土曜日 事件後 大屋圭吾
少年探偵、山之内徹が「耀曜館」で遭遇した、11月15日(月曜日)から20日(土曜日)に渡って起きた連続密室殺人事件を、フリー記者である大屋は全て目撃していた。
だが、今回は先月の某村の悲しい事故(超越探偵 山之内徹第三話「無能探偵のススメ」参照。実際は殺人事件であったのだが、大屋はその事実を知らない)とは違い、山之内を追いかけて耀曜館に来ていた訳ではなかった。
しっかりとした、取材である。
馴染みのアニメ雑誌編集者から頼まれ、一部マニアに熱狂的な人気を誇るアニメのイベントを大屋は取材にきていた。開催場所が某県の某山深くの更に奥にある某平原で行われる為、その近隣である耀曜館に大屋は滞在していたのだ。なんと驚くべき事にそのアニメイベントは、一作品だけで丸々一週間通して行われるのだ。
それも重なり、ここ数日間、大屋は忙しい身であった。
耀曜館を訪れる前日にもまた別件の取材をしていた。
これは都市情報誌の雑誌社からの依頼で、来月某県に新オープンするテーマパーク「オリエンタルランド」の取材である。
まだ試運転中の「オリエンタルランド」の目玉アトラクションを幾つか周り、自ら概要をメモした。絶叫系に弱い大屋には厳しい仕事だった。
それからすぐにアニメフェスの為に耀曜館に移動し、大屋は偶然、少年探偵の山之内徹とその幼馴染、川原真由美を発見したのである。
洋館と山之内徹である。
大屋は不謹慎にも事件の発生を期待せずにはいられなかった。お約束にもれず、事件は当然の様に起きた。それも連日である。
今回の連続密室殺人事件も大屋は電子メモを走らせて観察していたのは言うまでもない。
物言わぬ観察者として事件を見ていた大屋が考察する、今回の特筆すべき点。
それは山之内の事件を解くスピードであった。
確かに山之内はいつも犯人を指名するのは早いが、今回は更に、そこから犯人を追いつめる事がいつもより増して早かったのだ。
普段は犯人指名の後、幾らかの犯人との攻防があり、最終的に決定的な証拠で追い詰めるというやり方だが、今回は犯人指名とほぼ同時に追い詰め、観念させていた。
出てきた首根っこを一瞬で掴み、絶命させる。山之内からは達人を彷彿とさせる、鬼気迫るオーラなるものを感じた。
その事に大屋は山之内少年の成長を感じた。先月の某村での事故が原因なのだろうか、と考える。
だがあれは事故なのだから、山之内を責めるのはお門違いである。それでも、例え事故においても、自らが責任を感じる中学二年生の少年に大屋は尊敬の念を禁じえなかった。
大屋はなんとしても山之内と話がしたかった。
実の所この連日、山之内は事件を解くとあっという間に玄関を飛び出し、どこかへいなくなっていたので、大屋には話しかける隙が一切なかった。
あれだけ急いでどこへ行っているのだろうか。まさか、アニメフェスの為でもないだろうとは思うが。時折フェス会場で山之内らしき少年を見かけた様な気もしたが、気のせいに違いない。きっと彼の事だ、また別の事件でも抱えているのだろうと、大屋は想像して、少年の様に心を躍らせた。
そして、大屋がようやく山之内に話しかける事が出来たのは、大屋が来てから六日目。その日は大屋が滞在する最終日、土曜日の事である。次の日の日曜日はまた別の取材が入っていた為、この日が山之内に話しかける最後のチャンスだった。
山之内は「土田源太郎の間」の事件を解いてから、ここ数日の慣例通り、猛スピードで耀曜館の外へと飛び出して行こうとする。
今日でこの地を去らなくてはならない大屋は意を決して山之内に話しかけた。
「あ、待ってくれ、山之内君、真由美ちゃん」
大屋の呼ぶ声に山之内は玄関の前でピタリと止まると、すぐに振り向いた。
「あ、貴方は」
山之内は大屋の顔を認めると驚きの声を上げ、名前を呼んだ。
「大手柄ソドム彦さんじゃないですか」
「・・・・大屋だよ。大屋圭吾」
大屋は苦笑いを浮かべて訂正する。毎度の如く山之内少年の洒落で、大屋の名前は忘れたふりをされるのだ。だが、あの天才中学生探偵山之内徹に冗談を言われて正直悪い気はしなかった。
