~超越探偵パート①~ オレ、参上
その場に居合わせた人々の一人がこう言った。
彼こそが、本物の名探偵だ、と。
うるさいよ。
彼に犯行を暴かれた犯人はこう言った。
待て、奴をそもそも探偵と呼べるのか、と。
余計なお世話だよ。
そして彼といつも一緒にいる女の子はこう言う。
徹君は凄いんです。そう、徹君こそ超越探偵なんです。
もういいよ。うんざりだよ。
第一話「名探偵は知っている」
超越探偵パート
山之内徹 俺
川原真由美 俺の幼馴染
大屋圭吾 うだつのあがらなさそうなおっさん
今岡文造 知らん。誰?
刑事 無能
給仕 無能
男 犯人
少女 天使の様に愛らしい少女
「もう帰る。俺は帰る。帰るからな」
パーティーが始まった次の瞬間に俺の中の帰宅願望という名のモンスターが目を覚ました。
「もう徹君、まだパーティー始まったばっかりだよ」
真由美が頬を膨らませて言う。
「何でわざわざ船でパーティーなんてやるんだよ。まったく、金持ちのやる事は分からん」
総資産うん億なんて軽く越え、ニュースやなんかでももう今更にも今更過ぎて逆に騒がれることすらない老舗の大金持ち会社。元々は輸出入の新進気鋭の会社だったものが、元取締役で現会長の手腕により、食品、飲食、フランチャイズと新たな分野にも手をつけめきめきと業績を伸ばし、日本を代表する会社へとのし上がったらしい。
今日はその会長とやらの誕生パーティーらしいが、それは盛大で贅沢な有様だった。テレビで見たことあるような、綺麗で、同じ存在とは思えないフォルムをした人間が眩いほどのドレスに着飾り行き交い、見たことも無いような料理がズラーっと並ぶ。あの茄子とトリュフのドリアの横にあるどう見ても河童かミイラかが丸焦げになっているみたいなものが乗っている皿はなんなのだろうか。さっきから俺は気になって仕様がない。
「ああ、気分悪い。俺船苦手なんだよなあ」
しかしどれだけ豪勢なサービスでおもてなしをしてくれようが、気分が悪いというだけで気が滅入るものだ。真由美が何かを差し出す。
「はい、酔い止め」
「ん」
カプセルを受け取る。俺はすぐにそれを口に含み、再び真由美に手を差し出す。
「何?」
「効かなかったらまた飲むから、何個かくれ」
「もうー、服用上の注意は守らないとダメなんだからね」
そう言いながらも真由美は俺に幾つかカプセルを手渡してくれた。それを俺は無造作にポケットに突っ込みながら、ある事を思い出す。
おお、そうだそうだ。俺は、真由美に渡すべき物があったんだ。まあ別に今じゃなくてもいいんだが、思い出しついでに渡しておこう。
「ん」
俺は自前の黒の鞄からそれを取り出すと、真由美に差し出した。
「何?これ?可愛いバッグだね」
突然わけもなく差し出された茶色地に花柄の付いたミニバッグに真由美が首を傾げる。その仕草の一つとっても、まあ様になる。流石は日本最大手の電子機器メーカーの会長を祖父に持つお嬢様といった所か。金持ちで、世間知らずで、おっとりとしていて、顔もそこそこ以上に可愛い。ていうかかなり可愛い。学校でも男子から人気が高いのは頷ける。
「プレゼント。お前も今日誕生日だろう」
「え」
真由美が驚いた顔をするが、構わず俺は笑いながら言った。
「いやあ、お前も災難だなあ。あんな偏屈そうな爺さんと同じ誕生日だとはな」
ああ、俺は本当にニクイ男だな。幼馴染の誕生日プレゼントを黙って用意し、それとなく渡すボーイ。世の男どもよ、とくと見よ。そして我に学ぶがよい。これこそがモテる男のテクニックなのだよ。俺、ホットドッグプレスとかで特集されんじゃないかな。
「私の誕生日今日じゃないよ」
まあ今日ではなかったわけだが慌てない慌てない。ここで慌てる男はまず将来どれだけ頑張ってもバリバリ精を出して働いても出世出来ない。まあ良くて課長止まりだ。『課長島耕作』なら第一話で最終回という事になる。慌てなさんな慌てなさんな。真にモテる男はこういう時でも、なんなく回避する力を持っているものだ。
「そうだ。今日じゃない。明日だよな?お前も知ってると思うが俺は昔からクリスマスよりもイヴを重視する傾向があるんだ。どんたくだって山笠だって前祭りだけ行って当日は行かない。つまり、今日はお前の生誕前夜祭ってわけだ。さようなら13歳の真由美。そして明日からは……14歳の真由美だ」
キマりすぎて怖かった。普通の男なら精々間違いを謝罪してなんとか許しを乞おうとするだけだ。失敗を穴埋めして終わりだ。だが、俺は失敗さえもプラスに変えることが出来るのだ。どうだ、世の男どもよ、とくと見よ。我に学ぶがよい。これこそがモテ過ぎて怖い男のテクニックなのだよ。さあこいホットドッグプレス!
「私の誕生日半年後だよ」
明日ではなく半年後だったわけだが、ここで慌てて簡単に謝る男は確実に近い将来ハゲる。いいか、確実にだ。ハ☆ゲ☆る☆Y☆O。真にモテる男にとって、こんな状況、逆境ですらない。むしろ追い風となる予感しかしなくて今困っているくらいだ。もうなんか凄く清々しい気持ちだった。全裸で海岸を走りたい気分だ。ああ、全裸で海岸を走りたい!
「そう、半年後だ。半年後の今日だったよな。これは今パプワニューギニアの方で凄く流行ってる誕生日の祝い方、折り返しバースデーって言ってな。半年前、つまり前回の誕生日と次の誕生日の折り返し地点にお祝いをする今地球上で最もナウい祝い方なんだ」
キマりすぎてもうなんか逆に気持ち悪くなってきて吐き気がした。勿論良い意味でね。良い意味の吐き気ね。「良い意味のゲロを良い意味で吐きたい」って意味の良い意味ね。さあこれぞ百点満点の演出だ。これこそが、モテキングの名を欲しいままにする男の生き様だった。
「私の誕生日半年後の13日後だよ」
「うるさい!!!!」
俺の怒鳴り声で真由美は突然の落雷にあったかの様にビクっとし、沈黙した。そして叱られた子犬の様に赤い顔で震え出したのだった。
ふふ、真にモテる男に余計な言葉はいらない。一言で女を黙らせることが出来るのだ。
「とにかく、おめでとさん」
そう言って、俺は真由美の頭に手を乗せる。
「……まあいいや」
怯えた顔をしていた真由美は気を取り直した様にそう言うと、笑顔になった。根が単純なヤツで助かったぜ。
「ありがとう徹君、大事にするね」
バッグをギュッと抱きしめる。めでたしめでたし。
で、真由美の本当の誕生日は結局いつなんだ?
