超越探偵の弱点⑥
柳田刑事が合流して、俺達は隠密行動で上の階を目指していた。
範人が提案した「とりあえず上に行って爆弾を捜索する作戦」だ。
橋本が先頭、次に範人、真由美、俺、記者のおっさん、柳田刑事と続く。
おお、おお、おお。こいつはピンチだな。さあ、これはマズいぞ。かなりマズい事になりそうだ。
橋本だけがクロなら何とかなるかと思っていた矢先のこの伏兵。
柳田刑事。茶色のスーツを着ている。痩せ気味で長身ではあるが少し頼りない体型。だが、その落ち窪んだ顔の奥から覗く眼底は、不気味な程に光を帯びている。なんだか神経質そうではあるが、外見だけではどうも判断のしようがない。初めて見る顔の刑事だった。だからその額にある「犯人」の文字がいつからあるのかは分からない。橋本の様にずっと前から存在するのか、はたまた今日俺がこの「テロ事件」を知ってしまったが為に浮かび上がってきたものか。
字が浮かびたてかどうかだけでも知りたいけどな。艶々していたりしないかな、インク塗り立てみたいに。俺はしっかりと観察するが、「犯人」の文字は普段見ている犯人達の「犯人」と一切違いが無い。
但し、コイツはやはりクロの気がする。下ではなく上に行こうという作戦を聞いた柳田は、先程の橋本がちらりと窺わせた怪訝な表情より更にちょっと嫌な顔をした気がする。それでも結構なポーカーフェイスとはいえるのだが。
橋本、柳田両名がクロだった場合でも、羊と狼の比率は4対2でまだ俺達に分はある。だが狼は武器を持っている筈だ。拳銃を突きつけられたらどうしようもない。今すぐ牙を剥かれてもおかしくはない。
こいつはどうにかしなくては。
だが、いつでも俺達を殺せると考えた場合、じゃあ俺達と行動を共にするのは何故だ?
理由がある、と。そう考えるべきだ。
何だ?思いつかない。
実はどちらかがシロなのか?それとも両方ともシロなのか?
それなら襲われないのにも納得がいく。
俺が顔見知りだからか?顔を見られて生かしておくわけにはいかないが、逃げられたらマズイ。確実に口封じをするタイミングを見計らっているのか?
ううむ……。分からん!ああ、分からんなあ!!
本当に俺の能力は役に立たんな。なまじっか視覚で「犯人」って分かるだけに橋本や柳田に関しても変にミスリードしてしまいそうだ。
「おいトオル」
範人に声を掛けられる。
「何ぼーっとしてんだ。早く行くぞ」
「おお」
「あと、これ。もう一度館内の見取り図確認しとけ」
そう言って、ショッピングモールの至る所に設置されている館内案内の小チラシを俺に渡す。見取り図に目を通す。まあ、出来てから何回か来ているから、だいたいは分かるんだけどな。
一番下の欄に「皆様の快適なお買い物の手助けになれたらと思っております『当モール支配人』」と記載されている。ふん、快適な爆弾捜索の手助けにさせてもらうよ。
範人は俺達の顔ぶれを眺めて、言う。
「橋本さんに柳田さん。刑事さんが二人揃えば完璧だな。更にトオルの探偵としての策略が加われば……」
こいつは探偵を何だと思ってるんだ。それじゃあ策士だろうがよ、おい。
いや、待てよ。策か……。
このまま状況に流されていてばかりでも仕方がない。ここは、策を講じるべきかもしれないな。
俺は記者のおっさんと配置を替わってもらい、後ろにいる柳田に声を掛ける。
「柳田さん」
「何だい」
単刀直入に聞く。
「僕の事知っていますか?」
「勿論、知っているよ。少年探偵の山之内徹君だろう?」
即答だ。俺の事を知っている。やはり刑事というのは本当か……。
いや待て。いまやネットにすら名前が晒されている(自爆)俺様だ。その情報で知っているだけかもしれん。もう一つカマをかけてみるか。
「太田警部は元気ですか?」
「??誰の事だい。誰かと勘違いしているんじゃないのかい?」
俺が架空に作り上げた太田ソドム警部を知らない、か。引っかからないな。
「福田警部ならお世話になっているけどね」
福田警部は俺も知っている。そこそこ有能な人だ。自分の能力をよく知っている人物というか。出来る事はやる。出来ない事は出来るヤツに任せる、といった人だ。そのやり方には少し憧れる。周りを信用していないと出来ないやり方だからだ。
ううむ、こりゃどうやら柳田が刑事というのは本当らしいな。
橋本も柳田も本物の刑事。と同時に「犯人」。
