~超越探偵パート②~ 推理開始(笑)絶対時感(泣)
「絶対時感?山之内君。なんだねそれは」
当然の質問である。刑事さん。それは私が聞きたいんだすよ。表の俺の暴走が始まった。まあ俺なんだけどね。別に二重人格ってわけでもないし。
完全にやっちゃったよ……。これは確実にやっちゃったんじゃないのかね?ねえ?俺の脳内状況はかなりのレッドゾーンに突入していた。
絶対時感……?絶対時感ですか。そうですか絶対時感ね。ふうん……。
ふんふんそうねえ。絶対ねえ、絶対の時間ねえ。絶対時感絶対時感絶対時感ふううん……。
ダメ!絶対!時感!ふふふふふふふふふふふうふうふふうふふふふふうふふふふふふふふふふふふっふふふふうふふふふふっふふふふっふふふふふっふふふふふふうううふふふふっふうふふ…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………!!!!!
もう!!!なんだよ絶対時感って!聞いたことねえYO!。NE―YO!さあ、なんか俺今言いましたか?なんか言っちゃいましたか?絶対時感……?絶対時感ね絶対時感絶対時感。アレだよアレ。絶対時感ってなんだよ。そんな言葉俺は知らないよ。やばいよやばいってこれはマジで。
正直――――風呂敷広げすぎた!
信じた俺に裏切られた!
調子に乗って適当な事言って言葉が転がって迷子になっちゃった。まずい!やばい!フウーー!ああ、脳内テンションも変になってくるさそりゃ。ああ、でももう始まってしまった。始まったぞ!後戻り出来ない!ドクドクドクドク。おおおお、自分の心音が聞こえてくるよ。
何でそんな事言うかね。ええ?君は何でいっつもいっつもそんな適当な事ばっかり言って俺を困らせるのかねえ。正直もううんざりなんですよ。毎回毎回こんなんで結局後で後悔するんだろうがよ。
前回の大法螺で只でさえ俺「六か国語を喋れるマルチリンガル」って探偵図鑑に書かれてるのに。ホント馬鹿だね君は!もう知らないからね。今回ばかりは本当に知らないからね。絶対時感?はあ?何言ってんの?全然分からんよその世界観!ホント。バカじゃないの!!
俺がそんなことを考えながら自分を責めている間にも時間は動いているのだ。ああ、いかんいかん。返事をしなくてはな。うん、当たり前に。
ああもうなんだか混乱してきた。考えろ。冷静に。何らかの勝算を見出して俺はこの言葉を口にした筈だ、きっと。だからこれはこのままの流れに乗っていく方がいいのだろう。それ以前にもう後戻りも出来なさそうだし……。絶対時感。俺の中で微かに浮かんでいるイメージ。それはきっと……。
「簡単に言うなら、僕の体の中には時計が入ってるって事です」
って事だよな、きっと。
「むう……」
それでも刑事は全く合点がいかないという顔をしている。
おいおいおいおい、ちょっと待ってくれって。少しはピンときてくれよ。俺の頭の中でもボンヤリとしたイメージのままで話を進めているんだからさ。詳しい説明はしづらいんだって。そこらへんは、ほら、会話のキャッチボールというチームプレイで強固な形にしていくもんだろう?小さな雪玉を転がして大玉にしていくもんだろう?
頼むよ刑事さんよ。
心底困り果てる俺。その時、救いの天使が舞い降りた。
いやまあ実際はちょびひげのおっさんなのだが、その時の俺にはそのちょびひげのおっさんが天使に見えたのだ、マジで。
「聞いたことがありますよ。高度な指揮者や舞台役者が持っている、時間を体で感じ、上演時間、演奏時間を自分の中でコントロール出来る能力があると。確かそれが……絶対時感」
「その通りです。時間に関する記憶でしたら完全に把握しています」
ナイスちょびひげ!俺はこの瞬間、大人になってヒゲが生えてきたらわんさか伸ばしたりせず、ちょびひげにする事をこのちょびひげに誓った。
聞いた事がある?マジか?そんなのがあるんか本当に?あったよ。すげえな俺!あるってよ!嘘から出たマコトとはまさにこういう事だった。それもこれもちょびひげのおかげだ。助かった!サンクスちょびひげ!クソー、ハグしてえぜ!
ふうん。絶対時感ってのはそういう事なんだな、やっぱり。体内時計が発達しまくってるって事だろう?視界に映っている景色の右端にでも常に数字が記されていてそこで時間を確認出来る、スーパーパワー。今後の展開から言うと、少し記憶力もいじれる感じにしとくか、うん。
「まあ、制限はあるんですが。会話の内容は覚えてなくても、『会話をした時間』は完璧に記憶しています。なんなら絶対の記憶力の方が欲しかったんですけどね。全ての物事を百パーセント記憶しているなんて、便利だと思いませんか?時間限定の能力なんで使い所が限られてくるんです」
時間限定の記憶。つまり俺の都合の良い時間に都合の良い記憶を証言すればいいんだろう。後は俺のこの大嘘をどれだけ真実っぽく飾り付けるか、だな。というわけでさあさあ、ハッタリを続けますよ。
「まあ、なんでしたら今の正確な時間をあててみせますよ」
キラン。俺はニコリと笑った。ううーん、気持ち悪い。
絶対時感みたいなハッタリも困ったもんなのだが、キャラもどうなんかねこれは。表の俺。キモいよね、絶対。いい加減自分のキャラに拒絶反応を起こしそうだ。そもそも僕とかなんだよ、俺のこのキャラ設定。いやまあ、自分でしてるんだけども!正直やりにく!めんどくさ!正直柄じゃない。凄い窮屈。
でも、これにも理由があると言えばあるからなあ。あんまり生意気なキャラだと、周りを味方につけることが出来ない。ともすれば犯人サイドに同情票が集まる場合だってあるのだ。そうなったらそうなったでそれは面倒くさい事になるから……。そんなこんなでこの名探偵モードには過去の紆余曲折があり、作られた意図があるのだった。肩は凝るけど仕方がない。
さあもうここまで来たら……大嘘つくか!もっともらしいこと言うタイムの始まりだ!何度も言うけどホント始めから見てたって言っておけば良かったんだよなあ、格好つけずにさ。名探偵は目撃者!完!!で良かったんだよ。
でっちあげるしかないな、色々と。誠に面倒臭い。周りくどい。ああ、でもボロでもいいよ。 ボロは着てても名探偵。ああ、素直な犯人なら罪悪感で白状してよいものを。 クソ、死ね!カス!ああ、もう本当に面倒くさいよー。おうち帰りたいよー。
だが、まあ。まあだね。俺が何をしたいのか、俺にもなんとなく分かってきたぜ。
要は追い込めばいいんだろう。徹底的に。どれだけ穴があろうが、その穴の中を犯人が行き来出来る程の隙を見せても、とにかく、嘘でハッタリで、レトリックで、犯人を追い込み、周りを圧倒し、魅了し、味方につけ、全てを支配すればいいんだろうが!
