表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
超越探偵 山之内徹  作者: 朱雀新吾
最終話 超越探偵の弱点
42/68

超越探偵の弱点④

 目の前の男が持っているボストンバッグに手を入れる。バッグから取り出されたもの、それは銃だった。詳しく言うなら猟銃、つまりライフルだ。何故こんなものが?そう考える間もなく、男は銃を取り出したモーションから有無も言わさず乱射する。ショーウインドウのガラスが割れ、マネキンがみるみる蜂の巣になる。同時に男の額に浮かび上がる「犯人」の文字。更に、店内の至る所から同じ様にガラスが割れる音と何かが壊れる音、そして誰かの悲鳴が響く。同様に「犯人」の文字を持つ人間が増えていく。


 俺の目の見える範囲で「犯人」は同時に10人、現れた。


 俺達はとにかく伏せた。俺は真由美に覆いかぶさる様に。範人は俺達二人を守る様に銃を乱射する男と俺達の間に位置する場所で。

 悲鳴と硝煙、血の臭いも混じる。誰か撃たれたのか、倒れ込む人間も見える。

 その信じられない惨状はしばらく続いた。

 ……おいおい、これは一体どういう事だよ。何が起こっているんだ。ここは平和な日本国じゃないのかよ。だが現実逃避も追いつかない。目の前に横たわる現実はそんな甘えを俺達に許しはしない。残酷な五感を持って、肉薄して危機は迫ってきているのだ。

 どれだけ信じられない事でも、まずは認めなくては。でないとこれは―――命に関わる。

 辺りは混乱を極めた。逃げ惑う人々。エスカレーターを走って降りる。俺達がいる場所から、外に出る為には一階のエントランスを通るのが一番早い。更に一階には他にも5つか6つか扉がある。そのどこかから逃げ出せれば確かに一番早いのだが、別に逃げる人々を批判するわけじゃないが、それは多分、ダメだ。

 この事件が単独犯だった場合、とにかく走って一階の扉のどれかから外に出る事は可能であろう。だがまず今現在のこの様子。偶然にも俺が時計を見た時刻、6時になった瞬間。そこを定めて犯行が開始されたのは確実だ。同時多発的に起こる銃声、悲鳴から複数犯である事もまた確実。人数はまだ分からないがこのショッピングモール内全てを網羅しようとするならば、10人、いや20人以上は確実にいるだろうな。ならば、行き当たりばったりな、筈がない。イカれた一個人が立て籠もり、青春だか恋愛だか自己だかの主張を始める、といった類の穴だらけの事件ではない。頭を使って誰かが計画した犯行。ならば、実行直後の人々の行動等、予測しつくしているに決まっている。皆がどこに逃げようとするか。とにかくどこへ向かいたがるのか。

 その予想は正解だった。俺は二階の吹き抜けの手摺からそっとエントランスを覗いてみる。出口に2人、銃を持った男達が立っていた。サングラスをしている。つまり待ち伏せ要因だな。勢い勇んで駆けてきた人々は皆そこでストップ。チェックメイトだ。

 勿論、言うまでもなくその2人の額には「犯人」の文字。

 更に、奥にある駅とは反対方向にある出口にも、銃を構えた男が2人。額には「犯人」。他にも、俺達のいる場所から見える一階の扉は全て2人の「犯人」達の手によって塞がれていた。これは、残りの出口も同じ状況に違いない。


 そうして、続々と人質は一階エントランスに集められていく。先程の様に逃げようとして待ち伏せを喰らった人間もそこには多くいた。犯人グループは手際よく彼らを一ヵ所に固め、見張りの人間が銃口を突き付ける。それだけで彼らはもう何も出来ない。

 館内放送から、普段買い物をしている際には決して流れる筈のない荒々しい男の声が響く。

「このショッピングモールは我々が占拠した。10分以内にエントランスに集まれ。館内の非常口、従業員出口も全て施錠済みだ。何の抵抗もなく人質となるならば命は助けてやろう。だが、10分後エントランスにいなかった人間は、容赦なく命を貰う」

