超越探偵の弱点⑮
体が痛い。というか、足が痛い。
地面に着いた瞬間、自分が思っている何倍もの衝撃が足に走った。当然、そのまま立ってなどいられなかったから、地面を転がる。痺れた時に近い感覚。折れているのかどうかは分からないが、自分がしばらくは動けない事を知る。
だが、オレは直ぐに地面を這いつくばる。足は動かないが、上半身は大丈夫だ。そのまま、ズルズルと這って移動する。同時に大声も出す。
「誰かーー!!!」
地面を転がりながら、叫ぶ。
「誰かーーーーーー!!!!こっちだーーー!!!」
恥も外聞もない。とにかく早く、人を呼ばないと。
「誰かーーーーーーーーーーー!!!!」
誰か、届いて、くれ。
「君!!大丈夫か!!」
声が届いたのだろう、誰かが走って駆け寄ってくる。
ゴロンと転がり、仰向けになる。
見ると、そこにはいかにも刑事と言った風体の中年の人物。
「刑事さん……」
「いかにも。もう大丈夫だからな。一体どうしたんだ?」
オレは刑事さんの質問を無視する。
「梯子か何かありませんか?」
「え……?」
オレは三階のテラス席を指差す。
「あそこから入れます」
三階と、オレを交互に見る刑事さん。
「だが、三階には見張りがいて……」
「もういません。三階は大丈夫です。あそこから突入してください。敵の勢力は今、一階出入り口と、六階イベントホールに分散しています。15対15くらいの割合です。それを参考に三階から上に行く勢力と下に行く勢力で編成して下さい。出来れば、六階を優先して頂ければ嬉しいです」
「何だって?一体どういう事なんだ。君は何故そんな事を知っている?」
オレは、その刑事さんの問いに、はっきりと答える。
「それは、最高の探偵が、犯人を掻き回してくれているからです」
俺は柳田が動きだすのは、正体を現すのは、イベントホールの中に入ってからだと思っていた。更にはそこで再び俺の「真由美の秘密基地」の説明があり、そこへと移動、壁の仕掛け、秘密の通路等、「ハラペーニョ」の詳細な居場所が分かってからだと、勝手に思い込んでいた。
俺自身が「変身中は攻撃をしてなこい」的な暗黙の了解があるものだと、決めつけていたのだ。
だが、現実的には、ここまで案内すれば……俺達はもう、用済みのようだ。
後は自分達でなんとか出来る、とでも言った所か。
柳田がこれほどシビアな男だったとは、完全に俺の読み違いだ。
更に俺の予想は悉く外れる。
柳田が片手で銃を構える。俺は、橋本か、俺自身が狙われるだろうと、思っていた。
だが、その銃口の先は…………真由美だった。
馬鹿な……。
……何故だ。
おい……やめろ。何故真由美を狙っている。
よりによって……おいおいおい、他にもいるだろうが。
裏切り者の橋本を狙え。
用済みの俺を狙え。
だが、柳田の目は、銃口は……真由美しか見ていない!!!
「真由美!!!」
やむを得ない。真由美を撃たせるわけにはいかない。
ここは俺が―――
真由美との距離は、2メートル程。
だが……運動神経が、皆無の俺は……思うようには動けない。
ダメだ……。このままじゃ……間に合わない。
そして、パアン、と。乾いた銃声がホールに響いた。
「真由美!!!」
ドサリ、と音がした。
俺は一足遅く、真由美を抱きしめる。
「ボクは平気です」
その瞳には生気がある。どこも怪我をしてはいない。
じゃあ今倒れたのは……。俺はドサリと音がした方を見る。
「橋本刑事……?」
「大丈夫……かい?」
俺達を気づかう彼の腹からは、血が流れていた。
という事は……まさか…………。
「怪我は無いかい?」
「橋本、刑事」
痛みを押し殺し、か細い声で、橋本は呟く。
……ほら来たよ。
結局、この事件でもコイツは「犯人」のクセに犯人じゃなかった。
「ジャイロマニア」に入り込んでいただけだったのだ。
しかも……最大のピンチで庇われて、真由美の命を救われるとは。
「ヒーロー」は彼だったのだ。
その様子を眺め柳田が愉快そうな声を出す。
「ふん。やはり庇ったか。お前はヤツらが送りこんだ犬だったってわけか」
