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超越探偵 山之内徹  作者: 朱雀新吾
第四話 超越探偵と七つの密室と消去法探偵神山司
22/68

水曜日

 

 2011年11月17日。水曜日。某県の山深くにある古びた洋館「耀曜館」で事件が起きた。


 一階の「水晶の間」から悲鳴が響き、それを聞きつけた残りの宿泊客が部屋を訪れた。

 部屋には中から鍵がかかっていた為、三人がかりで扉を突き破って侵入する。

 部屋の中を見て、人々は思わず息を呑んだ。

 宿泊客の一人がベッドに倒れこんでいたのだ。

 騒然となる「水晶の間」。事件の始まりが告げられた。


――突き破られたか。


 水口は、少々意外に思った。

 自分の計画では扉は館長の持っているマスターキーで開ける予定だったのだが。まあ、侵入方法がどうであろうが、特に計画に影響はないだろう。

 最初のきっかけである悲鳴は水口自身で上げた。宿泊客の中に被害者との知り合いはいない。甲高い声を上げれば、誰の声かなど分からないだろう。

 扉を三人がかりで無理矢理開けた事により、密室は完璧となった。そもそもこの部屋はさっきまで実際に密室だったのだ。

 何故なら、被害者本人が中から施錠したのだから。


 そして当然、犯人は水口なのだが、実際にはまだ水口は殺人犯ではない。

 一体どういう事か。


 現在「水晶の間」でベッドに倒れ込んでいる男は、まだ生きているからであった。


 水口は被害者の朝食のお茶にこっそりと睡眠薬を入れておいた。

 彼はその所為で眠くなり、自ら部屋へと戻り、鍵をかけて今現在ベッドで寝ているだけだ。

 室内を見ると、窓も閉まっている。季節柄外は寒いが、念には念をで、耀曜館の様な山深く寒い場所を選んでくれたのか、小中野氏は。水口は名参謀に素直に敬服した。


 さあ、密室は完成した。後は、殺すだけだ。

――――密室にして、後は殺すだけだよー。おじいちゃん♪


 あの時小中野氏と出会ったのは、天啓だったのだと、水口は確信していた。



 その時、水口はとても悩んでいた。


 水口は某大学病院の教授であったが、論文に不正があることを何者かに暴かれ、それをネタにゆすられていたのである。

 不正の証拠となるデータが水口のパソコンメールに送られてきたのが始まりだった。最初の何度かは大人しく言う事を聞いて、相手の指定した口座に金を振り込んだ。だが、それが相手を増長させるきっかけになったのだと、今となっては理解出来る。

 どれだけ金を払っても、何度も無心してくる。このままでは直ぐに財産を根こそぎ喰いつくされてしまうだろう。相手が一体誰なのか。当然それも気になったが、ただ、何よりも水口は平穏な日々を取り戻したかった。

 一体どうすれば見えもしない相手と手を切れるのか、必死に思いあぐねていた。


 そんな頃である、小中野氏と出会ったのは。

 その少女は、水口の孫の友達だった。

 名前は、小中野彩華という。


 孫を小学校に迎えに行った時、校門でその少女は水口の孫娘と一緒に立っていた。水口はなんとも愛らしい子だ、と思い「こんにちは」と挨拶をした。

 だがその少女は水口の顔を見るとニコリと、まるで天使の様に笑って耳元まで近づき、秘かにこう言ったのだ。

「おじいちゃん。誰か殺したい人がいる老い方してるね。殺した方が良いよ。それは、きっと、うん」


 水口はその時、心臓が飛び出る程驚いた。何故それを―――。


 同時に、自分の本音に気が付いてしまった。

――そうか、儂はヤツを殺したかったのか。

 それが平穏を取り戻す、唯一の方法だったのだ。

 少女の一言で、水口は解き放たれた気がした。


「これ、渡しとくね。何かあったら相談して。きゃぴ」

 その際、小中野氏からメールアドレスを渡された。

 孫程離れた少女に思わず胸が高鳴った。


 自宅に帰り、パソコンから直ぐにメールを送る。

 最初の一通で水口は全ての事情を打ち明けていた。

 孫と同級生の女の子に話す内容ではなかったが、あの少女は、なにかが違う。

 水口には確信があった。あれは少女の皮を被った、天使で、悪魔なのだと。


 何度かのメールのやり取りの後、二人の通信手段はテレビ電話へと移行していた。

 老眼で、キーボードの操作も覚束なくなってきた水口にはその方が都合が良かった。お互い顔は知っているのだ。何の問題もない。


――今日もヤツから金を催促された。段々ペースが上がっておる。もう、儂は耐えられん。

――ふーん。そりゃあもう早く殺しちゃった方が良いよね。

 小中野氏は壊れたおもちゃを捨てる時の様に、無邪気に言い放つ。

――だが、一体どうやって・・・・

 これまでの人生で人を殺す事など微塵も考えたことのなかった水口には、殺意はあれど殺害方法など、到底思いつきもしない。

 そんな水口の6分の1も生きていない小中野氏がふんふんと携帯を見ながら、口を開く。

――あ、これなんか、どうかな。いいじゃんこれ!!