パーティーのメインステージでは、少し前にテレビで流行った6人組の美少女アイドルユニットがお祝いに歌って踊っていた。周りの客もまあほどほどに盛り上がる。
手拍子、合いの手。時折入る上品な野次。なんとまあ、これほど予定調和に盛り上がっている場というのも白々しいを通り越して逆に面白いと言える。
まあ俺はそのアイドルユニットの大ファンなわけで全ての振り付けは網羅しているし今彼女らが歌っている『ときめきブギウギキッス』も当然完璧にハモって踊れるのだが、それでも俺は余裕の貫録である。
はしゃいだりしない。
中学二年生が冷やかにアイドルを眺めているという情景を演出する。
本当ははしゃぎたい。
周りのヤツらの合いの手にイライラする。そこは手拍子だけでなく(まあそもそもその手拍子もテンポがずれていて本当ではないのだが)「フーワフワフワ♪マミリンフワフワッ♪」という合いの手を入れなくてはならない所だろうがよ。マミリンがソロになる所はそこだけなんだからよ。ユニット内で一番の頑張り屋さんマミリン唯一の見せ場を全身全霊でサポートしなくてどうすんだよカス共が。あ、お前そこで指笛なんて鳴らすなよ。キュンぴょんの「青春という名の海苔のかぐわしき香りだぴょん」ってセリフが聞こえんだろうがよ。マジなにやってんだか。台無しだろうがよ、ったく。本当に何にも分かっていないよな。ちょっと全員そこに正座して並べ。俺が端からビンタしていってやるからよ。アイドルとファンとが一体になってこそのコンサートだろうが。独りよがりでは何の力も持てないし、何の感動も与える事も出来なければ共有する事も出来ないのだ。人は一人では生きられない。そんな簡単な事も分からないのか。多くの知識人や成功者が集まったこの様な場ですらこんな状況とは……。なんて由々しき事態なのか。俺はこの国の未来を憂いてやまない。
その点、内心イライラしながらもそれでも外観で余裕を保つ俺。なんて大人なんだ俺は。そこらへんにいる大人のフリして子供のまま大きくなった様なヤツらとは一線を画す存在だな。
ああ、もうだからそこの手拍子も違うだろうがよ!「パンパンパン」じゃなくて「パンッパンパパン」だろうがよもう。おいおいおい、いい加減にしてくれよ。俺は何遍も録画したビデオ見て研究したんだよ。お前らもそれくらいの事はよ…………。ん?ビデオ?…………録画…………?ああ!
そこで俺は自分の犯したある重大なミスを思い出した。その瞬間、先刻までの余裕は、一気に弾け飛んだ。
「どらわいわあああああ!」
「うわ、びっくりした!」
突然の俺の大声に隣にいた真由美は驚いてひっくり返る。なんて事だ……。俺ってヤツは……。
「一体どうしたの?突然大きな声出して」
真由美が腰をさすりながら立ち上がりながら聞く。
「帰るぞ。今すぐ」
「え?」
素っ頓狂な声を上げる真由美。こんな緊急事態に何て悠長な声を出すんだこのどクサレ女が。
「録画予約を忘れてた」
「アニメ?」
「そうアニメだ。『世紀末魔彼女カタストロフ魔魅子』の最終回だ」
ああ、あああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ........……。
俺は何て失態を犯してしまったのだ。俺は…………。俺は……………。
もう自分自身が信じられない。
今までの人生の中でダントツぶっちぎり一番の失態だ。
皆にもこの瞬間の俺の愚かぶりが理解出来るだろうか。信じられないだろう?あの、魔魅子をだぜ。皆さんご存知のあの国民的アニメ魔魅子の……最終回を……だぜ。嘘みたいだろ……。おおおお……。何という事だ……。おおおお。
『世紀末魔彼女カタストロフ魔魅子』は近年のアニメの中でも確実に五指に入る珠玉の名作である。監督、脚本、アニメーションと、あれだけ無名の個人、団体の創り上げた作品がまさかあんな名作となるとは、誰も予想だにしていなかっただろう。
まず、物語を作る上において一番大切な、ストーリーがとにかく良い。世界を滅ぼすために魔王によって生み出された魔魅子が1人の人間の少年である主人公との恋を通じて己の中に生まれた矛盾に気づき、苦悩しながらも成長していくというラブストーリー。よくある設定だと思われるだろうがそれは甘い考え、今すぐ捨てたほうがいい。素人丸出しまくりの恥ずべき考えの最たるものだ。
よくある設定が一番難しいのだ!
よくある設定が一番難しいのだ!
よくある設定が一番難しいのだ!
そのともすればよくあると思われがちなテーマを『魔魅子』は様々な手法で描いている。全13話(現在12話まで放送)の一話一話が持つクオリティもさる事ながら、それらが『魔魅子』という作品全体のテーマ、世界観と重なりあい交わった際のバランス感も絶妙だった。
アルプスの山頂で、ジージャンとジーパン、サンダル履きという格好で左手にブランデーのグラスを持ちながら右手で肉まんを食べつつ太宰治を読みながらビートルズを聴いたらこれがウソみたいにハマった、みたいな。例えるならそんな危ういバランス感覚。これはもう桁外れのセンスとしか言いようがない。
第1話で魔魅子が右手で大地を腐らせながらも左手で主人公からもらった薔薇の花束を胸にそっと抱きかかえるシーンは、本当に秀逸だった。「右手に魔、左手に愛を」というフレーズに日本中のオタクが夜中の2時48分に号泣したのだ。当然俺も号泣した。
第2話もまたアニメ史に残る名高い神回である。作中で1カットも魔魅子が登場しないのである。放送時間の殆どを使い、1人の老婆が昔起きた魔法大戦について独白を重ねるという前代未聞の回。
回想シーンが入るわけでもなく、あろうことかオープニングとエンディングもカットされていた。俺は何度テレビ画面と新聞のテレビ欄を見比べたことか。
新聞のテレビ欄には2時30分の番組欄に『カタ魔魅』と書いてあったので、それを信じるしかなかった。ただ、本当に30分間1枚の絵を眺めている状態にほぼ近かった。
それもよぼよぼの老婆の一枚絵だ。まだ視聴者にキャラクターや世界観が馴染んでいない、それらの土台作りの為に使われる第2話に投げ込まれた暴挙だった。
最初、ふざけるなと思い、即刻テレビを消してやろうと思ったのだが、不思議なことにその老婆の映像を5分も見ないうちに世界に惹きこまれた。
その老婆の語る魔法大戦の話がなんとも学識に富んでいて、それでいて肩も凝らない、更に不思議と続きが気になる語り口調なのだ。気が付くと画面にスタッフロールが流れ出し、30分が過ぎていた。当然の如く次回予告もなかった。
そして第3話も衝撃的だった。番組が始まって3秒で第1話に登場した主人公と魔魅子以外のキャラクターが全員死んだのだ。
なんだかよく分からないモヤみたいなものが世界を包み込んだら皆死んだ、みたいな、本当によく分からない死に方だった。代わりに第3話から新キャラが20人くらい増えた。それらは実に個性的なキャラクター達で、2、3週もすれば作品にすっかり馴染み、今となってはヒロイン魔魅子に並ぶ程の人気キャラとなった皆さんご存知の『伊達正宗』も生まれた。
第3話で死んだキャラクター達はよくありがちな、実はどこかで生きていたという伏線があって後々復活するということも現在放送されている第12話までに於いては、ない。
それにそもそも最終回の13話で復活されても、12話前に一回だけ登場したヤツなんて覚えているわけもない。第1話を見た時に、良い声優を使っているなと有名どころの名前を多数見かけて、嬉しくなった気持ちは今では最早甘酸っぱい思い出と忘却の彼方だった。
