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超越探偵 山之内徹  作者: 朱雀新吾
第四話 超越探偵と七つの密室と消去法探偵神山司
25/68

土曜日

 2011年11月20日。土曜日。某県の山深くにある古びた洋館「耀曜館」で殺人事件が起きた。


「土田源太郎の間」から悲鳴が響き、それを聞きつけた残りの宿泊客が部屋を訪れる。

 部屋には中から鍵がかかっていた為、館長の持っているマスターキーで鍵を開けようと思ったが、館長は前日逮捕されていたし、後任の新館長は赴任早々の殺人事件に気を失いかけていて使いものにならなかったので、結局三人がかりで無理矢理扉を突き破った。

 部屋の中を見て、人々は思わず息を呑む。

 そこには宿泊客の一人がナイフで胸を刺されて絶命している姿があった。

 

 騒然となる現場。殺人事件が発覚した。


 すぐに警察が来て、捜査が始まるだろう。


 そして、気が付く筈だ。ある事実に。

「土田源太郎の間」がどう考えても密室であるという事実に。


 窓にも、扉にも、死体にも、凶器にも、二階にも、隣の部屋にも、何一つ、人為的な仕掛けは存在しない。更には昨日ここ耀曜館ではマスターキーを使った犯行があったばかりなので現在マスターキーの扱いは厳重になり、一人で管理するシステムを取っていない。

 

 人々は、どうやってこの密室を作り上げたのかを考え、考えて考えてそれでも辿り着けず、思考の袋小路にはまる。

 

 犯人である土田はそれを想像するだけで笑いが止まらなかった。

 

 「土田源太郎の間」で土田は憎いアイツの胸をナイフで刺した。つい先程の出来事だ。

 

 殺す直前、アイツは大きな悲鳴を上げたので、すぐに部屋に他の宿泊客がやってきた。

 だが、土田はそうなっても一切慌てなかった。

 

――ふふふ。俺は逃げも隠れもしない。

 

 土田はまだ「土田源太郎の間」にいた。

 逃げる事なく、中から鍵をかけ、自らは皆を待ち構える。これで最高の密室の完成であった。

 かといって土田はクローゼットやベッドに隠れている訳ではない。そんなコソコソと男らしくない真似は絶対に、死んでもしない。

 堂々と部屋の中で直立していたのだ。 

 

――全てはこにゃきゃにょしゃいきゃさんのおかげだ。

 土田はアイディアを授かった相手に、心から礼を述べたい気分だった


 土田は「人を殺したいです。バレたくありませんが、コソコソするのも大嫌いです。人を殺して堂々としていても、バレない方法を教えてください」という相談をYAPOO知恵袋に書き込んだ。直ぐに「こにゃきゃにょしゃいきゃ」さんというユーザーから返信があった。

――そんなあにゃたにぴったりにょトリックがあります。まあ、あたしに任せなさいにゃ!


 それからこにゃきゃにょしゃいきゃさんはあっという間に全ての段取りをつけてくれた。この耀曜館も、相手の誘い出しも、面倒事は殆どである。土田はトリック以外の準備を何もしなくて良い状態であった。

 館長とも知り合いらしく、便宜を図ってもらい、今回のトリックに欠かせない「土田源太郎の間」をあてがわれた。

 なにやら昨日、殺人事件の犯人としてその館長は捕まったらしいのだが、土田は特に気にしなかった。段取りさえ整っていればそれで良い。小さな事は気にしない。土田は男の中の男だった。


 耀曜館では「土田源太郎の間」だけが他の部屋よりも格段にランクの高い、VIPルームである。

 それに相応しく他の部屋にはない「土田源太郎の間」にだけ特別に設置されているものがあった。

 耀曜館創設者、土田源太郎の銅像である。

 VIPルームでは創設者自らが客を出迎え、ずっと傍にいてくれるのだ。過去にはあの有名な漫画家の柊ポン太郎先生やあの有名な小説家の雲国彩蔵先生等が宿泊したという由緒正しい歴史をもっている。


 そして現在、その土田源太郎の銅像こそが、土田であった。


 土田はその銅像にすり替わっていた。


 全身に銅褐色のペンキを塗り、土田源太郎像と同じ直立不動のポーズ、そして土田源太郎像と同じアンニュイな表情を浮かべていた。

 元々「土田源太郎の間」にあった土田源太郎像は昨日、館長が捕まる前に別室に移動してくれていた。

土田源太郎像は、本人が大のミケランジェロ愛好家の為、ダビデ像にちなんで、全裸である。 

 よって土田も必然的に、全裸で立っていた。


 土田はこの作戦に最高の自信があった。

 こにゃきゃにょしゃいきゃさんに色々と御膳立てをしてもらっている間、土田は何もしなかった訳ではない。

 一ヶ月みっちりと特訓を積んでいた。

 プランだけを聞くと馬鹿の様な計画だが、その一ヶ月の間に土田には見破られないだけの確信と技術が培われていた。

 自分を銅像に見せる為、様々な文献を読み漁り、物質の成り立ちから元素に至るまで、全てに目を通した。スタイルの向上とポージングの上達の為にボクシングジムとバレエ教室に毎日通い、徹底的に肉体をいじめ抜き、身体のバランス感覚を鍛え上げた。