橋本は本当に潜入捜査だったのだ。
そして俺が柳田に対して煽った疑心暗鬼がこの結果を招いたって事か……。
計画は良い所まで進んでいた。
柳田が橋本を狙えば良いというぐらいにまで、思っていたんだ。
結果、柳田は真由美を狙い、橋本刑事は俺達を庇って倒れた。
結果的には計画通り。計画通りなのだが。
爆弾は見つかり、俺達はまだ何とか生きている。
だが、結局、彩華に関しても、橋本に関しても、何にも分かっていなかった。
ああ、もうまったく俺は。こんなんだからいつまでたっても、誰も守れないんだ。嫌になる。
だが、ここから……俺が何とかするしかない。ここまで、計画通りなら、この後だって、計画通りにしてやるよ、畜生。
俺には橋本刑事みたいな「ヒーローシナリオ」は無理だけれど。
俺は倒れている橋本刑事の前に膝を付く。息はあるし、致命傷ではない様だ。
「橋本刑事。これから少し失礼をしますが、お許しください」
「山之内……くん?」
「ちょっとした……ハッタリの時間ですから」
そして俺は立ち上がり、真由美の手を取り、逃げるようにイベントホールの中へと入って行く。
当然、後を追いかけてくる柳田と他の面々。
中は長方形のだだっ広い空間。床はカーペット。俺はそのど真ん中まで進むと、真由美を背中に隠し、ちょうどホールのど真ん中に立った。
この行動に意味はない。ただの演出だ。後は、自分の逃げ道を無くす為、か。これぐらいのリスクは背負わないとな。大丈夫だ。俺は、負けない。
柳田と向き合い、思いっきり睨みつける。
「な、なんだ」
このゲス野郎。俺を本気で怒らせたな。
お前はこの俺が、徹底的に追い詰めてやるからな!!!!!
お膳立ては、十分過ぎる程しっかりとやった。チームの俺への信頼も厚い。きっと、上手くいく。
ようし!!!気合いれるぞ!!!!俺は大きく息を吸うと、叫んだ。
「柳田さーーーん!!!」
「??????」
俺は突然、大声で名前を呼び、柳田に駆け寄った。そして、
「流石は柳田さん。おみそれいたしました!!!」と元気よく頭を下げた。
「???????」
きょとんとする柳田。そして、次の俺の言葉で、ホール内に衝撃が走る。
俺がコツコツと仕込んだ布石を、作動させる魔法の呪文だ。
「柳田さん!やっぱり!貴方が僕達の味方だったんですね!!」
「な、なんだと!!!???」
驚きの声を上げる柳田。
そして後ろにいる「犯人」達に動揺が走る。ざわざわと顔を向かいあわせている。
「そして……」
俺は間髪入れずに話を進める。考える時間を与えるな!!
「橋本刑事が『ジャイロマニア』の一味だったとは!!」
「え?え、え?」
これはまあ事実だからな。これも助けられたぜ橋本刑事。
「謎は全て解けた……」
俺はいつもの台詞をいつもの様に口にする。ちょっと早口で。
「犯人は百パーセントの確率で貴方です!橋本刑事!!」
まさかの、犯人に銃で撃たれてホールの外の床に這いつくばっている刑事(しかも俺達を身を挺して庇ってくれた命の恩人)への犯人指名である。
「柳田さん、先程橋本刑事の事を『ヤツらが送り込んだ犬』って言ってましたけど、つまり『ヤツら』が『ジャイロマニア』で、『送り込んだ犬』というのが『橋本刑事』という事ですね!!!」
「いやちが……」
言わせない言わせない言わせない言わせないぜ!!
「ありがとうございます!橋本刑事が真由美を襲おうとしていた所を助けて頂いて、流石、正義の警察!!!!」
「よ、日本一!色男!」
真由美も訳の分からない声援を送る。大屋は電子メモをカタカタいわせて、柳田の勇姿をメモしている。ようし、いいぜいいぜ。
混乱したのは柳田の後ろから付いてきていた「犯人」達。
いや、もう混乱してはいない。
すっきり自体を呑みこんでいる目だ。
俺の「柳田不審シナリオ」が伏線として効いている。
皆、柳田を睨みつけている。
その事態に、気が付き、焦る柳田。
「いや、違う。違うんだ!!」
必死で誤解を解こうとする。
だが、そうはさせないぜ。
さあ、増田。
お前なら出来る。やってくれ!