「あら、記者さんじゃないですか。偶然ですね」
山之内の幼馴染の真由美が笑顔で話しかける。
「ああ、真由美ちゃん。こんにちは。実は月曜日から来ていたんだよ。アニメフェスの取材さ」
「ええ、そうなんですか、ていうかそれってもう六日前じゃないですか。声ぐらいかけて下さいよ」
「ああ、そうしたかったんだけど、君達はいつも事件を解いたらすぐに外へ飛び出していってたろ?僕は僕でアニメフェスの取材もあったからね。なかなか話しかける機会がなくて」
「そうなんですか。でも、本当、奇遇ですね」
「ああ」
大屋は確かにと深く頷いてみせる。そして、その流れで山之内に聞きたかった事を訊ねる。
「ところで山之内君。今回はどうしてこんな場所まで?まさかアニメフェスに来ていたなんて事はないだろうけど」
「ははは!まさか、そんな僕がわざわざこんな場所まで『世紀末魔彼女カタストロフ魔魅子よ永遠に~忘れられた刻、禁じられた場所、その慟哭も嘆きも苦しみも憎しみも全てこの地に伏せよ。さらば魔魅子、そしてありがとう、初めまして。ここからはじまる新たな魔魅子の伝説。某県の中心で魔魅子を叫ぶケモノ達の集い!山之内徹死ね!!突っ走りまくって反吐を吐け野郎共!!OneWeek!!!!』などに参加する筈がないじゃないですか。もう、嫌だなあ。そんな子供じゃありませんよ僕は。はっはっはっは!」
大笑いしながらアニメフェスの正式名称を口にして否定する
確かに、そんな筈はないか、と大屋も大笑いした。
「まあ、野暮用といいますか、そんな感じですよ」
二人は耀曜館に所用で来ているとの事である。山之内が詳細について言葉を濁していたので、やはり警察から協力要請を受けた何らかの事件の調査である事は間違いない。
更に話を聞くと、山之内少年の周りでは最近、事件ばかりが起きて困っているらしい。
先月の某県某村の村長死亡事故を皮切りに、かなりの頻度だそうだ。
耀曜館に来る前日や前々日、道中の列車の中でも起きたという。大屋も目撃した通り、この耀曜館でもひっきりなしに山之内は事件に巻き込まれている。
山之内はそれも探偵の特殊能力「コナン君の掟」だと笑っていたが、流石に頻繁過ぎる為だろう、当人も些か疲れ気味であった。
だが、何よりも注目すべき点は、それらの事件を山之内はことごとく解き尽くしてきたという事実であろう。少年探偵の無敵ぶりを印象づけるエピソードでもある。
大屋は自分もそれら他の事件現場に居合わせたかったものだと心底思った。本音としては山之内専属の記者になりたいが、そうもいかない。自分の様な特に能力もない人間がいても、邪魔になるだけだろう。それは理解していた。
ひょっとすると、それらの頻発する事件の経験値で、山之内は今回の様に高速で事件を
解く技術を身に着けたのかもしれない。そうに違いない。それ以外にあれ程あっという間に事件を解く理由が、切羽詰まった理由が大屋には思いつかなかった。
とはいえ月曜日から順に連続して起こる全ての事件をいつもの様に電子メモで記して、大屋は満足ではあった。右手に持っているデータの詰まった電子メモを見つめる。
山之内がそんな大屋の手元を眺めながら言った。
「石コ・・・・記者さんの電子メモって、真由美のおじいさんの会社の商品ですよね」
「ああ。そうだよ。最新機種さ」
大屋は誇らしげに電子メモを掲げる。
「これって凄いですね。検索機能もついている機種じゃないですか」
「記者さん。いつもご愛顧ありがとうございます」
真由美が嬉しそうに頭を下げる。
「いやいや。性能が良いから使っているだけだよ」
大屋は本音を言って更に真由美を喜ばせた。
「そもそも僕は二十年前から『川原電機』の電子メモのヘビーユーザーでね。新機種が出るとデータを移し替えて使用しているんだ」
「へえ、じゃあ初代から使っているんですね。凄いデータ量なんじゃないですか?」