まあ、それはつまり……いつも通りって事か。オーケイオーケイ、それならお手の物だ。何年名探偵やってると思っているんだ。こちとら生まれついての(実際は物心ついて、ではあるが。そんなんどうでもいいよ!気にすんな、ドンマイ)名探偵。サラブレッドの宿命をなめんなよ。
その為の今回の道具が、絶対時感。厄介な荷物を抱えてしまった感は否めないが、もう船にはどっかりと腰を落ち着けてしまっているわけですので、やるしかない。
では始める前に、整理しとこう。
「絶対時感を使った犯人追い込みシミュレーション」
*薬を入れるシーンはビデオには映っていない。それは勿論。
*とにかく決め手は圧倒する事。周りの思考が追いつけない程、振り切る。
ふんふん。よしよし、だんだん消化してきたぜ。いけるか?うん。まあ、やるしかないってか。なんかいい感じになってきた気がちょっとだけする。俺の頭の中でチリチリと燃える音が聞こえてくる。燻っていた何かが、エネルギーに変わる鼓動を感じる。
この感覚も、俺は全然嫌いじゃない。
「僕の手持ちの札は、時間です」
自分に都合よく操作出来る、な。
「では、始めましょう」
では、創めるとしますか。
「推理の、時間です」
ハッタリの、時間です。
「先程に述べた通り、僕の時間に関する記憶は完璧です。犯人さんが席を立った午後6時17分42秒44。そして会長が倒れた時間午後6時25分31秒58。これは僕の絶対時感が証明します」
と言いながら速攻で嘘だった。時間もさっき俺が言ったのとはちょっと違う筈だと思う。だって俺、覚えていないんだもん。どうせ周りにも覚えているヤツなんていないだろう。ははは。平気な顔で千人近く騙すってどうよ?まったく、始まった時点で綱渡りとはな。まあ自分を恨むしかないんだけどね。
「そして、給仕さん。給仕さんに関しては僕の視界に一切入っていませんでした。ですので、残念ながら絶対時感は適用出来ません。僕は絶対時間であり、千里眼じゃありませんので。刑事さん。給仕さんがワインを持って会長の下へと歩きだしたのが?」
「6時18分37秒03」
おお、これは覚えておかなければならない。6時18分37秒036時18分37秒03ね。これには刑事が今読んでいるメモが残されているからな。指摘されたら面倒だ。俺の信用が減る。
「会長がワインを手にしたのが」
「6時19分30秒21」
ええっと、待てよ。
6時18分37秒03と6時19分30秒21だろ。ということはだ。どういう計算になるんだ?シンプルに考えると6時19分30秒21から6時18分37秒03を引けばいいんだよな。
俺の脳内がフル回転で動き出す。
19分30秒21マイナス18分37秒03=……ええと。ええと、19分から1分を借りてきて、1分は60秒だから……。90秒21マイナス37秒03ってことだよな……。80秒と10秒に分けて、十の位は8引く3で5。一の位は10引く7で3。53秒。小数点以下秒は、21引く03=18……だな。ふう。
「ふむ。6時18分37秒03から6時19分30秒21。その間、53秒18。この間にワインに毒は入れられ、被害者の下へと届けられた」
俺は涼しい顔で喋り続ける。内心の感情は絶対に表には出さない。内心は今言っている時間をメモしたくて仕方ない。ああ、やばい。メモしたい。メモしたいよう。記憶が洩れるうう。
「この会場にはあらゆる場所に多くの監視カメラが仕掛けられています。これらの情報は皆その監視カメラから得た情報です。給仕さんの行動時刻はその活躍によって埋める事が出来ます」
つまり俺の絶対時感の情報と監視カメラの情報。その二つを合わせた情報でこれからの推理を進めていくという事で、それでいいよな?何も間違っていないよな?
犯人と給仕を何とかしてぶつからせてしまえばいいんだよな。給仕がカメラに映っていない地点で。
だったら、必要なのは給仕の実際の死角だよな。しかも連続して映っていない地点の時間、それが特定出来たらそこに犯人を追い込む事が出来るんだが。給仕に関しては動かし様の無い情報だから、しっかりとその情報は知っておきたい。モニターにはその、給仕が映っていない地点が映っているんだろうけど。だけど、今俺がモニターチェックなんて始めたら怪しいしな。
ああ、給仕の連続した死角の時間と、スタート地点からその場所の実際の距離が欲しい。
それさえ分かれば後は好き放題なんだよなあ。
俺がそう願った瞬間。携帯がブルブル鳴った。なんだ?
俺はポケットから取り出しディスプレイを開く。真由美からだった。
「午後6時18分44秒~54秒だよ。ぷぷ、『絶対時感』……」
………………。
………………。
………………え?
何これ?ひょっとして…………。今俺が欲しがっていた情報?
…………これは。正直。
ちょっと、怖いんですけど。何であの子こんな情報送ってきているの。ていうか、それが目的であいつ給仕に付き添っていったのか?
