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超越探偵 山之内徹  作者: 朱雀新吾
第三話 無能探偵のススメ
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無能探偵のススメ⑥

 しばらく現場をウロウロしながら考え込んでいるふりをしていた俺は、部屋のど真ん中の地点でその歩みを止めると、こう言った。

「謎は全て解けた」

 そう解けた。とっくに解けてはいたのだ。

 勿論「犯人はお前達だ!!」とは言えない。

 周りの空気は緊張に包まれている。探偵が自分達の犯した罪に気が付いているのか、咎める刃が向けられるのではないか。その時はいっそ・・・・。血生臭い空気が俺の喉を締め付ける。どこにも逃げ場はない。守ってくれる者がいない舞台の恐怖を俺は初めて知った。無能刑事なんて言っていつも馬鹿にしていた事を後悔する。やはり警察はそこに存在するだけで抑止力になるんだな。本当に偉いもんだ。

 そんな事をぼんやりと考えながら、俺はいつも通り右手を真上に翳して止める。部屋中に緊張が走る。

そして俺はその手を、そのままダランと、下ろした。

 俺は宣言する。

「犯人は、百パーセントの確率で・・・・・・・いません」

 張り詰めた糸の様な緊張が、そのままの状態で制止する。切れる事は、ない。

 俺が、切れさせない。

「村長は薬を飲み忘れて、心臓発作を起こして死んだ。それがこの事件の全てです」



 選択肢④

「事件を解かない」


 俺がトリックに気が付かなければいいのだ。

 前だって犯人と協力した事があった。あれの応用だ。今回は勝手に俺が協力する。無能を演じて。そしてモチーフは無能刑事。役に立たない。血にも骨にもならない存在にならなくてはいけない。頼む、今だけ俺に無力を貸してくれ。


 そう、今日だけ俺は、無能探偵山之内徹だ。


「トオル。そうなのか?本当に犯人はいないのか?」

 範人が俺を問いただす。気丈を保っているが、目は赤くなっている。そういえばこいつは俺や真由美の様に殺人事件に慣れている訳ではない。また死んだのは短い付き合いではあったが、知人だ。動揺して当たり前だ。

「ああ、そうだ。事故だよこれは」

 俺は言い聞かせる様に範人の目を見つめる。

 これは事故だ。自宅で村長は心臓発作で倒れた。ただそれだけの悲しい事件なのだ。何の文句がある。誰も口を挟むんじゃない。範人でもだ。俺の描いたシナリオの上で踊ってもらう。

 真実は、人命より軽いのだ。


 幸いな事に、今回は密室トリックだ。扉も窓も施錠されていた状態、これなら確実に裏口も鍵は閉まっているだろう。

 毒殺に関してはカプセルの「本物放置」というお粗末な所作があったが、それでも推理小説か何かからヒントを得た一応のレベルでのトリックが使用されていた。

 密室に関しても同等だと推測すると、状況は俺にとってそれほど悪くは無い。

 実際過去に「犯人」が分かっているが密室に阻まれ犯人指名が出来ないという事態があった。普段なら御免だが、今回に限って言えば正直助かる。

 実際は密室という状態、それ自体に作為が感じられるんだがな。そもそもこの村では施錠の文化がない筈だ。他の家でも誰かが家に鍵をかけている所を見たことがない。村人に聞いても基本的に鍵はしないそうだ。俺は驚いたが、テレビか何かで齧った事がある田舎の村の知識としてはあったから、ああそうかここが・・・・と思った程度である

 その村の村長の家が今回に限って施錠されていたのである。誰かが仕組んだ事に違いない。というか村人全員が、だろうが。事件を解く場合なら逆にその不自然を突くんだが今回は事情が事情だからな、この密室、利用させてもらおう。

 後は、なるだけ難解なトリックで密室を作り上げていてくれる事を俺は願った。


 とにかく密室→それを俺はどうしても解けない→だったらそれはもう事故死しかなくない?


 よし、これだ。イケる!イケるぞ!

