木曜日
2011年11月18日。木曜日。某県の山深くにある古びた洋館「耀曜館」で殺人事件が起きた。
一階の「森林木の間」から何かが倒れた様な大きな音が響き、それを聞きつけた残りの宿泊客が部屋を訪れた。
部屋には中から鍵がかかっていた為、三人がかりで扉を突き破って侵入する。
部屋の中を見て、人々は思わず息を呑んだ。
中にはナイフで胸を刺された宿泊客の死体があった。
騒然となる現場。
その中に一人混ざって立っている木部は、浮かんでくる笑みを堪えるのに必死だった。
そう、何を隠そう犯人はこの男、木部であった。
――さあ、この後はどうなるのだろうか。
警察が来て捜査を開始するだろう。皆はアリバイを聞かれたり、殺された被害者と何かトラブルがないか等、殺された宿泊客の身辺が洗われ、怨恨の線で捜査される。
それでも木部には一切関係がなかった。
木部は殺した男の事など、知りもしなかった。
名前も知らない。
ただ、殺しただけ。殺したかったから。
いや、それでは語弊がある。
殺したかったのではない。自分の発明の結果を知りたかったのだ。
現場は完全なる密室。
窓に仕掛けがあった訳でもなければ、鍵が開いていた訳でもないし、その場で殺した訳でもない。全ての鍵がかかった部屋で、密室のまま、被害者を殺したのだ。
木部はその芸術的なまでのシチュエーションに愉悦を覚えた。
では、木部はどうやって被害者を殺したのか。
木部の発明した遠隔殺人装置で、である。
木部の部屋は「森林木の間」の真上。そこに仕掛けがあった。
簡単に説明するなら、真下へとナイフを射出する装置とでも言うべきだろうか。上の階から天井を突き破って、被害者を絶命たらしめる装置であった。
木部は他の宿泊客に混ざって「森林木の間」へと入り、そっと天井を確認する。
穴を埋めた後は、全く目立たない。
ナイフを射出したら当然木部の部屋の地面に穴が空いたが、上からすぐに特殊なパテを流し込んだ。それも含めて装置の機能の一つだった。
元々耀曜館は古い建物で、幾つかの修復を重ねてあった為、木部の作業の跡はよく見なければ、いや、よく見ても誰も気付かないだろうという自信があった。
この場所で良かった。装置も完璧だ。
全ては「謎の組織製作所」のお蔭だった。
木部は家のパソコンで、図面を描いていた。
完全犯罪を可能とする装置の図面だ。
学生の頃から数えて十年以上の趣味で、ただただ装置を考えていた。現実に人を殺す為ではない。誰かを殺したいわけではなく、誰かを殺せる物を自分が創造出来るという事実に快楽を感じていた。
そんなある日の作業中、誰かが勝手に木部のパソコンへと侵入して、作業を覗いている気配があったが、気にも留めなかった。誰だか分からないが覗かれても別に構わない。この図面だけでは、一体何の事なのか分からない筈だ。完全犯罪の為に、そういう作りにしてある。
それは木部の最高の妄想だった。
木部の作り上げる兵器で、人を殺す。ただそれだけを想像して楽しんでいた。
現実になればいい、とは考えていたが、現実になる事もないだろう、と達観もしていた。
アイドルと付き合えたら良いな、と一般人が考えるのとほぼ同じ程度の夢であった。
それから何日か経ったある日の事、木部の家に宅配便が届いた。
差出人の名前は、「謎の組織製作所」
そんなあからさまに不審な会社名等聞いた事がないし、当然、何かを頼んだ覚えもない。
少し怪訝に思いながらも、その長方体の段ボールの封を解いてみた。
その中に入っている部品を見て、木部は「おお・・・・」と感嘆の声を上げた。
――一体誰がこれを。
それは、木部の図面通りに作られた、遠隔殺人装置だった。
更に箱には航空機のチケットと、某県の山深くにある洋館「耀曜館」の宿泊券が同封してあった。その洋館の部屋が二階であると知った瞬間、木部は自分が何を為すべきなのかを悟った。相手に対する疑いは一切なかった。
実際、そのおかげで木部は最高の瞬間を迎える事が出来た。
下の階の様子を窺う為に床に差し込んだ小型カメラを覗き、ボタン一つで知りもしない人間を殺したあの感覚は、癖になりそうだった。
このような快楽が世の中にあったとは、木部は満足感で胸が張り裂けそうだった。
後は警察が来ている間にでも装置をゆっくり片付ければ良い。5分もあれば充分だった。
装置は分解してしまえば、何の変哲もないブロックとなる。それまでに捜査が木部へと向く事はないだろう。
前日から殺人事件が何件か起きているようだが、尚更木部には関心もなければ、関係もなかった。
木部は勝利を確信した。
その時である、木部は背後から声を掛けられた。
「犯人さん。今、上を見てましたね」
振り返るとそこには一人の少年が立っていた。
中学生ぐらいの少年である。
顔つきは凄く端正な訳ではないが、堂々と立つその佇まいから、どことなく普通とは違う雰囲気を感じる。それ以外の印象は、どこにでもいる中学生といった様子ではあるのだが。
「ああ、少し穴を埋めた後がある。色が違いますね」
淡々と、小慣れた口調で言う。色が違う?そうか、木部にはよく分からなかった。
「犯人さん。貴方の部屋は二階ですか?」
「ああ。そうだけど」
木部は自分の名前は犯人ではなく木部なのだが、と思ったが、質問には正直に答えた。
「今から部屋に行っていいですか?」
「なんでだ?」
木部には質問の意味が分からない。少年は更に言葉を続ける。
「いえ、見られたら困るものがあるかと思いまして」
――ああ、なるほど。
木部はこの瞬間に理解した。自分はこの少年に全てを見破られたらしい、と。
「いや、だが、片付いてないし」
「気にしませんよ」
とってつけた様な言い逃れも通用しない。これは、完全に見抜かれている。
「・・・・大したもんだな」
現実とは実に不思議なものであるという事を、心底実感した。
犯行を暴かれてもなんの後悔もなかった。反省のみである。だが、この反省も現実に行動を起こさなければ知る事が出来なかったと思うと、木部の心中にはただただ清々しい気持ちだけが残った。
「君の名前は?」
「山之内徹と言います」
「山之内徹・・・・。ああ、『恵比寿川エビアン事件』を解いた少年探偵か」
「よくご存知で」
「・・・・なるほど。凄いな君は」
「どうも」
心から賞賛の意を表する。
「今後の参考の為に聞いておきたいんだが、俺のどこがいけなかったんだろうか?」
「どこが、と言いますと?」
「つまり、どうして俺が犯人だと分かったのか、という事だ」
「簡単ですよ。だって、顔に書いてありましたから」
「ふうん」
木部にその言葉の意味が理解出来たのかどうかは分からないが、書いてあると本人が言っているのだ。書いてあるのだろう。
「まあ、仕方ない。こういうものなのかもな。それでは、俺の部屋に案内しよう」
特に言い訳する事もなく、木部は従った。
二階に上がり、木部の部屋の扉を開ける。
そこには遠隔殺人装置が佇んでいた。木部は何の言い逃れもしなかった。
「はあ、これは凄いですね。遠隔殺人マシーンですか」
「そうだろう。俺が考案したんだ」
そう言って木部は山之内に嬉しそうに笑いかけた。
木曜日「森林木の間」密室殺人事件、犯人木部発覚、事件発生から2分12秒。