 まるで店先で可愛い服を見つけた時の様に、黄色い声を上げる。

――お医者さんだもんね。おじいちゃんにぴったりじゃないかな。

 画面に映る、天使の様な笑顔に、水口は魅せられていった。

 最早水口に、殺人に対する躊躇など、なかった。


 殺害方法が決まると後は早かった。

 耀曜館という洋館を小中野氏が手配してくれ、更にはいつの間にか相手の正体を突き止め、誘き出したと言うではないか。

 水口は驚愕と同時に少女に感謝した。何から何まで、ただただ感謝の念しかなかった。彼女の為にも、自分はこの殺人を成功させなくてはならない。いつの間にか水口の中で殺人の意義さえ変わっていた。


 耀曜館で初めて脅迫者の顔を見た。病院関係者の誰かだと思っていたのだが、意外にも知った顔ではなかった。水口も帽子と口髭で変装していたので、相手には気づかれていない筈だ。


 耀曜館では連日殺人事件が起こっているようだが、特に気にもしなかった。起こる時には、起こるものなのだな、程度の認識しかなかった。なんでも昨日の犯人は扉が閉まっている振りをして密室を演出したらしい。何とも愚かなものだ、と水口は心の中で笑った。


 ターゲットの朝食のお茶に睡眠薬を忍ばせ、様子を窺った。朝食後、男は眠気を覚えて「水晶の間」へと帰っていった。中から鍵がかかる音を聞くと、水口は満足気に頷いた。


 そして、今現在、「水晶の間」の中である。

 ベッドで寝ているだけの男性を全員が固唾を飲んで眺めている。

「し、死んでいるのか?」

 宿泊客の一人がおそるおそる近づこうとするのを、

「待ちなさい」

 水口は制した。

「私は医者です」

 そう言って、一番に部屋へと足を踏み入れた。

「私が診てみますので、まだ入らないで下さい。いいですか?」

 そう言われたら周囲は黙って従うしかない。全て小中野氏の手筈通りに進行する。


 ベッドまで歩き、寝ている相手を見下ろす。しゃがみ込み、片腕を取る。

 脈を測りながら、背中を向ける。これで入口からは死角となる。皆は水口が何をしているのか分からないだろう。

 水口は内ポケットから手のひらより少し小さい、小型注射器を取り出すと、寝ている男に注射した。

――よし、終わった。

 目の前で男が死んでいくのを、清々しい気分で水口は見ていた。


――小中野氏、儂はやりましたぞ。

 水口は完全勝利を確信した。


 後ろを振り向いて、首を横に振る。

「残念ながら、亡くなられております。注射器の後があるので、自殺あるいは、毒殺でしょう。だが、毒殺ならばどうやってこの部屋に侵入したのか。完全な密室でしたからな」

 不思議そうに首を傾げる、と次の瞬間。

「あ、おでこ」

 水口は突然額を指差された。

 それは一人の少年だった

 中学生程の少年である。

 顔つきは凄く端正な訳ではないが、堂々と立つその佇まいから、どことなく普通とは違う雰囲気を感じる。それ以外の印象は、どこにでもいる中学生といった様子ではあるのだが。


 自分の額に何かついているのかと、水口は思わず額を押さえるが、特に何の感触もない。

「ということは、今、って事か。ああ・・・・キジか」

 独り言のようにつぶやくが水口にはよく意味が分からない。記事か?

「坊ちゃん、どうかされましたかな?」

 水口が優しく尋ねると、少年からは思わぬ言葉が返ってきた。

「あの、犯人さん。貴方、今、この人を殺しましたよね」

「―――な・・・・!」

 心臓が止まるかと思った。何故、それを―――!!

「何を言っておる。今言った通りここは密室だったのじゃぞ、どうやって殺す事が出来る」

 平静を装い、論理のすり替えを行うが、少年は一蹴する。

「それは当然密室ですよ。ついさっきまで生きていた被害者が、部屋で寝ていただけなんですから。つまり、僕達の聞いた悲鳴はフェイクという事です」

 まさか、この少年はどこまで気が付いているのだ。

「だから、密室なんて関係ないんですよ」

 少年は淡々と言葉を続ける。水口は、何も言えない。

「もう一度言います。密室ではなくて、今扉を突き破り、検死したフリをして貴方が殺したんですよ、犯人さん。ですから、今犯人さんは小型注射器の様なものを持っているはずです。さあ皆さん、取り押さえて下さい」


 すぐさま水口は他の宿泊客によって取り押さえられた。

 当然、内ポケットから、毒の成分の付着した小型注射器が出てきた。

 それは動かぬ証拠であった。


 水曜日「水晶の間」密室殺人事件。犯人、水口発覚。事件発生から2分11秒。


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