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超越探偵 山之内徹  作者: 朱雀新吾
最終話 超越探偵の弱点
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超越探偵の弱点⑤

 今日は一体何だ?俺の前世の宿敵の誕生日か何かか?それとも今まで俺が捕まえてきた犯人達の呪いか?俺にとって不利な事ばかりが起きやがる。

 橋本刑事は間違いなく有能な刑事である。それは俺も保証しよう。二年前の事件でも俺の推理に最高の補足を与えてくれたり、俺の例えを完璧に理解して的確なリアクションをくれた。


 だが、同時に彼は「犯人」なのだ。百パーセント。


 とは言っても、何の事件の犯人なのかは分からない。

 そしてその文字が消えていないという事はまだ解決はしていないという事。

 これが「超越探偵殺し」。

 それは前々回や前回の範人や塔子ちゃんも似たような話なのだが、狭域と広域ではまた話が違う。範人や塔子ちゃんに関しては、一度額に「犯人」がない状態で出会っている為、額に「犯人」と浮き出てもそれがその前後の事件の事だと推定出来る。それでも俺はミスリードをするぐらいなのだが。それが橋本刑事の場合は「出会った瞬間から今まで」という事なのだ。

 最初から「犯人」だった人間は、俺は基本的に、その時の事件に関係しているのかもしれないと思い定める様にはしているのだが、二年前、橋本と出会った時もそうだった。最初俺はその時に起きた事件の犯人だと思い、もう少しで橋本を犯人として指名してしまう所だった。

 だが、明らかにその事件に於けるもう一人の別の「犯人」と橋本に共通点が見つからず、更には複数犯にしては随分お粗末な犯行というのもあって、結局橋本はその事件に関してはシロだと断定した。


 これが俺の弱点だ。


「犯人」と額に浮かんだ人物を、事件別にファイリングするという能力は俺にはないのでどうしようもない。先月も先々月もそれで痛い目を見ている。早く欲しいぜ、「○○事件」「××事件」と事件毎に犯人が切り替わる様なシステムがよ。努力すれば出来る様になるのかしら。まあ無い物ねだりを今言っても仕方がない。

 そういうわけで橋本は俺が直接関わった事件の「犯人」ではないのだと、結論づけた。つまり、全く関係ない事件。俺が橋本と出会う前に、たまたま三年前や四年前に新聞でチラ見した殺人事件、ニュースで耳にした銀行強盗。教室で噂になっている都市伝説。そのどれかの「犯人」なのだ。そうなると該当する事件は、百は下らないだろう。

 先述した通り、極力俺はテレビでも事件や事故のニュースを見ないようにはしているが、それでも偶然目にする、耳にするものはどうしても防ぎようがない。

 俺の中のベストは、犯人には事件が起きた瞬間に目の前で「犯人」になってくれる事。これなら百パーセント何の事件の犯人なのかが一目瞭然だろう。


 という訳で今回は、俺の弱点が揃い踏みな訳である。

 二つの「超越探偵殺し」。


 事件に於いての「超越探偵殺し」。それが今現在の様に「テロや銀行強盗等、犯人が分かっている事件」

 個人に於いての「超越探偵殺し」。それは今目の前にいる橋本の様に「額に『犯人』と書かれているが、どの事件の犯人なのか分からない人物」


 ただ、橋本に関しては、このテロ事件にも噛んでいると疑ってかかった方が良いかもしれない。そもそも、向こうから声を掛けてきたわけだし。犯人ならあまりそんな真似もしない様に思えるが、何か目的があっての事かもしれん。それにこういった場合、違うだろうと思って安心して接するよりかは、絶対に疑う方が利口だ。これで結果、橋本が俺達の完全なる味方だと分かったら「儲けた理論」で良いじゃないか。信じて裏切られるより、疑って挽回される方が、断然良い。このスタンスで、基本橋本は疑う事にする。

「じゃあ橋本さん。とにかく僕達が今出来る事と言えば」

「脱出経路の確保と、もし出来るならば爆弾の捜索、だろうね」

 言う通りだ。何の問題もない。俺個人としてはとにかく脱出を優先したいぐらいではあるのだが。

「脱出経路ですか。先程僕達、裏の従業員通路も見て回ったんですが、なかなか厳重な警備体制でしたよ。一階は無理、二階の従業員控えの窓も無理。手詰まりな状況で、投降しようとしていたんです」

 俺は敢えて三階のカフェについては言及しなかった。

「驚いた。今の短期間でそこまで行動していたのかい。その情報は助かるね。そうか。だったら、後は地下ぐらいか」

「地下?」

 一階を通り過ぎて、地下か。

「地下食品の搬入ルートもある。今調べていない所といったら、そこぐらいだろう?まずは地下に行ってみるか」

「……」

 俺達の情報を聞いての判断なので、決められたシナリオで踊らされそうにはない。特に問題の無い意見の様だが、さて、これをどう読むかだな。

 橋本が本当にこの事件のクロだったなら、この発言には俺達を不利にしようという意思が存在するのだろう。だが、今の発言に特に腑に落ちない点はなかった。というか充分理に適った提案である。俺もこれ以上、上に行く事へのメリットは感じられない。

 だが上手く説明は出来ないが、そこが少々怪しい、という雰囲気があるような無いような。

 かといって、ここで刃向うのはどうだろうか。下手に反論し過ぎて、こちらが相手を疑っているという事がバレてはいけない。裏を読むアドバンテージはまだこちらに欲しいのだ。

「どうしたよ、トオル。地下はダメなのか?」

 黙り込む俺を不審に思い、範人が声をかける。

「いや、そういう訳じゃなくてだな」

 ……地下へと行くという橋本の発言に、特に理不尽な響きはなかった。従っても良いのかもしれない。

「お前はどう思う?」

 一度、範人に振ってみる。

「オレ?オレは橋本さんの意見には何の反論もないぜ」

 他人を疑う事を知らないヤツだ。コイツはまあ、こう答える事は予想していた。

「ただ」

「ただ?」

「爆弾はどうなるんだ?」

「……」

 ……まさしくコイツらしい。脱出経路よりも爆弾をどうするかが優先とはな。さっきまで俺達の身の安全を気にかけていたのに。正義の血が騒ぐか。

 そして今、ほんのちょっと。ほんのちょっとだけど、範人の発言に対して、嫌な顔しなかったか橋本?

