺した犯人がそのナイフを通行人の鞄に入れたとしてもその通行人の額には「犯人」と記されない。本人に自覚がない場合には作動しない様になっているのだ。だから逆に、犯人の証拠隠滅を助ける為に通行人を装い自分のバッグに凶器のナイフを入れさせた場合、その通行人もどきは「犯人」となる。

 つまり、あの少女は間違いなく共犯者であるという事だ。ひょっとしたら実際の犯行は少女が行い男の方が共犯者なのかもしれない。こうなったら何が起こってもおかしくない状況である。但し、毒の入っていた容器は確実にこの少女が持っているのだろう。男がこれだけ動揺しつつも、犯人と名指しされても尻尾を出さないのは、全ての証拠をこの少女が持っているからなのだ。何があっても罪を認めない。自分が陥落すれば、少女も共に倒れるから、か。

 今自白した所で結局、毒を入れた容器は一体どこなのかという話になる。パーティー会場の皆がもう一度チェックを受け、その時少女の動向がおかしいことに誰かが気づけば、そこで露呈、共犯であることがばれる。そう考えるとやはり全て納得がいく。俺の中の納得が。

 そもそも人を殺す人間が何故自分の犯行を隠したがるのか。それは守るべきものがあるからだ。それは今まで築き上げてきた地位であったり、財産であったりする。犯行が自分の仕業だと露見したその瞬間に、それらは全て砕け散る事となるのだ。だから足掻く。諦めない。それらに対する執着が強ければ強い程、犯人として手強い相手となる。一概には言ってしまえないが、基本的には俺はそうだと思っている。

 つまり、この犯人の強さは、強情さは、イコール犯人のあの少女への思いの強さと言う訳だ。

 まいったね、こりゃ。あんな少女の皮を被った天使が伏兵とはね。そら最強な筈だわ。

 随分とまあ、納得がいった。うんうん。

 だが、そんな事俺には一切関係ない。これで事件解決である。

 一番手っ取り早いやり方で行こう。

 それは少女の存在を今ここでバラして全てを終わらせる、というやり方。

 俺の目的はただ一つ、早く帰ってアニメを見ることだ。犯人をばらしてそれでさよならでいいじゃないか。それに、このままこの男だけだと俺にとってもまずい。証拠が見つからないままこの男が自供すれば、一体毒を入れた容器はどこにいったという話になってくる。犯人は見つかったが、ボディチェックやなにかでまた俺達は足止めを喰らうかもしれない。それだけはなんとしても避けたかった。わざわざ人前でこんなきもいキャラを演じているのは全てアニメの為だ。結局アニメ見れませんでした、なんて。最初からしゃしゃりでなかった方が良かった事になる。それだけは絶対にイヤだった。

 関係あるか。この少女と男と、二人捕まえてやればいいんだ。それで事件解決。晴れて自由の身。あとは早足で家路に、ってもんだ。

 さあ、少女を指差して、共犯者はお前だ!と言ってやるのだ。

 そう決意し、俺は…………………………………………………


 右手を挙げた。


 近くで陶器の割れる音がした。

 …………………………。ああ!もう!俺はなんてお人よしなんだ!関係ないだろうがよ

 俺には一切、どうでもいいだろうがよ。アニメを見るのが今回の信念じゃなかったのかよ。クソ!クソクソクソ!!

 あーあ、なんてこった。

 いけないのはまず犯人。こいつが最高の好敵手だって事だ。センスも嫌いじゃないし、探偵として信頼出来る犯人だ。何とかしてやりたくなる。それが理由の2パーセント。 

 そしてもう一つ。それはその少女、天使の様に愛らしい少女。その子が魔魅子によく似ているからだ。それが理由の98パーセント。

 よし、決めた。理由付けも完成した。そういうわけで俺は、動く。 

 真由美が俺からの合図で作り出したざわめきの中、俺は犯人に近づく。この瞬間俺達は注目されていない。

「な、なんだよ。お前」

 犯人の耳元で囁く。それはたった一言。

「あの子だな」

 天使の様な少女を見つめながら言った。


 その瞬間、俺は男の中で全てが砕け散る音を聞いた。

 瞳に絶望が映る。

 俺は犯人の心臓部に至った事を知った。


「だ…………………ダメだ。あの子は。あの子だけは」 

 それはその日男が初めて見せる感情。絶望の表情であった。

「そうか……」

 俺はしばらく間を空け、もう一度口を開く。

「あの子を救いたいんだな?」

「……ああ」

「それだけが望みなんだな?」

「……ああ」

「……オーケー、一芝居打つ。手を貸せ」

 俺は犯人に背を向け、その場を離れた。


 いつの間にやら真由美の騒動も一段落し、会場は俄かに落ち着きを取り戻そうとしていた。そんなタイミングを見計らい俺は犯人に目配せをする。

 まずは挑発……よろしく。

「確かにお前が言っている様に俺は事件の決め手となるワイングラスに毒を仕込む段で給仕とぶつかっている可能性がある。そして事件前後に限ってカメラを掻い潜る様に移動している、まるで会場に存在していないかの様にな。だがな。いいか?それは全て偶然だ!偶然!お前自身も認めているじゃないか。全て推測に過ぎず、一切真実とは限らない!何にも進んでないんだよ!俺を犯人だ犯人だと言いながら、捜査は何にも進んじゃいない。お前こそ、公務執行妨害もいいとこだよ」

 うんうん。最終決戦って感じの良い台詞だ。更にこの後続く言葉もまたグッド。

「そんなに俺を犯人にしたければ、まだるっこしい事はどうでもいい。俺が犯人だっていう、決定的証拠を持ってこい!今すぐにだ!」

 上出来。さて、次は俺のターン。大きく溜息をつき下を向く。

「やれやれ」

 まあ、まったくこれはやれやれだぜ。本当に

「やれやれです。本当にやれやれですよ、犯人さん」

 どういう訳だか気が付けばこんな感じになってしまいましたよ。なんかここまでくると面白いね。笑っちゃうよ。

「往生際が悪いにも程があります。往生際という言葉は今、ここで、貴方の様な人が上手に空気を読んで潔く引き下がる為に生み出された言葉なんですよ。このままでは、往生際という言葉が可哀想でなりませんよ。可哀想でなりえません」

 まあさっきから一人芝居ってのもなかなか大変だったからね。正直うんざりしてたのよ。んで共演者募集ってか?