 密室に勝る謎はない。そしてその謎を解く事が出来ないのであれば、その密室は永遠に密室であり続ける。美しい芸術のままの存在を保つ。

 よし、見えてきたぞ、突破口が。

「それに範人。いいか、よく聞けよ。そもそもこの家はなみっ――」

 ―――密室なんだ、と言おうとしたその時、俺の視界に、ある人物のある動作が映った。

 何だ?

 俺は見てしまった。しっかりと、はっきりと。ああ、俺は何で見てしまったんだ・・・・。


  医者の小太りのおっさんがナースのおばちゃんに肘でコンコンとつつかれる。おっさんはそれで何かを今思い出したかの様な顔をし、その後ポケットをまさぐり、周囲をきょろきょろ見回してから、ある物を床にぽいっと投げ捨てた。

 何だ?観察してみる。

 それは・・・・鍵であった。この場合間違いなく、この家の鍵だろう。


 ああ、それは・・・・まさか!!!


「殺害後、鍵を持ち出して外から施錠する。そして事件発覚。部屋に入ってきた際に部屋のどこかにこっそりと置いて、密室状態を作り出すトリック」

 なんて古典的な密室トリックなんだ!!

 今の時代なかなかお目にかかれないよ。

 いや、まあ。ていうか別にそれはそれで王道で構わない。それについては文句ないよ。シンプルだけど密室を作り出すにはかなりの有効策だ。カプセルのトリックと通じるシンプルさも一貫性があって良い。ノーアウトランナー1塁からの送りバントばりに手堅い。

 だけどさ、たった一つ。これだけ言わして下さい。もうさ・・・・何ていうかさ・・・・俺に見られんなよ!!馬鹿かアンタ!!

 ていうか入ってきた瞬間にコソッとやってろよそんな事はさ。なに「ああ、そうじゃったそうじゃった」といった感じで忘れてたのを思い出して慌てて捨てた、みたいになってんの?アンタさっきもそんな感じだった人だよね?大丈夫?家に鍵持って帰っちゃってから気づく可能性だってあったろ、その調子じゃ!!

 俺は心の中で叫んだ。 

 トリック自体はともかくとして・・・・実行者の詰めが甘過ぎる。

 食材の良さをまったく活かしきれていない。

 更に俺のピンチは続く。現場の不可解な点を指摘されたのだ。

 範人と、犯人の一人に。

「それにしても不可解な点があるぞ」

「そうだよ、山之内君。これで事故死というのは正直どうなのかなあ」

 範人に同意する村役場のおっさん。少し頭皮が寂しいおっさんだ。名前はない。というか知らない。寂しい額には勿論「犯人」の文字。

 範人はともかく寂しいおっさんのその発言に俺は驚いた。ていうかおいおい、俺はお前達の為に言ってんだぞ。誰の味方してんだ。それともあれか?少しは会話に入ってこないと、反論しないと怪しまれるとでも思ってんのか?保険か?しっかりしてんな、まったく。別にいいんだよ、そんな気を遣わなくても。

 やれやれ、だぜ。俺は反論を開始する。

「ですが、扉には鍵がかかっていた。更に鍵は家の中にあった。つまりこの家は密室だったのではないでしょうか」

 医者がさっき捨てた、ほやほやの鍵を何の疑問もない動作で拾い、俺は密室をアピールする。

「天窓や煙突もありますがあれだけ高いと侵入はともかく、脱出は不可能です。だから天窓に関しては例え開いていたとしても家は密室だったと定義出来るでしょう」

 そして下の窓。

「部屋の窓もこの通り」

 二枚口のガラス窓に、楕円形のクレセント錠が内側からしっかり掛けられ、固定されていた。よしよし、まあ密室トリックを仕掛けたのはさっきの正面玄関だったからな。犯人の逃走経路はあそこに絞られた。後はそれ以外をしっかり施錠していれば問題はないんだ。この寒さだ。そもそも窓が開けっ放しという事はあるまい。もし犯人が村長宅を訪れた時に開いていたとしても、「雪が降りこんでくるといけないから」とでも言えば簡単に閉められる。まあそういう訳で窓に怪しい点が見つかる筈もないか。

