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超越探偵 山之内徹  作者: 朱雀新吾
最終話 超越探偵の弱点
40/68

超越探偵の弱点②

 そして俺と真由美は駅に着き、電車に乗り込む。我が町から目的地の大型ショッピングモールのある町までは電車で3駅。時間にして10分程の距離である。

 休日だからか、車内はそんなに混み合ってもなく、ちらほら席も空いていた。そんなに時間も掛からないわけだし、若者らしく立っていようと俺と真由美は入口の扉付近に陣取った。真由美は扉に体をもたせ、俺は座席の横から伸びているバーを片手で持って立っている状態だ。真由美は白のワンピースに紺のジャケット。前髪はいつもの様に眉毛で真っ直ぐに揃っている。

 すぐ横の座席には休日に孫の顔でも見に行くのか、人の良さそうな老夫婦がのんびり腰かけている。外はポカポカ陽気。うんうん、今日も平和でなによりだ。

「真由美」

「なに?」

「別にバッグじゃなくてもいいんだぞ」

「うん?」

「他に欲しいものがあればそれでもいいんだからな」

 そもそもあの時のバッグにしても俺が適当に選んだだけだからな。適当に店に行って適当に手にとって適当に買っただけだ。俺に特に思い入れはないわけだし。

「うーん、そうだねえ」

 首を傾げて悩むポーズをとる真由美。

「バッグじゃなくてTバックでもいいんだぞ」

「バッグじゃなくてTバックでもいいんだぞ」

「バッグじゃなくてTバックでもいいんだぞ」

 首を傾げて悩むポーズのまま固まる真由美。

 ちなみに今のは表現上三人が発言した様に思われるだろうが、全部俺である。俺が三回言った。

「……」

 石の様に固まったままの真由美。

 あれ?意味が分かっていないのかな?軽く説明しておこうかな。まあ、ほんの軽くね。補足程度に。

「えとね、別に俺はそんなにバッグに思い入れあるわけではないんで、何でも大丈夫だよという話なわけよね。絶対どうしてもバッグなんて事はないと。それでもお前は気にしているのかもしれんよね、ウン。気にしているよね。どうしても最初に俺があげたバッグという呪いが、お祝いであげたものにも関わらず、これはまさしく皮肉にも、皮肉にもとしか言いようがないのだが、そのニュアンスが呪いに至ってしまっている可能性があるわけさ。俺だって頑固にバッグじゃなくていいって言っても、俺自身も怖い部分があるんだ。そう、『凝り固まった俺』ってヤツさ。お前自身もどこかにバッグに対する拘り、いや、これはもう統一して呪いと言ってしまうが、それがあるんだとは思う。思うんさ。だからさ、いっその事バッグでなくてTバックみたいに。例えば、携帯買いに行って、眼帯買って帰ってくる事はないんだが、何と言えばいいかな。たまには眼帯買って帰ってきてもいいんじゃないかな?眼帯もたまには悪くないんじゃないかな?みたいな気持ち?そういう『眼帯的なニュアンス』のTバックなわけさ、俺が言いたいのは。ここまでは分かったかな?で、現実的にTバックを買う、という話にしてみるがうんたらかんたらうんたらかんたら……」

「……」

 俺の軽いノリの説明を聞いてもなかなか理解出来ずにずっとフリーズ状態の真由美。ううむ、一体どうしたというんだこれは。困ったな。

「真由美」

「……」

「真由美ちゃーん」

「……」

「真由美さま」

「……」

 一切返事がない。表情も動きも固まったままだ。俺は慌てて言い直す。

「いや、あの、その……。違うぞ。どうした。俺が言っているのはティーパックの事だぞ。お茶のね……」

 そう言った瞬間、ようやく真由美のフリーズが解けた。

「ああ、びっくりした徹君。私、あと三秒で車掌さんを呼びに行く所だったよ」

 おお……危ない所だった。これだから聞き間違えは恐ろしいのだ。「Tバック」と「ティーパック」は「ローソンプラス」と「農村暮らし」くらい聞き間違えやすい単語だからな。