 そして、その特訓の集大成として、公園で噴水の真ん中に立っている銅像と入れ替わっても、なんと丸一日、誰にも気が付かれなかったのだ。

 それ程、土田の銅像ぶりは、完璧だったといえよう。

 更に特筆すべき点として、今回成り代わる銅像は土田と同じ「土田」である。

 実際土田と土田源太郎は親類関係ではなく、一切何の関わりもないのだが、それでもやはり同じ苗字ではある。どこかで遺伝子的に繋がっているのは間違いない。ならば、佐藤や鈴木が土田源太郎像とすり替わるよりかは確実に有利となるのは火を見るより明らかである。土田はその事実すらこにゃきゃにょしゃいきゃさんの采配に含まれているのだと気が付き、彼女の粋な計らいに涙が出そうになった。

 更にその自信は既に実践でも証明されている。

 実はターゲットが昨夜チェックインした時点で、土田は既に土田源太郎像となり、待ち構えていたのだ。

 入った瞬間、ターゲットはしばらく土田を眺めていたが、よく出来た銅像だな、と一言呟いただけで、それ以降一切疑う事はなかった。

 それから土田は微動だにすることなく土田源太郎像を演じ、ターゲットと一夜を共にした。


 そしてとうとう次の日、土曜日の朝になった。 

――さあ、殺すか。

 そう決意すると土田は動きだした。まずはテレビの下に隠していたナイフを拾う。

 ターゲットは当然「ど、銅像が動いた!」と驚愕の悲鳴を上げたが、次の瞬間にはその胸にはナイフが突き刺さり、絶命していた。

 こうして、土田の殺人は完遂された。


 そして、宿泊客達が悲鳴を聞きつけ「土田源太郎の間」に押しかけてきている今現在でさえ、土田は気が付かれていなかった。

 皆、土田の事を銅像だと一切疑う事無く、目の前の死体を見て、ただただ混乱している。

 

 まもなく警察もやってくるだろうが、何時間でも騙し通す自信が土田にはあった。

――さあ、それでは、殺人現場の捜査を特等席で見学させてもらおうか。

 

 土田は完全勝利を確信した。

 

 その時である。

 土田は自分へ向けられている視線に気が付いた。


――なんだ?

 

 一切体を動かすことなく、土田はゆっくりと自分へ向けられた視線に気を払う。

 そこでは一人の少年が、土田を凝視していた。

 間違いなく見ていた。

 というよりも完全に目があっていた。

 それはどこにでもいる中学生程の少年である。

 今も見ている。凄く見ている。土田を穴が空くほどその少年は見ている。

 何だ。何なんだ。

 どこを集中的にと言えば、額と全体を交互に、随分熱心に見ている。

 ひょっとして見破られたのか。いや、まさか、そんな筈はない。

 それでも尚、土田は余裕である。何の問題もない。

 そうだ、あの少年はただ銅像に興味があるだけだろう。

 土田にも覚えがあった。中学二年生ぐらいなら、特に銅像に興味のある時期だ。

 死体と銅像があったら銅像に天秤が傾いてもおかしくない。

 つまり、この視線はまさしく土田が完璧な銅像へと変貌を遂げたという証なのだ。

 そう考えると、土田はとても誇らしい気分になった。

 少年は尚も土田を凝視している。今は股間をじっと見ている。

 そして、その行為を隣にいる可憐な少女に咎められていた。

――少女よ、気にする必要はない。私は銅像。股間を凝視されても恥ずかしくなど、ないのだ。


 少年は更に土田に近づくと、今度は目と鼻の先までやってきた。

――近い。

 これはいくらなんでも近すぎる。

 一センチ程の距離で、再び凝視される。


 そこで初めて土田の脳裏に一抹の不安がよぎる。

 例えば、もし見破られていたとしたら、どうなるのだろう。

 自分は警察に捕まる。それは間違いない。それはもう。構わないとしよう。

 だが、その時の罪状はどうなる。

 先程も述べたが、現在、土田は全裸である。何も着ていない。

 殺人罪でもあるが、罪状に猥褻物陳列罪も加えられたら、そんな不名誉な事はない。

 新聞の見出しはどうなる。ニュースは?アナウンサーがニヤニヤしながらカンペを読む類のニュースになりはしないか。本当に大丈夫なのか。


・・・・ダメだ!!土田はえいと、雑念を振り払う。一ヶ月の修行の成果はどこにいったのだ。銅像が自分の今後を気遣うか。いや、気遣わない。銅像が服を着たいと思うか。いや、思わない。猥褻物陳列罪等ものともしない。全裸上等である。