「だがまあいいです。もう十分ですかね」

 だがまあ。まさかな……。まさかだよなホント。

「残るは仕上げですね」

 まさか犯人とのタッグとはね……。確かに推理モノってのは探偵と犯人の信頼関係が大事なんだけどね……。流石にこれは、前代未聞だよな。

「ここが貴方の往生際です」

 まあ色々言っても仕方ないし。創めますか。名探偵と犯人による、会場を巻きこむ大ペテン。

「僕が貴方を徹底的、完膚なきまでに犯人として叩きのめしてあげます」

 なんの打ち合わせもない、一度きりのアドリブ芝居だ。しっかりやってくれよ!犯人!

「貴方を、完全なる犯人へと昇華して差し上げましょう!」

 さあ、創めようぜ犯人よ。一世一代のハッタリの時間を!


 幕は切って落とされた。それではテンポ良くストーリーを進めよう。

「証拠が見たいと仰いましたね」

「ああ、俺が犯人だって言うんなら証拠だ。証拠を持ってこい」

 了解了解。じゃあまずは証拠だな。実際の証拠は天使の様に愛らしい少女が所持しているので、勿論これは……でっち上げる。

「真由美、あれを」

「はい」

 間髪入れず返事がある。流石は俺の助手。で、あれって何か分かるよな?お、分かってますね。もうそんな恨みがましい目で見んなって。今度また同じの買ってやるからよ。

「はい」

 そう言って真由美は俺が二時間程前にあげた誕生日プレゼントのミニバッグを差し出すのだった。受け取る時も力が入っていてなかなか手離そうとしなかった。コイツめ。だからゴメンって言ってるだろう?これはこの局面にとってかなり重要なアイテムに昇華させるんだから。頼むって。で、犯人さんのターン。

 真由美から俺に手渡されたバッグ、実際は今日初めて目にしたそのバッグを視界に入れた瞬間の犯人の反応。それは目を大きく見開き驚愕する……フリだった。

「な、何、貴様、それをい、いつの間に!」

 はっはっは!いいねえ。いいよいいよ。最高のセリフですねえ。更に言った後にしまったとばかりに思わず口を抑えるその小芝居。やばい、上出来だ。上出来過ぎる

「貴方がこれだけ罪を認めないのは、それだけ自信があるという事は、手元に証拠はないという事なんだろうな、とは思っていましたよ」

 まあ実際は自信ではなく意地だったんだがな。証拠である毒の入った容器なりカプセルを所持している少女を守る為の。

 まず一番にする事は万が一でも少女にスポットライトが当たらない様に、証拠を保持している要素の入れ替えが必要だった。

「証拠はあるが、もう手元にはない」

 証拠はあるが、少女が手にしている。そういう訳でこの何の罪もないバッグに犯行の片棒を担いでもらう事にしよう。

「犯行前に処分したんじゃないかと思いましたね。このミニバッグをね」

「……うぬぬ」

 俺は思わず吹き出しそうになる。うぬぬって……。あんた、うぬぬって。漫画以外で初めて聞いたよ。ハハハ、あんたノリノリじゃん。

 さあ、今のやり取りで殆どの人間がこのバッグが犯人と何らかの関わりのある物であると確信しているだろう。まあ実際はホント一切関わりのないアイテムなんだがね。まあでも、ああも頑なだった犯人があんな驚いたリアクションすればただ事じゃないと思うわな。あの様子は不審も不審。 

 犯人が犯人であるという疑いが強まり、バッグにも注目が集まる。作戦成功。

 好調な出だしに満足している俺に刑事の質問が飛ぶ。

「犯行前に捨てられたそのバッグを、君は一体いつ手にいれたのかね?」

 これは当然の質問だ。重要なカギを握る様に設定したこのバッグは犯人が犯行前に処分したと俺は言ったんだからな。

「勿論、犯行が起きる前です」

「な……」

「なん……だと」

 犯人の目玉が飛び出しそうな程のオーバーリアクション。うふふ。笑いそうになるからやめて。

「山之内君、君は見てたのかね?彼がバッグを捨てるのでも?それで彼が犯人だと分かったのかね」

「いいえ、見ていませんよ」

「でも君はそのバッグを手にしている。それは一体どうやって……」

 ええ?そんなにお前はこのバッグがどこから来たのか気になるのか?喰いつき過ぎじゃね?もう犯人が捕まればそれでいいじゃんかよ。どうせお前達無能じゃ事件解決出来ないんだからさ。目をつぶってくれんかね。仕方ない。ここは困った時にとても便利な言葉を使わせてもらうとするか。

