超越探偵の弱点⑫
自分の事を正義の味方だなんて思った事はない。トオル的な言い方をするならば、中学二年生なのだから当然、憧れて然るべし、といった所で、実際オレもそんな気持ちが無いわけではない。だが、それを今のオレが体現出来ているかと聞かれると、答えはノーだ。全くもって理想には届かないし、当然自分を正義だとも思わない。
だが回りからは度々「正義感がある」と言われる事がある。
それは好意的な目線の時もあれば、皮肉的に放たれる場合もある。だが、敵意をオレは気にしない。迎え撃つという意味ではない。額面のままの意味だ。気にしない。そんな目を気にして、自分の本位を遂げられないのでは意味がない。
ぶつかる時は、相手が自分の目の前のレールに真正面から乗ってきた時か、相手が親友だった場合だけだ。
それに、オレの考え方にしたって、別に正義だなんて思った事はない。ただ、嫌なだけなのだ。何も出来ないのが。自分を曲げ、思った通りに行動しないまま、死にたくない。笑って生きなければ、笑って死ぬ事なんて出来ないとオレは思っている。ただ、それだけなのだ。
三階のカフェに辿り着いたオレの目に飛び込んできたもの。それは先程見た際、二人いた見張りが、一人減っているという事実だった。
ソフトモヒカンの強面な「YAWARA!」の花園薫似の男がいなくなっていた。
そうか、トオルの言っていたチャンスというのはこういう事だったのかと、そこで初めて気が付き、驚く。本当にあいつは凄い奴だな。
だが、まだ一人残っている。坊主頭。「柔道部物語」の三五十五に似ているヤツだ。
自分で何とかしよう等とは思わない。闘ってどうするんだ。オレは中学二年生なんだ。花園薫ならともかく、三五十五の背負いに適うとも思わない。いや、花園さんでもダメだな。すまん、花園さん。オレは花園さんに謝罪する。トオル達の状況を考えると気が焦るが、とにかく短気だけは起こしてはならない。刺し違えても倒そうなんて、勇気と無謀の意味を履き違えるつもりもない。
オレが一人で好きにやって、ここで犯人に倒されでもしたらどうなる。トオルは、マユミちゃんは、オオヤさんはどうなるんだ。今のオレの行動は、オレだけの為じゃない。
オレの行動が誰かの為になり、誰かの行動がオレの為になる。
だからオレは、待つ。
信じて、待つ。
四階フロア。ゲームセンターの看板を見て俺は大きな溜息をついた。「GAMESPOTLOVE」
楽器屋の爆弾を解体してから直ぐ。とっくにこの文字は俺の目に飛び込んできていた。つまり確実にここに、三つ目の爆弾があるのだ。だが、俺は迷っている。この爆弾を発見するには、まだ早い。一段階早い。俺を始末しようという一派が存在する中、俺は慎重に物事を前に進めるタイミングを見計らわなければならない。
でないと、洒落でも何でもなく、ゲームオーバーになるのだ。
今では皆それぞれが自由に散り散りになって四階を探している所だ。だが、柳田もそろそろ痺れを切らす頃だろう。あまり、時間は残されていない。
よし。早速、行動開始だ。
「田山さん」
黒田以下なら誰でもいいのだが、ここは俺にとって一番愛着のある、花園薫似の田山だな。電化製品売り場に一人でいる所を、俺は声を掛ける。
「なんだよ」
ツンケンした態度ではあるが、返事があるだけ、今の俺にはまだ救いがある。
「『ジャイロマニア』についてどう思いますか?」
対増田戦法じゃないが、ここはもうある程度直球で勝負しよう。変化球は、まだるっこしい。
「はあ?何言ってやがるてめえ」
当然の様に、反発した態度が返ってくるが俺は、気にしない。再び訊ねる。
「田山さん。『ジャイロマニア』は好きですか?」
次の瞬間、俺は胸倉を掴まれる。手がまったく見えなかった。それに凄い力だ。
「何だよお前。人の事舐めてんのか。名探偵だからって、何言っても許されるってわけじゃねえんだぞ」
腕に力が入り、俺の体が持ち上げられる。踵が地面から離れた。喉が締め付けられる。小柄だろうが関係ない。俺なんか相手にならない。ああ、やっぱり怖いぜ、直接的な暴力は。
だが、それでも俺はその時、黒田よりマシだと、思った。