それぞれの回のエピソードを語り始めればキリがないのでこれぐらいにしておく。DVD派の人にはネタバレになっちゃうしね♪。とにかく魔魅子はとてもハイセンスでスタイリッシュ、古きと新しきの両面を兼ね揃えた近年稀にみる素晴らしい作品なのである。俺はそれが言いたいのだ。
そしてその、人間の持つ全ての感情を自由自在に揺さぶる天才的な脚本を手がけたのが、鬼瓦満吉だ。
鬼瓦満吉は新劇畑出身の脚本家で、舞台の脚本は何作か手がけてきていたが、代表作といえる代物はなし。それがアニメ作品初脚本でこのクオリティだ。もともとアニメの水の方があっていたのだろう。
そしてこのアニメのアニメーションとしての一番の見所は間違いなく変身シーンだった。
変身シーンに一切のバンクを使わない。それが『魔魅子』のポリシーだった。魔女っ子アニメの定番と言えば、毎回の変身シーンを使い回すことで尺を稼ぐ手法だが、それを一切排除。
毎回の変身シーンは、全て新規絵を使用、違うアングル、違う表情、違う演出で日本中のアニメオタクの心を鷲掴みにした。当然俺も掴まれた。
ちなみに俺は5話の変身シーンが一番気に入っている。5話が一番凝っていて、変身シーンだけで21分34秒の大作なのだ。一度CMまたいでもまだ変身している最中という演出は新し過ぎた。俺はテレビ画面に向かって「やられた!ああ、やられた!」と叫びっぱなしだった。
そんなアニメーションを手がけたのが、「(株)聖なる木の下でアニメーション」という会社だった。有名な作品は、ほとんどない。
『魔魅子』に携わる以前は教育テレビのちょっとしたアニメ(アニメメインの番組じゃないヤツ)や、バラエティ番組の再現アニメ、宗教団体のPRアニメ等を作って生計を立てていたらしい。
そして、そういった脚本、アニメーションを統括し、1つにまとめ上げたのが監督のザイツタミヤ。
まずこんな監督名かつて一度も聞いたことがなかった。誰も知らない。全てが謎に包まれている人物だ。ただ実力は抜群。ともすれば大駄作にもなりかねない危うさを含んだ『魔魅子』をまとめ上げ、1つの作品として世に出す手腕。間違いなくハイセンスで、敏腕である。このザイツタミヤ監督こそ、今俺が地球上で一番尊敬している人物だった。
今回こんな全く益体もない様に思えるパーティーに行く気になったのも今日この場所に各界の著名人が集まるという話を聞いたからであった。ひょっとしたら『魔魅子』の関係者の一人や二人いるかもしれない。心をそんな小さな、1パーセントにも満たないかもしれない可能性で躍らせながら、己を鼓舞しながらやってきた出先でこれである。関係者らしき影も見あたらず、辟易に辟易を重ねていた。そんな俺に追い打ちをかける様に気がついたこのあるまじき失態。こんなにまでも崇拝している『魔魅子』を予約し忘れるなんて……。やはり今日は一日中家を出ずに、座禅を組んで神経を集中させ、きたる深夜2時32分を待たなければならなかったのだ。本末転倒とはまさにこの事、いやこれはもう本末斬頭である。罰が当たったのだ。魔魅子の放送日にのこのこ外出なんて……考えればすぐに分かる話ではないか。
「俺は…………俺は…………」
俺は深く深く落ち込んでいた。床に手を着き、うなだれる。
「早く帰らないと……えらいこっちゃ」
「徹君、大丈夫?立って」
真由美が俺の肩に手をあて、促す。
「真由美……」
「と……徹君」
振り返った俺を見て真由美は驚いた。何故なら、俺が号泣していたからだ。
「ま、真由美、お、俺……なんてことを……もう駄目だ……うううう」
顔を涙でビショビショにさせながら俺は立ち上がる。周りの招待客の幾人かも何事かと視線を投げかけてくる。だがそんな事どうでもいい。それどころじゃない。それどころじゃないんだ!!!
「徹君、落ち着いて」
そんな俺の両肩を掴み真由美が言った。顔を覗き込んでくる。
「大丈夫だよ。もうすぐパーティーも終わると思うし、なんなら途中で抜けさせてもらってもいいんだし。『魔魅子』は深夜からでしょ?どう考えてもそれまでには家についているよ」
ああ……。この子は、なんて優しい女子なんだ。俺を本気で気遣い、慰めてくれる。こんな幼馴染を持って俺は幸せだった。優しさに胸を打たれた。
「そうだな、ありがとう真由美。ありがとうよ、真由美よ。おーいおいおい。おーいおいおい」
そういってぎゅっと真由美を抱きしめ、俺はおいおい泣いた。
「というか……私の誕生日を間違えても逆ギレで済ますのに、アニメの録画忘れたら、号泣なんだね」
真由美が呟いた、まさにその時だった。会場中に響き渡る悲鳴が上がったのは。
事件が起きた。
誰かが死んだようだった。何か知らんが偉い人らしい。それだけが分かった。勿論それ以上を知りたくもなかったし興味も皆無であった。とにかく巻き込まれさえしなければいい。本当にそれだけが嘘偽りない俺の望みだった。まあどうせすぐに警察が来る。鑑識でも何でもかけて、監視カメラのチェックでも何でもして、とっとと解決してくれ。俺は迅速な対応を切に願った。俺には使命があるのだ。家に帰って『魔魅子』の最終回を予約&生で見るのさ。
「徹君、これはピンチだね」
真由美が俺に囁いてきた。ふん、こいつめ。嬉しそうな顔しやがって。お前がそんな事言っても俺は何もせんからな。
かなり早い段階で警察が来て、会場の雰囲気は一転した。そこには以前見た事ある刑事の顔もあった。記憶の中のその人物はあまり出来の良い印象ではなかったが、それでも俺は警察があっという間に捜査をして、スピード解決してくれることを信じたい。主役が死んでパーティーが早くおひらきという点では渡りに船だったが、帰れなくては意味がないのだ。
なんでも被害者は突然泡を吹いて倒れたらしい。毒殺ではないか。犯人は?監視カメラにも映っていないらしい。伝言ゲームの様に回ってくる情報に一応は耳を傾ける。
――この会場には会長に怨みを持っていた人間が多くいるからな。
――全員事情聴取かもな……。
そして時間が経つ毎に回ってくる情報は全く俺の望んでいる良いニュースとはかけ離れていく。全員事情聴取?冗談じゃない。そんなことしてたら明日になっても俺は家には帰りつけないだろう。魔魅子が見れないだろう。魔魅子が見れないだろうがよ。だが、このままではそれが現実になる。それはほぼ確信に近かった。
隣では真由美が殺人事件を目の当たりにした不安で思わず幼馴染に寄り添う、といった体で俺の腕を抱いてくる。だがその瞳はキラキラと輝いている。だから何でそんな嬉しそうな顔なんだよ。俺は泣きたいくらいあるってのによ。
ああ、本当に嫌になった。世の中には何でこんなに殺人事件が多いんだ。どうして世の中には人を殺したくて仕方ない奴ばかりがいるんだろうか。先月のアレも、先々月のアレも去年のアレも、内容なんて一切覚えていないが、とにかく皆誰かを殺したくて殺したくて仕方ない事だけは分かるって。
頭がおかしい。どいつもこいつも狂ってるってばよ。
「あーあ」
俺は大きく溜息をつく。正直言って全くもってこれっぽっちも気は乗らないのだが、こうなってしまっては仕方がない。ああ、仕方がない。そう、全ては早く家に帰る為だ。その為の努力ならば、俺は惜しみはしない。
うん。俺は自分の中で動機をしっかりさせる。
何故俺は動くのか?『魔魅子』の為。
動かなければ今日中に家に帰れないかもしれない。
帰れない即ち『魔魅子』を見れない。
見れないのは嫌だ。
俺は何としてでも『魔魅子』を見てやる。
おお魔魅子。
魔魅子魔魅子魔魅子魔魅子魔魅子魔魅子魔魅子魔魅子魔魅子魔魅子魔魅子魔魅子魔魅子。魔魅子魔魅子魔魅子魔魅子魔魅子魔魅子魔魅子魔魅子魔魅子魔魅子魔魅子魔魅子。
だから……俺は動く。
