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超越探偵 山之内徹  作者: 朱雀新吾
第三話 無能探偵のススメ
19/68

無能探偵のススメ⑩

「『トリート組』に関しては、現場で説明をする。確かめたい事もあるしな」


 そう言って俺は一足先に外へと出た。民宿の前で範人と真由美が下りてくるのを待っている。記者のおっさんも呼ぶかと聞かれたが、呼ばなくていいと答えた。前回といい、あのおっさんはとことん部外者の気質みたいだからな。毒にも薬にもならない。

 夜は更け、村は死んだ様に静まり返っている。皆、どんな気持ちでこの闇の時間を迎えているのだろう。喜ぶ者、今になって不安に駆られる者、良心が痛む者、そして、悲しむ者。

 その時、俺の携帯に着信が入る。俺がいる場所はこの村で唯一携帯が通じる場所だった。登録されていない番号だったが躊躇せずに俺は通話ボタンを押し、耳に当てる。

「よう小僧、久しぶりだな」

「どうも・・・・おっさん」

 取る前からなんとなく分かっていた。このタイミングだ。真由美の父親に決まっている。

「どうだ?首尾の方は?」

「最悪だよ。全てが最悪な方向に転がってる真っ最中さ。村長は死んだよ」

「・・・・・・・・・・・」

 少し、長い沈黙の後、真由美の父親は「そうか、大変だったな」とだけ言った。

「知っていたのか?」

「まあ、少しあの村の良からぬ噂を耳にしてな。調べたんだ。そしたら金と利権の巣窟みたいな場所になってるじゃねえか。アイツは一人でなんとかしようとしていたみたいだけどな。それで、アイツに村中の勢力から命が狙われている事を教えていたんだがな。対処法も」

「対処法?」

「小僧に相談する」

「・・・・なるほどね」

 そうしたら村長の命の危険は「事件」になる。村の住人の額に「犯人」も出ただろう。それならば、対処の仕様もあったかもしれない。いや、だがほぼ全員となるとな。どうだろうか?分からない。とにかくあの小包に入っていた封筒。あれは友人から送られた警告文だったってわけか。

 だが結果、村長は俺達に、俺に何も言わなかった。

「まあ、人を疑う事なんて知らないヤツだったからなあ」

 いや、俺が信用出来ないガキだったからだ。

「突然そんな事言われても信じられなかったかもな」

 違う。俺がもっとしっかりしていれば。頼りになれば。

「小僧、自分を責めるな。お前の所為じゃない」

「・・・・・」

「まあ、アイツ、滅茶苦茶良いヤツだったからな。それだよ。それが今回の敗因だ。どこかでそんな事があるわけないってのと、あったとしてもそれはそれで仕方ない。自分の力不足の所為だって、観念していたのかもな」

「それはちょっと・・・・良い人過ぎるだろう?」

「そうだよ。あいつは良い人過ぎたんだ。アイツの人の良さは、周りの人間を、普通の人間でも悪にしてしまう程の始末の悪さがあった。昔からな」

「・・・・・」

 それは、なんだか分かる様な気がした。自分では結構綺麗だと思っているシャツを着ていても、隣のヤツを見ると更にピカピカのシャツを着ていて、自分のシャツが薄汚れて感じる気持ち。分かるが、だからと言ってピカピカのシャツの持ち主を殺して良いわけではない。

 まあ、つまりは、村長はとことん良い人だったって事だな。

 範人の勝ちだ。圧勝だ。俺は信じられなかった。完全に村長の良心を疑ってかかり、更にはその子供まで犯人扱い。まったく、救えない。

 最初に真由美が頭脳で分かって、次に範人が信念で信じて、最後に俺がやっと辿り着いた。本当に、探偵が聞いて呆れるな。

「そうか。止められなかったか・・・・」

「なあ。あんたがいたら止められてたか?」

 しなくてもいい質問をした。それでも俺は聞かずにはいられなかったのだ。

「あ?ああ、当然だ」

 当然か。強いな、やっぱり。

「さっきも言ったろ。お前の所為じゃない。やめておけ。それは俺の役目だ。それに俺は別に強くなんかはない。お前より少し大人ってのと、お前よりかなり人を頼りにしているってだけだ。とは言っても、最初からお前には期待なんかしてねえよ。お前みたいな無能探偵にはな」