今俺達がいる会場に置いてあるモニターは事件が起きて運び込んできた仮設の物。これだけでかい客船だ。当然メインのモニタールームがあるに決まっている。アイツ、そこでこの情報を調べる為に…………。いやはや参ったね。まあ、ありがたく頂戴しておきますか。
では、真由美が探ってくれたこの午後6時18分44秒~54秒であるこの地点でその取り替えが行われたと考えていいだろう。いや、様は信憑性か。事実がどうだろうが俺はどうだっていい。実はこのワインを取り替えたヤツが実際は犯人でもなんでもなく、犯人の野郎はまた全然別の方法で犯行を行ったんでも何でも構わないのさ。
簡単な話。「真実にしてやれば」いいんだろ。
辻褄考えて答えを出すんじゃあない。答えに辻褄を合わせるのが俺のやり方だ。
それを誰もが信じて疑わない様に心憎く演出してやればいいんだろう。
ああ、あともう一つ情報が必要だったんだ。
今真由美が教えてくれた、給仕が連続して映っていない時の実際の距離だな……。だが、真由美にまた頼るというのもな……。あまり無茶はさせたくない。こうなったら運を天に任せるか?ともかく推理を再開しないことにはな……。
そう俺が諦めかけた時、
俺はある事に気が付いた。
…………あれ?真由美何で白衣着てんの?
「給仕さんのカメラに映っていない道程を、解決していきましょう」
頼むよ、俺の頭脳。
「社会と数学の授業です」
そう、深く考えるな。授業だと思えばいいんだ。おお、そう思ったら何だか頭が痛くなってきた。
「刑事さん。給仕さんがワインを手にした場所はどこですか?午後6時18分37秒03の時点の居場所です。なるだけ正確にお願いします」
「ああ、それなら、ここだな」
ビュッフェカウンターに刑事が立つ。
「その地点に何か印しを」
「分かった」
刑事は自分の足元に赤ワインのグラスを置いた。
「そして次に給仕さんがその2秒後、午後6時18分39秒03の時点の位置を確認してください」
「いいだろう」
モニターを早送りして、その時の給仕の立っていた場所に刑事が赤ワインを置いた。
「この2つのワイングラスの距離を測ってください」
警官が鑑識のメジャーで測定する。
2つのワイングラスの距離を測った警官の答えが出た。
「2メートル46センチです」
2メートル46センチね。
【問題】
2秒で2メートル46センチ移動する無能給仕の秒速を求めなさい。
はいはい2メートル46センチ、2メートル46センチと。んで、次は……えーーと、「はじき」だったっけ?算数の授業を思い出さないとね。はじきはじき。ひじきじゃないよ、はじきだよ。今ここで求めたいのは秒速。つまり速さなわけで、公式に則れば良いわけだよな。今分かっているのが「時間」=2秒で「距離」=2メートル46センチだよな。「秒速」=?。なわけだから。「はじき」の公式に当て嵌めるとなると……。あれ?これどうすればよかったっけ。うん?「秒速」=「時間」×「距離」で良かったよな?あれ?そう、だよな。うん
よし、それで当て嵌めると、2×246=492。
492。うん、492だよな。492。
アハハハハハ、492。
うんうん、492。
492!
4☆9☆2
……492?
よんひゃくきゅうじゅうに。よんひゃくきゅうじゅうにいい。
…………で、なんだ。
492…………って何?
分からん。これをどうすればいいんだ。
これにどうすれば良かったっけ?何か忘れているような気がするなあ。あれ、確か、その解に2をかければ良かったっけ?何かそんな公式あったよね2X=みたいなヤツ。ああ、多分それだ。おお、危ない危ない。
492×2=984。
とりあえず2をかけてみました。
984。これだ。危ない所だった。
さて、これだけだった……かな?
これに更になんか足したっけ?
いや、もういいよな?大丈夫よね?
ううん……。違う……。
ただの計算だけじゃ駄目だったような……。ダメだダメだ。そうだそうだ。
「時間」ときて「距離」とくれば、あとはなんだ…………?
あ……そうか。
そこで俺はピンときた。
「重さ」だよ。
そうだそうだ、重さだ!あっぶねええ!!計算間違いするところだった。
そうだよな。無重力で走ってる訳じゃないもんね。「速さ」に「重さ」が関係ない訳ないじゃん。公式も「おはじき」だったよねー。「お」を忘れてた。うん。体重を足さなければいけない気が無性にする。間違いない。
そういや俺さっき給仕の体重聞いたな。流石俺!よ、名探偵!
えーと、給仕体重何キロって言ってたっけ?
62キロだったよな、確か。「あら、結構骨太なのネ……」とか思った様な気がする。
よしよし、では足しましょう。
984+62=1046
1046!!よし。これだよこれこれ。完成。
で、求めているのは「速さ」なわけだから。ええと、つまり答えは「給仕の歩くスピードは秒速10メートル46センチです」でいいのか?
よし!オッケー!計算完了しました。
さあ、これでいいよね。いいよね?言っちゃうよ?言っちゃっていいよね?間違ってないよね。
よし、言おう。せーの。
……待てよ?秒速10メートル46センチ?
なんかおかしくないかね?
それって……走ってない?
一秒に10メートル46センチのスピード?
いや?でもそんなもんかなって言われればそんなもんな気も……。百メートル換算してみれば分かり易いかな?。
一秒に10メートル46センチだとしたら、百メートルは100メートル÷10、46メートル=9、560229445。
9秒56か。
はいはい9秒56ね。9秒56、9秒56。
百メートルを9秒56ですな。ふんふん。……………………ええと。
これって…………速すぎない?
給仕世界新記録出してない?
ウサイン・ボルト超えてない?
つまり…………間違えましたね。完全に計算ミスですなこれは。危ねえ危ねえ。俺キメ顔でトンチンカンな事言ってしまう所だったよ。で、どこがどう間違っているんだ。アレ…………?分からん。うん、分からんね。
…………意味が分からん。
初っ端から大ピンチではないかこれは?
落ち着いて考えよう。「はじき」からだ。「おはじき」なんかじゃねえよまったく。「はじき」。確か絵を描くと「木の下で婆さんと爺さんがイチャイチャしている」だよな?
ていうか俺ついさっき何気に「速さ」と「距離」から「時間」求めたよね?あれどうやった?うん?「距離」を「速さ」で割ったよな?そうだそうだ。「距離」を絡めた計算の場合は割り算。掛け算は「距離」を求める際。「速さ」×「時間」の場合のみだ。「『婆さん』と『爺さん』だけがチョメチョメ出来る権利を持っている」って覚え方だったじゃん。つまり今回使う計算は掛け算じゃない。割り算だ。
最悪だ……。間違いだらけじゃないかよ。ていうか俺掛け算した挙句何で更に2とかかけちゃったの?何考えているんだ?あまつさえ愚かしさに輪をかけて体重とか足してんなよな!!馬鹿!愚か!者!