前ではすっかり仲良しになっている橋本と範人が中腰で歩を進めている。目指すは外の非常階段ではなく、館内の階段。館内にあるから当然脱出は出来ないが、上の階に上がる事は出来る。吹き抜け側にあるエスカレーターを使うより目立ちはしないだろう。だがまずその前に二階を一通り見て回って爆弾の有無を確かめてからだ。
一応、二手に別れていた。橋本、範人、真由美の三人組と、俺、記者のおっさん、柳田の三人組だ。まあ間違っても真由美と橋本、ないしは柳田を二人組にはさせられないからな。俺には俺のやり方もあるし。
二階を歩きながら俺は柳田に話しかけ続ける。
「柳田さんは事件が起きた時はどこにいたんですか?」
「僕は三階の書店にいたよ」
「パトロールですか?」
「まあ、巡回だね」
「橋本刑事とはどうやって連絡を?」
「携帯メールだよ。『二階にあるブランドショップの従業員控えにいる』というメールが入ってきてね」
「見せて頂いてよろしいですか?」
「ダメだよ。捜査内容に関わるものだからね」
「何故刑事に?」
「ノーコメント」
「テロについてはどう考えていますか?」
「ノーコメント」
「好きなコンビニは?」
「サンクス」
「好きな異性のタイプは」
「ノーコメントだ」
俺の質問攻撃に始めは淡々と答えていく柳田だったが、だんだんその落ち窪んだ目が怪訝な表情を見せ始めた。
「さっきからなんだい?事情聴取かい?言っておくけど僕は刑事であって、犯人じゃないよ」
「さあ、どうでしょう。でも僕犯人は見たら分かっちゃうんで、こんな質問とか意味ないですよ。ふふふ」
「……またまた」
「ふふふ」
「……」
不気味なものを見る様な目。その奥がキラリと光った気がした。
さあ、これで排除する意思が固まったか。警戒を強めたか。こりゃまた博打だよな。
蜂の巣をつつく様なマネを自らする。
襲われたらたまったもんじゃない。
だが、まだ攻めは続ける。さあ、ハッタリの時間だ。
「それにしても犯人達もおかしなマネをしますね」
「何でだい?」
「この施設で人質を取るなんて」
「??」
首を傾げる柳田。
「あれ?ご存知ないんですか?この施設ならある場所を押さえればそれだけで爆弾は愚か、人質なんて一人も取る必要がないくらい……」
俺はここで言葉を切り、辺りを窺う。
「どうした?山之内君?」
「いえ、今、物音が聞こえた気が……」
「何?」
俺と柳田、記者のおっさんの三人は辺りをキョロキョロと確認した。
勿論、物音等聞こえなかった。会話上の演出だ。
「どうやら気の所為だったみたいです」
「そうか」
柳田は頷き、俺に話しかける。
「で、話の続きなんだが」
「はい?何か話をしてましたっけ?」
柳田は驚いた顔で俺を見る。
「いや、今この施設にあるという、何だか重要そうな場所の話をしていただろう?」
「あ、ああ。そうでしたそうでした」
馬鹿みたいな表情で俺は惚けてみせる。
「柳田さん、ご存知ないんですか?」
「あ、ああ。一体このショッピングモールに何があるっていうんだ?爆弾なんて意味がない、人質よりも価値のある物って、どういう事だ。どこに何があるんだ?」
「はあ……。その様子じゃ本当に知らないんですね……」
俺は刑事の質問には一切答えずに、ただ焦らす。
「だが、刑事さんが知らないなんて事は。てっきり僕はそれで橋本刑事と柳田さんはこのショッピングモールを警戒していたとばかり……。そうか……これは真由美の祖父さんの関係でもあるからな。上層部しか……。にしても現場の人間にそれを教えていないとなると……」
「山之内君。どうしたんだ?どういう事だ?」
「問題は犯人達がこの事実を知っているのかどうか。だが人質に爆弾。確かに愚か過ぎるな。僕が犯人ならそんな愚行。……ひょっとして、犯人も知らない?ここを襲ったのは……偶然?だったら、大変な事になったな……」
「何を言っているんだ?」
俺は柳田を置き去りに一人でぶつぶつと、何ともふんわりした内容の言葉を呟く。
まあ、こんな事されたら誰でも気になるけどね。問題は柳田がこの事件の犯人でも、犯人でなくても気になるだろうという所か。そこのジャッジは、この反応を見ても下せない。
柳田は尚も必死に俺に喰らいついてくる。
「どういう事なんだい、山之内君?説明してくれないか」
「あ、家具売り場ですよ」
場違いに高い声を出して、家具を指差す。俺は柳田刑事との話を故意に止めた。
「……」