「ああ。でも今持っている新機種のデータ総容量に対して、半分しかメモは入ってないんだよ。宝の持ち腐れも良い所さ」
「そうなんですか」
大屋は恥ずかしそうに頭を掻いた。
「へえ、今回取材したアニメフェスの内容が書いてあるんですね」
そう言ってしばらく大屋の電子メモを見ていた山之内が、
「おや」
とある事に気付き、指摘を始めた。
「ああ、記者さん、ここの文字が間違っていますよ。『脚本家の鬼瓦萬吉』と書かれてますけど、『鬼瓦満吉』ですから。『萬吉』表記の場合は舞台の脚本を書く場合です。あと『5話の変身シーンは22分20秒』になっていますけど、これは『21分34秒』です。ネットの情報でも2つに別れていますが、『22分20秒』は、CM込みの時間なんです。あと、ここのブースにあった魔魅子脳味噌汁と、魔魅子血みどろたくあんの屋台の地図の場所が入れ替わっています。こういう誤表記って雑誌に載るとネットとかで鬼の首取ったかの様に散々叩かれますから、書き直しておいた方が良いと思いますよ。あと今ざっと見たところ他にも24ヶ所程間違いがありましたので、また後で教えますね」
「ああ、すまないね」
大屋は饒舌な山之内の前に、少し戸惑いの表情を浮かべながら礼を言った。
「どうかされました?」
「いや、随分詳しいなと思ってね」
「いいえ、これくらい探偵として知っておく最低限の知識ですよ」
そういうものか。確かに探偵に広い範囲での知識は大切である。大屋は山之内の言葉で完全に納得がいった。
そこで山之内が首を傾げ、電子メモにある地図ファイルを指差し、尋ねてきた。
「記者さん、これは?」
それは先日大屋が取材した、新テーマパークの地図だった。アトラクション毎、横に「スリル満点!」等と感想が記されている。
「ああ、それかい。それは新しく出来るテーマパーク『オリエンタルランド』の地図さ。アニメフェスの前に取材で行ってきたんだ。まだ一般公開されてないからね。貴重だよ」
「そういえば、来年辺りに出来上がると、ニュースで言っていましたね」
「徹君、出来たら私行きたい!ねえ」
「そうだな、一度は行ってみてもいいか」
「やった!約束だからね」
大喜びで飛び上がる真由美。微笑ましい姿に思わず大屋にも笑みがこぼれた。
「ええと、記者さんは今日帰られるんですか?」
真由美が訊ねる。
「ああ、今日のアニメフェスの取材が終わったらね」
「そうですか、明日までいればいいのに」
「はは、ありがとうね」
お世辞でも嬉しく思い、大屋は微笑んだ。
「残念だけど明日も取材なんだ。某県会議員への取材なんだけど」
「へえ、珍しいですね。記者さんがそんな真面目な取材をするなんて」
真由美の無邪気な言葉に今度はグサッと胸を刺される大屋。言い訳の様に口を開く。
「はは、僕は基本的にどんなジャンルでも取材するからね。只々、メモしているだけだけどね。記者仲間からは『メモの大木』と言われているよ」
大屋の言葉に山之内がふふ、と笑った気がした。
「で、次に取材する政治家。細山田太光という人なんだけど、知っているかな」
そう言って事前に入手した名刺を差し出す。山之内は特に興味もなさそうにそれを受け取った。
「最近よく名前を聞くよ。新進気鋭の県会議員でね。徐々に影響力を広げていってるんだ。『オリエンタルランド』も細山田議員の発案だよ。『地域の活性化』らしい」
「へえ。まあ、選挙権を得たら、また思い出しますね」
大屋が渡した名刺を一瞥して、直ぐに返した。
「その政治家さんは、今どちらにいらっしゃるんですか?」
真由美が名刺を指差して、聞く。
「今日は、某府で講演会らしいから、そのまま会いに行くんだ」
「某府??また遠い所ですね」
真由美が目を丸くする。
「ああ、だから今日はアニメフェスの取材が終わったら電車に乗って空港まで行くんだ。朝まで待って、朝一で某府まで発つ。取材が終わったらとんぼ帰り、別の取材があるんだ。新しい動物園の」
「はあ、なんだかんだで凄いんですね。記者さんって」