「それに、徹君ひどいよ」

「何が?」

 真由美は傷ついた様な表情を浮かべている。

「特に思い入れがないとか」

「ああ」

 先程の俺の発言か。

「スマンスマン」

 確かにあのバッグに対して思い入れがないってのは言い過ぎだったな。

「まあ、実際船の事件はあのバッグが無けりゃ終わってなかった訳だしな。思い入れはあるか。スマン」

「……まあね」

 そうやって俺がフォローを入れても真由美の頬の膨らみは消えやしない。おいおい、一体何が不満なんだ?

「というか逆を言えばあのバッグが無ければ、監督は捕まりはしなかったわけだ……」

「あ、また傷口が開いた」

「ふん。この傷は癒える事は無いんだよ」

 ていうか俺はこれを一生言い続けるよ。一生十字架を背負うよ。

「魔魅子フェスでは一応の解決を得たような気がしたんだけどね」

「あれはあれ、それはそれだよ」

 魔魅子フェス最終日に、俺は一人のファンに正体がバレ、あわや公開処刑の寸前までいくという事件があったのだ。

「だけど、あの時も師匠には救われたよ」

「はー、格好良かったよねえ」

 師匠がマイクを取り、名演説。俺がどれほど魔魅子を愛しているのかを会場の人間に説明してくれ、それでも探偵として、血の涙を流す程の思いでザイツ監督を逮捕したのだと、涙ながらに語ってくれたのだ。

 最終的には何故か会場が割れんばかりの師匠コールが起きるという、最高の盛り上がりを見せたのだった。


「でもどっちみちバッグじゃなくても徹君はあの事件どうとでもこじつけて終わらせていたでしょ。それこそTバックでもティーパックでも」

「いや、流石に俺もTバックを証拠として事件を終わらせたりはしないよ」

 ハハハと笑う俺。

――いや、でも待てよ……。想像しろ俺……。それってヤバくないか?

 俺が「真由美、アレを」と言うと、

「はい」と返事をする真由美。

 俺からの命令によりおもむろにスカートの中に手を差し込む真由美。次の瞬間、屈み込み、膝下まで下ろされる両手。その両手を結ぶ神々しいライン。そのままの体勢からちょんと右足を上げ、次に左足を上げ「堕天使のエレベーター」は最下層、失楽園へと堕ちていく。

 脱ぎたてホヤホヤのTバックを俺は犯人の目の前に掲げる。

「何!貴様!何故それを!」

 驚愕の眼の犯人。

「毒はこの中だ!!」

「があああん!!」

 ……官能推理小説。アリかもな。

 いや、待てよ。

 待て!!待て待て。

 俺は何を考えているんだ。違うだろ?違う違う。

 ……Tバックを脱ぐ時は、屈み込む絵よりもやはり膝上までまず立った状態で下ろし、その後右ふともも、左太ももを上げ、摘出する直立状態パターンの方が映えないか?

 名付けて、「小悪魔のジェットコースター」。

 うおおおおお!!!「堕天使のエレベーター」と「小悪魔のジェットコースター」か。これはとんだ千日手を編み出してしまったかもしれんな俺は。

 カメラのアングル次第でもあるんだがな!!優劣は!

 あと恥じらいね。恥じらいが似合うのは「天使」なんだが、何の気なしにサッと脱ぐ「小悪魔」も捨てがたい。

 ああああ!!なあ!!これ!!

 どちらが良いと思われますか!!?

 ねえ!どちらが良いと☆思われますか!!!??

 感想欄でもメッセージでも構いませんので!!