うん、大丈夫だ。何の矛盾もない。意味もなく行動する、それ以上に愚かな行為を俺は知らない。それに目的がないと、俺はすぐに飽きる。面倒くさくなる。どうでもよくなる。そういった感情
で諦めてはならない問題が、俺の前にはある。
さあ、はっきりした所で始めようか。
行動開始だ。
会場中の人間が警察の捜査らしき何事かやっているのを見ている。そちらには見向きもせずに、俺はそうやって警察の周りを取り囲んでいる人々の一人一人を観察していった。確か今日この会場には千人近くの人間が集まっているとか聞いていたが。その千人を漏れることなく見なくてはならない。俺は会場を歩き回っては一人一人確認していった。今の段階で俺にとっての最悪な事態は、犯人が逃走してしまっていること、それだけだった。逃げられたら流石の俺にもどうしようもない。犯人がいるなら、まだこの会場に残っていてくれてるなら、それで終わり。それでチェックメイトだ。
そうして俺は会場の中から待望の、1人の男を見つけ出した。
いたいた。こいつだ。
その男は、悪人面でもなく、聖人面でもなく、本当に何の特徴もないことが特徴といった、平凡な男だった。二十代から三十代前半くらいか。それはもう見事に千人の中に埋伏していた。
だが、その男が間違いなく犯人であった。今まで何百人と犯人を見てきたが、そいつらとは勿論全く顔立ちや人相は違う。というか今までの犯人の顔なんて殆ど覚えていないのだが。それでもそいつの顔は何百人の犯人共と全く同じ。そう、似ても似つかなくても同一。同一であり唯一。まさしく犯人顔だった。
ようしようし、これでオッケー。とりあえず犯人は見つけた。
とにかく早く帰らなければ。魔魅子が俺を呼んでいる。
俺は事件現場へと歩いていく、そこには顔見知りの刑事(名前は忘れた)がいた。余計な雑談は必要ない。早く用件を済ませないと。
会場のメインステージへと移動する。スタンドに刺さっている司会者用のマイクを手にする。手元スイッチをオンにし、手で叩いてみる。ボンボンと鈍い音が響き渡ったが、騒がしい会場で、誰もその音に気づきはしなかった。俺はマイクを口元へと持っていき、大きく息を吸う。カチリと、マイクと共に頭の中のスイッチもオンにする。
俺がマイクのスイッチをオンにしたのとほぼ同時に刑事が会場にいる不安な顔をしている人々に言い放った。
「それでは、別室で皆さんに一人ずつお話を聞いていきたいと思います。夜分までかかると思います。皆さんには大変ご迷惑をおかけしますが、捜査にご協力お願いします」
犯人探しの、長い夜が始まる。皆がそう思っただろうが、そうはさせない。俺がいる。
「その必要はありませんよ刑事さん。この事件、僕がもう解きましたから」
俺がいるからには、そうはさせないぜ、犯人よ。
周りが一斉に俺を振り返った。千の視線が俺に注目する。
子供の悪戯とでも思ったのだろうか、一人の警官が俺を止めようとステージへと足を踏み出した。ウザい。俺は掌をかざす。その警官の足が止まる。俺の登場に泥を塗るな。
その間にその場を取り仕切っていた刑事が、人を掻き分け近づいてきた。俺は刑事に微笑みかける。
「ごぶさたしています、刑事さん」
「君は……山之内君」
刑事は驚いた顔を見せ、俺の名前を呼んだ。
何かと話しかけてきたがる刑事の相手を適当にする。世間話などしている場合ではないのだ。魔魅子が俺を待っている。俺も魔魅子を求めている。相思相愛なのだ。
「とはいっても、この事件、もう解決していますけどね」
俺は刑事に断言する。
「本当かい?山之内君」
おいおい、俺を誰だと思っているんだよ。
「刑事さん、僕を誰だと思っているんですか」
笑いながらそう言い、俺は右手を上へと翳した。
そのまま、会場に沈黙が響き渡る。誰もが俺の一挙手一投足を待っている。この瞬間だけは、まあ正直、嫌いじゃない。
「謎は全て解けた」
どうでもいい話ですが、金田一少年風にしてみました。いつも悩む、これ。犯人を指差す前って困るんだよな。どう言おうかな、とか。どう決めようかな、とか。一度『TRICK』風とかもやりたいんだけど、何かキャラが面倒くさくなるから、なかなか勇気出せないでいる。ホントどうでもいい話でゴメンけど。
そんなこんなを考えながらも俺は人差し指を先程見つけた男に向けて差す。
「簡単に、要点だけ述べます。犯人は百パーセントの確率で、貴方です」
これは俺オリジナル。別にお気に入りというわけではないけど、なんかしっくりはくる。
指先には何十人もの人間が固まっていたが、俺の視線は一点に集中して、そこから目を離さなかった。さっきからずっと、目があっている。向こうももう気がついている筈だ。そしてその頭にはありとあらゆる感情が綯い交ぜになっている事だろう。困惑、混乱、驚愕、焦燥、精々考えな。お気の毒に、としか言い様がない。俺がこの場に居た運命を恨んでもらうほかはない。
この瞬間の拮抗が、均衡が、全ての戦いの始まりで、同時に全てと言っても過言ではない。俺は全身全霊で犯人を見据える。そうすれば、俺のこの演出という衝撃が決め手で勝手に事件が解決する場合もあるからだ。
出来れば今回の事件もそれでスピード解決したかった。正直俺もアドリブは強くないんだから。ていうかこういうの自体好きじゃないんだからね。
その男。その男はスーツを着た、先述した通りの、どこにでもいる、いたって普通の千人を足して千で割ったらこういう顔になる、会場の平均値。派手でなく、良くなく、悪くなく、通常、平常、十人並み。俺はその男だけを見ていた。
自然と周りの人間が後ずさり、その男の周りに半径一メートル程の空間が出来上がる。
「……ちょ、ちょっと」
金縛りにあっていた、蛇に睨まれた蛙の様だったその男はやっとの思いで、言葉を振り絞る。
「……待て、おい、小僧。お、俺のことなのか?」
笑う男。だがその顔は引きつっているぜ。
動揺を隠そうとしている。だが、隠そうとしているという行為自体、動揺を明らかにし、動揺する事自体、やましい事があるのだと宣言しているも同然なのだ。
この瞬間に俺がくべる薪は多ければ多いだけ良い。突然、理解不能、頭が追いつかないという風が炎を急速に燃え上がらせる。考える脳を持つ前に。冷静さを取り戻す前に。更なる動揺を煽る為、
俺は続けて言葉を投げつける。さあ、どんどん燃え上がれ。
「そうですよ。貴方のことですよ犯人さん。百パーセントあなたが、百パーセント会長を、百パーセント殺したと、百パーセント言っています」
みんなの注目が集まる。正直あんまり目立つのは好きじゃないんだが。何度も言うがこれ本当。だが、背に腹は代えられないのだ。さっさと始めてとっとと終わらせなければならない。待ってろよ、魔魅子。
俺が犯人を指名した場合、ほぼ八割の確率でそいつはまず言い返してくる。突然何を言ってるんだ君はと。ま、常套句ってヤツ?そしてそれらのお約束にもれず、この男も当然言い返してきた。
「な、なんなんだよ、突然お前なんなんだよ。そんなこと言い出して誰が信じるんだよ。俺のこと知っているのか。何を根拠に……」
「決まっているでしょう」
俺は自信満々に答える。
「百パーセントな論理的思考から生み出される考察、つまり推理によってですよ」
まあ嘘だった。
真っ赤な嘘。
今俺の中には一切の論理的思考などない。論理的思考から生み出されたものなどこれっぽっちの欠片も所持していないと明言出来る。あると言えば一刻も早く家に帰って『世紀末魔彼女カタストロフ魔魅子』の最終回を録画&視聴するという純粋な情熱だけだった。
だがしかし、犯人は百パーセントこの男で間違いない。それは間違いない。
何故か?何故だって?