「ある方法を使ってです。今ここでその説明をさせて貰っても構わないんですが、少々時間が掛かって夜が更けてしまいますので、割愛させて下さい」

 これは簡単。何かこういう風に言われたらこれ以上問いただしちゃダメな気になるよね。ふふふ。

 俺はそのまま犯人を追いつめる芝居を続ける。

「くっくっくっくっく……ふっふっふっふっふ……ははは、ははは、はっはっはっはっはっは!」

 突然高らかに笑い出す犯人。

「ああ、確かにそのバッグは俺のもんだ」

 芝居がかった口調。そしてこの後の犯人からの俺へのバッグの所有に対するフォローが、マジ半端ない。コイツ凄い良いヤツ。正直俺は感動した。

「どうやって手に入れたか知らねえが、いや、手に入れる事が出来たのかは知らねえが、と言った方がいいのか?」

「ふふふ。凄いでしょ?」

「ああ、聞きたくて聞きたくてたまらんな」

「いいんですか?こっそり教えましょうか?」

「はは!お前。本当に何者だ?」

「中学生ですよ。ただの」

「嘘つけ。お前みたいな中学生がいるかよ」

「で、いいんですか?聞きたくないですか?」

「……やめておく」

「流石。身のためです」

「どういう意味だよ?」

「聞いたら犯人さんさっきとは比にならないリアクションしちゃいますよ。そうなったら技あり2本で一本負けですよ」

「ははは!言えてる、とでも言えばいいのかよ?この馬鹿野郎が」

 これ犯人凄くない?「周りの人間には分からない、だが当人達の間では理解が行き届いている風の会話」を演出。しかもコイツ周りのヤツらには分からんと踏んで会話の中に表の「僕」の方の俺じゃなく今の「俺」の方の俺へのメッセージもちらほら混ぜ込んできてやがる。信じらんねえクレバーさとセンスだ。ナイスだぜ犯人。これでバッグに関してはなんだか俺達だけで分かりあっている雰囲気を作り出した。さもこのバッグをこの場で俺が持っている事自体があり得ない、入手する事こそがそもそも不可能に近い代物だと感じているだろう。

 流石、流石だぜ相棒。俺は目配せで犯人に礼を伝える。これは伝わって欲しい。

 よし、この流れで行くぜ。

「今犯人さんが認めました。このバッグが犯人さんの物であるという事を。ね?」

「おいおい、またそれか」

 犯人は苦笑いを浮かべ、切り返す。

「ああ、だがそれが一体なんの証拠になるっていうんだい?俺はいらなくなったバッグを処分した?だけだ。そらあ褒められたもんじゃあないがな。だから、なんなんだ?これに俺が犯人だっていう証拠があるのか?」

 それは俺に対する質問だった。ちゃんと証拠はあるんだろうな?自分は犯人になれるんだろうな?という不安。まあまあそう不安がるなよ。

「俺のバッグを拾ってくれてありがとうよ。でもそれは必要ないんだよ。ゴメンな。これでおしまいだよ。俺が驚いたのはまさかあんな別れ方をしたそのバッグを再び、しかもこんな短時間で再び見る事になろうとは、っていう驚き。ただそれだけさ。仕事の得意先の男性と昼間会って打ち合わせして、夜の便でイギリスに発ってばったりロンドン空港でまたその人と偶然鉢合わせたりしたらそりゃあ驚くだろうよ」

「ほう、犯人さん。意外と例え上手ですね」

「お前よりかはな」

 ハハハ、何だこいつ。会話の一つ一つが気持ち良いね。俄然絶好調じゃねえかい。犯人やらせとくのが勿体ないよ。人殺しなんかさせとくには勿体ない。逆だな逆、壊すよりも完全にモノづくりに向いてるよ。

「さあ、そのバッグが一体何なのか、話を聞くぜ、少年探偵」

 周りから見たら突然犯人が好敵手然としてきた様に思うかもしれないが、俺からしてみれば完全に協力的になってきた感じだ。俺のやりやすい様に筋を作っていってくれている。いよいよコイツはディレクター向きだ。

「話なんかありませんよ、犯人さん」

 そういう訳で俺も期待に応えんとね。

「見てもらうだけです。このバッグの中身を」

「ほう」

 犯人の目に一瞬、不安が陰る。大丈夫なのか?と。ふん、当たり前だろう。俺を誰だと思ってんのさ。

「……では」

「……どうぞ」

 何故犯人のコイツが罪を認めないのか、そして何故認められないのか。その答えはたった一つである。

 コイツが罪を認めない理由、それは「証拠がない」から。

 コイツに証拠がないからコイツをどれだけ揺さぶってもコイツはシロのまま終わる。終わってしまう。

 そして、コイツが罪を認められない理由、それも「証拠がない」から。

 コイツ自身に証拠がないから例え罪を認めたとしても逮捕の後会場には再び証拠の捜索の目が向けられる。その中に会場の人間の所持品検査があったとしたら。少女はアウト。それだけは犯人にとって許されない事の様だ。どんな理由かは定かではないがな。

 だから今犯人は証拠が欲しくてたまらない状況なのだ。自分が今証拠となるものを持っていたら真っ先にそれをポロッと袖からでも落とし「しまったああああ!!!!それを見るな!!!!しらべるなああああ!」とでも言って逮捕されたい事だろう。

 だが、心配無用。証拠なら俺が今から用意してやるからな。

 俺が用意する証拠は酔い止めのカプセル。真由美から貰ったヤツな。これで勝負を賭ける。

 何?それじゃあいくら犯人がバッグの時みたいにノッてきてくれても警察が調べたらすぐに毒じゃないとバレる?はいはい分かってますよ。ちゃんと分かってる。俺が罠に嵌めた様にすればいいんだろう?亜城木夢叶先生の『擬探偵トラップ』みたいに。そしてあと必要なのはいくつかのキーワードと行動。それに関しては相棒を信じるほかない。


 俺は右のポケットの中から風邪薬のカプセルを中指と人差し指の間に挟み、手を広げた状態でポケットから手を出した。

 その手のひらに千人の人間の注目が注がれる。

 窓に背を向けている。カプセルは中指と人差し指に挟まれ、手の甲側にひょこっと顔をだしている。

 この瞬間、誰かに覗き込まれたらジ・エンドだ。俺と犯人がな!俺が犯人をペテンにかけるという「筋」を成功させる為にはまず、今この瞬間で俺が会場の人間を騙さなくてはならないという事だ。

 ああ、心臓がバクバクいっている。なんで俺がこんなリスク背負わねばならんのだ、と思うが、何度も言う。自分で決めたことだ。仕方がない。

 ゆっくりバッグに手を入れる。周りを見回すが、大丈夫、誰にもバレていない。マジシャンにでもなろうかしら、つって。

 後は簡単だ。バッグの中の右手。その指の間のカプセルを手の平に移し、今度は握り拳のまま、その手を出す。

 同じく、千人の視線が俺の右手に注がれる。

 ゆっくりと指を開くと、手の平にはカプセル。とりあえず即席証拠の一丁挙がり。

 さあ、次は相棒のターン。


「おいおいおいおいおいおいおい……嘘だろ…………」


 笑い顔のまま驚愕の声が犯人から洩れる。それはもう笑うしかないといった表情。いいねいいね、役者だねえ!