おおおお、気になってる気になってる。
さざ波の様に、押しては引いていく「秘密匂わせ会話作戦」ひとまず成功だな。
二階には家具売り場が存在する。俺達はその前に立っている。
「家具の中に爆弾、か。どう思います柳田刑事?」
「どうかな?とにかく探すしかないな」
興味のなさそうな顔。これはポーカーフェイスか。内心「やばい爆弾見つかる」と思っているのかもしれないが、判断が難しい。
俺は様子を探る為、自ら家具売り場に入って、爆弾を探し始めた。
「この中にあるかなー」
柳田の表情を見る。変化はない。乱暴に布団を引っぺがしても何の動揺もない。ここにはないのか、それともあるのに冷静なふりをしているのか、そもそも犯人じゃないのか。
俺はベッドの中をまさぐってみる。
そこに、少女のお尻の様な柔らかい感触。ん?俺は布団を剥いでみる。
「よーう、探偵」
ベッドの中に彩華が寝ていた。
「うわあ!」
思わず大きな声を上げ、直ぐにお尻を触っていない方の手で口を押える。いや、これはちょっとびっくりした。天使の様な微笑みを顔に浮かべ、ベッドに寝ている少女。
俺はお尻を触っていない方の手で彩華を指差した。
「お、お前、何でこんな所に」
「ていうか、驚きながらもいつまでいたいけな少女のお尻を触ってんのよ。離しなさいよ」
「お、これは失礼」
俺は彩華のお尻からゆっくりと、なるだけ長い間触れていられる様に、ゆっくり手をどけた。動揺していて、気が付かなかった。まったく、気が付かなかった。
「よっこいしょ」
ベッドから飛び降り、地面に着く。ふわりと真っ白なワンピースが揺れた。
例の如くバクの帽子。そこには更に例の如く「犯人」という文字が浮かんでいる。俺を狙う「謎の組織」の刺客、小中野彩華。
「山之内君、その子は?」
柳田が驚いた顔で訊ねてくる。ん?この表情?彩華を知っているのか?どうにも動揺の仕方が激しい様な。だが、こんな所で突然ベッドから少女が現れたのだ。びっくりしない方が逆に怪しいよな。そう考えると柳田の反応は正常にも思える。
「柳田さん。どうしました?この子に見覚えでも?」
だが、もう一歩、俺は踏み出してみる。問われた柳田は一瞬で我に返り、首を横に振った。
「……いや、知らないな」
「はじめましてー、おじさん」
「はい。初めまして、お嬢さん」
白々しくも感じる彩華の挨拶。冷静に答える柳田だが、少しだけ動揺したんじゃない?うーん、橋本も柳田も結構なポーカーフェイサーだからな。本当、難しいぜ。
ここ何カ月間の「犯人」は、皆何らかの形で彩華の事を知っていた。ザイツ監督は共犯者として、稀代の大ブルマ泥棒こと津村君はネットで助言されているから顔は知らないが、知り合いと言えなくもない。某村では、彩華は「馬鹿組」だったから「馬鹿組」勢とは顔見知りではあっただろう。それから耀曜館等の事件続きは、彩華が差し向けた以外に考えられない。
柳田が犯人だとしたら、彩華を知っていてもおかしくは、ない。
「とにかくここには爆弾は無い様ですね」
とりあえずここは切り上げるか。もっと安全な場所で彩華には問い正したい事もあるし。俺が柳田に話しかけ、移動を促そうとした。その時だった。
「おい、そこに誰がいる」
家具売り場の入り口に、銃を持ったサングラスの男が現れたのだ。額には当然「犯人」。
しまった。彩華の登場に気を取られ、俺も柳田も注意を怠っていた。
すぐに――逃げないと。
「こっちへこい!」
「きゃあ、はなせ。あたしをだれだと……」
一瞬で彩華が腕を掴まれ、男の方へと引っ張られていた。
……ち、世話のかかる。
例え運動神経皆無の俺でも……幼女を見捨てて逃げるわけにはいかない!!
「いやだ、撃たないでください!死にたくない!」と泣き叫びながら俺はサングラスの男にタックルを試みる。
「ふん」
だが、ヒラリと体を躱されて、俺はそのまま家具売り場の向かいにある下着売り場の下着が沢山積まれているワゴンへと突っ込んだ。下着まみれになる俺。クソ。だから運動は苦手なんだ。悔しいぜ。
俺は悔しさと共に下着を強く握りしめると、そのままポケットに入れた。
だが、これは地味に序盤からピンチだな。
どうしたものかと考えている俺の目の端に風の様に移動する影が映った。柳田だ。
「う、動くな」
対象に向かって銃を構える男。だが、柳田はそのまま男に向かって真直ぐに急加速
して向かっていく。
――速い!!