会話のステージに上がってくれるだけでも有難い。嬉しい。俺の言葉に反応を示すというのを、俺はアドバンテージとしなければならない。さあ、俺の言葉を聞いてくれ。
「僕は、嫌いではないですね」
胸倉を締め付けられたままの体勢で、俺ははっきりとそう言った。
呆れ顔になる田山。
「おいおいお前……探偵がそんな事を言っていいのかよ?」
最もな意見を言うが、俺はフッとすました笑みを浮かべる。
「僕は少年探偵であって、警察ではありませんからね。法的正義を遵守する義務もありませんし……」
よし、攻めるぜ。
「思想もしっかり筋が通っている」
「……『民々爽快』か」
「はい」
俺は田山の目を見つめ、コックリと頷いた。視線は逸らさない。
「……」
「……」
しばらく、見つめ合う。
「おかしなヤツだな、お前は」
そこでようやく胸倉を掴んだ手が離される。ホッ。助かった。俺は膝をついて咳込みたいのをグッと気力で我慢する。
ていうかなんだよ「民々爽快」って。「眠々打破」みたいな思想ネームつけやがって。思わず笑っちゃいそうになったじゃねえか。当然、知らない。こういうのは真由美だ。あいつはどこだ?と思ったらいつの間にか、俺の隣にいた。さっきまで人の気配すら感じなかったのに、まったくこいつはくノ一かよ。いつから見てたんだ。
「民は全て自分の思った通りに生き、人生を謳歌する義務がある。資本主義によってその可能性が開かれたのは確かです。だが、落伍者も生まれた。人は富む権利と引き換えに貧困の可能性も生活に抱え込んでしまった。その救済を声高に主張するのが『ジャイロマニア』であり、『民々爽快』という理念ですね」
「お、よく知ってんじゃねえか、お嬢ちゃん」
田山が感心した声を出す。
「はい。有名ですから」
ニコッと笑う真由美。感謝するぜ。
ていうか何だ「民々爽快」って?当然聞いた事も無かったが、真由美の説明を聞くからには、世間から認められないニートが全てを社会の所為にしているだけみたいな主張だな。メンバー全員ニートなのかな。そりゃ、テロなんて安易な犯行に走ってもおかしくはない。
「何の話をしているんだ?」
「少年探偵が『民々爽快』について語ってんだよ」
「マジかよ!」
更に通りかかった山本が会話に入ってくる。
丁度良い。よし、望むところだ。
アジテーションってヤツだっけか?難しい言葉は分からん。あんまり好きじゃないんだよ。ああいう小難しい言葉で人を煙に巻く様な事って。なんてな。
「民の幸せを願い、全員が認められる世界の創造。それは理想論ではあります。ですが、可能性を捨て、諦めてしまったらそれで終わりです。僕が『ジャイロマニア』を嫌いじゃないと言う点は、その理想を、決して諦めずに目指す姿勢こそが美しいという事です」
「ま、まあな。被害者の俺達が言うのもなんだが、確かに、そういう所はあるかもしれんな」
まんざらでもない表情で頷く山本。
「そうなんです。何の旗も掲げず、主張も無い、只々暴れたいだけの集団ではありませんよね。暴徒とはまったく違います」
「そうだ。と、当然だろう」
山本が慌てて俺の言葉を肯定する。
すると、他にも俺達の会話を覗き込んでくるヤツらがいた。本田と田黒だった。つまり、武闘派が集まってきている。ひょっとしたら、俺を始末しにきたのかもしれない。
だったらその前に、俺の話を聞いて欲しい。
「でも、お兄様。それだったらおかしいですよね。何で『ジャイロマニア』の方々は守るべきボク達に銃を向け、人質に取ったりするんですか?」
真由美のナイスアシストが飛ぶ。
武闘派集団はその純粋な少女の言葉に揃って苦い顔をする。
「そこだよ」
俺は真剣な面持ちで頷き、話を請け負う。
「今回彼らが銃を、その守るべき民へと向けその自由を奪い人質を取っているのは、当然捕まったリーダーの海原雄三さんの釈放が一番の目的でしょう。己たちの指針を取り戻す為、仕方なく。やむを得なくの措置だと思われます」
彩華はこいつらの意識を全て乗っ取って俺にけし掛けているわけではない。彩華の手段としては、こいつらを利用して俺が巻き込まれる様に仕向けているだけだ。彼らに意志はあるし、行動だって取捨選択する。動機は、罪は、彼らにあるって事だ。当然、罪悪感も。
