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超越探偵 山之内徹  作者: 朱雀新吾
第四話 超越探偵と七つの密室と消去法探偵神山司
21/68

火曜日

 

 2011年11月16日。火曜日。某県の山深くにある洋館「耀曜館」で殺人事件が起きた。


 一階中央の「籠火の間」の宿泊客が食事の時間になっても姿を現さない。一緒に訪れていた友人の青年が、一度部屋を見に行ったが、中から鍵が掛かっているらしく開かないのだそうだ。友人が中に鍵を持った状態で中から施錠しているに違いないと説明した。

「あれ?あれはなんだ?」

 宿泊客の一人が何かを見つけて声を上げた。ちょうど皆のいる食堂から「籠火の間」の外窓が見えたのだ。そこから、部屋の中で誰かが倒れているのを発見した。

「誰か、倒れているぞ」

「あれ、胸にナイフが刺さっていないか?」

 確かに倒れている人物の胸にはナイフが刺さっており、赤い、血の様な液体が流れていた。

「ああ、あれは。俺の友人です。ああ、なんて事だ・・・・」

 一緒に宿泊していた友人が悲痛な声を上げた


 それから人々は急いで「籠火の間」を訪れた。

「やっぱり、鍵が掛かってます」

 友人がノブを廻して、扉に体当たりするが、ビクともしない。

「外の窓も鍵がかかっていたぞ」

 外を見てきたのだろう。遅れてきた宿泊客の一人が声を上げる。

「中から全て鍵がかかっていて、死体は中にある。これじゃあ密室殺人じゃないか」

 誰かがそう呟いた。

 一体、どうなっているのか。

 訳が分からない。現場は混乱に包まれていた。


 その中で一人、犯人である火村の内心は、とても落ち着いていた。


 必死の形相で扉を開けようとしている被害者の友人、名前は火村と言う。その火村こそが犯人であった。


 火村は友人を許せなかった。殺したい程憎んでいたのだ。

――俺はアイツに恋人を寝取られた。それなのに、アイツは素知らぬ顔で友達面を続けやがって。

 実際、火村は友人の彼女とは付き合ってもいなかったし、完全なる被害妄想なので、殺された友人には何の罪もなくただの逆恨みだったのだが、火村は自分の行動の正当性になんの疑問も抱いていなかった。

――へへ、やった。やったぜ。殺してやったぜ。ナイフで一突きだ。

 人の良い友人は最後まで知らなかったが、恋人の方には執拗にメールや電話を繰り返していたので、その方面からまず初めに疑われるのが火村自身である事は間違いないと心得ていた。それも、二人で旅行中にである。あまりにも怪し過ぎる。

 だが、心配ない。


――密室にしてしまえばいいのだ。

――密室にしてしまえばいいんだよー。


 殺戮天使☆さいか様、全て貴女のおかげです。

 火村は恩人を心に思い浮かべた。


 その当時、火村の心は悶々としていた。

 アイツだけは、どうしても許せない。殺してやる。絶対に。その為には計画を考えなくてはならない。だが、それを考える頭が自分にはない。本能的に、衝動で相手を殺すビジョンしか浮かばないのだ。殺した後は結局動揺して、逃げるに決まっている。だが、特に逃走資金があるわけでもなく、行くあてもない。確実に捕まるだろう。それは最悪のシナリオである。だが、それが一番現実味を帯びた想像だった。

 ならば殺すのを止めるべきか?いや、殺したい。どうしても殺さなくてはならない。それ以外の選択肢などある筈がない。そもそも選択肢ではなくこれは目の前の障壁であり、壁は排除しなくては前に進めないのだ。

 だが、上手い方法が思いつかない。

 火村は完全に思考の袋小路に入り込んでしまっていた。

 どうしようもなくなり、気分転換にネットを覗いていると、一つのサイトに目が留まった。


「殺戮天使☆さいかのお部屋」~殺したいヤツ集まれ~


 何なのだろうか。このサイトは。

 ふざけているのか。

 だが、藁にもすがりたい火村は試しに管理人へとメールを送ってみた。


――はじめまして殺戮天使☆さいか様。突然ですが俺にはどうしても殺したいヤツがいます。俺の恋人を寝取ったのです、ソイツは俺の友人です。俺はなんとしても殺したいんです。ヤツを。


 火村は殺意の経緯と、だが、自分には殺害方法を考える知性が無い事。それでも捕まらなくて済む殺し方がないか、と稚拙な文章で綴った。

 返信は一瞬でやってきた。


――いやあ、狂った馬鹿だねえあんた。文章から全く知性を感じないや。あんたみたいなのには確かにそれこそ、その醜い劣情で相手を刺し殺すぐらいの事しか出来ないわね。謎もへったくれもあったもんじゃない。ただの殺人事件。でも、それを自分で自覚しているのは、偉い。それでも殺したいという気持ちも、悪くないね。あんたみたいな馬鹿野郎、あたしは嫌いじゃないよ。きゃぴ。


 その返信で、火村は自分の人生の全てを肯定された気がした。


――それじゃあ、殺戮天使であるこのあたしがあんたのブレインとして、何とか考えてあげましょう。よろしくねー。

――はい!よろしくおねがいしますっっっ!!


