表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
超越探偵 山之内徹  作者: 朱雀新吾
最終話 超越探偵の弱点
39/68

超越探偵の弱点①

「いやあ、遅刻だ遅刻。まいったねえ。いやはやまいった」

 日曜日、のんびりと道を歩きながら俺は呟く。

「やっぱり怒ってるかなあ。範平太君」

「どうだろうなあ」

 俺と真由美は今、駅へと向かって歩いている最中だ。

「うーん。早く行かないとね。あ、猫だー。にゃんにゃん」

「これこれ、早く行かないとなんでしょうがよー。こらー。にゃんにゃん」

 そう言いながら俺も猫を触る。早速道草を食う俺達。なんとものどかなことである。歩いているのは我が町の何の変哲もない住宅街。雲一つない晴天である。そんな中、一軒家のブロック塀で寝ている猫を見つけて真由美は嬌声を上げたのだ。

 俺の寝坊が原因で、約束の時間から既に3時間以上経過している。今更早足で5分ぽっち短縮した所で俺達の罪になんの恩赦が下ろうか。

 それに俺は、範人のヤツは怒っていないと踏んでいる。

「ええ、絶対怒ってるよー。3時間半だよ。着く頃には4時間。怒らないわけないよー」

「じゃあ、賭けだな」

 道すがらやる事のない俺達は、事もあろうに待たせている相手が怒っているか怒っていないかの賭けを始めるのであった。

「どうせやるなら罰ゲームがないと面白くないな」

 スリルを求める俺は罰を考える。うーん、何か良いのはないかな。俺は頭をフル回転させる。

「俺が勝ったら今日一日俺の事は『お兄様』と敬語、自分の事を『ボク』と言うってのはどうだ?」

 やはり真由美ボクっ子計画は捨てられないよな。当然、師匠の影響があるのは言うまでもなかろう。師匠のおかげで俺の中の「ボクっ子熱」は上昇している。あとは本人が了解するかだが……意外や意外、真由美の答えは「いいよ」だった。ひゅう。ここ一年の猛プッシュが効いたか。継続は力なり、だな。ニヤリ。師匠、最後の一押し、ありがとうございました。

「じゃあ私が勝ったら一生私以外の女子と口聞かないでね」

「不平等条約過ぎませんか!」

 何言ってんだこいつ。一生真由美以外の女子とだって!!

「じゃあ美由希ちゃんとも那美さんともフィアッセともか?なのはちゃんとは良いよな?ダメか?」

「勿論ダメー。ていうかそれ全部美少女ゲームのヒロインでしょうが」

「全部『黙る』って選択肢でどんなフラグが立つっていうんだよ!」

「悪い噂を振りまかれるフラグ」

「ときめきメモリアル!?」

「私の一日のその条件は徹君にとっての一生のその条件とイコールなのです」

 ううむ。これは恐ろしい事になってきたな。ああ恐ろしい。まあ、だがだ。だからといって賭けを降りようとは思わない。勝つ自信もあるしな。そういう打算で俺はその条件を呑んだ。範人は怒っていない。


 そもそも何故この怠惰を祝福された日曜日という良き日に、幼馴染と連れ立ってわざわざ隣町まで出張ろうとしているのか、その理由を説明しよう。それは昨日の休み時間の事だ。俺の席までやってきた真由美が放った一言が発端である。

 我が町の、我が中学校。我がクラスの我が机。

 俺はいつもの様に我が椅子に腰かけ、まだアニメ化されていない漫画の声優予想を次の数学の授業用ノートにびっしりと書き込んでいる最中だった。それは真剣そのもの。頭で声をサンプリングし、キャスティングを立てていく緻密な作業だ。

 今回の作品は岩村俊哉先生の超名作『電撃ドクターモアイくん』。

「……まあ主役のモアイくんは緑川さんで決まりだろう。で、海賀くんが置鮎さん。ガンズが草尾さん」

「流石だ。流石過ぎるよ、山之内君」

 隣で天下のブルマ泥棒こと、クラス委員の津村君が頷きながらメガネを光らせる。

「モアイくんを緑川さんで行こうという冒険心は誰にも思いつかないね。緑川さんの声で『俺はホモっす!』とか『遅刻っす!肛門を開けるっす!』なんて、誰が考え付くよ。一見全くミスキャストの様だけれど。あれ?実は凄く合っている様な?そんな感覚だよな」