「……バカな、冗談だろう?そんな。ちゃんと捨てたはずなのに……お前魔法使いか?凄いな……え?いや、まさか。まさかだろう……」

 はい「ちゃんと捨てたはずなのに」頂きました!これ大事ね。ヤバい。凄い興奮してきた。アンタ本当に良く分かってるよ!俺のパスをこれだけ理解出来るって……うおおおお!!すげえ!!。

「処分したのに。不思議ですか?そうですよね?ダメですよ、ちゃんと確実に処分したのか確認しないと。せっかくの完全犯罪が台無しじゃないですか」

「はあ、え?でもまさかそんな事が?うん?どうなんだ?」

 このリアクションで周りはコイツが犯人である事をほぼ確定しただろう。「思わず」といった演技が上手い!キラリと光るものがある!

「さてさて、犯人さんのバッグから出て参りましたこの謎のカプセルですが……」

 分かっていると思うが、この後このカプセルがただの酔い止めである事はすぐにバレるんだ。まあ俺がバラすんだが。さあここで問題。こんな時、犯人ならどんな行動に出る?


【問題】

 確実に処分したと思っていた犯行の証拠が入ったバッグが突然現れ、その中から更に確実に処分したと思っていた毒入りのカプセルが現れた。何度も探偵に喰ってかかったプライドも知能も高い犯人です。さあ、次にどんな行動に出る?


 正解は、次のセリフ終わりで……。

「では刑事さん。このカプセルを鑑識に……」

 その瞬間、目の端で男が俺に向かって動いてくるのを確認した。


 さあ、拍手を送ろう。


 そう、そうに決まっている。あんた良い役者だよ。

 あんたみたいな犯人はそう、往生際が悪い。

 そう相場は決まってんだよ。

 あんだけ追い込まれても絶対に罪を認めなかったんだ。

 俺みたいな突然現れたガキに爽やかに事件を解決されるのだけはごめんなはずだ。

「自殺して終わる系」の後味悪い犯人だ。「スカッと爽やか」じゃ終われない。最後までそれを演じてくれよ。


 俺の手の中のカプセルが犯人に奪われる。俺は簡単に奪わせる。さあ、俺の筋書きはこれで完成だ。タスキは無事アンカーに渡った。舞台はフィナーレへと走り出す。

 犯人は窓際に立ち、振り返り、奪ったカプセルをすぐさま口に含む。

「や、やめろ!!」

 刑事が叫ぶが、その言葉は空しく会場に反響し、カプセルは男の喉に吸い込まれていった。

「名探偵」

 不敵な顔で俺を見据える。何の特徴もない顔だなんてよく言ったもんだよ。今では中堅俳優ばりの渋さが表情から滲み出てきてるさ。

「お前の言う通りだ。俺が犯人だ」

 はい、自白頂きました。その瞬間、犯人の額から「犯人」の文字がスッと消えた。罪を認めると、消える仕組みなのだ。

「参ったぜ。本当に。俺の計画は完璧だったのによ。とにかく監視カメラの全てを把握して、一切俺のいた痕跡を残さずにいたのに。車もスモークにして正面玄関から入る時だってわざわざ人影に隠れて映らない様にしてよ。マジでこれ大変だったんだからな」

 っていうかコイツもいちいち超人だよな。人間業じゃないし……。

「だから言ったじゃないですか。警備さんも凄いし、犯人さん、貴方も凄いって」

「どうも……。まあ、何が凄いってそれを看破したお前が一番凄いんだがな、探偵よ」

「どうも」

 いかん、コイツに言われるともうなんか素直に嬉しい。犯人を一個人として尊敬する俺が生まれていた。

「流石だったな。俺の完敗だ。だが、俺は絶対に逮捕されない!逮捕されるぐらいなら、負け逃げだ。今ここで死んでやるよ。俺自らの毒でな、じゃあな!あばよ!」

 筋書きとしてはここでシーンとなって体に何の異常もない犯人が「……何、何故死なん?」みたいな感じで俺が罠に嵌めた件に持って行きたいんだろうが、もうちょっとこの犯人と遊んでいたくなってしまった俺は、間髪入れずに犯人に質問をする。

「犯人さん給仕さんはどうだったんですか?あの少し頼りなさげな給仕さん。罪をなすりつけようと考えたんでしょうが。あれも計画通りだったんですか?」

 そしてここからは俺と犯人との悪ふざけタイムが始まる。ていうか発端は俺なんだがな。

 突然筋を曲げた俺を犯人は信じられないといった表情で見つめる。ぷぷぷ、み、見んなって。

「……。勿論だ。今日のパーティーに一人入りたての新人がいる事もリサーチしていた。どいつかは一目見て分かったよ。チャンスを待ったのさ。新人が主役に配給する事もなかなかないが、執念深く待てば一度くらいは機会が巡ってくる。予想以上のテンパりっぷりであれは俺の想像以上の当たりくじだったんだがな」

「やれやれ、可哀想な事を」

「まあいいじゃねえか。結局は最初からお前が俺を疑いまくったおかげであいつは、あんなに濃い、場を掻き回してくれそうなキャラだったのにとっとと退場して、ただのフェイクファクターにさえなりゃしねえ。まあ、最初の最初で俺ははずれくじ引いてたみたいだからな。今日ここにお前みたいな奴がいるなんてな」

「どうも」

 俺の質問に答える流れからセリフを締めに向かえる様に構成していく犯人。こいつはどうやら次で死にたい様だな。そんな風な意味合いのアイコンタクトを俺に投げかけてくる。だが、そうはさせん。そうはさせんぞ!!