「みんな!裏切り者だ!こいつは」
「へ」
はい増田上出来。指差す先は、柳田の眼前!!俺の代わりだ。
「こいつは警察のスパイだったんだ!!俺達に爆弾を解除させ!仲間の橋本さんを撃ったんだ!それこそが動かぬ証拠だ!!」
人脈筋の増田の言葉は他のメンバーの気持ちも固める。
武闘派さん達が柳田の下へとぞろぞろ歩きだす。黒田さんが怒りに震える。
「サブリーダー。まさかお前がな」
柳田サブリーダーだったのかよ。やっぱり上の階級だったか。彩華を知っていた風だしな。リーダーが捕まっている今、ほぼトップじゃん。
「違う。黒田、違うんだ」
「柳田、貴様……」
「私を信じてくれ!!ヤツに嵌められたんだ!話を聞いてくれ!!!」
「サブリーダー……」
床に這いつくばり、メンバーに自らの無実を訴える柳田。その目は本気だ。武闘派組のリーダー、人情の男、我らが兄貴こと、黒田さんが、そこで口を開く。
「分かった。話だけでも聞いてやろう」
「……ありがたい」
くそ、「ジャイロマニア」の絆はそう簡単には崩れないか。いや、だが、黒田さんの良い所はこれだからな。黒田さんの心意気に負けるなら仕方がない。
だが、その時、ホールに誰かの大声が響いた。
「待て!!そいつを信用するな!!」
思わぬ伏兵。ホールに入ってきた人物。それは……。
「俺はそいつに、サブリーダーに倒されたんだ!!!」
それは二階で柳田に倒されたサングラスの男。予期せぬハプニングだが、ナイスタイミングだぜお前!!!
「何だと?どういう事だ柳田!!」
詰め掛かる黒田さん達。
「いや、あれはあいつがゲストに手を掛けようとしたからで……。突然ベッドからゲストが現れて、私も動揺してしまったんだ」
成程、そういう事か。その一言で俺には理解が出来た。彩華は『謎の組織』からのゲスト。下っ端の構成員はその存在すらも知らなかったってわけか。更には俺が匂わせていたこのショッピングモールの「秘密」への興味も相まって、とにかくあの場はサングラス男を倒さざるを得なかった。いやあ、板ばさみってヤツか?柳田も大変な地位にいるんだな。
「謎の組織」と「ジャイロマニア」の関係ってどんな関係なんだろうか。「謎の組織」が上な感じだから。彩華への下っ端構成員のおいたはかなり不味かったんだろうな。まあ、つまり柳田は結果、「ジャイロマニア」の為にアイツをボコボコにしたんだな。だが、組織への忠義が一番高いにも関わらず今、味方から疑われている。
俺は更に焚火を足す。さあ、燃えろ燃えろ!!
「柳田さん。どうしたんですか。そんなに慌てて」
「山之内!!何を言っている?そうだ!『ハラペーニョ』は?『バーニャカウダ』は?『ピニャコラーダ』は?早く案内しろ!!そうすればきっと仲間も私を信じてくれる」
そう言う柳田に俺は思いっきり馬鹿にした様な視線を注ぐ。
「はあ?一体何を言っているんですか?そんなのあるわけないじゃないですか」
「……ば、ばかな」
思いっきり目を剥き、俺の顔を見つめる柳田。いや、悪いね本当に。
それだけじゃ済まないぜ。この嘘の罪もお前には被ってもらわないと。でなきゃ俺が「ジャイロマニア」に恨まれてしまう。
「嫌ですねえ。柳田刑事。これはすべて柳田刑事が仕組んだ事じゃないですか?ネーミングだって喫茶店で二人で三時間掛けて決めましたもんね。『ミートソース』がいいんじゃないかって柳田刑事、最後まで随分粘りましたもんね。ハハハハハ」
「はあ?何言ってんだ……」
「もう演技はいいんじゃないですか?」
柳田の言葉を遮り、俺は犯人達を見回す。
「いいですか。犯人の皆さんよく聞いてください。冥土の、いえ、ムショの土産です」
黙って俺の話を聞く犯人達。
「そもそも、柳田さんは『ジャイロマニア』のリーダーを罠に嵌めて逮捕したんです!!」
「ええええええええええ!!!???」
びっくりして叫び声を上げる柳田自身。
「何だと!!!!」