「ああ、分かってるよ」

 今のは俺を気遣っての悪態だ。身に染みる。

「あと、お前の訳の分からん能力な。アレはダメだ。使えない」

「それに関してはもう現在進行形で痛感しているよ・・・・」

 今度のは本当のダメ出しだ。だがおっさんの言う通り。能力の所為で俺は思考を停止してしまう。今回は特にだ。能力が無ければ塔子ちゃん達を疑う事は無かっただろう。

 黙り込んでしまった俺に、おっさんは少し高い声で話しかける。

「まあ、とにかく今無事なんだ。なんとか自分の身と、出来れば――」

「分かってるよ。真由美は守ってみせる、絶対に」

 色んな意味で・・・・な。

「・・・・すまんな。いつもありがたく思っている。あと――」

「塔子ちゃんだろ?まあ、それもなんとかしてみるよ」

「・・・・お前も随分人の心を読むようになったな」

 嬉しくねえよ。そんなのちっとも。

「あと、この後出会う少女もな」

「え、何だって?」

「ちょいといわくつきの子で、なんとかしたいんだが、どうしようもない。手の出しようもない。面倒くさい組織が絡んでいてな。会おうにも会えないんだわ」

「何の話をしてんだよ」

「で、何でもお前と縁があるみたいだからお前に頼もうと思ってな」

「はあ?」

「まあ直に分かるさ。首謀者?ってのでもないのか、今回は」

 それだけ言うとこの話はここまでとばかりにおっさんは黙りこくるのだった。

「まあいいや」

 俺は気を取り直す。

「この村の事は大体分かったよ。もうこっちも締めにかかろうと思う」

「そうか」

「最後に一つだけいいか?」

「何だ?」

「この村にハロウィンパーティーは?」

「ねえよ。別のパーティーなら、あったかもな」

 簡単な答え。有り難い。

 そして俺は、携帯を切った。

 ああ。やはりこれが真相か・・・・。

 こういう時にしっかり推理出来ても意味ないんだよな。

「少し、悲しいな」

 人が死んでからしか役に立たない。

 まったく、俺の能力は一体何なんだろうな。

 俺はそんな取りとめのない事を考えながら、目の前の木と未だ降り止まない雪をぼんやりと眺めていた。その時である。

「よーう、少年探偵」

 可愛い声と同時に、木の陰から白い服の少女がひょこっと現れた。

 動物の帽子を被り、そこから零れる絹の様なサラサラヘアー、天使の様に無垢な笑顔。俺は素直に驚いた。

「彩華、何でお前がここに」

「きゃぴ」

 ごくり・・・・超絶可愛いじゃねえか。いやいや違う。騙されてはいけない。相手は犯罪の申し子みたいな少女だ。まあ、可愛いのは変わらないがな。色あせない可愛さではある。

「ちょっとねー。面白い事件が起きそうだって聞いてさ」

 またコイツは、犯罪レーダーでも持っているかの口振りである。

「まさかここ、お前の出身村じゃないだろうな」

 それなら凄い納得なんだけど。犯罪者の村って。

「違うよ」

 だがそれは直ぐに否定される。

「事件の匂いする所に彩華あり、だよ」

 それは探偵の台詞だ。ていうかこいつ俺の刺客だっけか?「謎の組織」だか何だかの。ひょっとして今回も・・・・?

「で、お前は何したんだ。村人をけしかけたのか。それとも高みの見物か?」

 彩華はちっちっちと人差し指を顔の前で振った。まったく、何て可愛いんだ。

「あのね、こんなおっきなつらら運んだよ!」

「てめえ『馬鹿組』か!!!」

「うわあああ!やめてええー!人殺しー!」

 首を絞められてきゃあきゃあ悲鳴を上げる彩華。

 もう頭が痛い。あれの所為で俺がどんだけフォロー入れたと思ってんだ。だが、俺は直ぐに彩華を解放してあげる。少女虐待はいけないからな。直ぐに彩華はぴんぴんして俺につららの素晴らしさを語り始める。

