消去法探偵神山司①
「久しぶりだね。山之内君」
「・・・・はい、神山さん」
俺は心底嫌な気持ちを内に秘めて、爽やかに返事をした。
「前の事件では君には辛酸を舐めさせられたものだ」
「はい、前の事件ですね・・・・そうですよね。前と言えば過去の話であり、先と言えば未来ですからね。でも、『目の前』なんて言ったら、過去よりも未来の話の様に聞こえますよね。つまり前という言葉には過去と未来が混在してるんでしょうね。ですから神山さんが仰った『前の事件』とは、つまり、過去の事件であり、更には未来に繋がる事件でもあるという事でしょうね、はい」
俺のふわふわした返答に神山は目を丸くする。
「おいおい、どうしたんだい山之内君。らしくない、曖昧だねえ。何かの冗談かい?」
両手をオーバーに広げ、口の端を軽く持ち上げ俺を見据える。相も変わらないキザったらしい所作に俺は身震いを覚えた。
コイツは消去法探偵、神山司という。
高校二年生で、俺達のちょうど三つ上だ。
「僕と君が最後に対決したのは、半年前のさる大富豪の豪邸での事件だよ」
「ああ、そうでしたか。そうでしたっけね。ああ、思い出しました思い出しました」
「あの時は最終的に君に一歩先を行かれた訳だが、今回は負けないよ」
「望むところです」
スッと差し出された右手に、俺は内心嫌気が差しながらも同じく右手を出して握手を交わした。華奢な手だと思ったが、意外にもしっかりと握ってきた。俺よりも握力があるようだ。中学生と高校生の違い、に決まっている。クソ、悔しくなんかないぞ。
「真由美ちゃんも、久しぶりだね」
「きゃああ、神山さんだ。お久しぶりです!」
真由美が嬌声を上げ、神山に走りよる。
真由美はどういうわけかコイツの大ファンなのだ。神山に会うといつもこんな風に乙女モードになってしまう。
白いタキシードの神山と、白いワンピースの真由美。二人が並ぶと王子とお姫様のプライベートショットと言った様子である。
クソ、なんだなんだ。よく分からんが、気に喰わないぞ。
「真由美ちゃん、半年前会った時より、ますます可愛くなったんじゃないのかい?」
「ええ?そんな、神山さんったら、お上手なんですから」
「いやいや、これはお世辞なんかじゃないさ。僕はお世辞は嫌いなんだ。君が高校生になった時の事を考えると恐ろしいよ」
「またまた」
「はっはっは、本当さ」
歯の浮く様な台詞を並べやがってこの変態野郎が。
真由美もうっとりとした表情で神山を見上げやがってよ。
へん、気に喰わないったらないぜ。
確かに神山は男の俺から見ても格好良い。
長い手足に、小さい顔。一つ一つパーツが整っているし、そこらへんのタレントよりか格段に良い線いっていると思う。
背が高いから、当然、俺は見下ろされる形となる。それがまた腹立たしい。
まあそれに関しては俺は中学生、相手は高校生だから、仕方がない。何度も言うがな。
というか何でコイツはいつも白のタキシードを着ているのだろうか。白のタキシードで長い髪を後ろで括っているその風貌は、簡単に言えば金田一と怪盗キッドを足して2で割った様だ。美形じゃなかったら絶対変なヤツだよな。それでも許されるのがこの神山司様らしい。
へん。学生なら学生らしく制服でも着てろやい。でもこれまた似合うんだろうな。学ランとか、ブレザーとか(笑)ははは。
・・・・まったくやってらんないよ。
真由美は、俺が神山に対して良い顔をしていない事も分かっている癖に、きゃっきゃと話しかけている。本人曰く、「だって格好良いんだもん。仕方ないじゃない。当然、超越探偵としては徹君が好きよ」とのことだそうだ。
「さあ、山之内君。積もる話は後にしようか。どうやらこの事件、密室殺人の様だけど」
「そうですね。密室殺人です」
俺はうんざりしながらも、相槌を打つ。
