無能探偵のススメ⑧
「道理でおかしいと思ったよ」
血の滲む様な努力の甲斐あって何とか難を逃れ、民宿に戻ってきた俺達。部屋に入って直ぐに、俺は真由美と範人にこの犯罪村の大変な事情を説明していた。
「なるほど。そういう事であんなトンチンカンな推理をペラペラと披露していてたんだね。徹君らしからぬ言動で真由美悲しくなっちゃったよ」
「うるさい」
皮肉はいいんだよ。
「ていうか真由美は途中で気付いてたろ。絶対」
「さあ、どうでしょうか。えへ」
この女。だが、謎解き中は呼ぶまで黙ってろというのは俺が普段から口を酸っぱくして言っている事だからな。
「『ありかわ』さんはいらっしゃいますか?ですって。ぷぷぷ」
「てめえ」
次の瞬間俺は真由美にヘッドロックをかけにいった。
「きゃああ、ごめんなさい。徹君許してー」
きゃあきゃあ言いながら部屋中を逃げ回る真由美。俺は全速力で追うが、袖すら掠らず、結局息だけが上がった。
「死因はまあ毒だろうな」
「毒は即効性だろうね」
「ああ、それは確認した」
中身を水槽に入れた十数秒後には、金魚が見事に浮いてきたからな。
そんな毒でもカプセルを何重にもして加工すれば飲んだ瞬間にはまだピンピンしている。効いてくる時間も調節し易い。
ていうか毒殺好きね、皆さん。確か前々回も毒殺だったよな。その前にも結構多い。銃とかナイフよりも簡単に実行出来るからかな。
「カプセルは何重くらいに加工されてたの?厚かった?」
「えーとなあ」
確か・・・・。
「三重くらいだった様な。一個一個も結構厚かったと思う」
「ふうん。憶測だけど、飲んでから一時間程度って所かな・・・・そういう事か」
「ん。どうした?」
「ううん。何でもないよ。こっちの話」
コイツ、絶対何かに気が付いたな。でも教えてくれない時は教えてくれない。そもそも真由美は気が付いた気が付いてないのレベルじゃないか。
「でもあの死に方は毒丸出しだもんね。もっとあったのに、綺麗な死に方が出来る毒が・・・・」
「まあな」
「まったく・・・・」
軽口を叩いているが、真由美も実はつらいのだ。初めて会ったとはいえ、父親の友人が殺されたのだから。幼馴染の俺には分かる。
「で、つまり今回の事件をまとめると」
そんな様子はおくびにも出さず、真由美がまとめる。
「殺害手段が毒につららにクラッカー。密室作成に、玄関の鍵、窓に仕掛けられた紅白の紐。でも何故か開いていた裏口(これは塔子ちゃん達の仕業なのではないかと思われる)。足跡対策に被害者の靴を盗んで逆歩き、またある人物は雪の中で必死に耐える。で、被害者はしっかりとしたダイイングメッセージ。何か凄いバリエーションに富んでいるよね。推理小説で使われている様々な古典的なトリックから最早都市伝説級のつらら殺人事件。窓を使った首吊りとボウガンのダブルブッキング。クレセント錠の密室トリックも合わせたらトリプルだけどね。窓トリオ?更にはパーティーグッズまで。確実に殺す為に殺害手段を複数用意したのかな?そして逃走手段も同じ様に何パターンか用意して各々が実行した。けどお間抜けさんがいた?」
「そういう事なのか?」
信じ難いがな。
トリックを多めに用意するという事はイコール足が付きやすいというデメリットがある。だから「監視カメラ」のみに気を配ったザイツタミヤ監督のトリック(という技能)は秀逸だったのだ。実際今回のトリックの大半が成功とは言い難い出来栄えではないか。
「それか優柔不断の文化祭実行委員がいたんじゃない?皆の意見まとめられなくて『カラオケお化けプロレスメイド喫茶』みたいな事になっちゃったの」
「そりゃ滅茶苦茶だな」
ツッコみはしたが、真由美、それ良い例えだな。それ、俺が言った事にしてくれないかな?