「消えた凶器・・・・最新鋭の大前線、最高の謎を天使で悪魔なこの私が提供してあげた訳よ」

「超古典で懐古的、まさか現存するとは思わなかった謎だよ」

 被害者びしょびしょだったよ。塊残りまくりだったよ。

「それに時限式でもないだろうあれ。何なんだよまったく。宝くじか何かのつもりで仕掛けたのか?」

「おろ。そんな事ないよ。落としたいタイミングで落とせるよ?」

「嘘つけ」

 天窓に仕掛けなんてどこにもなかっただろうが。

「あのね、落としたい時になったら思いっきり外からドン!って家を揺らすの。そしたらその衝撃で天窓が開いてつららは落ちるのさ」

「・・・・」

「どう、あまりに画期的な仕掛けに言葉が出ないようね。オホホホホ」

 ・・・・あまりに馬鹿馬鹿し過ぎて言葉が出ないんだよ。まさか、それで本当に、かすり傷とはいえターゲットを狙えたとは。いや、それぐらいアナクロな方が逆にシンプルで成功しやすいの・・・・か?

 まあいい。どっちみちつららなんだから。どんな方法で落とそうが今更驚かん。という事はあの八百屋は見張りではなく、つららを落とす実行犯でもあったのか。何だ何だ。俺の推理、ことごとく外れちゃうねえ。まあ、ただの中学生だからな。こんなもんです。

 これなら「大雪の日を待ったから全グループが同時になった」も疑わしい。彩華が首謀者だったらやっぱり俺がターゲットという事にもなるだろう。その為に全ての犯行計画の帳尻くらい合わせかねん。いや、よく知らんけどね。「謎の組織」の力がどのくらいのものか。

 そもそも、俺にけしかける為の犯罪だったらそれはつまり・・・・。

「・・・・俺の所為で死んだのか。村長は」

「いーや、違うよ」

 軽く首を横に振る彩華。

「別に探偵がいなくてもこの事件は起きていたよ。この村閉鎖的で何人か性格の悪い奴等が色んなリーダーやってたからね。まあ、確かに時期であったり、やり方は違っていてたかもしれないけど」

 それを聞いて俺は心底ホッとした。自分の所為で人が死ぬなんて、考えるだけでも嫌だ。

「それに『恨み』や『打算』や『殺したい』という動機は全部村人達の物だしね。あ、今回『恨み』はなかったか。船の犯人もブルマ泥棒もアイツら動機は丸ごとアイツらの物だったでしょ。まあ、更に今回は殺意の増幅や行為の後押しもしてないし。あたしには関係ないからねー。影も残さない。動機も何もあったもんじゃない。あたしはただ村人達の動機を利用して、線と線を繋いだり絡ませて遊んだだけなのさ。純粋にー。きゃぴ」

 犯罪行為史上主義、だっけか。

 行為にのみ意味がある、的な。

 コイツにとって今回は、いやいつも「意味の無い殺人」なんだな。そしてそれが全てなんだ。

 まったく、イカれてるぜ。

「あ、でも」

「何だ?」 

「つららはあたしのアイディアだけどねー」

「あ、そ」

 それならその行為はコイツの、「謎の組織」の理念とまるっきり外れた事になったな。つららは村長の死には一切関係しなかったが、最後の最後でその死に様に、いや、生き様に関わる事となった。つららのおかげでメッセージを送れた。