 事件開始から5分も経たずに、館内全てが占拠されたって事か。これはまあ、なんてスピードだよ。

「隠れても無駄だ。ある場所に幾つか爆弾も設置してある」

 で、爆弾テロですって。マジかよ。最悪だな全く。

「政府が我々の要求を呑むまで諸君らには交渉材料となってもらう。捕まった同朋の解放だ。もう一度言う、このショッピングモールは我々が占拠した……」

 政府と来ましたか。同朋の解放だってよ。これは、なかなかの大事件だ。

 とにかく全然意味は分からないが、状況は何とか把握した。ずばりテロな訳だろう。何でこんな片田舎のショッピングモールを狙うのか全く解せないが。事件だな。これは。



 さて、だが既にこの事件に於いて俺の能力は無意味と化した。


 犯人の額に「犯人」という文字が浮かび上がる俺の能力。


 便利な便利な超越探偵の能力。


 だが、それは「周りの人間にとって犯人不明」の事件時に価値のある能力なのだ。

 俺はコソコソと正体を隠して犯罪を犯すシャイな方々専門の探偵。

 今回のこの事件。もう犯人は一目瞭然だ。あちらで銃を構えている強面な方々に決まっている。決まりきっている。

 そして彼らが行使する力は、この世で最も分かり易い力、その名も「暴力」なのだ。

 俺はそいつらに「犯人は百パーセントの確率で、貴方達です!」といつものキメ台詞を放つのか?

 先月の200人全員「犯人」に対してとは、また違った意味での自殺行為だ。


 さあ、これが俺の、山之内徹の、超越探偵の、天敵。


「超越探偵殺し」。超越探偵山之内徹をただの中学二年生、山之内徹に戻す魔法。


 俺は犯人が明白な事件では(・・・・・・・・・・)何の活躍も出来ないのだ。


 コナン君みたいに臨機応変に冴え渡る頭脳があるわけじゃない。キック力増強シューズがあるわけじゃない。時計型麻酔銃があるわけじゃない。蓋を開けたら只の中学二年生。妄想の中では無敵でも、現実では中学二年生は、ただの小生意気な少年でしかない。

 カボチャの馬車はカボチャに戻ってしまった。現状、まったくもって、俺にはどうしようもないのだ。


 俺達は二階の雑貨屋の陳列棚の奥にしゃがみ込んで息を潜めていた。

「これは、範人の所為だな」

 俺は親友に責任を押し付ける。

「何でだよ」

「映画観たいとか言い出すし」

「バッグとTバックをかけて下着売り場に行くというボケで時間潰したヤツにだけは言われたくないけどな」

 範人は真面目か冗談か分からない顔で俺に応対する。

「まあ、冗談は抜きにして、どうするよトオル」

 冗談だったか。

「行かなきゃ殺すってよ」

「俺、死にたくないからなあ。行くしかないんじゃないか?」

 範人はそのままシリアスな顔で俺に念を押す。

「お前でもなんとかならんか?」

「無理だね」

 こいつは一体俺をなんだと思っているのだろうか。超越探偵はスーパーマンじゃないんだぞ。ましてやさっきも述べた理由で、こういった事件は特に門外漢だ。

 事態は完全に一介の中学生にはどうしようもないものとなっている。手に余るどころか状況に溺れるレベルだ。潔く投降した方が良いに決まっている。範人も俺に何とか出来るのなら協力を惜しまないつもりだろうが、残念ながらその期待には応えられない。

「投降だ投降。さっさと一階に下りて人質になろうぜ」

「ダメです」

 だがここで姫がごね始めた。きたよ。事件大好き娘が。

「おい真由美……」

「お兄様にはズバッと格好良くテロリストを殲滅して欲しいです。中学二年生らしく」

「お前なあ……」

 また頭のおかしな事を言い出す。だから思春期の妄想だろうがよそれは。

「バカ、多数決で決まったんだよ。なあ範人?」

「マユミちゃんがイヤっていうならじゃあオレもイヤで」

「この腐れフェミニスト!!」

 こいつはそういうヤツだ。真面目に見えて、基本何も考えていない。本能に従ってる部分が多い。本能に従いながら強かに生きてやがんだ。

「ていうかさっきも言ったけど、そもそもお前が映画観たいなんて言い出すからこうなったんだよ。買い物なんて3分で終わったんだから、実際ならこんなややこしい事件に巻き込まれる事だってなかったんだからよ」

