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超越探偵 山之内徹  作者: 朱雀新吾
第三話 無能探偵のススメ
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無能探偵のススメ⑨

 そのまま部屋で俺は真相を語り出す。しっかりポーズを決めた後に再び座り込むってのは少々恥ずかしかったけどね。

「村長の事、どれだけ恨まれてるのかなって言ってたよな。それはどういう意味だ。真由美?」

 俺達は三角形になって部屋の真ん中に固まっている。左手が真由美だ。

「ええと、村人全員からまとめて殺されて、可哀想って事だよね」

「それが違うんだ。俺はもう最初のそこから間違っていたんだ」

「どういう事なんだ?」

 右手の範人が聞いてくる。

「つまり、まとめて殺された訳じゃない」

「でも、全員『犯人』なんでしょ?」

「ああ」

 それは間違いない。百パーセント全員が「犯人」だ。

「じゃあ全員犯人だが、まとめてじゃないって事か?」

「ニュアンス的な話になるがな、まあそういう事だ」

 ややこしい、というか。なんとまあ難解?いや、全然難解なんかじゃない。間抜けな事件。俺が想像する通りなら。

「真由美、詳しく聞かせてくれないか?」

「何を?」

「お前言ってただろ」

 そう、その真由美の情報で全てが完成する。

「―――この村にはいくつか勢力があるって」

 そうだ。つまりはこういう事だったのだ。

 村長が恨まれていた、いや、そこに存在する感情は定かではないが、ほぼ村中の人間に殺したいと思われていた事は確実。

 全員から恨まれていたから、とにかくありとあらゆるトリックを駆使して村長を殺しにかかったのだと。俺はそう思った。だが、実はそうじゃなかったなら?


 まとめてではなく、別々だったのなら。


「整理しよう」

「何を?」

「トリックをだよ」

 トリックを整理すれば、まとまる筈だ。

「一つの事件として矛盾なく筋書きが出来上がるトリックを抜粋していくんだ。じゃあまずは殺され方から考えていこうか?」

 俺はてきぱきと話を進める。

「まずは毒殺からだ」

 犯人は毒殺を試みた。

「さあ、矛盾しないトリックだけを考えろ。毒を盛ったらどうする?」

「普通に考えたら、その場を去るよな。毒さえ飲ませたら現場にいる事は危険だ」

 範人が普通に答える。

「そうだな。毒は何重にも加工されたカプセルだ。それで被害者は遅れて死ぬ。家を出る際、自分の足跡は残したくない。さあ、この後のトリックは?」

「被害者の靴を盗んで後ろ向きで帰る」

「そう、そんなトリックがあったな。同じ靴買っておけよって言ってたヤツな。来た時に着いた足跡は積雪で消えていた。帰りの足に被害者の靴をまんま使ったというわけだ。まあこの計画は成功した」

「靴の返し方が最悪だったけどね」

「まあな。そして次に密室だろう。毒を盛り、靴跡に細工をするなら、家が密室であったらもう完璧だ。だが、この村は普段から家に鍵をかけたりしない。田舎の風習ってヤツな」

「ああ」

「村長に内側から鍵をかけさせるのが一番楽なんだが、それは無理だと判断した『その犯人』は、それで靴と一緒に鍵も盗んでいった」

「で、返し方はまた最悪だったね」

 計画としてはこれで一つのセットの出来上がりだ。

「どいつもこいつも推理小説や漫画なんかのトリックばかりを掻き集めて丁寧にそのまま実行した感じになってるな。で、今言ったグループは『毒組』だ」

「『毒組』・・・・」

「毒は心臓発作に見えないわ、真由美の言う通り鍵や靴を置く所を探偵に目撃されるわで、実行時に関しては一切点はやれないがな」

 ザイツ監督や津村君程の実力者なら難なくこなしていたのかもしれないな。

「毒を用意して実際に盛ったのも、医者だろうな。靴も履いていたし。真由美、医者組ってのはあるのか?」

「あるよ。相川さんのグループね。診療所近くの近所のおばさん達はお世話になっているから殆どその勢力に入る。更に診療所は村を分断すると東に位置するの。東組って言われている。そこら一帯の家は相川さんグループだね。何でも相川さんの入れ知恵で皆で色々と詐欺まがいのお金儲けをしていたみたいだよ」

 医者+おばちゃん+東組。金儲けってのはマルチ商法みたいなヤツか?