 しばらくメールのやり取りをした後、二人は計画についてチャットで話すようになった。


――ああ、あんたの殺害計画だけどね。決まったわ。あんたは別に何も考えなくて良いのよ。簡単簡単。殺しちゃえばいいんだよ。ブスッとね。シンプルイズベスト!

――ブスっとねとは言っても、バレてしまいますよ。それじゃあ。

――バレないバレない。だって、密室にすればいいんだから。

――・・・密室、ですか?でも俺、頭もよくないし手先も器用じゃないから、出来るかな。

――あいしーあいしー。そんなお前にぴったりのトリックがあるんだよー。

――俺にぴったり?

――ああ、鍵も掛けなくて良いよ。細かい事なんにもしなくていいから。ただただ殺せばいいの、あんたは。ああ、あと場所も用意してやるからさ。来週の火曜日は空けとけよ。殺したい友人の方にも言っておきな。表では普通に仲良し気取ってんだろ?あんたが今からするのは、まあ、それだけかな。


 何も仕掛けなくていい。至ってシンプルな、トリック。

 それなら、自分にも出来る様な気がした。火村は当日まで、殺意のみを磨く事に集中した。


 そして、計画は実行された。

 火村は友人をナイフで殺してそのまま「籠火の間」を出た。


 本当に簡単だった。

 この場所「耀曜館」も殺戮天使☆さいか様が用意してくれた。

 昨日も事件があったみたいだが、まあ、客は八割方入れ替わっているみたいだから、特に問題はないだろう。

 本当に殺戮天使☆さいか様に相談して良かった。

 火村に授けられた、何の仕掛けもせずに密室を作り上げる方法。それは――


――ズバリ!!鍵がかかっている演技をすればいいのよ!!


――そう、俺だけがこの扉を死守すればいい。へへ、要は俺が扉には鍵がかかっている、扉は開かないと言い続ければいいんだよな。そうか、なんて簡単なんだ!

 自分には殺人計画等不可能だと思っていた。だが、こんな簡単なやり方があったなんて。


 殺戮天使☆さいか様が言うには、同じくらい簡単なトリックで鍵を外から自分でかけて、部屋に入った瞬間、それを周りの人間にバレないように部屋に戻すというやり方もあるらしいが、それは先月使ったからダメだそうだ。火村にはよく意味が分からなかったが、鍵をコソッと置くのは難しそうだったから前者のやり方で何の問題なかった。

「おい!!返事をしてくれ!!中にいるんだろう!?」

 火村は何度も扉を開けようとするが、決して開かないという演技をする。

 芝居は得意ではないが、大声でわめくぐらいならやってみせる。

「クソ。どうやっても開かない。館長さん。マスターキーってありますか?」

「あ、はい」

 すぐに館長がマスターキーをポケットから取り出す。

――よし、ここまでくれば勝ったも同然だ。

 後はマスターキーを受け取り、火村が鍵を開ける「振りをする」

 開ける振りだけで「鍵は閉まっていた」という事実が出来上がる、らしい。不思議なものだと火村は意味も分からず感心した。

 さあ、これで、密室は完成する。


 火村は勝利を確信した。


――その直後である。


「あの、犯人さん。ちょっといいですか?」

 館長からマスターキーを受け取る寸前で、声が聞こえた。

 声の方を向くとそこには一人の少年が立っていた。


 中学生くらいの少年である。

 顔つきは凄く端正な訳ではないが、堂々と立つその佇まいから、どことなく普通ではない雰囲気を感じる。それ以外は一見した所、どこにでもいる中学生といった様子ではあるが。


――何だコイツ。もう少しの所で邪魔しやがって。

 火村は焦燥を隠さずにその少年を睨みつける。というか、今、自分の事を犯人と言ったか?

「なんだお前は。子供は危ないから引っ込んでろ」

 吐き捨てる様に言うが、全く動じた様子もなく、逆に少年はとんでもない事を言った。

「あのー。その扉、僕にも開けさせてもらえませんか?」

「・・・・え?」

「いえ、その扉ですよ。僕にも開けさせてもらっていいですか?」

「・・・・」

 火村は衝撃で、何もいえなかった。

 この少年は一体――――何を言っているのか?