「お兄様。さっきから聞いてましたけど、それ4時間以上遅刻したボク達が言える台詞ではありません」

 真由美がとんでもない正論を放つ。そして何か考え事をしている範人は俺と真由美を振り返り、頭を下げた。

「確かにトオルの言う通り、この事態はオレの所為かもしれん。二人とも、スマン」

「ああ、もう。どんだけ良いヤツなんだよてめえは!」

 落ち着け。場が混乱してきた。話題を戻そう。そう、投降だ投降。

「こんなやり取りをしたって俺達には何もできやしないんだ」

「……」

 黙って頬を膨らませたままの真由美。範人だって本気で真由美側に付いている訳ではない。正直、解決出来るならば何とかしたい心持ちだが、現状は精神論では機能しない。物理的に出来る事と出来ない事があるのだ。

「こんな事件は畑違いだ、俺達は只の中学生でしかない。お前が俺より凄いのは知ってるけどな。だからってライフルやマシンガン持った大人がうじゃうじゃいる中で、どんな立ち回りが出来るっていうんだ」

 多分、どんな立ち回りでも出来るんだろうが、前もって真由美には念を押しておく。コイツが一番放って置いたら何をしでかすか分からんナンバーワンだからな。無茶をされたらそれはもう本気で困る。だから、今日はこれでゲームオーバーだ。それが最良の選択。いや、一択だ。

「そもそもこんな事件はフィジカルに優れた熱血型主人公が爽快に解決するもんだよ。俺みたいなはみだしなんちゃって探偵が荒らしていい現場じゃない。さ、だから早く人質人質。モブとしてヒーローの登場を特等席で待とうぜ」

「でも」

「でもじゃねえよ」

「でもでも」

 真由美が頬を膨らませる。……ああ、もうコイツのこういう所だけは……。だが、仕方がないか。こういう風に出来ているんだもんな……この子は。俺は、甘いと思いながらも妥協策を提案する。

「ああ、もう仕方ねえな。だったら、少しだけだぞ。時間は犯人の言っていたタイムリミット10分。やる事は脱出経路の探索程度。分かったか?」

 それでやっと、しぶしぶと真由美は首を縦に振った。

「はい」

「よし、良い子だ」

 偉そうに言いながらも、さっきから俺は手が震えている。正直言うと早く投降して楽になりたい。ああ、結局こんなもんだよな、中学二年生って。探偵やっている時は虚勢を張っているというか、演じていれば自分じゃないみたいな感じで何とかなる。自己暗示にも近いのだろう。

 だが、実際こんな事態を目の前にしたら、何も出来ない。出来るわけがない。絶対的な暴力の前に、俺は何て無力なんだ。それが悔しい。でも怖い。怖くてたまらない。ヒーローになんてなりたくない。無事に家に帰りつきたい。ただ、それだけが俺の正直で、切実な願いだった。


「従業員出口も施錠したと言っていたが、一応行ってみるか」

 まず最初に俺達が調べようと決めたのは、従業員通路。控室には窓があるだろう。二階の高さだったら何とかなるかもしれない。俺から見て左手の壁側にある従業員通路。両開きの扉、そこには当然鍵は無い。こそっと、身を低くして、そこまで移動する。

 手で扉を押し、中を見る。

 そこには人が二人通れる程の、幅の狭い通路があり、店舗とは逆の方向にドアがズラッと並んでいた。左右を窺って誰もいない事を確認して俺は、幾つかのノブを回してみるが、やはり中には入れない。

 なるほど、確かに施錠してある。何という手際の良さだ。内部に味方がいたのかな?ドアを蹴破れば中に入れるだろうか。そうすれば中には窓がある筈だ。そこから脱出出来るかもしれない。 

「範人、どうだ?」

 ドア周りを調べていた範人が、申し訳なさそうに首を横に振る。

「結構頑丈だな。木製なら何とかなるかと思ったが、全てしっかりとしたアルミドアだ」

 前回の様にはいかないって事か……。

「従業員扉はダメ、か。どうしたもんかな……」

 早速詰まったその時、通路の奥の方から、コツンコツンと、誰かの足音が響いた。

「……!!」

 心臓が飛び跳ねる。

 俺達は咄嗟にすぐ近くにあった従業員用階段を上がった。実際はそこまで考える余裕はなかったのだが、結果的に言えば下よりも上で正解だったと思う。下には防災センターや従業員出入り口が存在する筈だ。犯人グループの手際の良さから、そこに見張りがいない訳がない。確率的に、三階に近い方が安全に違いない、と思う。