「で、それ以外のおいたはないだろうな?」

「ないよ」

「本当かよ?」

「きゃぴ!!」

 ああ、身悶えするくらい可愛いぜ。

「まあ本当の様だな」

「斧で橋を壊したくらいだよ」

「てめええええええええ!!」

「ぎゃあああああああ!!!」

 俺は再び彩華の細い首を締めあげる。

「何て事してくれたんだよ」

「だってだって当たり前じゃん。探偵が帰ろうとしてんだもん。引き止めなきゃ。村人達はそれぞれの計画で手一杯って感じでさ。あたし一人でやったんだよ。すごくなーい?」

 だから橋が壊れた時も村人達の額には「犯人」と出なかったわけか。それで俺は橋が壊れたのは偶然だと思った。なるほどね。ああなるほどね。

「じゃあお前、ついでに聞くが、事件が起きた時はどこにいたんだ。まさかその場にいたんじゃないだろうな」

「やーだよ。雪の中に埋まるなんて寒いし馬鹿らしいし。ちょっと離れた所から見てたよ」

「裏口は?」

「うん?」

「裏口から女の子達が入っていっただろう?」

「あー、うん。太っちょのおじさんが後ろ向きで帰って行った後ぐらいに来てたね。もう、誰もいなくなって遂につらら落下だと楽しみにしていたのに」

「箱を持って?」

「うん。一人箱を持ってた」

「了解」

 やはりそういう事か。村長が帰ってから塔子ちゃん達は裏口から家に入ったんだ。

「その後は?」

 一応聞いてみる。

「ターゲットのおじさんが倒れたでしょ。女の子達がどっか行って、ここで待ってました!彩華が参加してたグループのおじさんが家に体当たりして、つららが華麗に落下」

 腕にかすり傷程度なんだがな。

「で、あのおじさん。村長が死んだか確認する係でもあったの。家の中に入って窓から出て、トリックで密室にするって」

 やはりな。そこは俺の予想通りか。更に確実につららで殺せると思っていた訳ではないという事実も窺えて、俺は少し安心した。

「でね、こっからが超可笑しいの!窓開けたら案山子が倒れ掛かってきて、と思ったら案山子首吊りになって、矢が刺さっちゃったの!!きゃっきゃっきゃ」

 つららを落とす為、八百屋が家に体当たりしたその時、窓際にあった案山子が傾いて窓に寄りかかった状態にでもなったのだろう。そして、八百屋が窓を開けたら案山子が倒れてきて、遠目で見ていた郵便局員は村長と間違え、慌ててバイクを発進。ボウガンの仕掛けは自動的に発動する、と。コントみたいな有様だな。

「おじさん、腰抜かしちゃって。何とか窓だけ閉めてトリックも使って、そのまま震えながら雪に潜っちゃった」

 八百屋のあの幽霊でも見た様な顔は、案山子の悲劇を超特等席で見たからだったのか。まあ無理もないか。同情するぜ、八百屋。

「ところで、前から気になっていたんだが、お前の帽子って何の動物なんだ?」

「え、これ?」

「うん。熊か?犬か?」

「違うよー。バクだよ」

 バク?それはまたレアな動物を起用したもんだ。

「まあでも探偵が熊とかと間違えるのも仕方ないかな。神が動物を創造した際に、余った半端物を用いてバクを創ったって言われているんだよー」

「ふうん」

「ちなみにこの帽子は組織から支給されるのだ」

 自信満々に胸を張る彩華。何だよ支給って、「謎の組織」の制服みたいなもんなのか?

 適当に感心しながら俺はそのバクの帽子をチラッとめくる。

 当然額には「犯人」。まあ、そうだわな。

「何すんのさ。えっち~」

 頬を膨らませる彩華。

「あれ徹君、その子は、船で一緒だった?」

「何だ、知り合いの子か?こんな遅くに一人か?」

 そうこう言っている間に真由美と範人が支度をして外へ出てきた。

「ああ、この村に親戚がいるらしくてな。偶然だな」

 真由美はこの時点で嘘だって気付いているだろう。ブルマ泥棒の件も話しているからな。

「谷崎範人だ。よろしくな」

「小中野彩華です。よろしくお願いします」

「君みたいな小さい子がこんな夜中に一人で外に出てきたら、危ないぞ。お世話になっている家はどこ?送ってあげよう」

 範人が屈んで手を差し出す。

「ちょっとだけ、遊びたい」

「・・・・仕方ない。ちょっとだけだからな」

 そして初対面の二人は雪合戦を始めた。今日、やる事が叶わなかった雪合戦だ。範人はすぐに誰とでも打ち解ける。彩華とも一瞬で仲良しになった。

「あの子、本当一体何なんだろうね」

「ああ」

「『謎の組織』ね・・・・」

「本人も先月言ってたしな。お前の親父も知ってたぞ。結構有名なのかもな」

「え、お父さんと喋ったの?」

「ああ、色々教えてくれた」

「村長の事は・・・・」

「話したよ。残念がってた」

「そう・・・・」

 そして俺と真由美はただ眺める。範人と少女の雪合戦を。白球が弧を描く様を。

 範人。お前は目の前の少女も信じるのか?