「距離」を「時間」で割らないといけないんだよ。
2秒で2メートル46センチ進む。では1秒では?
246÷2=123
123センチ。1メートル23センチだ。
これが正解だ!で……いいよね!
ええい、なむさん!
「秒速1メートル23センチという事ですね」
俺は涼しい顔で答えた。 周りの人間の表情に変化はない。どうやら正解のようだ。良かったぁ。俺は内心胸を撫で下ろした。ちなみに俺がワインの間の距離を聞いてから、今の答えを口に出すまでには実際一秒もかかっていない。刹那とも呼べるこの一瞬でさながら『東京大学物語』の様に色々と考えているのだ。本当に疲れる。
「給仕さんの歩くスピードは毎秒1メートル23センチです。まあ人間の歩くスピードですので、精密な速さという訳ではありませんが、そこは悪しからず」
とりあえず一番最初のヤマは超えた……って事でいいですか?
給仕の秒速と位置、これは正直動かし様がない。殆どカメラに映っているからだ。
「ちなみに統計では人間の歩くスピードは時速15キロです。分速500メートル、秒速1メートル30センチ。配膳の盆を持って人ごみの中を歩いているわけですから平均よりは少し遅いんですね」
俺は何の根拠もないでっち上げの統計を並べ立てている。周りはふんふん言って聞いている。俺も馬鹿だがみんなも馬鹿だ。
そして俺は更に、給仕がカメラに視認されている地点に赤ワインをどんどん追加していった。40個ぐらいか?おお、結構映ってるもんだな。ていうかよく死角ゾーンで上手くぶつかれたよな、犯人。マジ凄えよ。
そして俺は、4つ目と5つ目の赤ワインの間に、ワイン一個分の余白を見つける。
ここだな……真由美の言う「6時18分44秒~54秒間」の位置ってのは。
そしてスタート地点からそこまでの距離も真由美が教えてくれた。白衣を着てな。
はくい。
891だろ、どうせ。やれやれ、よくやるよアイツも。
【問題】
秒速1メートル23センチの速さで進むどうしようもない給仕さんがいます。彼が8メートル91センチの監視カメラの不可視地点まで進むのに所要する時間を求めなさい。
「時間」=「距離」÷「速さ」だろう。891センチ÷123=7、243902439秒くらいか?ここくらいまでしか計算出来んが。ま、7秒25だな。
よし、「7秒25後にここでお会いしましょう、犯人さん」作戦だな。
犯人のデコッぱちクソ野郎をあのもやしっ子クソ給仕と同じこの場所に、カメラに視認されていない暗黒ゾーンに御招待、ってわけでチェックだ。
7秒25後に交差点位置へと着き、俺がさっき適当に言った(一応真由美の目配せもあったのである程度事実に近いのだろうが)犯人がパーティー時に落ち着いていたという場所。この場所もしっかり確定させた訳じゃないから俺の好きに出来る。まあ、給仕と交差点との距離8メートル91センチと目で比べると、だいたい倍くらいの距離はあるか。
18メートルくらいかな?
そんで、距離が倍だから秒速も2メートル46センチくらい?四捨五入して2メートル45センチ!どうよ。よし、犯人の秒速は「2メートル45センチ」に決定!!本当は50センチにしたいんだが、キリが良すぎると……なんか怪しまれる気がするんだよなー。算数の授業じゃないんだし、少々入り組んだ数字の方が印象的に良い気がする。まったく、俺って本当に何にでも気を遣う少年だよな。2秒間距離を4メートル90センチにすればいい、と。
んじゃあもう計算してしまおう。
【問題】
7秒25後に犯人「秒速2メートル45センチ」が移動した距離を求めよ。
はい皆さんお待たせしました!婆さんと爺さんのチョメチョメタイムですな。
秒速2メートル45センチ×7秒25=1776、625
17メートル76センチか。
でだ、あとは既に確定しているあの不可視の交差点から丁度17メートル76センチを犯人のスタート地点に設定しなくてはならんわけだ。
さて、どうしたもんかね。簡単だ。測ればいいんだろ。直接。俺が。
それが一番手っ取り早くて、確実だ。
4つ目と5つ目の間の地点から1776センチを正確に測ればいいんだろう?
よし。歩幅を使うか。
ええと一般的な歩幅を求める公式は身長マイナス100。
俺の身長が160センチだから、俺の歩幅は……………60センチだな。
というか今更こんな計算しなくても自分の歩幅なんて両親の誕生日を西暦から知っているのと同じくらい当然に認識していて然るべき事柄だしな。そしてその両親の誕生日に毎年心のこもった手作りのプレゼントを渡すのが当然な様に、寸分狂わず60センチ歩幅で歩く事にも熟練しているわけである。探偵としての自分を維持する為の血の滲む努力の結果だけどね。
で、何歩だ?1776センチ÷60センチ=29、6。
29歩と5分の3歩か。ふむふむ。
よし!計測スタートだ。
「そして次は犯人さん。犯人さんの午後6時18分37秒03の時の位置ですね」
「山之内君、それは。その時間、モニターには映っていないんだよ。だから位置を測る事は……」
そんなことはこっちだって分かっている。どうも刑事という人種は分かりきっている事を分かりきっている言い方で述べるのが大好きで大好きでたまらない様だ。男がその時間、モニターには映っていない。それが映っていないからそもそも事件は難解になっているのだ。
そんな刑事に俺は目を瞑り、口元に人指し指を当てた。いいから、黙ってろ。大丈夫だって。もう追いつめているんだから。後はしっかり誘導すればこっちのもんよ。ああもうこんなに頭使わせて、将来禿げたら無能な警察に責任とってもらうかんな。
さてさて、ここが肝心だからねえ。俺が散々ハッタリかましている何だっけ?絶対時感?でしたっけ?それはもうその存在を誰にも疑われてはいない。防犯カメラと同等の信頼があると言っても過言ではあるまい。それはつまり、俺が黒って言えば黒になり白って言えば白になるってこと。どんな座標も俺の思うがままよ。
「6時18分37秒036時18分37秒036時18分37秒036時18分37秒03ろくじじゅうはちふんさんじゅうななびょうれいさんロクジジュウハチフンサンジュウナナビョウレイサン…………」
ゆっくりと俺は歩き出す。29歩と5分の3歩。1歩、2歩、3歩、4歩。ぶつくさと時間を口にしながら、その時の状況を思い出しているかのように。機械がデータを取り出しているかの様に。
8歩、9歩、10歩。やれやれ、先はまだ長い。13歩、14歩……………
「山之内君……?大丈夫かね」
「何がですか?」
「いや、人間の脳にも限界があるのではないかとだね」
「ご心配なく、僕を誰だと思っていらっしゃるんですか」
だあ、もう!話しかけるんじゃねえよ!数が分からんなくなるだろうがよ!!おい!必死なんだからさこっちは!!もう……バカ!!