「何か、不自然な様子はないかい?被害者は見る限りナイフでの刺殺のようだし、悲鳴は僕も聞いたが、あの時に殺されたとみて、間違いないのだろうか」
神山が部屋を見回す。何か気になる点を探しているのだろうが、そんな悠長な暇、俺にはないんだ。魔魅子が俺を待っている。
「まあ、神山さん。待ってください」
俺は右手でヤツを制する。とにかくイニシアチブを取って、この事件を終わらせるんだ。
「この事件、僕がもう既に解きましたから」
「何だって?」
驚く顔も、当然イケている。
「それではいきますよ。犯人は百パーセントの確率で――――」
「待った!!」
またしても神山に止められた。もう、なんなんだよコイツは。調子が狂う。
「なんですか?」
「・・・・君のそれはなしだ」
「え?それと言いますと?」
「それだよ、すぐに犯人を指名して、 事件を解決するヤツだ。そんなのは僕から言わせると邪道だよ」
そう言った神山の目は本気だった。
「全く持ってフェアじゃない。そんなもの探偵じゃないんだよ。そもそも、一体君は今何の捜査をしたというんだ。こんな、事件が起きたばかりの状況で、何で百パーセント犯人が分かるというんだ」
「いや、ですが神山さん。もう解決してしまっているんですから、それは仕方がないじゃないですか」
「君はいつもそうだ。毎回言っているじゃないか。何で僕の言う事を聞いてくれないんだ」
長い睫毛が俺を睨む。
「君は一人をあっという間に絞り込む事によって、その他の可能性を全て無視しているんだ。残された可能性は一体どうするつもりなんだ。そこに真犯人がいるかもしれないのに」
どうするつもりだと言われても、俺には「犯人」が分かるんだから、可能性もクソもない。
「まあいい、取り敢えずここは私が引き受けたよ」
「まあ、構いませんよ・・・・神山さんにお任せします」
そんなに言うのなら仕方がない。
俺は気を落とした―――振りをして俯いた。
「僕も君が憎くて言っている訳ではないんだよ、山之内君。それだけは理解して欲しい。いいね」
「はい、神山さん。ありがとうございます。僕の為に・・・・」
「山之内君・・・・」
俺が深々と頭を下げると神山は感動した様に何度もうんうんと頷いていた。
「さて、それでは皆さんいいですか、落ち着いて下さい。まずは館長、貴方は警察への連絡。そして、他の皆さんはこの場を離れないでください。ここにいる人達はこの洋館に宿泊されていた全員ですか?誰かいないだとか、増えているという事はありませんね」
神山は早速部屋の中の人間に対して長い講釈という名のクソを垂れ始めている。クソ野郎が。だが、よし、気を抜いているな。今だ、チャンスは!俺は奇襲をかける。犯人はそこの日置だ。思いっきり声を振り絞って一気に犯人指名を―――。
「百パーセントの確率で犯人はああ!!そこの日モゴ・・・・」
「わあわあわあわあわあ!!何やっているんだ山之内君!!言わせない。言わせないよ。わあああああああ!!!!」
口を手で覆われて、更に大声で俺の声をかき消す。何しやがるコイツ、滅茶苦茶だな。
俺は神山の手を振りほどいて叫ぶ。
「何をするんですか!」
「ダメだって言ってるじゃないか!その突然犯人を言うヤツは!」
「いや、ダメだと言われましても」
「やかましい!とにかく禁止だその突然犯人を言うヤツは!!」
俺もいい加減腹が立ってきた。何でコイツにこんな事を言われなくてはいけないのだ。
「いや、でも僕は今までずっとこの突然犯人を言うヤツで探偵をやってきたんですよ。これが山之内徹のスタンスなんですから、邪魔しないでください」
今更お前如きに文句を言われる筋合いはない。
「百パーセントだろうがなんだろうがダメなものはダメなんだ。そんな非合理的な探偵は絶対に僕が許さないぞ」
「僕が許さない」と来たもんだ。けっ、何が「僕が」だよ。
