日曜日
その日の日曜日、そうそれは日曜日。俺は、耀曜館という洋館を訪れていた。
ヨーヨー館だかYOYO館だか知らないがYO!!イエ―イ!!ヘーイ!!
ああ、頭からテンション高くて悪いね。
え?何故俺達がこんな何もない古びた洋館に来ているかって?馬鹿野郎!!!!!!!!!!!!??お前は馬鹿野郎か!!??そんな事も分からないのかよ馬鹿野郎!!もう!もう、もうぷりぷり。怒るよもうぷりぷり。仕方ないね!教えてあげるからね。決まっているだろう!
魔魅子フェスさ!!!!!!!!!!!!!!
この某県の某山深くの某平原で魔魅子フェスが開催!!!!なんとその期間はまるっと一週間。魔魅子だけで一週間である。最高のイベントだ!
特設ステージの巨大スクリーンで全話放送。声優による生ライブ。スタッフによる裏話。限定グッズ販売から、有名造形師による魔魅子フィギュアのチャリティーオークションまである。
ただ、それがこんな山奥の更に奥の平原で行われるという事は、魔魅子は世間一般では肩身の狭い思いをしている証拠だ。
それもこれも、監督を捕まえた少年探偵が悪いのだが。会場全体での「山之内徹死ね!」コールもイベント中にはあるらしい。というかフェスのタイトルにも組み込まれている。俺、やっぱりバレたら袋叩きかな。魔魅子愛は誰にも負けない自信があるんだけどな。
もしバレたらステージに上がって泣きながら土下座するしかない。俺はそう心に決めていた。
当然、真由美もついてきていた。俺は一人でも構わないと言ったのだが、真由美も行きたいと言い張った為、連れてきてやったのだ。
二部屋が予約出来なかったから、同じ部屋に泊まっている。
まあ、俺達は言ってみれば昔からの仲だし、兄妹みたいなもんだからな。風呂だって当然一緒に入った事あるし、最近だってこいつは俺のベッドにもぐりこんでくることだってあるんだし何も問題ない、全然問題ない。兄妹も同然だからな、逆に別の部屋にする方が変に意識するってもんだろう。普通に何も考えずに同部屋でいいんだよ兄妹みたいなもんなんだから。俺は何をこんな言い訳めいた事をつらつらと並べているんだ?
「あーあ、範人も来れば良かったのに」
「仕方ないよ。範平太君は塔子ちゃんとショッピングに行くって言ってたんだし。流石に塔子ちゃんを魔魅子フェスに連れていく訳にはいかないでしょう」
まあ、確かにそれはその通りだ。
というか、なんで塔子ちゃんは範人の家にいるんだ。
こういうのってやっぱりストーリーから言って俺の家じゃない?それか百歩譲っても、まだ真由美の家じゃん。
それが何故範人なのか。
塔子ちゃんもあの事件の後、俺達の町に帰りついて別れる時に、当たり前の様に範人について行ってたもんな。
俺あの時ほど「あれ?何で?」って思った事なかったよ。
これは確実に何者かによって俺の妹ハーレム生活が阻止されているな。きっと謎の組織に違いない。おのれ彩華め!
だけどさ、魔魅子フェスは一週間丸々あるのだ。一週間丸々だぜ!!??範人達も一日だけでも来ればいいのに。俺は少し寂しい気持ちで、空を眺めた。
「でも、真由美は興味あるのか?魔魅子?」
俺はベッドに寝転がりながら、真由美に聞く。
「うーん。内容はちょっとマニア向けではあるけど、キャラクターデザインとかは好きだよ」
「まあ、確かにキャラデザはなあ、かなり有名だからな」
そう、アングラ作品と名高い魔魅子だが、実はキャラクターデザインだけは名前が知れているのだ。
まあ、これは皆さん知っているよね。今浮かばなくても、聞いたら「ああ・・・・あの」ってなるから。それじゃあ言うよ。
そうだ、栗大和餡五郎だ!