 事情はよく分からんが、犯罪に魅入られ、その全身を罪に染めたその天使の様な女の子。着ている服の白さを、周りに積もった雪をも巻き込み、覆い尽くす程の闇を背負ったその少女を・・・・お前ならなんとか出来るか?

「行くぞ彩華ちゃん」

「負けないよ、おにいちゃん」

 そしてやはりいつもお前が「おにいちゃん」なんだな。


 しばらく遊んで、彩華を泊まっている家まで送り届けてから、俺達は雪が降る中、村長の家へとやってきていた。塔子ちゃんはいない。一人でここに寝せる訳にはいかないからな。恵子ちゃんの家に泊まっているらしい。楓ちゃんも一緒に。それなら安心だ。

 当然村長の遺体はもうない。役場に運ばれたそうだ。犯人達の手で。

 散らかっていたテーブルやクラッカー等は片づけられ、ある程度整然としている。だが、壁や天井にある歓迎会用の飾りはそのままだった。更に言うなら案山子もそのまんまだった。頼むからこれだけは片付けていってくれよ・・・・。

 俺はダイニングの中心に立つ。玄関側に真由美。窓側に範人。

「塔子ちゃんの言う楽しみって言うのはハロウィンの事じゃなかったんだ」

 最初から言っていたしな、塔子ちゃん。別にハロウィンは好きじゃないけど、その日は楽しみって。これも真由美は分かっていたんだろうな。いやあ、今回は厳しいな。何かサポート薄くないかい?いや、これは良い方向、なのかもな。

「塔子ちゃんはハロウィンじゃなくて10月31日が楽しみだった」

「どういう事だ?一緒じゃないのか?」

「違うんだな。そもそも俺達は何をしにここに来たんだ」

「何って届け物だろ。マユミちゃんのお父さんから頼まれて」

「届け物って何だった?」

「・・・・東京タワーの置物」

「もっと早くに気付くべきだったな。まあ、気付いた所で全てが完全に手遅れだったんだが。俺は未だにあの時どうしていれば正解だったか分かんないよ」

 突然の全員「犯人」に俺は思考停止してしまった。全員が「犯人」だと一気に思い込んでしまった。自分の能力に呑み込まれたのだ。

「本当に簡単な話だった」

 ――ハロウィンは別にだけど、楽しみ――。女の子は複雑、なんかじゃない。至ってシンプルだ。俺はくす玉から垂れ下がる白い紐を手に取る。

「あれ、そのくす玉は、あれだろう?俺達の歓迎会の時の。『ようこそ』の垂れ幕が入っていた」

 そこで範人が首を傾げる。

「あれ?でも閉まっている?」

 そう、閉まっていた。一度俺達の歓迎会で開き、今は閉まっている。それはつまり、そういう事なのだ。

 俺は紐を引っ張る。歓迎会の時と同様、紙吹雪が舞い、紙テープが垂れ下がる。

 そして中心からは垂れ幕が。


『お父さん、お誕生日おめでとう』


 まあ、そういう事だったんだな。

「10月31日は、村長の誕生日だったんだ」

 考えたら分かる話だった。真由美の親父の贈り物。俺達の歓迎会がちょうど良かったと言った塔子ちゃん。片付けをしなかった塔子ちゃん。何故か閉じられていたくす玉。そして、クラッカー。

「これが真相。塔子ちゃん達は村長の誕生日パーティーを計画していたんだ」

 塔子ちゃん達は村長を殺してなんかいない。本当に良い子だった。範人の言う通りだ。子供が親を殺す訳がないのだ。

「なるほどな・・・・。そういう事だったのか。じゃあトオル。聞かせてくれ」

 範人が俺に当然の質問する。

「じゃあ何でお前は塔子ちゃん達を犯人だと思ったんだ?」

 範人は俺の能力を知らない。言った事はあるのだがよく理解出来ていないのだ。

「つまり、凄いヤツって事だろ?」ぐらいにしか理解していない。

 ああ、もう本当に俺の能力は使えない。今回は本当にこれに振り回された。全員「犯人」という極限状態という不可抗力はあったかもしれんが、それでも冷静に考えれば。信じられれば。前回、範人を信じた様に。抜け道はあったのに。というかそのまま前回の範人と同じからくりだったのだ。大胆な使い廻しとはまさにこの事である。