「な……」
一瞬で銃を構えた男の腕の真横、つまり眼前へと入り込み、射程内を脱する。この近距離では銃は当てられない。そしてそこからの柳田のモーションは変わって緩慢に見えた。実際は速い。あまりにもの華麗さにスローモーションの様に映ったのだ。柳田は長身故の長い脚を、腰周りの軌道を通る様に思いっきりしならせて、綺麗に振り抜く。男の顔面に右の回し蹴りが叩き込まれた。
「ぐわ……」
サングラスが飛ばされる。思わず顔をしかめてふらふらと後ろへ下がる男。腕を掴む手が緩んだ隙に彩華は逃げ出す。無意識に構えた銃が下へ降ろされる。その行動を予測していたのか、柳田は右回し蹴りを放ったその勢いのまま、半回転していた。つまり、男に背中を見せている状態。だが、それも一瞬、捻った上体がバネとなり、遅れて下半身が廻り込む。その遠心力を利用し、回し蹴りを放った右足が地面についたその瞬間、入れ替わりに上げられた左足が更なる速さで振りぬかれる。剃刀の様にキレのある左の後ろ回し蹴りだ。次の瞬間。男の手元に銃はなかった。
「ボフッ」という音が聞こえたのでそちらを見てみたら3メートル程離れたマッサージチェアの背もたれに銃が腰かけていた。
「な……」
唖然となり、立ちすくむ男。
柳田と目があう。
「あ、サ」
何かを言おうとした男。だが、その言葉は最後まで続かなかった。
柳田は0、5秒で腰を落とし、右ひじを後ろに引く。更に0、5秒で腰の回転と共に
その右肘を男の鳩尾に放り込む。
「ぐ……」
初動からわずか1秒。男はそのままドサリと、地面に倒れ込んだ。
柳田はスーツを軽くはたくと、マッサージチェアから犯人の拳銃を取り、上着の内ポケットに入れた。
「大丈夫かい?君。怪我はしていない?」
そう言って彩華に手を差し伸べた。
「うん。大丈夫。ありがとう」
彩華は柳田の手を取り、立ち上がった。
柳田……。超格好良いじゃねえかよ。さっき見た映画のワンシーンを思い出しちまったぜ。チミルフみたいだぜ。強いんだな。
こいつはひょっとしたらシロか?か弱き少女を悪から守る正義感溢れる刑事。正直震えたぜ。だが、どうなのか?ザイツタミヤ監督の時もそうだったが、犯人だからこそ彩華を守るという場合だってあるんだよな。
だが、サングラスの男は彩華を構わずに襲ってきたわけだし。
それを言うなら、柳田がクロなら今のサングラスの男と仲間だって事だ。俺1人対相手は2人。そもそも、襲ってこなかったのはおかしいよな。サングラスをぶちのめす理由が分からん。
あ、そういえば。記者のおっさんがいた事も思い出した。2対2ではあったわけか。だがコイツ、さっきの騒ぎの際にまでカタカタしていたんじゃねえのか?見上げた根性というか、大人なんだから何かしろよ。俺だって泣きながら頑張ったんだぜ。
「とにかく、この階には爆弾はなさそうだ。また犯人が来たら危ない。橋本さん達と合流しよう。その子も連れて行こう」
「はい」
柳田がそう言い、俺達は館内階段を目指して歩きだした。今の一連の勇敢な行動のお蔭で、すっかり柳田がリーダーである。
俺は彩華の隣を歩きながら、小さな声で言った。
「彩華。お前、今回はどんな入れ知恵でもしたんだ?」
「何がだよー」
しらばっくれやがって、この野郎。
「テロ組織に肩入れしてんのか?『ジャイロマニア』だったけか?」
「何言ってるの?。わかんなーい。きゃぴ」
こいつ……超絶可愛いじゃねえか。ゴクリ。
「じゃああれか?船では共犯者。学校では後押し。村では実行犯。洋館では企画者。こうなったら今回は探偵の味方か?少年漫画のお約束だな。敵が味方になるってのは」
「馬鹿言うなー。そんなわけあるかー」
お、少し喰い付いた?ていうか本当「謎の組織」って何なんだ。動機には一切絡んでこないし。犯人はしっかり別にいて、その犯行の手助けをしたり、知恵を与えたりする。それが「謎の組織」なのか。サポート専門。代理店みたいな所なのか?