 だが、そのクレセント錠に結ばれている「怪しい点」を俺は見つけてしまう。余計な事の痕跡、というか、まんま証拠を見つけてしまう。

 クレセント錠に紅白の紐が結ばれていたのだ。

 おお、これは、ひょっとして。このトリック。俺漫画で読んで知ってるわ。

「窓から脱出して、窓を閉める。クレセント錠に仕込んであった紐を人は通れない窓の小さな隙間から引いて外から鍵をかける。密室成立」というヤツだ。

 ・・・・さて、講評といきますか。

 トリックに関しては、まあいいでしょう。これも王道は王道だからね。

 オリジナリティが無いというのは別に芸術的評価の場でもないから置いておく。

 問題点は二つかな。まず一つ目。

 鍵を使った玄関からの密室トリックが既に用意されているにも関わらず何故窓用の密室トリックも用意してあるのか。脱出方法を二つ用意しておいてその時の気分で選ぶ、みたいなノリ?レンタルビデオ屋でアクションとホラー2本借りてきて家に帰って決めるノリ?それなら俺もよく分かる。魔魅子のVHS版とDVD版を借りてきて、その日の気分で決める、的なアレな。

  だがそんなノリで殺人事件の計画を考えるのは止めて頂きたい。犯行が露見したら折角の密室がおじゃんである。

 次に問題点二つ目。

 紐が紅白って。ふざけんなよ。こういうのは一番目立ちにくい白とか透明でいいじゃんかよ。紅白?ここで敢えて何故めでたい感じを演出??「へへへ、せっかくだからこの紅白の紐にしようぜ」みたいなノリで、レジに並んじゃった?学園祭のノリ?ああ、怖い、もうやめて。ノリで俺を困らせないで。

「どうした、トオル。窓に何かあるのか?」

「いや、なんでもないぞ。・・・・マジで」

 俺は慌ててクレセント錠に結ばれている紅白の紐を解き、くしゃくしゃにしてポケットに入れた。ああ、何で俺が証拠隠滅を図らないといけないのか・・・・。

「この通り、窓も施錠してあります」

 その窓の外には案山子が首吊りをさせられ、股間にボウガンの矢が刺さっているのだが、俺はその事には一切触れずに何食わぬ顔で全員を見る。

「裏口はどうなんだ?」

 範人が聞いてくる。ふん、裏口なんかそれこそ問題にならない。閉まっているに決まっている。閉まりまくりだよボケ。俺は軽やかな動きで裏口の扉に回って、ノブに手をかけた。

「裏口もほら、この通り」

 開いた。

「・・・・」

 俺は直ぐにその扉を閉めて、ゆっくりと鍵をかけた。

「この様に、しっかりと施錠されていました」

「待てよトオル。今その扉、ちょっと開かなかったか?」

 ぎくり、としたが、動揺した顔は出来ない。

「そんな事ないぞ」

 普通に答える。

「そうか?ちょっと開いて、更にはお前がゆっくり鍵まで閉めた気がしたんだが」

「何を言っているんだ。お前、そんな事したら大問題だぞ。何だ?俺も犯人って事か?お前は親友を疑うのか?」

「・・・まあそうだな。スマン。おかしな事を言って」

 気分を害した芝居をする俺に範人は素直に頭を下げる。

 俺は目の上の方でホワッとした感触を覚えた。

 俺の額に「犯人」の文字が浮かんだのだろう。

 村人とお揃いだ。ああ、これで俺も犯罪者・・・・。

 まあ「犯人」の経験も何度もあるから今更動揺もしないが。犯人見逃したりは結構日常茶飯事だし。解決したら消えるし、それはいいんだけどね。

 ただ、まあ・・・・・・・・・・・・ね。


 今回の犯人達は、なんな、あれだね。どうしちゃったのかな?


 ええと、それでは、ぼちぼちいかせてもらってもよろしいでしょうか?


 さっきは軽くいっといたけど。


 やっぱりちょっと足りなかったね。


 




 ・・・・では。






 犯人んんんんんんんんn!!!!!!!しっかりしやがれよこのクソ野郎がああああああ!!!!ボケ!!!何をやらかしとんのじゃあああ!!!!裏口くらいちゃちゃっと鍵かけときゃいいんじゃろうがこのボケがああああああああ!!!!死ねえええええええええええええええ!!!!!マジふざけんなよ!!