「塔子ちゃん達は『犯人』だよ」

「何のだよ?」

 そして俺はダイニングの奥へと歩く。暖炉の前で屈み、その中に手を入れた。

「公民館から盗まれたロウソク泥棒のな」

 そして俺は取り出した。暖炉の中に隠された誕生日ケーキを。


 そうなのだ。塔子ちゃん達の額の「犯人」はロウソク泥棒の「犯人」だったのだ。その証拠に公民館からなくなっていたロウソクが暖炉の中のケーキにしっかりと刺さっていた。

 それは先月の範人と何ら変わらない。別の事件の「犯人」だったという事である。

 俺があの時おばちゃんから公民館のロウソクがなくなっている事を耳にしなければ少女達の額に「犯人」は浮かばなかったのだ。なんせ農作物泥棒の猿にも反応する超敏感な能力だからな。まったく、紛らわしい能力だよ、本当。

「犯人」と浮かぶ能力から招いた失敗。前回から学ばなかった失態。思考停止してしまった俺。まったく何が超越探偵だ。とんだ無能、欠陥探偵もいい所だ。

「医者から毒を飲まされた村長。玄関、裏口、窓といつの間にか施錠される。家を後にする医者。これで毒が回って村長が死ねば、密室殺人成立。だが、慎重になり過ぎてカプセルの耐久度を間違えた。なかなか村長に毒は回らなかったんだ」

 そしてその内、塔子ちゃん達が裏口から鍵を開けてやってくる。サプライズパーティーだ。

「ちょうど俺達の歓迎会があったんだから飾りは片付けなければそのまま使える。くす玉だけ村長がいない時にでも中身を入れ替えておけばいい。こっそりと全て準備するよりもとても楽だったろうな」

 ――「でも、ちょうど探偵さんが来てくれて助かったよ」

 ――「え、何で?」

 ――「フフフ、ヒミツ」

 あの時の塔子ちゃんの台詞はそういう事だったんだ。

 誰かが村長の気を引いている隙に恵子ちゃんの家で皆で作ったケーキを暖炉に隠す。

「そして、いよいよ種明かしを始めようと、クラッカーを引いたその時だ。あろうことか、村長に毒が回ってきた」

 何て残酷なタイミングなんだろうな。自分で言っていて信じられない。

「苦しみのたうち回る村長。悲鳴を上げる塔子ちゃん。誰か大人を呼びに行こうと、恵子ちゃん達に手を引かれ、裏口から駆け出していく」

 その悲鳴を俺達は聞いたのだ。

「で、ようやく誰もいなくなったと思った『馬鹿組』のつららが仕掛け(?)によって天窓の真下にいた村長の腕にかする。村長はうつ伏せになり、腕から出ている血で、最後の力で床に字を書いた」

 その後は『首吊り組』と『ボウガン組』が参戦。まあ、村長は死んでしまっているだろうから、関係は無いのだが、状況は先程彩華から聞いた通りだ。そしてその全ての勢力の行為が現場に残り、俺はおおいに混乱。更に全員「犯人」という前代未聞の現象に超混乱の思考停止、という訳だ。

「いやあ、信じられないよな?何だこりゃ」

「だが、それが真実なんだよな?」

「ああ、現実だ」

「楓ちゃんの脅迫状は?」

「あれは、まあ若気の至りだろうな。俺が無能なばっかりに余計な事を現場で言っちまったから・・・・。明日にでも聞けば答えてくれるよ」

「そうか」

 これで全ての真相が出揃った。最後の一つを除いて。

「で、どうするんだ?」

 範人が俺に聞く。

「ぶちまけるのか?」

 当然、その選択肢はある。

「村中全員が共謀しての殺人だと思っていたんだ。だから迂闊な行動はとれなかった。だけど犯人も全然一枚岩じゃないと分かった今、なんとかなるかもしれないぞ」

「まあどうだろうな。どうするかな・・・・」

 特に何も考えてはいなかった俺は適当に答えた。

 そして、次の日を迎えた。


 

