月曜日
2011年11月15日。月曜日。某県の山深くにある古びた洋館「耀曜館」で殺人事件が起きた。
一階の「風月の間」から悲鳴が響き渡り、それを聞きつけた残りの宿泊客が急いで部屋を訪れる。「風月の間」には中から鍵がかかっていた為、三人がかりで扉を突き破って侵入した。
部屋の中を見て、人々は思わず息を呑んだ。
そこには、宿泊客の一人がナイフで胸を刺され絶命している姿があった。
騒然となる現場だが、宿泊客の中にいた幾分冷静な一人の男性が気丈に指示を出す。
「と、とにかく警察に連絡だ。あと誰か、館長を呼んできてくれないか」
「私なら、すでにここにおります」
白髪の老人が背後から声を掛ける。
「従業員に警察への連絡も指示しております」
「そうですか・・・・ありがとうございます」
そして男性は再び無残な死体に目を落とす。
「一体、何でこんな事に・・・・」
ふらふらと後ろに下がり、窓枠に寄りかかった。
男性は思った。
まさか、映画やドラマではあるまいし、古びた洋館で殺人事件が起きるなんて。誰一人想像していなかっただろう。
――犯人である自分を除いては。
率先して支持をとるこの宿泊客、名前を月形という、その男は扉を突き破った際、一番に「風月の間」へと足を踏み入れた。全て計画通りだった。戦々恐々と死体を眺める他の宿泊客とオーナーを横目に見る。背中を向けている為周囲から感情を悟られる事はないが、月形の顔には満足した殺人鬼の笑みがあった。
犯人は月形だった。
被害者とインターネット上での金銭トラブルを抱えていた月形は、相手をこの某県の辺境地にある耀曜館へと誘い出し、殺害したのだ。
当然、警察の捜査が始まれば月形と被害者との間の事情に辿り着き、自分が一番に疑われるに違いない事は理解していた。
だが、それに関しても勿論、抜かりはない。
その為にこの耀曜館という場所が選ばれたのだ。
殺人事件が起きたとしても、
密室にしてしまえばいいのだ。
――密室にしてしまえばいいんだよー。
月形がその少女と出会ったのはちょうど一ヶ月程前だった。
月形が自宅にて殺人計画を練っていた時の事である。
ネットオークションで詐欺紛いに不良品を高値で売り捌いていた月形に、一人のユーザーが執拗にクレームをつけてきた。早急に入金した金を返さないと、警察に訴えると脅迫されていたのだ。怒りと焦りで頭がいっぱいになった。それはいつしか殺意へと変貌した。
薄暗い部屋でノートパソコンを起動して、月形はテキストに向かった。
―▽― ―▽― ―▽―
手順①ヤツを某県にある某テーマパークへ誘き出す。
手順②私は直接向かわず、メールでヤツに指示を出す。金を返すと言えばヤツも大人しく従うだろう。
手順③(ジン)ラッシュマウンテン→(セイ)ラウェイフリーフォール→(ニ)ードルコースター→(ツ)ンドラマウンテン→(カレ)イドコーヒーカップ→(タ)ートルネックマウンテン→(ノ)ンストップマウンテン→(デ)ンジャラスマウンテン→(シニ)カルメリーゴーランド→(マス)ターオブマウンテン
メールで以上の順番でアトラクションに乗る様にヤツを誘導し、「じんせいにつかれたのでしにます」というメッセージを作らせ、確実に自殺をアピールする。
手順④最後のマスターオブマウンテンで、殺害する。
手順⑤ヤツには絶対に最後尾に乗るように指示しておき、最後の急降下の際にワイヤー(前日に用意)を首の位置にかかる様に仕掛けておいて、首を切断する。
手順⑥仕掛けを外して、帰宅。
備考①テーマパークには監視カメラもある為、私は顔が分からないようにサングラスにマスク着用。それはドラッグストアにて購入。
備考②前もって用意しておく仕掛けやテーマパークの代金の為に金を稼ぐ。だがそれはまたネットオークションでカモを探して、入金だけさせておいて、後は知らぬ顔を決め込む。それだけでいいだろう。ここ二十年程働いていないので、私が今更バイト等という低俗な行為をする筈もなく・・・・
―△― ―△― ―△―
――いいぞ、この計画は完璧だ。
月形は満足げに微笑んだ。タバコに火を点け、一服する。
後はこの計画を実行に移すだけ、なんとも簡単な話である。これならもう、殺したも同然ではないか。月形は大きく煙を吐き出すと、再びディスプレイに目を向けた。
――今更バイト等という低俗な行為
月形はそこで違和感を感じた。
確か自分は「今更バイト等という低俗な行為をする筈もなく」まで書いていた筈だが、表記は「低俗な行為」になっていた。つまり「をする筈もなく」の部分が消されていたのだ。
――どうしたのだろうか?
