金曜日
2011年11月19日。金曜日。某県の山深くにある古びた洋館「耀曜館」で殺人事件が起きた。
「金剛の間」から悲鳴が響き、それを聞きつけた残りの宿泊客が部屋を訪れた。
部屋には中から鍵がかかっていた為、館長の持っているマスターキーで鍵を開けて中へと入る。
部屋の中を見て、人々は思わず息を呑んだ。
そこでは宿泊客の一人がナイフで胸を刺されて絶命していたのだ。
殺人事件である。
そして、断言する。「金剛の間」には中から鍵が掛かっていた。
つまり、密室であったと。
「金剛の間」には何の仕掛けもない。
窓にも、扉にも、死体にも、凶器にも、二階にも、隣の部屋にも、何一つ、人為的な仕掛けは存在しない。
それでは一体犯人はどうやって密室を作り上げたのか。警察や、例えばそこに居合わせた探偵等がいた場合、大層思い悩む事であろう。
考えに考え抜いても、謎は解けない。
答えは簡単であった。マスターキーを持っている館長の金谷こそが犯人なのだ。
――マスターキーの所持者なんて、一番初めに犯人度外視されるに決まってんじゃない。ミステリーの常識よ。同じ様に第一発見者だってただ儀式的に疑われているだけで、第一発見者が犯人だった試しなんて、どこにもないじゃない。一緒よ。一番怪しい人間は、一番怪しくないの。
バクのその言葉はまさしく目から鱗だった。そうだ、いまだかつて耀曜館で起きた殺人事件において、金谷のマスターキーが本気で疑われた事があっただろうか。
確かにどの名探偵も名刑事もマスターキーの所在を確認は儀式的には行うが、まさかそれそのものが実際に使用されたとは露程にも思っていなかったではないか。
バクの言う通りにして正解だったのだと金谷は確信を得た。
金谷にはどうしても殺さなければならない相手がいた。
昔の同僚である。二十年前にその同僚と二人で金谷はある人物を殺した。
同僚とはそれから二十年会っていない。当然、相手から何の連絡もなければ、こちらから連絡もしなかった。
時効が成立しているので法的にはなんら問題はないのだが、金谷には関係なかった。殺したいのは、秘密をばらされたくないからではない。
自分以外の人間が真実を知っている。ただそれだけである。その事実に、金谷は体が引き千切れそうな程の不安を抱いているのだ。自分が人殺しである事を知っている人間が、世界に一人存在する。
その一人を殺す事でしかその暗雲を取り除く事は出来なかったし、それだけの事で晴れるのなら、選択肢は一つであった。
だが、実行するにあたり、どうするべきか。誰に相談するか。金谷には心当たりがあった。
それは何度も耀曜館を訪れていた親子連れだった。
本当の親子連れではない。二人が「謎の組織」の構成員である事は承知していた。その上で金谷は声を掛けたのだ。親ではなく、役職が上の、子供の方にである。
バクは初め驚いて目を丸くしていたが、直ぐに不敵な笑みを浮かべて承諾した。
「館長があたしに頼みごと?まあ、耀曜館はあたし達がいつもお世話になっているからね。たまには恩返ししてもいいかもね」
協力するにあたり、バクから条件をいくつか出された。
いつもと同じく、金谷の職場である耀曜館を現場にする事。
前後で、何人かの宿泊客の融通をきく事。
その所為か、ここ数日間毎日殺人事件が起きてはいるが、金谷は特に気にする事なく、普段の職務を全うした。
そしてそれらの密室殺人事件を全て観察する事で、バクの主張が正しい事を金谷は悟った。
事件が起きてから後、密室を開ける手段として、マスターキーは何度か使用された。だが、マスターキーを「密室を作成する為の手段」として捉えていた人間はいなかったように思われる。
そもそも、そんな思惑が浮かぶまでもないまでに事件は瞬間的に解決されてしまうので、その意見は金谷が全体の雰囲気を鑑みた主観的な推論でしかないのだが。
ともかく、金谷は勝利を確信していた。理論的には。ただ、一人の少年が気がかりではあったが。
「犯人さん」
後ろから声をかけられる。
その時点で金谷はその人物が誰なのか、分かっていた。
振り返ると予想通り、一人の少年が立っていた。
その少年が中学生探偵、山之内徹という名である事はここ数日間の活躍から承知していた。
「これはこれは、山之内様。どうされました」
「犯人さん、マスターキーを使いましたね」
「これはこれは・・・・」
金谷はその瞬間、潔く観念する事にした。ここ数日間で彼に敵う筈もない事を、彼は自ずと悟っていたのかもしれない。
「仕方ありません。その通りです」
「潔く仰っていただいて、助かります」
山之内は心底ホッとした顔をしている。
「ですが、何故分かったんですか」
「顔に書いてあったのと、あとはまあ、消去法です」
「ああ。なるほど」
バクの言っている盲点に、彼は揺さぶられなかったのだ。
完璧であればある程、最後に行きつく扉は、用意されている。マスターキーという最終手段を、彼はその推理の選択肢に入れてあるのだ。
つまりそれは、消去法である。
「徹君の考えている消去法とは、ちょっと違うと思うけどな・・・」
髪の長い少女が間に入る。少し腑に落ちない様子である。
つまり、と山之内が金谷に説明する。
「つまり、こういう事ですよ。窓にも、扉にも、死体にも、凶器にも、二階にも、隣の部屋にも、何一つ、人為的な仕掛けは存在しない。つまり完全な密室なんです。であればあるだけ、貴方が犯人さんである可能性が高まる。他の可能性を全て潰せば、最終的に犯人はマスターキーを持っている貴方だという結論へと向かうしかないんです。つまり、消去法ということです。だって、マスターキーを持っているのは、貴方だけなんですから」
その説明は金谷が盲点だと思っていた点、そのものであった。
「なるほど。それはそうですな!」
金谷は豪快に笑った。
ここ二十年で一番の爽快な気分だった。
この少年にはミステリーの常識等通用しない。
暗黙の了解だろうが関係ない。
犯人は犯人なのだ。
彼ならきっと、第一発見者でも平等に疑い、犯人指名するのだろう、と金谷は考えた。
金曜日「金剛の間」密室殺人事件、犯人、金谷発覚、事件発生から31秒。