な、知っているだろう。名前ぐらいは聞いた事あるだろう。本当、栗大和餡五郎さんって、有名だもんね。これは問題がちょっと簡単過ぎたかな。反省反省。
「それにフィギュアとかも、格好良かったり可愛いのがあるしね」
確かに女の子なら、そういうビジュアル的なものから好きになるかもしれない。魔魅子はストーリーは基本的に全く訳が分からないから、尚更だ。
「そういえば、フィギュアと言えば、昨日は師匠に会えて良かったな」
「ああ、明日夢さんね」
俺達のクラスメイトの上原明日香さんのお姉さん、明日夢師匠は女子高生でありながらフィギュアの造形師もやっていて、その世界ではかなり有名な人物なのだ。「明日夢コレクション」と言われて高値で売買されている。
そして魔魅子の大ファンでもある彼女は、今回の魔魅子フェスで行われるチャリティーオークションに出典する作品を作っていた。総生産数四体の貴重な作品だ。コレクターの連中にとってみれば、オークションこそがメインイベントと言っても過言ではない。
俺達はそのフィギュアを土曜日の昨日、明日夢さんから預かって、今朝本部へ届けてきたばかりだ。
どんなフィギュアかというと、魔魅子の右半身が邪神で左半身が豚の「豚魔魅子邪神バージョン」である。
第10話レア変身形態である。世の破壊の為、自ら邪神になる事を願ったがそれと同時に豚になりたいという魔魅子の心の奥底にある乙女心が変身に反映されて成した奇跡の姿。決して可愛いとは言えないそのグロテスクな姿だが、コアなファンの中ではかなりの人気があった。ちなみに俺も大好きだ。なんとも背徳的な醜さがあるんだよな。
俺はそれを近くで見る事が出来ただけでもう超大興奮。叫び放題の踊り放題だった。連日の事件の疲れも忘れて最高の気分となった。
「ていうか徹君。明日夢さんに一個余分に作ってもらったら良かったのに」
「いや、俺はそんなツテを頼るのも嫌だからな。今日のオークションで絶対に落として見せるぜ。自らの手でな」
まあ、実際は俺の小遣い程度では無理だろうが、やれるだけはやってみるさ。ほら、参加する事に意義があると言うだろう?
「でも、明日夢さんも参加したかっただろうけどな。なんせ自分の作品のオークションがあるんだから」
「仕方がないよ、明日夢さんは。明日香さんが津村君を家に連れてくるんだから。家族全員で待っていないと」
明日夢師匠が来れない理由。それは妹の彼氏が家にやってくるから。着々と仲を深めていく津村君と明日香さん。俺も友達として嬉しい限りだ。
「というか、津村君。どう自己紹介する気なのかな」
「付き合う事になった、経緯だよね」
真由美が微妙な表情をする。多分俺も似た様な顔をしている筈だ。
「はじめまして、津村明です!娘さんのブルマを盗んだ事がきっかけで交際を始めました」とは言えないよな。流石に。
だが、真由美が首を傾げながら、とんでもない事を言いだした。
「あれ、でも明日香さん言っているんじゃなかったっけ。彼氏が出来たと報告した時に、その一連の流れを」
「マジで?何で言うの?明日香さん」
馬鹿じゃないの。
「明日香さんが、『学年一位の頭脳を駆使してまで自分のブルマを盗もうとしてくれた、その心意気にブルマだけじゃなく、心まで盗まれちゃった。えへへ』ってお父さんとお母さんと明日夢さんの前で惚気ちゃったんだって、教えてくれたような」
「言ったの!?それ本当に言っちゃったの?」
「そりゃあお父さんはカンカンらしいよ」
「そりゃそうだろうよ」
ブルマ泥棒が彼氏なんて、許せないに決まっている。厳しい親なら尚更だ。凄い剣幕で怒っているだろう。
「ブルマはあげても娘はやらん!って凄い剣幕で怒っているらしいよ」
「ブルマはいいんだ!そこは許すんだ!」
寛容過ぎる。なるほど。そんな親あっての娘ありなんだな。感覚が普通とは違い過ぎる。
ブルマは親公認なわけだ。津村君、つくづく羨ましいな。
「でも、明日夢師匠と津村君の会話とかさ」
「想像つかないよね」
俺と真由美は目を見合わせて笑いあう。
「明日夢師匠、あれで明日香さんにべったりだから、一言も口利かないかもな」
「はは、それじゃあ明日夢さんがどう思っているのかよく分からないよね」
「まあ、普段と変わらないか。それって」
「そうだよね」
明日夢さんは普段から何を考えているのかよく分からない所があるからな。
俺と真由美はひとしきりその会話で盛り上がる。
「あ、徹君。もうそろそろ時間じゃない?」
時計を見ると、十一時を回っていた。魔魅子フェスは正午からだから、今から出てゆっくり歩いても十分間に合う。