「どこでも行くよ。興味のある事なら。全国津々浦々。勿論、仕事でもね。最近はそっちの方が多くなってきているけど。本当なら今は一年程山之内君に密着取材したいくらいなんだ。全ての取材をキャンセルして、そうしようかなんて、本気で思っていたりするんだけど」
「ははは、ご勘弁を」
流石の山之内もこれには苦笑いするしかなかった。
その後、いつもの様に山之内から帽子を取られたり、好きな漫画のキャラクターについて質問をされるという一連のフレンドリーな流れがあり、時計を一瞥した山之内は真由美にそわそわと声を掛ける。
「ほら、真由美、そろそろ行くぞ。今日はなんてったって・・・・あれだろうが。ほら、あれだ。その、事件だ」
「はいはい」
気もそぞろといった風に真由美を急かす山之内。やはりこれから事件の捜査らしい。
「ああ、呼び止めて悪かったね。それでは」
――また、どこかで。
「山之内君、真由美ちゃん」
大屋が山之内達を見送ろうとしたその時、二人を再び呼び止める声が上がった。
二人の進行方向である玄関に、一人の女子高生が立っていたのだ。
長い黒髪にモデルの様にスラっとしたスタイル。整った顔立ち。セーラー服を着ていなければ、もっと年上に見えてしまうだろう。町を歩けば誰もが絶対に振り返る程の美人である。
――この子は一体誰だろうか。
大屋がそう思った次の瞬間である。
山之内がその女子高生を認めると、爛々と目を輝かせて叫んだのだ。
「師匠!」
――師匠?
「ああ、山之内君」
「師匠!!どうも。どうしたんですかまた?」
にこやかに微笑む女子高生と、満面の笑みで歩み寄る山之内。
師匠?山之内の師匠だと?一体何の師匠なのだろうか。
大屋は、あんなに嬉しそうに誰かに駆け寄る山之内を初めて見た。
「いや、少し野暮用があってね」
「師匠にまた会えて、嬉しいですよ!」
ほう、と大屋は目を見張った。
もしや、山之内の探偵の師匠だとでもいうのか?まさか。だがあの態度は尋常ではない。羨ましい程の慕われぶりである。というか真剣に羨ましかった。
山之内の師匠。そんな存在は今まで聞いた事がない。
大屋は早速、電子メモを立ち上げた。
片手でタイプしながら師匠と呼ばれた女子高生を見る。何度見ても本当に綺麗な子だな、と思った。
真由美も美人だが、やはりまだ中学生。どちらかというと可愛らしさが勝っている。町行く人も真由美を高校生とは間違えないだろう。
だが、師匠と呼ばれた女子高生は、大学生と言われても大屋は疑わない。これが中学生と高校生の差なのか。それとも真由美と師匠の差なのか、それは分からない。
だが、兎に角今は何はさておき山之内の師匠発言だ。大屋はいまだかつて山之内程の探偵を見た事はない。その師匠ともなると、想像もつかない頂きの話の様に思えてくる。
「この一週間ほど、大活躍だったそうじゃないか」
「まあ、師匠のおかげですよ」
「何を言っているんだいまた君は。ははは」
「はっはっはっは」
山之内がこんなに無邪気に笑うなんて。いつも大人びている名探偵が、まるで等身大の中学生である。
「セーラー服がお似合いで。僕初めて見ましたよ?」
「ああ、そうだっけ?いつも会う時は私服の時ばかりだもんね」
その発言からすると、いつもは家にお邪魔しているのだろうか。プライベートの仲というわけだ。
大屋が見た事ないというのもそういう理由か。まさか彼女は、安楽椅子探偵?
いつもは家に籠っていて、山之内が困った時に彼女に相談に行っているのかもしれない。
ブレイン的存在。だが、何の証拠もない。それは全て大屋の妄想であった。
考えれば考える程分からなくなる。
――ようし。
大屋は思い切って山之内本人に訊ねてみた。
「山之内君。彼女は・・・・」
「ああ、この方は僕の師匠ですよ」
「師匠、なんだね」
やはり師匠で間違いはないのだ。あと問題なのは、何の師匠なのかという事である。興味が膨らみ過ぎた大屋は、更に我慢出来ずに聞いてみる。
「ひょっとして、探偵の師匠かい?」
「ふふふ、どうでしょう」
含み笑いで答えをはぐらかす山之内。
――ちくしょう!!