「つまり、医者率いる東組が『毒組』ってわけだ」

 一つ目の勢力の正体が判明した。

「で、次の勢力。『馬鹿組』だ」

「『馬鹿組』って、ちょっと徹君。ぷぷぷ」

 窘める様に言う真由美だが、顔は笑っている。

「『毒組』はさっき言った通り総合的にはそんな間違った計画でもなかったと俺は思う。結局ズブの素人がやったから実行面でボロが出ただけだ。だがこの『馬鹿組』は論外だ論外」

 俺は語気を強める。

「『つらら殺人事件』だぜ!誰も現実で実行しようだなんて、考えつかねえよ!こいつらなんて『馬鹿組』だ『馬鹿組』!!!ばーか」

「なんか嬉しそうね徹君。『つらら組』でもいいじゃん」

「それは俺も考えたが、やはり『つらら組』よりも『馬鹿組』だろう」

 いや、確かにあんなトリック現実に実行するヤツ目の前で見れて、不謹慎ながら感動すら覚えたのは事実。

「こんなデカいヤツをよ。しかも部屋に残ってるってどうよ?馬鹿じゃねえの!」

 お粗末な結末も最高。だが、人殺しは人殺しだ。まあコイツらの計画だけで本当に人を殺せたのかは怪しいもんだが。かすり傷負わせただけでも奇跡だぜ。

「元々の計画はこうだ。駐在が外から天窓に登って馬鹿でかいつららをセッティングする。溶けて直に落ちるなんとも確率の低いつららだがな。駐在はセッティングしたら梯子を隠す為に離脱。更に別動隊が必要となってくる。これだけ成功率の低い作戦だ。村長が確実に死んだか確認する係が必要だ。窓の外からな。そいつは雪に隠れ、事件が発覚するのを待つ。この見張り役が八百屋だ。つららが落ちたら窓から中に入って玄関や裏口を中から施錠する。で、自分は来た通り、窓から出て、クレセント錠のトリックで鍵を閉める」

 大雑把に言えばこういった計画だ。成功の有無は抜きにして、な。これで「玄関」と「窓」。密室トリックが二つ生じる事となる。

「『馬鹿組』には駐在、八百屋が確実に絡んでいる。真由美、その勢力は?」

「えと―――」

「ハゲチャビンだろ?トップは」

 真由美は一瞬目を丸くしたが、直ぐに頭を縦に振った。

「正解。村役場の村上さんだね。駐在さんの川田さんと八百屋の大塚さんとは幼馴染だよ。村上さんはガキ大将だったみたい。他にも力で手に入れた手下がたくさん。村の西組だね。時期村長候補が村上さんと言われていたけど、村長さんが健在の内は難しかっただろうね」

「権力欲しさか。ほらみろ『馬鹿組』じゃねえか。『ハゲの馬鹿組』だ」

「まったくその通りだ。そんな馬鹿に従って人殺しに協力するヤツらも、大馬鹿野郎共だ」

 範人が大きく肯定する。「馬鹿組」はハゲ+駐在、八百屋、西組。

 さあ、続けるか。

「後の勢力は?」

「南の派閥、郵便局員の堀さんがリーダー」

「『首吊り組』だな」

 ロープを吊り上げる為の原動力用バイクは配達のバイクだろう。コイツは職場の金の着服を村長に追及されていたらしい。

「北の派閥、猟師の屋代さんがリーダー」

「『ボウガン組』だな」

 まあ、猟師だからな。ボウガンの扱いにも慣れていて当然。コイツらは村長から密猟を咎められていたそうだ。

 というかコイツらどいつもこいつも悪いヤツらばっかりだな。「村長に非がある」案件なんてどこにもないじゃないか。

「北と南は朝早くにでも設置すれば大丈夫なトリックだからな。シンプルに一つずつだった。ただ、最悪な事にトリックを仕込む窓が一緒だったってのと、村長と案山子を間違えた」