「ああ、そろそろ出るか」
俺はベッドから立ち上がると大きく伸びをして、天井に向かって叫ぶ。
「ああ、今日だけはマジ勘弁して欲しいぜ!!頼む!!事件よ起きないでくれ!!」
俺はいい加減、連日起きる事件に頭を悩ませていた。
全体的に大して難解な事件じゃないから解決にそんなに時間がかからないのがまだ救いだが、それでも疲れるものは疲れる。
そしてその殆どの原因が彩華に違いないと俺は確信していた。
ヤツの所属する「謎の組織」から刺客的なヤツらを送りこんできているのだ。
周りには「コナン君現象」だと言って嘯いていたが、そういうことだったのだ。
世の探偵達の周りで必ずといっていい程事件が起こるのは、どこかで謎の組織が暗躍していたからだったんだな。世間一般では「探偵がいるから事件が起こるのではないのか。探偵が洋館だとか豪華客船だとか古旅館だとか遺産相続だとかに近づくんじゃないこの人殺し!」と罵声を浴びせられていたが、探偵が悪いのではなかったのだ。全ては組織の所為だったのだ。
俺は世界のからくりを知った気分だった。
ただ、最近は本当、目に見えてエスカレートしてきている。彩華め。
まあ、可愛いから別に良いんだけどさ。あー、折角だから魔魅子のコスプレしてくれないかな。ステージ上がったらマジ盛り上がるぜきっと。
だが、今日だけは、今日は!頼むよ。
「確かに今日ぐらいは何も起きなくてもいいかな。魔魅子フェス、日曜日だもんね。最高に盛り上がるよ、きっと」
「そりゃあそうだろうぜ。日曜日だぜ!明日夢師匠のフィギュアオークションもあるし!!今日が他の日よりも一番盛り上がるに決まっている。ベストオブ魔魅子フェス日和だぜ!!」
俺が快活に叫んだ、まさにその時だった。
――館中に大きな悲鳴が響き渡ったのは。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
俺はうんざりして宙を仰ぎ見る。
真由美も流石に苦笑いを浮かべている。
おいおい、また事件かよ。連日、よくやるよ。
俺は最悪の気分だった。
悲鳴の上がった部屋の名前は「日暮の間」というらしい。
扉が開かなかった為、何人がかりかでドアを壊して入った。
すると中には宿泊客の一人が胸をナイフで刺されて死んでいたのだ。
騒然となる現場。殺人事件発生である。
くそー、起きてしまったか。だが、起きてしまったのなら、仕方がない。
よし!!魔魅子!!魔魅子!魔魅子!魔魅子!!ファイト!!
気合を入れ、こうなったら俺のやる事は一つしかない。
俺はいつもの様に、いや、いつもより迅速に且つ冷静に周囲の人間の額を確認してまわる。
――いた。
目標は直ぐに見つかった。犯人はあいつだ。
一人の青年の額に「犯人」という文字が浮かんでいた。
あいつは、確か昨夜食堂で少し話をした男だ。名前は、日置と言ったな。
よし、犯人が分かればモタモタしている暇はない。速攻で解いて魔魅子フェスへと向かわなくては。
一応状況的には密室殺人みたいだが、一体どういうトリックを使ったのかはいつもの如く分からない。だが、ここはとにかく犯人指名だろう。そこから後はいつもの様に犯人の顔色を見て、挑発したり、罠を用意したりの、ハッタリ勝負だ。
「皆さん、分かりましたよ」
俺は見も知らぬ宿泊客達にいきなり声を掛ける。全員が俺を振り返る。
さっさと終わらせてやる。
「謎は全て解けた」
俺は片手を挙げ、ピタリと止める。そしてそこから孤を描き―――犯人に向けて
「百パーセントの確率で言います。犯人は・・・・」
人差し指を振り下ろす―――!!!
「ちょっと待った!!!」
そこで、何者かの声が「日暮の間」へと響き渡った。
何だ?どうした?俺は行き場のなくなった腕を下ろす。
他の皆も同様に驚いている。
一体、その声の持ち主は誰なのか。
俺達は声のした方を振り向く。
その人物は扉の正面に立っていた。つまり俺の真後ろ。逆光でよく見えないが、白いタキシードを着ているのが分かった。
白いタキシード?
あれは・・・・。
あいつは・・・・。
よりによってこんな大事な日に・・・・。
俺は最悪の気分になった。
最悪だ。最高に最悪だ。
「待ちたまえ山之内君。まだ事件は始まったばかりだぞ」
凛とした声が部屋に響く。
その声を聞き、俺の最悪の予感が現実となった事を知る。
悠然と、物語の主人公の様に前進してくるその人物。
白タキシードのイカレたヤツ。
そいつは、俺の最大のライバル。
というか、障害。
というか、邪魔者。
消去法探偵、神山司の登場だった。