焦らしてくれる。柄にもなくムキになる大屋。心の中であろうと、ちくしょうと叫んだのは、多分十年ぶりであろう。山之内の事となると、何故だか知りたくてたまらない。一体どうしてしまったのか。大屋は自分でもよく分からなかった。
真由美も同じ様にニコニコするだけで、何も答えてくれない。この反応はどうなのか。いや、多分、これは本当に探偵の師匠なのだろう。きっとそうに違いない、大屋は何の確証もなく、確信を持った。
「で、師匠。今日はどうしたんですか?」
「ああ、実はね山之内君。届け物さ」
そう言うと師匠は大屋を軽く一瞥した。そして少し申し訳なさそうな顔でウインクをしてきたのだ。その色気のある所作にドキっと心臓が波打つ。どうやら大屋には少し見られたくないものらしい。席を外してくれと言っているのだろう。大屋は師匠に片手を軽く上げ、了解のサインを出すと、二人に背を向け、少し離れた。
「うおおおおお!!!!!それは!!!!」
すぐに、山之内の雄叫びが響いた。
大屋は思わず振り返ってしまった。その時、山之内の肩越しに小さな人形の様なものが見えた。
――あれは何だ?人形?
それは女神と豚を半分にしたような奇抜な人形だった。確実に呪われているそのフォルムに大屋は言いようのない嫌悪感を覚えた。
師匠と山之内の二人の会話は、遠くてよく聞こえない。
ただ興奮した山之内の「凄い!!」「師匠最高!!」という叫び声だけが頻繁に聞こえてきた。まさに狂喜乱舞。師匠に抱き着きかねない程の勢いである。
見ると実際抱き着いていた。更に額と額がくっつくほどの顔の距離まで近づいていた。照れた様に笑いながら離れる師匠の顔に、少し女の子の一面が覗かれる。その表情もまたなんとも魅力的だった。
――山之内君も、罪つくりな少年だな。
だが、山之内があれだけ喜ぶ人形である。ひょっとしたら今回山之内が極秘で扱っている事件の、重要な証拠品なのかもしれない。そうだ。そうに違いない。あれ程奇怪な姿をしている人形だ。人が二桁死んでいてもおかしくないだろう。それならば、部外者であり
記者でもある大屋に見せられないのも合点がいく。合点がいき過ぎる。だが、師匠は何故大屋が記者であると分かったのだろうか。大屋はまだ名乗ってさえいないのに・・・・。いや、山之内徹の師匠なのだ。それぐらい息をするよりも簡単に分かるに違いない。
きっと大屋の額に「記者」と書いてあるのが見えているのだろう。
「さあ、それでは行こうか山之内君」
「はあい!!お姉さま!!えへへへへへへへへへへ!!」
最強にデレデレ顔の山之内。
なるほど。大屋は最早一切の疑いもなかった。
今から彼らは事件現場へと赴く。そしてこの師弟コンビで、事件を解決するのだ。
大屋は明日の政治家、細山田太光への取材等丸ごと投げ出して、彼らについて行き、詳細を全てメモしたい衝動に喉を掻き毟られたが、大人の責任を鑑みて、なんとか、拳をグッと固く握り、歯茎が割れんほど歯を食いしばり、堪えてみせた。
――いや、名探偵山之内徹の師匠か。凄いな。さぞや名のある探偵なのだろう。
「それじゃあ記者さん。僕達はこれで」
山之内が大屋の下へと戻り声を掛け、今度こそ立ち去ろうとする。それを大屋は再び制止する。
「あ、山之内君。最後に一ついいかい?」
「なんでしょう」
なんとしても、師匠の名前だけは聞きたかったのだ。
大屋は師匠を指差そうとしたが、師匠は大屋をじっと見つめていた。あれでは少々指を差しにくい。面と向かって人から指差されるのは良い気持ちがしないだろう。
なので、山之内の身体に隠れて、師匠には見えないよう、つまり山之内の身体を貫通させるように、大屋は彼女を指差した。
「ええと、その、あの、最後に、その、師匠の名前を教えてくれないか?」
「ああ、いいですよ」
山之内が最高の笑顔で、何とも誇らしげに答える。
「師匠の名は上原明日夢。明日夢師匠と言います」