 気が付けば、俺の顔に真由美の冷たい視線が降り注いでいた。

「……ま、今後の為だ。一作戦として引き出しには締まって置こう」

「……徹君のエッチ。きらい」

 心を読まれたか。そして嫌われたか。

 仕方がない。俺は話を無理矢理変える。

「無能刑事は何してんだろうな」

「あ、無理矢理話を変えた」

「そうじゃねえけどよ」

 完全に図星である。困った時の無能刑事。

「耀曜館の事件で会ったばかりじゃない」

 しかし、真由美も乗ってくる。

「前から思っていたけど、雰囲気はあの人、一番刑事って感じなんだけどねえ」

「お、それは、俺も認める」

 そうなんだよな、あの刑事。俺達が知っている刑事の中でも一番刑事っぽいと言えば刑事っぽいんだよな。年は40代。俺達の父親と同じ年代だな。真由美の父親よりは別の意味で貫禄がある。濃いブラウンのスーツを着こなし、どっしりとした姿勢で事件へ挑む。ドラマやアニメに出てきそうな程「刑事」という雰囲気は完璧だ。

 ただ如何せん無能ってだけで。

「とかなんとか言いながら徹君、事件になったらあの刑事さんと当たる事多いんだよね」

「そうなんだよ!」

 そうなのだ。異常にエンカウント率が高いのだ。

「あれ、多分徹君の所為だよ」

「何?何だって!!?」

 どういう事だ。聞き捨てならん。俺の所為だって?

「四年前の事件覚えてる?」

「知らん」

 即答する。

「『連続井戸端会議爆破事件』。あの事件があの刑事さんとの初めての出会いだったんだけど、通りすがりの徹君が解いちゃったでしょう?」

「ああ、そうだっけ?」

 よく覚えていない。だが「犯人」がすぐ分かる簡単な事件だったんだろう。

「その後の『鎌倉幕府模擬壊滅事件』や『道後温泉全冷水交換事件』だって、徹君は事件解いたらすぐにどっかに行っちゃうから、結局手柄はあの刑事さんのモノになる訳でしょ」

「……つまり、俺の所為でたくさん事件解決しちまって、難事件担当みたいになってるって事か?有能然としている、と」

 自信を持って大きく頷く真由美。

「しかしそれじゃあ同時に俺が難事件ばっかりに関わってるヤツみたいじゃねえか」

「徹君、最近じゃ難事件じゃあないとお腹を満たせなくなってるって言ってたじゃん。普通の事件じゃ味気ないって。『やはり密室時刻表バラバラ殺人が一番のグルメだな』って」

「俺は『脳噛ネウロ』か」

 あんな世界観だったら、俺直ぐにおしっこちびって死んじゃうよ。

 というか、そういうのは全て「謎の組織」の所為だろうが。

「とか言って徹君、あの刑事さんの事別に嫌いじゃないもんね」

「……まあな」

 事件の度に平均50回は心の中で「死ね」と願うが、確かに本気で嫌いという訳ではない。

「だって……よく言うだろう?」

「何て?」

「教師も、優等生よりも問題児だったヤツの方が何故か時を経て記憶に残るもんだって」

「自分の父親程ある年齢の人を捕まえて言う台詞じゃないね」

 言われてみれば確かだ。

「あ、でも」

 真由美が言葉を繋ぐ。

「そういえばいたね。いたじゃん。結構有能だった刑事さん」

「ああ……」

「ええと、なんて名前だっけ」

「橋本刑事だろ」

 俺は即答する。

「あ、そうそう。ほら、やっぱり有能な人の方が覚えてるじゃん」

「そんな事ねえよ。それよりもごらん。あそこの家の屋根に小鳥さんが止まっているよ」

 真由美が何か余計な事を言いだしそうな雰囲気を察して、俺は自然に会話を変えるのだった。

「『超越探偵殺し』ね」

 だが、真由美は言った。言っちゃったよ。でたよ「~殺し」

 漫画とかで見ると「~殺し」。格好良さげなんだが、日常で使うとなんだか恥ずかしいんだよな。

「あいつはあいつでややこしいヤツなんだよ」

 橋本刑事。

 俺が名前を覚えているという点だけでそこそこに有能な人物である事が証明出来るだろう。実際あの刑事がいれば俺の存在はいらないんじゃないかと思う。俺よりも真っ当に、健全に事件を解く事が出来るだろう。