まあ普通疑問に思うわな。千人近くいる場所で起きた殺人事件。犯人は藪の中。目撃者はいない。何、目撃者が俺だった?俺が犯行を偶然見ていたから犯人が分かったんだろうって?うんうん、そっちの方が簡単な話で俺も気楽でいいんだがね。
だがしかし「見た」というのは確かに正解に近い。いや、まあ正解といっても過言はないだろう。正解ですよ。
俺は見た。魔魅子に逢う為の決意をし、会場中の人間を見て回った。
そして俺は犯人を見つけだした。
俺は見た。見えた。
何が?
決まっている。
一人の男の額にはっきりと「犯人」と書いてあるのが、だ。
自分が物心ついたのはいつなのかなんて、覚えていない。多分3歳とか4歳とか、そのへんの頃だろうとは思う。
そのいつだか分からない物心つく頃に既に俺には、俺を取り巻く様々な事件の犯人の額に「犯人」という文字が浮かぶようになっていた。
周りの人間には見えないらしいその印しは何か事件があった時にその事件の犯人の額にすっと浮かんでくる。そしてそれは俺にとって至極単純に純粋に、青信号で進み赤信号で止まるくらい当たり前に、その人物が犯人であることを百パーセント証明する記号となっていた。
俺は最初それが当たり前なんだと思っていた。これだけくっきりと「犯人」と書かれているのだ、夢や幻はおろか、まさか自分だけにしか見えていないなんて考えもしなかった。
昔から、探偵ドラマや推理小説というものは犯人が最初から記されているものであり、誰が犯人なのかを視聴者や読者は知っていて、作中の登場人物や探偵達が暗中模索し、犯人探しをするのを読者という神の領域から見下ろして楽しむものだと思っていた。ふうん、変な事するなあ、何が楽しいのかなあって感じで。
そんな俺が現実で初めて犯人を指差したのは、4歳の頃。近所のある子供が誘拐された時の事だった。
とはいってもさっきも言った通りあんまり覚えてはいないのだが。数年後、親から聞かされた話と実際の俺のうろ覚えの記憶とが混じった話だと思って聞いて欲しい。
俺と同い歳だったその子は公園に遊びに来ていた際、母親が一瞬目を離した隙にいなくなった。俺もその時公園の滑り台で遊んでいたそうなんだが、たまたまその日はその子と一緒ではなく、その子は1人で砂場で城を作っていた。
警察は勿論、近所の大人達がたくさんやってきて捜索が始まった。状況から考えるに事故とは言い難い。おそらく誘拐ではないかという見識が大人達の無言の推測だった。だが、その子の家に犯人からの何らかの声明が送られることもなく、結果憶測の域を出ず、ただ闇雲な捜索が続いていた。俺はというと、母親と手をつないでその成り行きを見守るしかなかった。当たり前だ。4歳児だもの。スーパーマンでも赤ちゃんマンでもないからね。
が、そんな俺の目の前にある青年が現れた。その青年は近所に住む大学生で、町内会で即席に用意された仮本部のテントの中でトランシーバーを持って、近所に散った大人達の情報の収集を行っていた。
幼き俺は母親の手を振りほどき、その青年の前まで行くと、顔を指差し、こう言ったそうだ。
「おにいちゃん、なんでおでこにラクガキしてるの?」と。
青年の額には何も書かれてなく、最初は子供の戯言だと誰も相手にしなかったのだが、あまりに俺がしつこく言う為、一人の大人がこう聞いた。
「徹ちゃん、それってどんなラクガキなのかい?」
勿論当時の俺に漢字なんて分かるはずもない。読めもしなければ、書けもしなかった。俺はその大人に言われる通り、地面に棒でその青年のおでこのラクガキを書いた。
ラクガキが完成した瞬間、周りにいた大人が全員息を飲んだそうだ。
その後、青年が突然取り乱したり、大人が俺に色々聞いたりとあったが、結論から言うと、行方不明になった子供はその大学生の家の押入れで寝ているのが発見された。
4歳児の俺の名探偵振りについては周りの大人達の様々な推測や話し合いの結果、その時には『たまたま』という結果で処理された。無理もない、なんら手がかり一つない状況で子供が犯人を指差してスピード解決なんて、警察も調書に何と書けばいいのだ。
どこかで見た漢字をたまたま覚えていて、なんとなくその青年のおでこのシワがたまたまその漢字に似ていたのを俺が見間違えて地面に書いたら、そいつがたまたま犯人だったと。正直かなり無理がある推理なのだが、なんとかそれで大人達は自分達を納得させた。
まあ、結果子供は無傷で救い出せたし、犯人は捕まえられたし、どこにもケチの付け所はないさ。そしてその時助けられた子供は成長して前より少し大きな子供になって今日も元気に俺の横でニコニコ笑って、さっきまでしっかりとパーティーを楽しんでいた。いや、今も楽しんでいるか。それ以上、一体何を望むっていうんだ?
だから別に俺は知能指数が人より秀でたり、絶対的な記憶力を持っていたりということはない。これは謙遜でも何でもなく。学校の成績は中の中レベルだし、それなら俺の幼馴染の方が正直バケモノ級ではあるが、それはまあ今は置いておくとして。
分析するに「鋭すぎる勘」といった所か。いや、だが、勘というにはあまりにも確実すぎてやはり適切ではないか。俺はこの能力で確実に犯人である人間を当てることが出来る。それは俺の長くない人生においては百パーセントの確率を誇っている。探偵としてはどうだろうか?解決した事件もあれば解決していない事件もある。だが、解決していないだけで犯人は百パーセント分かっていると断言していい。
何でこんな能力を俺が持って生まれてきたのかは分からない。だがその所為か、とにかく俺の周りでは事件がよく起こる。俺はこれを勝手に「コナン君現象」と呼んでいるが、今回にしたってちょっと嫌な予感がしていたのだ。「豪華客船で富豪のパーティー」と言えば殺人事件の一つや二つ起こって当然だからな。
まったく何でこんな能力を持って生まれてきたんだか。俺は全然嬉しくないんだからな。絶対にジャンケンで勝つ能力とかの方が良かったよ。給食の残りのプリンとか独り占めだし、野球拳とかやった日には……おいおい、そりゃもう最高じゃないか。
おっといかんいかん。話を戻そう。俺の能力に関する話はこれで終わりだ。
そんなわけで俺は百パーセント今回の事件の犯人と決まった男を問い詰めているわけだ。ではその続きからどうぞ。
「まずは貴方のお名前……いや、いいです。名前は別にいいです。面倒臭いんで」
「なにぃ!」
本当に面倒臭い。犯人に名前など必要ないのだ。
「貴方のことは、そうですね、犯人さんとでも呼ばせていただきます」
あんたは既に一般人でも容疑者でもない。ただの犯人。それが一番俺にとって分かりやすいやり方だ。
「死因は毒薬。それは間違いないですね、刑事さん」
大事なことを顔見知りの刑事に聞く。今回の情報源はこいつだからな。精々大事にしないと。
「ああ、それは確かだ。カプセルか、毒の入った容器を用意していて液体を流し込んだかは分かっていないが、間違いなく被害者は毒殺された。その毒はワインから検出されている」
毒殺、か。トリック云々じゃないな。いつ毒を入れたか。いや、入れ得たかか……。
「おいおい、なんなんだよお前。一体何なんだ」
男が口を挟む。まあ、無理もないことだ。俺がそうされても困惑する。それは己が犯人でも、無実でもどちらでもな。まあコイツが百パー犯人なんだがね。
「なんで俺なんだ?この犯行はこの千人の中、誰にでも出来た。俺である必要などない!!」
きた。きましたよ常套句。この台詞も本当に聞き飽きた。俺が出会った犯人という犯人の殆どが必ず言う台詞だ。内心は心臓が飛び出るくらい驚いているくせに、たいしたもんだと思う。自己防衛は動物の本能という事か。
「犯人さん」
「だから俺は犯人じゃないって言ってるだろう!」
基本的に相手の言っていることは無視する。犯人を逆上させるという意味もある。頭に血が昇れば昇るだけボロが出やすくなる。
この盤上でうっかりボロを出して、勝手に自滅してくれた犯人達は数知れず。それに、すでに俺と犯人とでは上がっているステージから違うのだ。
俺にはこれからやらなければならないことがある。それを考えると頭が痛い。出来ればやりたくない。だが、それでもやらなければならない。ジレンマである。今回はモチベーションもしっかりさせているから尚の事しっかりしなければならない。