「でもお前今襲われたじゃん。やっぱりアイツらと関係ないんじゃねえの?それか彩華があんまり有名じゃないとか」
「カチン」
お、プライドを刺激出来たか?
「分かんないよ。さっきのあのクサレダサダサグラサンがその『のいるこいる』とかの下っ端も下っ端で、この天使の様に愛らしい皆のアイドル彩華姫を知らなかっただけかもしれないからねー」
「ジャイロマニア」だよ。原型留めないギャグを入れるな。
「で、どうなんだ?お前が仕組んだんだろう?」
「コーディネーターと呼んでちょうだい」
「……」
相談役か。ま、今回は流石に実行犯にはなれないだろうからな。どっちかと言うと津村君の時の立ち位置の様だな。現場に出張ってきているのは人死にが起きそうだからか?
そして実は今日出会った時から、俺は少し彩華に違和感を感じているのだが。
一体、何がおかしいのか。それが分からない。
彩華をジロジロ注意して見るが、
「何見てんのさ」
いつもの様に天使でしかない。
……まあ、気の所為か?
彩華に関してはこれ以上考えても、意味が無いか。
違和感に関しては、気の所為だという事にしておこう。
「どうやって俺が今日ここにいるって知ってたんだよ?」
「うん。ネットでメガネが教えてくれたよー」
津村君……。なるほど、それなら俺と「ジャイロマニア」をブッキングする事も出来るか。となると今回の事件は、やっぱり「謎の組織」の所為じゃないかよ!こんな片田舎のショッピングモールでテロって、おかしいと思ったぜ!
「ていうか、こんなの凄い分かり易い事件じゃねえかよ。何が謎なんだよ?」
一応の設定では、俺に「謎」を提供するというのが目的なんじゃなかったのかよ。
「俺が解くのか?アクション探偵じゃないんだからな俺は」
彩華はちっちっちと指を左右に振ってみせる。
「今回は謎っていうか。犯人が分かってもまだ爆弾探しもあるしー。この危機をどうするかにあるしー。言わばサスペンスよサスペンス」
サスペンスね。なるほど、ややこしい推理を考えなくていいだけ、まだマシかもしれないな。命の危険は勘弁して欲しいが。
「それに、上から言われてるの。別の謎も用意してあるって」
はあ?別の謎?上?次から次へと訳の分からん事を。
「おいおい、探偵一人に刺客一人じゃなかったのかよ」
約束を守れなんて「謎の組織」に言う方がおかしいんだけれどもね。
「そうでしょ?頭にきちゃう。あたしの謎じゃないから全然興味ないんだけどねー」
「……」
何とも要領を得ない話ではあるが、子供だから仕方がない、か。
「まあでも別の謎なんて、全く必要ないけどね。あたし、今回勝ちに来ているから」
彩華は最高に可愛く、不敵に微笑んでみせる。
「じゃあルール言うね。探偵が投降したらあたしの勝ち。投降しなくても犯人に銃で撃たれて探偵が死んだらあたしの勝ち。銃で撃たれなくても爆弾を見つけられなかったらあたしの勝ち。爆弾を見つけても脱出出来なかったらあたしの勝ち。脱出出来ても、『ジャイロマニア』をどうにか出来なかったらあたしの勝ち。探偵がこのどれか一つでも満たさなかったら、あたしの勝ち。そういう事でよろしくて?」
「おいおいおい、ちょっと、俺が不利過ぎないか?」
真由美ばりの不平等過ぎる条約に、俺は大慌てで反論する。
「うるさいわね。それだけあたしも今回は本気って事よ」
だが、一蹴される。そもそも、この状況に追い込まれた時点で、俺が主張出来る事はない。
「ちょっと難易度上げ過ぎちゃってたから、あんたがここまでやってきたってだけでもびっくりしてるんだから。とっくに投降するか、死んじゃってるかと思ってたのに……」
「おいおい、そんな致命的な難易度だったのかよ」
俺はついツッコミを入れてしまう。だが、彩華はそんな事はお構いなしで、ゴングを鳴らす。
「あたしの布陣は敷いた。事件が起きてからあれこれ手を出すのは好きじゃないからね。特等席で見物させてもらうだけ。『生存』『爆弾発見』『組織壊滅』この条件を全てあんたがクリア出来たらあたしの負け!それでいいわね!!」
俺の返答も聞かずに鼻先に指を差し、ずばりと言い放つ。
「さあ探偵。あたしの『謎』とあんたの『探偵力』。全面対決よ」
そして、少女は、不敵に笑うのだった。