 最悪というか致命的だな。

「で、これは多分村長が毒で苦しみだしてか、若しくは死んでから作動したトリックだろうな。番外編みたいなトリックだ。殺人の順番で言ったら『毒組』→『馬鹿組』→『首吊り組』『ボウガン組』(同時)だろう」

 予想だが、まあ、間違いないだろう。

「首吊りのロープも、ボウガンの仕掛けも回収出来ずに残ったのは、その前に塔子ちゃんの悲鳴が上がり、事件の発覚が早まったからだ」

 直ぐに俺達や村人達がやってくる。処理どころではなかっただろう。

「この村は東西南北に別れて勢力争いをしていた。これはいいな」

「ああ」

「だったらヤツ等が各々不可解な点を指摘してきた事についてだが」

 俺がぶちキレそうになった、というかぶちキレたあのへんの件な。

「あれもそれで説明がつく」

 何で自分達の犯行が発覚しそうな質問をするのだろうかと、本当に俺の足を引っ張りたいのかと思っていたが、そうではなかった。ヤツらが引っ張りたかった足は俺のではなく「別勢力の足」だったのだ。よくよく考えたら、ヤツ等、決して自分達の不利になる指摘はしていない。全員が全員、自分達以外のトリックに噛み付いていたのだ。

「指摘したのは俺にそれを解かせたかったから。自分で直接相手に告発したら、しっぺ返しを喰らうかもしれない。共倒れは避けたい。なんせ誰も彼もが犯人なんだからな。状況を見て内心びっくりしてただろうぜ」

 医者のおっさんは混乱して、結局、台本にあった心臓発作の一辺倒。最初の時点では出血やクラッカー等には一切触れなかったからな。

「だからトリックも必要だった」

 全てが繋がる。事件が紐解かれる。何て簡単な話だったんだ。それを俺は。

「本当に村人全員が共謀した犯人で、村長1人を殺したいなら、トリックもクソもない。ただ200人で殺せばいいんだ。1対200だぜ。簡単に殺せるし、全員協力者だからバレるリスクもない。そもそも誰にバレるって言うんだ?全員犯人なのに」

 その不可解さにもっと早く気が付いていれば、現場でもっと違う判断が出来たかもしれない。

「俺は最初、あれらのトリックが『俺達の目を欺く為に』作られたものだって考えていた。じゃあ俺達が帰ってからにしろよ、て思うよな。巻き込まれて俺達は良い迷惑さ。だが、そうなったらさっきの話に逆戻り。全員でトリックも使わずに襲えばいい。だが、違った。俺達がいたとしてもいなかったとしても結局トリックは必要だったんだ――」

 そう、それはつまり。

「――敵対勢力の目を欺く為にな」

 そういう事だったのだ。

「この事件のミソは、お互いの勢力が同時に犯行を行うなんて思っていないって事だ。まあ当然だがな。『毒組』が犯行を犯したら、それを暴こうとするのは『馬鹿組』『首吊り組』『ボウガン組』だろう。『馬鹿組』の犯行ならそれ以外・・・・といった感じだ。今日だって結構な睨み合いが繰り広げられていたしな」