「だろ?あの人何でも出来るんだぜ。キャスティング側が声優の幅を勝手に狭めてどうするよ」

「じゃあナコちゃんは?」

「平松晶子さん」

「サミー神父は?」

「塩谷翼さん」

「ふむふむ……っ山之内君それはそのまんま『スラムダンク』じゃないか!通りで豪華声優陣だと思ったわけだ」

 バレたか。流石は津村君。まさかの、明日夢さんから気に入られ、アニメ知識をスポンジの様に吸収していっているのは、伊達じゃないか。

「『スラムダンク』ファンが怒るぞ。そんなキャスティングをモアイくんでやってみろ。そんな日には……あれ、何だ?待てよ……結構合うのか?海賀くんだろ?ガンズ。うんうん。あれ?何だか……ベストキャスティングな気がしてきた!!もうそれ以外のキャスティング等、思いつかない!!」

「だろう!!??」

「いやはや、『男子三日会わざれば刮目して見よ』とは正にこの事だ。君は素晴らしいよ、山之内君!」

「津村君!」

 がっちりと握手を交わす。「全校女子リコーダー舐められ事件」でタッグを組んだ事もあり、すっかり仲良くなった俺と津村君だったのだ。

 そんな俺の机に忍び寄る影。

「徹君。ちょっといい?」

「うん?なんだ」

 それは幼馴染の真由美だった。

「こんにちは、津村君」

「やあ、川原さん」

 挨拶を交わしあう二人。

「お、僕はお邪魔かもしれないね。失礼するよ」

 そういって颯爽と津村君は去っていった。

 彼は彼女が出来てから「僕はそういう事にも聡いんだよ」アピールをちょくちょくする様になってきた。成績優秀で色恋にも聡いとは、「気立てが良くてツンデレ」級の完璧ぶりだ。まあ俺と真由美はそういうんじゃないから、直ぐに呼び止めて近くに来てもらったけどね。

「で、何の用だよ、真由美」

 顔を上げずに俺は尋ねる。

「明日はお買い物だよ、徹君」

「よし、任せた」

 俺は財布からおもむろに千円を取り出し、真由美に投げつけた。

「わーー」

 ヒラヒラと床に落ちる千円札。慌てて拾いに行く真由美。

「もう、お金を粗末にしてはいけません」

 拾い上げ、俺の机に置く。ぷりぷりしている。何だ何だ、ぷりぷりちゃんかコイツは。

「なんだよなんだよ。買い物?そんなの聞いてないぞ俺は。初耳だ初耳。初耳ミクだ」

「正にオタクとオヤジの中間地点を陣取ったダジャレだね……。ちなみにその言葉既にネットとかで存在するからね」

「なに!?」

 こういう際の真由美のツッコミは、些か淡白すぎて俺の体温を下げる。まあその冷たい視線が俺は大好物でもあるわけだが。言うだろ?「中華も冷やし中華もどちらも美味しい」ってな。

「いやでも俺中学二年生だろ?」

「ん?どういう事」

「もう、察しろよ。世の中学二年生は皆が皆、自己を『他とは一線を画するマジョリティー且つ非凡な存在である』という風に思い定めるもんだろうがよ。そういった流行りについていくのに俺も必死なんだよ。休み時間の度に用もないのに屋上に出て口に誰がどこで踏みつけたり立ちションしたか分からない様な超弩級に不衛生な草を咥えて佇んでみたり、たまたま同時に風邪で休んだクラスメイト達の机を見て『まさか、この町にもとうとう幻影郷の魔の手が……』とか『帰りに結界をもう一度確認しなければ』とか言ったり。たまたま日直で一緒になった女の子を見て『前世で俺とこの娘は殺し合ったのだ……』とか『その時の記憶が、今宵、彼女の14歳の誕生日に目覚める。俺の誕生日は先日だったので一足先に俺の記憶は戻っている次第である……』等と勝手都合の良いモノローグを入れたりと、俺もうマジで忙しくて大変なんだよ」