 鍵をかけ忘れる!?ただの裏口のチェックすら怠る!?嘘だろ?冗談だろ?いいか?これがビジネスで、お前らが俺の部下ならお前ら即効クビじゃ!こんなくだらんミスでどんだけの損害を及ぼすつもりなんじゃ!!!!我が社の信用ガタ落ちじゃあ!!株価暴落じゃ!!!!!!もう今の瞬間で全てが終わるかと思ったわ!!!!ていうかゴリ押したよクソ!!

「というわけで、この家は密室だったという事が証明されました」

 俺は爽やかな表情で全員に説明する。

 裏口を開けた瞬間の事を思い出す。隙間から外が見えたが幾つかの足跡を確認した。ううむ。あれはどういう事だ?別動隊でもいたって事か?ああ、だがもういい。とにかくここを密室にしないと俺達の命が危ない。裏口は閉まっていたし、足跡も「事件後についたんじゃね?」でよしとしよう。

「・・・・密室はまあ置いておいてだな。じゃあこの状況は何なんだ。どう説明するんだ」

 範人は当然の質問をする。来るとは思ってたけどね。

 パーティー用のクラッカーの破片が散らばっていて、被害者は毒でも飲まされたかの様な表情に口から泡。更に腕からの出血、びしょびしょの衣服、か。

 これを事故として説明するには確かに骨が折れる。でも、骨が折れるのと死ぬの、どっちがいいかって話だよな。どっちもイヤなんですけどね。

「いやだからこれはね・・・・」

「それに、そうだ。事故って言うのならおかしいぞ」

 おや、範人が何か余計な事を思い出した様だ。

「悲鳴が聞こえたよな」

 余計な事ではなかった。一番大事な事だった。そうだそうだ。俺は何で忘れていたんだ。そうだ、悲鳴。塔子ちゃんだ。塔子ちゃんの無事を確認していないではないか。村長が死んだのだ。娘である塔子ちゃんも同じ目にあっていないとも限らない。あの悲鳴は俺に助けを求める悲鳴だったに違いない。マズイ。これは非常にマズイぞ。俺はここにきて焦りを覚えた。

 人垣の中に塔子ちゃんの姿を探した。

 どこだ、いるか?

 村長が死んでいるダイニングには俺や範人、真由美、記者、医者がいるが、あとの村人達はその隣の広い玄関フロアに集合している。

 ・・・・・・・・いた。良かった。

 そこで俺は村長の家の玄関で、大人達の影に隠れている塔子ちゃんを見つける。恵子ちゃんや楓ちゃんも一緒だ。良かった。無事だったのか。

 皆、凄く震えている。それは死体を目の当たりにした子供の反応としては至極当然。更に塔子ちゃんは身内なのだ。たった一人の父親が死んだのだ。尚更であろう。

 俺はそれ以上を上手く語れない。いや、本当にそうなのか。信じられない。だが、それでもそれが真実なのか・・・・。俺は見ている、塔子ちゃんを。

 その睫毛に浮かぶ涙も。

 その小さな体躯の震えも。

 その額に浮かぶ「犯人」という文字も。

 まさか・・・・。だが、額の文字は・・・・。「犯人」とは犯人。昨日までは無かった。今日起きた事件、俺が知った事件は・・・・「村長殺害事件」のみ。

 実の子供が実の親を・・・・って事か。直接手を下したかどうかは分からないが、確実に自分の意志で関与している証。

 まったく何て悪夢だ。信じられないぜ。

「ハロウィンが楽しみ」ってのはこういう事だったのか?