 俺達は二階と三階の間の踊り場で隠れ、階段の陰から下を覗く。

 足音は徐々に大きくなっていく。

 銃を構えた2人組の男が現れた。巨体ではないが、体格の良い2人。筋肉の付き方はしっかりしていて、まるで体操部の様な印象だ。額には当然「犯人」。

「誰もいないか?」

「ああ、大丈夫だ」

 そんな会話を交わして、体操部2人組はそのまま通り過ぎていった。ふう、と俺はそのまま階段の手摺に背もたれし、溜息をつく。怖い。手の震えが、やはり止まらない。口を開けたら歯がカチカチ鳴る。クソ。隣を見る。範人も俺よりかはまだ落ち着いている風だが、内心は多分似たようなもんだろう。真由美は特にいつもと雰囲気は変わらない。鉄の心臓かよ。まったく、羨ましい限りだぜ。

 だが、従業員通路にも見張りか……。これは厳重だな。

 このまま下に降りるのも、恐ろしい。さっきの奴等と遭遇するかもしれない。一旦このまま三階に上がった方が、得策か?

 だがここから更に上に行ってどうする。あとはどこだ。どこがある?出口も無ければ窓もないんだから。……あ。

 そこで俺はある事を思い出す。確か三階には……。

「三階に窓、どこだっけ?真由美」

 小さな声で真由美に聞くと、同じくらいのか細い声で返事が返ってくる。

「三階南側のカフェだよ」

「……行ってみるか」

 範人にも目配せすると、神妙な顔で頷いた。

 足音を立てない様に行動を開始する。踊り場から、上へと歩き出す。

 あそこなら、脱出は出来なくても、外に到着しているであろう警察を誘導する事は可能かもしれない。梯子等を使えば少数ずつでも侵入は可能だ。その経路を確保するだけでも、事件解決の力にはなる。今俺達が出来る事と言えば、それぐらいだ。


 周囲に細心の注意を配りながら、俺達はなんとか三階のカフェに辿り着いた。ちなみに三階フロアには、さっきの体操部の様に巡回する犯人は存在しなかった。 

 だが、結果はダメだった。 

 またしても2人組。

 銃を持って、カフェの椅子に座っている。ちょっと一服して行こうなんて雰囲気ではない。どっしりと座るその眼光は鋭い。1人は店内、1人は外を見張っているのだ。

 この2人の体格はかなり良い。がっちりとした、柔道部クラスだ。店内に目を光らせている1人がソフトモヒカンでタラコ唇。目はサングラスで分からないが、それだけで十分「YAWARA!」の名脇役、花園薫にそっくりなので、俺には尚更そいつが柔道部にしか見えなくなった。更にもう1人、外を見張っている方は、坊主頭で、輪郭が縦に楕円の形をしている。唇が少し突き出ていて、ひょっとこみたいだ。よってそいつは「柔道部物語」の主人公、三五十五にしか見えなくなった。

 体操部だったり柔道部だったり。ふざけているかの様なその配置だが、その実、ひょっとしてクレバーな組織なのではと俺は推測する。

 従業員通路で見かけた2人は、体躯はそれ程ではなかったが、まだ店内を逃げている人間を見つけた際、俊敏に追いかけ、捕まえられる、そんな機動力に富んでいる印象を持った。一方今カフェにいる2人や、一階の出入り口を守っている犯人達は揃って体格が良く、そこに存在するだけで威圧感を覚える人間ばかり。つまり、フットワークには欠けるが、門番にはうってつけな人間を配置しているという事だ。

 そして、唯一の隙だと思った三階にまであんな、強面がいるとは。これは……。


「結構な人員を割けるって事だな」

 小物屋の中の商品棚に隠れ、俺達は作戦会議をする。カフェからはかなり離れているから、声は聞こえないだろう。当然、周囲に注意を払うのは忘れないが。

「真由美、いまのところ犯人はだいたい何人くらいいるんだ?」

 こくんと、真由美が頷く。

「一階の出入り口6つに見張り2人ずつでしょ。計12人。エントランスに集めた人質の見張りが6人。二階フロアに巡回2人。二階従業員通路に巡回2人。あの様子だと一階従業員通路にも当然巡回2人以上。三階フロアには巡回はいなかったけど、カフェの窓の見張りが2人。それだけでも、26人です」