 そして、「超越探偵殺し」と、真由美はそいつの事を勝手にそう呼んでいる。「無能刑事」とは大した扱いの違いだよな、まったく。

 橋本刑事というよりか、「ある人種」の事を総じて「超越探偵殺し」と呼ぶ。一応前

 の範人や塔子ちゃんもそれに当たるのかな。

「嫌なんだよ。ああいうヤツらが事件に混ざると、ややこしい事になる」

 不純物が混ざる、感じ。

「ふふ、徹君の弱点、だもんね」

 弱点、ね。

「俺の弱点はご老人と少女の涙だぜ」とハードボイるのだが、真由美は終始ニヤニヤしたままだ。

 最近では俺の周りも様相が少々変わってきている。

 彩華は俺の担当らしいからまた今後も何かと絡んでくるんだろうな。あと、よく分からん記者のおっさんも。あのおっさんはあのおっさんで、毎回殆ど事件の時、一緒にいるのだが、口出ししてこないし。彩華とは正反対だな。それでもいつもいるんだよな。ま、偶然だろうけど。ああいう人種は、何て呼べばいいものか。

 ううむ……。まあ、いいか。

 そろそろ目的の駅に着く時間だ。

「じゃあ、真由美。バッグでいいんだな?」

 俺は真由美に最終確認を取る。

「うん。バッグが良い。最初に徹君が買ってくれた物が良いんだ」

「了解。で、範人は?」

「怒ってる」

「了解」

 次の瞬間、タイミング良く電車は停車し、自動扉が開けられた。



 そしてとうとう、待ち合わせの時間から4時間30分遅れた午後2時30分に俺と真由美は大型ショッピングモールの前にたどり着いた。


 店舗の前には俺達を待ち続けた範人の姿が。さて、注目のその開口一番は……。

「よう、二人とも遅かったな。それじゃあ行こうぜ」とだけ言って範人は飄々と店内へと入っていった。

 俺をゆっくりと振り返る真由美。賭けは俺の圧勝だった。

 4時間以上待たされても怒らない、そもそも帰らない男。谷崎範人。

「どうした、トオル。マユミちゃん。行こうぜ?」

「おう。よし、行くぜ真由美」

「了解しましたお兄様。ボクはそちらへと向かいますです」

「!?!!?おいトオル。マユミちゃんがまた妹キャラで今度は敬語、更にボクっ子になってるぞ!!??一体どうなってんだ??」

 真由美の様子に見苦しく狼狽する範人。俺は「あいつは前からああだったさ。もしあいつが変わったと思うのなら、それはひょっとして……お前の方かもしれないぞ」と言ってやった。

「さあまずはどうするかね。真由美の買い物に行くか?」

「ボクは全然構いませんけど、範平太君は?」

「オレも文句ないが、時間があるなら映画でも観たいかな」

「ああ、いいぜ」

 範人はこれでなかなか多趣味なヤツだからな。映画も好きだ。よく色々と薦められたり、たまには二人で映画を観に行く事だってある。

「オレ、前から観たかったヤツがあるんだよ」

「そうか。じゃあ決定だ。そういうわけで真由美、俺と範人は映画に行ってくるからお前は一人で買い物してろ」

 そう言い捨てて真由美を置いてスタスタと歩く。

「ええ、そんなのひどい。ひどすぎますお兄様。ボクを一人にしないでください。お願いですからボクも映画に連れていってくださいまし。ねえ、いいでしょ、お兄様?おにいさまあん♪」

 上目使いで嘆願する真由美。やばい、良い。なんて良いんだ。いや、実に良い。良過ぎる。俺と範人はゴクリと喉を鳴らした。

「……トオル。どんな魔法を使ったのかは知らんが、グッジョブ」

「なに、半分はお前のその度量のおかげさ……」

 素晴らしい男のロマンを共有した俺と範人は固い握手とハグを交わすのだった。


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