「だが、最後は俺の勝ちだな。俺のスピードを甘くみたな。簡単にカプセルを奪われやがって。負け逃げじゃないな、これは。俺の勝ち逃げだ!絶対に逮捕されてたまるか!俺自身の毒で死んでやるよ。じゃあな!あばよ!」

「随分と体を動かすのが得意みたいですけど、何かスポーツでもやられていたんですか?」

 フハハハハハ、今犯人「お前?」みたいな目で俺の事見たよ。ククク。

「……今では机に噛り付いてる様な仕事だが、昔はな。運動と名のつくものならなんでも手を付けてたくらいだ」

 今更どうでもいいだろうといったこんなくだらない質問にも律儀に答える犯人。コイツ本当に良いヤツだな。良い人殺しだ。コイツがこんなに良いヤツという事は被害者は相当悪いヤツだったんだな。そりゃ殺されても仕方がないよ。

「通りで。犯人さん、超人ですね」

「……だからお前には言われたくないっての」

「どうも」

 再び会話の軌道修正を企てる犯人。

「だがな、そんなお前に一矢報いさせてもらうぜ。俺にはこんな事しか出来ないがな。どうするかって?そうさ、俺自身の毒で死んでやる。地獄で会おうぜ!じゃあな!あばよ!」

「何かコツみたいなのあるんですか?監視カメラに一度も映らないのは?」

 俺はまた直ぐに質問を投げかける。犯人は再び俺を凝視する。俺は目を合わせない。笑ってしまいそうなのを必死で我慢する。ていうかこいつちょっとヤケクソ入ってきてない?「地獄で会おうぜ!」って……。ふふふ。笑わせるなよ。

「……まあ、要はカメラの目になって自分が動けばいいんだよ。自分がカメラに映らない様に動くのは疲れちまうからな。会場を俯瞰で見渡すイメージで、そこにいる自分を遠隔操作する感覚で動くというかな」

「なるほどなるほど。簡単に言いますけどそれってかなり難易度高いですよ。本当に犯人さん普段何されてるんですか?」

「そんな事今更言って何になるんだ。もう俺は終わりなんだ、おしまいだよ。だがよ最後ぐらいは俺自身の手で幕を引いてやるよ。逮捕されるなんて真っ平だからな。俺がたった今飲んだ毒でな!じゃあな!あばよ!アディオス!」

 ア、アディオス!。アディオスって……ぷぷぷ。ようしようし、じゃあな、じゃあな、次の質問は……。

「ところで犯人さんって猫好きですか?」

「お前さっきから俺の良い所でちょくちょく質問挟んでくんなよ!特に今の何?今さら俺が猫好きかどうか聞いてどうすんの?好きだけども!ってかさっきから俺なんで死なないの!!??」

「はははははは!」

 はははははは!コイツ最高!俺の悪ふざけに耐えきれず思わずツッコんじゃった。「なんで俺死なないの!!??」って?ハハハハハハ!「好きだけども!」だって!ああ!あああ!やばい!面白い!!。

「いやあ、傑作ですね犯人さん!笑わせてくれますねえ。ふふ。ずっと、良いタイミングで終わろう終わろうとしてましたよね、ふふ。あばよ!地獄で会おうぜ、ですっけ?ははは。最後はあ、あ、……アディオス……ぷぷぷ」

 ああ、楽しかった。これで終わりか。終わりなんだな……。そもそもは魔魅子を見る為になんとしてでも早く終わらせたかっ

 たんだが、この流れなら余裕で家に帰るのは間に合いそうだ。自分

 で自分に少し驚いている。終わるのが勿体ない事なんかがあるんだ

 な。感慨深いよこれは。

「まさか……ひょっとして……。お前!謀り……やがったな!!」

「はっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」

 さあて、これで筋は戻った。

 俺はそこで簡単に会場の人間に証拠は犯人が見事に処理をしてしまった事、だから偽物のカプセルをバッグに仕込み、犯人を罠に嵌めた事を説明した。

「お前は『擬探偵トラップ』か!!」

 最後のツッコミまで俺と完璧にシンクロしていた。まさに相性抜群。


「疑心暗鬼に駆られましたね、犯人さん。あなたはこのバッグに反応するべきではなかった。更に偽物のカプセルになんて絶対に惑わされるべきではなかった。貴方の持参した毒がどの様な形状なのかは今となっては定かではありませんが、よく見たら違いもあったでしょう。冷静さを欠いてしまいましたね」

 毒入りのカプセルを即席で創作し、犯人がそれに完膚なきまでの動揺を見せる。そこからの死を決意しての自白。俺が罠に嵌めたと周囲は認識しているのだからまさか犯人の言動の全てが演技だとは誰も夢にも思うまい。

 ここで大事なのは犯人が犯人である事を確定させる事。そして一瞬でも証拠のカプセルを存在させる事である。そしてその後にカプセルが偽物であるとぶちまける。犯人の処理は完璧だったのだと、もう証拠はこの世に存在しないのだと俺の口から説明する。だから犯人を自白に追いつめるには偽物のカプセルを用意して犯人を嵌めるしかなかったのだというロジックが生まれる。それは勿論俺の中のロジックなのだが、それを周りの人間にも押し付ける。

 これで、犯人は無事捕まる事が出来、後の証拠の捜索もなくなるというわけだ。少女にスポットライトが当たる事もあるまい。これだけやれば犯人よ、お前も安心だろう。

 犯人が口を開く。幕を降ろす為だけの芝居がもう少し続く事になる。

「じゃあそもそもは何なんだ。バッグから何から」

「午後4時32分、その時間までは貴方はバッグを持っていた。僕に分かるのはそれだけです。そしてそれ以降は貴方はバッグはもっていない」

「絶対時感……」

 困った時の絶対時感。一応これくらいの辻褄合わせをしとかないと、ね。証拠がないのならば何故俺は犯人を特定出来たのかって事になるからな。まあ、今のはそれを慮っての犯人のフォローなんだろうがな。自分が捕まるって時にわざわざ悪いね。だけど実際はこれ理由になってないのよね。これ結局「俺がバッグを持っている人を見た」ってだけの話なのよね。根本的に何故俺がコイツを犯人だと思ったかなんて一切触れてない。まあでも誰も疑問に感じないんだろうな。