「つまり、30人以上はいると思っていた方がいいだろうな」

「そうだな」

 範人も同意する。

 中学生3人対テロリスト30人。

 中二的妄想なら、燃える展開だが、これは現実。

 …………まず無理だ。

「……よし。二人とも。まだギリギリ10分以内に間に合う。投降するぞ」

「お兄様……」

 真由美が落胆した声を上げる。

「俺達でやれそうな事は試してみたが、ダメだ。どうにもならん」

 俺は情けないが、右手を持ち上げ二人に見せる。

「それに見てくれ、この手。さっきから震えが止まんねえんだ。怖いんだよ」

「……」

「……」

 神妙になる二人。範人が、口を開く。

「マユミちゃん。トオルの言う通りだ。誰かが怪我してからじゃ遅いんだ」

「……範平太君」

 範人は正義感に溢れる男だが、その正義感は正義の為に周りを顧みずに突っ走る部類ではなく、弱きを守る為に行動するタイプだ。仲間が傷つくのを極端に恐れる。

 範人からそんな庇護の目で見られたら流石の真由美も黙るしかない。

 その沈黙を機会に俺は下行きのエスカレーターへと向かう。範人も黙ってついてくる。一瞬だけその場に留まる素振りを見せるが、真由美も、その後を追う。一応カフェの見張りに見つからない様には気を使ったが、咎められてもその瞬間に無抵抗で投降しようと決意していた。

 俺達は二階へと降りる。

「山之内君……?」

 二階のフロアに足をつけ、そのまま一階行きのエスカレーターに乗ろうとしたその時、声を掛けられた。二階フロアの見張りの人間だろう。

「すいませんすいません。死にたくありません。命だけは勘弁してください」

 俺は振り返り、早速命乞いを開始する。いつでも一秒で土下座出来る体勢を取る。

 うん……?山之内君?何で見張りの人間に名前を呼ばれるんだ?

 俺は思わず顔を上げる。そこには一人の人物が立っていた。

「やはり山之内君か、こんな時にこんな所で会うなんて、偶然だね。いや、君とはいつもこういう時にしか会わない、か」

 その男に、俺は見覚えがあった。

「橋本、刑事」

 噂の有能刑事こと、橋本刑事の登場であった。


「お久しぶりです」

 俺は驚いた。まさかこんな所で偶然巡り合うなんてな。今日たまたまその話をしていたばかりだったから、尚更だった。

多分二年振り。だが、彼は何も変わっていなかった。

細見だが、無駄な贅肉のない引き締まった体。二枚目俳優の様に甘いマスク。髪は煩わしさを感じさせない程度の長髪。上下紺のスーツに藍色のネクタイ。まさに好青年の風体である。だが、前髪の奥から覗かせる眼光の鋭さ、それだけは一般人と画している。狩り場に居る野生動物の様な目をしていた。

実際に鋭いんだよな、コイツ。

風体同様に額も、2年前、初めて会った時と変わらない。何も変わらない。俺は先手を打たれた巻き返しを計る様に、橋本へと質問をする。

「潜入していたんですか。確かに、こんな大規模なテロ。警察が情報を入手していないわけがありませんからね」

 隙を見せるな。油断するな。結局、俺の緊張は緩める事は出来ない。

「……ああ。そうなんだ。近隣で物騒な噂が流れていてね。何か怪しい動きがないかとパトロールをしていた所だったんだ」

「そうなんですか……」

 腹の探り合い。俺は適当な相槌を打つ。俺の横に真由美が立つ。

「お久しぶりです。橋本刑事」

「真由美ちゃんまで。大丈夫かい?怪我はしてないかい?」

「はい」

 当然の様に真由美の安否を窺う橋本。イケメンぶりも健在である。

「これは一体全体どうなっているんですか?」

 俺はとにかく、一番聞きたい事を聞いた。

「……ここではなんだから、もっと人気のない所へ行こう」

「はい」

 橋本の言う通りだ。エントランスから少ししか離れていないこんな場所で立ち話なんてしていたら、犯人共に即効で見つかってしまう。こっそりと移動を開始しようとした、その時だった。

「山之内君?山之内君じゃないか」

 再び、何者かに声を掛けられた。当然身構える俺達。

「ああ、やっぱり。ここにいたんだね。探したよ」

「大屋さん」

 範人がハンチング帽を被ったその人物の名前を呼ぶ。

 おいおい、またこのおっさんか。

 