「い、いやいや、ダメだ!!」

 とにかく否定しなくては、火村は大慌てで首を横に振った。

「え?なんでですか?ダメなんですか?」

 不思議そうに首を傾げる少年。

「ダメだダメだダメだダメダメダメ!!!!ダメに決まってるだろう!!」 

「いや、だから何でダメなんですか?」

 なんでダメかと聞かれても、鍵がかかっていないからだとは火村は言えない。

「勿論、か、鍵がかかっているからだ!!」

「はい、そうですよね。鍵がかかっているんですよね。だったらいいじゃないですか。僕にもノブを回させて下さいよ。それぐらいいいじゃないですか」

「いや、それは」

「というか、本当に鍵、かかっているんですか?」

 少年が片眉を上げ、訝しげな表情で問いかける。火村は背筋が凍る気がした。

「あ、当たり前だろが。押しても引いてもビクともしないぞ!か、完全にだ」

 そう言って、扉にしがみつき、全力で押し引きする。

「あれ?犯人さん。今ノブを回していらっしゃいましたか?ノブを回さないと扉は開きませんよ?」

 面白そうに火村の手元を窺う少年。マズイ、と火村は思った。確かにさっきは扉を開けるのが怖くてノブを回していなかったからだ。

「あ、当たり前だ!!ほら見ろ!」

 ガチャガチャとノブを回して、また推したり引いたりする真似をする。本当に力を込めると開いてしまうので、火村は細心の注意を払った。

「びくともしない。完全にびくともしないんだ!!」

 開かない事を強調する為に火村は二回同じ事を言った。

「ほう、本当に閉まっているんですね」

「だから言っているだろう」

「だったら僕にもやらせて下さいよ。こう見えて力には自信があるんですから」

「う、嘘をつけ。そんな細い身体で、無理に決まっている」

――なんなんだコイツは・・・・。コイツは、危険だ。

「あ、そうだ。危険なんだ。危険だ。中に死体があるんだぞ。扉に危ない仕掛けがあるかもしれない」

 これは良い言い訳だ。火村は自分にしては上手い事を言ったものだと感心した。人間追い込まれれば限界以上の力を発揮するのである。

「なるほど・・・・仕方ないですね」

 火村の説得力のある説明で、ようやく引き下がってくれた。少年の言葉に火村はほっと一息をついた。

 とにかく早くマスターキーを受け取るんだ。マスターキーで開けたふりさえすれば、終わりなのだから。

 火村の焦りは頂点を極めた。館長へと走りよりその両肩に手を置く。

「館長!!早くマスターキーを!!」

「は、はい」

 そしてようやく火村はマスターキーを手に入れた。だが、その為に火村は扉から離れてしまっていた。それは致命的なミスであった。

「隙あり」

 少年はサッと火村の横をすり抜け、守り人のいなくなった扉のノブを掴んだ。

「あああああああ!!!!!ダメだ!!!!!!」

「あ、開いた」

 すんなりと扉は開いてしまった。当たり前である。何故なら「籠火の間」の扉には鍵がかかっていないのだから。

――なんてことをするんだコイツは。

 火村は絶望的な気持ちになった。

「中には・・・・ああ、死体ですね。ナイフで胸を一突き、ああこれは酷い。一体誰がこんな事を・・・・」

 少年は特に痛ましくもなさそうな口調で、手を頭に置き何度も首を振る。

「これは、殺人事件です」

 そう、宣言する。

「それで、ですが。犯人さん」

 少年はくるりと火村を振り返る。さっきから犯人さん、とはまさか、自分の事を言っているのではないだろうな、とぼんやり思う。少年は完全に火村しか見ていないのだ。

「・・・・どうして貴方は閉まってもいないドアをさも鍵がかかっている様な演技をしながら体当たりを繰り返していたんですか?」

「・・・・・」

 火村は何も答えられない。急展開についていけない。

 だが、なんとか口を開かなくては。弁明をしなくては、終わってしまう。今、自分が危機的状況にある事ぐらいは理解出来ていた。

「いや、違う、そうだ勘違いだ。友人が殺されているから、動揺してしまってだな。扉が開いているかどうかの判断が、その・・・・」

「出来なくなっていた?」

「そ、そうだ!!」

「勘違いですか・・・・。そうですか?ですけど、犯人さん。貴方、今ノブを回してらっしゃいましたよね」

「・・・・・・・・」

「押しても引いてもびくともしない、とも仰ってましたけれども」

「・・・・」

「押しても引いてもいないのに、『びくともしない、完全にびくともしないんだ!』と、二回も仰っていたんですか?」

「・・・・・・・・」

「ノブを回していらっしゃいましたよね。僕が確認しましたから。確かに回してらっしゃいましたし」

「・・・・・・・・」

「ノブを回して、扉を押し引きしてらっしゃいましたよね。それでも、扉は開かなかったと」

「・・・・・・・・」

 火村はとうとう、何も言えなくなってしまった。一体何が起きているのだ。

「まさか、開かない、お芝居をされていたなんて事、ありませんよね、犯人さん?」

「・・・・その、あの・・・・それは・・・・」

 結局火村は、扉が開かなかった理由を説明する事が出来なかった。


 火曜日「籠火の間」密室殺人事件。犯人、火村発覚。事件発生から2分15秒


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