「まさかサブリーダーがそんな事を……貴様!!!」
「じゃあリーダーの潜伏先を警察にリークしたのも柳田だったっていうのか!!」
「確かに、それならあの突然のリーダー逮捕も、全て納得がいく!!」
「許せんぞ!柳田」
「柳田貴様!!!!」
おおいに怒り狂う「ジャイロマニア」の面々。
「違う……。し、信じてくれ……」
そのか細い声は最早誰にも届かない。
更に犯人達からの追及は続く。
「柳田!貴様というヤツは!最低だな!!人間として最低だ!!」
「身寄りの無かったお前をリーダーはここまで育ててくれたっていうのに……それを、恩を仇で返すような真似を!」
「貴様には人間の血が通っているのか!!!!」
「お前は鬼だ!!!」
「信じていたのに!!ううう!!」
泣きながら柳田を責め立てる男まで現れる始末。
柳田……なんて酷いヤツなんだ。
「あああああ……。違う……違うんだ…………違うんだ……私は……私は」
そのまま柳田は頭を抱えうずくまってしまった。完全に再起不能だ。
そこに再び扉の開く音。
「抵抗は止めろ!ここは完全に包囲されている!人質も皆解放した!」
何十人もの機動隊がホールの扉から現れ、銃を突きつける。
おお……。完璧だ……。
ナイスタイミングだぜ、範人。
その後、ホールに集まっていた「ジャイロマニア」は一網打尽だった。実質リーダーである柳田の裏切りがバレたのだ。無理もあるまい。
橋本刑事も救急車で運ばれていった。命に別状は無い様だ。
そう、テロリストは捕まった。当然、黒田さんも。警察に連行されていく黒田さんの顔を俺は見る事が出来なかった。彼らを嵌めて、逮捕したのは、俺なんだ。
そんな俺に対して、黒田さんは信じられない言葉を掛けてくれた。
「……山之内。そんな顔をするな。仕方がないさ。お前は探偵で俺達はテロリストだったんだ。自分の性分を立派に果たしたな。『別の出会い方をしたかった』、なんて陳腐な台詞は言わねえよ。それでも、俺は、テロリストの黒田として、探偵の山之内徹と出会えて、少しの間でも心を通わせる事が出来て、良かったと思うぜ」
「あ、あ、あ……」
何故だ。何故俺の視界が霞む……。「犯人」の文字が消えた黒田さんは俺の頭にポンと大きな手を乗せ、擦れ違い様にこう言った。
「何か困った事があったら……いつでも相談にこいよ」
「あ、アニキいいいいいいいい!!!!!!!!!!」
俺は号泣した。
何て良い人なんだ黒田さん。
俺は本気でこの人の事が好きになっていた。
そして、ホールに残っている俺の下に、範人が姿を現す。刑事に肩を借りている。まったく、怪我したんなら早く病院に行けよな。
俺は親指を立てながら範人に笑いかける。
「よう、よくやってくれたな」
「オレは、何もしてないよ。勝手に状況が動いたから、その通りに行動しただけさ」
またまた、ご謙遜を。
真由美が刑事に代わって、範人に肩を貸す。
とにかく、これで何とかなった、でいいのかな。
「山之内君。本当に助かったよ」
「ああ、刑事さん」
よく見れば、範人に肩を貸していた刑事。それは無能刑事だった。
そして俺は、少女の下へと行く。あれから、爆弾が見つかったあの時から彩華は一歩も移動していない。イベントホールの前で、座り込んでいる。石橋が置いてくれたのだろう。爆弾の抜かれた帽子が、その横にポンと置かれていた。
「彩華、まあ色々とあったが、今回も俺の勝ちのようだな」
「……だったらあたしを認めろ……」
「はあ?」
「それか逮捕しろ。でないと負けじゃない!!負けじゃない!!」
子供か。コイツは。ああ、子供だったな。
「お前がやっている事はな、子供の遊びだよ」
俺が幼女を逮捕なんてするもんか。
「俺の相手には、ならんよ」
「……」
悔しそうに地面を見つめる彩華。
だが、気になる事は、彩華の帽子の爆弾。
「ジャイロマニア」との証言の違い。
あれは一体……。
その時、
俺のポケットで、
携帯が鳴った。