宿題?似たようなもんだ。
仕事?仕事と言えば仕事かな。
探偵にとっての仕事、宿題。つまりは、謎解きだ。
答えが分かっているのに何故謎解きが必要なのかって?まあこれが数学や国語の宿題だったらただ解答用紙に浮かんだ答えを書き込めばいいんだろうが、これはそんな学校のテストやなんかとはまた話が違う。現実の殺人事件なのだ。答えを知っているからといって、その問題を解いたとはいえない。本当に現実は面倒くさいのだ。
「あなたが犯人です」「そうです私が犯人です」なんて言ってくれる志村けんみたいな犯人がいればいいのに、と俺はいつも思っている。
まあ世の中そんな志村けんみたいな善人しかいないんだったら、そもそも殺人事件など起きる事はないのだが。つまり世界中が志村けんだったら争いの一切ない世界が生まれるということである。だいじょぶだあである。
絶対逮捕権を持たない若造の名探偵として、俺はしらを切り続ける犯人がどうやって事件を起こしたのかを証明しなければならないのだ。
つまり、数学の問題の『解の値がYの時のXの値を求めよ』という問題と一緒だ。Yという解、犯人は分かっているがそれを導き出すX+某という式においてのXをはっきりさせないことには、式を解いたことにはならないのだ。
面倒な話である。解は出てるんだからもういいじゃん、と言いたい。がそれは大人には通じないのだ。後々面倒な事になる。そんな経験も幾つか積んできている。苦い思い出もある。
小さい頃なら無責任に指差して「お前だ」で済んでいたのに、大きくなるというのは厄介である。大人は自分の発言には責任を持たなくてはならないらしいのだ。それもしっかりと筋道立てて。だから俺はいちいち毎回頭をフル回転してやりたくもない探偵ごっこをしなくてはならない。
だが先にも述べた通り完璧に犯人が分かるというだけで、それ以外は俺は何の変哲もない男子中学生。成績も人並み、頭の回転も人並み、少し女の子の扱いに長けているホットドッグボーイなだけである。
今だって、もう今すぐにでも「こいつが犯人。間違いない。もし違ってたら俺死ぬ!」って言いたくて仕方がないのを我慢している。それでも俺はやると決めた。決めたんだから、やるしかない。
まずは整理だな。今回犯人に認めさせるX。
「ワイングラスに毒を入れた事」だな。
それを認めさせればオッケーな訳だ。
所持品検査はあるって事はこいつも馬鹿じゃなければ考えて犯行を行っているだろうからな。もし今まだこいつが証拠を持っているとしたら動揺はこんなもんじゃない。傍目から見ても異常なくらい挙動不審になるに決まっている。
ポケットとか触り出したりな。そう考えたらコイツ、落ち着いている方ではある。つまりそれは、今コイツ自身が身に着けている、持っている物に証拠はない、と考えられる。
コイツがカメラに上手く映っていれば、若しくは給仕がコイツを覚えていればすぐに済む話なのだが、その線はおいおい話の展開次第で警察を誘導して進めていくしかないだろう。
言ってみれば俺は今ババ抜きで誰がババを持っているのか分かっている状態なのだ。イカサマギャンブラーだ。その人間の一挙手一投足さえ見逃さなければ負けることはない。
こうなってくるとこの現在、スタート地点に於いて警察の全面的バックアップがないのが一番痛いかな。警察に絶対の信頼があれば今すぐにでもこの犯人を調べさせるし、そうすれば必ずボロも出るだろう。だが、俺にそんな権限はないからね。こいつの身元を全部洗い家宅捜査すれば絶対何らかの証拠が出ると俺は神に誓って約束出来るのに。
それでも大人はそんな子供の約束じゃ動けないって言うんだよな。間違っていたらどうするんだとか言ってさ。こっちは絶対間違ってないって言ってるのによ。それに間違っていても偉いヤツがクビになれば済むんだろう?クビになる覚悟もなくて正義を振りかざしてんじゃないよまったく。
だがまあ、今はそんな事言っていても仕方がない。顔見知りの刑事がいただけでも上出来だと言っていいだろう。おかげで現場を締め出される心配もない。いつぞやの締め出された外から真由美の携帯電話を通しての推理なんてのはもう二度とゴメンだ。あれこそ思わず「俺はコナン君か」って心でツッコんじゃったよ。
さて、続き続き。犯人と毒との関連性を見出すだったか?
よし、こうなったらなんとしてでも早く糸口を見つけなければ。それがどれだけ細い糸だろうが、手繰れば繋がる、犯人の急所へと。
それには真実が必要だった。一つでいい。どうでも良くていい。何かないか。
そこで俺は真由美を窺う。なんか隣にハンチング帽を被ったうだつのあがらなさそうなおっさんがいた。
ていうかあのおっさん手に何持ってんの?パソコン?うわ、何か凄いスピードでカタカタしてるよ。不気味なんですけど。『MONSTER』のルンゲ警部みたい。
真由美がそんな俺の視線に気がつく。気がつくとは言っても真由美が俺に気が付いた事は周りの人間には分からないだろう。
何故なら真由美は俺の方を一切見ていないのだから。それでも俺は真由美が自分に気が付いている事も分かるし、真由美には俺の事も分かる。まあ幼馴染だからねw。
俺は真由美にサインを送る。
「〈な〉ぜ人を殺そうと?」
「な、何を言ってるんだ。知らんぞ」
「〈に〉しても、監視カメラに一切映ってないのは素晴らしいですね。どうやったんですか、犯人さん?」
「俺じゃない。犯人じゃない!」
「〈か〉ん全犯罪ですか。計画的なのか偶然なのか、まあ紙一重といった所ですかね」
「知らん!」
「〈い〉いじゃないですか。もう認めましょうよ。自分が犯人だって」
「ふざけるな!誰の事を言ってるんだ!」
「〈と〉う然、貴方の事ですよ。犯人さん」
「俺にはちゃんとした名前があるんだ」
「〈グ〉ーグルアースに映ってませんかね、犯人さんの犯行。あ、船内だからダメか……」
「……人の話を聞け!」
「〈ち〉ゃんと聞いてますよ、犯人さん」
なにかいとぐち
「何か糸口」と俺は犯人との会話で真由美にサインを送った。
後は反応を待つのだ。さあ、犯人を捕まえる、ぞ。
だが、ここで俺の中の悪い虫が声を上げ始めた。一瞬で究極に全てが面倒くさくなってしまったのだ。探偵って面倒くさい。
ああ、面倒くさい。いつもそうだ。いつもこうなって後悔する。何で最初から「僕見てました、こいつが犯人です!」この一言が言えないのだろうか。そうしたら目撃者権限でこいつは即逮捕なのだ。
なんだかんだ言っても俺の心の中に犯人と正面から対決して打ち負かしたいという欲求があるのだろうか。それとも、只なんとなく皆の前で格好つけたい男子中学生特有の性なのだろうか。
自分で自分の事が分からなくなる。これが若さってヤツか?だが、いくらそんなことを考えてももう後の祭り、アフターフェスティバルだ。今更はなあ、ちょっと格好悪いよなあ。
「あ、すいません。実はですねぇ。僕、この人が毒を入れるのをー、へい、見てましてぇ、げへへへへ」。………………。
うーん、ダサい。これは流石にダサ過ぎる。
死んでもこれはやりたくないぞ。
そもそもが俺格好付け過ぎたよな。「この事件、僕がもう解きましたから」だってよ。これはこれで恥ずかしくないか?正直TVの見過ぎだよな……。あああ、思い出したら恥ずかしくなってきた。俺は俺は、何しれっとこんな気持ち悪い台詞連呼してんだか。「この事件、僕がもう解きましたから。キラン」だって。ああ……死にたい。
これが俗に言う中二病ってヤツか?この世から跡形もなく消え去りたい。滅茶苦茶恥ずかしいんですけど…………。だあ、集中集中。もう早くしないと魔魅子が…………。俺は闇に落ちていく自らの心理に無理矢理蓋をする。
とりあえず黙ってられんので、犯人には質問していこう。まあ、少し礼を欠き過ぎていたかもしれないな俺は。この日ノ本と云ふ国は古くから礼節を重んじる風潮にある。俺自身こうも無礼な態度を取るから相手も心を貝の様に閉ざしてしまうのだ。こうなれば、正直に、真摯な気持ちでぶつかるのが一番なのかもしれない。飾らない心で、鳥の様に。フリーハート、フリーバード!