――そうだ、俺は銅像なのだ。

 必死に心を磨いて、銅像になったのだ。思い出せ、あの修行の日々を。人間は磨けば体の内側にあるマテリアルが輝き出し、銅像へと昇華される。

 

 思考がそこまで到達すると、土田の脳内が一気にクリアになった。


――最早、私に死角は存在しない・・・・。


 土田は新たなステージへと自分が進んだ事を知った。

 目の前の少年も今回の殺人も、以前の自分も、宇宙と銅像の前ではちっぽけな塵と同じである。

なんて清々しい気持ちなのだろうか。全てを許せそうだった。この気持ちを布教しなくてはならない。土田はこの時自分がこの世に生を受けた理由に気が付いた。


 新たな自分を発見したのと同時に、

 少年が―――土田の何かを発見した。

「ぶほわッッ!!」

一言吠えた後、しばらく震えていたが、やがてその震えは笑い声へと変わっていった。

「わはははははははははははは!!!!!はっはっはっはっはっはっはっはっは!!ははははははははははははははは!!!!あーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは」


 仕舞には少年は堰を切ったように大笑いし始めた。

 どうした?何か気が付かれたのか。

 土田の心に再び不安が募る。

 いや、落ち着け、俺は銅像だ。人間の感情に流されるな。

「わっはっはっはははははははっは。あはははははははははははははははは」 

「あの、君、大丈夫かい?」

 宿泊客の一人が心配そうに声を掛ける。少年は馬鹿笑いを続けながら、絨毯の上を転げまわっている。

「はははははははは!!!わはははは・・・・はあ、はあ」

 息も出来ない程に笑う。それは殺人事件の現場にあるまじき光景であった。

「いえ、ぷぷぷ・・・・ははは、はあ、はあは、は、犯人が、分かったんです」

「何だって」

 宿泊客の一人が驚きの声を上げる。

 その言葉に土田も驚きを覚えたが、それは土田という人間であり、最早銅像である彼には関係の無い話ではあった。

 犯人が分かった?

 何を言っているのだ。

 犯人ならここにいる。いや、犯人等最早いないのだ。

 最前、殺人を犯した土田健一という男は、既にこの世には存在しない。俗世という欲にまみれた世界を解脱し、銅像という高みへと旅立っていた。

 そう、つまりそれこそが完全なる密室殺人。こにゃきゃにょしゃいきゃさんの計画の、本願。全ては銅像の意のままに・・・・。

 

「はっはっはっはっは!あー・・・・。あはは・・・・うふ。ぶほ」

少年は話し始めようとするが、笑いが堪えられずになかなか進まない。それがしばらく続いたが、ようやく犯人指名が始まった。

「はっはっはっははふふふふ、はっはっはん。はんに、んんんんんふふふ。は、はんにんは・・・・あな、あな・・・・あなたです。銅像さん」

 息も絶え絶えに土田を指差す少年。

――やはり見破られていたのか。

 だが、土田は特に何の衝撃も受けなかった。

 土田は動けなかった。銅像なので動けなかったのだ。

 自分のことではない。土田という人間はここで見破られたのかもしれないが、最早土田は人間ではない。銅像なのだ。少年は銅像を指差して笑っているだけだ。


「嘘だろう」

「この銅像、人間なのか?」

「あ、本当だ!!ようく、本当にようく目を凝らしてみたら、これ人間だ!!」

「全身にペンキを塗っているんだ!」

「というかこいつ全裸じゃないか!」

「どういうつもりだ!!」

 周囲の人間が騒ぎ出す。

「はっはっはっはっは!!銅像に!!銅像に!!凄い!!はははははっは!!銅像に!!はははははははっは!!凄い!!」

 床を笑い転げる少年。

 

 だが土田にはその周囲の如何なる声も最早遠く響いて、聞こえていなかった。

 そう、土田は新たなステージへと立っている。

 銅像として、立っている。


 土田には使命がある。これから先、銅像を目指す人々の先駆となり、共に理想郷に旅立つという使命が。手始めに、刑務所にいる犯罪者達を救ってあげなくては。彼らの気持ちが理解出来、銅像へと昇華出来るのは、自分だけなのだから・・・・・。


 土曜日「土田源太郎の間」密室殺人事件、犯人、土田発覚、事件発生から4分11秒。

 



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