「その、君の絶対時間とやらは一体どういう風に脳に記憶されるもんなんだい?やっぱり記憶の映像の中に時間が表記されるのかい?ビデオ再生したみたいに?」
「そんな鮮明なものではないんです。上手く説明出来ないんですが、なんと言えばいいのか、感覚、といいますか。結局は自分の中の記憶の中に付箋の様に時間が添付されているとでも言いましょうか……」
仕方なしに俺は少しでも不審にならない様、それでも一歩ずつゆっくり床を測りながら、雑談を始めなければならなくなった。何この状況?おかしくない?
「その能力は何歳頃に目覚めたのかい」
「ええと、そうですね。物心ついた頃といいますか………」
ええと、今何歩だ?21、22…………
「4歳ぐらいかね?」
4、5……
「いえ、時間の概念を覚えたぐらいの頃ですから6歳程でしたかね」
6、7……。おおっと、違う違う。
「6歳か……。うちの下の娘が今7歳なんだが、その能力は今からでも会得出来るものなのかい?まあ7歳とは言っても誕生日がつい一週間前で5月24日だったんだがね、ちなみに今私の年齢が42歳で、まあ遅く出来た娘だからね、35の頃の」
…………こいつわざとやってない?
俺は湧き上がる殺意の衝動を必死で堪える。ああ、もうマジでこの刑事殺したい。
人が数を数えている時に数の話をするな!!!!!
無能刑事の空気の読めない邪魔立てに遭いながらも俺は何とか集中力を維持し目的地までたどり着く事が出来た。29歩と5分の3歩。1776センチ。ここで間違いない筈だ。
よし!ここを犯人のスタート地点にします。
「ここです」
地面に白ワインを置く。
「で、次は、午後6時18分39秒036時18分39秒03ろくじじゅうはちふんさんじゅうきゅうびょうれいさんロクジジュウハチフンサンジュウキュウビョウレイサン…………」
再びぶつくさと呟きながら、ゆっくりと靴で地面を測る。この距離を4メートル90センチにすればいいわけです、はい。4メートル90センチ÷2秒=秒速2メートル45センチだからね。慎重にいかねばな。4メートル90センチだから、8歩と6分の1歩か。
面倒くさい事だが、ここをしっかり固めないと簡単に破綻してしまうロジックだからな。犯人の、カメラに映った時点で破綻してしまう犯行計画と同様に。
とにかくここでは会場の人間の目には俺が監視カメラ替わりを務めている事を信用して貰えればよい。俺が超人であり、名探偵であると。どうせ今日集まったこの千人とは警察を除けば殆どが二度と会う事もない奴らなのだ。旅の恥はかき捨ててやるから、さあ、存分に、俺を讃えよ。
俺が最初に無能刑事の悪意ある妨害に耐えながら決死の思いで測りきり白ワインのグラスを置いたスタート地点。そこから8歩と6分の1歩なのだが、ここで要注意なのはスタート地点とクロスポイントを結ぶ直線上で8歩と6分の1の位置を確定しなければならないという点だ。でないと後でその点と点を繋いで更に延長して直線にした際、俺の思い描いていた方向とは全く外れた場所に犯人を誘導してしまう事になってしまう。そうなると俺の行為は犯人を逃がす手助けとなってしまう訳だ。俺は慎重に角度を睨みながらも一歩一歩靴の物差しで地面の距離を測っていく。
8歩と6分の1センチ……と。よし、ここだな。その地点にもう一つ白ワインのグラスを置いた。
「ここと、最初の距離を、お願いします」
待っていましたとばかりの速さで警官が動きだし、その距離を測り出す。
さあ、運命の時間だぜ。ここは決めないとダメだぜ、絶対。
4メートル90センチ。4メートル90センチ。4メートル90センチ。頼む。来い。来い来い!!!
「4メートル90センチです」
「秒速2メートル45センチという事ですね。犯人さん。かなり早足ですね」
よっしゃあああああああああ!!どんぴしゃだぜ!!俺って天才!ひょう!!俺最高!!!!!首領飛車!!うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!
脳内で打ち上げが始まる。
俺の中にいる俺の何人かはクラッカーを鳴らす。
もう俺ここでガッツポーズとか凄い我慢した。マジで。
現実ではきっちりポーカーフェイスですから。
俺は心の中で安堵のため息を深くつく。さてと、ここまでくれば後はほぼ自動的だな。放っておいても勝手に犯人と給仕はぶつかることになる。勿論真偽は兎も角だ。兎も角で構わない。だって実際は俺が計算したんですからね。でっちあげているんですからね。だが、そんな事は構いやしない。ああ構いはしないさ。早くこの事件を終わらせて、俺は魔魅子を見る。
そして俺はその後、警察を使って給仕と同じく犯人の導線の延長ライン(白)を引かせ、地面には紅白のクロスラインが生まれるそしてそのクロスラインは俺の睨んだ通り、ふふふ、給仕の赤ワインの4つ目と5つ目の間。
俺がおびき寄せたかった10秒の不可視ゾーンへと繋がっていた。ああ、良かった。ドキドキしましたよ。
まあこれで随分と見た目でも分かり易くなっただろう。
探偵は教師と同じだと俺は思う。どれだけ難しい問題や公式を、どれだけ簡単に速く解けても、結局それを認識させるべき相手にしっかりと認識させなければ意味がない。教師が勝手に猛スピードで問題だけ黒板に解いていっても、それは授業と呼べないだろう?つまり探偵が自分勝手に事件を解いていっても推理と呼べないってわけよ。
まあ何が言いたいかっていうと、生徒には優しくねって話。厳しくするとPTAがうるさいからね。分かりやすさナンバー1を目指すのさ。勿論自分の為さ。早く家に帰る為だからな。
だが、まあ床のワイン群を眺めて思うがこれは本当に凄い警備だな。穴らしい穴は無い。それこそ重箱の隅をつつく様な隙しか存在しない。それはつまり犯人の執念も証明する事であり、実際勝利を収めたのも犯人なのだが、それでも俺は正直双方共に賞賛を送りたい。良い勝負だった。もう拳一つ分の警備の執念かもう拳一つ分の犯人の怠惰があれば、とっくに立場は逆転していたことだろう。それは俺にとっては悔しい現実なのだが。
「さあ、クロスラインが出来ましたね。では、給仕さんのスタート地点、つまり午後6時18分37秒犯人さんのスタート地点から交差した地点のお互いの距離を測ってください」
「はっ!」
「はっ!」てなんだよ。どうでもいいけどさっきからこいつら俺の命令に完全順守し過ぎじゃねえ?自分が怖いわ。俺の左目光ってないよね?