 さあ、これで事件は一気に分かり易くなったな。俺はまとめに入る。

「つまり村長殺人は『毒組』『馬鹿組』『首吊り組』『ボウガン組』これらの勢力によって、《別々に、同時に行われた犯行》だったんだ」

 坊さんの殺人事件と全く正反対。

 人間がそれぞれ別行動を取った結果、トリックが残り、謎が残り、残飯を食い散らかした様な痕跡がいたる所に生まれた。

 交響曲じゃない。何て不協和音。

 こんなんじゃ村人全員あの坊さんに正座させられるぞ。

「しかし。別々の勢力が同時にとは・・・・何て偶然なんだ」

 範人は茫然として呟く。まあ驚くわな。

「だが、これが実は偶然でもない」

「え?何でだ?お互い敵対勢力なんだから、申し合わせたりしないだろう?利害の一致で味方になっていたのか。いや、それならお前の言う通り一気に村長を・・・・」

 自分の考えを生み出しては否定する範人に、俺は実に簡単な答えを教えてやる。

「それは、どの計画も雪が多く降っている日が望ましかったからだ」

 決して洒落でハロウィンの日を選んだわけじゃあない。

「『毒組』の靴。村長の靴だ。それを盗んだって事はどういう事だと思う?行きは別の靴で来ていたって事だ。それとそのまま雪の中に潜る『馬鹿組』のトリック。それはそれで『毒組』への質問とまったく一緒だ。『帰らないから帰りの足跡は残らない』それはつまり、どういう事だ?『首吊り組』や『ボウガン組』はもうちょっと条件は楽なんだが、まあ理論は同じだ」

 範人は少し考え、ハッと顔を上げた。

「来た時の足跡が残るな。どの勢力も」

「その通り」

 それだけだ。だが、条件は同じだった。

「だから今日を選んだ。ここ数日で『来た時の足跡を消してくれる』程度に降っている雪の量の日を」

 ―――それがたまたま10月31日。ハロウィンだったのだ。

 本当に、皮肉にも、ハロウィンだったのだ・・・・。

「まあ、こいつらは総じて『トリック組』だな。『馬鹿組』を入れたくはないんだが、村長を殺す目的と一応トリックを使ったという点で」

 俺は続ける。

「『馬鹿組』に至ってはあれで人を殺せるのかどうかがな。つららで殺人って。それは残り二組も一緒だが、首吊りやボウガンはそのトリック自体の殺傷能力は極めて高いからな。まあでも結果だけを考えればやらなくても良かった犯行だよ。『毒組』の犯行は殺人に関してなら、成功したと言えるからな」

「確かにそうだよな。結局、『毒組』以外のトリックは必要なかったわけか。トオルの言う通り、結果を見ればだが」

「ただ・・・・『馬鹿組』が重要な役割を果たしたんだよな・・・・」

「ん、何でだ?」

 範人が不思議そうに問いかけてくる。

「村長にとってダイイングメッセージを書く機会を与えてくれた」

「ああ、『あいかわ』だよな。確かにつららでの出血があったからアレは書けたんだもんな」

 納得がいったという表情で範人が頷く。だが俺は首を横に振る。

「違う」

「え?だが」

「違うんだ」

 確かにこれで「あいかわ」だったら辻褄は合う。ぴったりとパズルのピースが埋まるダイイングメッセージとして成立する。

 だが、俺は違うと確信していた。

 そのピースはその位置じゃない。

 これは村長に対する信頼だ。

 まあ、なんとも、凄い人だな。俺には真似出来ないぜ。

 尊敬と同時に切なくなる。うん、正直切ないぜ。

 俺のそんな表情を見て、真由美が嬉しそうに微笑んだ。

 コイツ・・・・全て分かっていたな。

 まあ、分かっていないわけないか。コイツの事だ、現場ですっかりきっかりお分かりになられていらっしゃったに決まっている。全て知っていて俺を試す様な事ばかりをするからな。一応能力がある俺なんかよりよっぽど探偵向きなのだ。まあ実際に真由美にさせる気は毛頭ないのだが。

 それに、この事件はもう俺の事件だ。俺が解かなくてはならない。この頬の痛みに懸けてな。

「じゃあ、トオル」

 範人が前のめりになる。

「クラッカーは?クラッカーは全ての勢力が追及してたな?」

「そらそうだ。あれはどちらのものでもない。その犯行は―――」

 それこそが最後の、そして最高の勢力。「トリック組」の対抗勢力と言えば、決まっている。

「―――『トリート組』だ」


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