「それか優柔不断の文化祭実行委員がいたんじゃないか?皆の意見まとめられなくて『カラオケお化けプロレスメイド喫茶』みたいになってさ」
「何で『徹君が言ったバージョン』でもう一度言い直すの?」
「ん?お前前に何か言ってたか?お前の最後の台詞は『殺害手段が毒につららにクラッカー。密室作成に~うんたらかんたら~うんたらかんたら~同じ様に何パターンか用意して各々が実行した。けどお間抜けさんがいた?』という長台詞だろ?」
「捏造されたよ!?」
「これぞ『絶対時感』!」
「しばらく見ない間に能力の幅が数ランク上に行っている!!過去の改竄も可能に?」
しっかりとしたツッコミ。いつもと変わらない。本当、強いよなコイツは。感心するよ。
「で、何でこんなトリックのてんこ盛りなんだ?」
疑問は再びスタート地点に戻る。
「はい!」
ピンと手を伸ばす我が幼馴染。
「はい真由美君」
「ハロウィンだからだと思います」
「トリックオアトリートか・・・・。それは俺も現場で考えたな。悪戯なわけか・・・・。辻褄はなんとなく合うが、30点」
「ぶ~」
そう酷評したが、トリックだらけのハロウィンというのはやはり何かの意図を感じてしまう。トリックだらけ。塔子ちゃん。ハロウィンが楽しみ。ハロウィンガタノシミ―――。
「恨まれていたから、なのかな」
真由美が呟く。
「村長さんがそれだけ恨まれていたから、あんなにたくさんのトリックが」
トリックの数だけ、恨みの数って事か・・・・それはえげつない話だな。
「まあ『犯人』は全員なわけだからな。そうなのかもしれん」
実行犯は医者や駐在達、だろう。郵便局員や猟師も怪しいか。毒を加工したヤツもいればつららの準備をしたり、周りを見張っていたヤツ。首吊りやボウガンの仕掛けをしたヤツ、役回りはそれぞれだ。だが、その誰もが殺人と知って協力をしたのだ。「犯人」が額に浮かぶというのはそういう事だ。
それだけ村長が悪人だったのか。それとも村長以外の村人全員が悪者だったのか、俺にはさっぱり分からない。
村長。医者のおっさん。ハゲのおっさん。ハゲのおっさんの部下達。駐在のおっさん。八百屋のおっさん。猟師のおっさん。郵便局のおっさん。おばちゃん達。その他の村人達。塔子ちゃん達。200人。
おっさんで思い出したが、記者のおっさんは毎度の如くカタカタとメモをしていた。静かでこっちは助かったから何の問題もないんだが。
・・・・記者のおっさん。まさかな
「ちょっと、トイレ」
そう言って俺は部屋を出て行った。直ぐ隣の部屋の前で立ち止まる。
「記者さん、山之内です。入ります」とだけ言って返事を待たずに襖を開け、部屋に入る。中では記者のおっさんが畳に寝転がり、昼間しきりに書いていた電子メモを熱心に眺めている所だった。本当にメモ好きというか、何というか。
「やあ、山之内君。どうしたんだい」
俺はさっと駆け寄ると、おっさんの被っている帽子をちょいと外した。
「ちょ、ちょっと山之内君」
その額は・・・・シロか。
「失礼しました」
「あ、山之内君」
背中を向けすぐさま帰ろうとする俺。呼び止める記者。俺は、襖を開ける手前で、振り返り、一つだけ質問をした。
「記者さん。『地獄先生ぬ~べ~』のヒロインと言えば?」
「律子先生だろ?」
「・・・・・・どうも」
俺はそれだけ聞くと、直ぐに再び背中を記者に向け、襖を開けると部屋を出て行った。
まったく。何なんだあのおっさんは。まさに石コロじゃないか。無害も良い所である。そもそも何故あの明らかにくつろいでいる状態でまだ尚ハンチング帽を被っているんだ。怪し過ぎるだろうが。犯人だと期待したよ。だがまあ、そうだよな。実は黒幕でした、みたいな。そんなドラマみたいな事ないよなあ。まさかなあ。
あとこれは先月も思ったが、やはりこのおっさん、嫌いじゃないけど、超絶合わない。
何で律子先生なんだよ!!!ゆきめだろうが!!雪女で、元々はサブヒロインだったにも関わらず、最終的にはその一途さで、ぬ~べ~と結婚するんだぞ。なんちゅうガッツだよ!!それにここは雪山の村だろうが。大人だったらそういうのにも気を使えよ。
まあ、とにかく合わないな、前世で敵同士だったんじゃないか?