「測ったぞ山之内君。給仕の彼が……」
「給仕さんが8メートル91センチ。犯人さんが17メートル76センチ。ですね?」
「な…………」
思わず刑事が絶句する。っっしゃあ!うんうん、良い表情だ。
「どうですか?間違っていますか?」
「……その通りだ。給仕の距離が、8メートル91センチ。そちらの男性の距離が、17メートル76センチだ」
「やはり……ですね」
「何故、分かったんだい?」
刑事は目を点にしながら、尋ねた。そうそう聞いて聞いて。
「驚く事はありませんよ刑事さん。これは全く驚く事ではありません」
そうです。何故なら891センチは真由美が白衣を着る事で(?)叩きだし、1776センチは僕自身が測りそうなる様に設定したからです。
俺は刑事にワインが交換された場所は監視カメラに映っていない場所、つまり赤ワインの間にスペースが生まれている五ヶ所である、と説明し、
「……そして実際にぶつかった地点、それはここです」
当然の様に給仕と男の2人のラインが交差する地点に足を下ろした。まあ当然だわね。ここでこいつらが出会う様にしたからね。見ている人間達もさぞ分かり易いだろうな。
「ここは……。山之内君、本当かね」
「ええ、間違いありません。ここです」
「ちょ、ちょっと待て」
「何でしょう犯人さん?」
「なんなんだ。何でここだってことになる。さっきから黙って聞いていたら好き勝手に言いやがって。このラインが何だって言うんだ。たまたま俺のラインと給仕のラインが重なっているからお前はそう言っているだけだ。待てよ。他にも可能性はあるだろうが」
おや。なかなかだなコイツ。なかなかやりよる。伊達に犯行認めないだけあるねえ。コイツにとっちゃ予定外の事が起こりまくっていて相当内心はハラハラだろうってのに、腹はハラハラだろうってのに、なかなか思考を停止させない。まあこんなある意味大胆である意味繊細な犯行を行えるヤツだ。優秀じゃないわけもない、か。これぐらいは気がついて当然といった所。
「あと4ヵ所ある事を忘れてはないだろうな」
「はい?」
そうなんですよ。
「あとの4ヶ所はどうなんだよ」
「何がですか?」
面白いからしらばっくれてみる。
「4ヶ所だよ」
「……はい?」
自分でも腹の立つ程の素知らぬ顔でしらばっくれてやる。これは犯人腹立つだろうな。ぷぷぷ。
「お前、分かってて……。なんて恐ろしいガキだ……」
「なんて恐ろしいガキだ……」なんて漫画みたいな台詞初めて言われちゃったよ。なんだなんだそしたら俺は「山之内徹、探偵さ……」とでも答えればいいのかい。
「このライン上を見たら、そりゃあ誰もが、ここで!俺と!給仕がぶつかったと思うに決まっている!」
ですよねー。
「何故なら!」
「何故なら?」
そう何故なら。
「そういう風にお前が仕組んだからだ。ご丁寧にお膳立てしたからだ!俺だってなあ、俺だって確かにこんな立場にいなかったら普通に思っているよ。そんな自信があるくらいだ」
御名答。地面に置かれたワイングラス。お互いの道筋の白いライン。赤い点。交差するライン。まあ確かにこれは我ながら分かり易かったね。自信作ですな。苦労も半端なかったけど。やはり妥協して簡単に作った作品に良いものは無いって事かな?
「お前はわざと言おうとしていない。言わない事は嘘ではない。でもな、だからって罪じゃない訳じゃないだろう。嘘をつく罪があるのなら、あるって言うのなら、真実を言わない、分かってて言わない罪だって成立するだろうよ。黙秘権だか沈黙は金なりだか知らないがな、探偵、俺にとってはお前のそれは罪だよ。お前の沈黙は成る程、十分俺を殺すだけの力を持っている。本当に恐ろしいガキだな」
なんかこいつの台詞廻しって面白いよな。独特のセンスを感じるというか。うん、悪くない。「探偵、俺にとってはお前のそれは罪だよ。お前の沈黙は成る程、十分俺を殺すだけの力を持っている」だって。うん、全然俺は嫌いじゃないな。良いセンスしてる!うん!
