超越探偵の弱点⑳
さて、これで全ての事件が終わった。
最終話だし、もう時間もない。
物語は勿論、ハッピーエンドだ。
さあ、エピローグに入ろうか。
と思うのだが、実はそういう訳にもいかない。もう一つ、今回の事件のある謎解きが残っている。
その為に、全てが終わったショッピングモールをあとにして、俺は病院に来ていた。
そこのある病室での、会話。
「貴方、本当は潜入捜査でも何でもなかったでしょう?」
「ああ」
「組織の一員だった。『ジャイロマニア』の計画に普通に参加していた」
「ああ」
何一つ悪びれる様子もなく淡々と白状する橋本
「状況を見て潜入捜査だったという筋書きに『転換した』」
「ああ」
恐ろしい。何て頭のキレだ。
「大まかにああいう状況も想定はしていたんだ」
命に別状はないが、しばらくは絶対安静だそうだ。ベッドに入っているが、体だけは起こしている。
「だから当然、潜入捜査の報告書も作ってはある」
横の机に置いてある鞄を見る。
「『部下の柳田刑事に怪しい動きがあり、本部に反対されるといけないので自己判断で潜入していた』とでも言えば。懲罰?まあ最悪懲戒になっても仕方がないが、捕まる事はない。まあ、これはデカい」
淡々と喋る橋本。その端正な顔。額には「犯人」の文字。
「目的かい?保身ではない。成り行きではあったんだがな。様子も見ていた。君達に分がありそうなら最終的には正義側につこうという、ね……」
「そんな話をしにきたわけじゃないんですよ」
俺は橋本の話を遮る。
「嘘は結構です」
「……やはりバレるか」
「俺も大嘘つきですから」
「ははは。言えてるな。『ハラペーニョ』」
「ははは」
橋本の今の話、それは嘘でもあり、本当でもあるのだろう。そんな気持ちが無い事もなかった。だが、真実ではない。整然とした理由は表向き。実際は、真実は……。
「貴方が俺達と行動を共にしたのは―――」
何か理由がある筈だと思っていた。
「ジャイロマニア」としての?いや、違う。
いつでも俺達を襲う事は出来た。
それ以上の目的。
テロ以上の。
人質以上の。
思想以上の。
俺はその言葉を述べる。核心を衝く。
「全て―――真由美が狙いだったんですね」
「柳田がいけない。真由美ちゃんを狙ったからだ」
橋本はゆっくりと語り出す。
「君を狙ったのなら決して庇いはしなかった」
その目は揺るがない。揺るぎようがない程に。真っ黒だった。
「そもそも真由美ちゃん以外には皆死んでもらうつもりだったからね」
それも真実だろう。
「俺が真由美ちゃんを庇った話だが。あの場で真由美ちゃんを傷つけていたら、君の話じゃあないが、俺も、『ジャイロマニア』も『謎の組織』も、全て何もかも終わりだった。柳田は本当に愚かだ」
コイツは……どこまで知っているんだ。
「真由美ちゃんの祖父である川原桃源は財界、政界、あらゆる分野で顔が効く。更に父親の川原大悟は世界中でその名を知らない者はいない何でも屋だ。そのご令嬢を人質に出来るのなら、ショッピングモールにいた百人や千人の名もない只のゴミの様な人間や、爆弾による暴力よりも、『ハラペーニョ』よりも、よっぽど価値のある存在だったんだよ。だが、それも勿論あるのだが、それだけじゃない、俺にとって一番の値打ちは、欲しいと思ったのは……」
その先の言葉は、言われたくなかった。
「何よりも本人のその―――才能だよ」
それが、俺が一番危惧していた事だった。俺の核心だった。
「真由美ちゃんをこちらに取り込めば、世界を手にしたも同然だ。祖父との繋がりで財界、政界へとアクセス。父親との繋がりで世界中の団体。そして、それらの価値を凌駕する本人自身のポテンシャル」
みるみる橋本の目は輝き出す。
「どうしても欲しかった。チンケなテロに参加して、モチベーションが下がっていた矢先の吉報だ」
それで味方の振りをして俺に声を掛けたってわけか。あの瞬間から全てが始まり、狂い始めたって事か。
橋本が「ジャイロマニア」ではなく自分の為に動き出した。
最後の方なんて、殆ど真由美としか話してなかったからな。
堂々と勧誘していたって訳か。
「最初地下に行こうと提案したのは?」
「地下には『ジャイロマニア』の仲間がいたからね。そこまで行けば真由美ちゃんはこちらの手中だった。折角所属してたんだ。組織は利用しなきゃ」
やはり、か。何か目的があるのかと思ってはいたが、じゃあ最初に地下を選んでいたら真っ先にゲームオーバーだったってわけだ。そしてそれは、
「それは、君の正義感の強いお友達に邪魔をされたがね」
範人。あの時点でアイツが俺達の命の恩人だったんだな。