いつの間にか指が触れて、消してしまっていたのだろうかと、再びキーボードに向かい「をする筈もなく」と付け足して書いた。すると、下から文字がスッと消えていく。バックスペースを押した時と同じ様子だった。
キーが固定されているのかと、バックスペースのキーをチェックするが、特にへこんでいる様子もない。
再び「バイト等という低俗な行為をする筈もなく」と首を捻りながら、新しく書いたが、同じ様に消されていく。
――なんなんだこれは。
その後も、何度書いても、消去されてしまう。どうなっているのか。段々怒りを覚えた月形は半ばムキになって、
「バイトなんて私は絶対にしない!!」と書きこんだ。
その文字は今度は消されなかった。逆に新しく文字が追加されていた。
「バイトなんて私は絶対にしない!!黙れ、働けこのカス豚が!」
「黙れ、働けこのカス豚が!」という言葉は、月形の見ている目の前で、とてもスムーズにタイプされた。月形は理解した。これはキーボードの故障などではない。何者かが自分のパソコンを乗っ取っているのだ、と。
月形はいよいよ気味が悪くなって、テキストを閉めようとマウスを操作したが、不思議な事に、ポイントが一切動かない。強制終了しようとしても同じだった。
その間にも、月形のパソコンを乗っ取った何者かは、饒舌に語り出す。
――あんた、バカじゃないの?
――何でわざわざ人の多いテーマパークで殺人事件の計画するかね?コナン君の読み過ぎじゃない?
――しかもこの計画、あんたみたいな詐欺師紛いのクソ野郎の豚侍の事を相手が全部言う通り聞いてくれる設定になってるけど、なんの文句もなくあんたの言った通りのアトラクションに行くのかよ。少しでも計画が狂ったらどうするつもりよ。
――あとマウンテン系に乗せすぎ。途中で絶対吐いてるよこの人(笑)
――ワイヤーを前日に仕込んでおくって簡単に一行で書いているけど、どういう段取りで、どこにどう仕込むつもりさ?前日にどうやって侵入するのさ。一番大事な部分の詳細が一切書かれてないんだけど。しかもそれがどう自殺になるのよ。逆に興味あるから、聞かせてよ。
――ていうかこんな事している暇があったら真面目に働けこのダメ人間が!!
月形は書き込まれるその罵詈雑言を只々黙って眺めていた。初めはその論調に流石に腹が立ったが、途中からは相手の言っている事の正当性に気付き、反省し始めた。
確かに言う通りである。
月形は自分の計画が穴だらけであることを知った。
そうなると、一体目の前の人物が何者なのか、気になり始めた。
――貴方は、一体誰なんですか?