「犯人さん。どうされたんですか?申し訳ありませんが、僕にはさっきから何の事だか分かりませんけれど」
んで俺はまたしらばっくれてやります。
「……とことんしらばっくれる気か。だったらいいぜ。だったら俺が言ってやる。言ってやるからな!」
「ええ、どうぞ」
こういう時本当は俺「言ってくれ!言ってくれよ!さあカモンカモンべいべー」って言いたい。でも今そんな事言い出したらキャラが大変な事になりそうだからぐっと我慢した。偉い。
「残りの4ヶ所、給仕が映っていない4ヶ所で、『俺じゃない別の誰かとぶつかった可能性』があるだろうが!それをお前は隠した。それも床にラインを描いて、周りの皆に先入観を植え付けて!」
ちゃんと分かってらっしゃるねえこの犯人は。うんうん。そして更に秀逸なのはこの後の彼の台詞なのだった。
「小学生の漢字ドリルと一緒だ。点線で書くべき漢字が書いてあったら、『海』って書いてあったら、誰もがその点線をなぞって書くだろうが、『海』って。誰もそこに『山』なんて書こうとしない。閉じるに決まっている。思考を!そういう事をお前は故意に今しているんだ!」
ひゃっほう、漢字ドリル最高!やばい、俺こいつ好きかもしんない。犯人でなけりゃ友達になりたい。いや、犯人でも構わないから友達になりたい。良いものは良いんだよ。
「ははははは!漢字ドリルね!犯人さん、貴方随分と上手い事を言いますね!」
「笑い事じゃねえ!」
「どういう事だ。説明しろ!何故そうやって俺を犯人にしたてあげる!一体何が目的だ」
そしてそれから俺は会場の皆に赤ワインの数と所有時間のズレについてを言及し、その理由に空白の十秒、給仕が動いていない十秒間が存在する事を説明した。犯人あんだけ勢いあったのに直ぐにしゅんとなって可哀想だったね。
「後は逆算です。秒速1メートル23センチの給仕さんと秒速2メートル45センチの犯人さんが7秒後にぶつかる~うんたらかんたら~当然微少ながらも、誤差が生じます。誤差は0、25です。これは僕の絶対時間を使っての修正ですが。つまり7、25秒後に衝突した、と。給仕さん。秒速1メートル23センチ×7、25秒=8メートル91センチ75ミリ。犯人さん。秒速2メートル45センチ×7、25秒=17メートル76センチ25ミリ。とうんたらかんたら」
皆がうんうんと頷きながら俺の説明を聞く。おい、いいのか?そんなに俺の言っている事鵜呑みにして。絶対時感を使っての誤差修正って……?実際にどんな計算式からその誤差を弾き出したのかとか聞かなくていいの?0、25はどこからやってきたの?聞かれたら俺答えられないよ?だって誤差修正っていうか、まあ誤差修正って言葉は合ってるんだけど、それは「最初から知っている答えにする為の辻褄合わせ」だからね。こっちとしてみれば給仕を891センチ。犯人を1776センチにすればそれでいいんだからな。それっぽい理由をつけて。
どんだけ俺に信頼が寄せられているのかって話ですね、まあこれは。怖い。自分が怖い。
「それではもう一度聞きましょうか。刑事さん。先程測られた距離は?」
「もう一度言おう。君の言う通りだ。給仕が8メートル91センチ。そちらの男性が17メートル76センチ、だ」
「つまり今の僕の計算も推理も間違っていないという事です」
間違っている筈がない。何度も言うが俺が用意した問題を俺が用意した式で解いて俺が用意した答えにしただけなんだから。
だがそんな事を知らない周りの反応は凄まじい。まるで神か怪物を見る様に俺を眺める。まあ無理もない。
周りは俺が「監視カメラの映像」と「絶対時感」とかいう訳の分からん特殊能力を駆使し、実際測った距離と寸分違わぬ答えを求めたと思っている。これで絶対時感も信用された。これは参った。
いや今回はまだ良いよ。今回はこの架空能力でかなりのポイントを得る事になったから。だが今後、世の探偵図鑑なるものに「山之内徹、中学生探偵。得意技【絶対時感】」とか記載されたら大変だ。毎回俺は絶対時感を持っているものとして振る舞わなければならんのだ。ただでさえ前回の事件で探偵図鑑の俺の項には「山之内徹、中学生探偵。六か国語を流暢に話す」と記載されているのに・・・・・。まああれはあれであのハッタリがなかったら俺の命すら危うい大ピンチだった訳だから今更後悔もしていないが。だが、こう勝手に俺の探偵像が飛躍していっては、俺本人が持たん。これが嘘の代償ってヤツか。嘘だらけだからな、俺の人生。あーあ。地獄とかマジ勘弁。
にしてもようやくだ。こんなに脳内会議を開いたのは初めてだよ。計算から測量からとまあ途中で血管キレるかと思ったよ本当に。もう疲れた。早く家に帰って寝たい。いやいや、寝てはいかんのだよ寝ては。
「午後6時18分44秒から午後6時18分54秒、この10秒間のアリバイを教えて下さい」
光栄に思えよ。俺が高い代償を払ってついた絶対時感という嘘。推理という名の数々のハッタリ。それもこれも全て、この10秒間にあんたを追い込む為だったんだからな。
実際は俺の推理には穴が多すぎる。そもそも犯人と給仕の歩く速度なんて一定な訳がないのだが、俺のスピードに周りは盲目になる。今回なんとかついて来れているのは犯人くらいなもんだろう。大したもんだ。まだ心は折れていない。
「ま、待てよ。そ、そうだ。これは罠だ……」
お?
「お前が、わざわざ、その給仕と俺がその交差上でぶつかるという体で計算したに決まっている。俺を嵌める為に!」
大正解!その通りだよ!ははは、あんたエスパーか?
「はは、面白い事を言います。一体何の為にそんな事をする必要があるんですか?」
そうしてまであんたを犯人にしなければ俺は魔魅子を見れないんでな。悪く思うなよ。
さあ、ここまで追い詰めに追い詰めた犯人。そろそろ神経も衰弱し、自白タイムに突入、と俺は踏んでいたのだが、これがなかなか手強い。罪を認めやしない。これだけ怪しくなっても証拠がなければ意味がないと言い張る。俺から言わせればこんだけ怪しけりゃこの怪しさが勝手に犯人を殺してくれると思うのだが、それにしても手強い。
そこで俺は「疑わしきは罰せず」という悪しき習慣に関し、俺の中でも最も秀逸な例え「ブルマ泥棒は移動教室の際トイレに行く」を繰り出した。観客も熱心に聞き入っていた。
だがそれでもである。今回の犯人は中々にメンタルが強い。これだけ追いつめてもまだへこたれない。諦めない。少年漫画の主人公みたいなヤツだな。嫌いじゃないが、そうも言ってられん。
「偶然に決まっている。確かにお前の言う通り、そりゃあ俺が怪しい。怪しくてたまらないのはよく分かる。それでもアキラ君がブルマを盗んだとはいえないんだよ。たまたまアキラ君がブルマの盗まれた時刻にたまたま本当にトイレに行きたくなっただけかもしれない。それがたまたま偶然にブルマが盗難された時刻と重なっただけ。アキラ君にとっちゃ悲しい偶然だ。よって答えはこうだ」
俺は指を突き付けられた。
「アキラ君は周りの疑いの目を気にする事なく、学校生活を続け、無事に卒業し、今では二児の父です!!」
くそー、こいつセンスあるな。俺はこんなやり取りが大好きなんだー!