それは先月、先々月と俺の関わった事件の殆どに居合わせた、殆どが役に立たない、コメントもしない、いる意味がよく分からない、俺と気の合わない、記者のおっさんだった。


やはり、今月もか。説明はいらないかもしれないが、例の如くルンゲ刑事の様に電子メモ片手にカタカタしている。

それに範人、お前、名前間違っているぞ。そいつの名前は大ソドムヶ浦ソドム彦だろうが。

「山之内君。知り合いかい?」

「はい、記者の方です」

「記者さんですか。私はこういうものです」

「警察手帳……。刑事さんですか」

 記者のおっさんは自分の名刺をお返しに渡す。そんな動作を見ると、大人なのだなと、こんな時だが、ぼんやりと思った。


そうして、記者のおっさんを入れた俺達5人は現在、二階のとあるブランドショップの店舗内に、パーテーションで仮設に設置されている控え室へと潜んでいた。2メートル四方あるかないかの狭い空間に大人 2人と中学生が3人。声を潜めて話し合う状況。

 部屋に入ると、何の前置きもなく、橋本は俺に話を振ってきた。

「山之内君、半年前に海原雄三という男が逮捕された事件は?」

「知っています」

 知らん。誰だその至高のメニューを極めてそうな人物は。

「あの容疑者が『ジャイロマニア』のリーダーだったんだ」

「まさか、あの『ジャイロマニア』の!?」

 知らん。なんだ「ジャイロマニア」って。もう、知らない単語ばかり使うなよ。馬鹿にしているのか。 バンド名か?バンドのメンバーなのか。「エアロスミス」みたいな名前なのか。どうせ皆髪伸ばして名前もカタカナみたいな、英語みたいな感じなんだろうよ。格好良くて大層女の子にモテたりするんだろうな。まったくけしからんったらありゃしないぜ。リーダーってんだからボーカルだろうな。決してドラムではあるまい。名前は何なんだ。雄三ってじゃ締まらんだろう。「YU―ZO」とかじゃないと。

「中枢を失った組織は早めに叩けば一網打尽に出来る。だから俺達は潜伏先を調べていたんだ」

「で、その潜伏先が」

「この近くの区域だった。続々と他のメンバーが集まっているという情報も入手していた。だが、まさかここまで計画が進んでいたとはな」

「なるほど」

 そう言いながら俺は真由美を一瞥する、こっくりと頷き肯定する。どうやら嘘ではないようだ。ニュースにもなったんだろうな。だが、聞いた事はないな。「ジャイロマニア」か。まあ、イタズラに「犯人」が増えるのを防止する為に俺は新聞やテレビをあまり見ないようにしているからな。全く迷惑な話だぜ。何でよりによってこんな「田舎町の中でも都会な部類に入る」程度の建物でテロなんかを。更に俺達がいるこのタイミングとは迷惑な話だ。まあ、大都会の大手ドラッグストアだろうが、田舎のショッピングモールだろうが、目的が立て籠もりと人質、更に爆弾を使っての政府との交渉だったら、人命に変わりはないからな。どんな銀行でも金さえあれば銀行強盗が起こり得るのだ。金も人命も名目上、貴賤は無いのだから。

そうならば逆に犯人としては攻略しやすい場所を狙うわけか。だったら田舎のショッピングモールも、ありって事か?

 そんな事を分析しながら隣を見ると、記者のおっさんは例の如く口を挟まずカタカタしている。

「トオル、このまま橋本さんと行動を共にさせて貰おうぜ」

「そうですよ、お兄様。ボク達だけじゃどうしようもないって言ってらしたじゃありませんか」

自信と希望に満ち溢れた表情の範人。嬉しそうな顔の真由美。

 ていうか真由美よ。お前は知ってんだろうが。本当に、よくそんな顔が出来るな。俺は驚きだよ。お前のその度胸と好奇心。知ってるか?過ぎる好奇心は命を奪うんだぜ。

「よろしく、ええと」

「範人です。谷崎範人。トオルやマユミちゃんとはクラスメイトです」

「そうか、なんとしてでも君達を守る事を誓おう」

 さらっと言う。その自信も二年前と変わらない。

 本当に、何も変わらない。

 その自信。

 その眼光の鋭さ。

 その額。


 二年前、初めて会った時と同じく、橋本の額には「犯人」と書かれていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