「いくつかの推理で8割はあなたの物だという自信は生まれていたのですが、まあ、正解で良かったです。あと」

「あと?」

「探偵が最初から事件の証拠を持っていたなんて、ミステリファンが聞いたら烈火のごとく怒り狂うでしょうから。なるべくこれを出さずに事件を解決したかったんです。それが一番ですからね」

 俺の適当な説明を会場の人間は真剣な顔で聞き、大きく頷くのだった。

 そこで思わず犯人が笑う。おいおい、確かに滅茶苦茶だが、あんまり笑うな。しかし自然と俺も笑いがおきてきた。何でこんな馬鹿話を周りは、いい大人が揃いも揃って真剣に聞いているんだ。どこかが変だって少し考えたら分かるだろうが。結局俺はどうやってバッグを入手したんだよ。犯人が完璧に証拠を処分したって、なんの根拠があって俺は断定してんだよ。いくつかの推理って具体的に何の事だよ。そもそも絶対時感ってなんだよ!あーあ、皆素直過ぎて参っちまうぜ。そうやって俺と犯人、二人して必死に笑いを堪え続けた。それは素敵な時間だった。

 悪戯小僧の様な笑いを含んだまま犯人が俺に質問をする。

「じゃあお前俺があのバッグに反応しなかったらどうするつもりだったんだ」

「違う証拠を見つけ、似たような罠を仕掛けました」

「賭けだったっていうのか」

「一か八かでした」

「それに俺は……」

「まんまとひっかかってくれました」

「それにひっかかった俺は、つまり」

「犯人です」

「そしてお前は」

「名探偵」

 卒業式の声だしか。犯人の悪ふざけだった。さっきのお返しのつもりか?ふふふ。

 そうして名残惜しくも事件は解決した。


 パトカーに乗せられる前の犯人と少し会話をした。いつもの犯人と同様にヤツはどうして自分が犯人だと分かったのかと聞いてくる。俺はそれこそいつもの様に冗談まじりで答えてやった。


「今回もお見事だったね、徹君」

 会場を後にし、船から降りた俺と真由美は港を歩いていた。風が涼しくて心地良い。

「今から帰っても今日中には家に帰れるしね。魔魅子にも間に合うし、良かったね」

 俺は歩きながら背中で答える。

「うるさいよバカ。まったく。俺は嫌なんだよああいうの。ずっと言ってるだろうが」

「うわ……。徹君が冷たいよー。えーん」

 両手を両目に当て、泣きマネをする真由美。何をはしゃいでんだ、コイツ。

「あのな」

 歩みを止めて俺は後ろを振り返る。

「お前には例の如く聞きたい事が山ほどあるんだよ」

「ん、なに?」

 首を横に傾け呑気な声で聞き返す真由美。

「お前、何で給仕のスタート地点から犯人との交差点との距離が分かった?そりゃあモニタールームでしっかりと見れば交差点の場所くらいは特定出来るだろうが、8メートル91センチ。あの数字はどうやって出したんだ?」

「ええ、だってそんなの簡単だよ」

 真由美は爽やかな笑顔を俺に向ける。

「モニターだろうが肉眼だろうが置かれたてだろうが生まれたてだろうがあんな距離……」

 そして、当たり前の様に答えた。

「計算すれば一瞬もかからないよ」

「…………」

「モニターを見る限りじゃそりゃあ勿論実寸は分からないけど、それならこっちで実寸に変換してやればいいんだよ。縮尺と拡大ね。例えばモニターに映っているあるテーブルとあるテーブルの間が1センチだとするでしょ?それが現実では25センチだとする。あとはモニターの中の数字を25倍していけばいいの。まあ実際は奥行もあるわけだから遠近感も考えなくちゃだし、カメラの向き、入射角やズームの割合なんかも式に加えて、もうちょっと入り組んだ計算にはなるんだけれど、考え方としては変わらないよ」

「……ああ、そうですか」

 野生の測量士か、という言葉を俺は飲み込み次の質問をする。

「あと、犯人が犯行前に俺たちの直ぐ隣にいたなんて、全然知らなかったぞ」

 俺が真由美に糸口を聞いた時の事だ。犯人が俺達の隣のテーブルにいて誰かと喋っていた事を教えてくれていた。あれのおかげで推理の糸口を見つける事が出来たわけだが、俺は全く覚えていない。

「それは徹君の目からはあの人はその時点で犯人じゃなかったんだから仕方ないよ。私は直ぐに思い出したよ、あの場所は」

「質問の答えになってないぞ、真由美」

 確かに真由美の言う通り、隣のテーブルに犯人がいた時点ではまだあの男は犯人ではなかった。だから俺は覚えていない。隣のテーブルにいるただの一般人の顔なんか覚えるわけがないし、そもそも気に留めてさえいなかった。覚えるどころか見てさえいないのだ。だから俺は真由美に聞きたいのだ。

「じゃあお前は何であそこに犯人がいたって覚えてたんだよ」

 厳密にいうとその時点で犯人でもなんでもない何の特徴もない男がいたという事を覚えていた、だが。

「千人近くいたんだぞ。事件がいつ起きるのかも分からないその中で、お前事件が起きたその瞬間からその前の全員の行動を思い出せたっていうのか?それこそ……お前……絶対……じゃあるまいし」