「確かに、俺はこのルートを通ったかもしれない。でも、それは俺が他所のテーブルに料理を取りに行っていたからだ。俺の延長線上にはビュッフェのテーブルがあるだろう?そして、それが一切カメラに映っていなかったのは、今言った通り、ただの偶然だ!!アキラ君も偶然だ!偶然たまたまブルマ泥棒の犯行時刻にトイレに行きたくなったんだ!」
「ビュッフェを……?」
「ああ、そうだ」
「何を召し上がったんですか?」
「覚えて……ねえよ」
吐き棄てる様に言葉を放つ。。
俺は一種の感動すら覚えていた。
こいつは、間違いなく、好敵手だった。
これはいよいよ俺も本気を出さなければならんようだな。無言で男を睨みつける。
俺は確信した。こいつにはどんな揺さぶりも誘導もハッタリもおためごかしも通用しない。軸がぶれていない。俺が今まで出会ってきた犯人達の中でもトップクラスの犯人だ。
額に書かれた「犯人」の文字は伊達じゃない。
こうなったら、決定打しかない。ヤツの心臓を抉るしかこいつの息の根を止める方法はない。
いいぜいいぜ。俺も腹を決めた…………。
徹底的に観察してやろうじゃないか。
俺は意識を一気に集中させて犯人を観察する。一切の違和感も見逃すな。絶対ある。必ずどこかに証拠はある。男の表情を読め、視線を追え、挙動を見逃すな。
何を見ている。どこを見ている。そう、あんたはバレない自信がある筈だ。これだけの人数の下で犯行に及んだんだ。となると自身が何一つ証拠を持っていないって事になるよな?「現在の自分の潔白」それさえあれば条件は千人と同じ。森の中へと姿を隠せる。リスクは犯行の瞬間のみ。最初の初手さえばれなかったらオッケー。初手は防いだ。 守りきった。ああ、あんたよくやったよ。最高だ、拍手を、喝采を送ってやろう。だが、今あんた何故だか追い込まれているぜ。不思議っすよねえ。不安っすよねえ。一体何がダメだったのか。落ち度は何だったのか、冷静を保ちながら、被害者を貫きながらも頭の中グルグルまわってるっしょ?視線はどこを見ている。拠り所はどこにある。カプセルは溶けるまで時間がかかる。かき混ぜるチャンスはいつ?どこ?いや、カプセルじゃないのかもしれない。直接液体を流し込んだ?となると容器が残る。容器だ!それさえ見つければそこから指紋が。本人が持っている?まさか?それは先に否定した。それならこの余裕は無い。では?どこだ。視線を追え。そして俺は余裕を失うな。どんな仕草も見逃すな。お、今どこ見た?シャンデリア?シャンデリアの上にあるのか?いやいやそんな所に置いたら目立って仕方ないだろ。そこのテーブルに何がある?窓の外を見ている?窓の外に容器があるのか?一体全体何だ。何だ何だ何だ…………………………………………そ………………………………………………………………………………………………………………………れ………………………………………………………は……………………………………………………………………………あ。
そして俺は気がついた。犯人の定まらない視線が、ある時は空中、ある時は窓の外をみている視線が、常にある一点を必ず通る事に。
その視線の先にあるもの、それは……。
「ちょっと、すいません」
「山之内君!」
「お、おい、お前何のつもりだ」
刑事と犯人の声を無視し、俺はその場を離れた。移動する先は少し離れたテーブルから俺の様子を窺っている真由美のもと。
行きがけにうだつのあがらなさそうなおっさんの帽子を上げる。シロ。ふうん。
「真由美、どうだ。良い子にしているか?」
真由美に話しかける。
「具合でも悪いんじゃないか?大丈夫か」
「わ。わわわ」
熱を見る体で額と額を重ね合わせる。
「わわわ……」
真由美はされるがままである。勿論真由美も俺の目的がこんなセクハラじゃない事は分かっている。
「真由美、頼みごとだ」
「はい」
「*****************てくれ」
周りには聞こえない声で俺は真由美に1つ頼みごとをした。簡単な頼みごとを1つだ。
「出来るか?」
「……うん。大丈夫……」
「よし。あ……あともう一ついいか?」
「なに?」
「最初の頼みごとをお前が達成した後、俺が右手を挙げたら、これも手段は問わない。一瞬でいい。皆の注目を俺から逸らせ。左手を挙げたら……」
「左手を挙げたら?」
「何もしなくていい。右か左かよく見てろ」
「状況次第って事だね」
「あとあんま無茶すんな馬鹿野郎」
俺の言葉に何か言い返したそうな雰囲気の真由美からさっと額を離し、俺は周りの人間にも聞こえる声で言った。
「熱は無いようだな、よし。早いとこ終わらせないとな。じゃあな」
そう言うと俺は颯爽と犯人のいるテーブルへと戻っていった。
「すいませんねえ。お待たせしました」
「何のつもりだ。お前一体何考えてやがる。学級崩壊か」
元気よく悪態をつく犯人。
「いやあ、幼馴染の様子が気になってですねえ。風邪でも引いてないかなと」
犯人と対面しながらも俺は目の端で真由美の動向を窺える角度に位置する。
そこにいるのは三人。
俺の幼馴染み真由美。
うだつのあがらないおっさん。
バクの帽子を被った天使の様に愛くるしい少女。
真由美は、恥ずかしがる様な仕草を取り、隣のあまりにも愛くるしい天使の様な少女の被っているバクの帽子を取り、被った。
それで真由美は俺の一つ目の頼みごとを達成した事となる。
そこにいるのは三人。
帽子を顔まで被り恥ずかしそうに首を横に振り続ける俺の幼馴染み真由美。
小さいパソコンをカタカタ打っているうだつのあがらなさに定評のあるおっさん。
そして、帽子を返して欲しそうに真由美の周りをぴょんぴょん跳ね回る………………………………………
額に「犯人」と書かれているそれはそれは愛くるしい天使の様な少女だった。