俺は結局トイレには寄らず、そのまま元いた部屋へと戻ってきた。
「違った?」
真由美には俺の行動は全てお見通しだ。
「ああ」
「実は黒幕だった、とかだったら記者さんの株も上がるのにねえ」
まったくだ。気が合うねえ。当の記者本人とは大違いだ。
範人はまったく喋らない。部屋の隅っこでずっと下を向いている。
何も知らなかったとはいえ、あれだけ俺の足を引っ張ってくれたからな。事情を聞いて反省でもしているのだろう。それなら良い心がけだ。誰のおかげで生き残れたと思っているんだ。
「範平太くんは?何か疑問に思った事はない?」
範人を気遣ってか、真由美が話題を振る。
「そうだな」
久しぶりに範人が口を開く。
「全員が犯人ってのは本当なのか?」
範人にはその事実から信じられないらしい。まあ、こいつは性格上人を疑う事を知らないからな。それも仕方あるまい。
「範人、それは仕方ないぜ」
その地点に俺はもういない。
「だって顔に書いてあんだもんよ」
俺の能力は絶対なのだ。村長が殺される前に「犯人」だったヤツもいない。つまり、冤罪もない。全員が「村長殺人事件」に反応して浮かび上がってきた「犯人」という事なのだ。うん?そうだよな?
「本当にそうなのか?」
まるで俺の心を読んだかの様な範人の問いかけ。
「だから、言ってるだろう。この村の全員が犯人だったんだよ――」
「待って、部屋の外に誰かいる」
会話を遮り、真由美が俺達の後ろの襖を指差す。すると、スッと、襖と襖の間に紙切れが差し込まれた。
すぐにダダダという小さな足音。
俺と範人はすぐさま襖を開けて廊下を見る。その後ろ姿は・・・・。あれは楓ちゃん?
俺達は部屋に戻り真由美が持っている紙切れを覗きこんだ。
「このけんからてをひけ」
小学生の女の子が書いた様な丸文字。決定的だった。手を引けも何も、それは今俺が本気で願っている事だよ。
「・・・・」
「・・・・」
「な?御覧の通りさ。大人から子供まで真っ黒なんだよ。この村は」
俺はますます馬鹿らしくなって畳にゴロンと転がった。何日か寝泊りして慣れ親しんだつもりの天井が、初めて会った見知らぬ他人の様に見えた。範人も俯いている。
「とにかく、今日はなんとかしたから、後は明日、このまま無能オーラをプンプンさせて村を発てば問題なし、だな」
「・・・・それであの推理か?」
範人が俯いたまま、俺に聞く。
「言ってるだろ?無能探偵を演じた訳さ。感謝しろよ?」
「違う」
首を横に振る範人。俯いたままだ。
「俺が言っているのは、お前の本当の推理だよ」
「あ?だから言ってるだろうよ」
何度言わせれば気が済むんだ、コイツは。俺は体だけを起こし、
「村人全員犯人だよ」と言った。
「なるほどな」
頬にとてつもない熱を感じ―――気が付いたら俺は畳を転がっていた。そのまま壁にぶつかり、勢いが止まる。
殴られた、と判断するのにしばらく時間がかかった。
そして何故殴られたのか判断しようと更に時間を費やしたが、結局理由には辿り着けなかった。
「何ふんだよ」
上手く喋れない。頬が痛い。
「自分で言った通りだな、お前は無能だよ」
顔を上げた範人のその目は、熱く、怒りで真っ赤に燃えていた。
「何なんだよ。何が気に入らないんだよ」
わけが分からん。「おい」と真由美に顔を向けるが、真由美は一切止めに入らない。静かに畳をむしっている。
「お前の目だよ」
「目?お前何言ってん・・・・」
またぶん殴られた。再び畳を転がる。マジで痛い。
「おまえ、いい加減に・・・・」
「いい加減にしろよ!」
俺の台詞を範人が奪う。圧倒されて声が出せない。いや、待て。何なんだ。何でコイツは―――こんなに怒ってんだ。
範人が畳の上に転がっている俺の下へゆっくりと近づいてくる。怖い。まるで鬼神の様だ。
「な、な、何だよ・・・・」
上手く喋れない。範人は俺の足元までやってくると、しゃがみ込んだ。目が合う。逸らせない。
「村上さんは、相川さんは、村中殆どの人間が、村長を殺したのかもしれない。オレにはそれすら信じられないが。それは事情があれば致し方ない。だがな―――」
そして、俺は思い切り胸倉を掴まれる。
「子供が親を殺す訳ないだろう!!!!!!」
「・・・・・・・・」
俺は呆気に取られた。しかしその言葉は俺の胸に簡単にストンと―――いやいや、ちょっと待て。違うだろうよ、おい。
「いや、でも。おま、見ただろう?」
理性が先に俺の口を開く。
「楓ちゃんだったじゃないか?」
その子供の友達、楓ちゃんからの脅迫文が届いたばかりじゃないか。
更に今の世の中、事件は多様化して、何が起こってもおかしくない。
「だから、塔子ちゃん達も『犯人』なんだよ」
何で俺にこんな事を言わせるんだ。天使を悪魔にさせる様な事を、俺の口から。
「違うな」
それでも範人は否定する。俺の理性を、能力を否定する。
「それが事実でも、オレが許せないのは。オレが怒っているのは、お前がそれを信じているって事だ。何の疑問もなくな」
心臓がドクンと波打った。あれ、何で?何だこの感覚。
「オレが疑われた時、お前はオレを助けてくれただろう?」
それはだって状況が・・・・。
「この間のブルマ泥棒だって、誰が見てもオレがやったと信じて疑わない状況で、それでもお前だけが俺を弁護してくれた」
だって、お前がそんな事するわけないじゃないか。例え額に「犯人」と書かれていても・・・・。
――例え額に「犯人」と書かれていても?