 早朝、村の入り口にて。

 見送りは村人全員。それは別れを惜しむという事ではなく、最後まで見張られている、という事だろう。

「村人の皆さん」

 俺は全員を見廻し、神妙な声を放つ。

「実は、皆さんにお伝えしないといけない事があります」

 そう切り出した。

「村長は自殺等ではありませんでした。犯人は・・・・この中にいます」

 というかほぼ全員なんだがな。子供達以外。

 当然、村人達はざわざわ騒ぎ出す。

「自白なら、まだ間に合います。ですので、正直に告白してください」

 俺のその一言で、辺りは静まり返る。

 一日考えて、俺はこの村の、最後の良心に掛けてみる事にした。

 ・・・・・・・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・・・。

「あ、あの・・・その・・・」

 そして、しばらくしてある一つのグループが自白をしてきたのだった。


「お父さんの誕生日パーティーをしようと。でも、クラッカーを鳴らしたら、お父さんが苦しそうになって・・・・それで・・・・」

 涙で喋れなくなった塔子ちゃんを恵子ちゃんが継ぐ。

「誰か呼んでこようって裏口から出て行ったの。そしたら直ぐに大騒ぎになっていて・・・・」

 涙で喋れなくなった恵子ちゃんを楓ちゃんが継ぐ

 三人共、泣いている。

「心臓が悪いなんて、し、知らなくて。ご、ごめんなさああい」

「塔子ちゃんは悪くない。私達の所為なんです、うう」

「ゆ、許して下さい」

 そして少女達は号泣しながら座り込んだ。

 自分達が村長を殺したのだと、勘違いして、胸を痛めている。

 それであの脅迫状を送ったのだ。書いて、送って、直ぐに後悔して。俺が「村長はクラッカーで心臓発作を起こした」なんて馬鹿な事を言ってしまったばっかりにな。

 この子達は殺していないのに。

 村長は心臓が悪くなんかなかったのに。

 犯人ではないのに。

 俺は真犯人の村人達を、大人達を見回す。

 彼らは俺達を、塔子ちゃん達を遠巻きに眺めて、誰も声を出すものはいない。

「この・・・・!!」

 範人が怒りの声をあげようとするのが分かった。

「―――!?」 

 それを俺は右手で制する

 まったく、何て無能なんだ俺は。本当に。

「自白がありました。犯人はこの子達だそうです」

「おい、トオル?」

 まだ泣き止まない少女達。そしてまだ何も言い出さない大人達。

「・・・・ヘドが出ますね、まったく」

 俺は誰にともなくそう呟いた。

「このまま黙っていたら、この子達が全ての罪を背負ってくれるとでも?腐ってる。まったく腐ってる」

 村人の一人がシラを切る。

「おいおい、一体何を言ってんだ――」

「――喋るな、耳が腐る」

「・・・・・・」

 氷のナイフで切りつける様に言葉を叩き付ける。一瞬で黙りこくる男。

 俺は両手を広げ、口を開く。

「さあ、僕は探偵としての役目を果たしました。犯人はこの子達だ。文句ないでしょう。後は好きにしてください。警察に連れていくなり、なんならこの村で処刑したって構わないでしょう」

「待て。お前、何を知っている」

「何も知りませんよ。アンタ達よりかはね。何にも知らない。事情も真実も現実も何一つ」

 俺の気迫に後ずさる村人。小物が。

「僕は何も言わない。アンタ達を追及もしない。犯人指名なんてしてやるもんか。今回僕は自白以外の何も認めない。一生――――額に『犯人』の文字を浮かべて生きろ」

 そして、村人全員を睨みつける。口止めに殺すなら、好きにしろ。だが、ただでは殺されてやらんからな。

今の俺は―――猛烈に、怒っているんだ。

 押し黙る村人達。結局、何もしてくる気配はなかった。

 俺はしゃがみ込み、少女達一人一人の顔を見て、言った。

「君達だけがこの村の唯一の生き残りの人間だ。大丈夫、君達は村長を殺してなんかいない。探偵の俺が保証するから。ただ、公民館のロウソクを盗んじゃいけないな」

「ぐす・・・・。ごめんなさい」

「よし、良い子だ」

 俺は少女達の頭を撫でる。三人の額の「犯人」がスッと消えていった。

「塔子ちゃん。すぐにこの村を出るんだ。この先の橋で待っている。俺達と一緒においで」

 他の子達も連れて行きたいが、他の子には親がいる。例え下種に成り下がっていようが・・・・親は親だ。それに質が悪いのはリーダー格で、他は殆どが口裏合わせや証拠隠滅等に関わった空気的な「犯人」だろう。