「なに?絶対……何?」

「だから……絶対……ごにょごにょだよ」

「え?なになに徹君、聞こえないよー。もっと大きな声で」

 どうしても言い渋る俺に猫の様に目を輝かせ追及してくる真由美。こいつめ。

「ぶつぞ」

「いたい。ぶったよーもう」

 頬を膨らませ、抗議する真由美。いい気味だ。

「絶対時感だって、『ええ、徹君ってば何言ってんの!?』って思っちゃった」

「やめてくれ!俺も猛省してるんだから!」

 俺はうずくまり両手で耳を塞いだ。やばい。死ぬ程恥ずかしい。中二丸出しとはまさにこの事か。俺は顔から火が出そうになるのを懸命に堪えながら話を進める。

「そんな事どうでもいいんだよ。で、答えは?お前は何で犯人が近くにいたのか思い出せたんだ?記憶力か?」

「千人皆なんて記憶してない」

 真由美は絶対記憶を否定した。

「だったら……」

「でもあの人は変だったよ、ずっと」

「え?」

「会場中で一番。凄く神経使ってた」

「…………」

「だから最初、あ、この人私服の警備の人なんだって思った。警備員としてではなく、人ごみに紛れて怪しい人間を探し出すって、最近は珍しくないしね」

 だが実際に男が神経を使っていたのは怪しい人間を監視する為ではなくそれとはまったくの正反対の理由だった。一切監視カメラに映らない様に、殺人を実行する為の神経。

「だからなんとなく、本当になんとなくだけど、気にはなっていたんだ。それでも席を立ったり遠くに行く時までわざわざ目で追ったりはしなかったけど。近くのテーブルに居る時はちょっと観察してた」

 真由美は続ける。

「警備の人じゃないって気が付いたのは、事件が起きた瞬間」

「何で警備員じゃないって気が付いたんだ?」

「あの人、事件が起きたのに見なかった。一切、見ようともしなかった。まるで何が起きているのか、知っているみたいに……」

「…………」

「だから徹君ほど確信的じゃないけど、ああ多分この人犯人だって思ったの。それでその瞬間から頑張ってあの人に関する記憶を掻き集めたんだ」

 なるほどな。それで俺に助言を与える事が出来たのか。

「で、あのうだつのあがらないおっさんは」

「一応、ね」

 まあ、帽子被っていたからな。ひょっとしたら「犯人」の可能性もあったわけだ。

 うだつのあがらないおっさんに関してはそんな事だろうとはあらかた予想していたので俺は気にせず話を先に進める。最後の質問だ。

「じゃああの信じられないくらい程に可愛らしい絵画から飛び出してきた様な清楚な天使……いや少女は」

「ああ、あの子ねー」

「あの子も現場を見ようとしなかったのか?それとも帽子だったからか?話しかけて一緒に行動していた?」

「それはどっちも逆」

「どっちも逆?どういう意味だ」

「あの子は見てた」

「そうか。だったら怪しい事はなかったんだ・・・・」

「事件が起こる前からね」

 事件が起こる前から……。

「首を振る挙動があの子だけなかった。最初から見ていたんだよ。まるでこれから起こる惨劇を特等席でしっかり見ようとしているみたいに。それに……」

「それに?」

「笑ってた」

「…………」

「嬉しそうに。すっごく可愛らしい、少女らしい笑顔で」

 天使の様な悪魔の笑顔ってヤツか……。

「じゃあ一緒に行動していたのは……それも逆って事は?」

「そう。向こうから誘いをかけてきたんだ。わざとあの記者さんにぶつかって。両親がいるとか言っていたけどそれも嘘かもだったし。それともあれが本当の両親だったのかな?ちょっと掴みどころがなさ過ぎたよね」

 つまり真由美が俺の助手である事を知って、敢えて近づいたって事か……。

 これで俺が真由美に聞きたい事は終わりだ。自然と大きな溜息が漏れる。

「どうしたの徹君?」

「いや、何でもない……」

 お前が、探偵やれよという言葉を俺は我慢する。

「じゃあ、徹君、私からも質問」

 俺のジレンマには気にも留めず、真由美が右手を上げる。こいつはまったく。

「……はい、川原さん」

「結局あの二人の関係性って、何だったのかな?」

「それは……」

 それは、謎ではある。

 何の変哲もない凡庸顔のおっさんと天使の様に愛らしい少女。

 一体どこで知り合い、どこで共犯関係を結んだのか。そもそも知り合いなのか。まあよく分からん。俺は動機とか本当にどうでもいい質だしな。殺人起こすヤツの理由や気持ちを聞いて一体どうしようってんだよ。何か役立つか?自分が殺人起こす時の参考にでもするのか?

「さあな、どこで出会ったのかは知らねえが、利害の一致でもあったんじゃねえの。お互い被害者に恨みがあったとか」

「それはないと思うんだけどなー」

 適当に言った俺の返事を真由美は直ぐに否定する。

「なんでだよ」

「犯人さんの方には動機はあったと思うんだ。毒殺だし、殺したくて殺しましたって犯行だし。でも正直あの人犯行がバレても恨みさえ晴らせれば良かったんだと思う」

 出たよ。真由美の「思う」。何の根拠もない癖に。それでもこいつの「思う」はだいたい当たる。

「で、少女の方は違うのかよ?どう『思う』んだ?」

「あの子は被害者に恨みなんてなかったと思う。そもそも何の関係もなかったんじゃないのかな」

 何の関係もなかった?そんなまさか。

「いや、でもあの子は確実に『犯人』なんだぜ」

 俺の能力が誤作動する筈がない。そもそもそれはあの犯人だって認めている。

「それは分かってる。うーんとね。何て言えばいいかな……」

 真由美は少し首を傾げ考える。

「恨みじゃなく。打算じゃなく。利害じゃなく。単純に楽しんでたって感じ。うん、そうだ。それだ!あの子遊んでたんだ。殺人事件で」

 …………。

「遊んでたか。いやはや」

 そいつは…………なんとも強烈にイカれてる話だぜ。

 被害者に恨みを持った犯人と殺人事件に愛着を持った少女のコンビってわけか。

「ただ、何で犯人さんはあの女の子の事をあれ程守ろうとしていたのか。これだけが分からないんだよね。私の考え通りなら殺人事件という目的は一緒でも利害は違うんだし、そもそもお互い顔も知っていたのかな、知らなかったんじゃないのかなって私は疑ってるくらいなんだけど。それなのに何で……」