「谷崎君、それも含めてだけどね。ひょっとしたら地下に爆弾があるのかもしれないよ」

「だったら尚更ですよ、橋本さん。脱出も大切ですけど、出来れば早く爆弾は見つけてしまいたいですよね?地下、一階、二階と、脱出経路は限られている。上に行けば行くだけ脱出経路は無くなる。オレ達がそれに気が付いているくらいだから、敵もそう思うんじゃないですか?大事なのは下だって。つまり、上に行けば行くだけ手薄かもしれません」

「それはそうだが僕は脱出を優先して……」

「それは分かっています。それで二階ダメ、一階ダメ、だったらと……消去法として、地下搬入口が出てきたんですよね。でも、そこも犯人が見張っている可能性は高いです。ひょっとしたら一番厳重かもしれません、とオレは、思います。スイマセン」

 ああ、そうだ。その通りだ。

「一番厳重。何でだい?」

 そして俺の知っている橋本は、そんな事をこんな風に聞き返さなければならない程無能ではない。

「地下搬入口はひらけているし、車で突入も出来る。警察の『侵入経路に使われ易い』。そう考えると実は一番犯人にとってリスクが高いのって、地下なんじゃあないんでしょうか」

「……確かに」

 何の悪気もなく、何の角も立てず、ただ言いたい事を自然に言う範人。正直コイツのこういう所には、感服する。俺にはこんな言い方は出来ない。媚びるか生意気になるかしかないからな。

「でも脱出するには今の所そこを突破するしか考えられない。中でどんな動きをしても結局最後は地下に目を向けなくてはならない。だったら、逆に地下は後回しにしませんか?」

 範人の意見はすんなり俺達の胸に入ってくる。

「ここはひとまずズラーっと上まで爆弾がないかを調べてみませんか。まさかヤツらも既に中に警察の人がいるとは思っていないでしょうし、だったら守りは『侵入経路』である地下や一階出入り口、精々二階三階の窓に集中していると思うんです。もっと上は手薄かもしれない。そこを捜索してみて、それで爆弾が見つかれば良し、見つからなければ残念。じゃあ爆弾は地下かもしれない。そうなってから下りれば、最終的には爆弾も見つかるかもしれないし、脱出も出来るかもしれない。爆弾も脱出も、全てをコンプリート出来る可能性がそこにはあるんじゃないでしょうか?」

 範人の言う通りだった。俺も感心してしまった。

「なんかスイマセン。素人が生意気な事言って」

 素直に謝る範人。いやあ、好少年だ。

「いや、確かに君の言う通りだ」

「いえ、橋本さんはオレ達を守るのも仕事ですからね。まず脱出の事を考えるのは当然です」

 真っ直ぐ、いたわりのあるフォロー。

「でもこっちには稀代の少年探偵が駒としているんだ。トオルの推理に頼った方が良いと思います」

 俺の肩に腕を回す範人。何故か真由美までも仲間に入って三人で肩を組んだ体勢となる。

「ボクもそう思うのです。お兄様の力なくして爆弾の発見は出来ないと思います」

 畳み掛ける様に発言する真由美。こいつの場合空気を読んでなのか、読めずに自我を通したいだけなのか分からない。まあこいつは空気を読んで敢えて読まない高度な技も出来るからな。が、まあ結果オーライ。

 これで上手く橋本の意志とは逆の選択肢を選ぶ事が出来た。

「よし、ではそうと決まったらここを出て、上を目指しましょう」

 橋本への警戒は怠らない。それでも大丈夫か。今のところ数では俺達が圧倒的に有利なんだ。面識もあるし、どんな考えがあるのかは分からないが、ヤツがクロだとしてもここで正体を晒す利点はないだろう。俺の経験上、犯人は基本的に自分の存在がバレたくはないのだ。やはり、後ろめたい気持ちがあるんだろうな。

 羊と狼で例えるなら、俺達4人対「犯人」1人。

 今の所俺達が喰われそうな気配はない。

 本当に何とかなるかもしれないな。

 と思ったその瞬間、コンコン、と俺達のいた控室の扉がノックされた。

 息を潜める俺と真由美。俺達を隠すように体の向きを変える範人。最後に身構える記者のおっさん。

 扉の向こうに、誰かがいる。

「大丈夫だ」

 橋本が穏やかな声をだす。その表情には微笑みさえ浮かべている。

「もう一人いるんだ。今日ここに潜入していた刑事が……」

 ん?俺の嫌な予感メーターが反応しているぞ。

 これは……マズいんじゃないか。

 そして、扉を開け、一人の痩せた長身の男が部屋に入ってきた。

「橋本さん。来ました」

 橋本は俺達を見廻し、男の紹介をする。

「僕の後輩の柳田だ」

「柳田です。宜しくお願いします」

 軽く会釈をする柳田刑事。

 

 下げた頭を戻したその額には、「犯人」という文字が浮かんでいた。


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