「そんなお前が、塔子ちゃんを疑うのか?」
金槌で頭を殴られた様な衝撃だった。何だ?
俺の理性が気を失いかけている、のか?。そうだ。そう、だよな。あれ?そうなのか?逆か?理性が目覚めつつあるのか?
待て待て。待てよ。冷静になれ。だが、無茶を言っているのは、範人だよな?
状況が違い過ぎる。事情が違い過ぎる。
おいおいおい、範人待ってくれよ。それとこれとは話が別だろう。
「おいおいおい、範人待ってくれよ―――」
とそこまで口にしてから、止めた。俺の死に懸けの理性が、違う方向に、閃いた。
この間のブルマ泥棒?冤罪?
まてよ。今回もか?
その可能性を考えるのなら。俺は、今回の事件のあまりにものインパクトで・・・・。更にはなんとかしてあの場を脱しないとという使命感も相まって・・・・。
アレ?真相って・・・・。
俺の脳内は自動的に巻き戻しを始める。今日一日をプレイバックしていく。
「え、あれがコレで。これがアレ?」
うん、そういう事もあるかもしれない。
ええ、と。つまり、それはあの坊さんの事件の・・・・逆?
じゃあ、まさか。全ては・・・・・・・・・・・・・・。
そうか。
「・・・・はは。はははは・・・・はははははははは!!」
俺は気が付いたら笑っていた。おいおいおい、可笑しいぜ。凄え可笑しい。何でこんな事になるんだよ。
何だ何だ。何だよコイツ。谷崎範人。
「ははははははははは!!!!何だよ!そうかよ!!はっはっはっはっはっはっは!!!」
―――あっという間に、靄が晴れた。
たった二発だ。たった二発殴られて俺の世界は一変した。マジかよ。こんな事があるのか。
「トオル・・・・」
「お前の言う通りだよ。範人。俺はどんだけ無能だったんだろうな」
能力が無いから無能なのではない。考える脳が、魂が無いから無能なのだ。
まったく、それなら俺は完全に無能だった。
「いやあ、良かった。本当に良かった」
「何がだ?」
「お前を無理矢理連れてきて、だよ」
「オレはお前と出会えて良かったと、いつも思ってるよ」
「返し超絶格好良い!」
主人公俺ですけど?
「じゃあここでやってもいいか?」
俺は範人に伺いを立てる。
「何を?」
「いつものヤツだよ」
「どうぞ」
真由美が手の平を差し出し、促す。俺はゆっくりと立ち上がり、しっかりと前を向く。その方向には壁しかないが、それも構わない。俺が見据えるのは、その先、この村全体だ。
「謎は全て解けた」
壁に向かって指を差す。
「犯人は百パーセントの確率でこの村の大人達だ」
パチパチという真由美の拍手だけが部屋に響いた。
村長は死んで、謎解きに意味などない。だけど、俺はこの謎を解く。
何故なら俺が――――超越探偵だからだ。
俺も行けるのかな?あっち側に。真由美の親父や村長、範人がいる熱いあの場所に。少しだけ、ほんの少しだけそんな夢を見た。俺の頬にその一片が、ある。