月形はおそるおそるキーボードを叩いた。今度は普通にタイプ出来た。
すぐに返事がきた。どういう経路で自分のオフラインのパソコンに侵入したのか等は最早どうでも良かった。只々、相手に興味を持ったのだ。
――あたし?あたしはねえ、電脳少女神バクさ!もっとマシで簡単な殺害計画なら、相談に乗ってやらない事もないよ。
そして、月形は電脳少女神バクの指南の下、殺人計画を一から考え始めた。
それは月形にとって至福の時間となった。
電脳少女神バク。噂には聞いていた。
困っているクズ人間に手を差し伸べる美しい少女がネットの中に存在すると。それはクズであればあるだけ良い。最高のクズの下にのみ現れる女神。月形は自分のクズさ加減ではまだお眼鏡に適う筈はあるまいと勝手に諦めていた。だが、いや、これでなかなか。自分もやるではないか。そこそこのクズ野郎にまで登りつめていたという訳か。
月形は自分の今までの人生がなんら間違っていなかった事を、この瞬間に悟ったのであった。
――ナイフで刺して、後はあたしの言う通り、密室トリックを使うのよ。いいわね。
――はい。分かりました。
――大丈夫、あんたみたいなクズ野郎なら、何の躊躇もなく相手を刺せるさ。
――はい。光栄です。でも、どうしてわざわざナイフで殺す必要があるんですか?毒殺にすれば自殺に見せかけることだって出来ますよね。折角、密室にするんですから。
――うふふ。何言ってんの。密室自殺じゃなくて、密室殺人だから――
その時、月形は自室にいながら、少女の笑い声が聞こえた気がした。きゃぴと。
――だから、面白いんじゃないの
探偵への完全なる勝利。殺人事件である事は周知の事実であるにも関わらず、犯人は見つけられない。見つけられたとしても、密室を崩せないのならば、意味がない。
――それって、最高に気持ち良いよね。
電脳少女神バクは月形の為に耀曜館なる洋館を手配して、行き帰りの交通手段も指定、更には相手方を偽のダイレクトメールで誘い出してくれた。向こうは月形の顔を知らないので、何の問題もなかった。月形の方は電脳少女神バクがどこからか入手した顔写真を手に入れていたので、一目見れば、憎き相手が分かった。
何から何まで、本当に、いくら礼を述べても足りない程の恩を、月形は受けていた。
調べてみたところ、この耀曜館という洋館はよく事件が起こるいわくつきの建物らしい。なんでも、昨日か先日も殺人事件があったとの事。これはおあつらえ向きである。ひょっとしたら、電脳少女神バクの行き付けの場所なのかもしれないと月形は胸を躍らせた。
――で、ナイフで一突きの後ですが、私は一体どうすれば
――そう、ナイフで一突きしたら、窓にねえ・・・・。
電脳少女神バクより授かったトリックの概要は、至ってシンプルだった。
月形は計画通り、行動を起こす。
まず月形は被害者の部屋へと侵入し、被害者をナイフで一突き、殺害した。
その後、窓のクレセント錠に強力な磁石をビニールテープで仕込み、窓から外へ出る。
外からもう一つ、同じ強力磁石を用いて、磁力を使って鍵を落とす。
そうすれば、密室の完成だった。
簡単過ぎる、と月形は初めは不安に思った。
――シンプルイズベストだよー。だって、殺人に意味なんてないんだからさ。意趣を凝らせば凝らすだけ意味が生まれる。意味なんてないよ。人殺しは人殺しだもん。
「殺人に意味はない。トリックにも意味はない。バレなきゃ人を、殺してないも同然」
それが電脳少女神バクの口癖だった。
その言葉を毎日目にする度、月形は、不思議と殺人に対する恐怖も、抵抗も、露程も無くなっていた。
現在、全ては計画通りに進んでいる。あとは磁石をこっそりと剥がしてどこかに捨ててしまえば、完了だ。その為に月形は一番に部屋へと踏み込んだのである。この窓際のポジションを手に入れる為に。
行動を起こすなら、今しかない。他の人間の目が死体に向いている、今しか――
「扉も閉まっていたし・・・・窓も閉まっているな・・・・」
そう言って、月形は窓際をチェックしているふりをしながら、クレセント錠の磁石をゆっくりと剥がして、ポケットに入れた。
月形は安堵と共に笑みを浮かべた。これにて、密室の誕生である。
――ふん、簡単なもんだ。推理小説じゃあるまいし、シンプルな方法でも、こうやって証拠を隠滅さえしてしまえば、密室なんていくらでも作り出すことが出来る。
――電脳少女神バク様、やりました。
月形は殺人計画の百パーセントの成功を確信した。
その時、ふと背中に視線を感じた。
振り向くと、そこには一人の少年が立っていた。
中学生程の少年である。