 そして、塔子ちゃんにどうしても伝えたかった事がある。

「お父さんからの伝言だ―――」

 俺は塔子ちゃんにその言葉を伝えた。伝える事が出来た。村長の最後の意志を。最後の最後で、尊重する事が出来た。

 塔子ちゃんはその言葉を聞いて、うんうんと頷いて、更にポロポロと涙を流した。

 そして、俺達は無事に村を出る事が出来た。結局、事件は解決しなかった。村人達の額の「犯人」は永遠にそのままだ。範人も、真由美も、当然記者のおっさんも、何も言わなかった。彩華はいつの間にか村からいなくなっていた。今回の勝負は、引き分けか?いや、俺の負けかもな。人が死んだ時点で探偵の負けなんだよ、結局。


 村長の最後の行動。これは俺の推理だ。真実とは限らない。だが、聞いてくれ。

 村長は医者から毒を飲まされる。そして娘から誕生日祝いだとクラッカーを鳴らされる。そのタイミングで不幸にも効力を発した毒。倒れる村長。驚く娘と友達、誰かを呼びに行こうと裏口から外に出る。村長が一人になったとばかりに「馬鹿組」が仕掛け(??)を使ってつららを落とす。村長の腕に刺さる巨大なつらら。そして、結果的にこの馬鹿モノ達の功績は大きかった。殺意を持ったこの行為が、意味を持った。

 村長はどんな気持ちだったのだろうか。自分が死ぬのが理解出来ただろうか。自分が何故死ぬのかを考えるだろう。医者に飲まされた毒が理由だと思い浮かんだかもしれない。いや、そもそも村長は知っていたのだ。真由美の親父からの手紙で。自分が殺されるかもしれない事を。それでも人を信じた。村人を信じた。だから、最後に犯人の名前を記そうと、「あいかわ」と血で、ダイイングメッセージを書いた―――何て事はあり得ない。

 まあ、違うな。

 うん、違う。絶対に違う。

 村長、貴方は本当に凄い人だ。

 倒れる村長。上から謎のつらら。うつぶせの状態から顔を上げると、暖炉の中に大きなバースデーケーキ。ああ、そうか今日は・・・・。

「あいかわ」なんかじゃない。

 最後の力を振り絞って、自分の誕生日を祝ってくれた娘に、

「ありがとう」と伝えたかったに決まっている。


 寄り添いあって幸せに生きていた親子。

 二人はその最後の瞬間まで幸せだった。そうであって欲しいと願った。そう、これは推理じゃない。無能な俺の、何も出来なかった能無し探偵の、せめてもの願いだよ。


 全ては降り積もる雪と共に消えた。嘘みたいな本当の事件だった。


 俺の話を聞いた範人は横で号泣している。

 真由美も珍しく神妙な顔だ。


 考えてしまう。

 俺は一体何なんだ。

 俺に何が出来たっていうんだ。

「よくやったよ。徹君」

「・・・・うん」

 俺の心を読んだかの様な真由美の言葉に、頷かずに答えた。

 頷くと泣いてしまいそうだったからだ。

 更に、範人からは背中をバンと叩かれた。

 号泣したまま、涙を流したまま、だが、その瞳は谷崎範人。陰を落とさない。

「お前はちゃんとやった!」

「・・・・うん」

 頷いてみせた。涙が零れた。

 まったく、本当に、お前と出会えて良かったよ。

 俺は少しだけ前を見て、歩き出した。


 復旧した大橋。そこで待っていると小さな影が走ってきた。塔子ちゃんだ。

そうだ、前を向いて、これからの事を考えよう。

 全ては、この吊り橋を渡ってからだ。


 超越探偵 山之内徹  第三話「無能探偵のススメ」 完



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