「まったくもってロジックに乗っ取っていない。君はそんな推理小説を読んだことあるかい?探偵が事件が起きた瞬間に突然犯人を言うようなヤツを?」
「どこか探せばあるかもしれないじゃないですか?突然犯人を言う探偵くらい。ほら、古畑とか、コロンボとか、徳永警部は最初から犯人が分かってますよ」
「あれは探偵自身が分かっている訳じゃないだろう。視聴者が犯人を分かっているだけだ。だから古畑もコロンボも徳永警部もすぐに犯人を犯人だと問い詰めたりはしないだろう。徐々に徐々に、根気よく捜査を続けて、最後にやっと犯人を追及するんじゃないか。それこそが見せ場なのだから。それなのに君はいつもいつも・・・・」
わなわなと身体を震わせ、俺を指差す。
「君のは推理とは呼べないよ!!!僕は認めないからな」
・・・・こいつは。推理とは言えないだって?当たり前だろうが。俺は犯人が分かっているだけなんだよ。推理も何もない。その場凌ぎのハッタリ探偵なんだよ。
「ですが、僕にも僕なりの理論が・・・・」
「よし、分かった」
「え?」
ここで神山は少し冷静になったように一度頷くと、ある提案をした。
「じゃあ、こうしよう。匿名だ。犯人は誰かは言わなくていい。犯人がいるとしよう。じゃあどうやって犯行を行ったんだ。トリックは?動機は?アリバイは?犯人だというならば、その裏付けは取れているんだろう、当然。裏付けもないのに無実かもしれない人を簡単に犯人扱いなんて、怖くて出来ないからね。それを聞かせてくれ。僕が納得したら、犯人を言うヤツをやってもいいだろう。さあ、早く。トリックは?動機は?証拠は?さあさあさあ?」
神山は俺の眼前でさあさあさあさあとまくし立てる。
マジコイツぶん殴りたいんですけど!!!!
俺が怒りで黙ったままなのを見下ろし、ヤツは満足そうに頷く。
「なあ、つまりそういう事なんだよ。君は危うい。見ていてハラハラするんだ。たまたま、今までは、百パーセント正解だっただけなんだからね。冤罪にも関わる事だ。疑われた人の人生は勿論。中学生である未来ある君にも当然関わってくる問題だよ」
正論だ。だが、そんなものクソ喰らえだよ。
「様々な仮定から、推論を重ねていき、更にその中から現実的なものをふるいにかけ、残った事象の裏付けを立証していき、残った可能性の証拠を探して実証する。それが本当の捜査であり、推理というのだよ」
頑張り屋で、真面目。全ての可能性を潰さないと気がすまない。これこそ消去法探偵。まさに俺の天敵だった。
だが、こいつの理屈など俺の知った事ではない。
犯人は日置で間違いないのだ。
兎に角犯人指名さえしてしまえば後は相手の動揺を窺いながら証拠を探したり、トリックを推理したり、ハッタリをでっち上げたりすればいいんだよ!
それすらコイツはさせてくれないのだ。
だから嫌なんだ!こいつはいつもいつも俺が犯人を指名しようとすると、こうやって邪魔しにかかってくる。
フェアじゃない。探偵の筋書きに則っていないといけないと、勝手にルールを決めて、俺を批判する。ノックスだかヴァンダインだか知らないが、俺はそんな知識一切ないんだからな。そんなに言うならルールブック持ってこい!!審判連れてこい!!
そして事態はますます最悪な方向に流れていく。
神山がうだうだ言っている間に警察が到着してしまったのだ。
なんてことだ。警察が来る前に終わらせようと思っていたのに。
最高速の迅速で、一秒もかからずに終わらせようと思っていたのに。
そしてその後の至福の時間をたっぷりと楽しもうと思っていたのに。
神山司ああああああ!!!!!!貴様、今日を何だと思っているんだ!!!!!!!
今日は魔魅子フェス日曜日なんだぞおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!
時計を見ると、十一時半を回っていた。ぐお、いかん。あと三十分でなんとしても終わらせなくては。