「徹君の頭が大変だよ。ていうか残念だよ」

 がっかりした様に呟く真由美。

「川原さん。申し訳ないが、山之内君のしている話は中学二年生男子なら何の不思議でもない。何を隠そう、僕も毎日している事さ。学校がテロリストに襲われる想像とかね。そもそもテロリストと呼ばれる集団が何故こんな特に際立った特徴もない普通の中学校を、何の目的で、どんな基準で襲うのかも定かではないのだが、そんな前提は全てすっ飛ばす。ディティールは大事だが、時にそれは『無粋』という名の重い荷物となるからね。そう、僕達にとって重要なのはそこではないんだ。『非日常』。それだけをフィールドとして欲しているのみなのさ。それで、30人はいるプロの殺戮集団相手に、格闘技経験皆無で運動とは無縁、まさに絵に描いた様な『委員長タイプ』の僕が、映画等でしか接した事のないカンフーを奮い、同時に5人程度を手刀で叩きのめす。更には初めて扱う、敵から奪った銃で、寸分狂わず敵のライフルやマシンガンを撃ち落としていくんだ。勿論、誰一人殺しはしないし、殺させやしない。殺してしまったらヤツらと同類になってしまうからね。最後にはテロリストを殲滅させ、屋上に佇む僕。解放され、校庭に全校生徒の『津村☆超!生徒会長!』というシュプレヒコール。僕は『この学校は僕が守る!これが僕、津村明のマニフェストだあああ!!!!』。生徒達は大喝采さ……」

 津村君が神々しくメガネを光らせながら理路整然と呟く。その瞳は、最高に知的な色を帯びている。何の曇りも、狂いもない。ああ、何て健全なんだ。

「そんな、津村君まで……」

 茫然とする真由美に、俺は肩を抱きながら言う。

「おいおい、真由美ちゅわんよ。こいつは中二の基本中の基本だぜ。津村君はお前にも分かり易い、難易度一の例題を出してくれたってわ・け。ちなみに俺はピンチで変身して一瞬でテロリスト百人をぶっ倒す『ヒーローシナリオ』と、学校中に廻らせたトラップで敵を翻弄する『ホームアローンシナリオ』の二つを持っているけどな」

「ああ、流石だ……。流石過ぎるよ、山之内君」

 感動して、天を仰ぐ津村君。

「いやいや、津村君のオーソドックスパターンも、逃げ込む場所や敵の性質なんかでドラマが無限に広がるからな。一生楽しめる『アクアノートの休日』みたいなシナリオだ」

「……」

「……」

 俺と津村君はそのまま無言で見つめ合う。

「徹!」

「明!」

 バシンと、俺と津村君は最高のハグを交わす。二人の友情が更に深まった瞬間であった。

「これが……中二病」

 ゴクリと喉を鳴らす真由美。俺はそのまま話を続ける。

「まあ、そういう事だ。それに俺、『超越探偵』なんて身の丈に合わない重い名前背負うよりも、『中二病探偵』の方が楽でいいかな、と思って」

「ええー、いやだよ。ダサい」

 おお、そこは全否定である。

「格好悪い」

「ええ、そうか?ちょっとシニカルな感じがして良いんじゃない」

「ヤダ」

 何だ何だ、ワガママ姫だなあ。もういいよ。

「で、用ってなんだよ、もう」

「ああ、そうそう」

 何度も話が脱線するからなかなか話が進まない。

「こないだの埋め合わせだよ」

「こないだ?」

 こないだと言われても俺はピンとこない。

「もう、誕生日プレゼントだよ」

「誕生日プレゼント?」

 本当に分からん。何の事だ?誰か誕生日だったか?