「そうだ。仕方なくに違いない。それしか手段がないからだ」
必死に弁解をする本田。いや、弁解じゃないな。これは主張だ。
ふん。実際はリーダーが捕まり、頭に血が昇っていたって事なんだろうがな。だが、主張もあり、理想もある。それは確かだろう。だったら、それはおおいに利用出来る。
「でも、今は他に手段はありますね」
「え?何がある?」
一切ピンと来ていない本田。まあ理解出来ないだろうな。基本的な考え方として「人質を取る」「暴れる」「爆弾で脅す」程度の考え方の持ち主である。だったら俺は、そんな低い彼らの意識を煽動するまでだ。
「『ハラペーニョ』ですよ」
「あ……」
ここで田黒が思わず口を開く。俺はゆっくりと首を縦に振る。
「言ったでしょう。『ハラペーニョ』を押さえる事は、人質を取るよりも、傷つけるよよりも、そんな誰も望んでいない処置よりも、もっと真っ当に、正面から政府と闘える力なのです」
「力……」
「はい。国を相手取れる、対抗出来る力です」
こいつらが理解出来ないのなら別の言い方をしてやればいいんだ。柳田にしたのより、もっと噛み砕いた言い方で。下の構成員の目線に立った意見を述べてやれ。
「体の奥底から湧き上がってくる熱の向かう先。初めはただの焦燥やぶつけようのない社会への不満。暴力に対する憧憬であったとしても構いません。ですが、それは全て、真の理想の為なのではないでしょうか」
「真の理想の為……」
「そうです。今こそ掴みとるべきなのです。真の自由を」
「真の自由を……」
熱に浮かされた様に、俺の言う台詞を反芻する。
暴力とは難しい。俺が一番恐ろしいのは、只々闇雲に暴力を遂行しようとする勢力。そう、犯罪行為のみに特化した力。それはまるで「謎の組織」の様に。だが、今の俺の相手は確かに彩華ではあるが、直接拳を交えるのは「ジャイロマニア」だ。それが、救いだ。理由があれば、そこに言葉が生まれ、言葉が生まれたならば、俺の舞台が生まれる。
ただ暴れたいだけの武闘派に、方向性を与える。
それが、俺の攻撃。武闘派勢に「柳田への反発」と「爆弾解除」の間に、一枚の板を隔てて考えさせる。こうなってくると「中二」的思想程、こういうヤツらと相性の良いものは無いのかもしれないな。どっちも病気みたいなもんだからな。
「まあでも現実問題、爆弾解除は順調。更に『ハラペーニョ』も抑えにかかれそうですし、柳田さんがいれば、そうはいかないとは思いますけどね」
「心強いですね。柳田さんさえいればボク達は絶対大丈夫なのです」
真由美が通販番組の助手の様な合いの手を打つ。ここで「柳田不審」も再開させた。
全ての駒も、状況も、何もかもを利用して、武器にして、彩華に勝つのだ。そう、俺は決めたんだ。
「まあ、今言った内容が、僕が『ジャイロマニア』を嫌いではないという理由です」
そう締め括り、俺はその場を離れる。
後ろでは武闘派達が何かと話しを始めた様だった。
ようし、考えろ考えろ。
「今回は大変ですね」
真由美が隣で俺の顔を見て笑った。
「おう、さっきはサンキュな」
「全然構いませんよ。何人か、懐から銃を取り出そうとしていましたから」
俺はその言葉にゾッとする。つまり、何とか、紙一重の所で上手くいったって所か。俺は安堵の溜息をつく。
「やっぱり真由美と組むと良いよな。俺の考えている事、どういう方向に持っていきたいかも全て分かってくれるからな」
俺が正直な気持ちを言うと真由美は少し照れくさそうに笑い、
「もっともっと、真由美にも頼って欲しいんですけどね」と言った。
自分の事を「ボク」でも「私」でもなく「真由美」と言う。それは小さい頃の言い方だった。
「真由美にお願いしてくれたら今すぐにでも……」
「お前には頼らない」
俺はきっぱりと言う。
「……そうですか」
真由美にだけは頼ってはいけない。絶対にだ。
「まあ、今ので十分だよ」
俺は頭に手を乗せる。
「……はい」
真由美は少し寂しそうに、嬉しそうに笑った。