「彼に反対してなんとしても地下に行きたかったんだが、それで不審がられたら元も子もない。あの時点では1対4だったろ?僕が圧倒的に不利だった。ちょっと不安でね。それで柳田を呼び出したんだ」
そこで二階での柳田の登場。
「そして柳田に君とあの大屋とかいう記者、二人を始末してもらおうと思ったんだ」
二手に別れての爆弾探し。あれはそういう意味か。俺達の命は再び危機に晒される。
「そしてこちらの組もまだまだ不安だったからね。柳田に頼んで近くにいたメンバーを用意した。増田と石橋だ。これはまあ人材ミスだったな」
爆弾専門の石橋がいたからな。結果的にはこちらの良い様に作用してくれた。
「そして、残りの人間を集めたのは全部柳田だ。いや、君が集めたと言っていいのかな。君を始末もせずに帰ってきたら柳田の奴、目が違っていた。君の話に夢中じゃないか。たいしたもんだよ。君はあっという間に『ジャイロマニア』のサブリーダーを取り込んだんだ」
更には「謎の組織」のゲスト、彩華の登場もあったからな。俺のハッタリと相まって柳田にとっては不幸な経緯があった。
「初動で君の友達に一手取られた。そしてその次は君のレトリック。それだけで俺は君にも、真由美ちゃんにも、一切手出しが出来なくなったんだ」
橋本にとっても、様々な誤算が起きていたんだな。
「俺が甘かったんだ。何で君に声を掛けてしまったんだろうか。数なんて気にせずに殺してしまえば良かったんだ。それが最良の選択だったのに……あーあ」
悔しくもなんともなさそうに橋本は喋り続ける。
「途中で柳田には何度も提言したんだがね。早く山之内君は始末すべきだって。それでもヤツの中には俺が警察のスパイではないかという疑いもあったしね。あの感じだと君が上手くそこも突いた様じゃないか。さっきも言った様にどちらに転んでもいいように細工していたのがまずかった。柳田は同じ刑事だからな、警察側からの情報も手に入れていて俺を怪しんでいた。最後の方はまるで敵を見るかの様に睨まれていたからね。でも、考えてもみろよ、何で警察のスパイが一般人を殺せなんて言うかね?柳田は、結局俺と馬が合わなかっただけなのかもな」
最後は独り言の様だった。味方の数と敵の数を計算したり、どちらに転んでも良い様に画策したり、か。全く、似た者同士か。俺達は。
「だから、君の始末を武闘派に頼んだんだ」
「…………」
「ちょうどよく何故か組織内に『柳田不審』が起こりつつあったからね。利用させてもらった」
「…………」
まあ、そういう事ですか。本当、なんだこの事件。俺はずっと彩華と闘っているつもりだったのだが、それは「謎の組織」に仕組まれていた事であり、更には、俺と橋本がお互いに「ジャイロマニア」を駒にして、利用して、対決していたって事じゃないか。
なんなんだよ、まったく。不純物が混ざり過ぎだろうが。
「まあ、最後には武闘派も無力化させた君には感服したよ。その時点で俺は『ジャイロマニア』の負けを確信した。一瞬でテロリスト30人が中学二年生1人に翻弄され出したんだからな。しかも、口先だけでだ」
それで増田達を簡単に売った。俺の肩を持つ発言が多くなり、最終的には真由美も庇った。
「最終的に、俺は君側に転んだんだ。完敗さ」
両手を広げて口の端を持ち上げる。
「まあ、まさか全部が全部ハッタリだったとは思わなかったがな。君の心臓は一体どうなってるんだい?」
「どうも」
俺は恐縮する。
いや、待てよ。橋本は最初から、俺の味方をしていたんじゃなかったっけ?増田を売るのも、俺をフォローするのも、結構最初の頃だ。
俺の疑問に気が付いての返答なのか、関係ないのか。橋本は話をまだ続ける。
「それでも俺は君に一矢報いたかった。君に寝返っていたにも関わらずやはり君には消えて欲しかったんだ。六階に行く前、俺が柳田に何度も言ったんだ。『狙うなら山之内だ。用が済んだら山之内を狙え』ってね」
なるほど。味方しつつも殺せたら殺す、って事。それってつまり、味方じゃないって事じゃん。
「そして柳田は、最終的に真由美ちゃんを狙った。さっきも言ったが、俺は、君の所為で疑われていたんだな。全く、似たような真似をしてたって事さ。だが、君の方が、俺よりも柳田の信用を勝ち取っていた。少なからずショックだったなあれは。結局俺は真由美ちゃんを庇わざるを得なかった。保険も掛けていたのに。『柳田に気をつけろ』って。言ったろ?」
それは六階に上がる前に橋本が俺に言った忠告だった。
「保険?あれがですか?何で?」
橋本は何ら悪びれる様子もなく、淡々と説明を続ける。