 今日が当日。

 父親が死ぬのが楽しみ。

 チチオヤヲコロスノガタノシミ・・・・。

 タノシミ・・・・。タノシミ・・・・。

「悲鳴・・・・?」

 俺は随分と惚けた声を出したのだろう。範人の俺を見る目が怪訝さを増した。

 虚ろな目をしているに違いない。何もかもがどうでもよくなってきた。だが、それでも続けなくては。この茶番を。命が懸かっているのだ。それを忘れてはならない。

「ああ、悲鳴が聞こえたよな」

 範人が再び念を押す。

「悲鳴・・・・」

 そう。悲鳴だ。塔子ちゃん。あれは間違いなく塔子ちゃんの声だった。俺が美少女の声を聞き間違える筈がない。これこそ百パーセント、だ。

 塔子ちゃん。何で悲鳴なんか上げたんだ。

 分かっておきながら。

 ならもういっそその場にいて欲しかった。そこから事件を、ハッタリを構成したって構わなかったんだ。これじゃあ、あまりにズサン過ぎる。

 村長が死んだ時に塔子ちゃんはいて、その塔子ちゃんは「犯人」。ひょっとして裏口を開けっぱなしにしたのも、足跡も塔子ちゃんかもしれない。

 それで村中で作り上げた計画に一つ穴が開いた。まあ一つ所でなく全体的に随分と穴ぼこだらけなんだがな。だが、そういう事なのかもな。

「悲鳴なんて聞こえたっけ?」

 俺はしらばっくれる。とにかくしらばっくれるしかない。

「そうだよ?聞こえなかったのか?」

「俺CDウォークマン聞いてたから。米朝の落語・・・・」

「何言ってんだ。オレ達と喋ってたろ?」

 流石に範人が苛立った声を出す。

「あの声は・・・・確かとうこ・・・・」

 まずい。俺は咄嗟に範人に質問する。

「悲鳴は何て言ってたんだ?何て聞こえた?」

「いや、だから女の子の声で『きゃあああ!』って」

「本当に『きゃあああ!』か?」

「ああ、間違いない」

「どうかな、女の子みたいに高い声で『キイイイイ!』だったかもしれんぞ」

「お前・・・・何言ってるんだ?」

 俺はとうとうおかしな事を言いだした。おい、俺。何言ってんだ?何のつもりだ。

「猿かもしれん」

 馬鹿か俺は!!!だが、口に出したからにはこの論旨で突き進むしかない。無能探偵であっても表の俺と裏の俺の関係はこんなもんだ。表が暴走したら俺にはもう止められん。

 これはもう当然範人は呆れた顔で反論する。そりゃそうだ。

「猿と、人とを聞き間違える訳がないだろう?」

「本当に聞き分けられるか?」

 俺は疑いの眼差しを向ける。何この会話?

「じゃあ今から悲鳴を人と猿とで言うぞ?聞き分けてみろよ?」

「ああ」

 楽勝、そんな顔で胸を張る範人。

 俺は息を吸い込み、

「きゃあああああ!」

 と叫んだ。

「・・・・分かった。次、いいぞ」

 範人が指で丸を作る。俺は同じく大きく息を吸い込み、

「きゃあああああ!」

 と叫ぶ。何だ、この状況?

「・・・・」

 範人はふふん、と軽く笑い、俺を見下ろす。

「分かった。簡単だ。引っかけたな。二回とも『きゃああああ!』だった。正解はどっちも人だ」

「不正解。二回目は猿だ。『キイイイイイ!』と言ったんだ」

「何!!そんな!!まさか!!!」

 余裕の表情から一転、範人は驚愕に顔を歪めた。

「どうだ。自分の耳がどれだけ不確かで信用のならないモノだと分かったか」

 打ちひしがれる範人に間髪入れず追い打ちをかける俺。

「・・・・ああ、スマン。オレが間違っていた」

 素直に頭を下げる。なんて良いヤツなんだコイツ。そして俺はなんて最低なヤツなんだ。

「最近は畑を猿が荒らす事件も頻発していましたから、あの悲鳴は村へと降りてきた猿が上げた、事件とは全く無関係のものでしょう」

 だが、まあ、これで何とかなった。何とかなってしまった。悲鳴はうやむやだ。

「塔子ちゃんは今日は朝から恵子ちゃんの家に遊びに行くと言っていましたしね」

 自分の名前が呼ばれた塔子ちゃんがびくっとなるのが分かった。だが、結局その顔を見る事が俺には出来なかった。村の連中も俺の無茶苦茶に文句はつけない。当たり前だ。彼らにとって無能探偵の俺は自分達を守ってくれるヒーローなのだから・・・・

 そして俺も塔子ちゃんを守れた。文句はないだろう。だが一向に心が晴れないのは何故だろうか。


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