小中野彩華の憂鬱
何故だ。何故こうもうまくいかないのかしら・・・・。
バクの絵が百匹程描かれた学習机の前で彩華は一人、俯いていた。
机の上にはメールで届いた「打倒少年探偵!!耀曜館、ノンストップ!一週間連続密室殺人事件」の報告書がプリントアウトされて置かれている。月曜日から日曜日まで、曜日順に1枚ずつ、計7枚である。
彩華はその報告書を初日の月曜日から順に読んでいったが、火曜日、水曜、木、金、土と、読み進めれば読み進める程、苛立ちが募っていった。
彩華の放った刺客達は、全滅だった。まさに秒殺という言葉が相応しい。
何故だ。確かに種がばれたら簡単なトリックを参考にしているので、完全犯罪が出来るとは思っていなかったが、こうもあっさり、しかも事件発覚とほぼ同時で追い詰められるなんて。
事件発生から犯人発覚まで5分以上かかった事件がないとは、彩華にとって屈辱以外のなにものでもなかった。このままでは組織の中でも風あたりが強くなってしまうではないか。
今回の刺客にはそれぞれ、個人の力量にあった、特に悪くないトリックを与えたつもりだ。それをあの生意気な少年探偵は犯人指名すると同時に一気に問い詰め、犯人はことごとく逮捕されていっている。
ただ、土曜日に関しては彩華も悪ふざけが過ぎたと反省している。少しおふざけで銅像になれと提案してあげたら、やる気満々で本当にやるものだから、その部分に関しては報告書を読んで彩華は大爆笑した。久しぶりに涙が出る程笑った。
捕まった犯人が「私は銅像だ。俗世のいかなる揉め事や諍いにも関心もなければ、関係もない」と言い張っていたという部分では腹がよじれる程笑って、しばらく動けなかった。
どれだけ銅像にのめりこんでいるのだ、あの男は。いやはや最高だ、あいつは。ともすれば幹部候補にもなれたかもしれない。あんなぶっ飛び方は、凄く組織に向いている。
それはさておき。
彩華は考える。何故こうも簡単にあの少年探偵には犯人が分かってしまうのだろうか。それに普段から事件解決は早い方だと思うが、この耀曜館でのスピードは速すぎる。先程も述べた通り、どの事件も5分もかかっていないのだ。
そう言えば、一部マニアの内で熱狂的人気のあるアニメのフェスティバル(そのアニメの監督とは知り合いである。彩華は主人公のモデルも担当した)が近くで一週間行われて
いるらしいが、まさか山之内がそのフェス見たさで高速解決をしている訳でもあるまい。まさか、馬鹿らしい。ありえない。彩華は愚かな考えを一蹴した。
ならば一体彼に何があったのか。
ひょっとすると自分が謎を与え過ぎたのかもしれない。耀曜館の以前から、彩華は一日一謎という具合に何度も山之内に事件をぶつけてきた。その修羅場を何度もくぐりぬける事により、逆に山之内を成長させてしまったのかもしれない。
どのみち、今のレベルの謎では、歯牙にもかからないという事だ。
彩華は焦燥感と共に、親指の爪を噛んだ。
月曜日から土曜日を読んだのであと残っているのは、最後の日曜日だけ。
だが、日曜日の日置に与えたトリックだって他の曜日と比べても別段突出している訳ではない。同じレベルの密室トリックだ。
どうせ他と変わらず5分以内でケリがついているのだろう。
彩華は特に期待もせずに報告書をデスクから拾い上げた。
――おや。
報告書を見て、彩華は思わず身を乗り出した。
なんと、日曜日は解決までに八時間以上かかっているのだ。
勿論、最後に日置は捕まっているので、探偵を破っている訳ではない。
だが、頑張ったではないか。
他の曜日と比べたら、それこそケタが違う。大健闘だ。
――あの探偵も、最終日は苦戦したんだな。
それを思うと彩華はつい嬉しくなって、ニヤニヤ笑ってしまう。
彩華は日置にどんなトリックを授けたのかを思い出す。
確か耀曜館の「日暮の間」で殺人が起きた様に思わせておいて、実際は隣の日置の部屋で殺害していたという、部屋の誤認トリックを授けたのだった。
この使い古されたトリックが、一体何故これほどまでに探偵を悩ませたのか。
ひょっとしたら、この事件に何かあの探偵に関する攻略法が隠されているのかもしれない
きっとそうに違いない。
そうして彩華は椅子に背筋を伸ばして座り直し、気を引き締めて日曜日の事件の報告書を読み始めた。