「ああ、それなら万が一、柳田が俺の言う事を聞かなくて、真由美ちゃんを撃とうとしたら、君が庇いにくるだろう」
「…………」
「俺は怪我をしない。君は死ぬ。真由美ちゃんは手に入る。一発逆転の最高のシナリオだったのにな」
結局、柳田は真由美を狙った。俺は運動神経を持ち合わせていない上に、彩華の帽子の件で、反応が遅れた。それで仕方なく橋本は真由美を庇わざるを得なかった。全てはタイミングの問題。タイミングの問題で、たまたま俺が勝利したって事か?そう考えると何とも複雑な構図になっていたんだな、あの瞬間は。
俺がその絵を全て描けていれば、まだ百歩譲って許せたのかもしれないが、偶然そうなったというのが、それで真由美に危険が生じたという事実が、俺には我慢ならない。
「だが、その後の君の大立ち回りに、友達の活躍。結果的にみたら俺は真由美ちゃんを庇って名誉の負傷。大正解だったって事だ」
「貴方は……何者なんですか?」
俺は最も気になる事を訊ねる。
「俺はアウトローさ。ただ探しているのさ。ある犯罪者を。その犯罪者を探す為に犯罪の中にいる。警察も、テロリストも、その組織の目的が違うだけで、扱うものは同じ。犯罪。それだけだ。僕にとってそれ以外の理由も存在意義もない」
「…………」
目的の為に、犯罪に身をやつす犯人。
犯罪の為に、関係ない犯罪に身をやつす組織。
目的の為に、関係ない犯罪に身をやつす男。
「俺が俺の目的の為に行動するには、何としてでも真由美ちゃんを手に入れたかった。その為に俺を取り巻く全てを利用して行動しただけだ。人間として当たり前の行動だろう?」
「そうですかね?」
「結局俺に損はなかったんじゃないかな?真由美ちゃんの株も上がっただろうし。お喋りも沢山出来たしね」
「お見通しですよ、真由美には全て。これはハッタリじゃありません」
「……素晴らしい。ますます手に入れたくなったよ」
さて、これぐらいにしておくか。まあ、だいたいの真相はこれで紐解かれた。
「じゃあ俺は帰りますが、最後に一つ」
「ああ、俺も一つ」
俺は椅子から立ち上がり、橋本を見据える。橋本も涼やかに俺を見る。
「貴方を見逃すのは、一度きりです。どんな理由があろうと真由美の命を救ってくれた。ありがとうございます」
「君に負けを認めるのはこれきりだ。見逃してくれた事も改めて礼を言うよ。ありがとう」
「だが、次に会う時は」
「だが、次に会う時は」
「貴方を百パーセントの確率で犯人指名させて頂きます」
「少々手荒な手段で、彼女を頂くかもしれない」
そして俺は病室を後にした。背中越しに声が聞こえる。
「君の『バーニャカウダ』に宜しく」
「そんな気取ったものじゃありませんよ」
真由美は俺の―――
なんだろうか。俺は、答えが浮かばず、そのまま何も言わずに病室を立ち去った。
病院の前で、範人と真由美が待っていた。彩華もいる。
範人は足を骨折していた。二階程の高さから飛び降りたらしい。まったく、こいつは無茶する最高の親友だな。そんな状態で俺をぶん投げたりしたのかよ。
俺と橋本が話しをしている間に、治療をしてもらったようだ。松葉杖をついている。
そんな範人の胸で彩華は未だにわんわん泣きじゃくっていた。おお、なんだよなんだよ。何でいつも範人ばかりが美味しい思いをするんだ。
ていうかいつまで泣いてんだよコイツ。ただでさえ慣れない事したんだからよ。俺の良心がチクチク痛むじゃねえか。
……まあ、こいつの事もこれから考えないとな。絶対に俺の家の居候に出来る様に。範人にだけは渡さないからな。
「おかえりなさい」
「おう」
真由美が俺に笑いかける。
おお、そうだそうだ。忘れていた忘れていた。これを忘れたらいかん。今回のエピソードを締め括るのに最適なアイテムじゃないか。
そもそもがコレが目的でショッピングモールに行ったんだからな。
「真由美、誕生日おめでとう」
そう言って俺はポケットから取り出したTバックを真由美に差し出した。
ぶん殴られました。
ぶっ倒れました。
で、気がついたら膝枕。
「徹君……お疲れ様」
12時を回ったらしい。真由美の魔法は解けていた。
「ああ、いい加減疲れたよ」
にっと俺は唇の端を持ち上げる。今の俺の笑顔は、誰かに近づけただろうか?
範人に、師匠に、大屋さんに。
とにかく。守れたものを噛み締めて今日は眠ろう。
真由美の膝の上で俺はそのまま眠りについた。
《追記》病院の前だったのでその後すぐに看護師さんに注意されて四人でタクシーで帰りました。
超越探偵 山之内徹 最終話「超越探偵の弱点」完
⇒ ⇒ ⇒ To be continued ⇒ ⇒ ⇒
「超・超越探偵 山之内徹」へ続く