顔つきは、凄く端正な訳ではないが、堂々と立つその佇まいから、どことなく普通とは違う雰囲気を感じる。それ以外の印象は、どこにでもいる中学生といった様子ではあるのだが。
そして、月形は少年の表情に疑問を感じた。
笑っていたのだ。口元が歪んでいる。いやらしくはないが、若干ニヤニヤしている。何だ?どうした。そこで少年が口を開いた。
「・・・・で出たとこだ」
「なに?」
「いえ、こっちの話です」
悪びれる様子もなく、首を横に振る。
一体なんなのだ。
「なんだね、君は」
月形が尋ねると、少年は中学生らしからぬ快活な口調で
「犯人さん、それ、どこに持っていかれるおつもりですか?」と尋ね返された。
衝撃を受けたのは月形である。
――犯人・・・・??何を言っているんだこの少年は。
「な、なにを、君は。私が犯人だと?ま、まさか、、、かか」
最前までの余裕は一瞬で吹き飛んでいた。動揺を隠せない。
「何を根拠に言っているんだね。証拠もないのに、子供がしゃしゃりでるもんじゃないよ」
そうだ、ヤマ勘に違いない。私の事を犯人さんと言って遊んでいるだけなのだ。月形はそう決めつけた。だが、無情にも少年の追及は現実的に、月形の首を絞めてくる。
「それではその、犯人さん、貴方がそちらの窓のクレセント錠から外して、たった今、犯人さんご自身のズボンのポケットに入れられた物を見せて頂けないでしょうか」
「な・・・・・・・・・・!!」
月形は思わず大きく口を開いた。驚愕だった。
そんな、見られていたとは・・・・・マズい。それはマズい。
ポケットには、回収した強力磁石が入っているのだ。
「いや、その、これは、違う。違う」
「まあ、違うかどうかは、ほら、見てからおいおい、ですね」
ほんの一瞬で、月形は追い込まれている。何故だ。いつからだ。どうしてこうなった。
「いや、私はただ、これが――」
「はい、証拠を隠滅していたとは限りません。ただ、混乱してポケットに入れてしまっただけかもしれませんし。人が一人死んでいるんですから、動揺してしまって、そういう事もあるかもしれません」
思わぬ追求者自身からの助け舟に、月形は大きく頷いた。ポケットからビニールテープが絡まった磁石を取り出して少年や他の人々にも見せる。
「そ、そうだ。その通りだ。ほら、これは磁石だがね、そこの窓に固定されていたんだが、いや、直ぐに皆に言おうと思ったんだよ?だが、少し混乱してしまって、ついポケットに入れてしまったんだよ」
無理のある月形の言い訳にも、うんうんと同意する少年。
「そうですよね。確かにそういう事ありますよね。だったら、早く犯人さんの潔白を証明してやりましょう。その証拠品から二つの指紋を出す事によって」
「・・・・二つの指紋?」
月形は聞き返す。
「はい、今犯人さんはそれに触れられたので、当然犯人さんの指紋は出てきますよね。ですが真犯人が別にいるのであれば、調べればその人物の指紋が出てくる筈です」
「いや、確かにそれはそうだが。そうだ!犯人は磁石から指紋を拭き取っているかもしれないぞ!」
月形の言葉に少年は笑いながら首を横に振る。
「いえいえ、僕が言っているのは磁石ではありませんよ。その磁石を固定していた、ビニールテープの指紋です」
月形はぎくりとした。それは、マズイ。
「それなら今から僕達で見てみても、判別出来るんじゃないですか?べったり指紋の形が残っているでしょうから。なんせビニールテープですから」
「いや、だがひょっとしたら犯人は手袋をしていたかもしれないぞ」
「犯人さん。ビニールテープを手袋で使用するのは、これが実はかなり難しいんですよ」
その通りである。月形は先刻経験済みである。
ゴム手袋等はテープと相性が良すぎて、離れなくなる。軍手ならそうでもないが厚手なので、小さなクレセント錠に磁石を張り付ける等といった細かい作業自体が困難となる。当然、扉や窓自体に指紋を残さない為に月形は手袋をつけていたが、ビニールテープ固定時だけ、作業がやりづらくて外していたのだ。
どうせ自分で回収するのだから、磁石周りの指紋など気にする必要はないだろうと高をくくっていたのだ。
「ですから、これで調べてみて、指紋が一つしかなかった場合」
「一つしかなかった場合・・・・?」
「犯人さんが犯人だという事になりますね」
「・・・・・・・」
ビニールテープを現場にいる人間で確認してみた結果、どうみても指紋は一つだけだった。遅れてやってきた警察の捜査で、その指紋が月形のものである事が完全に明らかになった。
月曜日「風月の間」密室殺人事件。犯人、月形発覚。事件発生から2分30秒。