「バッグだよ、バッグ」

「バッグ……ああ」

 そこまで言われて俺はやっと思い出したのだった。俺が真由美のバッグをダメにした先々月の、船で起きたあの事件を。

「お前のバッグを、俺がトイレで紙がなくて、仕方なくそれで尻を拭いたんだったな。ああ、完璧に思い出した思い出した。あれはスマンかった」

「完璧に捏造してるよ。しかも改悪だよ。悪夢だよそんなの」

「で、ネピアでいいのか?エリエールか?」

「トイレットペーパー買いに行く事になっちゃってる!誕生日プレゼントがトイレットペーパーって!女子中学生の誕生日プレゼントが!」

 …………む。

 先程まで氷の様だった真由美のツッコミの温度が――上がった。津村君も「ほう」と声を出し、メガネを連続して三回上げた。

 そして、実はそれは俺の誘導でもあった。一度相手のモチベーションを底辺まで落としておいて、そこからツッコみたくて仕方ないネタを放り込む。レベルも高く、簡単なツッコミでは終わらない様な、な。

 ひょっとしたら垣間見れるのか。ボケとツッコミ、その両者。常に貪欲に自らを鍛え、研鑽を重ね、共に高め合ってきた者達にしか辿り着く事の出来ない神の頂きが。

 そう俺達はその時「ゾーン」に入っていたのだ。ならば俺も更にボケを放つとしよう。考え得る限りの至高のボケを。

 真由美、お前となら行けるかもしれない……神の頂きへ。

「トイレットペーパー!林家ペーパー!」

「うるさい!」

 ぶん殴られた。教室の床をもの凄い勢いで転がる俺。近くの机に座っていた女子が悲鳴を上げた。それはツッコミでも何でもない、ただの暴力だった。ああ、暴力は怖いね。その瞬間、俺は神の天秤から直滑降で転落した。

 そもそも今のは俺のボケが最悪だった。最高の自己嫌悪に陥る。

「山之内君。今のは君が悪いな」

 ああ、津村君の冷ややかな目も、クルぜ。


 で、真由美が言っているバッグというのは、先々月の船での事件。「ザイツタミヤの悲劇」で俺が犯人の証拠としてでっち上げたあのバッグの事である。

 もともとは真由美の物だったからな、あれは。あの時の真由美の怒りようったらなかったぜ。それこそぷりぷりしていた。ぷりぷり姫の降臨であった。

 というか、そもそも実際にはあの日は真由美の誕生日ではなかったのだ。だから別にいいじゃんと思うのだが、それとこれとは話が別らしい。女はこれだからよく分からん。

 その埋め合わせで日曜日にバッグを買いに行こうと、まあここ最近はずっと言われていたからな。仕方がないか、と承諾したのだ。

 それを前の席で聞いていた範人が「あ、じゃあオレも一緒していい?」と言ってきたというわけ。

 俺達は快く範人の提案を了承し、次の日の日曜日。つまり今日の、午前10時に俺達の学区内で一番大きなショッピングモールに待ち合わせという事になったのだ。

 津村君も誘ったが明日香さんと遊びに行くらしく、断られた。ていうかあの二人、マジで付きあっているんだなあ。明日夢師匠だけではなく、お父さんにも気に入られて、「ブルマ明」なんてニックネームで呼ばれているらしい。

 津村君にはいつも「僕達が将来結婚したら山之内君に友人代表スピーチをお願いするな」と言われているが、どうすればいいんだ。「えー、二人の馴れ初めは中学の時に起きたブルマ泥棒の犯人と被害者という関係でして、私はその時新郎の罪を暴いた、探偵であります」とでも言えばいいのか?どんなキューピッドだよ。

 まあ長々と回想をしておいて俺が一体何を言いたいのかというと、範人がそんな風に同行を言い出さなければ良かったわけで今待ちぼうけを喰らってもそれはまあ範人の自業自得と言ったところであろうという事実なのだ。だって、自分で言ったのだから。3時間や4時間待たされる程度のリスクは当然感じていただろうし、だから範人は怒っていないというのが俺の予想。あと、範人は実際怒らない。怒ったところを見た事がない。基本飄々型なので、怒らない。まあとか言いながら前々回俺アイツに思い切り殴られたけどね。アレは俺が相当悪かったというわけで、勘弁してくれ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