それに今回はもう特に解くべき謎はない。序盤で少々頭を悩ませていた「誰が犯人なのか」も分かった。事件は彩華との対決へと移行している。
いつもの様に真由美に聞くべき事はない。今ぐらいのアシスト程度で本当に十分だ。何の問題もない。やってもらう事は、ない。
横からカタカタと音が聞こえる
記者のおっさんだ。いたのか。人間もかなり増えているからな、ますます存在感が皆無になっていたのだろう。
俺は、記者に声を掛ける。
「記者さんは、いつもメモを取っていますよね」
「あ、うん。そうだね」
曖昧に頷く。
「どんな事件の渦中でも、自分の命が危なくても、よくそんな冷静にメモばかり出来ますね」
いつもは漫画とかゲームの話しかしないが、珍しく少し突っ込んだ話をしてしまった。特に理由も、興味もないのに、柄にもない。
「僕は記者だからね。ただ、この目で見たものを見たまま記録する。それが仕事さ」
「そうですか」
それで会話は終わりだった。
大層な意見の様に聞こえるが、だが、それは自分で何とかしようとはしない、本当にいるだけの存在という事ではないか。ただの自動書記ならば、確かに便利だが、やはり俺には何の意味も感じられない。立場上の違いがあるとはいえ、やっぱりこの人とは気が合わないな。どんな会話をした所で、そればっかりは変わらない。
だが、今の会話を聞いていた真由美が俺の考えとは全く正反対の事を言いだしたのだ。
「大屋さん、実は徹君に似ているよね」
なんてふざけた事を言いやがるのだ。冗談でもやめてくれ。別に嫌いってわけじゃあないが、基本、なにもかもが合わないんだから。
そして、それからも俺は黒田以外の武闘派の人間全員に話しかけてまわった。
――田山さんは普段は何をされているんですか?
――興味がありましてね。僕ですか?僕はただの中学二年生ですよ。
――実は昔、こういう事件がありまして。聞いていただけますか。
――本田さんに相談したい事があるんですけど、こんな時なのに、スイマセン。
――柳田さんは警察の鏡ですね、やはり。ははは
真由美も間に入ってくれたりして、結果、俺は武闘派勢ともすっかり打ち解ける事に成功した。事件の度に犯人から嫌われる俺が、自ら気に入られようとするなんてな。まったく、ヤキが回ったもんだぜ。
そして田黒が黒田に話しかけているのが分かる。
頼むぜ。俺の話題をしっかり振ってくれよな。ついでに、出来るのなら爆弾解体の意義も、「ハラペーニョ」の存在の偉大さもな。
柳田にもまた暗号の事を聞かれる。俺はその際、新たなネタを仕掛けた。
「更に思い出した事がありまして」
「何だい?」
身を乗り出す柳田。
「『ピニャコラーダ』です」
「『ピニャコラーダ』?それはあのカクテルのピニャコラーダかい?」
首を横に振る。
「いいえ。違います。デストロイコンピューター『ハラペーニョ』。完全思考型自立AI『バーニャカウダ』。この二つに異常が起きた際に自動的に発動する兵器の名前です」
「兵器!!??」
驚きの声を上げる柳田。
「はい。攻撃兵器なのか防御兵器なのか。対人兵器なのか対物兵器なのか。はたまた細菌兵器なのか、どんな兵器なのかは、一切謎に包まれています。分かっているのは『ピニャコラーダ』という名称だけです」
「……そうか」
信憑性を欠く恐れがあるから避けていたのだが、とうとう兵器まで登場させた。謎の兵器「ピニャコラーダ」。
兵器という穏やかではない言葉。それはイコール、更に武闘派が必要となるって事だ。
推して量ってくれよ、柳田。頼んだぜ。
俺の言い間違いで生まれた「ハラペーニョ」に「バーニャカウダ」。そして、自らの意志で生み出した「ピニャコラーダ」。
こうなったら、総力戦だ。俺の弱点、欠点、言い間違いだって、武器にしてやるぜ。
そして、いい加減、このまま四階フロアを徘徊するのにも限界だろう。
俺は、宣言する。
「ゲームセンターです。ここに三つ目の爆弾が百パーセントの確率であります」
さて……解体させてくれるのか、だな。
武闘派に俺の説得が効いているのか、これで一発で分かるな。
俺達を始末するのか、爆弾を処理させてくれるのか、答えは二つに一つ。