「と言いますと犯人さんは、自分はこの事件の犯人ではない、とこう仰られたい訳ですね」
「さっきからずっと言ってるだろうが!」
口から唾を飛ばしながら喚きたてる男。そんな男に俺は嘘偽りの無い、飾らない真摯で正直な気持ちをぶつけるしかない。ドラマや漫画なんかでも直球勝負の方が上手くいくもんだもんな!届け、この想い…………。
「うーん、でもですねえ、犯人さんには自白してもらうのが一番手っ取り早いんですよ。なんせ千人近くの人達の貴重で稀有な時間を拘束しているのですから」
「…………」
犯人よ。届いているか?俺の真剣な気持ち。
「家で家族が心配して待っている人や、絶対に遅れられない用事がある人等、様々に事情を抱えた方々がいるんです。その時間はとても重要で何事にも代え難い大切な宝物に違いありません」
俺と魔魅子との宝石の様な時間もな。
「貴方にとってもここでこうしてごねている時間は只々貴方が服役して出所するまでの時間を、いいですか?ここよく聞いて下さい。大事な所ですからね?貴方が服役して出所するまでの時間を、貴方自身で引き伸ばしている事になるんですから。自分で自分の首を絞めているんですよ?そんな苦しい、つらい事はもうやめて、早く楽になりましょうよ?」
お、これはまさに正論。俺はお前の事だって考えているんだぞ。有意義な時の活用法を一緒に考えようではないか。頼む!届け!
「…………ね?」
「…………」
「…………ね?」
「…………」
明らかに失敗だった。正直な飾らない気持ちをただぶつけただけなのに、何でこうなるのかな。俺はいつも不思議でたまらないのだ。多分あれだ、生きる事に不器用なんだ。
普通の人間なら簡単にやってのける様な事でも俺には困難なんだ。
大人になってコンビニでバイトとかも無理なんだ。シフトの交渉とかも下手で、気づけば一週間丸々フルで入れられているんだ………………。いかんいかん、挫けが入ってきている。それでも諦めじと、俺は果敢に犯人に声をかけ続ける。
「で、犯人さんと被害者さんの関係って何なんですか?」
「…………」
だんまりだった。
「ああ、あれですか?やっぱり怨恨ですか?それが一番確率高そうですよね」
「…………」
だんまりだった。
「それとも意表を衝いてあれですか?今流行りのネットで依頼された、とか。殺し代行みたいな?それだったら面白いですよね」
「…………」
泣きたくなった。
好きな漫画や嫌いな漫画、違う雑誌で連載していれば歴史を変える名作となったかもしれない打ち切り漫画等と様々な質問を投げかけたが、答えは同じく沈黙だった。
ううむ、これは…………。もしやもしやと思ってはいたが、ひょっとしたら勘違いって事もあるかもなとも思っていたのだが、間違いない。完全に嫌われた。出会ってから5分程の時間であっという間に嫌われた。ときめきメモリアルならもう完全に攻略不可で、更には俺の悪い噂を振りまいて当人どころか他のヒロインすら攻略不可になるほど嫌われた。
何故なんだろうか。自分では明朗で快活な喋り方を心掛けているつもりだし、きちんと目上の人間には敬語を使うようにもしている。
今日日の中学生の中ではダントツに折り目正しい好少年の筈だが。一体俺の何が気に入らないのだ!言ってみろ!毎度毎度よお!もうイヤ!
これが俺の悩みだった。毎回毎回犯人に嫌われる。さっきも述べた様に最初は犯人の思考を単純化させる為に挑発めいた事を言って怒らせるが、ここまでくれば逆効果である。
初手で決めれなかった場合、今度は逆にコミュニケーションが大事になってくるのだ。
そりゃあこっちは一応名探偵ポジションとして位置しているわけだし、犯人とは敵対同士なのだが。それでも好敵手という言葉がある様に、同等の競い合う相手として、お互い切磋琢磨していくべきなのである。君達にスポーツマンシップはあるのか、と問いたいよ、まったく。まあ?そもそもが?どんな理由があるにせよ人を殺してあわよくば知らんぷりしてやり過ごそうと目論んでいる輩である。そんな人間に正々堂々を求める俺の方が間違っていたのだ。そうだ、何で俺がそんな人間の底辺のご機嫌を窺う様な事しなきゃならんのだ。やれやれ俺はとんだお人よしだな!!ははは!ハハハハハ!
……………………だんだんイライラしてきた。
……………………プチン。
ああーもうっクソ!!面倒くさいんだよこの馬鹿野郎が!もう何でもいいからボロだせよ!袖からナイフとかコロンって今すぐでてこいよ!あ、毒殺か!じゃあね、じゃあね、爪の先にでも毒が入っててー、突然緑色に変色でもしろよ!それでいいだろうがもう!ほら!恥ずかしがらないで!!ほらほら!!おおおおお!!にゃあああああん!
はあはあはあはあはあはあはあはあはあはあ…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。
俺の心はこうやって毎回毎回事件によって蝕まれていくのだ。まったく、憎むべきは世に蔓延る犯罪である。
ガス抜き終了、だが事態は一切好転していない。
そこで、待ってました。俺のサインを受けて、真由美が動いたのである。
いつのまにか隣にはバクの帽子を被ったそれは天使の様に愛らしい少女が増えていた。おお、何だあの美少女は。スゲえな……。俺は見惚れてしまう。
ああ、違う違う。真由美の様子を見なくては。真由美がどこかを指差している。
その指の先には、ある人物が。
ふうん……、まあ、やってみるか。
「あなたのテーブルはあそこですね、犯人さん。僕は隣のテーブルにいました。犯人さんがあちらの方と話をされてテーブルから離れたのを見ていました」
「…………」
さあさあ、答えてくれ。お願いだから。イエスと言えイエスと!イエス!イエス!