「何?お前そんな事も分かんねえの?」

「え?徹君分かるの?」

 やれやれ、まいった。こいつはとんだお間抜けちゃんだぜ。考えたら分かるだろうよ。

「それに関しては簡単な話だな」

「お願い。教えて」

 手を合わせて懇願する真由美。俺は絶対の自信を持って答えるのだった。

「お前、あの子見てなんとも思わなかったのかよ?あの子『魔魅子』に超そっくりだったじゃねえかよ!そりゃ守ってやりたくなるに決まってるぜ!」

「それは徹君の理由でしょ」

 真由美のびっくりするくらい冷たい視線が俺に降り注ぐ。

「まあ、そこいらはもう分からん。いいじゃねえかよ。早く帰るのが俺達の目的なんだからよ。ほら、早く行くぞ行くぞ」

 どんだけ考えたって、分からんものは分からんのだ。今更答え合わせが出来るわけでもあるまいし。そもそもその答えに俺は何の興味もない。それよりも今何が一番大事なのかを考えるのが、まさに大事だろ。

「ああ、じゃあ最後に徹君」

「なんだよもう。まだ何かあんのかよ」

 もう、俺はどんだけ振り返ればいいんだ。まったく。

「ちゃんと新しいの、買ってよね」

「……ん?」

 ち、コイツ覚えてたか。

「何のことかね」

 俺はしらを切る。

「ひどーい。バッグの事だよ」

「おや、今日は誰かの誕生日だったかな?真由美君は今日じゃないしなー」

「自分の失敗をプラスに代えたなー」

 恨めしそうに俺を睨む真由美。当然バッグは警察に証拠として持って行かれた。

 この話はこれで終わりと宣言する様に再び歩き出す俺。するとその進行方向にある一つの小さな影を見つけた。

「おやおや」

「おやおや」

 おやおや。


 ふふふふ。

 少しは褒めてあげるとしましょうか、少年探偵よ。

 まさかあたしがプロデュースした犯罪が解決する事になるなんてね。それもこんなあっという間のスピードで。こんな事生まれて初めてよ。一体全体どうなっているのかあたしにもよく理解出来ない状況だわ。

 そしてあの男。あのままシラを切れば誤魔化せたかもしれんものを。何を一切関係ないバッグに何を驚いているのかしら。わけわかんない。ただ監視カメラに一切感知されないあの技は、あたしが少し助言したと言っても流石に人間離れしていたわ。というかまさか本当に一度もカメラに映らずに移動するとは。あたしの予想を上回るポテンシャルだったわ。見事と言えるわね。あれは褒めてあげないと。

 そう考えると、問題はそっちにはないって事。問題はあの小僧。突然登場してあの男を指差したあの自信。確信。そして推理と呼べないぶっ飛んだ主張。絶対時感ですって?なんなのよそれ。聞いた事ないわよ。警察も周りの人間もなんか言いなさいよ。あれのどこが推理って言うのよ。まったく、ミステリを馬鹿にしているとしか思えないわ。許せない。どこかにハッタリのタネがあるかと思ってあの助手の女にくっついてはみたものの結局最後まで何も出てこなかったし。

 だがまあ、それまでよ。どれだけ超人的な能力があったとして、どれだけ説得力のある推理を披露したとして、結局はそれまで。あの小僧の限界はそこまでってこと。

 あたしにまでは至らなかった。

 至れなかった。

 あそこまであの男を追いつめておいて、ふふ、あたしの存在には一切気が付かなかったようね。まあ無理もないわ。まさかこんな可憐で清楚でプリティなあたしが犯人だとはね、誰も思わないでしょう。

 あたしが今この手に持っている十字架のネックレス。これが本物の毒入りの、実際の犯行で使われた証拠であるのに。まったく愚かなヤツね。ふふふふふふ。

 謎は謎のままに。

 犯罪に意味などない事が、これで証明された。

 今目の前を小僧探偵と助手女が歩いてきている。探偵が聞いて呆れる。アホ面さげて真の証拠の横を素通りするがいいわ。

 事件を解決させたと勘違いしている愚かな探偵があたしの横を通り過ぎる。ふははは、あたしの勝ちだ。ふははははは。

「あれ?」


 気が付くとあたしの手にあった毒入りペンダントがなくなっていた。


「あんまりイタズラすんなよ」

「そうだよ。おしりペンペンだよ」

 あたしに一瞥もくれず背中を向けたまま二人は言い、探偵の手には今の今まであたしが持っていたペンダントが握られている。そしてそれを2、3度手の上で軽く弾ませた後、勢いよく海に放り投げた。

 探偵と助手は結局一度もあたしを振り返る事もなく去って行った。


 さあさあさあ!やっとです。やっとですよ。

 とうとう。とうとう待ちに待った時間がやってきましたよ!!

 パーティー会場を後にしてから真っ直ぐに、楽勝な時間に家に帰ってこれた。その時間を利用して今までの放送のおさらいも軽く出来たし、準備は万端。実際パーティーに最後までいた方が時間がかかったかもしれんと俺は考えているくらいだ。それならば俺は犯人に感謝せねばならぬまい。事件を起こしてくれてありがとうと。俺を早く帰らせてくれてサンクスと。うーん、ちゅっちゅ♪

 現在時刻は2時30分。魔魅子を今から生で見るわけだが勿論録画予約も忘れない。

 トイレには行った。余計な水分も取っていない。お菓子は置かない。部屋も掃除した。

 時計の時刻が2時32分を指した。

「始まった。ひょう!!やったぜ!!」

 俺は嬌声を上げる。

 そこには青い画面、無機質なテロップが流れる

「監督のザイツタミヤこと、財津民也が本日起きた殺人事件の容疑者として逮捕された為、『世紀末魔彼女カタストロフ魔魅子』最終回は中止とさせていただきます。尚今後、放送の予定は一切ございません」

「あ…………あ…………ああああああああ」

 ああ、あああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……………………………………………………………。


 超越探偵 山之内徹 第一話「名探偵は知っている」超越探偵パート 完



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