「……ああ、確かに話をして席を離れた」
「イエス」
あ、俺がイエスって言っちゃったよ!犯人が心を開いてくれてテンション上がっちゃった!変な子って思われなかったかしら?まあいいや。とにかくやっと噛み合ったこの喜びを噛み締めよう。
全く懐かなかった、人間達に酷い目に合わされた過去のある拾ってきた犬が、初めて餌を食べたこの喜びを。だが残念だったな犯人よ!その餌には毒が入っているのだよ!フハハハハハハハハ!フハハハハハハハハ!
「お前……まさか、それだけで俺を犯人だと言っている訳じゃないよな。被害者が倒れる少し前に俺が席を立ったからだなんて理由で」
「まあ、概ねそんなもんです」
「何だと、つまりただの勘か」
勘だよ、百パーセント。と言いたいが、言えない。
「いえ、理論的、実証的、論理的考察に基づく結論です」
いえ、理論的、実証的、論理的考察に基づく結論です、キラン。だってよ。
「そしてそれを世間では、推理と言います」
その推理を俺は今頭の中で必死に考えている最中である。
まあ糸口が一つ見つかった所で、とりあえず毒入りワインを運んだ給仕に話でも聞いてみるか。刑事に連れられて俺の前に来ている。気弱そうな青年だ。
事件の当初から思っていたことだが、この給仕マジ無能過ぎじゃない?だって本当一切これっぽっち何にも覚えてないってどうよ?誰とぶつかったのか顔も覚えていない。
ともすれば性別だってちょっと怪しいぐらいなんだろ?「多分男……?」程度の認識で現場は動いている始末だ。そういう事ってありえますか?
こういう人間は俺の経験上かなりの高確率で現場を掻き回してくれる。それを上手く利用してこちらの手駒として使える場合と、上手く利用しようとしても結局裏目に出るだけで大暴走して手に負えなくなる場合と二つあるのだが、今回は明らかに後者であろう。刑事の横で顔面蒼白で震えながら俯いている垂れ目で猫背の給仕を見て俺はそう判断した。
聞く事だけ適当に聞いてこいつには退場してもらうか。どうせ必要な情報は手に入らないだろうし。
「給仕さん、ちょっと質問いいですか?」
「は、は、は、ははは、はい」
おいおいおいおいおい…………、どんだけ緊張してんだこいつ。マジかよ。相手は自分よりも全然年下の中学生だぞ。
「そんなに緊張しなくてもいいですよ。あなたがワインを運んでいてぶつかったという相手。それってこの人だったでしょ?」
ていうか犯人はこいつなんだよ。うんって首を縦に振っておけばいいんだよキミは。それで解放されるんだから。ね?
「いいいいい、いや、どうだったでしょう、か。そうだった?いや、どうだったかな。いや、もう、分かりません。全然覚えてなくて僕……。本当にすいません。分かりません」
まあ覚えてはいないだろうとは思っていたが、この感じ……。ゴクリ……。いやいや、こいつはなかなかの無能っぷりじゃないか。
久々に特Sクラスの無能っぷり野郎が現れたもんだぜ。こいつを主人公にゲームでも出来そうなくらいのダメっぷりだ。こいつがただ垂れ目で猫背でのろのろと画面内を何も考えずただただ横へ移動していくのを、プレイヤーが足場を作って溶岩に落ちるのを食い止めたり、敵の攻撃を防ぐ壁を作ったりしてゴールへと導くっていう……おいおい、何か面白そうじゃねえかよ。ゲーム化しないかな……。『負けるな!給仕くん!』みたいな。
俺はメモを取り出し、給仕に質問をする。
とにかく落ち着かせなければ、こいつはヤバい。ヤバすぎるにも程がある程ヤバい。
「給仕さん、名前は?」
「日向小次郎です」
なんでよりによって名作サッカー漫画『キャプテン翼』の主人公翼のライバルで、作中で一番ワイルドなキャラクターと同性同名なんだよ。全然似合わないよ。いや悪いのは親なんだけどさ。
「身長は?」
「169センチです」
まあそんな感じかな。俺より少しばかり高いって感じ。言っておくけど本当に「少しばかり」だからな。俺はまだまだ成長期の真っ只中だし。
「体重は?」
「は、ははい。62キロです」
あら、見た目によらず骨太なのね。結構重いんじゃん。
「家族は?」
「母と二人暮らしです。先日まで猫もいたんですが、ある日を境にプツリと家に帰ってこなくなりました」
悲しいよ!何か家庭も複雑そうだし!聞かなきゃ良かったよ!
「今日の占いは?」
「はわわ……12位です」
そりゃそうだろうね。あんた今日散々だからね。これで一位だったら後で番組訴えたら勝てるよ。
「明日の天気は」
「ええと……は、は晴れたらいいなと思います」
俺もそう願ってるよ。
俺はメモを取りながら(といっても実際にはまともに取っていない。興味もない。何か適当に落書きしたりしながら聞いてる。ドラえもんの顔の下にコロ助の体を移植した絵を描いた。これは力作だ)色々な質問を繰り返し、いい加減に給仕が落ち着いたのを見計らい、会場の周りを見回し、給仕が犯人でない事を告げた。
よし、これでもうコイツが変な墓穴を掘る必要もない。だがこれ以上ここに居られても正直安心出来ないので、刑事に言って早急に引っ込ませる事にした。
人ごみに消えていく給仕の背中を皆が見ている。
あれ?真由美がついていってる?あれ?肩まで貸して。
あいつ……また何か余計な事……。
いいや。放って置こう。あいつが暗躍する分には特に問題ないからな。
さあ、ではさくさくと犯人を追いつめるとするか。さっきの糸口をどう使うかだな。まあ、いいや、勢いで何とかなるか。自分を信じて!
「さて、先程貴方がそちらのテーブルで話をされていたのを見たと言いましたが、僕は貴方の会話を記憶していません。全く。これっぽっちもです」
これは本当。まあ実際は真由美が覚えていただけで、指定したテーブルに居たのかさえも俺は知らないんだがな。
「だったら……それが何なんだよ。何を自信満々でそんな意味のない……」
半ば激昂気味の男を手の平で制してから俺は、言葉を放った。
「ですが、あなたがいつ席を立ったのかは覚えています。午後6時17分42秒55です」
「な……」
会場でざわめきが起こる。
同時に俺の心もざわめいた。
うん?ちょっと待って?
一体俺は何を言おうとしているのか……?しかしそんな俺の心中とは無関係に俺の口からはまた次の言葉が零れ落ちる。
「刑事さん。会長が倒れたのは何時でしたっけ?」
「……午後6時25分だ」
「正確には午後6時25分31秒28です」
「……」
俺が一体何を言っているのか、それが何なのか、周りの人間には簡単には理解が出来ないようだった。
当然だ。
そもそも俺にもよく意味が分かっていないのだから。
何を言っている、俺?大丈夫か?
本当にこのまま続けて平気か?おい。おい!ちょっとキミ……信じて大丈夫?
「パーティー開始時刻にあちらの女性が料理の皿を取り損ねて地面に落としたのが午後5時32分22秒63。刑事さんがこの客船に到着したのが午後7時30分52秒45です」
それは適当だった。
全くのハッタリだった。
だが、口が次から次へと動く。
あれあれあれ?コイツはマズいんじゃない?おい待て!何言ってんだよ俺!待てって!
「山之内君……。一体それは」
刑事に問われた俺は今にも次の台詞を口にしそうだ。やばい。止まれ。
おい俺、一体何を言う気だ。それは確かに正規ルートなのか?何か変な道なんじゃないの?今ならまだ引き返せる。引き返せってば。
俺は俺自身に向かって叫ぶ。だが、調子に乗った俺は止まらない。俺でも――――止められない。
「僕はね、絶対時感を持っているんです」
そうして次の瞬間俺はなんか口走っていた。突っ走っていた。走り出していた。自分でもゴールが見えない道を……。